アポロンとローラン(アプリル王国)
アポロンンはローランと対話します。
「ボス、やっぱり駄目だったね」
ヒアキントスに言われるまでもない。
厳しい現実に直面し、思わず弱音を吐きそうになっていた。
どの村も説得に応じてはくれなかった。
当たり前といえば、当たり前なのかもしれない。
ヒアキントスの言葉には、ややあきらめの気持ちが入っているのだろう。
心が折れかかっていただけに、改めて言われるとさすがに落ち込む。
「ぷぷ。お馬鹿なヒアキントス。ボスはそんなの当然と思っている。ただ、ボスはローランよりも先に、自分が話している事実が必要なだけ」
ダプネがまた、ヒアキントスをからかっていた。
そうなの?
「何だってそんなことが必要なんだ?」
ヒアキントスは素直にそう尋ねていた。
ヒアキントスのいいところだ。
分からないことは、素直に聞く。
俺も見習わなくてはいけないかな……。
でも、今はその時じゃない。
ダプネの中では、俺はその意味を知っているんだ。
ちょっとダプネの中にいる俺に聞いてみたい気分だった。
「それは、その後のマスターの言葉に重みが出るからよ。英雄が説得する前に、すでに説得しているのと、英雄にただ任せているのでは、人々の印象が違う。先に言うことで、英雄と同意見になるけど、英雄に言われてしまえば、英雄の言葉に埋もれてしまって、マスターの言葉は届かなくなる」
ダプネは人差し指を立てて、ヒアキントスに講義している。
その姿は、ベリンダのようにやけに似合っていた。
でも、なるほどね。
言葉に埋もれるか……。
たしかに、オヤジと俺が同じことを言ったとしたら、その前後で受け取り方は全然違う。
先に俺が言うと、俺もオヤジと同じことが言えるのだと感心されるだろう。
でも、俺が後で言った場合、オヤジの繰り返しだと思われる。
影響力が同じならいいけど、最初から違う場合は、その順番が大きく印象として変わるんだ……。
ありがとう、ダプネの中の俺。
俺の知らない間に、立派に育っているみたいじゃないか!
「つまり、先に言うことで、マスターの言葉は英雄の言葉として伝わるのよ。彼らは勝手に英雄も同じことを言うに違いないと解釈するわ。冷静に考えられない時には、印象が大事ってわけね」
ダプネは人の印象についても説明していた。
「ひょっとして、それも、オヤジからかい?」
一応ダプネに確認してみる。
「イエス、マスター。私はいろいろ教わりました。マスターの参謀として、王より期待されていると思います」
ダプネは自らの役割についてそう考えているようだった。
鼻息荒く、胸を張っている。
「なるほどね。で、わかったかい? ヒアキントス」
ヒアキントスは腕を組みながら、一生懸命考えていた。
何か引っかかることがあるのだろうか?
「俺にはよくわからん。ボスの話をなぜ聞かないんだ」
ヒアキントスは基本的にそれが理解できていなかった。
そうか、確かにヒアキントスと俺の関係を考えると、そうなるわな。
でも、そうしたらダプネはどうなってるんだ?
「哀れなヒアキントスに、知恵を与えます」
ダプネは厳かに話し始めていた。
しかも、勝手に憐れんでいる。
ごめんな、ダプネ。
俺もどっちかというと、そっち側かもしれん……。
俺、頑張るよ。
「ヒアキントス。私とマスターがまったく反対のことを言ったとき、あなたはどちらの意見を支持する?」
ダプネ……。
そのたとえ話は、少し無理がある。
「もちろんボス」
ヒアキントスは即答していた。
そりゃそうだろう。
もし、ダプネと言われたら、俺は契約者として失格だし……。
「それはなぜ?」
それでもダプネは淡々と話しをすすめる。
いや、ダプネ……。
それは無理があるって……。
「ボスの命令に従うから」
ヒアキントスは何も考えずに答えていた。
ほら、それしかないじゃないか。
「じゃあ、明らかに私の方が正しいとしたら?」
ダプネの表情に、わずかながら笑みが見える。
きっと自分の思った通りの解答だったのだろう。
でも、ダプネ。
それ、当たり前だからね。
一応、俺は君たちの契約者だからね。
「もちろんボス。正しいとか、正しくないとかじゃなく、俺はボスに従っているから」
ヒアキントスは迷いなくそう答えていた。
当然ながら、それが精霊契約だ。
ただ、精霊は拒否もできる。
盲目的に従っているわけじゃない。
出来れば、ヒアキントスの答えが、盲目的でないことを祈る。
「それよ」
ダプネは満足そうに頷いていた。
「どれよ?」
ただ、ヒアキントスはよくわかっていなかった。
二人の間には、乾いた風が吹いていた。
いや、だからね。
ダプネ、君のたとえ話は無理があるんだよ……。
恐らくダプネは俺とオヤジでのたとえ話を聞かされたに違いない。
どっちがどっちなのかは、気になるところだが、今の俺にはどうでもいいことだ。
俺がオヤジと比較にならないことは分かっている。
だからこそ、今はダプネの評価が低くても、納得できる。
でも、ダプネの中の俺って、結構しっかり考えているよな。
ひょっとして、そんなに評価低くないのか?
「……この国において、マスターよりも英雄ローランが信頼されているってことよ」
ダプネはあきらめたのか、直球で話をしてきた。
最初からそうすればいいのに……。
「ああ、なるほど。しかし、ボスの言うことを聞かないなんて、ほんと馬鹿だな」
ヒアキントスはあきれたように、両手を頭の後ろで組んでいた。
「お馬鹿は、ヒアキントス。ともかく、マスターは深い考えで行動している」
すごいぞ、ダプネの中の俺。
やっぱり高評価だ。
でも、それはそれで困るような、困らないような……。
「ああ、なるほど。それならいいや」
ヒアキントスはすごく納得していた。
いいのか?
思わず俺は心の中でそう突っ込んでいた。
ダプネの顔も同じようなものだった。
でも、ヒアキントスがいいなら、いいか。
俺とダプネはたぶん同じ結論に達したのだろう。
お互いに顔を見合わせ頷いていた。
「じゃあ、そろそろローランに会うとしよう」
予定通り、俺たちはそのまま街道を国境に向かって歩いていく。
どうやって会うかは決めてない。
たぶん、向こうは警戒しているだろうから、自然と会えるだろう。
***
「……。囲まれたな」
見えないけれど、あたりを見回す。
声に出して言ったものの、二人に告げたわけじゃない。
二人はとっくに気が付いている。
あえて声に出したのは、相手に聞こえるようにするためだった。
案の定、それに反応するかのように、誰何の声が上がっていた。
「怪しいものじゃありませんよ」
姿を現さない集団に対して、俺はそう告げておく。
この情勢で、国境、特にアプリルとメルツの国境に行くのに、普通の人間の訳はない。
だから、怪しくないと答えたのだが、それは相手には伝わらなかった。
「怪しい奴らめ」
予想通りの声が返ってきた。
姿を見られたわけでもないのに、気づかれたという時点で、十分警戒対象なのはわかる。
でも、怪しいか、怪しくないかの問答をしているつもりはなかった。
これまでのやり取りで、この場に判断できそうな人間が来ていないことは十分理解できた。
そうなると、それを考えることのできる人間に登場してもらうしかない。
仕方がないけど、余計混乱する言葉を投げかけてみる。
「俺は、アウグスト王国からやってきたアポロンだ。英雄ローランに会いに来た」
さて、どうする?
奴らは判断に迷うはず。
そして判断できる人間をここに連れてくるはずだ。
できればヒアキントスが暴れる前に、来てほしい。
そう思ってヒアキントスを見てみると、意外に冷静に観察していた。
しかし時間がたつにつれ、だんだん退屈そうにしだした。
「ヒアキントス、暇そうだな……」
ヒアキントスが何を考えているのか知りたい。
この炎の精霊は、戦いに情熱を燃やすタイプだ。
この囲まれた状況で、ヒアキントスは何を思う?
「ボス、ここいらで強そうなのはいないな」
ヒアキントスは自分の力をよくわかっているみたいだった。
要するに、雑魚には用がない。
そういう事だった。
一方のダプネは、冷静に成り行きを見守っている。
俺の参謀を名乗っているのだ。
状況を細かく見ているに違いない。
そう思ったのは、俺の勘違いだった。
ダプネはダプネであくびをしている。
普段からあまり表情を表に出さないからわかりにくい。
ヒアキントスをからかっている時と、オヤジの前にいる時だけが、俺にもわかるダプネの表情だ。
そんなことをのんびりと考えるほど、俺たちは落ち着いて成り行きを見守っていた。
周囲の喧騒とはえらい違いだろう。
かなりの時間がたった後、見るからにえらそうなのが一人前に出てきた。
「オリヴィエ様がお会いになるそうだ」
たいそう物々しく、俺にそう告げてきた。
この中で一番偉いのだろう。
これを虎の威を借る狐というのか。
瞬時にオヤジの知識を引き出すことに成功した。
「十二人の仲間の一人、参謀的な存在……。マスターはご存知でしたか。さすがです」
ほくそ笑む俺に、ダプネがそっと耳打ちしてきた。
「わかった。案内を頼む」
違う意味で笑ってたんだけど……。
まあいいや。
また、ダプネの中の俺は、一つ階段を上ったようだった。
*
周囲の奴らは、俺たちを遠巻きに囲んだ状態を維持しながら、俺たちの移動に合わせて移動していた。
それにしても、かなりの時間歩かされている。
この俺に対して、方向を迷わせようとしても無駄なのだけどな……。
まあ、言うとややこしいからそのままにしておこう。
それからもずいぶん歩かされていた。
たどり着いた場所は、意外にも拠点などではなく、陣幕に覆われたところだった。
それなりに警戒はしているといったところか……。
場所にしても、たぶん直線的に歩いていたら、三分の一くらいの時間でついているはずだ。
陣幕の間を通りながら、どんどん真ん中の方に案内されていく。
そして、二人の衛兵が守る場所にやってきた。
「武器を預からせていただきます」
そこを守る衛兵の一人が、俺たちにそう告げていた。
「馬鹿なことは言わない。私たちの武器を取り上げて、あなたは私たちの安全を保障できるの? 敵国でもない私たちに対して、それは失礼とおもうけど? 私たちが何をしに来たのかも聞きもしないでとる対応とは思えないですね」
ダプネが凄みをきかせて衛兵をにらみつけていた。
男にとって、美人のにらみは心理的にダメージが大きいと、オヤジの知識が伝えてくる。
案の定、答えに窮した衛兵は、声にならない悲鳴をあげていた。
「これはとんだご無礼をいたしました。彼らは役目上そう教えられているだけですので、決して他意はございません。さあ、こちらにどうぞ」
陣幕の内側から出てきたのは、魔術師だった。
かなり知的な雰囲気を持っている。
やっとまともに話の出来そうなのがでてきた。
間違いなく、彼がオリヴィエだろう。
陣幕内に通されて、用意された席に誘われるまま座る。
特に警戒しているわけではないことを示すためだが、警戒してもしなくても、この二人がいる限り俺の無事は保障されている。
「お初にお目にかかります。私はオリヴィエといいます。英雄ローランの仲間で、この軍の参謀的な役目を担っております。先ほどからの無礼の数々、このオリヴィエ、深く謝罪いたします」
オリヴィエは丁寧に頭を下げていた。
「戦時下にあっては仕方がないと思います。こちらも仲間が言い過ぎたかもしれません」
言い過ぎたと謝っておくが、ダプネの行動に非はない。
ただ、儀礼的なものだとしても、謝っておく必要があるから、そうしただけだ。
相手の気分を害したのでは、交渉はまとまらない。
交渉は、何となくそう言う雰囲気作りから始めるものらしい。
「それで、アウグストの方が、ローランに会いに来られたとのことですが……。こんな時期にいったいどうしたのでしょうか」
さっそくオリヴィエは俺の言ったことを確認してきた。
油断なく見つめる瞳は、俺の話から何かを得ようとしているのは間違いない。
中央騎士団の撤退が撤退したということは、国王はローランを全面支援してないのだろう。
「ああ、どうしてもローランに伝えなければならないことがあってね。君たちが勝利するために必要なことだ。なに、こちらとしても打算で動いている。君たちに頑張ってもらわないと我々の国も平和を享受できないからね」
こういう相手には、お互いの利害をしっかりと示した方がいいらしい。
情に訴えては駄目だ。
理念を説いてもいけない。
こちらとしてのメリットを、相手に見える形で提示する。
その上で交渉のテーブルを用意することで、相手は勝手に解釈を始めていくだろう。
「自国の王に疑われても、他国の人にはあてにされるというわけか、皮肉なものです」
しばらく考えたのち、オリヴィエはため息をつきながらそう漏らしていた。
思っていた以上に、状況はわるいと言うことだ。
「具体的なお話を聞かせてもらってもいいですか?」
そして、確実に興味を持ってきている。
援軍か何かを期待しているのかもしれない。
いずれにせよ、興味を持たせた時点で、俺の交渉第一段階は成功したといえる。
こうなったら、あとは流れに任せてもいいはずだ。
俺は記録魔道具の映像をオリヴィエに見せていた。
魔導機甲部隊の映像だ。
最後に皇帝は笑っていた。
さすがのオリヴィエも衝撃を受けたようで、しばらく黙っていた。
なにもせず、そのまま時が過ぎるのを待つ。
衝撃の事実というものは、説明するよりも感じたままにしておく方がいい。
「貴重な情報をありがとうございます。しかし、この映像はどうやって?」
さすがに、冷静になったオリヴィエは映像そのものを確認してきた。
「これは、うちの魔導師が帝国内で起きた魔獣事件をつぶさに記録したものです」
オヤジのことは説明せず、かなり端折って答えておく。
わずかな沈黙と、お互いの視線。
それでこの場は十分だった。
「わかりました。ローランと会ってください」
オリヴィエは小さく息を吐くと、俺にそう告げてきた。
オリヴィエが何を考えたのかはわからないが、これでようやく任務完了だ。
英雄ローラン。
英雄と呼ばれる人がどういう人なのかとても興味がある。
期待に胸を膨らませるとは、こういう事を言うに違いない。
*
砦の一室に案内された俺は、その人物をローランだと認識した。
オヤジとは違うが、どこか似たような雰囲気をもっている。
そして同時に、ローランを覆う禍々しい気配もあった。
これが、あれだろう。
俺はすかさず、指輪の力を発動させていた。
その部屋にはローランのほかに十二人の人間がいた。
俺のその行為に驚いて、それぞれが臨戦態勢をとっていた。
皆、それなりの実力者だと聞いている。
確かに、いい面構えだった。
「いいんだ」
ローランは仲間にそう告げていた。
「魔剣の力を封じていったい何をしようというのかい?」
ローランは静かに問うてきた。
「いや、その魔剣に横やりを入れてほしくなかったんで。あなたとあなたの仲間だけに話したいことだったからね」
その理由を告げて、それ以上紛らわしい真似はしないことを示す。
両手を挙げた俺に対して、相変わらず油断のない目を向けるローランの仲間たち。
何も言わないローラン。
ただ、ローランの仲間のうち、三人だけは俺の言葉に反応していた。
オリヴィエと他の人とは別格の雰囲気を持つ戦士風の男と精霊魔術師風の男。
この三人だけがローランの、いや魔剣の力を知っているというわけだ。
なるほど……。
言葉を投げかけるだけで、線引きしていくことができる。
十二人の仲間といっても、ローランのことを詳しく知る人間はこの三人だけということだ。
「信用できないのはわかる。何しろ戦時中だ。しかし、俺の言葉に嘘はない。おれは、魔剣抜きで、あんたらと話がしたかっただけだ。その魔剣は魂を喰らい、周囲の人間に所有者の意志を増幅し強制するという力がある。それ以外も力はあるが、交渉する場合において、強制する力は、非常に厄介な力なんだ」
そちらの事情は、後で考えてもらうとして、オヤジから聞いた話をそのまま伝える。
魔剣ソウルプロフィティア。
イベリアの試練と呼ばれるそれは、歴史が古く学士院にもその記録は残っていた。
魔剣は切り殺した人の魂を吸い続け、所有者に絶大な効果を与える。
一つは所有者の肉体を何物も通さない鋼の体に変えるというもの。
一つは所有者の意志を増幅して、周囲の人間にそれを強制するもの。
そして、この魔剣の最大の力
未来予測
数多くの未来のうち、魔剣に都合のいい未来を抽出し、所有者にそれを伝えるといったものだ。
戦闘においては、相手の太刀筋を完全に予測できると記録されている。
オヤジはこの未来予測を危惧していた。
多くの場合、魔剣は所有者に不利益な未来は予想しない。
しかし、所有者の意志と魔剣の意志が乖離した時、所有者にとって望まない未来を見せ、その選択を誤らせる可能性がある。
このことが、聖剣ではなく、魔剣と呼ばれるに所以のようだった。
やはり初めて聞く内容なのだろう、三人を除く仲間たちはローランを凝視していた。
「彼の言うことは正しいよ。この剣は意志を持っている。君たちがこの場にいることも、ひょっとするとこの魔剣のせいかもしれない……。この魔剣は僕の意志とは関係なしに、その力を発揮するから。いま、この場所において、魔剣の意志はかき乱されている。混乱している彼はいつもの力を出していないようだ」
ローランは重要な情報をさらりと告げていた。
ただ、ローランの瞳には怯えの色が出ているように感じた。
彼の仲間たちに動揺が走るのが見える。
それもそうだろう。
自分たちの意志と思っていたことが、実は魔剣に操られていたのかもしれないと告げられたのだから。
俺は黙って成り行きを見守りつづけた。
これをどう受け止めるかは、ローランたちが決断することだ。
そして、オヤジはそれを乗り越えると踏んでいるからこそ、この試練というべきものを彼らに課したに違いない。
「それはともかく、私が見せてもらった映像を皆に見せてくれないかい」
オリヴィエは静かにそう告げてきた。
話を前に進ませる気だろう。
内部の話は内部で行う。
過去のことは後でも考えられる。
しかし、今は重要なのはそこじゃない。
そう彼は考えているのかもしれなかった。
オリヴィエの言葉に、少し周囲の動揺が和らいだ気がした。
あるいは、士気に影響するからか……。
いずれにせよ、ここで瓦解されても困る。
依頼通りに、映像を全員に見えるように展開した。
魔獣を一撃で葬る火力。
魔獣の攻撃をものともしない装甲。
それは驚異的なものだった。
「すごい! 戦車だ」
その中で、ローランはその名前を正確に叫んでいた。
そしてそれは、ローランの素性を端的に表現するものだ。
戦車。
その単語が出ることで、ローランが異世界人であることは確定だった。
わかっていたことだが、あまりにあっけない。
実際に会えばすぐにわかる違和感がそこにあるが、それでもローランは黙っていたはずだ。
「ローラン。戦車というのはあれのことかい?」
それでもオリヴィエは、さすがだった。
ただ、冷静にそう尋ねている。
「そうだよ、戦車だよ。すごいね、これ。どうやって作ったんだろう」
ローランの興奮は、なおもとどまることを知らなかった。
俺も少し引いてしまう程、ローランは興奮していた。
それはまさに、映像に見入る子供だった。
「君は、この脅威が我々に迫っていると言いたいのかい」
オリヴィエは、最後の映像。
皇帝の映像がでたあとに尋ねてきた。
それはさっき見た時にも思っていたに違いない。
だから、ローランに会わせようと思ったのだろう。
「ああ、規模はわからないが、まずやってくる。最初は少ないかもしれない。しかし、あとから必ずあの数で押し寄せてくるはずだ。ただ、飾っていても仕方がないものだからな」
全員の顔を見ながら、そう告げておく。
全員の顔が緊張に包まれる中、ローランだけが笑顔だった。
こいつは馬鹿か?
思わずそう思ってしまうほど、ローランは無邪気にもう一度見せてほしいとせがんできた。
俺はさりげなく、オリヴィエを見て確認を取る。
オリヴィエは仕方ないという感じで、首を縦に振っていた。
「じゃあ、ローラン。あとで見せてあげます。ただ、俺もここにこれを持ってくるだけが目的ではないので……。皆さんに聞いてもらいたいと言ったことを思い出してほしい」
しかし、ローランはそんなことはどうでもいい雰囲気で、また見たいとせがんできた。
「ローラン、もう一つあるから待ってほしい」
それで、ようやく納得したかのように、おとなしくなっていた。
やはり、オヤジの考えた通りに進んでいく。
この映像。
ローランはもう食いついて離れなかった。
ただ、こうなるとローランは全く話にならない。
ここは、オリヴィエを会話の中心に置くしかない。
さりげなくオリヴィエを見ると、先を進めていい感じで首を縦に振っていた。
「みなさんも見たように、これは脅威だ。しかし、手はある。俺たちはそれを届けに来た。そして、あの脅威に立ち向かう同志だと思ってほしい」
俺はまず、対策があることを伝えた。
中には沈んでいる者がいたが、俺の言葉に興味を示したようだった。
「見ての通り、あれは地面から離れては行動できない。しかも、かなりの重量だ。だから、それに反応するものを地中に埋めて爆発させればいい。何も破壊しなくても、行動不能に陥れればいいんだ。まあ。爆破と落とし穴作戦とでもいってくれ」
俺はそう告げて、オヤジの作った魔道具を見せていた。
円盤型のそれは、中央にセンサーというべき突起があった。
「地雷だね!」
ローランはまたも興奮したように、それを見せてほしいとせがんでいた。
本当に困った奴だ……。
「これを作ったのは?」
オリヴィエはそれが気になるようだった。
戦車と地雷いうローランが発した言葉から、これを知っている人物を特定したいのだろう。
「これを作ったのは別の人間だが、その設計をしたのは英雄マルスだ」
オヤジが用意した答えをオリヴィエに告げる。
「英雄マルス。やはり異世界人だったか、そしてさすがは大魔導師デルバー」
思った通り、オリヴィエはそう納得していた。
人が知らない事実に直面した時に取る行為。
それは、その人の知っている真実の一端を肯定してやると、勝手に自己完結するというものだ。
そしてそれは、他人から言われるよりもその人の思考を縛っていく。
他国にも一目置かれているデルバー先生の名前が出たことにより、俺の行動はますますやりやすくなる。
そして、やはりオリヴィエは異世界人の存在を知っていたという事実。
当然それはローランもそうだと言っているようなものだ。
しかし、それに関しては追及しない。
これ以上その話題にならないように、現実的にしてほしいことを告げることにした。
「これは千二百個あります。皆さんで手分けして、侵攻ルートに設置してほしいのです」
それが百個入った袋を十二個取り出してローランの仲間たちの前に並べた。
「仮に、その上を通らなくても、起動させることはできますので、できる限り散らばるように設置してほしいです。それぞれが爆発することで、地面が陥没するでしょうから、それだけでも、あれを無力化できます」
おれは二段構えの作戦であることを告げていた。
何とかなるかもしれない。
そういう雰囲気が伝わってきた。
俺はこのタイミングを待っていた。
絶望の中では思考は停滞する。
希望があるからこそ、しっかりと考えることができる。
「あと、お願いがあるんです。万が一、これが失敗した時に、あれの脅威が民衆に向くことは避けたいんです。このあたりの住人や、ここから王都までの住人を疎開させるようにしてほしいんです。我々は勝てるかもしれない。でも勝ち続けることは難しいと思います。特に、王国と連携が取れていない今。民衆を危険から遠ざけるのも必要だと思います。お願いします」
ここは情に、理性に訴えるのがいいだろう。
他国の人間が、他国の民衆を心配しても、何の利益もない。
そして、俺の言葉に民衆は動かなかった。
何としてでも、ローランたちにやってもらわなければならない。
「うん、わかった。それは僕がするよ。どうせ彼らは邪魔なだけだしね。話はそれだけだよね?」
ローランが即答していた。
その瞬間、全員の気持ちが手に取るようにわかった。
英雄ローラン。
その中身はただの子供だった。
魔剣により作られた英雄。
誰もがそれを理解してしまった。
中には涙する者までいた。
ローランを心から信頼していたに違いない。
おれは、この時ほどオヤジを恐ろしいと思ったことはない。
オヤジは何もしていない。
ただ、魔剣の影響力を封じただけだ。
俺は、それが交渉に邪魔になるからだと思っていた。
しかし、どうやらそれは違ったようだった。
オヤジの真の目的は魔剣からの解放なのだろう。
それは、ローランとその十二人の仲間すべてを目標としたものだった。
俺のこの指輪がなくなれば、この効果はなくなり、再び魔剣により作られた英雄ローランが復活する。
しかしもそれは周囲に影響を及ぼす。
仲間たちは何事もなかったかのように、再びローランのもとに集まるだろう。
しかし、魔剣がなくなった場合どうなるのか?
このことがなければ、仲間たちはローランを信じ続けていただろう。
しかし、このことを知った後は?
そう思うとローランが哀れに思えていた。
「もう君には言わなくても分かっているだろうけど、民の安全を第一に行動してね」
オヤジの言葉が今更ながら重みを帯びてくる。
オヤジはローランを救えとは一切言っていなかった。
オヤジはローランとその仲間のきずなが断たれたときのことを考えていた。
オヤジはこの国の敗退を予測している。
だから少しでも多くの人を救いたいんだ。
*
次の日、おれとローランは連れ立って王城までの村々に避難を呼びかけていった。
最初の村人が、その次の村へと話を通し、やがてそれは大きな動きとなっていく。
おそらくは、アプリル王国を震撼させる出来事になっていくだろう。
英雄ローランが国外へ避難を呼びかけている。
その噂はたちまち広がり、実際に避難する人たちがその噂に現実味を持たせていた。
やがてその噂とともに、王都へと向かう人の流れができていた。
一方、ローランの仲間たちは、ひたすら自分たちに与えられた使命を確実にこなしていた。
王国歴214年11月30日
その日、魔導機甲部隊は初めて歴史にその姿を現すことになった。
ローランがただの子供だったことに気が付いた人たちは、この後どういう行動をとるのでしょうか?




