01話
2018/09/01 (修正)主人公の名前にフリガナを振りました
2月14日、街がバレンタイン一色に染まっていた日、そんな日に小さな地震が起こった。
地震の多い日本では誰も気にしないような小さな、けれど長い地震。
それが後に世界を揺るがすことになる出来事の発端であったと、その時誰が思っただろう……。
その日、俺、内田千秋は高校の入学試験を受けていた。
模試ではA判定をとっており、かなりのポカをやらかさなければ合格は確実。そんな試験だったため、緊張することもなく問題を解いていく。
英語、国語、数学と続き、理科のテストを受けている途中にそれは起こった。
カタカタと小さく音をたてながら、机が小刻みに振動し始めたのだ。
(……あぁ、地震か。まあ、すぐにおさまるだろ)
そう考え再び問題を解くも、振動を続ける机の上では解答をうまくマークをすることができなかった。
なかなかおさまらない地震にイライラしながら、マークを後にまわし別の問題に取り掛かる。
地震がとまり回答をマークできたのは、試験終了5分前だった。
(いや、地震長すぎだろ……)
なんとかマークを終えたところで試験終了のチャイムがなり、解答が回収された。
その後はこれといったこともなく試験が進み、俺の高校入試は後日に面接を残し終了した。
バレンタインでいちゃつくカップルを尻目に家への帰路を進む。
「あー、チョコ食いてぇ……」
いつものように途中でスーパーに寄り、夕食を買っていく。
揚げ物などの総菜をいくつか、2Lのお茶を一本、さらに今日は特別にハート型のチョコを一つ。
レジのおばちゃんに可哀想なものを見る目をされたが気にしてはだめだ。
スーパーを出てから10分ほど歩くと家へ着いた。
見た目は普通の一軒家。中も地下室がある以外は何の変哲もない家だ。
「ただいま」
誰の返事も返ってくることはないとわかっていても、つい口に出してしまう。
中学の制服から部屋着へと着替え、夕飯の準備をする。といっても、米を炊いて総菜を温めるだけだが。
米が炊けるまで空いた時間、テレビでも見ようかと電源を点ける。
『……続いてのニュースです。本日13時ごろ、日本全土で30分以上にわたる微弱な地震が確認されました。地震の揺れが小さかったこともあり、現時点で大きな被害は確認されていません。しかし、世界各国でも同時刻に地震が発生しており、この不可解な地震については現在調査中とのことです。……』
(理科の試験のときのやつか……もうちょい空気読めよ……)
入試の最中に発生した地震に対し、意味もなく悪態をつく。
すぐに過ぎたことだしいいか、と納得しかけたが、ひとつ疑問が浮かんだ。
(あれ……? 全国で小さい地震……? おかしくね?)
地震は震源から離れれば離れるほど揺れが小さくなるはずだ。
間違っても日本全国、ましてや世界中で小さな揺れなど起こるはずはない。
ではこれの地震はいったい何なのか? 地震ではないのか?
(ただの中学生にわかるはずもないか。そのうち専門家がなんかやるだろ)
大した興味もなかったのであっさりと考えることをやめてしまう。
撮りためていたアニメを見始めたころには、もう地震のことなど一切頭に残っていなかった。
夕飯を食べ終わり暇をもて余す。
受験も残りは2日後の面接のみ。普通にしていれば面接点で差はつかないので特に準備も必要ない。
昨日まで勉強三昧だったので、急な落差に何もしていないと落ち着かなってくる。
「片付けでもするか……」
ここ1か月ほどは勉強で忙しく、まともに掃除もしていなかったのでだいぶ汚れている。
(折角だし、父さんと母さんの部屋もきれいにするか)
両親が交通事故で死んでから4か月、一切手を加えていなかったがそろそろ片付けるべきだろう。
とはいっても、両親の部屋には最低限の家具と楽器が2つほど置いてあるだけだ。
ジャンルは違えどともに作曲家であった両親は、地下室にある楽器が全てといっても過言ではなかったから。
父さんは「俺たちが死んだら売っちまって金にでもしろや」と言っていたし、母さんも同じようなことを言っていた記憶がある。
事故での保険金や賠償金もあるとはいえ額はそこまで大きくないので、二人が一番大切にしていた楽器以外は売ることにしよう。
二階にある自分の部屋から始め、両親の部屋、二つの空き部屋を順番に掃除をしていく。使っていない部屋が多かったので軽くホコリを払うだけで終わってしまった。
一階に降りるとキッチンを掃除、これもあまり使わないのですぐに終わってしまう。
しかしここからが本番だろう。
地下にある楽器は数も多く、移動させるだけでも一苦労しそうだ。
そんなふうに思いながら地下への階段を下り地下室のドアを開ける。
「…………は?」
ドアの先に広がる光景に絶句する。
目の前に広がるのは石でできた洞窟のような道。久しぶりに見るはずだった音楽室にある穴の開いた白い壁はなく、楽器も一切ない。
それどころかその石畳の道は明らかに地下室の長さ以上に続いていた。
「なんだこれ……? え、……は? いや、……なんだよ……意味わかんねぇ……」
あまりに突然の出来事に理解が追い付かない。
(警察とかに連絡したほうがいいのか? ……いや、なんて説明すんだよ。地下室が石の洞窟になってましたってか? 頭おかしいやつって思われて終わるだけだろ……)
「はぁ……」
どうしようもないことにため息が漏れる。
(疲れてんのかな、俺……? それともいつの間にか眠ってて夢見てるとかか? ……まあいいや、とりあえずどこまで続いてるか確認するか……)
一度玄関に戻り靴を履いてから奥へ進んでいく。
(おいおい……まじでやべえぞこれ……)
進み始めてから5分ほど経つが、一向に終わりが見えないことに不安を覚える。
すでに分かれ道もいくつも確認しており、まるで迷路のようになっていた。
さらに2分ほど歩いたところでようやく行き止まりの壁に着いた。
そして今頃になってようやく気づく。
(あれ……? なんで俺、壁が見えてるんだ?)
本来なら洞窟の中に光源などないため、何も見えない暗闇の中にいるはずだ。
しかし実際には少し薄暗い程度で済んでおり、壁の位置も色も確認することができる。
そんな異常な状況に気づいたことで、驚きによって失っていた冷静さを少し取り戻す。
(よくわかんないけど、ここやばそうだな……はやく戻った方がいいか……)
行きはゆったりと歩いてきた道を駆け足で戻っていく。
「はぁ、っ! はぁはッ……!?」
息をきらしながら走っている途中、分かれ道の一つから飛び出してきた何かにつまずく。
「……ってぇ!」
受け身もロクに取れず石畳の上を転がる。
何につまずいたのかと後ろを見ると、そこにいたのは四足歩行の化け物だった。
大きさは中型犬程度、長く黒い体毛で体のほとんどが隠されている。さらに背中から人間の腕が生えておりその異質さを際立たせている。
「なんだよ……あの化け物……」
ゆっくりと近づいてくる化け物に恐怖を覚える。
「くそッ! いってぇっ!?」
転んだ時にひねったのか足が痛む。
それでも、痛みを発する足を無理矢理動かし、少しでも化け物から距離を取ろうともがく。
その姿に何を思ったのか、化け物は俺の方へと駆けだし始めた。
その速さに逃げきるのは無理だと悟り、迎撃しようと構える。
「はぁはぁ、……よし。うらあああああッ……グぅェッ!?」
放った俺の渾身の右ストレートは宙を切り、化け物に生えた人間の腕によって首が絞められる。
ジタバタと激しくもがくが化け物の手は俺の首を離さない。
「ヴゥ! ……離、せっ……。ぐっ、……く…そ……っ! ああああああああああ!!」
顔をいろいろな液体でぐしゃぐしゃにしながら、化け物の手から逃れようと暴れ叫ぶ。
それでも首を絞める手は緩まず、だんだんと意識が朦朧としてくる。
(意味、わかんねえ……なんで、……こんなとこで死ななきゃなんないんだよ……! クソがっ……)
悪態をついたところで何かが変わるわけでもなく、だんだん苦しさは増し、死が近づいてくる。
(クソ……ッ! ふ、ざけんなよ、化け物……ぶっとばして、やる……)
最後の悪あがきとばかりに右足を振り上げる。勢いをつけた蹴りは化け物の顔面らしき部分にぶちあたる。
そのとき聞こえたバキッ、という音は俺の足の骨が折れた音か、化け物の顔を砕いた音か。
どちらにせよ、その音を最後に俺の意識は途絶えた。