04話
位階上げを始めてから二週間と少し経った。
「ステータス」
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名前:内田千秋
位階:7
技能:
特性:自己修復C
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小声で呟くと、ここ最近で見慣れた画面が現れる。
若干の期待と共に内容を見ていくも、変化はない。
「あぁー、上がってないかぁ……」
もう1週間も変わらない7の数字に落胆する。
位階上げを決意してから今までに倒したゴブリンの数は650近い。
しかし、その内位階が7になってから倒したゴブリンは300体以上だ。
ゴブリンではもう位階は上がらないのかと最近不安になってきた。
実は位階上げの途中に下へ続く階段を発見しており、そこを降りた先にいる敵なら経験値的なものが高いかもしれないので、次の探索でも位階が上がらなかった場合は、下の階層へ降りることも考慮に入れているくらいだ。
そんな考察が終わったタイミングで顔を上げる。
体育館の檀上ではいまだに校長の長い話は続いているようだ。
普段ならうんざりする話も、最後だと思うとそう悪くない。
まあ聞いてなかったのだが。
今日は3月7日、俺の通っている中学校の卒業式だった。
(やっと終わった……。早く位階上げしてぇー)
卒業式が終わると、別れを惜しむ同級生を尻目にダッシュで駅に向かう。
今の俺の中では友人との別れよりも位階上げだ。
電車を乗り継ぎ、最寄り駅で降りる。
駅から家への道にあるスーパーではいつもより多く食べ物を買っていき、家に引きこもる準備をする。
(洞窟は家じゃねえし、引きこもりではないか?)
そんなことを考えながらポイポイと商品を取る、気づいた時には買い物かごの中はインスタント食品でいっぱいである。
あまりの多さにレジのおばちゃんは軽く引いていたが、気にせずスーパーを出る。
家に着くと早速洞窟へと入る準備をして地下へ向かう。
(今日は50体撃破を目指そう……!)
そんな物騒な目標を胸に洞窟へと入っていく。
地図は完成しているので、片っ端からゴブリンを探し始める。
位階の上昇による影響で体力もかなり増えたので、3時間くらいなら走り続ることも可能だ。
作業ゲーのような探索に変化があったのは、34体目のゴブリンを倒した時だ。
「ん……? あれって、黒い……ガラス玉か?」
いつもの赤い石の他に、もうひとつものを落としたのだ。
それは、腕の生えた化け物が落としたガラス玉を一回り小さくしたような見た目をしていた。
いまだに見つからない最初のガラス玉を思い出し、今回は大切にしようと思いながら手に取った瞬間。
洞窟で光る鍵を触ったときのように、ガラス玉は光の粒子となって体に吸い込まれてしまった。
同時に、軽いめまいが起こる。
(うっ……なんだこれ、頭になんか入ってくる……っ!?)
頭に入ってきた情報は、新しく手に入れた技能についてのものだった。
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空間収納F
総量10kgまで物体を収納できる。収納するときは手で触っている状態で念じる必要がある。また、取り出したいものを念じることで掌に接した状態で出すことができる。
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「おおぉっ!? アイテムボックスか!!」
10kgまでとそこまで役に立つことはなさそうだが、定番の能力にテンションが上がる。
早速とばかりにポケットに入っていた赤い石を空間収納に移していく。
その途中、初めのガラス玉が消えた理由も理解した。
(ん……? あぁ、そういうことか……自己修復Cって最初に手に入れたガラス玉のやつか……)
それと同時に腕の生えた化け物が出てこない理由も何となく予想がついた。
滅多に出現せずにレアなアイテムを落とす存在。
(……ようするにレアモンスターか)
ゲームでレアモンスターとなれば真っ先に倒しに行くが、腕の化け物には殺されかけた記憶があるので苦手意識が出てしまう。
(まあ、レアなんだし出てこねえだろ……)
そう決めつけ、ゴブリン狩りを再開した。
夜、8時間ほどゴブリンを狩り続けたところで切り上げる。
最終的に53体のゴブリンを倒すことに成功したが、結局位階は上がらなかった。
ため息とともに、明日からは2層目に突入することを決意した。
おそらく第2層に出てくる敵はゴブリンより強いものだと思われるので、疲労を残さないためにも早く眠ることにした。
そして翌日、第2層に続く階段へ向かう途中にゴブリンを倒したとき、それは起きた。
(あれ、なんか体が軽くなったか……? ……まさか?)
「ステータス」
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名前:内田千秋
位階:8
技能:空間収納F
特性:自己修復C
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呟くと同時に現れた画面に映る数字に、戸惑う。
(えぇぇ、マジかよ……。……いや、嬉しいよ? 嬉しいんだけど、さぁ……)
位階が上がったことへの喜びはある。確かにあるのだ。が、第2層にむけて上がっていた決意が萎えてしまう。
ゴブリンで位階が上がるということは、無理をして第2層へ行く必要がない、ということなのだから。
(うーん、別に急いでるわけじゃないからなぁ……どうするか……)
今の状況はゲームでいえば、ひたすら初期マップでスライムを潰しているようなものだ。
いずれは先へと進むことになるだろう。でなければレベルを上げる意味がない。
(……ん? いや、別に行かなくてもいいのか。俺RPGの勇者ってわけじゃないし。でもやっぱ気になるなぁ……よし。行くか)
難しく考える必要などなかった。
結局下の階層も気になっているのだ。
いずれ行くのであれば、これは今行くしかあるまい。
自分の中で答えが出れば早いものだ。
第2層へ続く階段までの道を駆け抜ける。
途中、立ちふさがるゴブリンを勢いをつけたバットで殴りとばしていき、7体目のゴブリンを倒したところで階段に到着した。
「ふぅ……。ここからは慎重に、だ」
意識を改め、階段を下っていく。
下りきると、そこには第1層と変わらぬ石畳の道があった。
パッと見た様子では第1層とそこまでの違いはない。しいて挙げるならば正面の道がすぐに行き止まりとなっており、分かれ道に進まざるを得ないことだろうか。
(めんどくさいなぁ……すげぇ迷いそう……)
敵の強さも分からないこの状況で迷ってしまえば、かなり危険だろう。
食料は空間収納にパンを二個入れているから1日くらいなら何とかなりそうだが、それ以上は無理だ。
(左に行くか、右に行くか……コイントスでいいか)
確かスーパーで買い物したときのおつりが入っているはずだと、ポケットを探る。
(あ、これジャージじゃん……)
おつりが入っているのは制服のポケットだ。
もう何でもいいやと、空間収納から袋に入ったパンを取り出し投げる。
(裏、と。左にしよ)
表裏でどちらに行くかも決めていない。結局適当に決めるのなら初めから適当に選べと思うが、そこは気分の問題だ。
左側の道へと進んでいく。
(思ったよりもやべぇな……分かれ道が異常に多いぞ……)
第1層のものとは比べ物にならないほど複雑な構造に辟易とする。
迷わないように道が分かれるときには常に左側へ進んでいく、それを8回ほど繰り返したころだろうか。
道が広がり、行き止まりの小部屋となっていたのだ。
さらにその小部屋の中にポツンとたたずむ一つの箱。
「おっ! 宝箱だ!」
ゲームでもよく見る形をした、いかにもな宝箱。
すぐに駆け寄り、ふたを開けようとする。
このとき興奮していた俺は、当然考えるべきだった可能性を考えていなかった。
「え……?」
俺がふれた瞬間に宝箱はどこかに消え、地面から黒い何かがわき上がってくる。
これはヤバいと思い逃げようとするも、俺の入ってきたはずの道はなくなっていた。
「あぁー、やらかした。くそっ、罠かよ……」
目の前にたたずむ黒い肌のゴブリンを前に、自分のうかつさを呪った。