六話 砂の山
「さっく、さっく、さっく ふに、ふに、ふに~」
ドビンは、足裏に感じる砂の感触に夢中になりながら歩いていたが、不意にある行列が目に留まった。その行列は、何か歌を歌いながら歩いていた。
「……にはまだ足りない。女王さまは、待っている。足りない探して――」
気になったドビンは、近づいて行くと行列の内のひとりに声をかけた。
「ねえ、ねえ、なにして何して歩いているの~?」
すると、歩いていた足を止めて答えてくれた。
「ぼくらは、おっきな家をつくる。それがぼくらの仕事なのさ」
そう言うと、手に持っていた土の塊を見せて続ける。
「運んで固めて、固めて運ぶ。これがぼくらの仕事なのさ!」
そう言うと、列の最後について再び歩き出した。
「あるいて探し、探してかえる、かえって固めてまた探す。足りない、足りない、まだ足りない。おっきな家にはまだ足りない。女王さまは、待っている。足りない探して、さあつくろう……」
リズムよく歌いながら歩く様子に、いつの間にかドビンも加わっていた。
「さくさくたのし~歩くのたのし~、今日も楽しく冒険さ~」
その後しばらくすると、何やら大きな砂の山に差し掛かった。
不思議に思ったドビンだったが、そのまま付いて登って行った。すると、前を歩いていたひとりひとりが其々、手に運んでいた土の塊を砂の山の上に積み上げているのが見えた。
どうやら、自分達の家をつくっていたらしい。
その様子を見つめていたドビンだったが、自分の番が来た事に気が付いた。それは、飽くまでも列の最後にドビンがいただけと言う話だったが……
「そうだ、あのね、これあげるね!」
そう言ったドビンは、何を思ったか背負っていたどんぐりリュックを下ろすと、蓋を外してその一番上に置いた。それは、ちょうど砂の家の入口にかぶさり、砂の家のドアみたいだった。
ドビンが蓋を乗せると、それに反応したアリ達が蓋を開けたり閉めたり、出入りしてみていた。
「うんうん。これは、良いものだ。雨の日安心、良いものだね!」
気に入ったらしく、蓋を開けたり閉めたりしているのを見て、ドビンも楽しくなって来た。
「良かったよかった、おうちにドアは必要さ、中はなかで外はそと~」
そうして楽し気にしていると、蓋が持ち上がって少し体の大きなアリの"コルン"が出て来た。
「これはこれは、良いものですね。さぁさぁ中にいらして下さい。女王様がお待ちです」
その誘いに、ドビンは残念そうに答えた。
「僕には少し小さいの」
そう言いながら、入り口に体がつっかえてしまう事を伝えると、それに対してアリが答える。
「大丈夫です。さぁさぁこちらにおいで下さいね、こちらはお客様用入り口がありますので」
言われるままにそちらに歩いて行くと、少し降りた反対側に、確かに大きな入り口があった。
「これなら僕も大丈夫、中にいっしょに行けるんだね~」
「ええ、さぁどうぞ、ご案内します」
見送ってくれた働きアリ達に手を振りながら、ぽっかりと空いた横穴から入った。案内されるままに中に入ると、そこから少し先に幾つかの分かれた穴があるのが見える。
「ひゅお~と鳴ったり、ごおっと吠えたり、ぴゅーっと泣いたり、色々先があるんだね~」
楽し気なドビンがその一つに近づこうとすると、慌てて止められた。
「正解の道は一つだけ、外れはその先危険だけ。ゆっくりじっくり選びましょう」
そう言われてじっと見つめてみたドビンだったが、どれを選んだらよいのか分からなかったので、取り敢えず真ん中の穴に飛び込んでみた。
ドビンが飛び込んだ穴は、その先が緩やかな下り坂になっていた。
飛び込んだ先はつるつるとしており、何もしないでもつる~っと滑って行った。そうして滑ったドビンだったが、不意に体が浮かんだように感じた。
「ふわっと?」
しかしそれは真逆の事であり、実際には落下していた。
少しの間それを楽しんでいたドビンだったが、ふと落ちたら痛いと言う事を思い出した。そこで、ぽうっと淡い光を放ったドビンは、次の瞬間宙をふわふわと浮かんでいた。
「ふわふわするのは、雲みたい~ たま~に寝るのさ良い気持ち~」
そうして薄暗い中を降りていたドビンだったが、ぼんやりと明るい底が見えて来た。どうやら、壁にはヒカリゴケが生えているらしく、周囲を確認するには十分な明かりがあった。
「ふぅ、たのしかった~」
ちょっとした"空の旅"をした気分になっていたドビンだったが、壁の一部が開いてそこから先程のコルンが入って来るのが見えた。
「……はぁ、良かったです。ご無事でしたね。ここは"羽の道"だったのですが、どうやら貴方は特別らしい。これから女王さまにお会いください。さぁさぁこちらに、いらして下さい」
そこが地中だった事もあってか、何となくドビンには"我が家"に近い感覚を覚え、機嫌が良かった。普段から機嫌が良いドビンなので、コルンはその違いに気付かなかったが……
「るんるん、たのしい、どうくつ暮らし。ひんやりペタペタ、たのしいよ~」
その後、コルンが案内する後に従ってついて行くと、途中なだらかな坂を上ったり下りたりして、ようやく目的地に着いたらしかった。
「さぁさぁ、中にお入りください」
コルンの案内するままに中に入ると、そこは広く大きな広間になっていた。
「うわぁ、大きなお家だね~」
思わずそう呟いたドビンに、奥から声がした。
「気に入ったみたいで、それは良かった。ところで、何か欲しいものはあるかな」
ドビンが見ると、そこに居たのは大きなコルンよりも更に大きな"女王さま"だった。その女王さまの大きさにワクワクしながら、答える。
「ううん、何にも無いんだよ~ ただね、見晴らしが丘に行きたいんだ。そこの景色は綺麗でね、僕はそこでキノコシチュ―を……キノコしちゅ~は無いけどね、きれいな星を見るんだよ~」
すると、女王さまはしばらく考えてから、ドビンとその背に背負ったどんぐりのリュックを見て言った。その顔は、何処か我が子を見る時のように優しい顔だった。
「そうか、それなら運んでやろうね。ほらほら、さぁさぁ伝えておくれ。この子を丘まで連れて行くんだ。そこで見た事聞いた事、私に後で教えておくれ」
そう言った女王さまは、コルンに何やら指示を出した。
指示を受けたコルンはその後、枯葉で編まれた座布団を持って来た。そして、その後に付いて来ていた沢山のアリ達に指示を出すと、あっという間にドビンを上に乗せて歩き始めた。
「道あけ、ドアあけ、そこをあけ~ 女王さまの命令さ! これから行くのは丘の上、そこで見た事聞いた事、残らず持って帰るのさ~!」
沢山のアリ達に持ち上げられたドビンは、座布団に乗ったままぐんぐんと、洞窟のクネクネ道を上り始めた。そうしてしばらくすると、複数あった内の一つの穴から外へと出ていた。
そこで降りようとしたが、再び進み始めた行列の上、ドビンはいつしか一緒になって歌っていた。
「さぁさぁ行くぞ、丘の上~ そこで見たこと聞いたこと、残らずもって帰るのさ~ 丘の上ではキラキラと、星がきれいに光ってる~ そこで見たこと聞いたこと、残らず持って帰りましょ~」
そうしてドビンを乗せた行列は、賑やかに砂の上を進んでいった。頭上には、既に月が昇り始めていたが、その月さえ楽し気な一向を優しい光で見守っていた。