水魚の交わり(イエール共和国)
少し時間を巻き戻しています。
三顧の礼のあとの話となります。
イエール共和国での話になります。話が色々なところに飛んで申し訳ございません。サブタイはあくまで議長の感想?希望?です。
「楽しませていただきました。実は三国志大好きなんですよ。しかも、劉備ファンでしてね。まさか自分で、三顧の礼の実演ができるとは思ってませんでしたよ」
この小さな美少年を前にして、興奮している自分がいた。
話には聞いていたが、なんという可愛さだ。
少年と聞いていなければ、間違いなく単なる美少女だ。
しかし、少年と聞いていると、その美しさは筆舌に尽くしがたいものだ。
「いえ、一方的なご無礼をお許しください」
そして何よりそのしぐさ。
丁寧に頭を下げるたびに、顔にかかる銀色の髪をかきあげる。
そのしぐさは、まさにわしの心をくすぐっていた。
「それで、僕に用事とはいったいどのようなことなのでしょう?」
ヘリオスは小首をかしげてそう尋ねてきた。
その仕草もなかなかいい。
「お互い腹を割って話しましょう。私は異世界からやってきた。名前は今井 彦八郎、日本人です。以前は投資家で、事業もまあいろいろ手広くやっていました。ヘリオス様、あなたもそうではありませんか?」
わしの心はまさに、赤心を推して人の腹中に置くがごとしだ。
なぜか、わしは知ってほしかった。
わしという人間を。
そういう気分だった。
「申し訳ございません。残念ながら、僕は違います。父マルスはそうでしたが、僕はそうではありません」
ヘリオスは申し訳なさそうに、頭を下げていた。
たしかに、違和感があった。
わしはこれまで異世界人とは何度かあっているが、共通するのはその感覚だった。
目の前のヘリオスからはその感じはない。
「そうなのですか……。では、どうしてあの故事のことをだされたのですか?」
そこが納得いかなかった。
異世界人でもないものが、なぜ、三国志を知っている。
「それは父マルスの手記です。父は私にいろいろなものを残していきました。その膨大な知識が僕を導いてくれています。父の手記には皇帝、最初に会ったのは、皇太子の時のようですが、それからのことが危機感を持って書かれていました」
ヘリオスはその手記をわしに見せてきた。
確かにマルスはそう書き残していた。
手にとってもっと見ようと思ったが、ヘリオスはそれをすでになおしていた。
「これが、他にもあると?」
あえて確認のため、そう尋ねる。
手記にはところどころ塗りつぶされていた。
「ええ、ただし、今はありません。デルバー先生が禁書扱いにしましたから。この知識は使い方を間違えると危険というのは納得できます。けど、僕はこの世界でも使える物は使えるようにしたいと思っています。時間はかかりましたが、ようやく色々とデルバー先生も賛同していただけるようになりました。先生は父からいろいろ聞いていたようですが、僕がお願いするまでは実践しようとも思わなかったようです」
ヘリオスは自分から、わしの疑問を晴らしてくれた。
なるほどな……。
ヘリオスがすべての事に関与しているのは、そういう事か。
たしかに、あのデルバーならそう考えるだろう。
そして、その口から出た言葉は真実だろう。
その顔はうそを言う顔ではない。
自分で言うのもなんだが、わしはそれを見分けることができた。
しかし、ヘリオス自身が異世界人でないことは残念だった。
「そうでしたか……」
明らかに気落ちした声を出してしまった。
「あの、すみません。僕……。お役に立てなくて……」
あわてたようにわしを心配してくれていた。
言い知れぬ快感が、わしの全身を走り抜けた。
「いえ異世界人だとしたら、共通認識でいれるのではないかと思っただけです。主義主張はあったとしても、この世界において我々は異分子であると思いますので、何か支えあうことができたらと思っただけです。英雄マルスとはあまり面識がなかったものですから」
思わず当初の目的を口にしていた。
今は違うが……。
それは言うことをためらわれた。
「では、ほかの方とはご協力を?」
ヘリオスは少し残念そうにしていた。
その気持ちは、何を意味しているのだろう?
わしはその意味を測りかねていた。
「私も本当は父に何かしたかったんです。たぶん、父は孤独だったはずです」
何と健気な……。
わしは、その心意気に感動していた。
幼少期に愛情を注がれなくても、父親のために何かしたかった。
そして、自分がマルスを倒すことになった境遇。
まだ少年である心に、どれほど深い傷を負ったことか……。
「残念ながら、モーント辺境伯とはあまり関係がありませんでした。この地位につくまでは、自分のことで精いっぱいでしたからね。まあ、ほかの国にも異世界人がいるので、その人たちとは交流があったかもしれませんね。さっきの皇帝とか」
わしは漏らしてもよい情報、といっても知っているであろうことを話していた。
「そうでしたか……。その皇帝は、いま破竹の勢いで我が国にも迫りつつあります。僕もその脅威に立ち向かわなければならないでしょう」
ヘリオスはその小さな体いっぱいに、決意を表していた。
「具体的にはどうするのですか?」
目の前の少年は、皇帝に抗おうとしている。
しかも、あの故事を出すあたり、何らかの秘策を持っていることも期待できた。
「帝国は魔導機甲部隊なるものを開発していると父の手記には書かれていました。そして、その性能と対応方法も記されていました。それをもとに、僕はアプリル王国で工作を始めようと思っています。父の手記には地雷というもので対応するとなっていました。その構造などは不明ですが、僕なりに解釈して、地面に埋めておいて、それに接触すれば爆発する仕組みと理解しました。魔法で応用可能なので、今回はそれで対応する予定です」
ヘリオスは真剣な目でわしを見ている。
わしは正直驚きを隠しきれなかった。
マルスの手記だけで、そこまで的確に対応策を取れるものなのだろうか。
しかし、実際にそれを口にしている。
戦車には、地雷がいいだろう。
規模にもよるが、動けなくしてしまえばそれでいい。
情報では、まだ航空兵器は開発できていない。
だからこそ、地雷は守る側にとって、確実に効果を発揮するだろう。
しかし、本当に手記だけでそこにたどり着いたのか?
わしは確かめずにはいられなかった。
「ヘリオス様はほかに異世界人を知っているのですか?」
これですべてわかる。
わしの把握していない異世界人はいないはずだった。
「私は、皇帝以外は知りません。他にもいらっしゃるのでしたら、教えていただけませんか? 父と何か話しているかもしれませんので……」
ヘリオスは知らなかった。
とすれば、本当に手記だけでここまでのことができるということだ。
賢者というのも頷ける。
これはまさに諸葛亮孔明の再来かもしれない。
わしは歓喜すると同時に、その実力を試したい衝動に駆られていた。
アプリル王国の工作はほぼ終えている。
これから逆転は難しいだろう。
この瞬間にも帝国は侵攻するはずだった。
それを見事撃退できれば、ヘリオスは本物だ。
「そうですね、異世界人というのがあまり多くに知られると彼らも困るかもしれません。ただ、英雄ローランは異世界人です。そして今まさに危機に瀕していると思います。彼を助けてくださったら、他の人の情報を教えます」
わしはローランを通して、試してみることにした。
しかし、それだけではこの情報は価値がありすぎる。
何か対価となるものはないか……。
そう思うわしの前に、まさしくその笑顔があった。
「わかりました。英雄ローランを危機から救って見せますね」
自信を持ってにっこりと笑うその顔に、わしは目を奪われてしまった。
「あと、三日でいいから、わしとつきあってくれ」
思わず地が出てしまった。
ヘリオスはきょとんとした表情でわしを見ていた。
「僕はあと七日、ここにいる予定です。議長さえよろしければ、この街を案内していただけませんか?」
わしは天にも昇る思いだった。
「わかりました。案内しましょう」
さっそく帰って店を抑えなくては、この七日間は仕事もすべてキャンセルだ。
しっかり計画を立てる必要がある。
「それでは、これで失礼します。ここに迎えに来ればよろしいですかな?」
待ち合わせもいいが、最初はエスコートするのがよいだろう。
七日あるのだ。
色々その間に考えればよい。
「はい。でも僕は馬車とか苦手なので、できれば徒歩でお願したいのです。あと、記念にいろいろ店とか映像に残してもよろしいですか?」
かわいいことを言ってきた。
「店の方には許可を求めておきましょう、もちろんいいと思いますよ。まあ、あくまで個人用ですからね。文句は言いますまい」
その映像、わしの方でもヘリオスを撮ろうかと思ったが、ヘリオスには爆死がつきまとっている。
欲張ることはやめておこう。
わしが部屋を出ようとしたときに、またラモスが紅茶のおかわりをいれに来た。
ちょくちょくやってくるこの男も、やはりヘリオスの魅力に取りつかれた一人とみた。
わしはラモスに妙な親近感を覚えていることに、その時初めて気が付いた。
「また、明日来る」
ラモスの肩をたたきながら、それだけ告げおいた。
「それではヘリオス様、教えをいただきありがとうございました。またお会いできることを楽しみにしております」
見送りをする二人に告げて、ユスティとニアヌスを連れて帰る。
一刻も早く帰かえって、プランを練る必要がある。
自然とわしの足取りは軽くなっていた。
***
「議長、あんな若造、どうでもいいじゃありませんか。まさか、明日も行くんですか?」
ニアヌスはそう言って水を差してきた。
こいつは本当の馬鹿だから、わしの気分を見て察することはできないようだった。
その点ユスティはだまっている。
「ニアヌス。七日だ。わしはヘリオスと七日間行動を共にする。ユスティも心得ておけ」
強く二人に告げておく。
口をだらしなく開けたニアヌスは、まさしくバカ丸出しだった。
「議長。お戯れが過ぎますぞ」
ユスティは静かにそう告げていた。
「お前たちこそ、度が過ぎるぞ」
わしはいい加減に腹が立っていた。
せっかくのいい気分が台無しだ。
それからの七日間。
わしにとって心からの癒しの時間となっていた。
すっかり議長に気に入られたヘリオス君でした。
実はこの七日間の議長の醜態はしっかりと、記録されていきます。




