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異界迷宮を歩むもの  作者: 戸美丸
8/23

08話

2018/09/04 誤字修正

 大きめの段ボール箱ほどの宝箱を開ける。

 まず目に入ってきたのは、中央に鎮座する灰色のローブ。

 手に取ってみると、その軽さに驚く。


(すっげぇ、Tシャツより軽い……)


 サイズは少し大きめだが、問題なさそうなので早速着てみようとする。

 しかし、


「……うーん、これはちょっとダメかなぁ……」


 裾がかなり長く、手が指先しか出なかったのだ。

 家に帰ってから裾を直すまではお預けだなと思い脱ごうとしたとき、急に服のサイズが変わり始め、俺の体にぴったりのサイズになった。


「おぉー、自動調節機能、ってやつか……?」


 なくなった布の部分はどこにいったんだろ、なんて思ったりもしたが、わかるはずもないのでスルーする。

 流石はファンタジーと、それ以上考えるのをやめ、他に物が入っていないかを確認していく。

 すると、先ほどローブがあった場所の下に黒色のガラス玉があった。

 それですべてのようで、ガラス玉を持ち上げると宝箱は消えた。


(あれ、吸収されない……?)


 もしかして黒ゴブリンのところの宝箱から出てきたものとは別物なのか。

 一瞬そう思ったが、洞窟で初めて遭遇した手の生えた化け物が落としたガラス玉も、触れた瞬間に吸収されず、普通に拾っていたことを思い出す。

 違いは何だろうかと黒いガラス玉をじっと見つめていると、やがて光の粒子となり体へと入ってきた。


「うぉ……」


 頭に知識が流れ込み少しめまいがしたが、事前に予想していたのでそこまできつくない。

 新しい能力は次のようなものだった。


 ------


 高速処理F

 演算処理能力が上昇する。


 ------


「……微妙。なんだこれ」


 思わず口に出してしまう。しかしそれも仕方がないだろう。

 まず、説明がアバウトすぎるのだ。

 上昇する程度によってはその有用性は大きく変わるだろうから、もっと詳しい情報が欲しい。まあ、Fなので然程さほどの期待はできないのだが。

 それと俺の戦闘スタイル的に、演算能力があがることによる利点がない。

 高速思考とかならまだしも、計算が早くなってどうしろというのだ。


(いやまぁ、学校ではかなり役立ちそうだけどさ……)


 気になったので少し試してみよう。


(12×14は……168。27×38は……1026。1738×127は……220726)


 適当に数字を思い浮かべると、即座に計算結果が頭に浮かんでくる。


「おぉ……! これは強い! 数学最強じゃねえか……!!」


 微妙な能力だと思ったが、一瞬でこの能力が大好きになった。

 少しの間興奮してひたすら暗算を繰り返していたが、流石に10分もすると飽きてくる。


「そろそろ行くか……結局階段でなかったし……第1層に見落としがあるって方かなぁ……」


 小部屋を出て、帰り道を歩いていく。

 そろそろ第1層への階段かな、と思いながら進んでいると、地図にない道があるのを見つけた。


(あれ……こんなとこに道あったっけ……?)


 地図を改めて確認すると、そこは第1層へ続く階段から3分ほどの距離の場所だった。

 しかしおかしい。階段周辺は特に念を入れて探索したのだ。

 いくらなんでもこのタイミングで見つかるのは変だろう。


(小部屋のゴブリンたちはボスじゃなくて、ボスの部屋に続く道を開くためのカギだったってことか……? そう考えれば納得はいくが……)


 予想を立てたところで、先に進むか考える。

 ボス部屋があるとすると、少なくとも今まで戦った色違いゴブリンたちよりは強いボスがいるはずだ。

 だが銀ゴブリン以外は全員一撃で倒せていることから、たとえボスでも適正レベル的なものは満たしている気がする。

 問題を挙げるとすれば、ソロで挑むような相手かということ。


(正直、トラックサイズとかだと速攻で詰みだからなぁ……)


 一人用のRPGではないのだ。ソロで確実に攻略できる保証などどこにもない。

 むしろバットと魔法の杖が効かない相手なら確実に負けるまである。


(とりあえず見るだけ見てくか……、これで実はボスとかいないってオチだったら笑えるな……)


 そんなふうに考えながら新しく出現した道へ入っていく。

 中は一本道で、1分も歩けば終わりが見えてくるくらいには短かった。

 行き止まりに着くと、そこにあったのはいかにもという感じの扉。どうやらボスはいそうだ。

 扉は一軒家ほどの大きさで、表面には精緻な紋様が刻まれている。


「でけぇ……、これ開けられるか……?」


 扉の大きさに声が漏れる。

 そして、その大きさに一人で開けることができるか心配になってしまう。


「とりあえず一回やってみるか」


 扉へ近づき、両手を置く。

 少し力を入れると、扉はひとりでに開きだした。


(やっぱり開かないとかはないか……、そんなんだったらクソ萎えるしな……)


 扉が開ききると入口は開いたまま固定され、部屋に明かりがつく。

 照らされた部屋は体育館くらいの大きさで、反対側にも扉が見える。

 中には何もいないようだが、きっと中心まで行けばゴブリンたちのように出てくるのだろう。


(ボスは見ておきたいなぁ……。……確認だけして逃げるか)


 いつでも逃げられるように後ろを確認しながら部屋の中へ入っていく。

 するとやはり、真ん中ほどまで進んだころに地面から何かがわき上がってくる。


(ありゃ、意外と小さいな……)


 現れたのは黒ゴブリンと銀ゴブリンの中間ほどの大きさ―—150後半の身長に、血のように濁った赤色の肌をした痩せ型の体、そして変わらない醜悪な顔をしたゴブリンだ。


(ゴブリンなのか……まあいいや、帰……ッ!?)


 帰ろうとしたところで異変に気づく。

 後ろを見ると、すでにドアが半分ほど閉まりかけていたのだ。

 急いで扉へ向けて駆け出す。


「間に合ええええぇぇぇぇ!!」


 しかし無情にも目の前で扉は閉まる。


「くそッ!! ふざッけんなよッ……!!」


 あまりの理不尽に思わず扉を殴りつける。


「いてぇ……」


 しかし、その痛みのおかげで少し落ち着く。


(ゲームでもよくある状況じゃねえか。気づかなかった入れが悪い……もう腹くくるしかねえ)


 すぐに意識を切り替えて、赤ゴブリンに向き直る。

 いまだに赤ゴブリンは最初の場所から動いておらず、こちらの動きを観察していた。俺が仕掛けるまでは攻撃してこないのだろうか。

 だが赤ゴブリンの立ち姿は妙に堂に入っていて隙がないように思える。これに攻撃をするのは難しそうだ。

 それに加えて、武器がないことも考慮すると、


(拳闘士タイプか……? 相性悪そうだな……)


 もし拳闘士ならば相性は最悪だ。

 打撃武器であるバットは大きく振らなくては威力がでない。

 それゆえに隙が大きく、手数の多い拳闘士には不利になる可能性が高い。

 さらにボスになるくらいだ、その身体能力もそれなりのものだと考えた方がいい。


(とりあえず衝撃弾で様子見するか……)


 考えるばかりでは仕方がないと杖を構える。

 そして軽めの弾を何発か赤ゴブリンに向けて放つ。

 しかし、赤ゴブリンは軽く空中を殴るような動作をして衝撃弾を打ち落とした。


(おいおいマジかよ……)


 そこまで上手くいくとは思っていなかったがこれは予想外だ。

 見えない弾を打ち落とした拳は明らかに格闘技のそれで、素人の喧嘩パンチとはわけが違う。

 俺がバットを振り回しても当たるビジョンが一切見えてこない。

 とりあえず杖が役に立たないことはわかったので、空間収納の中へとしまう。

 一瞬、剣を使うことも思いついたが、バットより重い剣では余計にダメだとすぐに否定する。


「ふぅ…………。……よし」


 バットで行けるとは思えないが、他に使える武器はない。

 覚悟を決め、赤ゴブリンのほうへと近づいていく。

 残りの距離が30メートルをきったころに、一気に全力で走り出す。

 位階が上がったことで強化された身体能力は、オリンピック選手もかくやというスピードをたたき出しながら赤ゴブリンに迫る。

 そして赤ゴブリンが射程範囲にはいると、速度をのせた最大の一撃を振り下ろす。


(と、みせかけて……!)


 バットを投げ捨て、殴りかかる。

 武器がないなら拳で殴ればいいじゃない。


「死ねやおらぁッ!!」


 しかし赤ゴブリンは一瞬硬直したのみで、軽く俺の拳を避けてしまった。

 それどころか、赤ゴブリンの鋭いカウンターが俺を襲う。

 全力疾走からのストレートを放ったばかりの俺に躱す余裕などあるはずもなく、思いきり顔にくらってしまう。

 さらに畳みかけるように、顔や胸にむけて何発も拳が放たれる。


「ぐぉッ、うッ、ぇ、がぁ……ぐぅッ……ッ!?」


 その隙のない攻撃に反撃の余地などあるはずもなく、一方的に赤ゴブリンに嬲られる。

 何発も何発も何発も。


 殴り続けられて、もう一時間は経つ。実際には10分かもしれないし1分かもしれない。だが、少なくとも俺にはそう感じられた。

 これだけやられても俺が未だに沈んでいないのは、ひとえに身体能力の違いのおかげだった。

 しかし、それにも限度はある。


 かすれる視界の中で、後ろへ手を引く赤ゴブリンの姿をとらえた。


(あぁ……、あれくらったら終わるなぁ……)


 殴られすぎでぼんやりとしている頭でも、それだけは理解できた。


(だから……、防がないと……)


 俺は、空間収納から剣を取り出して顔の前に置いた。

 なぜそうしたのかはわからない。

 ただ結果として、俺の頬の肉と交換に、赤ゴブリンの右手は手首まで裂けていた。


「グギャァァァァッ!!!」


「うぅぇえお」


 うるせえよ。そう喋ろうとしたが、うまく言葉がだせなかった。右頬の筋肉がなくなったからだろう。

 目の前で右手を押さえながらこちらを睨む赤ゴブリンと対峙する。

 痛めつけられた体では剣は振るえない。持ち上げるのがせいぜいだ。

 だから剣を空間収納にしまい、拳を構えて赤ゴブリンへと歩み寄っていく。


 そこからは泥仕合だった。

 左手のみでぎこちなく戦う赤ゴブリンと、なにも考えずに拳をふるうだけの俺。

 血と唾で目を潰しあうその戦いは、見るに堪えないほど酷いものだった。


 赤ゴブリンの顔に俺の拳が埋まる。

 この戦いの中で何度も繰り返されたことだ。

 しかし、今回は今までの攻防とは違った。

 赤ゴブリンからすぐにとんでくるはずのカウンターが返ってこなかったのだ。


(あ…………?)


 拳を引くと、赤ゴブリンはゆっくりと後ろに向かって倒れていく。


「あ…………」


 そしてその体は、地面につく直前に空気に溶けて消える。

 それを見た瞬間、俺は地面に崩れ落ちた。



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