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心の距離(アプリル王国)

発言したのは、ローランの親友リナルドでした。

「途中までは……。そうだね、あの地雷という魔道具を発動させたのは、そこのアポロンだよ。けど、その後の火柱は僕たちがやった。まあ、途中参加してきた子の力が大きすぎたのはあるけど、それに乗っかって焼き尽くしたのは僕たちだ」

リナルドはそう告げて、彼の炎の精霊を呼び出していた。

人化して初めて気付いた。

彼の精霊はそこにいた。

改めて見ると、他にもたくさんの精霊が彼を守護している。



(あれは本当か?)

心の中でヒアキントスに尋ねてみた。


(その通りだ。ボス。誘われた、一緒に来ないかってね)

なるほどね。

あの時、たしかにヒアキントスは誘われた感じがあった。

単純に炎の饗宴に誘われたのかと思ったが、直接精霊に誘われていたのか……。

でも、意志ある精霊をあの場では見ていないような……。


しかし、リナルドは精霊魔術師だ。

自分の精霊を使って、ヒアキントスまでも饗宴に参加させたという言葉は嘘とも思えない。

それが真実だとすると、一連の動きが方向性を持っていたということになる。

しかしまだわからないな……。


(ヒアキントス、敵本陣に突入したのは自分の意志か?)

そこは確認しておきたかった。


(いいや、ボス。あれも誘われた。仕方なしだ、俺は戦車相手の方がよかったんだが……)

ヒアキントスはもっとあの場所で踊りたかったようだった。

しかし、仕方なしとはいえ、ついて行ったのはヒアキントスの意志だろう。


(それにしても、俺の眼にはヒアキントスしか見えなかったが……)

そこが最大の疑問。

確かに、精霊はいた。

しかしあの時、意志ある精霊の姿を俺はとらえていない。


(マスター。ヒアキントスの存在が大きすぎて、霞んだだけです。本来のヒアキントスならたぶん見えたでしょうけど、ヒアキントスの存在が大きすぎて、近くにいる他の精霊はかすんじゃうんです。たぶん、意志ある精霊にみえなかったのかと)

ダプネは俺の疑問を晴らしてくれた。

確かに今もそうだった。

つまり、俺の物差しは、知らない間に単位が変わったという事か……。


(なるほど、そういうことか。それは、オヤジのあれが原因か?)

旅立ちの時、オヤジは祝福を授けていた。


(イエス・マスター)

やはりそうだった。

前から感じていたが、オヤジの力は計り知れない。

下位精霊だったダプネとヒアキントスを上位精霊並みの力に引き上げていた。


自らの疑問を晴らした俺は、再び会議に集中する。


沈黙が続いていたおかげで、さほど進んでないようだった。

それほど、リナルドの発言は重い衝撃をもたらしたようだった。

リナルドに視線が集まっているところを見ると、あれから何かを言った後のようだった。



「それが、私たちのためになるというの?」

アヴィナは魔法の杖を向けて、リナルドを問い詰めていた。

敵意は感じないが、その口調は追及しているようでもあった。


「そうだね、そうなると思っている」

リナルドは短く肯定している。


「あれだけの死者、それをすることが私たちのためになるのですね」

ボルドウィナは司祭としての発言か、その死に対しては平等に痛ましく思っているようだった。


「ローランの魔剣は魂を欲している。今までは使っていなかったからよかった。でも、ひとたび使いだすと、この魔剣は魂を求め続けるらしい。そしてそれがかなわなくなると、所有者であるローランの魂を吸い始めたと僕は考えている。君たちがローランのことをどう考え始めたのかわからないが、ここ数日のローランは寝ていることが多かったはずだ。それは、彼自身の魂を消費することで、魔剣の力を維持していたに違いない。アポロンがそばにいるときは、魔剣を封じてくれているから、それは弱まったようだけどね。でも、それも一時的なものだ。現に、今日のローランは元気だ。あれだけの魂を食らったのだ、当分は大丈夫だろう」

リナルドはそう説明していた。


なるほど、そういう考えもできたのか。

たしかに、ローランの活動低下は、そう考えると納得がいく。

しかも昨日までと違い、今のローランは生気に満ち溢れていた。


「しかし、リナルド。そうならそうと言ってもよかったんじゃないか?」

チュルパンは納得したように頷いていた。


「チュルパン。あなたはそれでいいかもしれない。しかし、その理解がここの全員に当てはまるか、正直僕は疑問に思う。アポロンが来たことで、この中のだれもが、以前と同じ気持ちではないはずだ」

リナルドは全員を見ながら、自らの心配を打ち明けているようだった。


英雄ローランの虚像


ここにいるすべての人間が考え始めたこと。

それは自分の気持ちが、本当に自分の中から来たのか、それとも魔剣によってもたらされたのか。

それが分からない……。

だからどうしていいか分からない。

そういったことだろう。


「僕は確かめたかった。この気持ちが僕自身から出てくることを。そして僕は確信した。僕は僕の意志でここにいる。だから僕はローランの横を歩くことができる」

リナルドはそう宣言していた。


立派な決意だ。

しかし、同時にその発言はそれ以外を排除するという意味に聞こえる。


「ならば、わしもそうだろう」

チュルパンは胸を張って宣言していた。


それ以外はだれも発言しない。

沈黙が今のこの人たちの状態を雄弁に物語っていた。


「まあ、すぐに結論を出さなくてもいいでしょう。皆、混乱していたのだしね。当分はメルツ王国も手を出さないでしょう。十分考えればいいと思います」

オリヴィエはそう言って、会議を終えようとしていた。

その言葉に、全員が賛同したかのようだった。


皆それぞれに揺れている。

リナルドだって、そうだったのだ。

気持ちいい解散ではない。

しかし、誰もこれ以上話し合う気はなさそうだった。


しかし、その時突然、一人の兵士が飛び込んできた。

切羽詰まった表情が、事の重大さを物語っている。


「避難民の一部が、こちらに舞い戻ってきました。どうやら王都の門は閉ざされたようです」


「なんてこった……」

いろんな感情が渦巻いて、思わず気持ちが口から出てしまっていた。



状況が状況なだけに、会議を延長して、王都での様子を確認することになった。


避難民の話によると、国王は門を閉ざし、王都は開門することはなかったようだ。

避難した民衆の半分はジュアン王国とアウグスト王国へと逃れたが、あとの半分は王都の外にとどまっていた。

しかし、季節は野外での生活を厳しく制限するものへと移り変わりを見せていた。

行くあてのない民衆は、元いた自分たちの住処ではなく、ローランを頼ってここまで来たようだった。


彼らはローランの保護を求めていた。

切羽詰まった民衆は、まず食料を求めていた。

そして、安心して住める場所を求めていた。

そして何よりも、生きていけるという保障を求めていた。


本当に勝手なもんだ。

自ら何をするわけでもなく、ただ要求する。

英雄マルスが絶望した民衆がそこにいた。


しかし、ここにいたのでは、戦渦に巻き込まれる可能性があった。

それはオヤジが望んでいない。

何となく、オヤジは民衆がそうならないようにしたかったに違いない。


そして、この場に留まられると困ること。

それほど多くない軍の食糧が、一気に枯渇することになる。


民を避難させなくてはならない。

方向性は、自ずとそう決まっていた。


しかし、避難させるにしても、当面の問題はやはり食料だ。

この近辺は避難させていたので、食料と共に避難している。

狩をするにしても、人数が多すぎた。

どうするか……。

真剣に悩んでも、いっこうに問題は解決しそうにない。

困った俺は、いったん会議の行方を見守ることにした。

何かいい策が出るかもしれない。


しかし彼らの問題は、食料もそうだが、誰がどこにということだった。


メルツ王国からの侵攻は当分ないと考えられるので、誰が行っても問題はない。

それは、この中で唯一の部外者である俺だから言えるのだろう。

しかし、この人たちは違う……。


ローランと共に歩み続けようとする人たち。

ローランといったん距離を置こうと考える人たち。


大きく分けると、こうゆうグループにわかれるようだった。

そんな時に届いたこの知らせは、距離を置きたい者たちにとって、まさに天佑に違いないだろう。


戦線離脱。


それは離脱するものと残るもの、双方に禍根を残す。

しかし、それが残るものにとっても意味のあるものであれば、何の問題もない。


ただ、それが言い出しにくい。


最初に言ったものが、一番距離を置きたいと宣言しているに等しいからだろう。

言いたいけど、一番先には言えない。

そんなもどかしい雰囲気に包まれていた時、突如その知らせは舞い降りてきた。


炎の翼を優雅に広げ、威厳ある面持ちでゆっくりと着地している。

翼をたたんでもなお、その姿は神々しく、圧倒的な存在感を放っていた。


「火の鳥だ」

最初に反応したのはローランだった。


会議の間、一言も発しなかったその口は、興味のなさを物語り、火の鳥だと叫んだその口は、その興味の強さを物語っていた。

まさに、少年の瞳というのが正しいだろう。

ローランの瞳はフレイをとらえて離さなかった。


「やあ、アポロン。伝言だよ。旧ノイン伯爵領が正式にノイモーント伯爵領に決定したよ。いまなら家と食事と仕事があるので、人を集めてほしいんだって。じゃあ、伝えたよ」

よく見る小鳥サイズではなく、人の大きさに近い姿のフレイは、かろうじて元の荘厳な雰囲気を保てるサイズだと言えるのだろう。


ただ、俺にとって見慣れないその姿は、違和感の対象でしかない。

しかし、フェニックスの威厳は俺以外には、しっかりと伝わっていた。


「フェニックス……。初めて見た」

リナルドは絶句していた。

その声が持つ意味を悟った周囲の人間は畏怖と敬意をもってその姿を眺めている。

普段見る小鳥サイズのフレイの扱いを知っているだけに、尊敬を集めるフレイの姿が少しおかしかった。


「ああ、ちょうどこっちもそういう人がいたところだよ。連れて行くけど、食料が心もとない。なにか聞いていないか?」

このタイミングで出てきた以上、こっちの状況はよくわかっているはずだ。

そして準備も整えてあるはず。


「都市プレーラに集めているから、そこに取りに来てほしいんだって」

やはり何でもお見通しだった。

俺が困っているときはちゃんとオヤジは助けてくれる。


「じゃあ、アポロン。頑張って」

フレイはそれだけ言うと、その姿を消していた。

よくよく考えれば、フェニックスにお使いとか、普通なら考えられない行為だろう。


精霊魔術師であるリナルドの感動の様子を見れば、それがよく理解できた。


「というわけで、俺のオヤジが何とかしてくれるから、プレーラまで行って、食料確保したうえで、今後の話をするか? ともかくプレーラまで行かないと始まらないだろう」

当然のごとく、話を進めていたが、どの顔も事態を理解していないようだった。

オリヴィエでさえそんな顔をしている。

他の人は仕方がないだろう。


「ちょっとまて、話が突然すぎるんだが? そもそもさっきの炎をまとった鳥は、一体なんなのだ。フェニックスだというが、本当か? 君とはどういう関係だ?」

さすがのオリヴィエも、出来事が大きすぎて理解しきれていないようだった。


それもそうか、俺にとって当たり前でも、彼らにとっては不思議なことだ。

まして、めったに姿を現さない伝説の上位精霊であるフェニックス。

その姿を可視化できる状態で見ることなんて、ありえない幸運だと言える。

そんな存在が、単なる伝言でやってきたとは信じられないのだろう。


「あの子はまあ、知り合いみたいなもんだよ。とりあえず、困っている俺を助けるために出てきてくれたようだな」

オヤジは精霊王で、俺はその家族。

だから、フェニックスとも知り合い。

そんなこと、言えるはずがない。


仕方なく、かなりの部分をあいまいに答えていた。


「しかし、重要なのはそこじゃないはずだ。今はするべきことを優先したらどうだ? 今日明日攻めてこないとはいえ、明後日に来る可能性だってゼロじゃないだろ」

とにかく話を進めてごまかすしかない。


こんなところに避難民がいては、俺の使命が中途半端に終わってしまう。

すでに手助けを受けている分、俺としては複雑な気分だが、手助けを拒否しても結果が伴わなければ意味がない。


まずは、結果で示さないといけない。

今はそう思える。


「そうだね。まずは、そうしたら君にその役目をお願いすることになるが、いいか?」

オリヴィエはそう俺に確認してきた。


「もちろんだ」

むしろ俺が行かないと、意味がない。

求めている食料がそこにある。

求めている住居が向こうにある。

目的を示すことで、人は動きやすくなるはずだ。


今度こそ、俺の言葉で説得するチャンスだ。

ローランに言われたからじゃない。

自分たちで考えた結果としておきたい。

たとえ彼らが、俺の背後にローランを見ていたとしても……。



「それには俺も同行しよう」

オルランドが静かにつげていた。


ふと見ると、オリヴィエは黙って目を閉じている。

この二人は、互いにお互いの役割をしっかりと把握している。

たぶん、オリヴィエはこの行動を予想していただろう。


一瞬沈黙が訪れていた。

そして、その場の雰囲気は激変していた。

堰を切ったように、意見があふれ出していた。


「じゃあ、おいらが一足先に見てくるよ」

アストルフォが情報を求めて飛び出していった。


「僕が護衛を引き受けるよ」

リチャルデットは護衛を引き受けていた。


「しょうがない、リチャルデットだけじゃ心配だ。俺も護衛するぜ」

ワルターはそれに便乗していた。


「避難している人たちのけがはお任せください」

ボルドウィナは、自らの役割を宣言していた。


「ボルドウィナだけじゃ心配だし。私も行くわ」

アヴィナはおとなしく手伝うことを告げていた。


「拙者も行こう」

ベンリンゲリに至っては、もはや理由すらなかった。


それまで言えなかった意見。

オルランドの発言を皮切りに、自分の気持ちを告げていた。


俺と共に難民を保護する役目を担う宣言をしたのは、すべてローランとの関係を一度見直したい者たちだろう。

名乗りを上げた者たちは、全員ローランを見てはいなかった。


人は自分を正当化する理由を求める。

そして、その事さえも他人と比較する。

五十歩百歩というものだと、オヤジの知識が告げてきた。


オルランドはたぶん、そうするためにあえて自分が行くと宣言したのだろう。

この場合、最初に宣言したものが、一番距離を置きたいと考えていると評価される。

まさしく、汚れ役だ。


しかし、その行為を賞賛するに値するものだ。

それは、仲間のことを思うからできることだ。

自分の本心は別にあり、他人にどう思われることの気にしない。

それは、信頼すべき仲間がいるからできることだろう。


改めて、オルランドという聖騎士パラディンのすごさを垣間見た気がした。


聖騎士パラディンのオルランド

戦士のリッチャルデット

暗殺者のアストルフォ

戦士のワルター

司祭のボルドウィナ

古代語魔術師のアヴィナ

魔法剣士のベンリンゲリ

この七人が、民衆の護衛をすることに決まる。



古代語魔術師のオリヴィエと司祭チュルパン、精霊魔術師リナルド、偵察兵のアヴィリオ、修道士モンクのサンソネットが砦に残ることになった。


実に半分の人間が、ローランとの関係に何らかの疑問を持ったようだった。

それでも、正直感心する。


自分の気持ちが作られたものかもしれないという疑念のなかで、半分の人間が、自分の答えに満足して、ローランと残ることを選択していた。

そして俺と来ることを選択した者も、まだローランに対して信頼は寄せているようだった。

でなければ、躊躇せず参加を表明するか、もはやこの場からいないはずだ。


こころの距離は、それぞれ違いを見せているが、そのつながりは切れていない。


俺のどこかに、彼らに対して、期待する何かがあったからだろう。

この試練、仲間との絆を試されている。

誰にとは言わないが、あえて言うと自分たちにというところかもしれない。


オヤジの行為はきっかけに過ぎない。

そう考えていると、オリヴィエは会議を終わらせていた。


「じゃあ、ローラン、民衆への呼びかけをよろしく」

オリヴィエの依頼を快く引き受けたローランは、リナルドと共に部屋を出て行った。

本当はそれを俺がしたかったが、オリヴィエの瞳が俺の退出を許してくれそうになかった。


それぞれ部屋を後にしていく中、俺とオリヴィエとオルランドだけが残っていた。


「あなたには損な役回りをお願いしてばかりですね。あの子たちのことをお願いします」

オリヴィエはそうオルランドに告げていた。


「なに、それぞれ役割がある。お前はお前の仕事をしろ、俺は俺の役割を演じる」

オルランドは静かに答えていた。


オリヴィエは黙って頷くと、今度は俺に質問を投げてきた。


「君の保護者は何をみている?」

彼らしからぬその質問は、俺を困惑の淵へと誘っていた。


アポロンはいったんアプリル王国から離れることになります。

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