絆の意味(アプリル王国)
オリヴィエとオルランドはアポロンに質問します。
そんなこと俺に聞かれても分かるはずがない。
それが、最初に浮かんだ俺の答えだった。
しかし、それをそのまま答えてしまっては、こうしてここにいる意味がなくなってしまう。
今、俺が答えを求められている。
俺の言葉で伝える必要がある。
「すまない、俺にもよくわかっていないんだ。だから、正しくは伝えられないかもしれないが。ただ、俺が思うことは話すことができる」
正解ではないかもしれない。
ただ、俺なりの答えを伝えよう。
「かまわない。君が理解している事しか我々は知り得ないのだから」
オリヴィエは俺の答えに頷いている。
オルランドも黙って聞いている。
なにをどこまで。
それが重要だった。
オヤジの存在という立ち位置。
これまでの言動。
俺はそのすべてを考えて、俺なりの答えはもっていた。
ただ、それをどう伝えるのか……。
そして、それがどう伝わるのか。
誤解のないように、オヤジが見ているものを伝える。
得体のしれない重圧感に、思わずつばを飲み込んでいた。
「たぶん、絆というものを考えているのだと思う」
ただそれだけを言うだけで、声がかすれていた。
指輪の力でローランの素顔をさらけ出したこと。
その後の展開とその試練。
それらは、ローランと十二人の仲間を使って、その絆の意味を探ろうとしているのだと思った。
食料にしても物質転送で送っているのだろうが、なぜわざわざこの砦に送らずに、アウグスト王国との国境に近いプレーラの街に送ったのか。
そもそも、全面的にローランを支援せずにいることが、その答えだと思う。
英雄とその仲間たちが、自分たちの絆をどのように形作るのか。
英雄とその仲間たちが、既存の支配体制とどう折り合いをつけていくのか。
そして、英雄とその仲間たちはどこを向いて歩き出すのか。
そうしたものを、言い方は悪いがこの国で見極めようとしているように思えていた。
だから、民には被害を出さないように、あらかじめ避難を呼びかけていた。
しかも、国外に。
これは、内乱が起こる可能性が十分にあるからだ。
英雄と仲間たちが、これから向かう先。
ローラン自身があくまで異世界人として生きるのか、それともこの世界に同化して生きるのかは分からない。
しかし、英雄として存在するのならば、世界はローランを受け入れるだろう。
その時、仲間はどうするのか。
おそらく、それを見極めたいのだと思う。
もう二度と英雄の悲劇を繰り返さないために。
英雄マルスになかった絆を、オヤジはローランとその仲間に見出したのかもしれなかった。
だから、その絆を強固にするためにあえて、ゆさぶりをかけているように思えていた。
もちろん、それで壊れるのならば、それまでの事という考えもあるだろう。
しかし、絆というのは心の鎖でもある。
だから、どちらか一方が持つのではなく、その鎖は両方で持つべきなんだと思う。
これは、俺の考えだが、何となくオヤジもそうだと思っていた。
「かつて、偉大な英雄がいた。偉大すぎるその英雄は、偉大すぎるあまり仲間からも特別視されるようになってしまった。英雄もそれで良かった。彼らをつないでいた心の絆は、いつしかそうした関係のため、英雄だけが縛られるものになってしまっていた」
いつの間にか、目を閉じて話していることに気が付いた。
一言、一言、オヤジが思っていると信じて、その想いを確かめながら、それを言葉に乗せて彼らに届けることを意識する。
「そして、英雄に最悪の試練が襲ってきたとき、英雄は自らを縛るそのつながりを、断ち切りってしまった。仲間が、英雄を一人にしていたことに気が付いたときには、すでにそのつながりが断たれた後だった」
吐く息が重い……。
二人はただ黙って聞いている。
もう一度ゆっくり息を整える。
焦らなくてもいい。
正確に、この想いを伝えよう。
「英雄といえども、人間。そして、絆というつながりは、一人で持つものではなく、お互いに持つべきものだと俺は思う。あんたらにその覚悟と資格があるのかを見ていると俺は考えている」
全ての事でないにしろ、オヤジがそう考えていることは疑いようがない。
「それが英雄マルスの悲劇か」
オリヴィエはそのことを知っていた。
さすがと思わざるを得ない。
その上で、黙って頷いていた。
自分たちのおかれている状況と、俺のしたことを思い返しているのだろう。
これからのことを考えて、納得したようだった。
そして、そうならないためのことも考えているのだろう。
彼の熟慮は沈黙として現れていた。
「ひとついいか」
それまで黙っていたオルランドは、オリヴィエが思案しだした様子をみてから口を開いた。
それは二人の質問が、それぞれの考えから出ていることを示している。
「なぜ、おまえなんだ?」
それは、俺の問いでもある。
そう言えれば、ずいぶんと楽なんだが……。
それでは、俺がオヤジから言われたことを、考えなしに行動していることになる。
それはオヤジが望んでいる事ではない。
何故、俺をこの役目にしているのか……。
単純にローランとその仲間のことを考えるならば、俺よりも、オヤジの方がもっとうまく、もっと効率的に、そしてもっと深くその意味を得ることが可能なはずだ。
そして、なによりも俺を通して見たり、聞いたりしても、自分の眼と耳とで感じた方が早いはずだ。
しかし、オヤジは俺を使っている。
以前のように、周りの反対にあって、オヤジが出られないわけではない。
今もイエール共和国と学士院を実際は飛び回っているはずだ。
そこにアプリル王国やジュアン王国が追加されたところで、オヤジにとっては些事だろう。
こっちが聞きたい……。
本当にそう言いたかった。
しかし、まっすぐに俺を見るオルランドも、俺に答えを求めている。
「これもあくまで推測でしかないが……というよりも俺も分からないのが正直な気持ちだが、俺の考えでよければ……」
正直に、俺の考えを話そう。
それしか答えようがないが、答えはすでに俺の中に用意されている気がする。
後は、それを言葉として伝えるだけだと思う。
それが一番難しいのだが……。
「それでいい」
オルランドは短く答え、聞く体勢になっていた。
ただ、今度は俺が話しやすいように、静かに目を閉じている。
「俺は、少々特殊な存在だ。だから、俺自身も試されているのだと思う。俺が絆と呼べるものを結ぶことができるのか、人の心を理解して、それを自分のものにできるのかどうか。そういうことを、体験を通して学ばせようとしているんだと思う。だから、俺が本当に困ったときはさっきのように、ちゃんと助けてくれる」
オヤジからもらったのは、一年しかないという限りある命。
今となっては本当に一年なのかわからないが、人間の感覚で言うと、すぐそこに終わりのある人生だ。
その中で、俺がどう学び、どう成長するのかをオヤジは絶えず見守ってくれている。
以前はどうせ意味がないと達観したように気取っていた。
しかし今は、限られた中で精一杯やれることをやろうと考えている。
それがなんなのかはわからない。
ただ、俺ができることを全力で取り組む。
ただそれしかできないが、それでいいと思っている。
「そうか、いい親父さんだ」
オルランドはとても満足そうだった。
「いずれにせよ、我々は君を仲間として認識したよ。アポロン。彼らのことは頼んだよ。」
いつから聞いていたのだろう?
オリヴィエは俺を仲間として認め、仲間を託してくれたようだった。
オルランドも黙って頷いていた。
「ああ、俺にできることはする」
いきなりわいた重圧感に、そう答えるのが精一杯だった。
***
砦を出発して俺たちは、避難民をつれてプルーラの街を目指していた。
取りに来いと言ったわりに、野営の度に大量の物資が転送されてきた。
ダプネが張り切っているところを見ると、どうやら精霊たちがオヤジとの連絡を取っているようだった。
避難してきた人々は、大して荷物を持っていないにもかかわらず、しっかりと三食まともな食事にありつけて、徐々に不安をなくしていた。
俺は彼らに目的地を告げ、その行程も包み隠さずに説明しておいたので、不安も最小限に抑えられたのだと思う。
人数が多い分、移動は困難を極めたが、それでも人々は前向きに歩いていた。
無事にプルーラに着くころには、新天地での希望を語るものまで出てきていた。
一万人。
元いた避難民に加えて、周囲の村々から集まった人々で、ノイモーント伯爵領に向かう人は、プルーラにつくころにはその数になっていた。
それは、もともとのプルーラの人口とほぼ同数の人々が、避難民としてプルーラに集結したことを意味していた。
これで、ブロッケン平野から、王都リューゲに至る土地から人々の生活はなくなっていた。
これでこの先、ここで何が起ころうとも、少なくとも無用な血は流れないはずだった。
プルーラに着いた俺たちは、最終的な会議を始めていた。
「ここから、アウグスト王国までは街道が伸びている。国境にはすでに連絡が入っており、通過可能になっているようだ。また、周囲にはすでに冒険者が待機しており、想定十四日の行程での野営地点も決められた。プルーラからの避難希望者を合わせて一万六千人が国外へ移動する。目的地はアウグスト王国ノイモーント伯爵領だ。なお、あとでここに来る、ノイモーント伯爵の力で、妊婦、歩けない老人、病人、赤子世帯はこのプルーラから軍団移送で送ってもらう。俺たちは、それ以外を無事にそこまで送り届けることが今回の任務だ」
オルランドは張りのある声で、そう告げていた。
リッチャルデット、アストルフォ、ワルター、ボルドウィナ、アヴィナ、ベンリンゲリの六人は、黙ってそれに頷いていた。
それぞれ何かしらこの道中で考えていたようで、ある程度意欲ある顔つきになっていた。
「仮に途中で病人や、けが人が発生した時は。この浮遊する板の魔法がかかった魔道具を入れた袋があるので、それを使用するようにしてください」
ボルドウィナはアヴィナから魔法の袋を受け取って、それを全員に配っていた。
細かい連絡や、連携方法。
軍団移送で移動する人たちをのぞいた数は、約一万四千人。
この大行軍は困難が予想されていた。
しかし、一日ごとに問題点や、改善案などを出し合って協力していく。
そこには、一つの困難な目的に向かって協力し合う仲間がいた。
たぶん、こうしてこの人たちは仲間になったはずだ。
野営地で思い出している話を、聞くとはなしに聞いてよくわかった。
ローランの名前が出ては、黙り込む。
そのたびに、それぞれが何かを考えているようだった。
英雄ローランに十二人の仲間が集まったわけではない。
ローランを含めた十三人が仲間だった。
それがいつしか、英雄ローランとなり十二人の仲間という関係になってしまった。
英雄という鎖は、ここでも仲間との絆を変えてしまっていた。
***
「よくやってきたの。わしがノイモーント伯爵じゃ」
出迎えてくれたデルバー先生に一礼し、ローランの仲間たちを紹介していた。
プルーラでの軍団移送の時は、忙しすぎてろくに紹介できていなかった。
最初に転送された避難民は、いつの間にか作られた街――デルバータウンという名前だった――の居住エリアに世帯ごとに割り振られて移り住んでいた。
今回ついた避難民も順番に住居にあてがわれていくらしい。
そして、これから希望に合わせて、職業登録を行っていくという話だった。
これには、オヤジの講義出席とその単位がつけられているらしかった。
それ目当てやほかの目的で参加している学士院の学生が、多数協力してくれているとのことだった。
無事に役目を終えたローランの仲間たちは、仮の宿舎をあてがわれ、そこで休息するように説明されていた。
彼らは一度解散し、今後のことを話すために集まることを話していた。
それには、俺も呼ばれていた。
オルランドが肩をたたいて去っていくとき、少し口元がほころんでいるように見えた。
しかし、それまで時間がある。
休んでいいとは言われたけど、俺だけ、いや、俺とヒアキントスだけ休むわけにもいかなかった。
受付の手伝いでもしよう。
そう思って、その場所に足を向けていた。
*
「ああ、やっぱりオヤジまでいるよ……」
予想通りの展開。
ダプネが手伝いに行くと言った時に、何となくそう思った。
思わず出るため息。
そんな俺に気付いたのだろう。
オヤジが手を振っていた。
「やあ、アポロン。ご苦労様。君は休んでいたらいいのに」
小走りでこっちまできて、そんなことを言う。
そんな気はないけど、もし、そんなことしたら、向こうにいるあの人たちに何て言われることか……。
「オヤジが働いて、俺が休んでちゃ、あとでダプネに怒られるよ」
すでに受付に交じって仕事しているダプネ。
ついて早々の言葉が、『お暇を戴きたく』だった。
「あはは、あの子はいい子だからね」
オヤジはダプネをみて目を細めている。
うん、確かにそうだけど。
確かにそうなんだけど、オヤジには特別そうだと思うよ……。
「王よ。俺にも何か」
ヒアキントスは暑苦しいまでの眼差しをオヤジに送っていた。
「ん。ヒアキントス。君、存在感を増したね。なにかいいことあったのかい?」
そうなのか?
俺にはなんのことかさっぱりだったが、ヒアキントスはうれしそうにオヤジの言葉に飛びついていた。
「わかります?俺、炎の中に破壊以外を見たんですよ。炎で人を感動させることもできるんです」
ヒアキントスはさらに暑苦しい視線をオヤジに送っていた。
「それはよかった。いい経験をしたようだね。これからもいいことあるといいね」
ヒアキントスの頭を優しく、優しくなでるオヤジ。
本当にうれしそうヒアキントス。
幸せそうな二人は気付かないだろう。
一歩離れていたからわかる。
ダプネの突き刺さるような視線とは別に、ありとあらゆる視線がヒアキントスに突き刺さっていることを。
さすがにこれは耐えられない。
少しその場から離れようと思うほどだった。
しかし、当のヒアキントスは全く気が付いていなかった。
相変わらず嬉しそうにヒアキントスの頭をなでるオヤジ。
「ヒアキントス。後で大変な目にあうだろう」
また一歩、後ずさりしながら、小声でそう予言していた。
「何が大変なのかしら?」
聞き覚えのある声が背後からやってきた。
気配を殺せるようになったのか、全く接近に気が付かなかった。
「ユノ。君までここにいるのか……」
俺は久しぶりに会ったうれしさよりも、この場所にいることにあきれていた。
「別にいいじゃない。わたしも精霊魔法修行中だし。他に意味ないし」
そっぽを向くユノはかわいらしく口をとがらせている。
「そんなことよりも、あなたも手伝いなさい。活躍は聞いているけど、今は人手が足りないの」
そう言って俺の手を引っ張っていくユノをみて、なんだかますます楽しい気分になっていた。
オヤジを中心として、みんなそれぞれ目的を持って頑張っている。
遠くに見えるシエルさんは、今では口数が多くなっているとのことだった。
その隣で大声を上げているルナさんも、前はもっとお嬢様だった。
そして、俺の手を引っ張るユノはこれでも立派な姫様だ。
そのほかにも俺の知らない子が男女を問わず手伝っている。
「すごいよね。この街はね、ヘリオスが一人で作り上げたんじゃないのよ。ここにいる全員がそれぞれできることを、少しずつ時間をかけたんだって。まあ、この場所までの移動は、ヘリオスとデルバー学長の仕事みたいだったけどね。私は他の事があったから、こっちの方はあまり手伝えなかったんだけどね。あっでも、ちゃんとやることはやったんだからね」
そう言って笑うユノは本当に楽しそうだった。
「この街がなんて言われはじめたか知ってる? この街の住人になる人には悪いけど、私たちはこのデルバータウンを【夢の街】と呼んでるわ」
そう言うユノの顔は、どこか誇らしげだった。
「夢の街か……」
それははかない物語としての夢ではなく、明日への希望としての夢を表しているのだろう。人々の生活がよりよくなるようにという希望の意味もあるのだろう。
「いい名前だね」
夢がある。
希望がある。
だから、明日に向かって歩いて行ける。
心から、そう思っていた。
ふと隣を見ると、唖然とした表情のユノがいた。
「そういう時の顔って、ほんとあなたたちそっくりよね」
ユノは覗き込むようにしてみてくる。
とっさのことに、あわてて後ずさっていた。
「ふふ。そういうとこもそっくりよね」
満足そうに頷いて、俺に背を向けて歩き出していた。
そっくりよね。
それは俺にとって、最高の褒め言葉だ。
にやける顔をたたいて、引き締める。
「まてよ。手伝えと言っておきながら、放置かよ」
その背中を追いかけながら、文句を言う。
笑顔で待つユノは、そんな俺に手を差し出していた。
やはり俺は、この場所が好きだった。
オヤジとその仲間がいる世界。
ここが俺の居場所なんだ。
他を見て、それを一層強く認識した。
オヤジはそれも伝えたかったのかな?
隣で歩くユノは、本当に楽しそうだった。
アポロンは自分の居場所を再確認していました。




