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第三話 クリスタライズド・ミモザ4.5

5じゃないです。後から修正入れるかもしれません。更新がずっと遅れているので、とりあえずこれだけ。

2を少し、修正しました。

間章~瑠璃子の知らない時、知らない所で~




「ウーナ」

 緑の丘の洞窟の中、きらめく水晶の間。清らかな水をこんこんと沸き出させ続けている泉の前に、彼はいた。まとう衣服は、黒。詰襟に、黒のズボン。金のボタンを上まできっちりと止めている。しかしその衣服は、明らかに大きさがあっていなかった。細身の体が衣服の中で、泳いでしまっている。

 目の前には金色の髪を雲のようにたなびかせ、その髪に、裾を引く白い衣装に、きらめく露を散りばめた女性が立っている。

 星の輝きに似て、永遠を思わせる美。

 妖精の女王の一人、ウーナ。

「泉を使わせてほしい」

「幼子よ。己の選択がわかっておるのか。歪みを作り出すは許されぬこと。代償は高くつくぞ」

 銀の鈴を振るような、それでいて魂に響く声で、妖精の女王は言った。

「フィンヴァラに、許可は得ている」

 彼の表情は硬い。ウーナは彼を見つめた。

「それはそれ。これはこれぞ。あれはそなたに執心しておるからな。隙を見せれば奪う事ぐらいはしよう。何を差し出したのだ、そなた?」

「俺の時を。あの男は、容赦なく取った」

 顔を歪め、彼は言った。妖精の女王は小さく笑った。

「そうであろうとも。ああ。取るだろう。わらわでも取る」

「ウーナ」

「われらは奪うものぞ、幼子よ。たとえ与えたように見えてもな。それほどの代償を支払って、見合うものであるのか。そなたの選択は、まこと正しいものであるのか」

「それでも、選ばねばならない時はある。あなたがたには愚かに見えるだろう。けれど人の時は短い。あまりにも」

 彼の顔には、やつれのようなものがあった。目じりには微かに、涙の跡。

「ノーラはどうしておる」

「泣いている」

「泣くか。そうか」

「俺も泣いた」

「それでなにゆえ、今なのだ」

「今、この時にしか、ねじれが生まれないからだ」

 彼は目を伏せた。

「俺は愚かで、何度も間違える。けれどこれはわかる。わかるようになった。今の俺でなければ、事は動かせない。祖父ちゃんは正しかった。あの時の俺では、駄目だった」

「それで、『今』か。後悔はせぬのか」

「いつもしている」

「ではなぜ」

「俺が人である事を選んだからだ、ウーナ。人は悔いるもの。たとえ最善の選択をしたとしても。そして人は、選ぶもの。悔いるとわかっていても、愚かな選択をし続ける。ただ一瞬の、これで良いと思う、その満足を得る為に。それはあなたがたには、狂気に見える」

「狂気のために生きるのも、またよし。われらには理解できぬ。ゆえに魅かれる。ゆえに酔う。人の狂気にな。ノーラはまこと、酔狂を貫いたものだ」

 唇の端を上げて笑うと、妖精の女王は、火花のようよな、とささやいた。

「狂気にして火花。うつろいゆくものにして、変わらぬもの。矛盾を抱く永遠。幼子よ。そなたはまこと、美しい。木の間を踊る一瞬のきらめきに似て、刻々と変化し続け、とどまる事を知らぬ。そなたの魂は複雑に磨かれた宝玉のよう。見るたびに違う顔を見せ、それでいて、そなたという本質は変わる事がない。

 わが夫、あれは人を好む。多くの娘や妻や母親をかどわかし、己がものとしてきた。そのものの目から見ても、そなたは極上の美酒、極上の宝玉に見える。わらわにもな」

 す、と移動すると、妖精の女王は白い大理石でできた水盤の前に立った。そこには星のきらめきを宿す水がたたえられている。

「悔いとは苦いものではないのか」

「苦い」

「それでも選ぶか」

「俺はきっと、何度も後悔するだろう。それでも選択する。妹を、」

 彼の目もとに、優しい表情が浮かんだ。

「あの子を支える事ができたという、満足を。ただひと時でも得るために」

「まこと、愚か」

 女王はほほ笑んだ。

「そなたの選択を、その意味を、その者が知ることはない。そなたの払った代償についても」

「今さらだ、ウーナ。人間は、そうして生きる。俺も母さんから、祖父ちゃんから。たぶん、父さんから。そうして、名前も知らない誰かから。俺の知らない代償を払った上での好意を、願いを、受け取って今まで生きてきた。そうして人は、命をつなぐ。人から人へと、命を渡してゆく。俺たちは、全てを知ることなどできはしない。けれど知らない所で知らない間に支えられ、それによって生かされてきた。それが事実だ。それが真実でもある。俺は、祖父ちゃんにそう教わったよ」

「あれは、美しい言葉をつむぐ男であった」

「俺を人に変えた」

「まこと人は度し難い。われらの手の内より、幼子を奪い取るのだからな」

「俺としては、祖父ちゃんに奪い取られて良かったよ」

 小さく笑うと彼は言った。

「後悔はこの先もあるだろう。でも俺は人だから。人として、生きる。選ぶ。行動する。そして、つなげる。なあ、ウーナ。それだけだ。それだけの話だよ」

「タカシ」

 女王は片手を差し出した。彼は黒い学生服に包まれた腕を伸ばすと、その手を取った。

「口づけを許す」

「幼子じゃなかったのか、俺は」

「背伸びは認めよう」

 この言葉に苦笑すると彼は身をかがめ、女王の手の甲に唇を落とした。

「初めてあなたを見た時、星の輝きと消える事のない音楽を思った。こんな綺麗な人は見た事がないと」

「さようか」

「はるか彼方にしんと輝く星のように、俺には遠い。あなたは。こうして触れていても」

「さようか」

「俺が人である事を選び続ける限り、あなたも、フインヴァラも。星の位置から俺を見下ろすのだろう。そこにあるように見えて、決して近づく事はない。人と妖精の立ち位置は、そうしたものだ」

「それも一つの事象。したが、」

 ウーナは手を取り戻すと、彼を見つめた。

「あれの執心はまことのものぞ?」

「俺、コレクションの一つになりたくないんだよ」

「残念な事よ」

 ウーナは水盤の水に手を触れた。波紋が広がり、描かれた輪の中にゆがんだ星のきらめきがちらついた。同時にきりきり、かたかたという、きしむような音が響いた。

 輝く波紋が、ゆるりと巡る。

 光の輪が水盤から立ち上がる。揺らぎながら、いくつも、いくつも。それは歯車に似て、互いに噛み合いながら、ゆっくりと回っていた。どこか糸車に似た形でありながら、同時に似ても似つかない。細い輪が重なりあう姿は、蜘蛛の巣めいてもいた。揺れ動く光の輪の絡み合いは合間に星の輝きをはらみ、非現実な輝きをまとって宙に留まっていた。

「使うが良い。三の三倍だけの権利を与えよう」

「目印は」

「土地の精霊に頼むしかあるまいよ。時間軸はそなたが決めよ。したが、気をつけるが良い。借りる精霊の力によって、泉の力の限界が決まる。そなた自身の力もな」

「俺の力?」

「姿が変わる事もある、という事だ。時間軸にも影響される」

 ウーナは続けた。

「また、刻限には気をつけよ。戻るべき時の見極めを、誤るでないぞ。限界を超えても留まろうとするならば、そなたの存在は世界にはじかれ、時と世界の狭間に迷い込む事になろう」

「そうなったら、どうなる?」

「そなたの肉体は人であろう? 長くは持たぬ。最もそうなればなったで、わが夫がそなたの魂を手に入れるであろうが」

「それ狙って許可出したんじゃないだろうな、フィンヴァラ……」

 ぼやくように言うと、気をつけるよ、と彼は言った。それから波紋を描いてきらめく輪に、手を伸ばした。

 揺らぐ輪の間に、光が生まれる。

 そこで彼はふと、首をかしげた。だぼだぼの上着が気になったらしい。袖をまくってみたものの、それだけではどうにもならなかった。ついにボタンを外して上着を脱ぎ、白いカッターシャツ姿になると、この方がマシか、とつぶやいた。ベルトをきつくしてズボンの裾を折り返す。

 上着から光が差して、彼は上着に目を落した。金のボタンの一つが何かを主張するかのように輝いている。

「こんな所に仕掛けてたのか」

 つぶやくとボタンを手に取る。それはあっさりと取れて、彼の手の中に収まった。

「それにしても、どうして第二ボタンなんだ……嫌がらせか?」

 ぼそりと言ってからどうしようという顔になり、少し考えてから彼は、それを襟元に近づけた。ボタンの形が変化して、弓矢と剣を模したブローチに変わる。それは勝手に彼の衿に取りついて、前からそこにあったという顔をして静まり返った。

 それを確認してから彼は、少し長い袖口を折り返そうとした。妖精の女王がそれを止める。

「使うが良いよ」

 そう言うと、女王は髪から露を二粒、白い指でつまみ取った。きらりと輝いてそれらは、金細工の腕輪に変わった。草花が絡み合って輪を形作る、古風で、しかし美しい細工の品だ。

「上着はわらわが預かろう。無事に戻ったならば、取り戻しに来るが良い」

「ありがとう……これは?」

「ただの腕輪だ。袖を止めるのに良かろうよ」

 彼は腕輪を受け取ると、それでシャツの袖を止めた。どこにでもあるようなカッターシャツと学生服のズボンが、襟元のブローチと両腕の腕輪のおかげで、妙に物語めいた印象に変わる。

「ありがとう。腕が動きやすくなった」

 もう一度礼を言うと、彼は水盤から浮き上がる光の輪に手を伸ばした。

「行ってくる」

 その言葉と共に、彼の姿が揺らいで消える。

 巡る輪が、一際強い光を放った。きりきり、かたかたと歯車が回る。

 残された妖精の女王は、星を宿して巡る輪を眺めた。

「気をつけよ、幼子よ」

 ウーナはささやいた。

「時を渡るは繊細なわざ。われらにも、心を砕きに砕き、細き道をたどらねばならぬ事ゆえ」

 女王は、手にした上着に目を落とした。

 上着からは微かに、煙と白檀の香りがした。


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