二話 傘のはやし
住処である穴倉を出発したドビンは、しばらく歌いながら歩いていた。
「おいしい料理にきれいな景色、きれいな景色はスパイスさ~」
背の丈ほどの草花が、風を受けてソヨソヨとそよいでいる。
まるで合の手を入れるかのような調子に気分を良くしたドビンは、その後も草花と戯れたり鼻歌を口ずさんだりしながら歩いていた。
「小石さん、並んでいるよ仲良しね~」
そうして飛んだり跳ねたりしていたドビンだったが、背中にたっぷりと入ったシチューを背負っていた為、精々小石と同じ位に跳ねるのが精一杯だった。
その後、頭にかぶったキノコの傘が「ポロン、ポロン」と音を奏で始めた処で、大きな傘を広げた林が見えて来た。根本から傘の部分まで、真っすぐに伸びた茎と大きく広がった傘が特徴的だ。
「雨さんたくさんふって来て~今日はみんなで音楽だ~、ぽんぽんとぽろろろ、ぽろろろろ~、ぱたぱたぽんぽん、ぽんぽろろ~」
雨の雫が、大きな傘と小さな傘それぞれで音を奏で始める。
「ぽんぽんぴちちゃちゃ、ぽんぴちゃちゃ」
足踏みすると、その調子に従って音が出る。
「ぴちゃぴちゃ、たのしい雨の日だ~」
歌っていたドビンだったがふと、まだ小さな傘の木を見つけた。
歩いて近寄ったドビンだったが、そこには先客がいた。
「やあ、随分と楽し気な歌じゃないか」
声の主を探したドビンは、木の傘の上に一匹のカナヘビのカナさんが休んでいるのを見つけた。
「うん! 雨の日は楽しいんだよ~」
ドビンの言葉を聞いたカナさんは、口元を緩ませると持ち上げていた頭を横にした。
「そうかい、それはいいねぇ」
元気なさげな様子が気になる。
「どうしたの?」
「いや、少しお腹が空いていてね」
小さく「くぅ~」と鳴ったお腹をさすりながら言う。そんな様子を見たドビンは、背負っていたどんぐりリュックを下ろすと、その蓋にキノコのシチューを一杯分よそった。
「はいどーぞ。温かいのでふーふーしてから、はいどうぞ~」
「おや、いいのかい?」
そう言いながらも喉を鳴らしたカナさんは、小さく長い舌をチロチロと出して食べ始めた。
「ペロペロこくん、ペロこくん」
そうして綺麗に食べてしまうと、どんぐりの蓋を返してくれる。
「ありがとうねぇ美味しくいただいたよ」
「まだまだあるから大丈夫~」
しっかりと蓋をしながらそう言うと、お礼がしたいと降りて来た。そこで、自分が一番見晴らしの良い所にこれから行こうとしている事を伝えると、カナさんが言った。
「さあ、あたしの背中に乗りなさい。林の外まで送りましょうね」
頷いたドビンは、カナさんの背に乗った。
「タタンタッタ、タタタタタ」
カナさんが走り始めると、周囲の景色があっという間に流れて行く。
「早いね早いね、ツバメみたい!」
「そうかい、そうかい、そりゃよかった」
その後、小さな丘を登りそして降りると、傘の木が途切れている先が見えて来た。
「さあさあ、ここで良いかしらね」
「うん、ありがとう。早かったね~」
そこでカナヘビのカナさんと別れたドビンは、傘の木から向こうの空が晴れているのを見て、笑顔を浮かべた。丁度、"ポタポタ"は飽き始めていた頃だった。
「さあさあ、この先沼ですよ~一歩入れば戻れない。だから入って行けません~」
のんびりとした歩調で歩き始めたドビンは、先ほどまでより遥かに高い木々の生える森へと入って行った。そこは正真正銘の森だったが、鬱蒼と茂った木々の間から射し込む光は、さながら神秘に誘うかのようでドビンの足取りを更に弾ませた。
「ここから先はおひとり様で、賑やかになるといけません。昼に寝る人起きる人、夜に寝る人起きる人。一人分なら良いけども、二人分はいけません~」
相変わらず賑やかなドビンだったが、それも、ドビンが一人でいたからこそだった。これが二人だった場合、どんなに楽しくても足して一人分までしか賑やかに出来ない決まりだった。
「それがこの森、みんなの森。みんなで決めたお約束~」
時々跳ねてはまた進み、時々逸れてはまた戻り……そんな事を繰り返していた背中は、やがて静かな木々の合間に見えなくなって行った。
<傘の木=ふきのとう>
途中で出会ったのはカナヘビのカナさんでした。
深い森へと入ったドビンでしたが、一体この先何が待ち構えているのでしょうか。そして、背中に背負ったキノコのシチューを、無事見晴らしの良い丘で食べる事ができるのでしょうか。