表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

「ふぅ~、これで俺達の“変身スモッグ”討伐数が百体目に突入したぞ!!」


「フッ……俺の隠された奥義:“月夜に狂い啼くシルヴァニア・暴獣デビル”を持ってすれば当然の事だ……!!」


「もう、そんな事言わないの!確かにアンタの能力も凄いけど、それ以上に今まで頑張ってこれたのは、私達が上手く力を合わせて連携してきたからでしょ!」


 人の避難が済んだ街中で、3名の若い男女が談笑する。


 彼らは言わずと知れた特殊な能力に目覚めた異世界テンプレ系の“なろうユーザー”達であり、優れた戦闘力と抜群の連携力を用いて数多の“十六の災禍フレンズ”を討伐してきた名うてのチームであった。


 このとき彼らが討伐したのは“変身スモッグ”と呼ばれる文字通り煙の形をした“十六の災禍フレンズ”の一種だったのだが、変身スモッグは『中年の肥満男性や冴えない男子高校生の身体を覆い隠して美少女の外見に変貌させる』という恐ろしい特性を持った強敵であり、それを難なく倒したどころが既に百体も討ち果たしている事からも彼らの実力の高さが伺える。


 “十六の災禍フレンズ”を討伐し、あとは賞金を受け取りにいく……そんな弛緩した気持ちもあり、軽口を叩きながら帰路に着こうとしていた――そのときである!!





 ズシィィィィィッン……!!





 質量を伴なった爆砕音が辺りに鳴り響き、地面から凄まじい衝撃が伝わってくる。


「ッ!!い、一体何が起こったって言うんだ!?」


「!?み、見て……何なのよ、アイツは!!」


 赤い髪をした女性メンバーが仲間に注意を促す。


 彼女が指さした先には、全身を黒い甲冑のようなモノで覆った異形の存在が自分達の方を見ながら佇んでいた。


 暗黒騎士は落下してきたときの衝撃で出来たクレーターから足を引き抜くと、大剣を携え禍々しい瘴気をその身から迸らせながら、ズシン……!!と三名のなろうユーザー達のもとへと近づいてくる。


「新種の“十六の災禍フレンズ”か?……マズい、鈍重そうな見かけに反して、思ったよりも動きが速いぞ!?」


「フッ……!!ここは天界から零れ落ちた至宝であるこの俺に任せておけ……ギラリッ☆!!」


 警戒を強めるリーダー格の青年を庇うように、先陣をきったスタイリッシュな青年。


 得意のキメポーズを放ちながら、仲間を救うために目前の異形のモノへと渾身の異能を解き放つ――!!


「漆黒の闇に身悶えろ……“月夜に狂い啼くシルヴァニア・暴獣デビル”!!」


 瞬時に発動、彼の異能は防御も回避もする隙を与えず暗黒騎士を一撃のもとに殲滅する……はず、だった。





「……ガハッ!!」





 スタイリッシュな青年が、派手に吐血する。


 見れば彼の胸元から背中にかけて、暗黒騎士の大剣が貫いていた。


「ッ!!よしおっ!?」


「……だ、だから、俺の事は……ヨシュアと、呼べ……!!」


 その言葉を最期に物言わぬ躯となったよしおという青年から、無言で大剣を引き抜く暗黒騎士。


 今目前で起こった凶行が信じられない、といった表情で見つめていたメンバーだったが、歴戦のなろうユーザーらしく瞬時に思考を切り替える。


「馬鹿な……スタイリッシュさに定評があったよしおが瞬殺されるなんて……!?ゆかり、ここは俺に任せて君だけでも逃げろ!!」


「うぅん。それは無理だよ、しげる……アイツがどんな存在であるか分からない以上、この場で逃げたところで絶対に逃げ切れるとは限らないし……何より、仲間であるよしおが殺された状態でむざむざ私だけ逃げるなんてみっともない真似、そんなの“なろうユーザー”として絶対に出来るはずがない……!!」


 都合の良いときだけグループを作りながら、メンバーの誰かが不都合な事を少しでもすればすぐに切り捨てる。


 それはこの混沌とした世界で人々の規範となるべき“なろうユーザー”の在り方などではなく、集団で不正なランキング工作に励む恥知らずな“相互クラスタ”が如き振る舞いである。


 例えそれが、人気のないワナビ作家であったとしても、人として捨てられない矜持がある――自分の中でそのように厳しく律してきたからこそ、ゆかりは大して強くない能力でありながら、創意工夫とたゆまぬ鍛錬の末にメキメキと頭角を現し、遂にしげるやよしおのような上位のなろう作家達と肩を並べられるほどの実力者になったのである――。


「……こんな事になるならもっと早くに、うぅん、こんなときじゃないとはっきり言えないか、私の性格だと」


「ゆかり、どうしたんだ!?奴の事で何か気づいた事があるならすぐに言ってくれ!!……君の覚悟を理解した以上、俺に君を踏みとどまらせることは出来ないんだろう。……だが、それならばせめて、僅かでも構わないから2人で生存確率を上げるための突破口を見つけ出すんだ!!」


 そんな的確ながらも、的外れな事を口にするしげるを見ながらゆかりは、この緊迫した現状に場違いな笑みをクスリ、と浮かべる。


 コイツはいつもこうだ。


 率先して仲間や周りの人に気配り出来るくせに、肝心なところになかなか気づいてくれない。


 そんな朴念仁っぷりのくせに、どうやって多くの人の心を掴むような人気作を執筆出来たのか、と疑問に思う事もある。


 だけど、それでも――。


「……私、実はしげるの事が好きだったんだ。……ゴメン、こんなときに何言ってんだコイツ、とか思ってるだろうけど、抑えられそうになくて……もっと可愛い女の子だったら何ていうかそれらしくロマンティックな言い方とか出来るんだろうけど私ってガサツな所とか結構あるしこういう状況もあって上手く頭が回らなかったというか」


 捲くし立てるように喋っていたゆかりだったが、一息つくとしげるの方へ寂しげな笑顔を一度向ける。


「とにかく、この先何があっても私が本気でしげるの事が大好きだったよー!って事を覚えておいてよね……!!」


 それが、自分を厳しく律してきた一人の少女が抑える事が出来なかった唯一の想い。


 早鐘を打つ心臓とは裏腹に、頭の中の冷えた部分では、自分の告白がこれからの彼に負担にしかならない、という事も分かっている。


 だが、それでもこの気持ちを押し殺したまま、一世一代の勝負に臨むことなど自分に出来そうもなかった。


(ワガママ、だよね。私……それでも、しげるなら許してくれるかも、って思ってるから末期だよねこれ)


 もう自分が、実際にしげるがどんな表情を浮かべていたのかを知ることはないだろう。


 ゆかりは告白の返事も聞くことなく、目前の敵へと疾駆していく――。





 圧倒的な戦力差を見せつけたはずなのに、逃亡するどころか対決の姿勢を崩さない2人。


そんなゆかり達の戦力を推し量るかのように、暗黒騎士は様子見に徹していたようだ。


「随分と待たせてしまったようね……でも、アンタは私の仲間の命を奪い更に私達を逃がすつもりがない以上、容赦をするつもりはないわ!!」


 スゥ……ッと両手を広げながら、腕を交差させ十指に力を込めるゆかり。


 彼女の十指の爪にそれぞれ紋様が浮き上がったかと思うと、たちまち周囲の景色が歪み始める――!!


 ……それは、高熱のあまり生じた蜃気楼であった。


 彼女の権能によって、背後の何もない空間から巨大な業火球が出現する――!!


「身を焦がす紅蓮の業火に焼かれても、この想いが色馳せることはない……ゆえに、黒き悪意よ!お前のような語るべき言葉を何一つ持たない薄っぺらい暴力が!!真に私の魂を挫くことなど永劫にないと知れェェェェェェェェッ!!」


 渾身の叫びと共に、ゆかりが自身の全力を転換し業火球へと込める。


「私の、願いを踏みにじってまで進む正しさがあるのなら!!逃げずに受けてみろ!……そんな覚悟もないのなら、この場からさっさと立ち去れェッ!!」


 絞り出すように口に出した絶叫の果てにゆかりの胸中に残ったのは、温め続けた想いと失くしてはならない大切な思い出の数々。


 それらを胸に、ゆかりは決死の覚悟で最後の死闘に挑む――!!


「……喰らえ!“終末に燃え上がれアイシテル・我が恋情エッチ”――!!」


 神代を彷彿とさせる荘厳な詠唱が、ゆかりを通して紡がれる。


 それは、ゆかりのような底辺に位置していたワナビなろう作家が放ったモノとは思えないほどの高密度の威力を秘めた一撃だった。


 ゆかりが真に自分の願望と向き合い、それを否定することなく自身の最高の力へと昇華出来たからこそ放つ事が出来た必殺技。


 さながらそれは、北欧神話に語り継がれる神々の黄昏ラグナロクを彷彿とさせるほどの激しき紅蓮の業火が燃え広がっていく――。


 一人の少女がこれほどの想いを胸に宿せるものなのか。


 そんな天上の神々すら驚嘆せしめる程の深く激しき乙女の情愛が、悪鬼ともいえる存在を祓い清めるかのように焼き尽くしていく――。





 それでも、悪鬼は語らない。――ただ、悠然と歩を進めるのみ。





 ゆかりの決死の一撃を直に受けながらも、暗黒騎士は業火の中を泰然とした足取りで踏破していく。


 その姿はまさに、終末の世界で灼熱の大剣を振るう暴虐の魔王スルトを彷彿とさせる威容を誇っていた――。


 無傷とはいえない、ところどころに焼け焦げた様相が見られる。


 だが、それは足を止める理由には成り得ない、ましてや、この少女が口にするような恥じる要素など己の中には寸毫たりともあり得ない、と言わんばかりに業火を突き破り、暗黒騎士はその堂々とした姿をゆかりの眼前に見せつける。


「……」


「……あっ、アァァァァッ!!何でよ、何で消えてくれないのよ!……私は、私達は自分達で出来るだけの事を一生懸命やってきただけじゃない!そんなにしてまで、何もかも奪わないと気が済まないの!?……私や、アイツの事くらい見逃してくれたって良いじゃない!!」


 ……すべて、分かっていた事だった。


 自分が渾身の一撃を放とうが、よしおほどの実力者が誇る“月夜に狂い啼くシルヴァニア・暴獣デビル”が通用しなかった時点で、この暗黒騎士を倒すことは出来ないのだと。


 それでも、逃げるわけにはいかないと、命を失う事を覚悟でしげるのための戦闘の情報収集と足止めを果たすことを念頭に、半ば意地だけで自分を奮い立たせて決死の戦いを挑んだのだ。


 ……だけど、ここまで何もかも上手く行かなかった。


 自分が敵の立場だったら凄くムシの良い事を要求しているという自覚はある。


 しかし、今のゆかりは自分を奮い立たせた“なろうユーザー”としての意地も忘れ、よしおの敵討ちも諦めながら、みっともなく無様な命乞いをしていた。


 それでも、こんな状況でもゆかりの頭の中の冷えた部分ではこんな行為は微塵もこの悪鬼に通じるはずがない、という事を確信していた。


 この暗黒騎士の正体が“十六の災禍フレンズ”なのかは分からないが、姿を現したその瞬間から自分達“なろうユーザー”の命を狙ってきたことから天津の尖兵であることは間違いない。


 ならばその目的は、『“永遠の王”の支配』を達成する手段である『唯一無二のなろう作家:天ぷら☆ハフハフ!としての書籍化デビュー』のために、他の何を捨ておいてでも一切の妥協や容赦もなく自分達を含む全ての“なろうユーザー”をこの地上から抹殺する事のみであり、それ以外にこの暗黒騎士が自分達の前に姿を現す理由などあるはずがないのだ。


 よしおの血を啜ったばかりであろうに、この大義には何の曇りもない、といわんばかりに冷徹な輝きを宿した大剣が掲げられる。


 ……あの大剣が振り下ろされれば、自分は何の術もなく命を落とすことになる。


 そんなイメージがこれまで以上にない現実として頭で実感できるようになると、不思議な事にゆかりは今まで命乞いをしていたのが嘘であるかのように、能面の如くツルリとした無表情のまま、暗黒騎士が掲げた大剣をジッと見つめていた。


 何の抵抗する術もない。


 このまま当たり前の過程が行われ、当たり前の結果だけが残る――。


 ……はずだった。


 突如、グイッと肩を力強く引く力を感じたと同時に、脱力していたゆかりの身体が後ろに倒れ込む。


 一体何が起こったのか。


 思考がゆっくりと鮮明になっていく中、ゆかりが目にしたのは自分を庇うように大剣の前に身を曝け出していたしげるの姿であった――。


 ゆかりが声にならない叫びを上げる。


 だが、そんなゆかりの必死の願いすら虚しく、彼女の最後の拠り所であったしげるの胸を大剣は非情にも袈裟切りにしていく――!!


「ッ!?ガハッ……!!」


 しげるもこのまま先に倒れたよしおと同じく、ただ屠殺とさつされる未来が待っているのみかと思われたが、彼は自身の胸部にまで切りつけられた大剣を、強靭な左手の腕力で押さえつけることに成功していた。


 だが、どのみちこのままでは助かる見込みは万に一つもない。


 そんな中でしげるは、息も絶え絶えに口を開く。


「すまない、ゆかり……実はずっと前から、君の……気持ちには、気づいていたんだ……!!」


「しげる!!無理に喋らないで!今、下手な事をしたら本当に死んじゃうよ!?」


 しかし、ゆかりの懇願も最早聞こえていないかのように、焦点の合わない瞳でしげるは独白を続ける。


「……それでも、俺が、君の気持ちに応えなかったのは……俺自身が、君のような人には不釣り合いな、最低の、卑怯者だからだ……!!」


「それって、どういう……!?」


 そこまで口にしてから、ハッと何かに気づいた様子で自身の口元を押さえるゆかり。


 聞こえていなくても、それこそが答えだと言わんばかりに、しげるは淀みなく答えを口にしていた――。





「俺は君が言うような“なろうユーザー”なんかじゃない……俺は、“相互クラスタ”に手を染めていた最低のクズなんだ……!!」





 しげるは、もともとゆかりと同じような底辺に位置するなろうのワナビ作家だった。


 上位のなろう作家として有名になり書籍化デビューをするために、しげるは売れ筋の作品の設定や登場人物などを自分なりに研究し、テンプレ異世界チートハーレム小説を書いて人気を得ようとしていた。


 ……だが、しげるが作品を執筆し始めた時には、そのような作品は珍しくないどころか読者も食傷気味となっており、エッセイなどでもそのような作品やそれらを持て囃すなろうの風潮を非難する傾向が強くなっていた。


 このままこの作品を執筆するために必死に費やした時間や労力を無為にしたくない。


 そんな焦りが、しげるに後戻りできない悪魔の選択を後押しした。


 しげるはSNSを通じて、“相互クラスタ”というなろう作家の非合法組織に加入し、そこに参加しているメンバー同士で互いの作品に高ポイントを与え合う、というランキング工作を用いて上位のなろう作家に踊り出る事に成功したのだ。


 そんなしげるの絶頂期ともいえる中で突如行われた天津あまつ 紀彦のりひこという狂人による全世界への宣戦布告となろう作家の侵攻作戦が行われたときには、『こんなところで終われない』という以前と同じかそれ以上に利己的な思考で、しげるは当初行動していた。


(だが、そんな俺のもとにゆかりやよしおが集まってきた……)


 強大な権能を有するために、直感で動き成果を収めるよしおと、もともとが弱いだけに理詰めで事を進めて確実に成功する事を重視するゆかりは当初はぶつかってばかりだった。


 だが、そんな彼らの間を取り持ち共に行動している内に、自然としげるがチームのリーダーをすることになったのだ。


 正直に言えば『面倒な役目を押し付けられた』という気持ちもあった。


 だが、それ以上にしげるの中には“相互クラスタ”のメンバーとして手段も選ばず利己的に成り上がる事ばかり考えていた気持ちが、いつからか『何をしてでも仲間と共に生き残る』という覚悟のようなモノに切り替わっていたのだ。


 そのような姿勢でこの混沌とした世界を駆け抜けるしげるは、ゆかりやよしおから真の信頼を得るだけでなく、比較的この戦いには関係ない一般人からも『世界を救う稀代の英雄』といった羨望を得るようになったのだ。


「……だからこそ怖くて仕方なかった。……俺はいつこんな栄光の日々を失うことになるのだろう。……そして、俺は一時の欲望のために何ということを仕出かしたのだろう、と……!!」


 今のしげるが掛け値なしに称賛されているからこそ、いつ、自分と同じ相互クラスタのメンバーだった人間が現れて、自分の事をやっかみかあるいはからかい半分でその過去を世間に暴露するかもしれない。


 そうなったとき、自分を持て囃していた人々は自分に対してどのような目を向けてくるだろうか?


 彼らは自分達“なろうユーザー”が蹂躙されるだけの立場だったときには、自分達に累が及ばぬよう見て見ぬふりをし、それどころか時には社会から全力で排斥までしておきながら、異能に目覚めて“十六の災禍フレンズ”に逆襲出来るようになった途端に、報復を恐れ――いや、あるいは本当にそんな過去などなかったかのように――無邪気な笑顔のまま平気で掌返しをするような存在なのだ。


 自分が“なろうユーザー”とも呼べないような“相互クラスタ”のメンバーだった事が周りに知られたときに、一方的な吊るし上げをされない、などという保証はどこにもなかった。


 周りの人間に何を言われても構わない、死線を共に潜り抜けてきた仲間がいる、とも考えようとした。


 しかし、自分でそう思い込もうとするほど、“相互クラスタ”などに頼らず生来の実力で昇りつめた才気あふれるよしおへの劣等感が募り、普段から『例えどれほど人気がなくなったとしても、“なろうユーザー”として“相互クラスタ”に身をやつすような真似だけはしたくない!』と、豪語するゆかりからの自分への好意が、侮蔑に変わる恐怖にも耐えられそうになかった――。


「……天才、というのが本当にいるのなら、俺なんかじゃなくてよしおのような奴のこと、だ……努力家、というなら、真に厳しい場所に自分を置き続け鍛錬し続けたゆかりを置いて他にないだろう……」


 あぁ、そうだ。


 2人は紛れもなく、自分にとって誇れる存在だった。


 だからこそ、こんなになるまで遅れてしまったけれど、今まで恐れていたこの言葉に真の意味で向き合う事が出来る――!!


「俺には才能も努力もなかった!!ただ、メッキが剥がれないように取り繕っていただけのクズに過ぎない……!!」


 そんな相互クラスタの搾りかすのような自分でも、真に叶えたい願いがあった。


 その片方は既に失われてしまったけれど、今はまだ守りたい、守れる存在ヒトがいる――!!


「……感謝するぞ、黒き悪鬼。お前の一撃で直に命を落とす俺は、これでもう過去の自分の所業に怯える日々を過ごさずに済む!!」


 空いた右手に力を込めて、暗黒騎士の胸元に力を込める。


 ……本音を言えば、例えこの先怯えながら過ごす夜を何度も迎え、ゆかりの笑顔が見られなくなる朝が来ることになったとしても、それでも彼女と共に生きていきたい、という気持ちしかない。


 だが、自分と言う人間は“相互クラスタ”としてここまで嘘で他者を欺き、くだらぬ意地を張りながら生きてきたのだ。


 後ろで君がどんな表情で自分を見ているのかは分からないが、命を落とす最後の時まで、君に好意を向けられた男として相応しいように、格好つけながら逝かせてくれ――。


 自身の在り方をどこまでも“紛い物”と嘯いてきた青年は、胸に去来したその想いすら口にすることなく、最期の瞬間を迎えようとしていた。


「……貴様にも果たさなければならない重大な使命、とやらがあったのかもしれないのに、俺のような奴に付き合わせる形になって済まなかったな。……だが、俺のような“相互クラスタ”如きに手こずっている時点で、貴様も俺と大して変わらん廃棄物スクラップという事、だ……」


 どこにそんな力が残っていたのか、勢いよく右足を一歩前へと踏み出すしげる。


 だが、それによってもはや絶命してもおかしくないほどに、胸部に刺さった大剣がさらに胸の奥へと食い込んでいく。


 激しく吐血しながらも、しげるは凄まじき形相で暗黒騎士へと歯を見せながら獰猛に笑いかける。


「だから、ここは俺と相打ち、という事で終わらせておくとしよう……!!」


 刹那、しげるの右手が残像を残すほどの素早い動きで、暗黒騎士の胸部をまさぐっていく――!!


「これこそが我が権能、とくと見よ!!……“貴方のハーレム要員トゥルブル・NTRれていませんかダークデス”――!!」


 “貴方のハーレム要員トゥルブル・NTRれていませんかダークデス”。


 しげるが使うこの権能は、巧みな指技を使いこなすことにより、相手の心臓ともいえる“コア”と呼ばれる部位を強制的に寝取る事が出来る、という即死級の必殺技である――!!


 まさに最強の一角に数えられる恐ろしい権能だが、この効果はこの世界本来の生物には発動することはなく、こことは別の世界から来た存在のみに作用する、という限定条件がある。


 だが、そのような条件があってもしげるのこの権能は天津が使役するこの世界に非ざる異形のモノ達に非常に有効であることは間違いない。


 この暗黒騎士の正体が、天津が“永遠の王”から与えられたとされる“十六の災禍フレンズ”とは別系統の地球本来で生まれた存在である可能性も全くないわけではなかったが、“コア”を無事抜き取ったと同時に暗黒騎士の肉体が瓦解していくことからも、どうやらしげるの読みは当たっていたらしい。


 しげるはその光景を目にすることはなかったが、自身の為すべきことは為したのだと言わんばかりに、満足そうな笑みを口元に携えながら――その短い生涯を終えた。





「しげる!!しげる、しっかりして!」


 ゆかりが慌てて駆け寄り、自身に還り血がつくことも構うことなく、横たえたしげるの遺体を抱き寄せる。


 だが、既に命を落としたしげるがゆかりに答えを返すことは――最早ない。


 そんな彼の遺体に泣き縋りながら、ゆかりは悲痛な叫びを漏らす。


「しげる……貴方は大馬鹿よ!!自分が“なろうユーザー”とも言えない“相互クラスタ”だなんて、そんなことあるはずないじゃない!……貴方が本当に卑劣な“相互クラスタ”だったら、私なんか見捨てて自分のためにとっくに私の事なんか見捨てて逃げているに決まっているでしょ!貴方に助けられた人達だってたくさんいたんだよ?よしおだって、普段は口に出さないけど貴方がいないところでは『アイツは自分が決めた困難な道を貫き通そうとしている……俺には出来ないような事に挑んでいる凄い奴だ』って褒めてたんだよ?……それに、私が貴方のことを本当に大好きで覚えていて欲しい、って言ったことまで、こんな形で勝手に嘘になんかしないでよ……!!」


 しげるは逃げるどころか身を呈して自分を庇っただけでなく、絶対的に不利な相手である暗黒騎士を自身の命を賭けて撃破する事に成功した。


 これほどに自分の全てを投げ捨ててまで、人を救った彼でも認められないというのなら、この世界の誰が“なろうユーザー”などと言えるのだろうか。


(……うぅん、違う。本当に大馬鹿なのは、私の方だ……!!)


 本当はしげるが“なろうユーザー”だろうと“相互クラスタ”だろうと関係ない。


 例え世界中に認められなかったとしても、ゆかりにとってしげるという存在はそれだけ大切な存在だった、というだけだった。


 なのに、自分は“なろうユーザー”としての在り方に固執するあまり、そんな大切な存在であるはずのしげるを知らない間に追いつめてしまっていた。


 ……そういう意味では、当時は分からなかったけれど、あのしげるへの賛辞をゆかりに語っていたときのよしおは、どことなく困ったような苦笑をこちらに向けており、今となっては確認できないが、自分なんかよりもよっぽどしげるの事を理解していたのかもしれない……と今更になってゆかりの中で後悔が募る。


「ゴメンねぇ……しげる、本当にゴメンねぇ……!!」


 ――ここまで色々失って。


 ――それでも、命だけは貴方に救われたのだから。


 これ以上は何一つ“犠牲”という言葉で失うような真似はしたくない。


 そのために、私は絶対に立ち直って見せる。


「……だから、しげる。私にはまだやるべきことがあるから、もうしばらくはあっちで私の事を見守っていてね……と言っても、こんな世の中だからすぐに命を落とすことになるかもしれないけど」


 戦闘が終わったとはいえ、ここは到底安全と言える場所ではない。


 歴戦のなろうユーザーの判断として、非情にもしげるとよしおの遺体をこの場に簡略的に埋葬し、早急に離脱しよう……とゆかりが判断していたそのときだった。





 ズシィィィィィッン……ズシィィィィィッン……!!





 先程以上に凄まじい衝撃と爆音が地面から伝わってくる。


 そして、2体分と思しき足音が自分のすぐ背後にまで接近しているのを、ゆかりは感じ取っていた。


 先ほどの戦闘であらゆる気力を使い果したゆかりは、抵抗する素振りを見せず、この場に置いていこうとしていたしげるの遺体を再び抱きしめていた。


「言ったすぐそばからゴメンね……私ももうじきそっちへ行くことになりそうなんだ。……よしおの身体はちょっと距離があるから抱えてあげるのは難しいんだけどね、また次の人生でもみんなで馬鹿な話して遊んだり、しげると今度こそ一緒に歩んでいけるような関係になりたいな……」


 願うなら、今度はこんな命のやりとりのない平和な世界で。


 ポイントやランキングなんかを気にすることなく、ただ自由に自分達が心から好きだ!といえる創作活動を“小説家になろう!”で楽しんでいきたい。


 ……そんな理想の光景を心の中で思い描きながら、ゆかりは背後から2本の大剣でその身を貫かれていた――。









『……という訳で紹介しよう!最近“十六の災禍フレンズ”を倒して調子づいている“なろうユーザー”の諸君やそいつらを流されるまま持て囃している蒙昧な大衆に変えられない現実を教えてやるために、私が“永遠の王”から賜った最終にして最強の兵力、それがこの!“堕淫棲隷武ダイン・スレイブ”である……!!』


 画面の中の天津が両手を天に広げて高らかに宣言する。


 だが、見上げた先からは照明の明かりが照らされているだけであり、本命の“堕淫棲隷武ダイン・スレイブ”とやらは、天津の背後に数千体ほどその姿を覗かせていた。


 巨大な体躯に漆黒の甲冑を意識させる外殻。


 構えた大剣はとても並大抵の人間が使いこなせるようなモノとは思えず、一体だけでも脅威であるこの化物が軍を成して進撃するとなれば、如何なる権能チートの保持者が束になろうと、最早この世界に奴等を倒すことなど不可能であるかのように思われた。


 現に天津の命を受けた“堕淫棲隷武ダイン・スレイブ”は間を置かずに進軍を開始し、ジャンルや実力、読み専という立場すら問わずに次々と“なろうユーザー”達を討ち取っていった。


 “なろうユーザー”達もただ蹂躙されるのを待つのではなく、これまでの“十六の災禍フレンズ”との戦闘経験や、死闘の中で鍛え上げた権能の力を最大限利用し応戦していたが、今度の敵には為す術もなく易々と敗れ去っていた。


 それも無理のない事だろう。


 例えば、“なろうユーザー”の作家が自作品の恩恵によって宇宙を破壊するほどの権能を得る事が出来ていたとしても、その根幹に根差すのは『こういう登場人物が出てくる作品で誰かに何かの感情を伝えたい』といった生産的な指向性であり、『“永遠の王”の支配のために、不要な存在は全て刈り取る』という方向に特化した“堕淫棲隷武ダイン・スレイブ”という廃滅者とは、相性が最悪に過ぎるという他なかった。


 その結果、“堕淫棲隷武ダイン・スレイブ”が姿を現してから僅か1ヵ月で、“なろうユーザー”はその数を激減させることになっていた。


 今日もネットニュースでひっきりなしに、名うての戦士の死亡の知らせが表示されている。


「……」


 だからといって、俺に何が出来るわけもない。


 俺は、自室を出て気晴らしに外へアイスでも買いに行くことにした。


 ……したのだが、降りようとした先にクソ姉貴と出くわしてしまった。


 ……特に理由のない気まずさが漂うが、今はコイツに何の用事もないので、そのまま脇を通り過ぎようとした。


「何?アンタ、とうとう学校にでも行く気になったの?」


「……んなわけないだろ。世の中がこんな状態になってるってのに、学校なんか出て意味なんかあるのかよ」


「……ふ~ん、じゃあ引きこもりのアンタが外に出て、登校するよりもどんな有意義な事が出来るっていうのさ?」


 ……何だ、今日はやけに突っかかってくるな。


 俺は憮然としながらも、この場からさっさと出たかったので本当の事を話すことにした。


「……何って、アイス買いに行くんだよ」


「……ハッ、学校行くよりも意味のある行為がそれって、アンタとうとう脳細胞まで死滅しちゃったわけ?そんなことするくらいなら、“小説家になろう!”っていうサイトで爆発的な人気作を投稿して、外で暴れ回っているアイツ等をぶっ飛ばしてきなよ」


 その一言にとうとう俺もカチン、と切れる。


「うっせーな!!さっきから一体何を言いたいんだよ!?“小説家になろう”なら、お前みたいな情報弱者がテレビで知る前からとっくに知っていて、俺は既に登録済みだ!!……だけど、あそこにいるのは人気目当てでテンプレに手を出しておきながら、泣き言ばっかり言ってそれを“お上手な小説の書き方”やら“エッセイ”だのと言い訳しながら何かを創作した気になっている屑ばかりじゃねぇか!?それを俺が指摘したら激しく発狂して作品の内容とは全く関係のない揚げ足ばかりしてきやがったけど、あんな程度の低い馬鹿共なんて特殊能力に目覚めなくても現実社会で他人に足蹴にされるのがお似合いな、粋がっただけの陰キャの寄せ集めに過ぎないだろッ!!!!」


 激昂する俺を前にしても、クソ姉貴は動じることなく冷めた目でジッ……とこちらを見つめる。


 ……拳の一つや二つが飛んでくるかと思ったが、クソ姉貴はそのまま淡々とした様子でこちらに話しかけてきた。


「……アンタも内心で思ってるだろうけど、アタシは学のない人間でね。文字を読むのが億劫で仕方ないんだよ」


 ……いきなり、何の話をしているんだ?


 訝しむように顔を上げる俺に対しても、変わらず姉貴は話を続ける。


「だけど、こんな滅茶苦茶になった世界を必死に守ろうとしている人達がいるって事を知ったら気が気じゃなくなってな。直接あの化物達を殴りに行け!とか言われてもアタシ普通に無理だし勉強なんかそれ以上に不可能だから、作家になって加勢する事なんか出来やしない。けどさ、せめてアタシらのために戦ってくれている人達がどんな想いで生きているのかは知っておいた方が良い、って思ってニュースになった“なろうユーザー”の人達の作品は時間があるときに読むようにしてんだ」


 ……馬鹿な、あのガサツな歩く低学歴ともいえる姉貴が小説を読むだと?


 ハッタリだ、そんなはずがない。


 しかし、そんな安易な否定をする気がないほど、俺は姉貴の言葉に聞き入っていた。


「この前、あの黒い化物が崩した建物の瓦礫から、親子連れを庇って死んだおっちゃんな、あの人は全然戦闘向きとも言えない“詩”っていうジャンルをたくさん投稿していたんだけど、あのおっちゃんは確か“近代文学のなんたら”というタイトルのエッセイを投稿していたな。……まぁ、私は無学だからあんまり分からなかったんだけど、あの人の詩はそんなに上手いとは思わなかったけど、なんかほのぼのした感じが割と好きだったな」


「……」


「数カ月前からお気に入りしている子なんだけど、戦う事が出来ない読み専の“なろうユーザー”の女の子を“十六の災禍フレンズ”から庇って重傷のまま寝たきりになっている男の子がいてね。何だ、こんなご時世に粋な奴がいたもんだな~とその一件以来ちょくちょく読むようになったんだけど、テンション高い作品連発する合間にたまに毒のある創作論を投稿していて、そのギャップが面白いヤツだったな」


「……」


「他にも悪役令嬢?とかいうのを書いているお姉さんとか、未来から侵略してきた怪物と戦うSF書いている人とか色々読むようにしているけどさ、みんながみんなとは言わないけど、アンタの言うエッセイっていうジャンルを書いている人はそこそこいたよ。……でさ、それが何か悪い事なのか?」


 今までの穏やかな口調とは一転、鋭い眼光で俺の事を睨みつけてくる姉貴。


「エッセイを書いたくらいで、あの人達が命を落としたり傷つかなきゃならない理由になるのか?エッセイを書くことってそんなに悪い事なのか?……あの人達はアタシ等の事なんか微塵も知らないだろうけど、それでもこの世界を壊させないために、とてつもないモノを相手にしても自分達なりのやり方で懸命に戦っていたんだ。……なぁ、戦人ばとら。お前が見下している“エッセイ”っていうジャンルを書いていた人達ですら、そんだけ人生派手に生きて自分の在り方に意味を持たせてるんだ。……お前はこのまま無意味に人生終えるつもりか?」


 ……結局、今の俺がやっている事が、あのテンプレ叩きすることしか能がない馬鹿共と同じでしかない、というのか?


 違う、そんなはずがない。


 ……どれだけ周りから不当に叩かれたとしても、俺の作品には“テンプレ叩き”という安易な逃避に走る当時のなろう界隈の風潮に対して、一石を投じた価値があったはずだ。


 百万歩譲って、俺の言い分の中に間違っている要素もあったかもしれない。


 だが、エッセイを書いていたような“なろうユーザー”達はそんな俺との論争から逃げるかのようにネットの世界から離れ、天津の軍勢との闘争へと身を投じていった。


 奴らは『権能に目覚めて怪物達と戦った』というエッセイの中身とは何の関係もない“実績”というモノで、問答無用の正当性を手に入れていく


 俺がその事を問い質そうにも、奴らは“堕淫棲隷武ダイン・スレイブ”との戦闘で今も刻一刻とその数を減らして行っている。


 そのような犠牲すらも、俺の姉貴のような部外者によって『エッセイを書いていようが、“なろうユーザー”という存在はそれだけで絶対に正しい!』という認識に拍車をかけているのかと思うと、死んでまでも奴らはなお勝ち逃げを気取るのかと、俺の中で激情が渦巻いていく――!!


「……」


 ふざけるな。


 お前らは“エッセイ”というジャンルを書いた時点で、俺以下の無様な敗北者のはずだろう。


 なのに、そんな俺を無視して勝利者を気取るとはどういう了見なんだ。


 本当に自分達の行為が正しいと思っているなら、俺と真剣に向き合ってみせろよ!!


 ……良いだろう、お前らにその気がないのなら、俺の方からお前らを追い抜いてみせる!!


 気がつくと、俺は無言のまま姉貴の横を通り過ぎ、階段を降りようとしていた。


「……何だ、とうとう学校にでも行くつもりになったのか?確かに今から真面目に勉強すれば、お前みたいなのでも傑作を書けるかもな?」


「……そんなわけがないだろう。俺は毎日ロクに生産性がないエンドレスニートな生活習慣で、ロクなインプット作業をしていないんだ。今から詰め込んで猛勉強を始めたところで、圧倒的な権能に目覚めるだけの傑作なんて書けるはずがないし、俺が追いつく前に奴等エッセイスト達は天津によって全滅させられているよ」


「……ふ~ん、じゃあ、さっき言っていた学校よりも有意義な外出とやらをするのか?それならチョコチップ味を頼む!」


「……あぁ、全ての過去を氷点下0にするくらい、姉貴の認識を塗り替えてきてやるよ……チョコチップ色にな……!!」


 そう言って、俺は颯爽と玄関から外へと出ていく。


 姉貴はそれ以上何も言わず、ただ黙って俺の事を見送っていた……。






 ……余談ではあるが、最後の一言は、自分でも言っていて意味がよく分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ