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ブロッケンの戦い(第2次アプリル王国防衛戦)

メルツ王国とアプリル王国はブロッケン平野を流れるハルツ川を国境にしていました。

このブロッケン平野での防衛線です。

「いやいや、これは壮観だわ」

俺は思わず感想を漏らしていた。

ローランが拠点とするこの国境の砦から、まさにブロッケン平野が一望できた。

俺たちは、その砦の中でも一番高い、物見の塔に上がっていた。


眼前の平野を流れるハルツ川。

その国境川に架かる橋を渡って、アプリル領に侵攻したメルツ王国・イングラム帝国混成軍は川を背にした形で布陣し終わっていた。


「イエス・マスター。百台余りの魔導機甲部隊です。ハルツ川を渡って横一列に展開中です」

ダプネは砦からの風景と遠見の魔法を併用して敵陣を観察していた。


「いわゆる横陣だな。敵も本気ということか」

攻め手なのに背水の陣というのはどうかと思うが、相手も必死なのかもしれない。


それにしても、さっきから静かだ。

気になって横を見ると、ヒアキントスは静かにやる気をみなぎらせていた。


ごめん、ヒアキントス。

基本的に、俺たちの出番はないんだよ……。

気の毒だが仕方がない。

俺は静かにしてくれているので、そのまま放置しておくことにした。


「それで、例のものはお返し済みか?」

ダプネはその点をわきまえている。

自分のすべきことは監視と観察。

俺の後ろで、遠見の魔法を駆使して、いろんなところを探っていた。


「イエス・マスター。予想通りの位置に本陣設置していますね。逃げるのが好きなものは、やはり逃げやすいように、橋近くに陣を構えます」

ダプネは予想通りの展開に顔をほころばしていた。


「うれしそうだな」

そう言いながらも、ヒアキントスは自分の闘志を抑えるのに必死のようだった。


「ぷぷ、お馬鹿なヒアキントス。まだまだ楽しみはこれからです。ほら、火の手が上がりましたよ。ああ、慌てています」

ダプネは楽しそうだった。

敵陣中央に爆発が起こり、敵中央の本陣らしき陣幕からは、火の手が上がっていた。


この砦に設置されていたブービートラップは爆発、発火のものが多数仕掛けられていた。

この砦が最前線の司令部になることは、ここを占拠した時点で分かっていたのだろう。

今も敵陣が手に取るようにわかる。


ローランとの交渉後、俺たちはそのトラップの存在をオリヴィエに話し、総出でくまなく探しまわって、そのすべてを見つけてもらっていた。

特に食料庫には多数設置されており、ここの重要性は敵もよくわかっているようだった。

しかも、爆破も混じっていたことから、この戦いのあとは、廃棄するつもりだったのだろう。

メルツ王国軍の自信といったところか……。


「初手はこっちのペースだな」

敵がその罠を利用して、先制攻撃をかけることは必然。

ならば逆に利用して、その出鼻をくじく作戦。

見事に成功していた。

有能な司令官であれば、罠の逆転利用の可能性を否定するため、一気にけしかけることはしないだろう。

様子見てからで、罠の特性上問題ないはずだ。


しかし、今は設置したものすべてを発動させたようだった。


魔導機甲部隊には影響はなかったが、メルツ王国騎士団はそれなりのダメージを負っている。


「戦う前から怪我してたら、なんだかやるせない気分だろうな……」

指揮官の無能に巻き添えを食らった者たちに、少しだけ憐憫の情を覚えていた。


「さあ、これからだ。まずはこの戦いに勝利しておかねば」

オヤジから託されているこの戦い。

無様な姿を見せるわけにはいかない。

この戦いに勝利して、何としても、メルツ国王、暴君ベルセルクを引きずり出さなければならない。

早々に引きずり出すためには、この戦いでの圧倒的勝利が必要だった。


味方はローランとその仲間十二人。義勇兵五百人と少数だ。


相手は魔導機甲部隊百台に騎士千人、歩兵二千人

この圧倒的不利を覆す作戦を、俺はオヤジから授かっている。

気が付くと、隣にオリヴィエがやってきていた。


「あなたの言うとおりになりましたね。あの布陣、まさにあの作戦、うまくいきそうですね」

後ろからやってきたオリヴィエは、満足そうに敵陣の混乱を観察していた。


「まあ、信じてもらって助かるけど、作戦自体は間違いない。ここにいなくても、ここの状況を誰よりも理解している人の作戦だ」

しっかり観測しているには違いないが、たぶんそれはベリンダだろう。



「戦況というのは、刻一刻と変わるものですが……」

俺の答えに、オリヴィエは納得がいかないようだった。


「選択肢の問題だよ。その刻一刻と変化するものに対応するように、俺はここにいる。その人の言葉を借りれば、人、とくに指示する人を知ること。そしてお膳立てをすること。そうすれば、限定的な未来予知が可能らしい」

いつになく饒舌になっている……。

こんな自分がいるとは驚きだった。


「なるほど、紅茶を飲むのに、必ず砂糖を入れる人なら、その砂糖を隠しておけば、必ず探すと。人の心理と状況から、その人の行動を予測するということですね。すばらしい」

さすがはオリヴィエだ。理解が早くて助かる。


「それでは、作戦第二弾を発動させてくるよ」

オリヴィエはそう言うと、俺の隣にいたローランに作戦開始を伝えていた。


「よろしくね」

さっきから一言も発しなかったローランは、さすがに短くそう答えていた。

その目は最初からずっと、魔導機甲部隊にくぎ付けだった。


自然とオリヴィエと目があった。

何を言いたいのかわかるが、今はそっとしておいてくれ。

オリヴィエは小さく笑うと、自分の役割を全うするために物見の塔を下りて行った。


俺の近くにいるとき、ローランはただの子供だった。

俺は指輪の力を常時発動することで、ローランを魔剣の影響から解放していた。

俺のそばにいる時だけだが……。


しかし、今まで魔剣がうるさかったのだろう。

最初は戸惑っていたローランは、俺のそばにいることが多くなっていた。


「ねえ、アポロン。今からあの戦車をやっつけるんだよね。僕、ここで見てていいんだよね」

ローランは目を輝かせていた。


「ああ、一番の特等席だろ? とびっきりのショーを見せてやるよ」

今回はローランに出番はない。

ローランなしで勝つことが必要だ。

そのために、ローランと約束をしていた。


ここで一番いい見世物を見せてやると。


「わかった。じゃあ、今日はおとなしくしておくよ、魔剣も今日は文句言わないだろうし」

ローランもそう約束していた。


魔剣ソウルプロフィティアは魂を狩る魔剣。

戦場において、その効果はいかんなく発揮される。

自身が狩るだけでなく、戦場にいるだけで見境なく魂を喰らっていく。

だから、魔剣もおとなしくしているようだった。


ローランが出るまでもなく勝利する。

この事実をメルツ国王ベルセルクや皇帝ジークフリードがどう受け止めるか。

そして、オヤジのいう黒幕にこそ、それが伝わる必要がある。


「よし、じゃあ、始めるか」

オリヴィエが配置についたことを確認し、ダプネに合図してから、勢いよく砦から飛び立った。



未だ混乱のさなかにあるメルツ王国軍に向かって、俺は拡声の魔法(メガホン)で宣言していた。


「醜悪にして、恥知らずな暴君ベルセルク王とその配下の諸君。私はアポロン。君たちに人の道を教える者だ。しかし、その前に一度だけ忠告しておこう。引きたまえ。そうすれば、全滅は避けられる」

両陣営が俺に注目している。


いきなり両軍の中央付近の空に、そんな人物が現れたら、普通見るよな。


「再度いう。今引けば、全滅だけは避けられる。しかし、恥知らずなメルツ王国の人たちよ。君たちの王に暴君を戴く限り、いずれ君たちも同じ運命をたどる。すなわち、死だ。その無粋な鉄の塊をもってしても、我らの意志はおれることはない」

混乱していたメルツ王国に収束の兆しが訪れていた。

今回に関しては、混乱から完全に立ち直ってもらわないと困る。


足並みそろって一斉に攻勢に出てもらうことが、最も良い結果を生む。

だから、挑発の言葉を繰り返す。


「司令官に告げる。貴様らの卑劣な置き土産に、そうやすやすと引っ掛かる我々と思わないことだ。無様に敗退した先の司令官の二の舞を踏みたくなければ、正々堂々とかかってこい。我々は逃げも隠れもしない」

眼下で騒いでいる奴が見えた。


魔術師の攻撃や飛び道具による攻撃が、俺に向けて放たれているが、それに当たることはなかった。


俺は物見の塔の前で浮いているだけだ。

今攻撃を受けていたのは、ダプネの魔法で俺の姿を投影しているだけに過ぎない。


「忠告したぞ。しかし、君たちがそれを望まないことも分かった。さあ、かかってくるがいい。そんな鉄の塊に何ができるかしらないが、早くかかって……」

俺の言葉はそこで中断された。


投影された俺の姿は、戦車の一撃を受けて、氷の破片を飛び散らせながら消えていった。


「ダプネ、どうだ? 今の攻撃で大体わかったかい?」

すかさずダプネを振り返る。


「イエス・マスター。飛距離、命中精度ともに予想の範囲内です」

満足のいく答えをうけ、もう一度、俺の姿を予備の氷に投影させる。


「おいおい、人が話しているときに打つんじゃないよ。卑怯者め。そんなだから、お前の弟は負けたんだよ」

高笑いをして挑発を繰り返した。


そして、その氷も木端微塵に吹き飛んでいた。

それが合図だったように、戦車が前進をし始めていた。


「よし、これでいいだろう」

戦車隊が前進を始めたことで、初手の完了を確認した。

あとは、待つだけだ。


自分に絶対の自信がある時。

冷静な判断が出来ない時。

怒りに我を忘れている時。


こういったものが重なると、人間の視野は極めて狭くなる。

むしろ、見えるものも見えなくなると言った方がいいのか。


戦術において、挑発行為はこちらに罠があることの証明でしかない。

冷静に考えると、そう考えるだろう。

しかし、そこに怒りを注ぐことにより、見えなくなる。


「ボス。俺の出番はまだ? ちょっと行って来れば、あんなのすぐ溶かしちゃうよ」

ヒアキントスはしっかり自分を抑えている。


「いや、ヒアキントス。それは分かっているが、順序が必要なんだ。まだ、おとなしくしておいてくれ」

まどろっこしいが、仕方がない。


ヒアキントスに言われるまでもなく、単純に俺の力を解放すれば、この戦線は一気に決着がつく。

ローランがいるとか、いないとかの問題じゃない。

ヒアキントスとダプネという過剰戦力を使っても、同じことだ。


だけど、それはできない。

今にも飛び出していきそうなヒアキントスを見てありがたく思う。


ヒアキントスを見ることで、俺は冷静になることができている。

俺にはオヤジの戒めがある。

修行をつけてもらった時のオヤジの言葉を思い出していた。


「アポロン。過度な力は反発を招く。魔法はそれ自体すでに過度な力なんだ。そして君が力を本気で使った場合、軍団を壊滅してしまうどころか、国を丸ごと滅ぼしかねない。そういう力の行使は恐れをまねく。排他的な人の心理は恐れを認識することから始まるんだ。それは君の存在を否定する力になるだろう。だから、君は自衛以外で力を使わないことだ」

俺の頭には、オヤジの手の感覚とその言葉が刻み込まれていた。


俺で国と言っているのだ。

オヤジなら世界を滅ぼせるのだろう。

だからめったにオヤジは力を使わない。


もともと、デルバー一門は魔法をあまり使わない人が多い。

全ての人を知っているわけじゃないが、魔道具開発を第一に考えているような人が多いのは、そういう教えがあるのかもしれないな。


特にオヤジはその傾向が強く、魔道具は人を笑顔にするための道具だと言っている。

時間がある時は、変なものを作って喜んでいた。


最近ではヘリオス温泉とかいう精霊のための温泉を作ったらしい。

以前の首飾りも、確かそんな名前のものがあったはずだと記憶が告げている。

しかし今回のものは、全くスケールが違うようだ。

ダプネもそこに招待されて、大いに喜んでいた。

氷の精霊だけど大丈夫なのだろうか?

ダプネにそう質問をして笑われたが、対照的にヒアキントスはしょげていた。


その話題は、ヒアキントスには禁忌となっていた。


オヤジは男湯を作ってないからヒアキントスはダメだと言っていた。

そして、そのうち作るから待っているようにともいっていた。


あの時のヒアキントスの泣きそうな顔は忘れられない。

そして、オヤジの困った顔も、俺の中で印象深かった。


本来精霊に性別などないはずだが……。

なぜかヒアキントスも納得していたので、そういうものなのかもしれない。


俺が余計なことを考えている間に、ヒアキントスの疼きはかなり大きくなっていた。


「ヒアキントス。ヘリオス温泉の男湯が出来たら、俺とオヤジと一緒に入ろう」

迫りくる戦車を前にして、俺は場違いな話を切り出した。

一瞬あっけにとられた様子のヒアキントス。

しかし、効果はてきめんだった。


「オッケー、ボス」

カールスマイルを決めるヒアキントスは、さっきの状態がリセットされていた。

ダプネが何か言いたげだったが、それはもう放置しておくしかない。


「さあ、ショーのはじまりだ」

残念ながら、お代は自分達の命で払ってもらおう。


これは戦争なんだ。


せめて来たのはお前たちだ。

お前たちの罪は、お前たちの命で賄ってほしい。

俺はその時を待っていた。


それは、一瞬の出来事だった。

興奮するローランとそれを見るヒアキントス。

いつしかヒアキントスの眼は、ローランの表情と戦場で繰り広げられている光景を見比べていた。



***



「なんだ!? いったいどうなっている?」

ベイリンは眼前で起きたことが信じられないという風に、周囲の者に確認していた。


ベイリンはアポロンにコケにされた腹いせに、虎の子の魔導機甲部隊百台を、一斉に前進させていた。

その射程に砦をとらえるために前進していた。

一糸乱れぬ連動。

まさに、強大な力の塊が、地響きを立てて迫る姿は、敵味方それぞれに強烈な思いを抱かせているだろう。


戦車部隊が、砦を砲撃するための攻撃地点。

そこに差し掛かろうとした矢先、それはいきなり起こっていた。


火柱の噴水。


そう表現した方がいいのだろう。

戦車部隊の真下から突如それは立ち上り、戦車部隊は爆発に巻き込まれていた。

無数の火柱はまだ無事だった戦車部隊の車両を巻き込み、次々とその牙を向けていく。


誘爆と爆発を繰り返し、ついには巨大な炎の壁になっていた。


爆音と悲鳴


あたりにこだましたそれは、メルツ王国軍を恐慌に駆り立てていた。


「全滅だと? 百台の魔導機甲部隊が一瞬で?」

ベイリンは衝撃の報告を聞き、膝から崩れ落ちていた。


両手は力のいれ方を忘れたように、彼の胸の前で小刻みに震えている。


「申し上げます。炎の壁がそのままこちらに向かってきております」

その知らせを聞いてなお、ベイリンは立ち上がれずにいた。

ベイリンはただ、自分の手を眺めていただけだった。


「百台だぞ……」

それがベイリンの最後の言葉になっていた。



***



「私は悪夢を見ているのだろうか……」

オリヴィエは目の前に広がる惨劇をただ茫然と見ているだけだった。


「アポロンからはうち漏れた敵がいた場合、それをたたいてほしいと言われていたが、そんな必要あるはずがないじゃないか……」

炎の壁を目にして、呆然と呟いている。


「この熱気だぞ、ここでこうなのだ、向こうは人が生きる世界じゃない……」

誰に言うわけでもなく、オリヴィエはつぶやいている。


「これは、人のつくりしものではないな」

隣にやってきたオルランドがオリヴィエの呟きに答えていた。

その顔は驚きというよりも畏怖に近いものだった。


「そうだな……」

オリヴィエはそう告げるのが精一杯のようだった。


炎の壁は、戦車部隊を焼き尽くし、その矛先を本陣に向けていた。

次々と炎の壁をつくりながら、一直線に本陣めがけて突き進んでいく。


「作戦にはないことだが……」

呆然としていても、オリヴィエの中の冷静な部分が残っているのだろう。

その違和感を口にしていた。


本陣を焼き尽くした直後、巨大な氷の塊が本陣に落とされていた。


一瞬の爆発で、周囲は蒸気の雲に覆われていた。

さっきまで世界を作っていた赤い熱気を帯びた世界は、一瞬にして白い熱気を帯びた世界となっていた。

そして流れる風が、その世界を徐々にもとある世界に戻していた。


静寂


そこには生きる者のいない世界があった。

川を渡っていたメルツ王国軍は全滅していた。

わずかに残っていたのは、橋の向こう側の後詰の一団のみ。

その一団は、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていた。


「とりあえず戻ろう。後のことはそれからだ」

オルランドはそう告げて、砦に向かって歩いていた。


「ああ」

オリヴィエは力なくそう返事したが、惨劇のあとをいつまでも見続けていた。



***



「なにあれ、すごい。すごい」

こんな興奮したのは久しぶりだと思う。


僕が知っているテレビのヒーローが使う爆発は、せいぜいバーンといったものだった。

この世界の魔法の爆発とは違う。


だから、地雷というのはそういうものだと思っていた。


ヒーローの攻撃で爆発する地面。

それに吹き飛ぶ怪人の手下たち。

アポロンが見てくれるのは、そう言うものだと思っていた。

しかし、遠くに見えるそれは全く違っていた。


最初は一台の戦車がその爆発で空に浮いていた。

文字通り、戦車が吹き飛んでいた。


怪人の手下たちのように。

軽々と持ち上げられ、地面にたたきつけられていた。


しかし、これはそんなことでは終わらなかった。

あちらこちらでそれは繰り返し行われ、しかもその後に炎の柱を形作っていた。


爆発と炎の噴水


思わずその光景に拍手を送っていた。


まさしく戦隊ショーだ。

吹き飛び舞い上がる戦車と燃え上がる戦車。

爆音と爆発は遠くの世界の出来事だった。

やがて炎は意志をもって敵本陣めがけて走って行く。


そう、文字通り走って行くようだった。

炎がかけたその後に、同じ炎の柱が立ち上っていた。

やがて炎はあたりを焼き尽くしていた。


眼下に広がるその光景は、赤く世界をいろどり、空を黒く染めていた。


本陣を焼き尽くした後、その上に巨大な氷が出現していた。

氷の城ともいえる大きさに、僕の心は再び歓喜した。


それは一瞬で本陣に突き刺さり、その瞬間、世界は白く塗り替えられていた。


「すごい。すごい。すごーい!」

こんなショーがこの世界で見られるなんて思いもよらなかった。

アポロンはうそをつかなかった。


「やっぱりアポロンの言うことが正しいんだ」

拍手をしながら、目の前のアポロンに賞賛をおくっていた。



***



「おいおいヒアキントス。それはやりすぎだ」

俺は思わずうなってしまった。


「確かに許可したけど、それは暴走だろ……」

許可した過去の自分を責めたい気分だ。


「マスターは悪くないです。すべてはあのおバカがしたことです。ただ、あの命令には無理があります。あのおバカには理解しきれないでしょう。おバカにはおバカにわかるように指示を出して言わないといけません。なにせ、あれはおバカですから」

そう何回もバカバカ言わなくてもいいじゃないか?

何か俺が言われている気分になってきた。


でも、いったい何がいけなかったのだろう……。

ダプネに言われたわけじゃないけど、俺自身の指示がまずかったのだろう。

ヒアキントスとの会話で、何がいけなかったのか……。

その記憶を振り返ってみた。


ヒアキントスは戦車隊が炎で焼かれている姿を見て、またもじっとしていられないようだった。

「ボス。俺もいっしょに暴れてきていいですか?」

目をキラキラと輝かせ、尻尾が生えていたら、ブンブンと振り回していそうな様子。

つい、かわいいもんだと思ってしまった。

炎の精霊だから、炎の饗宴に心が躍ったのだろう。


「わかった、ヒアキントス。おもいっきり楽しんでおいで。戦車は消し炭にしてもいいけど、人にはちゃんと加減しろよ」

たしか、俺はこういったはずだ。

ちゃんと最後まで聞いた後、ヒアキントスは人化を解いて飛んで行った。


「なあ、ダプネ。あれって一応加減したのかな?」

ダプネの映像に映し出された、日焼けした程度の人をみてそう尋ねていた。

あれだけの炎に焼かれていても、人はいっさい炭化していなかった。


「イエス・マスター。消し炭と比較して考えると、あれでちょうどの加減だと思われます。ただ、人は脆弱ですので、皮膚表面でコントロールしてあのような色に仕上げても、周囲の高温で気道をやられてしまっては生きていられないでしょう。そもそも、呼吸できなかったかもしれません。おそらくは、一瞬で死ぬよりも苦しい死に方だったと思います。消し炭の方があの者たちにとっては楽だったかと思います」

ダプネは無表情にそう告げていた。


「ごめん、ダプネ。ヒアキントスを無理やりでもいいから連れ戻してくれないかい……」

俺は力なくそう頼んでいた。


もう十分だろう。

攻めてまだ生き残っている人たちは、そのまま帰してあげたかった。


「イエス・マスター」

ダプネは即答していた。


人化を解いたダプネは、一瞬で本陣にたどり着いていた。


ヒアキントスに何かを告げているダプネ。

そもそも聞こえてなさそうなヒアキントス。


その態度がダプネの怒りに火をつけたのだろうか?

まだ楽しそうに中で暴れていたヒアキントスに向けて、巨大な氷をぶつけていた。


「君もなのか……。ダプネ……」

水蒸気爆発を起こし、あたりは白い蒸気の世界になっていた。


その中から、ヒアキントスの耳を引っ張りこちらに来るダプネを、俺はただ眺めていた。

もうああなったら、生きている人間なんていないだろう。


「ちゃんと細かく指示を出そう」

俺はそう心に誓っていた。


ヒアキントスはすでにダプネに相当言われていたようで、力なく俺を見ていた。

その姿はいたずらをして怒られた子犬のようだ。


全く仕方がないやつだ。

ついそう思ってしまい、それ以上注意はできなかった。


とりあえず戻ろう。

すでにサイは投げられている。


若干のアクシデントはあったものの、当初の目的は達成していた。

実に六倍の兵力差、魔導機甲部隊を入れるとそれ以上になるだろう。

しかも、こちらの死傷者は皆無だ。


圧倒的不利をひっくり返したローランの部隊は、大いに士気が上がる。……はずだ。



静まり返った砦の内部に入り、会議に使う部屋で、今回の報告をしていた。

ローランは始終上機嫌で、俺の報告を聞いていた。


「なあ、あそこまでやる必要があったのか……?」

ワルターの声は、若干非難めいたものだった。

その気持ちは痛いほどよくわかる。

気が付くと、ほぼすべての人がその意見に同意しているようだった。

そして砦の中の全員が、おそらくはその気持ちだろう。


過度な力は反発を招く。

オヤジの戒めの言葉が胸に深く突き刺さる。


正直に答えるべきか……。

俺自身はあそこまでする必要はないと考えていた。

ヒアキントスの暴走とダプネのとどめは、いわば偶然起きたことだ。

想定外だったと答えるべきか。

それとも、必要があったと答えるべきか……。



「僕が頼んだ」

意外な人物が、答えに窮した俺の代わりに発言していた。


守るローラン側は、死傷者ゼロに対して、侵略部隊は壊滅的な被害を出しました。しかし、勝ちすぎた痛みは勝者にも傷を負わせていたようです。

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