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剣士の花

作者: stenn

 ゴリラ女――それが私のあだ名だった。


 子供のころから体はほかの女の子よりも一回り大きくて、喧嘩には負けたことなどない。というか絡んできたのは向こうからだったのにどうしてそんな扱いを受けなきゃならんのか。いまいち府に落ちなかったけれど。


 そんな少女時代。隣に小さな男の子が越してきた。それはそれは天使みたいな男の子で髪は栗毛。その双眸は青々とした野原を映したかのような碧だった。周りにいた粗暴な男子とは一線を置いた子供で物静かで読書が好きだった。女子には当然モテて――当然男子には嫌われるという構図が出来上がり……。暴力沙汰になるのもしばしばだったように思う。


 その子自体は助けを求めなかったし、私も傍観者の立場だったんだけど――どうでもよかったし――周りの女子がそうはさせてくれなかった。


 『隣だから』という理由と『かわいそう』という理由で私が随時矢面に立たされたのだ。そのうち『助けないと仲間外れだからね』というよくわからない脅しまでつけられるようになり――当時の私にとっては仲間外れは恐怖だった――完全なるSPとなってしまった。


 気づいたら武道に目覚めてしまい。気づけば剣を握っていてこのありさまだ。


 今では国随一の女剣士。その腕に勝るものなしとまで言われる悲しい事態になっている。


 そしてもっと悲しいのは。


「セルラ。何で結婚しないの? もういい年でしょ? 周りのみんな結婚しているのにぃ」


 ……。


 目の前にいる小学校時代からいるムー友人の首をひたすら絞めたい。なに。その勝ち誇った笑み。子供を抱えながら『旦那がさぁ』という自慢話やめていただけませんかね。


 しかも会うたびに。


 会いたくないんだけど会いに来るから。来るから……。静かな喫茶店の中て大きなため息が落とされる。


「だいたいその外見何とかならないの? 筋肉ダルマ。男じゃない。まるで」


 泣くぞ。国随一の剣士だけど声をあげてここで泣くぞ。そこは気にしているんだよ。でもこうなってたんだ。仕方ないじゃないか。


 唯一女と分かるものは髪の長さくらいなものだけど――女装をしている男性にしか見えない。


 ああ。泣く。昔化粧をしたらどうにかなるかもってしたら同僚が大爆笑したことは忘れない。


「……引き締まったきれいな体といってほしいわ――というか何しに来たの? 嫌味言うために来たんじゃないわよね?」


「あ。ああ。そうそう。あんたが昔守っていた男の子いるじゃない?」


「ルーデ?」


 名前はそれくらいしか覚えてないけど。そういえば奴から『ありがとう』の一つすらもらっていない。あの子物腰やわらかで優しかったけど私にはごみを見るような目で……。


 むかつく。


 十二になる前にとっとと引っ越ししていったけど。


「今度結婚するらしいわよ」


「ああ。そう――私には関係ないじゃん。そんなこと」


 だいたい二十歳超えれば結婚をするのがこの国では普通で――。普通で。あ。涙が。ともかく普通で。そんなこと言われてもどうでもよかった。


「つまらない反応よね。てか、あんたってその辺すごく疎いわよね。だいたいあるでしょう? 小さなころの片思いとか」


「ないよ」


 私の場合強制だし。ちっとも笑いかけてくれなかったし。『ありがと』の一つもないし。最終的に私が『ゴリラ』だし。


 恨むこそすれ。ない。ああ。そういえば初恋って剣術指南の先生でかっこよかったなぁ。


 即答すると不満そうに口をゆがめる。なんか小さなロマンス的なものを期待してたようだけど、ご期待に沿えずに申し訳ない。


「言いたかったことはそれだけ? 忙しいんだけど、私」


 阻止を浮かせると慌てて阻止をされる。少しだけ胸で眠っていた子供が目を開けた。ママのようにはならないでほしい。


 いや、なんとなく。


「ち、ちょっと。席を立たないでよ。まだ終わってないって」


「え――」


「だからね。そいつからちょっと頼まれてて、結婚式に『女剣士』さんをぜひとも呼びたいって」


「何で、そっちに依頼が行くのよ。警護でしょ?」


 基本的に私は国の兵士だ。その中の剣士で。私に何かを頼みたいのであればまず国に申請をするべきだ。こう見えても私は忙しい。国を訪れる各所要人の護衛に毎日奔走しているし。鍛錬だってある。私的な時間はほとんどないんだけど。


 というか。


「……何で警護が必要なのよ」


 一般人じゃん。


 確か。


「いや、警護じゃなくて、お礼って」


 今更か。――それになぜ結婚式に呼ぼうと思ったんだよ。私の現状知っての嫌味か。嫌味なのか。さらし者にする気なのかな。


「やだ」


「……あいつ相当金持ちでさ。いいもの食べられるとは思うんだよね。交友関係も広くてさぁ? もしかしたら」


 ……。


 私は食べ物に目がない。食べるのが大好きだ。特に肉。肉が好き。――お金持ちなら古今東西おいしいお肉……。


 よだれが浮かんだ。


 ついでにお金持ちからお肉食べ放題してくれるいい人が現れるかも知れない……。


 しれない。


「どうする?」


 悪魔のささやきが耳に届く。


 もはや思い出より食い意地が張った私は『行く』以外の選択肢を持っていなかった。




 実際スーツにするか。ドレスにするか迷った。いつもはスーツで行くんだけど、今日は両親も友達も『ドレス』といって譲らない。スーツは動きやすいのに。女友達もたくさんできて一隻二兆。お肉食べ放題に連れて行ってくれるかもだし。


 ダメなの。そ。


 なるべく鏡を見ないようにして着付けをしてもらった。もちろん顔も出したくないので頭からストールを被る。何か。これは譲れない。


 胸さえあれば何とか女だとわかると思うけど顔が乗ったら『向こうの世界の人』としか見えないからだ。確信をもって言える。


 とりあえず送ってもらった先は大きなお屋敷だ。仕事では大きなお屋敷は慣れているのでどうとも思わないが個人的に来るとさすがに気が引ける。


 気後れして帰っていいか。と友人に問うたら『ダメ』と笑顔。だよね。さすが慣れてらっしゃる。商人の子。


大きな扉の中に向かい入れられると上着をはぎ取られた。ストールも取られそうになったんだけどここは秘儀『剣士の威厳』で乗り切った。つまりは偉そうな雰囲気を出すことなんだけど。


 慣れないヒールで歩き進めていくと大広間。そこには幾人かのキラキラした老若男女が談笑しあっていた。


 そんなことより。


「ビッフエ。ビッフエ……」


 ふらふら机に向けて歩き出す私を友人が阻止する。おなかすいてるんだよ。ごはんお預けくらってるんだよ。第一目的だからいいじゃん。


 恨めしそうに睨むと『まずはあいさつでしょ』と怒られた。そのまま引きずられるようにして歩いていくんだけど、私の目にはもはやビッフェしか映っていない。


 おなかすいた。


「これは、これは来ていただいたのですが」


 ふいに声が届いて私が振り返ると一人の青年が立っていた。栗色の髪と碧の両眼。ふわりとした笑い方は何一つ変わってない。


 奴だ。一目でわかる。


 予想通り美男子だよ。私みたいな筋肉ゴリラではなくて。細い。鍛え直してあげたいくらいに細い。


 ……いや、いいけど。


「世に名高い女剣士様も。ようこそ。いらっしゃってくれないかと」


「お招きいただいて光栄にございます。あの頃よりお変わりなく――息災で。うれしく思いますわ」


 少しだけ彼のことを調べさせてもらった。もちろん職権乱用で。ルーデ・セムレゥス。二十二歳。この国下級貴族の人間らしい。今は小さな領地を運営してる。領地は豊かで果物が有名。何か忘れたけど。そんなところ。兄弟は一人って書いてあった。どちらだったっけ。


 しかしまあ。何でお貴族様が一般人に紛れてたのか謎だな。


 考えながら私は職務で培った会釈をする。スカートの裾をあげて、軽くひじを曲げて頭を垂れて……。面倒。でも完璧だったはずだ。


「あ――いえ。かしこまらず。それよりもストールを取っていただけませんか? あなた様も美しく成長したと聞いております」


「……は?」


 思わず低い声が出た。いや、殺意が漏れた。


 そんなことより、おなかがすいています。ごはんをください。


「ああ。ええと。今宵はご結婚おめでとうございます。旧友として謹んでお喜び申し上げます。では後程」


 何かに気づいたらしい友人は笑ってごまかすとずるずると私を近くのごはんまで連れて行ってくれた。


 優しい。今までで一番優しく思えた。


 そしておいしい。


「全く。うまくいかないわ」


 独り呟く友人にチキンをかじりながら『何が』と問うとチョップが額に飛んでくる。避けられなくもないけれど避けなかったら少し痛かった。




新婦はきれいだった。まさしく美男美女の組み合わせ。祝福しない奴なんているのか。私は祝福する。もう少しいいプレゼント持ってくるべきだったかもしれない。


 目の保養。目の保養。などと言いつつ私は口にローストビーフを押し込む。


 あ。ストールにソースが。まずいな。レンタルなのに。落としてこないと。買ったら高いんだよ。これ。給料一か月は持ってかれるわ。


 私は近くにいた給仕に洗面所を聞くと静かな廊下を歩いていた。さすがお金持ち。壁は大理石だし、花瓶は高そうだし。割ったら死んでもお金返せないなこれと考えつつ進む。


 あ。


 私は近くに飾られていた大きな絵を見上げた。


 ――子供が三人。


 双子だろうか。兄弟かな。たぶんルーデと誰だろう。弟がいるとは書いてあったのでそうなのだろうな。


 にしても。天使だわ。この兄弟。うんうん。やっぱ天使だわ。顔だけはいいんだよなぁ。好みじゃないけど。


 売ったら幾らに……にしてもこの真ん中……。子猿は誰だ。二人には似ても似つかない一般人。洋服に着せられてるよ。この子。天使に囲まれてかわいそうに。でも満足げに笑っている。


 黒い髪に大きな目。どこかで見覚えがあるような、ないような。


 ……。


 ……いや。まって。目をこすっても何も変わらないし。え。これってもしかして。


 ……いやいやいや。そんなわけないよね。いや。いやいやいや。もう一度凝視してみるけどやっぱり何も変わらない。


 ……。


「君だよね」


 いや――。


 降ってきた声に声にならない悲鳴を上げてうずくまった。


 なんだ。呪い。これは何かの呪いなの。なに。この絵。も、燃やさないと。いや、き、切り刻んでから。


 ああ。もう。剣を持ってきてないっ。


「な、何でこんな」


 まさか今更昔の子猿姿を見せられるとは……。めったに鏡を見ない私にはショックが大きすぎる。嫌だ。今の自分も鏡で見たくない。


 ああ。動悸がする。


「だ。大丈夫?」


 新郎――だ。何でこんなところにいるんだろう。いや、服が違うから――弟のほうかな。顔は本当にそっくりだ。私を抱え上げながら彼は目を細めて絵を見ている。


「……よく描けてるでしょ? 可愛いねぇ」


 ……。


 ナルシストかな。真ん中にいる私の姿は目に入っていないんだろうけど。自分で言ってて悔しいわ。


「兄がね。作ってくれたんだよ。僕があまりにも寂しがるから。僕は内気でね。こっちに来ても友達はできなくて。周りは大人ばかりだし」


 だからって絵に描くことないだろうが。子猿を。客、使用人。家族にさらしてきたのかよ。これ。嫌な方向でうわさになってそう。


 軽く頭を抱えた。


「ま、ま。私しか友達『らしきもの』がいなかったことは認めるわ――というか、『あなた』がルーデなのね?」


 おっとりと笑うルーデに当時の女子たちにばらまいていた笑顔が重なる。いや、私には笑いかけてくれなかったけどね。大事なことなので何度でもいうぞ。


「兄とは双子なんだよ。僕だけ――その、家の事情で外に出されてて、戻ったってわけ」


 何やら複雑そうだけど、そんなことはどうでもいい。突っ込まないし。関わりたくないし。というか、この絵外してほしい。


「あの、この絵」


「外さないよ」


「……ち」


 押し入ってやる。絶対押し入ってやる。


「そんなことより顔のストール。シミになるけどいいの?」


 ぼんやり会話してる場合じゃなかった。やばい。私はあわててストールを取るとシミを眺めた。


 うわ。ちょっと。乾いてる。すうっと頭から引いていく血にを感じ私は身をひるがえしていた。ああ。


 挨拶大事。


「ごめん。話はあとで」


「うん」


 なぜだかすごく驚いたような表情に疑問を覚えたがそんなことを追及している場合ではなかった。





 ……。


 ……。


 結局シミは取れないし、うっかり鏡を見てしまって久々のショックを受けたし。しかも化粧しているためなおも気持ち悪いし。誰これ。あれ何……。忘れたい。


 帰りたい。というかもう帰っていいかな。


「食べ物をタッパーに詰めながら真顔で言わないで。恥ずかしい」


 どうやら口に出てたようだ。友人に睨まれてしまった。いや、でもタッパーに詰めて持ち帰れば二、三日は食事を作らなくていいし。肉なんて干しておけばもう少し持つし。


 ってか、いいじゃないか。ストールだって取って嫌な顔さらしてるのに。食べ物持って帰らないと溜飲が収まらないよ。


 ああ。そういえば第二目標達成してないじゃない。お金持ちと仲良くなるって。


「……けど、いっか」


 なんか話しかけにくいし。やっぱり住む場所が違うんだなと分かるし。


 ……。


 私だってその気になれば要人といつだって仲良くなれるしい。ぶつくさと呟きながらせっせとタッパーに詰め込む。


 こうなったら恥も外聞もないし。謎の絵をさらされてるし。


「そういえば、セルラ。右のピアスどうしたの?」


゛「ピアス?」


「うん。トップないけど?」


 いわれて触ってみるとない。


 確かにない。ピンクの丸い宝石が三連につながっているもので可愛いものだった。


 ――殺される。ふと頭に過った。


 あれは母から借りたものだ。自分で付けておいて失くしたら『殺す』という脅し付き。確かになんか耳が軽いかな。とは思っていたんだ。思っていたんだけど。


 まさか。ないなんて。


「ママに殺される」


 泣きそうな顔でプルプル震えながら言うと友人は大きなため息一つ。


「大きな図体で泣きつかれても。名高い剣士でしょうに――とりあえず行ったところ探してくる? ここに来るまではあったんでしょ?」


「たぶん――」


「私も給仕さんとかに聞いてみるから」


「うん」


 ともかく。ともかく。動いた場所から探そう。大広間を出て洗面所に向かう。絵の前を通るのは嫌だけど。仕方ない。速足で抜ければ何とか――。


「あ。セルラ様」


「げ」


 何で足早に行きたいときにつかまるんだよ。声にひくひくと愛想笑いを浮かべ振り向くとそこには一人の青年が立っていた。


 知ってる――。


 確か政府要人の警護をしているときに見た。確か――隣国大使の息子だったか。というか何でこんなところにいるんだろう。たかが一国民――貴族の結婚式なのに。力なんてさらさなない貴族になんの徳があるんだろう。


「いけませんか? 私とルーデ様は学友でして。兄上様とも親しくさせていただいているんですよ」


 私の疑問が伝わったのか男は苦笑を浮かべた。というか――何だろう。地位のある人や貴族って私の周りにいる同僚とかとは違うな。なんか当たり前だけど小奇麗だし、キラキラして見える。まぁ突いたら倒れそうだけど。


「いや。不思議に思っただけです。お気になさらず――って」


 絵を見て、こっち見るのやめようか。てか、その絵が『誰』かわかっているんですね。誰だ。言ったやつ。まぁ、ルーデだろうな。


「かわいらしい」


「……まあ、子供の頃は天使みたいでしたから」


 いうと男は不思議そうに目を丸めた後で私の手を取った。


「あなたが、ですよ? 今も美しくていらっしゃる」


「……は?」


 何を言われているんだろう。えっと。頭が追い付かずに目を丸くして男を見つめるしかできなかった。


 同じくらいの身長だと少しだけ現実逃避したが意味はとくにない。


「さすが。誇り高き剣の花と呼ばれるだけのことはあります」


 なに、それ。誰それ。ゴリラだったらわかるけども。本人が一切知らないってどういうことなんだろうか。ちなみに同僚が聞いたら大爆笑だな。その名前。


 ああ。もしかしてこの人の中では、だろうか。たぶんそうなのだろうな。


 頭の中で目の前の人間が『変わり者』に変換され、私は軽く笑みを浮かべて見せた。


「そんな、名が――。初めて聞きました。普段は大女とかしか呼ばれないものですから新鮮ですね」


「そうですか? 皆が言ってますが」


 だから皆って誰だよ。聞きたいよ。少なくても私の知る『皆』は違うんですか。本人に届いてないんですが。


 って。


 殺気――。


「で。その手をいつ離してくださるんですか?」


 ふいに届いた声と殺気。私はあわてて身体を捻り男を守るように前に乗り出した。


「あ、え?」


 間抜けな声を出したのは私だったか、目の前で少し驚いたような顔をしたルーデだったか。というかいつからいたんだろう。


 分からなかったのは剣士として失格かもしれない。仮にもトップレベルなのに。鍛え直さなければと心の中で呟きながらルーデを見た。そのルーデは私から目をそらすと後ろの男を一瞥する。


 漂うのは殺気を通り越した冷気だろうか。というか、何怒ってるのかわからない。


「カノン――何をしてるの?」


 カノンと呼ばれた男は肩をすくめて見せる。その表情はいささかうんざりしたような感じだった。


「いいじゃん。少しくらい――花に触ることなんて今後一切ねぇんだから」


「触らないで。僕が呼んだんだ。――セルラ。怪我は? あれに何もされてない?」


 心配そうに覗き込まれたがなぜ心配してるのだろう。というか……情緒不安定なんだろうか。今度剣の手ほどきをしてみようか。


 運動は健康な精神を育てるって言われてるし。


「あれって……。いや、何も――何かって何?」


「それは、私――俺があなたに手を出すと思ってるんですよ」


 いやいや。そんなわけないと思うんですが。カラカラ笑うカノンに吹雪のような視線が落とされる。


「違うの? お前、レテにも手を出そうとしただろう? ここで。仮にも花嫁だ。正気か? 兄さんに殺されるぞ?」


「実際手を出してないからいいじゃん。失敗したし」


「今回はな」


 ……うわ。しか声が出てこない。こんな人種がいるのは知ってたけど。知ってたけど会ったのは初めてだ。周りに話したら――裏口に連れてかれてボコられるだろうな。同じことをして成功するとは思えないし血の涙が透けて見える。


 悪びれてすらいないカノンは小さくため息一つ。私の肩を軽く抱いた。その横顔は面白そうだ。


「……何です?」


「いいから。いいから」


「――」


 ……表情が消えると美形って人形みたいだよね。目の光も消えてるし。生きているか死んでいるかさえもわからない。


 というか意識あるかな。だんだん心配になってきた。


「る、ルーデ?」


 肩がピクリと動き、口元が薄く開いた。


「――な」


「いい加減にしろ。ルーデ。諦めるためにここへ呼んだんだろ? 俺が手を出したところで諦めるお前に選択権はない」


「……触るな。それは。僕のだ」


「……」


 ――ああ。理解した。うん。完全に。理解した。理解をしてしまった。たぶんだけど。違ってたら死ぬほど恥ずかしい。


 いやぁ。人生初めてモテてる。モテてるって言っていいのかわかんないけど。すごいなぁ。『私のために争うのはやめて』とかいえばいいんだろうか。わー自慢ができる。


 ……。


 ……。


 ……。


 現実逃避しても楽しくなかった。とりあえず頭が働かないし逃げてもいいですか。え、ダメ。そ、そう。


 ともかく。重苦しい空気を何とかしなければ。


「え、ちよっと。ちょっと――ルーデ。落ち着こうか。そっちも肩から手を下してください」


「嫌です」


 しれっと即答したので手を捻り上げた。笑顔で。


「な、なんだか知りませんけど……だいたいルーデを煽って面白がるのはやめてください。ずっと野良犬のように睨んでるじゃないですか」


「本気だけど?」


 もう笑顔が軽薄にしか見えないんだけど。ため息一つ。ルーデに目を向ける。


「ルーデ」


「セルラ……僕は――」


 俯いて口を軽く噤む。少し泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。私の方が些か背が高く、身体も大きいためルーデの線の細い体がまるで少女のように見えた。幼いころ涙を流さずに我慢していた姿が被る。


「僕は。君にお礼が言いたくて。こんな機会、もうないから。もうたぶん会わないから……」


「お礼?」


「助けてくれて『ありがとう』の一つも言えてなくて」


 確かに――聞いてない。もう別にいいけど。というか声が小さい。消え入るような声で思わずよく聞こうと顔を近づける。


 あ。顔を真っ赤にして逃げられた。なんでよ。


「……うん。でも、会わないの?」


「このままではダメだって兄さんに言われてて」


「諦めるか――どちらかにしろって言ってるんですが。ここまで愚図とは知りませんでした」


 あ。同じ顔だ。よく見れば見るほど同じだけど、纏う雰囲気が違う。白い服を着こんだ青年はにこやかに歩いてくる。


「剣士様。愚弟と友人がご迷惑を」


「……めんどくさいのが来たよ」


 カノンがひとりごちるとにこやかに青年はこぶしで軽く腹部を殴りつける。……あ。うずくまった。痛かったらしい。


「兄さん」


「まったく。我が領主がそんなのでは困るんですが」


「共同領主なんですがそれは」


 困ったように言うと『そうでしたっけ』と軽く眉をはねた。


「まぁいいです。では担当直入に聞きます。剣士様」


「は、はい」


 急に畏まられて言われたので私もピンと背筋を伸ばした。


「ここに嫁ぐ気――弟と結婚するつもりはありませんか?」


「……は?」


 何を言っているのか分からず答えを求めようとルーデを見るが照れたようにもじもじしている。


 乙女か。


「いや、えっと。ありがたい話ではありますが。突然言われても困ります。――申し訳ないですが……お断りします」


 いや。だからタイプではないんですよ。イケメンだしお金あるし――おいしいもの食べ放題――いいとは思うけど。


 いうとルーデ兄はにっこりと邪悪交じりに微笑んで見せた。


「いい年なんですから断る理由もないでしょう? まさかの『理想の王子さま』をお探しですか」


 喧嘩を売られているような気がする。苛立たしい気分を抑えて私も負けずににっこりと笑みを返しておいた。


 その横でおろおろしているのはルーデで、壁にもたれ掛かったまま馬鹿馬鹿しそうにカノンはこちらを眺めている。


「――いい顔なんだから私を選ぶ理由もないでしょう」


「そうなんですけどね」


 肯定されるとさらにイラつくんですけど。


「では。どうしたらルーデと結婚してくれますかねぇ?」


 だから、しないって。というかなぜ本人じゃなくて兄が食い下がっているのか不思議だ。でも。と。私はため息一つ。


 ルーデが本気なら、考えなくもない。


 私はすっとルーデを見た。何も鍛えていない細くて軽そうな体格がピクリと反応し不安そうに瞳が揺れた。


「そうですね。私に『勝ったら』」


 無理を言うと自分でも思う。けれどもし。もし万が一にもそういうことがあれば仕方ないとあきらめようと思った。


 たぶんそれを為すには相応の努力――それ以上が必要だと思うから。


 それは本人だってわかっているはずだ。


「……だって。どうしますか」


「無理だな。これは」


 口々に言う外野にルーデはきゅうと口元を占めて私に目を向ける。まっすぐに。それこそ挑むようにも見えた。


「わかった」


 しっかりと響く言葉に私はニコリと微笑んでいた。



 ――っていうか。


 どうしてこうなったんだろう。私は頭を抱えるしかなかった。


 大きな闘技場。溢れかえる観客。VIP席には王族やら政治家やら。あ。他国の人間まで来ている。いやいやいや。個人的な決闘に何してくれてんのさ。誰だよこんな事した奴は。


 いやたぶんルーデ兄から伝達されて何だかんだで話が大きくなってこうなったらしい……。前座試合まであったし。チケットとかあって立派な商売に。たぶん友人もかかわってるよ。これ。こないだあったときに『ありがとう』なんて意味不明に感謝されたし。


 そういえばこれを知った両親は『お願いだから負けてこい』と泣きながら意味不明なことを言ってたな。


「セツラ様ぁ~」


 誰かが手を振っている。大人から子供まで。私ってそんなに人気あったっけ。しかも女性に。引きつった笑みを浮かべながらひらひらと手を振り返すと黄色い歓声が飛んでくる。


 慣れないし、やりにくい。


 私は生きを一つ付くと目の前に佇んでいる青年を見た。


 うん。あれから一年ほど経つ。そのためか身体つきは確りとし、腕も筋張った筋肉がついていた。持つ獲物は細身の剣で叩き切るのを主にするものだった。


 ついでに言えば私の剣は裂き切る片刃の湾曲刃だ。


「――緊張してない? ルーデ」


 一陣の風に後ろで纏められた長い髪がふわりと巻き上がる。それを抑えることもなくルーデはニコリと昔のままで笑って見せた。


 嬉しそうに。


「すこし。けど嬉しいから大丈夫」


「うれしい? ――戦うのが?」


 よくわからず眉をはね上げる。


「うん。これでセツラに守られなくていいと思うと嬉しいんだ――これからは僕が守れるから。頑張ったから」


 それはつまり私が負けるっていう前提ですか……。言うようになったなと考える。


 けれど私も一端の剣士だ。決闘において負けるつもりは何もない。国随一の剣士だと伊達に呼ばれているわけでもない。


 ましてやルーデは私が守るべきものだ。すごく頑張ったのは生傷で見て取れる。その体つきで見て取れる。けれど。


 すっと無意識に足の位置を変える。いつでも攻撃に入れるように。


「……そういえば私が買ったら何をくれるの?」


「君が叶えたいことを――」


 ニコリと微笑む横で見知った大柄な男がすっと入場する。同僚の一人で私に軽くウインクするとルーデと私に割って入るように立った。


 すっと伸びる腕に場内が静まり返り、微かに生きをのむ音が聞こえてくる。


 負けない。


 もはや結婚などとどうでもよかった。どくどくと流れる心臓の音を聞きながらただ、ただ、私は。私たちは『始め』を待っていた。




 結論から言って私が勝った。


 その時は。


 悲しいことにルーデはあきらめないんだよ。毎年、毎年見世物になる人の気持ちも考えてほしい。っていうか毎年規模が大きくなるの勘弁して。それとともにルーデの領地と友人の家が潤っていくのがなんとも言えない気持ちになった。やめてくださいとお願いしたんだけど『無理』と一蹴。ついには上司などに『今年はいつ』とか言われる始末で。


 まぁ。手を抜いたわけじゃないんだけど。負けたくて負けたわけじゃないんだけど。


 五年目くらいで負けました。笑えない。なんでよ。


 お祭り自体は恒例化しているので毎年誰かと誰かが決闘するということが繰り返されている。


 そんなこんなで結婚するしかなかったんだけど――。


「ん」


 耳に軽いキスが落とされて私は微睡の中、目を開いていた。


 まだ薄暗い。眠いんだけどな。考えて嬉しそうに覗き込んでいるルーデを見つめた。引き締まった体躯。もう私の守りなんて必要ないんだろうなと少し寂しく思う。


 けれど。


「どうしたの? いじめられたの?」


 思わずついてくるのはその言葉で。ルーデはやわらかな笑みを浮かべると頭を振った。子供のころのように。


「そう。よかった。私は守らないと――」


 やっぱり眠い。思考がまとまらない。いったいなんで起こしたんだろう。と考えたがすぐにどうでもよくなった。


 眠い。


「大丈夫だよ。セツラ。今度は僕が守るから。今までありがとう」


 口元に降りてくる温もりに小さく息を漏らした。布団に滑り込んでくるなめらかな肌が温かく気持ちいと思う。


 幸福だ。


「うん」


 すうっと途切れる意識の中で愛しているという言葉を聞いた気がした。


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