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第三話 クリスタライズド・ミモザ2

前後篇のつもりでしたが、瑠璃子の日常を書いていると楽しくなってしまいました。少し延びます。

 朝、目を覚ますと、妖精さんはやっぱりいなくなっていた。夜にやって来た、あの黒いものも。

 枕元には、花の枝が一本あった。黄色いミモザの花がついた、小さな枝。

「おばあちゃん。コップにお水、入れて」

 枝を持って祖母の所に行くと、英恵は「あら、お花?」と言って、ガラスのコップに水を入れてくれた。ミモザの花をさして、どこに飾ろうかと考える。

「何の花かしら」

 英恵の言葉に、「みもざ」と答える。

「へえ、そうなの。良く知ってるね。飾る所だったら、玄関が良いのじゃない? 涼しい所の方が、花が長持ちするよ」

 そう言われて、瑠璃子は玄関にコップを持っていった。

 花は、随分長く咲いていた。その間、夜中に変なものがやって来る事はなかった。花が終わってしまった後、瑠璃子はこっそり、枝を自分のものにした。捨てられていたのをゴミ箱から拾ってきたのだ。妖精のお兄ちゃんからもらったハンカチに包んで、もう一つの宝物にした。



 夏。瑠璃子は毎日、奈々ちゃんと公園に遊びに行った。すべり台やブランコ、砂遊びをして遊んだ。

 夜中にやって来た変なものは、あれからも時々、ちらっと見えた。でも大概遠くにいて、近づいて来ようとはしなかった。ミモザの妖精さんが何かしたのかもしれない、と瑠璃子は思った。奈々ちゃんに話すと、「それ、おばけだよ」と言われた。

「ミモザのようせいさん、助けにきてくれたんだね! 王子さまみたいだね」

「かっこよかったよ」

 いいなあ、と奈々ちゃんは言って笑った。

「また、お花の砂糖づけ、くれるかな」

「あれも、まほうなんだって。しあわせ? がくる」

「そうなんだー」

「ほかの人には言わないでね? おばあちゃんがきいたら、おこる……」

「うん。言わない。ないしょだもん」

 奈々ちゃんは、こっそりと手をぱちぱちした。

「これって、がんばれー、なんだって」

「そうなの?」

「パパが言ってた。がんばれー、のとき、ぱちぱちするって」

「じゃあ、ようせいさんに、がんばれー」

 瑠璃子もぱちぱち手をたたいた。

 二人は妖精さんごっこをして、おままごとをした。どっちが妖精さんの役をやるかで、時々ケンカになったが、奈々ちゃんは妖精の出てくる話を良く知っていたので、大体、奈々ちゃんが妖精役になった。

「ようせいさんはね、お花のみつ、食べてるんだよ」

 そうなのか、と瑠璃子は思った。

「それでね、お花でできたふく、きてるんだよ」

 ちょっと違うような、と瑠璃子は思った。

「るりの見たようせいさんは、ふつうのふく、きてたよ?」

「そうなの?」

「うん。どうしてかな」

「にんげんの、まねをしたんじゃない?」

「どうして、まね?」

「どうしてかな」

 二人で考え込んだ。

「きっと、なにか、わけがあるのね」

 やがて奈々ちゃんが言った。

「ひとに知られたらいけない、なにかあるのよ」

「そう?」

「うん。だって、かめんまじんケーも、知られちゃいけないって言ってたもん!」

 仮面魔神K。幼稚園の男の子の間で大人気のヒーローだ。正体を知られてはならない孤独なヒーローは、毎週悪の組織と戦って、世界の平和を守っている。瑠璃子はあんまり見ないが、奈々ちゃんはお兄ちゃんの卓人くんがいるので、いつも一緒に見ているらしい。

「ようせいさんも、かめんまじん……なの?」

「うーんと、ひみつのおしごととか、きっとあるのよ! それで、しょうたいがわからないように、にんげんのまねをしているの! それでね。ようせいだって、しょうたいがばれたら、わるいひとにつかまってしまうのよ!」

 そうか。と瑠璃子は思った。

「ななちゃん、よく知ってるねー」

「だから、あたしたちも、ようせいさんを、守ってあげなきゃなのよ!」

「そっか。まいにち、ぱちぱちしたり」

「ひみつを、守ったり!」

「ようせいさんのこと、人に言ったらだめなのね」

「そう! 守ってあげるのよ」

 二人はうなずきあった。そうして、『妖精さんを守るゆうじょーの約束』をしたのだった。ゆうじょー、の意味が良くわからなかったが、卓人くんがそういう事を言っていたので、奈々ちゃんもその言葉を覚えていたのだった。なにか大切な約束をする時に使う言葉らしい。

「ゆうじょー、なのね」

「ゆうじょーよ」

 そうして二人は真剣な顔で、手をぱちぱちした。

 青空が、綺麗だった。



 秋。五歳になる誕生日に、妖精さんはまたやって来た。その頃には、あの黒い影はほとんど見なくなっていた。

「瑠璃」

 幼稚園から帰って、手を洗って。縁側に座ってぼんやり庭を見ていると、声がした。見回すと、庭にある大きな梅の木の下に、彼がいた。

 彼は前に見た時よりも背が高くなっていて、学生服を着ていた。黒い服に金色のボタンが並んでついていて、瑠璃子はちょっとひるんだ。色合いが少し、怖いと思ったのだ。

「瑠璃? どうかした?」

 でも声をかけられて、縁側から飛び下りた。駆け寄ると、彼は地面に膝をついて、目の高さを合わせてくれた。

「誕生日おめでとう」

「ようせいのおにいちゃん、くろいふく?」

 もじもじしてから言うと、「ああ」と言って彼は、自分の服を見た。

「おかしいかな」

「……なんか、……こわい」

「怖い?」

 良くわからないが、彼がその服を着ていると、自分の間に溝ができたような気がした。彼が遠くに離れてしまうような。

 でもそれをうまく言えなくて、「こわい」と瑠璃子は言った。彼はちょっと悲しそうな顔をして、「ごめんね」と言った。

「着替えてから来れたら良かったんだけど……そんなに怖い?」

 うつむいていると、頭をなでる感触がした。

「ごめんね」

 彼を悲しませるのがいやで、瑠璃子は首を振った。おずおずと手を伸ばして服をつかむと、彼は少し笑った。

「どうしたの?」

「あのね。くろいへんなの、こなくなったよ」

「そう」

「おにいちゃんが、まもってくれたの?」

「頼んでおいたんだ。瑠璃子の周りに変なものが来ないように」

「たのむ?」

「この庭には長く生きている木や、優しい花が多いから」

 そう言うと彼は、微笑んだ。

「おじいちゃんや、おばあちゃんが。庭を大切にしているからだろうね。この梅の木も、ぼくに力を貸してくれている。パンジーやマリーゴールドや、菊の花も。瑠璃子を守ってって頼んだら、わかったよって言ってくれたよ」

「そうなの?」

 瑠璃子は目を丸くした。おじいちゃんは庭を良く手入れして、花を綺麗に咲かせている。でも、そのお花たちが、自分を守ってくれていたのだろうか。

「うん。お花と、おじいちゃんとおばあちゃん。それに、瑠璃のお父さんが、瑠璃を大事に思っているから。その思いを、お花たちも知っているから。瑠璃は守られているんだよ」

「……ふうん」

 良くわからなかったが、何となくうれしいと思った。

「おじいちゃん、お花きれいにするよ」

「うん」

「おばあちゃん、お花をかざるのじょうず」

「そうか」

「パパは、でも、良くわかんない」

「わからないの?」

「いつも、いないもん。おしごとで」

「でも瑠璃のことは大事だよ。ずうっと考えてるよ」

「そお?」

「木や、花がそう言ってる。瑠璃のパパは、瑠璃がとっても大事って」

 そう言うと、妖精さんのお兄ちゃんは、瑠璃子の頭をもう一度なでた。瑠璃子は、えへへ、と笑った。

「るりも、パパすき」

「そうか」

「おじいちゃんも、すき」

「うん」

「おばあちゃん、ときどきこわいけど、でもやっぱりすき」

「そうか」

 妖精さんのお兄ちゃんは、うれしそうに笑う。

「ママは、いないけど。でもみんなすき」

 そこでなぜか、少し悲しい顔をした。でも「そうか」と言った。

「ようせいさんも、すき」

 そう言うと。ちょっと面食らった顔をして。それからすごくうれしそうな顔をした。

「そう。怖くないの?」

「こわくないよ」

「ありがとう」

 そう言ってから、彼は瑠璃子をきゅっ、と抱き寄せた。

「幸運がたくさん、あるように」

 そうささやかれる。瑠璃子はちょっとびっくりした。でもじっとしていると、すぐ離された。

「奈々ちゃんとは、まだ仲良し?」

「うん。とってもなかよし」

「他にも友だちはできた?」

「うん。でもななちゃんが、いちばんなの。ゆうじょーのやくそく、したから」

 妖精さんはちょっと笑った。

「友情の約束か。それは大切だね。今日は、何か持ってこれたら良かったんだけれど……何もないんだよ。ごめんね。誕生日なのに」

「そうなの?」

「うん。でも、もう少ししたらまた来れるから。その時、プレゼントを持ってくるよ。何か欲しいものある?」

「お花の、お砂糖づけ!」

 ぱっと顔を輝かせて言うと、彼は笑った。

「そんなに気に入ったんだ」

「ななちゃんがね。まほうみたいって」

「わかった。作ってくるよ。何の花が良い?」

「みもざ!」

 彼はくすっと笑った。

「わかった。楽しみにしていて」

「うん……あ。ないしょ、なの?」

 ふと、英恵に怒られた事を思い出す。

「おばあちゃんが……おこったの。まえ、もらったとき」

 しゅん、として言うと、「どうして?」と尋ねられた。

「ないしょ、で。ななちゃんとたべたの。ななちゃんのママが、アイスクリームにかけてくれたの。でも、おばあちゃんが、おこったの。だれにもらったのって」

「ああ」

「おばあちゃん、ようせいのこと、きらいなの。だから、言えなかったの。そしたらおこったの」

「……そうか」

 彼は少し、目を閉じた。

「じゃあ、おばあちゃんが怒らないようにして、渡してあげる」

「そう?」

「うん。待っていてね」

「うん」

 にっこりすると、妖精さんもにっこりした。

「それじゃ、ぼくは行くね」

「もう?」

「あまりたくさん、こっちにはいられないんだ。ごめんね」

 彼は立ち上がった。瑠璃子が見上げると、「ちょっと離れて」と言われた。言われた通りに少し離れる。

「またね、瑠璃」

 そう言って手を振る。その姿がすうっと薄くなる。

「あ」

 梅の木の中に飲み込まれるみたいに、消えてしまう。

「ようせいさん……」

 とりどりの色の菊が、風に揺れていた。

 父、太郎が瑠璃子にお土産を持ってきてくれたのは、それからしばらくしてからだった。綺麗な箱を開けると、中にはガラスのビンが二つあって。片方にはジャムらしきもの、もう片方には、花の砂糖漬けが入っていた。

「お土産だよ」

 太郎はそう言って笑った。瑠璃子は目を丸くした。

「あら、まあ。洒落たお土産ね。どうしたの?」

 のぞきこんだ英恵が言うと、太郎は答えた。

「お得意さまに、こういうものを手作りするのが好きな方がおられて。娘の誕生日だと言ったら、下さったんですよ」

「何だね。これはジャム?」

 祖父の肇ものぞきこんだ。

「何とかって花を使ったジャムだって……ええっと。忘れちまったな。トーストにぬって食べたら美味しいって」

「手作りものなら、早く食べないとね。ちょっと食べてみようか。パンはあったかしら」

英恵はうきうきした風に言った。

「こっちのいろんな色のついたのは?」

「花の砂糖漬けらしいですよ、お母さん。アイスクリームやケーキの飾りに使うらしいです」

「珍しいこと。食べるのがもったいない感じだねえ」

「ななちゃんのとこに、もっていっていい?」

 びっくりしていた瑠璃子だったが、このままだと、うちで全部食べてしまうのでは、と思った。それで慌てて言うと、「ああ、そうだね」と英恵は言った。

「あんたの誕生日のプレゼントだものね。奈々ちゃんと食べたら良いよ」

 ジャムは、ふんわり甘い香りがした。焼いたパンにぬってみると、美味しかった。

「マスカットみたいな味がするね?」

 英恵が言った。肇は「良くわからん」と言い、太郎は「うーん?」と言って首をかしげた。

「瑠璃子。この花も、少し食べてみて良いかい?」

 英恵が言い、瑠璃子はうなずいた。ふたを開けて中身を少し取り出すと、英恵と肇、太郎は花を食べてみた。

「甘いね」

「うーん?」

「あんまり美味しいもんじゃないな」

 それぞれがそう言って、おしまいになった。

 次の日、瑠璃子はビンを持って奈々ちゃんの所に行った。奈々ちゃんのお母さんに頼んで、アイスクリームにかけてもらった。

「今日はいっぱいあるのね。相変わらず綺麗」

 奈々ちゃんのお母さんは喜んで、綺麗なガラスの器にアイスクリームを入れて、その上に花をかけてくれた。

 ミモザの黄色、すみれの青、薔薇の白とピンク。

 アイスクリームと一緒に食べると美味しいのに、おばあちゃんたちわからないんだ、と瑠璃子は思った。

「ねえ、るりちゃん。これ、ようせいさんの?」

 奈々ちゃんがこっそり尋ねてきた。瑠璃子は首をかしげた。

「よくわかんない。パパが持ってきたの」

「じゃあ、ようせいさんの、まほうの花じゃないんだ?」

「うーん?」

 妖精さんは、怒られないように渡すと言っていた。だったら、これは妖精さんのくれたものではないのだろうか?

「まほうは、あるかも」

「そう?」

「うん。だって、こんなにきれいだし」

「そうだね!」

 奈々ちゃんは機嫌良く言うと、アイスクリームを食べた。瑠璃子も食べた。あの妖精さんが贈ってくれたのだと瑠璃子は思った。絶対そうだ。

 パパが持ってきたのは不思議だけれど。

 妖精さんが魔法を使って、パパに渡したんだ、と瑠璃子は思った。

 お花のアイスクリームを食べて、妖精さんにありがとう、と二人で手をぱちぱちした。奈々ちゃんのお母さんは何をしているのかわからなくて、首をかしげていた。



 しばらくしてから、夜、眠っていると、誰かが呼んだ。

 眠かったけれど、目を開けると、目の前に妖精さんのお兄ちゃんがいた。学生服は着ていなくて、普通のTシャツとジーンズだった。でも彼の体はほのかに輝いていて、人間ではないと、すぐにわかった。

「ようせいさん」

「届いた? プレザ……ええと。ジャムと砂糖漬け」

「うん。あれ、ようせいさんが、パパに?」

「頼んだんだ」

 笑って彼は言った。あれ? と瑠璃子は思った。何だか、昼間とちがう?

「パパも、ようせいさんとおはなし、できるの?」

「いいや。瑠璃のパパは妖精が見えないから」

「そうなんだ」

 どこが違っているのか良くわからない。眠いのもあって、ふらふらする。

「食べてみた?」

「んー。ジャム、おいしかった。あれ、なに?」

「エルダー……にわとこの花。レモンと砂糖」

「にわ……?」

「にわとこ。そういう名前の花があるんだ。風邪引きに良いんだよ」

 そうなのか、と瑠璃子は思った。

「つけ込んでおいたのがあったから。薔薇で作るのとどっちが良いかなって思ったけれど」

「ばら? のジャムもあるの?」

「うん。でもあれは、慣れない人にはちょっと食べにくいかもしれいから。にわとこの花は、マスカットみたいな香りだし。馴染みやすいかなって」

 良くわからなかった。

「ようせいさん、よく作るの? ジャム」

「気が向いたらね」

「ふうん」

 瑠璃子はそこで、すごく眠くなった。

「ああ。ごめんね。眠いよね」

「うん」

「おやすみ、瑠璃」

「おやすみなさい……ようせいさん」

 こてん、とそのまま寝てしまった。眠りながら、あ、と思った。

 妖精さん、声が。子どもみたいになってた。昼間は大人みたいな声だったのに。

 変なの。

 翌朝、教えてもらった花の名前を思い出そうとしてみたが、思い出せなかった。それで結局、ジャムは食べきるまで、『マスカットのジャム』と言う事になった。



 冬。雪が降った。

 奈々ちゃんと雪うさぎを作った。

 幼稚園では、雪だるまを先生たちが作ってくれた。みんなも手伝った。楽しかった。

 雪に触っていると、手が冷たくなる。赤くなって、じんじんする。

「ようせいさんは、さむいのだいじょうぶかな」

 ふと思いついて奈々ちゃんに言うと、奈々ちゃんは首をかしげた。

「ようせいだから、だいじょぶじゃない?」

「でもさむかったら、かわいそう」

「そだね。きょうは、ぱちぱち、たくさんしとく?」

「うん」

 二人で真剣な顔で手をぱちぱちしていたら、先生が笑った。

「何してるの?」

 りりか先生が来たので、二人で顔を見合わせた。

「ないしょなの」

「ないしょ? 先生にもだめ?」

「ゆうじょーの、やくそくなの」

「そっかー。なんだかすごいねー」

 笑ってりりか先生が言った。

「せんせいも、ぱちぱちする?」

 奈々ちゃんが言って、りりか先生は笑った。

「こう?」

 先生もぱちぱちした。何となくうれしくなって、瑠璃子と奈々ちゃんは、先生と三人で手をぱちぱちした。その内、他の子たちもやって来て、いっしょにぱちぱちし始めた。

「なあに?」

「なんでたたくの?」

 たくさん集まってきて、雪だるまの前で、みんなでぱちぱち。

「うーんとね。雪だるまさんにがんばれー、かな?」

 りりか先生が言った。奈々ちゃんはぷーっとふくれた。

「ちがうもん!」

「違うの?」

「雪だるまさんじゃないもん。ようせいさんだもん!」

「妖精さん?」

 あ、という顔を奈々ちゃんはした。

「言っちゃった。ごめんね、るりちゃん」

「ええっと」

 どうしよう、と瑠璃子は思った。でもりりか先生が、言った。

「妖精さんに、がんばれーなのね? 雪の妖精さんたちも、いるもんね。花の妖精さんは、今、地面の下で、春を待ってるものね? がんばれー、の気持ちは、大事だよ」

 りりか先生は、妖精に詳しいのか、と二人は思った。

「うーんと。りりかせんせい、ぱちぱちしたことあるの?」

「そうだね。時々するよ」

「そうなんだー」

「ねえ、ようせいさんってなに?」

 側に着ていたえりかちゃんが尋ねて、りりか先生が答えた。

「あのね。目に見えないけれど、みんなのそばにいる、お友だちなんだよ。妖精さんは」

「そうなの?」

 みんな目を丸くした。

「そうだよー。お花を咲かせてくれたりするんだよ」

「えりか、しってる! 小さくてかわいいの!」

 えりかちゃんが言った。

「お花のなかにすんでるんだよ!」

「ふーん」

「こまったひとを、たすけたりするんだ」

「そうなんだー」

 みんな口々に言った。

「そうだねー。妖精さんは、お花の中にすんでるの。それで、みんなのお友だちなの。歌が上手で、いつもお歌を歌っているんだよ」

 りりか先生は言った。

「ようせいさん、みたいなあ」

 しんじくんが言った。りりか先生は言った。

「いつか見る事ができるかもね。妖精さんはね。嘘をつく子は嫌いなの。お掃除やお片づけがちゃーんとできる、ひとに優しい子が好きだから、みんなもお片づけができるようになったら、妖精さんに会えるかもしれないよー?」

 ふーん、とみんな言った。奈々ちゃんも言った。瑠璃子も。

「じゃあみんな、ごはんの前にはちゃんと、お手々を洗えるかなー?」

 はーい、とみんな言った。

「遊んだあと、お片づけはできるかなー?」

 はーい、とまたみんな言った。

「ケンカも駄目だよー。妖精さんは、ケンカする人、嫌だからねー。嘘をつく人も嫌いだから、悪い事をしていると、その人の側から離れていっちゃうんだよ。みんな、嘘はダメですよー。わかったー?」

 はーい。と奈々ちゃんも、瑠璃子も、返事をした。

「よーし。じゃ、手をぱちぱちしよう。ぱちぱちしたら、がんばれー、になるからね。今は寒いから。春まで妖精さん、がんばれー、きれいなお花、咲かせてねーって。みんなでぱちぱちしよ?」

「わかったー」

 みんなぱちぱちした。一所懸命だった。

 りりか先生はすごいと、瑠璃子は思った。

 その後、園舎の中の部屋で、『ぐりとぐらのおきゃくさま』の絵本を読んでもらった。サンタさんが出てくる話だった。途中まで、それがサンタさんだとわからなかった。

 でも最後に、サンタさんだとわかって、みんなわーっと笑った。

「サンタさんはいつも、みんなにプレゼントをくれるけど。ぐりとぐらのストーブは、サンタさんへのプレゼントだったんだねー。寒いもんねー」

 りりか先生は最後に言った。

「そっかー。サンタさんも、プレゼントほしいかな」

 奈々ちゃんが言った。

「ようせいさんも、なにかほしいかな」

「あ、そうかも」

 二人で考えた。

「ようせいさんに、なにかあげたいね」

「ありがとうのぱちぱち、してるけど」

「でもなにか、あげたいよ」

「うーんと。うーんと」

 考えたけれど、思いつかない。それで、りりか先生に聞きにいった。

「りりかせんせい。ようせいさんに、なにかあげたいけど、なにをあげたらいいの?」

 りりか先生はちょっとびっくりして、それから「うーん」と言った。

「二人が元気で、妖精さんのこと信じてるって、言ったらうれしいと思うよ」

「それだけでいいの?」

「それが一番うれしいんだよ。妖精さんには」

 そうなんだ、と二人は思った。

 でもやっぱり、なにかあげたいな、と瑠璃子は思った。



 春。瑠璃子は幼稚園の大きい組さんになった。今度は松組だった。

 奈々ちゃんと一緒に、歩いて幼稚園に行く。チューリップや桜が綺麗だった。

 この頃、瑠璃子はひらがなとカタカナを覚え始めた。英恵が字のついたブロックをもらってきて、瑠璃子に教えてくれたのだ。

 覚えた字を絵本で見つけるのが楽しくて、瑠璃子は一所懸命に覚えた。最初に覚えたのは「の」で、形が面白くて、白い紙を見つけると、「の」ばかりを書いた。「の」ではなく、コイルのようなものが延々と伸びている字になっている事もあったが。

 新しい先生は、とおる先生とえみこ先生だった。とおる先生はでも妖精さんの事をあまり知らなくて、本を読むのもあんまり上手じゃなかった。とおる先生が、あんまり妖精さんの事を知らないので、奈々ちゃんは時々、ぷんぷん怒っていた。

 家に帰る途中、奈々ちゃんと歩いていたら、綺麗な桜があった。

「わあ。きれいだねー」

 瑠璃子が言うと、奈々ちゃんも立ち止まり、桜を見上げた。

「きれいだねー」

「小さいお花がいっぱい、あつまってるんだね」

「風がふいたら、ぱらぱらって、おちちゃうんだよ」

「お花、おちちゃうの」

「それもきれいだって、ママは言ってた。あのね、お花のお茶もあるんだよ!」

「そうなの?」

「うん。ママがね。のんでた。ふわーって、お花のにおいがするお茶!」

「どんなの?」

「ママに、いれてって、たのんでみるよ。るりちゃん、あとでうちにきて」

 ふんわり。ピンク色。

 花を見上げて二人でちょっと笑って、手をぱちぱちした。

「ようせいさん、げんきかな」

「げんきだよ。がんばれー、だもん」

「もし、けがとかしても、だいじょぶだね」

「そうだよ。るりちゃんも、ななも、ぱちぱちしてるもん」

 二人で通り過ぎて、少し歩いて。その時、ふと視線を感じた。立ち止まって振り返ると、桜の下に彼がいた。

「あ」

「どうしたの?」

「ようせいさんがいる! ななちゃん!」

 慌てて指さしたが、奈々ちゃんには見えないようだった。

「ええ? だれもいないよ?」

「だってあそこ……」

 彼が手招きした。瑠璃子はちょっと迷ったが、奈々ちゃんに「ちょっとまってて」と言うと、桜の下に駆けて行った。

「ようせいさん」

 妖精さんは、前と同じように、学生服を着ていた。学生服というのだと、瑠璃子は知っていた。近所のお兄ちゃんが中学生になって、着ていたのを見たのだ。

 でも妖精さんとは違っていた。妖精さんが着ていると、同じような学生服なのに、きらきらして見えた。

「この服だと、怖い?」

 妖精さんは、前に瑠璃子が言った事を覚えているようだった。瑠璃子は慌てて首を振った。

「ううん。こわくない」

「幼稚園、大きい組さんになったんだよね」

「うん。まつぐみなの」

 にっこりすると、妖精さんもにっこりした。

「夜、変なもの、もう来たりしない?」

「だいじょぶ」

「そうか。……これ」

 妖精さんは、ミモザの花の枝をくれた。

「ありがとう。あのね。ようせいさんは、なにがすき?」

「好き? ぼくの?」

「うん。るりね。お花とか、ジャムとか、もらってるでしょ? るりもなにか、あげたいの」

「……瑠璃が、ぼくの事、考えてくれていたら、うれしいよ」

 妖精さんは、そう言った。瑠璃子はあれ? と思った。

 なんだか、しんどそうだ。

「ようせいさん、どこかいたいの……?」

「痛くないよ。どうして」

「だって……」

 なぜだろう。いつも綺麗な人だけれど。今は、なんだか。

 消えてしまいそうな……?

「大丈夫だよ」

 それなのに、妖精さんはそう言った。

「あそこにいる子、奈々ちゃん?」

「あ、うん」

「仲良しなんだね。あの子にも花を持ってくれば良かった……」

「だいじょぶ。はんぶんこする」

 そう言うと、彼は笑った。

「そうか。そうだね。大事な友だちには、自分の大事なものをあげないとね?」

「うん」

「奈々ちゃんにもよろしくね」

 そう言うと、姿が薄くなった。

「またね。瑠璃」

 ふっ、と消えてしまう。

 何となく、不安になった。妖精さんは、どこか変だった。

「るりちゃん!」

 後ろから、奈々ちゃんの声がした。瑠璃子はミモザの枝を持って振り向いた。

「ねえ、どうしたの……そのお花?」

「ようせいさん、いたの。くれた」

「ええ? ほんとう?」

 奈々ちゃんはびっくりな顔をした。きょろきょろ見回す。

「見えなかったよ?」

「でも、いたの」

「ずるい、るりちゃん……」

 奈々ちゃんは口をへの字にした。泣きそうな顔になる。

「ななだって、ようせいさん、みたいのに。るりちゃんばっかり。ずるい」

「これ、はんぶんこしよ?」

 ミモザの花を差し出す。でも奈々ちゃんは、ふくれてしまった。

「いらないもん! るりちゃんは、ずるい!」

「ななちゃん……」

「ひとりでばっかり! なな、かえる!」

 奈々ちゃんはそう言って、走って行ってしまった。

 瑠璃子は、おろおろしながら見送った。



 その夜、黒いものが来た。

 怖くて、瑠璃子は泣いた。側まで来て、じいっと瑠璃子をのぞきこんでいる。悲鳴をあげようとしたけれど、声が出なくて。胸が重くて苦しかった。息ができない。怖い。怖い。怖い。

 ようせいさん、たすけて。

 そう叫ぼうとしたけれど、声が出ない。

 どうして? まえはたすけてくれたのに。

 そう思っていると、黒いものがぐうっと近づいてきた。怖かった。

 ようせいさん……みもざのようせいさん!


 ちりん。


 不意に。何かの音がした。


 ちりん、……ちりん。


 鈴に似た音が。

 すると、黒いものはふうっといなくなった。苦しかったのが楽になって、瑠璃子はほっとした。涙が出てきて、しゃくりあげながら泣いた。そのまま、泣きながら眠った。

 翌朝、目を覚ました瑠璃子は、枕元に置いておいたミモザの花が、一晩で全部散ってしまったのに気づいた。ガラスのコップに水をいれて、部屋に置いておいたのだ。その花が。

 全部、落ちて。枝が枯れている。

 何か、あったんだ。そう思った。妖精さんに、何か。

 どうしよう。

 瑠璃子は枯れた花をかき集めると、ハンカチに包んだ。それから服を着替えるのも忘れて、奈々ちゃんの家に走っていった。

「ななちゃん! ななちゃん!」

 まだ朝早かったので、奈々ちゃんはまだ寝ていた。でも瑠璃子が玄関で騒いでいると、奈々ちゃんのママが気がついて、慌てて家にいれてくれた。

「どうしたの、瑠璃ちゃん。まあ、パジャマのままで」

「ななちゃんは?」

「まだ寝てるけど……待ってて。起こすから」

 奈々ちゃんは、眠そうな顔で歩いてきた。

「るりちゃん……なに」

 機嫌悪そうな顔でそう言ったが、瑠璃子はかまわなかった。

「ななちゃん、どうしよう。かれちゃった」

「え?」

「きのう、げんきだったのに。きょう、おきたら、かれてた……」

 半分泣きながらハンカチを出して見せると、奈々ちゃんは目を丸くした。

「どうしよう。ようせいさん、しんじゃったのかも!」

「ええ? なんで?」

「きのう、おばけきたの。そしたらこれ、こうなった」

 奈々ちゃんは、真剣な顔になった。

「るりちゃん、ちょっとまって。こっちきて」

 瑠璃子の手を引っ張って、奈々ちゃんはリビングのすみっこに連れていった。

「おばけ、きたの?」

 小さい声でこそっとたずねる。

「うん。きのう。ようせいさん、きのう、へんだった」

「へんって?」

「わかんない。けがしてるみたいだった。そしたら、きのう、おばけがきて。お花、かれちゃったの」

 瑠璃子が泣きだすと、奈々ちゃんはお花を見た。それから瑠璃子の手をにぎった。

「だいじょぶだよ! ななもいるもん! るりちゃん、ぱちぱちしよ。がんばれーってふたりで」

「だいじょぶかなあ?」

「うん。だいじょぶだよ。つよいようせいさん、なんでしょ? おばけとたたかえるぐらい、つよいんでしょ? るりちゃんと、なながぱちぱちしたら、ぜったいへいき!」

 なぜだかわからないが、奈々ちゃんはきっぱりといった。それから奈々ちゃんは、「ごめんね」と言った。

「ごめんね。なな、きのう、わるい子だった。るりちゃんがずるいって、おもって。ようせいさん、だから、けがしたのかも」

「ちがうよ。ななちゃん、わるくないよ」

「だって、なな、ごめんねって、ずっといいたかったの。るりちゃん、はんぶんこしよって、言ってくれたのに。お花、かれたの、ななのせいだ。ねえ、でも、ふたりでぱちぱちしたら、だいじょぶだよ。ようせいさんのけが、きっとなおるよ」

「うん」

 泣きながら、瑠璃子は手をぱちぱちした。奈々ちゃんも釣られたのか、泣きだした。そうして二人でぱちぱちした。

 奈々ちゃんのお母さんは、何をしているのかわからなかったらしい。でも瑠璃子の家に電話をして、今、ここにいると知らせていた。

「山中さん? 瑠璃子ちゃん、うちにいますけど。ええ、よくわからないんですが、きのう、うちの奈々とケンカしたらしくて。今、仲直りしてるみたいです。はい。あ、大丈夫です。何か温かいもの飲ませて……トーストで良ければ食べさせておきますけれど。はい。わかりました。お待ちしています」

 電話でそう話している声が聞こえた。

 その後瑠璃子は、トーストとミルクをご馳走になった。慌ててやって来た父は、何か言いかけたが、涙の痕の残る瑠璃子の顔を見て、何も言えなくなったらしい。

「服ぐらい、着替えてからにしなさい」

 それだけ言った。

 幼稚園には、少し遅れた。瑠璃子はとても心配だったが、奈々ちゃんと一緒だから、大丈夫だという気になった。幼稚園にいる間、奈々ちゃんは瑠璃子と一緒にいてくれて、一所懸命ぱちぱちしてくれた。

にわとこの花は、エルダーフラワーの事です。この花はマスカットに似た香りがして、発汗作用があるので、風邪を引いた時に良いとされています。花のジャムは、桃や桜なども売られているみたいですね。

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