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孤独な兄妹

作者: 雨森あさひ

 妹はハンバーグが大好きだ。

 「お兄ちゃんも食べる?」

 妹は細かく切り分けられたハンバーグの欠片を、嬉しそうにフォークで突き刺して俺の顔に持って行った。

 「いいよ! 俺は」俺は慌てて否定してから、窓の外へ視線を移した。

 「えー、おいしいのに!」妹は兄が喜びを共有してくれないことに不満そうだったが、そのおかげでもう一口多く食べられることに気づいて満面の笑顔でハンバーグの欠片を頬張った。

 ここは家から徒歩十分のところにあるファミレスだった。妹がここのハンバーグが好きだと言うから、週に一度は通っている。妹はもう中学生だから一人で来ればいいのに、どうしても俺と来たがるから仕方なしにいつも付き添っている。俺は今年受験だからあまり暇でもないのだけど。

 「お兄ちゃん。今日もこの後予備校なの?」

 妹の声に、俺は外の景色から視線を戻して、携帯で時間をチェックした。

 「そうだけど、ってもうこんな時間だ。このままだと遅刻だ」

 俺が慌てて財布を取り出して席を離れようとしたとき、妹は無言のままフォークとナイフを置いた。

 カチャリと食器の触れ合う音が耳の奥に残った。

 そして、妹は少しうつむき加減に何かつぶやいた、かのように見えた。

 「歩未?」

 歩未、つまり妹は何かを声に出そうとしていた。だが、すぐにナイフとフォークを持ち直して、出かかった言葉を飲み込むように特大サイズのハンバーグの欠片を頬張った。

 口に入れたハンバーグの欠片が大き過ぎたせいで、妹はリスのように頬を膨らませていた。それは本来なら可愛い表情なのだろうが、うつろな目をしているせいで悲しげな表情となっている。

 妹のこの行動は俺にとって不可解だった。

 俺は妹の唐突な態度の変化にどうしたのだろうと一瞬考えた。

 だが、すぐに思い当たった。

 きっと、寂しいのだ。

 俺は妹の心情の変化を敏感に察知していた。

 俺たちの両親は夫婦そろって共働きで、帰ってくるのは夜遅くだ。夕食もほとんど俺と妹の二人で食べている。いや、いつもと言ってもいいくらいだった。

 それに妹は家族の前では人懐こいが、他人の前だと一言も喋れなくなるくらいの人見知りだった。学校でも、きっと中学生になったばかりで仲の良い友達もいないのだろう。

 ここまで考えて、俺は妹を憐れむような視線で見ていることに気づいた。

 そんな自分が何となく妹を見下しているみたいで嫌だった。

 それに俺も、

 俺も寂しいから受験で忙しいのに妹に付き合っているのかもしれない。

 妹は一人店に取り残されるのが嫌だったみたいで、急いで残りのハンバーグをたいらげて、一緒に店を出た。

 大好きなハンバーグなのに、最後のほうは詰め込めるだけ口に詰め込んで、飲み込むように食べていた。たぶん、ほとんど味わっていなかったと思う。

 「また来ようね。お兄ちゃん」

 妹と挨拶をして別れた。

 妹は横断歩道を渡りきると、人混みに紛れて見えなくなった。

 信号機が赤色を灯した。

 俺はこれから予備校に行かなくてはいけない。

 俺はこの後の妹のこと、それから俺の予備校でのことを想像した。

 妹が可愛いぬいぐるみに囲まれた自室で、電気もつけずにベッドで横になっているところを想像した。それから、眼をギラギラさせた受験生に囲まれてペンを握りしめている自分を想像した。

 俺たち兄妹は似ているのかもしれない。


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