承
エッセイを投稿してから数日が経過したある日のこと。
俺はいつも通り昼くらいに起きて、ネットニュースを見ていたのだが、その中に思わず目を引いてしまうとんでもない項目を発見してしまった。
「何、だと……“小説家になろう”ユーザーが全世界に宣戦布告、だと……!?」
項目を見た限りだと、何が何やらさっぱり分からなかった。
急激にアクセスを伸ばしている一大ニュースらしいことは周りの反応や、記事の扱いで分かるのだが、本当に何が起きているのかさっぱり分からない。
俺は慌ただしい状況に流されるがまま、添付されている動画を再生した……。
『全世界の麗しき臣民諸君!!今日、この日こそがこの世界の輝かしき栄光の時代の幕開けである――!!』
画面に映ったのは、俺より少し年上くらいの男だった。
特に際立った特徴のない顔立ちだったが、如何せんその身に着けている衣装が華美に過ぎる。
平凡な顔立ちに不釣り合いともいえる派手なだけの衣装は、普段人付き合いも皆無に等しく外出をロクにしない俺のような人間からしても『あぁ、コイツこういう服を着慣れてないんだな……』というのが如実に感じられた。
当然と言えば当然だが、画面の男はそんな俺の内心に構うことなく言葉を続ける。
『私の名前は天津 紀彦……絶対的な権威の化身ともいえる“永遠の王”からの使命により、この世界を統べる者なり……!!』
……永遠の王、だと?
コイツはイイ年齢して何を言ってるんだ?
(実際は違うが)世間から見れば引きこもりのニートである俺でも分かるような、中二病真っ盛りな痛い言動を、俺の名前以上にキラキラと輝かせた瞳のままイキイキと繰り広げる狂人。
奴は更に恥の上塗りをするかの如く、画面(?)の方にビシッと勢いよく指を突きつける――!!
『偉大なる“永遠の王”の使命は唯一つ――!!『“永遠の王”の支配という一つの結末に世界の全てを集約すべし』という事のみである!……善悪は問わぬ、如何なる方法を取っても構わない、利害すらも度外視せよ!ただ重要なのは、この世界を支配する事のみ!!』
『ゆえに“小説家になろう”というサイトで“天ぷら☆ハフハフ!”という真名で辣腕を振るっていた私が、王の統治のためにする事も唯一つ!!……王との盟約により手に入れたこの絶対的な権能と与えられた圧倒的な軍勢を率い、私以外の“小説家になろう”ユーザーを全て滅ぼし、私のみが“小説家になろう唯一の作家!!”として衝撃的デビューを果たす事であるッ!!!!』
俺は動画を閲覧しながら、ゴクリ……と唾を飲んでいた。
だって……そうだろう?
この天津という男は、書籍化デビューするためだけに自分以外の名前も顔も知らないなろうユーザーを武力で殲滅しようとしているのだ。
そして、恐ろしいことに私欲丸出しともいえるはずのその行為が、本気で“永遠の王の支配”のためになると信じている……!!
“なろうユーザーの殲滅”と“世界の支配”が直結する理由が分からない。
“永遠の王”とやらも、盟約とやらを結んで手下にするならもう少しマシな人選はなかったのか、と問い質したくなる。
だが、この“天ぷら☆ハフハフ!”とかいうふざけている割に全然目にした覚えのないHNから分かる通り、底辺なろうユーザーだったに違いないこの天津という男から正気を奪い去るほどに“永遠の王”とやらの絶対的な権威と、小説家としての書籍化デビューという二つの存在は強烈な猛毒であったに違いない。
思わず、俺の身に戦慄が走る。
(いっそのこと、奴の言う“永遠の王”とやらが、人気がなさすぎて追いつめられた底辺なろうワナビが錯乱しながら見た妄想か何かであってくれ……!!)などと願ったが、そのような淡い期待は脆くも崩れ去った。
……なんと、天津の傍らに瘴気が立ち込み始めたかと思うと、奴の傍らに異形の者達が浮かび上がってきたのだ!!
墨を垂らしたような黒い犬や、ムチムチとした腰つきを連想させる動きで揺れる巨大なウツボカズラ、ネチャア……!!と粘性を帯びた体液を帯びた化けヒトデなどの自然界には絶対存在しないような悍ましき怪物達がその数を十……百……千……!!と次々にその個体数を増やしていく。
奴等の出現と同時に、不敵に笑みを浮かべる天津を画面に収めたところで、この動画は終わった。
……だが、この日を境に世界は天津が宣言した“輝かしき栄光の時代”とは程遠い悪夢の始まりを迎えることとなる。
天津の宣戦布告を受けて、国は迅速に特殊部隊を派遣した。
だが、天津が呼び出した異形の者達が振るう猛威を前にまるで歯が立たなかった。
この人類史上初となる怪物との戦闘、何より天津の背後にいる“永遠の王”の存在を重く見た世界各国は一致団結して国連軍を結成し、この事態に対処することとなる。
それでも、異形の者達は通常兵器では討伐することならず、何より天津が保持する圧倒的な権能を前に国連軍は無残に蹂躙されるだけの結果となっていた。
人の身では倒すこと敵わぬ尋常ならざる怪異達……奴らはその種類から、いつしか人類の間で“十六の災禍”と呼ばれるようになっていた。
人類にとって幸い……に違いないのだろう、天津は自分が攻撃されない限りは侵攻してくることはなく、当面の目的である他のなろうユーザーの討伐に力を上げているようだった。(これは奴が人道主義者だから、とかいう理由からではなく、恐らく自分が唯一の作家としてデビューすれば、その時点で自然と世界が手に入ると本気で妄信しているからではないか、というのが定説である)
これ以上の被害を食い止めるために、政府がいくつもの出版社に天津を大体的にデビューさせるように打診し出版社もそれに賛同の意を示したが、その意向が狂信的な教義を内に秘めた天津自身に聞き入られることは頑としてなかった。
……なろうユーザーが討滅しつくされて、天津の思い描いた結果にならなかったとき、果たして、奴は如何なる凶行に及ぶのか。
そんな先の見えない未来から目を背けるかのように、ひとまずの安寧のために人類に出来る事は、なろうユーザー達が天津によって嬲られていく様をただ黙って静観するしかない、と諦念が色濃く社会に影を落とし始めていた世相の中、遂に転機が訪れる――!!
『ムキ―!!』
『……何ッ、拙者の“斬撃を帯びた虹”を回避するだと!?』
大猿の姿をした“十六の災禍”に斬りかかる侍の格好をした青年。
だが大猿はそれをすんでのところで避け、青年に向けて拳を振り下ろそうとしていた。
絶体絶命、誰もがそう思った――そのときである!!
『フオォォォォッ、喰らえ!奥義:“メタボリックブラスト”!!』
丸々とした大柄のデブが腹の肉を盛大に揺らしながら自身のカロリーを高エネルギーに圧縮・転換し、大猿型の“十六の災禍”へと掌から波動弾を撃ち放つ――!!
『ム、ムキー!!』
刹那、大猿は断末魔の声を上げながら、その身を爆発的な力の奔流に呑み込まれながら派手に散華していく――。
「……」
その動画を見終えた俺は、無言でノートパソコンを閉じる。
通常兵器で倒せないはずの“十六の災禍”が何故あっさり倒されたのか?
実は、彼ら・彼女らは天津に抹殺されるのを待つしかなかったはずの“なろうユーザー”達なのである。
数カ月前までの“なろうユーザー”達は、文字通り無力なただの一般人だった。
しかし、突如“十六の災禍”という異質の存在が大量に出現した事や天津が国連軍を相手に禁忌に等しい甚大な影響を与える権能を振るいまくった事によりこの世界の在るべき均衡が崩れた結果、天津 紀彦を中心に世界の法則が一時的に塗り替えられ、奴が過大視する“小説家になろう!“を中心にそこで活動していたなろうユーザー達が一斉に異能に目覚める事となった……というのが専門家(何の専門家だよ)の見解らしい。
“なろうユーザー”達は異能に目覚めた事によって、自身の作品の主人公の能力や外見を任意の状態で己のモノとすることが出来るうえに、作品の人気度に合わせて自作品の登場人物(敵・味方を問わず)をこの世界に顕現させることが可能なのだ。
異能に目覚めたなろうユーザーの中で最も活躍しているのは、やはりというべきか“テンプレ異世界無双”を扱ってきたような作者連中であり、彼ら・彼女らは戦いに向いていない他のジャンルのなろう作家や読み専のユーザーに代わり、天津が率いる“十六の災禍”をその圧倒的な能力で瞬く間に駆逐していった。
その甲斐あってか以前までの社会全体に諦念した雰囲気が蔓延していた頃とは打って変わって、今はネットニュースなどでも連日『圧倒的な魔法力を駆使する○○氏が、人を隷属させる花粉を放出する巨大なラフレシアを爆熱魔法で瞬殺!!』や『特殊な水しぶきを浴びせた女性の妊娠確率を飛躍的に上昇させる鯉型の怪物を、異世界でもスローライフに自信アリな××氏が一撃で美味しく調理!』など、彼らを見捨てようとしていた事実などなかったかのようになろうユーザー達を英雄扱いする記事が取り上げられており、『あとは全ての元凶である天津 紀彦を倒すのみ!!』と、巷では戦勝ムードとなっていた。
だが、ネットから伝わる世間の活気とは裏腹に、俺の気分はどことなく沈んでいた。
……何故だろう、あれだけ“テンプレ批判”しか能がないエッセイスト共から不当に叩かれ続けてきた異世界テンプレ作品の作者達が活躍し、それに相応しい正当な評価を得ているのだから喜ぶべき!だという事は、自分でも分かっている。
だが、それを素直に祝福する事が出来ない。
“既に天津によって多くの人命が失われているのに、浮かれ騒ぐなど不謹慎だ”とか“簡単に掌返しをする大衆の卑劣な態度が許せない”などの道徳的な話でもない。
恐らく俺は、この事態をただ単に面白く思っていないのだろう。
その根本的な理由が何なのかは、自分でも上手く分からない。
だが、そんな俺にお構いなしになろうユーザー達は世界の敵である“十六の災禍”を地上から駆逐し、勢いそのままに圧倒的な”権能“を駆使しながら天津を倒して終わるのだろう。
それで万事が全て元通りになるわけでもないし、それ以降も問題は山積みに違いないがいずれにせよ、この世界を巻き込んだ馬鹿騒ぎはそれなりなつまらない収束を迎えるだけ……。
天変地異を前にしても変わらず味気ない日常を過ごしていた俺は、そんな心情を切り替えるためのささやかな抵抗として、日課である買いためていたライトノベルのページをめくり始めていた。
……だが、そんな俺の予測とは裏腹に天津 紀彦という男はとんでもない“奥の手”を隠し持っていたのだ……。