一話 ある日のあさ
「あいたっ!」
気持ちよく寝ていたドビンだったが、寝床から落ちた衝撃で目を覚ました。
ぶつけた頭をさすりながら寝ていた場所を見上げると、柵にしていた筈の細長いキノコが無くなっている事に気が付いた。
これまで、あのキノコのお陰で落ちずに済んでいたのだが……
「キノコ、とれちゃた」
一瞬残念に思うも、取れたキノコの行方を捜し始める。
「きのこのこのこ、きのこのこ~、小さいキノコはイスにして~、大きなキノコはよこにする~これでみんなで座れるの~、キノコのこのこべんりな子~ ……――」
しばらくその姿を探していたドビンだったが、ベットの周りにその姿が無い事から、どんどんと歩いて部屋の外まで出ていた。
「こっちは廊下でこっちはトイレ~、キノコどこどこきのこどこ~、ここはリビングキッチンよ~ ……あった!」
鼻歌を口づさんでいると、細長い廊下を抜けた先にある小さなリビングと小さなテーブル、その横に見つけた。どうやら、緩やかな傾斜になっている廊下を抜け、ここ迄転がって来たらしい。
「ふぅ、たのしかった~」
ちょっとした"かくれんぼ"気分になっていたドビンは、ようやく見つけたキノコに手を回すと楽し気な様子で持ち上げた。そして、そのままテーブルの上に乗せ、考え始める。
「シチューもおいしい、グラタンにしてもおいしいな~」
元々イスにしようと思っていたその大きなキノコだったが、そんな事も忘れ、目の前にある大きなキノコを見つめていた。
考え込んでいたドビンだったが、しばらく"キノコシチュー"を作っていなかった事を思い出したドビンは、シチューを作る事に決めた。
「それじゃあ、向こうに行こうかな~」
厨房は別の部屋にある為、キノコを移動させなくてはいけない。
「よいしょ」
テーブルの上に上がったキノコを持ち上げたドビンだったが、キノコ自体がドビンの体の半分ほどの大きさもある為、持ち上げると自然と抱える形になる。
「うんしょ、うんしょ……」
抱えたキノコを運び始めたドビンは、隣の部屋にある小さな扉を抜け厨房へと移動した。
移動した先で、大きな窯に早速キノコを入れたドビンは、その横にある棚から幾つかの葉に包まれた調味料を出して来ると、それをそのまま窯に入れる。
「さいしょに下味しっかりね~、だけどたくさん困ります~、葉っぱは少しのアクセント~」
その後、窯の横にあった大きな器から水を掬うと、数杯入れた。
「火を起こすのはゆっくりで~、だけど弱すぎいけません~」
窯の底に薪が残っているのを確認したドビンは、そこに手を近づけると火を起こした。
元々ドビンの一族は"火の一族"と言われる小人族で、温厚な性格とは裏腹に持つその力を敬われて来た一族だった。ドビンもその一族の大人として十分な素質と才能を持ち、故郷から遠く離れた地で生活する開拓民でもあったのだ。
当のドビンには"開拓民"としての自覚は薄かったが……
その後、コトコトと音を立てて煮立ち始めた窯の様子を見ていたドビンは、その横に置いたキノコを傘の部分を残して千切ると、窯の中へと入れ始めた。
「おいしい料理、あせっちゃいけない、あせっちゃおいしくできません~コトコトゆっくり、少しでゆっくり、時間をかけて料理します~」
棚に置いてあった調味料を包んだ葉を三つほど入れた処で、その棚の下に置いてあった壺を取り出した。これは、以前作ってしまっておいた"秘伝のタネ"で、これを入れれば大抵のものは美味しく出来上がってしまうのだ。
慎重に壺の中から二掴み分入れたドビンは、元あった場所に慎重に仕舞うと、次は大きな"木のヘラ"を持ち出した。そして、そのヘラで窯の中を混ぜ始めると、再び残りのキノコを入れ始めた。
「どんどんコトコト、どんコトコト~、ゆっくりおいしくまぜますよ~、ゆっくりまぜて、ゆっくりおいしくできますよ~、どんどんコトコト、どんコトト~」
すっかりキノコを入れてしまったドビンは、混ぜていた木のヘラを横に置くと、最後に残ったキノコの傘の部分を持ち上げて蓋にした。
「あとはゆっくり待つだけの~」
窯の下を覗き込んで、火が大きすぎない事を確認したドビンは、そのまま隣の部屋――リビングへと移動した。リビングへと戻って来たドビンだったが、そこで一枚の木の皮を持って来ると、そこに書かれた地図を見て呟いた。
「うんと、キノコシチューは景色と食べるのが美味しいから……」
木の皮に書かれていたのは、とても簡単に書かれた地図だった。
「とうの森を通って、ポコポコ沼を通って……見晴らしの丘がいいかもね~」
指でその道を辿っていドビンは、この辺りで一番見晴らしの良い場所を、思い浮かべてから頷いた。その後、楽しくなりそうな散歩を思い浮かべていたドビンだったが、"ぽこん、ぽこん"という音が聞こえて来たので立ち上がった。
「ぽこぽこするともう良いよ~」
厨房の窯まで来ると、上に被せておいたキノコの傘が時折持ち上がっているのを確認して、窯の火を消した。その手を炎に近づけると、手の平でその火を全て吸収してしまったのだ。
一応窯の下まで覗き込んで、確かに火が消えている事を確認したドビンは、立ち上がってその出来具合を確認する事にした。
「ぽこぽこキノコは横によせ、中がピカピカ完成です~」
キノコの傘を横に寄せたドビンは、その窯の中に十分に火の通ったシチューが、美味しそうな湯気を上げたのを見て微笑んだ。そして、確かに窯の中でピカピカとしているシチューを確認すると、キノコの傘に付いていたシチューを指で一掬い口にした。
そして、確かにおいしく確認できると、今度は楽し気に足を動かし始めた。
「さてさて、おいしくできたらば~、あとはリュックに入れましょう~」
リビングの端にある棚、その下に置いてあるリュックの一つを持ち上げると、その大きさが丁度良い事を確認して再び厨房へと戻った。
「どんぐりリュックは沢山の、おいしいものが入るから~、必ず最初に作りましょう~」
厨房でどんぐりリュックを一度綺麗に洗うと、その蓋を横に置き、大きめのスプーンでキノコシチューを入れ始めた。上の方は冷め始めていたものの、中はまだ温かかった。
少しずつ入れたドビンだったが、綺麗に全て入った事に満足した。
「それじゃ、でかけようかな」
どんぐりで出来たリュックを背負うと、緩やかな廊下を昇り始めた。
「どんぐりさんのお仕事は~、木になる事と育つこと~、一年芽が出て育てばよし、二年芽が出て育ってもよし~、三年待っても出なければ、それはみんなに贈りもの~」
扉へと辿り着いたドビンは、手に持って来ていた"キノコの傘"を頭に乗せると扉を開いた。
小人ののほほんとした話が書きたくて書き始めました。
ドビンの姿を想像しながら読んで頂けると幸いです。