第1話 Introduction - A
「ふわ、あぁ~~~ああ…」
あばら家の隙間から差し込む朝の日差しを浴び、目を覚ました俺はせんべい布団の中で大あくびをしてから身を起こした。
「あ~…ったく、今日も良く晴れてやがるなぁ。たまには雨降ってくれれば心置きなくサボれるのに」
俺はげんなりして吐き捨てる。
このエリアには基本快晴しか存在しない。
一応就寝に最適な常闇のエリアなども他にはあるが、そこは強力なモンスターが常時大量に徘徊しており、寝てても襲撃者を自動でぶっ殺せるぐらい腕に自信があるか、資産があってまっとうな家に住んでいるとかでも無い限り縁の無い話である。
それでも起床一番つい口にしてしまうのは野宿が当たり前だった時代に染み付いた習性のようなものだ。
「さて、と。そんじゃ起きますかね」
万年床のベッドから降りた俺は
「よっ、今日もよろしく頼むぜ」
唯一の同居者へのんびり声を掛けた。
相手は流し場の奥に鎮座ましましている我が家のペット、マンジュルヌだ。
マンジュルヌはその名が示すとおり、生きて動く饅頭である――大人の頭大の。毛は無く、つるりとしたピンクの肌、半円形のボディ、その中心につぶらな瞳とωに似た形状の口が付いていて見ようによってはなかなか可愛らしい。
声を掛けられ目を覚ましたマンジュルヌはつぶらな瞳を見開くと、一声鳴いていきんだ。
「ぴい!」
途端に、額の部分からにょきりと蔦が生えてくる。先端に掌大のマンジュルムにそっくりな実が一つ生えたので、それを俺は無造作に毟り取った。
「ぴっ…」
小さな悲鳴を上げたのは、手のひらに収まっている方のマンジュルヌだ。
目は閉じたまま。痛覚は一応あるようだが無精実なので決して覚醒や成長はしない。先ほどの声は、最初で最後の生命の証といったところか。
「ごくろーさん」
残飯を入れた餌箱を置いてやりながら掛けたねぎらいの言葉に、親マンジュルヌは一度ぶるんと身体を大きく揺らして応じると、再び目を瞑ると暢気に鼻提灯を作る作業に戻った。
「それじゃいただきます、っと」
手にした朝飯に歯を立て、むしりと齧る。
適度な甘みと旨味、そして仄かな苦味が絶妙にブレンドされた饅頭。これ一個が一日分の食事だ。
見た目の割りに美味しいし、腹持ちも良い、実にありがたい存在なのだが…
「さすがにこれも食い飽きたなぁ…ああ、たまには違うもん食いたい」
つい独り言ちるが、それも贅沢な話だ。これでも一昔に比べるとかなり食料事情はマシになったのだから。
この世界にペットが実装されるまでは、決して安くない金を払って店で食事するか、狩ったモンスターから素材を剥ぐついでに売り物にならない部位肉などをかき集めてそれで食いつないだもんである。
当然味は売り物にならない部位だから臭いわえぐいわでお察しだ。
料理スキルがあれば多少は変わったかもしれないが…生憎、俺はそんな洒落たもん持たせてもらえなかった。
そもそもペットは元々食用だったわけではない。
いつからか、徘徊するモンスターのいくつかが超低確率ではあるものの捕まえられるようになっていたのである。
神からの恩寵で与えられる品の中に、いつしか謎のアイテムが混じるようになっていた。
当初は用途が判らないためただのゴミだと思われていたが、腹立ち紛れにモンスターにぶつけたら偶然テイムできちゃった奴が現れたことで爆発的に知られるようになったといういきさつがある。
…俺も、ただのゴミだと思って幾つか捨てたけどな。後で知って凄い凹んだ。
で、その中にマンジュルヌも含まれていたという訳だ。
元々マンジュルヌはとても弱く、主に食用として新人に狩られることに定評のあるモンスターだった。そんなんでも抵抗されれば生産職辺りがまぐれ当たりを貰えば怪我を負うこともあるし、いちいち飯のために狩るのも時間がもったいない。そして何より、戦闘すると可食部がごっそり減ってしまう。
それが飼い主のお願いと残飯だけで抵抗すること無く継続的に実をつけてくれるとなれば、積極的に食用とされるようになったのは当然の成り行きといえよう。
ちなみに無限に生える尻尾をステーキに出来るドラゴンや、ミルクを提供してくれるメスのミノタウロスなんかもペットにできる…が、この辺りは非常に高値で取引されるので、運が無い奴か、貧乏人にはまず縁が無い。
かく言うこのマンジュルムも、それなりの金を溜めて買ったものだ。
実はその前にどうしても肉が食いたくて三回ほど大枚叩いてテイムアイテムを使ったこともあったが――結果は改めて言うまでも無いだろう。
俺はミニマンジュルムをむしゃむしゃやりながら空いている手で腹をぼりぼり掻きつつトイレに行き、小用を済ませると鏡を見る。
そろそろ中年にさしかかろうかという顔についている、覇気の無い目がこちらを見ていた。
節くれだった手を伸ばし、顎を摩る。
髭はまだそんなに目立たないから今日は剃らなくても良いな。無精者なので、こういうときは体毛の薄い体質がありがたい。
「さて、と。んじゃそろそろ軽く身体を動かして、神様が来るための準備をしておこうかね」
マンジュルヌの実を食いきり、台所においてある甕から汲み置きの水で喉を潤した俺は寝室に戻ると箪笥の前に行く。着古した普段着に着替えた俺は、そのまま家の裏手に出た。