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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
夢の世界へ
9/161

そして魂は絡み合う

その後のヘリオス君です。

「それで、精霊女王は消失したと…?」

すさまじい威圧感が、部屋を覆っていた。

半歩下がったアイオロスは、頭を下げてじっと待っていた。

額からは大量の汗が噴き出ている。


鋭い視線がアイオロスに突き刺さり、アイオロスはただその場で立ち尽くしていた。

沈黙が部屋を支配する中、アイオロスの荒い呼吸だけがそれに抗っていた。


しかし、ゆっくりとアイオロスは、呼吸を整えていた。

威圧感はまだあるのだ。

アイオロスは肩で息をしている。


「わしの命は結界石の破壊であったな。アイオロスよ」

一瞬アイオロスの姿勢が崩れる。

不意に場の空気が弛緩したようだった。


しかし、アイオロスはすぐさま姿勢を正すと、慎重に報告していた。

まるで、言葉を一つ一つ選ぶように、ゆっくりと。


「私の使命は、報告と結界石の破壊でした。結界石の破壊を優先するために、精霊女王に注意を向けることはできませんでした。お許しください」

頭を下げたその瞬間、アイオロスの体に異変が起きたようだった。


尋常でない量の汗。

顔面蒼白。

膝をつき、自らの手を見つめるアイオロス。


手の震えが、アイオロスの状態を物語っていた。

無意識に自らの心臓に手を当てたアイオロスは、その鼓動に安堵したかのように、深く息を吐いていた。


「今…」

そこまで言うと、アイオロスは黙っていた。





マルスがアイオロスに対して俺にはわからない何かをしたのだろう。

眺めているだけではわからない何かを。


それが何かはわからないが、最大の目的である封印ができなくなったことへの罰ということか。

しかし、主命は失敗してはいない。

これ以上の失態は許さないという意思表示だと感じられた。

恐らくそのことは、アイオロス自身が一番よくわかっている事だろう。

アイオロスの表情がそれを語っていた。


また、成り行きを見守るために、俺はそこに意識を向けていた。





「まあ、よい」

マルスがそう言っただけで、部屋の雰囲気が変わっていた。

アイオロスは小さく息を吐いていた。


「それで、女王はヘリオスに何をしたかわかるか?」

先ほどと異なり、穏やかな雰囲気だった。


「黒い球体に包まれておりましたゆえに、何かまではわかりかねます。ただ、その時に女王は隙ができていました。実体化していましたので本体にも攻撃できる感じがしました。また、その時の状態、あれは呆然とした感じに似ています。その隙に結界石を破壊できましたので…」

アイオロスは、過度な推測を述べない。

見たまま、感じたままのことを報告する人だ。

しかし、今回は自分の印象を最初から話していた。


「ヘリオスに何らかの器を期待したが、徒労に終わった感じか…。あやつに何かあると思うのが間違いなのだが…」

ひとしきり自らの考えをまとめて、そう結論したマルスは自嘲的に、呟いていた。


「しかし、それでも坊ちゃんは一人でゴブリンと対峙していました。これは驚きでした」

言い終わったアイオロスは、軽く驚きの表情を見せていた。

自分の発言に自分で驚いているように見える。



「蛮勇よ。それに最後の魔法は暴発だろう。未熟者が最後の可能性をかけておこなったが、不発に終わった。運よくそれが効いたに過ぎん」

マルスは冷静に分析していた。


「しかし、アイオロス。お前がそう言うとは思わなかったな。年を取って、感動したのか?」

苦笑しながら、マルスはそう尋ねていた。

一片の情すらない言葉に、アイオロスは戸惑いを感じているようだった。


「いえ、そのようなことは……」

自ら言い聞かせるように、アイオロスは深々と頭を下げていた。



「とにかく、一つの問題はまあ解決したとしてよいだろう。これからすぐに王都に向かう。しばらくは戻らぬ。なにかあれば、知らせよ」

そう言ってマルスは出かける準備をはじめていた。


「御意。馬の手配をしてまいります」

そう言って部屋を出たアイオロスは、その言葉を実践していた。


主人の出立を皆に知らせ、馬の用意を整えたアイオロスは、自分の役割を完了していた。

その後のことは、別の者に引き継がせていた。


「しかし、大丈夫だったのだろうか?」

屋敷の門のからは、出立の喧騒が聞こえる。

マルスが出発するのだろう。

執事としては送らないといけないだろうが、アイオロスの視線は別のところに向けられていた。


「とにかく容態を見に行こう」

アイオロスの足は、その場所へと向かっていた。




***


「なんてこと!」

アイオロスに抱かれたヘリオスを見て、ヴィーヌスは気を失いかけていた。

しかし、ヴィーヌスは気丈にも持ちこたえていた。

強い力がその瞳からはあふれている。


ヘリオスを回復させなければならない。

その瞳に、強い意志が宿っていた。


「だれかお姉さまに連絡を。あと、町に行って、マグナス司祭様をよんできて頂戴!状況は一刻を争います。直ちに行動なさい!」

ヴィーヌスにしては珍しく、命令口調になっていた。

それほど事態は切迫しているのだろう。

まだアイオロスの腕にあるにもかかわらず、回復魔法を連続でかけている。


「生命力が著しく低下している…。これじゃまにあわない…」

術者にもよるが、回復魔法はもともとの生命力がないと効果が出てこないことが多い。

ヴィーヌスの力量では難しいもののようだった。


「ヴィーヌス様……。わたしはマルス様への報告がございますれば…」

遠慮がちにアイオロスはそうヴィーヌスに告げていた。

報告が遅れたのが、ヘリオスのためだとわかると、厄介なことになる。

この屋敷ではそういうものだった。


「ごめんなさい。アイオロス。最後にヘリオスの部屋まで運んで頂戴」

ヴィーヌスは悲しげに、そう答えていた。


「申し訳ございません」

アイオロスはヘリオスと、ヴィーヌスに向かって謝罪していた。



「今は何も聞きません。わたしはヘリオスを治します。ただそれだけです」

そう宣言するヴィーヌスの姿は、聖女にふさわしいものだった。


「ヘリオス、あなたを死なせはしない!」

回復魔法を何度も何度もかけなおす。


恐らくは自分の持てる力をつぎ込んでいる。

鬼気迫るものがそこにあった。

左腕と肩のほうは、すでに治癒している。


「ヘリオス!ヘリオス!」

ただひたすらに回復を祈る。

しかし、生命活動が低下し続けているようだった。


「どうして…、ヘリオス!私のせいで……」

回復魔法をかけなおす。

自分のありったけの気力と思いを乗せて。


「ヘリオス、おねがい。帰ってきて!」

最後の気力を振り絞り、ヴィーヌスは魔法をかけて願う。

気力のすべてを使い果たし、崩れ落ちるヴィーヌス。

その瞳には、ヘリオスの体に生命力の光がともる姿が映っていた。




***


「ヘリオス!ヘリオス!」

誰だろう、自分を呼ぶ声がする…。この声は…ヴィーヌス姉さまだ。

いつも優しく守ってくれた姉さま。


「ヘリオス!ヘリオス!」

誰だろう、心の中から聞こえてくるような…。聞き覚えはないけど、なんだか知っているような気がする…。


誰の声か、分からない。

しかし、何故かわからないが、知っている気がしていた。

周囲を確認したかったが、目が見えないどころか、体を動かすことができないようだ。

それに何やら沈んでいる感じがする。


やはり、失敗していたんだ……。


最後にみた泉の精。

生まれ変わるための儀式だろう、その途中で泉の精は消え去っていた。

そのせいで、中途半端な状態になっているんだ……。


「ヘリオス、おねがい。帰ってきて!」

ごめんなさい、お姉さま。わたしは帰れそうにありません。

帰ったって、誰もわたしのことなんか…。

その時なぜか、泉の精の言葉を思い出していた。


「あなたは、あなたが思っている以上に、周りから大切にされていることを忘れてはいけません」

そういう事だったんだ…。

でも、どうしても体が動きません、お姉さま……。


こんなに思ってくれる姉を残して死んではいけない。

そう思った時、帰りたいと願っていた。


その時、体の中から光があふれ出し、聞き覚えのある声がしていた。


「ヘリオス。よく帰る決心をしました。あなたが失ったものが、時を超えて、今ここにきています。その意志が、私の予想もしない強い力で、今再び、あなたたちをつなぎます。心配しなくていいです。今はゆっくりお休みなさい」

導かれるようにゆっくりと、意識が闇に落ちていった。




***


「あれ?」

いつの間にか、ヘリオスの体が足元にあった。

見ている感覚が違う。

すぐそこにヘリオスがいる。


寝ているようでピクリともしない。


「ヘリオス!ヘリオス!」

呼びかけなければいけないような感じがして、俺はヘリオスをよんでいた。


隣でヴィーヌスが魔法をかけているのがわかる。

その表情、その声から、いつもの感じではない、切迫した感じだった。



「これは、あれだ、ヘリオスが相当やばいってやつか?」

今までにない臨場感で、それがよくわかった。


自分の状況に関しては、混乱していたが、それだけは理解できた。


あらためて自分のことを考えてみる。

いつもの夢の感覚ではない。

やけに現実感がある。

しかし、自分の体は認識できない。

自分の姿すら視認できない。

ちょうどヘリオスの真上に浮いている感じだった。


「いったい、どうなってるんだ?」

何かが俺の中で告げている。

しかし、それが何かわからなかった。


ただ、ヘリオスの中から、何か強い力が俺に向かって伸びてきていた。

それは、俺を受け入れる意志のようなものだった。


「もどれと言うのか?俺に?」

頭の中に声が聞こえた。

はっきりとは聞こえない。

ただ、俺を求めているのは確かだった。


隣で必死になって祈り続ける、ヴィーヌスの顔がみえた。

疲れていても、その美しさは微塵も失われることなかった。

むしろ、神々しささえ感じていた。


「ああ、こんなに姉さんを心配させて…」

俺は、この姉の願いを叶いたいと思った。

その時、俺を呼ぶ力が、一段と強くなっていた。


「わかったよ」

俺はそれを受け入れることにした。

その瞬間、俺の意識は反転していた。

今まで見下ろしていたものが、急に見上げる感覚になっていた。

俺のすぐ横で、ヴィーヌスが気力を使い果たして、崩れ落ちる感覚が伝わってきていた。


感覚の変化、引き込まれた状況、そして頭の中に響いた声。

そうしたことから、俺はヘリオスの中にいるのだと認識した。

不思議と自分の体に思えるその体に、全く違和感はなかった。


しかし、不思議なことに、ヘリオスの体は全く動かせなかった。

それは目に見えない何かで、全身くまなく押さえつけられている感じだった。

まぶたさえも、眼球さえも動かせなかった。


特に、それは体の内部の感覚で大きく、まるで何かが俺を体の中に押し込めている感じだった。

動かせないが、状況把握はできる。

不思議と音だけでなく周囲の状況はわかる。

今はそのことに専念しようと思っていた。


これは、いわゆる憑依だ。

いろいろ考えているうちに、現在の状況に当てはまる言葉を発見していた。

そして、どういう状況でこうなったのかを考察した。


ヘリオスの最後の記憶。泉の精があげた悲鳴。

そしてその存在の消失。

ヘリオスが生まれ変わる手段を、その寸前で失敗したという記憶だった。


ヘリオスが持つ記憶が分かるのは便利だった。

そして、その時の気持ちすら理解できていた。


それに俺が見ていたことをつなぎ合わせる。

泉の精と名乗った精霊女王は、ヘリオスに何らかの細工をした。

そして、ヘリオスを転生させるときに、アイオロスが結界石を破壊した。

しかし、それは精霊女王の意図することであり、何らかの手段で、女王は生き延びている。

そして、その記憶は、ミミルという妖精に宿っている。

ヘリオスにはシルフィードという風の精霊が守護しており、ベリンダという水の精霊が見守っていた。

俺の見てきたことも、若干記憶が薄れてきているところもあるが、今は、ゴブリン退治で手傷を負って、寝ていることがよくわかった。

しかも、瀕死の重傷だった。


そして、その時のヘリオスの覚悟もよくわかった。

そしてその想いも、理解できていた。



そうしているうちに何人かが部屋に入ってきた。

目で見ていないが、不思議と周りの状況が見ているようによくわかっていた。


司祭風の衣装を着た人物が、一際その存在感を放っている。

知識でしかないが、あれがマグナス司祭だとわかった。


急いでやってきたマグヌス司祭は、すぐさま息を整えていた。

最初、険しい顔つきだった司祭だったが、ヘリオスをみて急に安心した表情になっていた。


「ヴィーヌス様、よくぞ頑張られましたな」

優しく微笑んで、そうつぶやくマグナス司祭の顔は、弟子の成長を喜ぶ師のようであった。



それからも、押さえつけられる力はやみそうになく、これがあるうちは、体を動かせないのだと理解できた。

仕方がないので、ヘリオスの人間関係について考えていた。


父親との関係は似たようなものだった。

俺は父親に対して、よい印象をもっていない。

それだけに、ヘリオスの気持ちはよくわかった。

しかし、自分とはちがい、ヘリオスには尊敬やあこがれもあった。

この気持ちがどこから来るのか、それは父親を知らなければならないだろう。

今はそれができないので、しかたがない。

こういう状況になっても来ないのは、王都に出かけているからということも分かっている。だから、今は保留ということにした。


母親は少し違っていた。

ヘリオスは母親に愛されていないと感じているようだ。


この家にあって、父親を除けば、唯一血のつながりのある家族。

そして自分と同じ髪を持つ母親に対して、わだかまりがあるのかもしれなかった。


このあたりは、ヘリオスの意志が働いているのか、真意はわからなかった。

ヘリオスが硬く閉ざしている気持は、俺には伝わらないことが分かった。

ヘリオスが抱く母親のイメージからは、修行中のことが多かった。

修行中厳しく接している姿しか知らないヘリオス。

まだ、幼いヘリオスには、それは理解できない事だろう。


母親がヘリオスには、わざと厳しくしていることが分かっている俺にとって、それは残念なことだった。

ヘリオスのためにあえて憎まれてでも、それをなす。

母親の愛情に、ひどく感情を揺さぶられた。


少しは喜ばせてあげたい。

だんだんとそう思うようになっていた。

そして、今なら可能ではないかと思い始めていた。


母親にとって、息子の成長は喜びだろう。

特にこの母はそのことに特に執心している。

なぜこれほどまでに、厳しいのかはわからないが、肝心の母親も、今は討伐に向かっているとのことでこの場にはいない。

今の段階ではそれ以上わからないので、これも保留にしておくことにした。


兄たちの印象は俺にとって最悪だった。

長男クロノスとはほとんど会ってないが、時折見下す視線を感じていた。

あれは侮蔑の視線だ。


次男のウラヌスはヘリオスをおもちゃにしている。

特にクロノスとの模擬戦の後が最悪だった。

ヘリオスの恐怖がそれを物語っている。

二人とも剣聖である父の能力を受け継いで、ヘリオスと同じ年には、他者を圧倒していたらしい。

そんな力を持つウラヌスが、剣の才能がないヘリオスを一方的に打ち付けるのを何度も見ている。

はっきり言って、嫌いだった。


俺は弱い者いじめが大嫌いだった。


力を持つ者は、その力以上の抑止力を自身に持たなければならない。

それができないものは力を持つことは許されない。

そう俺は考えていたからだ。


だから自身の力を他人に、特に自分よりも弱い者に対して向ける行為を好きになれるはずがなかった。

というよりも、はっきり言って敵だと認識した。

ヘリオスにとってではなく、俺にとって。


兄には恵まれなかったが、姉には恵まれている。


長女プラネート。

彼女はすでに結婚していた。


この世界は成人概念が早く、結婚もはやい。

貴族の長女であるので、生まれた時から婚約されていたようだった。

同じ辺境伯の長男に嫁いでいる。

ヘリオスが生まれたときには結婚していたので、あまり顔を合わせていないが、領地がちかいので、たまに帰った時には優しくされていたのをヘリオスはわかっていた。

ヴィーヌスと同じ回復魔法をつかうらしいが、自分はみたことがなかった。


次女ヴィーヌス。

ヘリオスにとっての心の支え。

ヘリオスよりも6歳年上の彼女はヘリオスにとっては大人だった。

聖女として領内に知らない人はいないであろうその名声は、彼女の美貌と相まって神秘性を帯びていた。


この姉がいなくなったら、ヘリオスは自我を保てるのだろうか?


それほど彼女の存在はヘリオスの中で大きかった。


ただ、ヘリオスも気が付いているが、時折彼女が彼女でないときがあるようだ。

以前の出来事も、そこに端を発しているようだが、その部分はヘリオスがかたくなに閉ざしているのか、俺にはわからなかった。


ヘリオスが知られたくないことは、詮索しないことにしよう。

今は俺が一方的にヘリオスの心と記憶をのぞいている。

この状況で、そういうのも変だったが、そこは問題ないと感じていた。

なぜかはわからないが……。



ヘリオスの体の状況はまったく変わらず、俺はその他人間関係について考察してく。

その間にヴィーヌスも目をさまし、プラネートもやってきていた。

よほどあわててきたようだが、マグナス司祭が心配ないことを知ると、ヴィーヌスと共に抱きあって喜んでいた。

ヴィーヌスも姉が来たことでかなり精神的に安定しているように思えた。


それからしばらくして、ヘリオスの体に蔽いかかっていた重圧が急にとれた。

体を動かせることはわかった。

しかし、俺自身を覆う力はそのままだった。


いつまでも、意識を取り戻さないのも心配させるので、俺はとりあえず起きることにした。


ここから先は、演技だった。

ヘリオスを取り巻く状況も、記憶も、気持ちも理解できた。


俺は、これからヘリオス君を演じてみることにした。


俺はヘリオスの体を確かめるため、少し体を動かしてみる。

そのわずかな動きを察知して、左手をしっかり握りしめているヴィーヌスが顔を上げた。


「ヘリオス!よかった!本当によかった!」

ヴィーヌスの顔は疲労のため、いつもの美しさはなかった。

それでも浮かべたその笑顔は俺の心をいやしてくれていた。


その雰囲気に、周囲もぞろぞろとヘリオスの様子を見に来ていた。

「ヘリオス、ヴィーヌスはそれこそあなたのために必死で看病していたのです。まずはお礼を言いなさい。そして、ここにいる方すべてにお礼をいうのですよ。あなたがまずなすべきことは、自分のために、いろいろな方がしてくださったことに感謝することです。そして、それを少しずつでいいので、返していくようにしなさいね」

優しくも厳しいプラネートに言われ、俺はヘリオスの体を起こそうとした。

しかし、やはり思うように動かせない。


「ヴィーヌス姉さま。ありがとうございます。そして申し訳ありませんが、体を起こすのを手伝っていただけませんか?」

ヴィーヌスは少し驚きの表情をみせていた。

そして、すぐに手を差し伸べてくれていた。


背中にふれる温かい手が、やけに心地よかった。


「ヘリオス、少し大人になりましたか?」

小声でささやくその声に、ただあいまいに笑顔で答えた。


「気のせいでしょうか?」

納得していないようだが、返事はしない。

助けを借りて、何とか体を起こせていた。

感覚的には大丈夫だが、想像以上にこの体は衰弱していた。


「プラネート姉さま、マグナス司祭様、アイオロスさん、そしてみなさん。大変ありがとうございます。そしてご心配をおかけして申し訳ございません」

堂々とそして気持ちのこもった言葉に、話をうながしたプラネートさえも驚きの表情をみせていた。

あの挨拶もろくにできなかったヘリオスが一人一人の顔を見て感謝と謝罪をしている。

こんなことは以前のヘリオスからは想像できないことだった。


少し、演出が過ぎたと反省した時に、マグナス司祭の声が響き渡った。


「これは、丁寧なごあいさつです。ヘリオス様は神の試練に打ち勝ったのでございましょう。そしてそれを成し遂げたのは、ここにいる皆さんのおかげなのでしょう」

マグナス司祭はヘリオスの成長に心打たれたようだった。


「ヘリオス、生まれ変わったみたいですね」

隣で微笑むヴィーヌスが、小さな声でささやいた。



部屋は異様な歓喜に満ち溢れていた。

ただ、俺はやりすぎた感じがして、反省していた。



ヘリオス回復の報は、瞬く間に屋敷中に知れ渡った。

しかし、屋敷の人のほとんどは、ヘリオスというよりも、ヴィーヌスのために喜んでいた。

部屋を訪れる人たちは、俺には目もくれず、ヴィーヌスの労をねぎらっていた。



***


そうしてさらに2日が過ぎ、屋敷内である噂がささやかれていたようだった。

ヘリオス坊ちゃん危篤説


そのように噂されたことには理由があった。

突如、ヘリオスの部屋に聖結界が敷かれたのだった。

これにより、魔法による監視もできないようになっていた。


しかもそれは聖遺物級の魔道具が使用されたらしい。

突然の出来事に屋敷内では様々な憶測が生まれていたのだった。


姉たちの会話から、俺は外の様子をうかがい知ることができた。

なんだか、とんでもないことになっている感じがしていた。


この部屋にはプラネートとヴィーヌスのみが出入りし、食事やトイレさえもこの部屋の中ですることになっていた。


なかなかに苦痛の日々が続いていたが、まだ本調子ではないため、おとなしくしていた。


それから2日して母親が討伐から帰ってきた。

そしてそのまままっすぐに、ヘリオスの部屋に来たようだった。


「プラネート様。なぜヘリオスに会わせてくださらないのかしら?」

部屋の前から声が聞こえた。

討伐の旅姿のまま来たのだろう、その声の威圧感は健在だった。


「メルクーアお継母かあさま、まずはお疲れでしょうから、先にお着替えください。それに、そのお姿はあまり病人によろしくはございませんので」

やんわりと、しかし有無を言わさぬ迫力で対峙するプラネートだった。

あの母親の威圧感に対して、対等に向き合えるプラネートに、尊敬の念をいだいた。


「わかりました…。しかし、理由はお答えくださいね」

しばらくたった後、メルクーアはそう言って引き下がっていた。


「言えることならね…」


部屋に入ったプラネートは、ため息まじりに、そうつぶやいていた。



何をそんなに気にしているのか、どうしてこれほど厳重にするのか、俺には全く理解できなかった。



***



俺が母親と会ったのは、さらに2日してからのことだった。

メルクーアはプラネートから面会謝絶を言い渡されていたようだった。


理由は精神的に不安定とのことで、メルクーアはそれを受け入れるしかなかった。

しかし、毎日毎日、部屋の前で押し問答が繰り返されていた。


その頃、ようやくこの体も力を取り戻していた。

俺自身を体の中で押しとどめていた力も、いまではおとなしくなっていた。


湧き上がる力が、感じられる。

すさまじい何かが、躍動感を持って、俺の体の中を駆け巡っていた。

試しに、ほんの少し力を解放してみた。


部屋全体を何かが覆っていたが、それすら破壊するかのような力だった。

慌てて俺は、力の開放を止めていた。

このまま解放すれば、とんでもないことになりそうだ。


ふと、周りを見ると、ヴィーヌスとプラネートが2人そろって気絶していた。


「しまった……」

後悔が押し寄せてきたが、どうしようもなかった。

せっかくだから、部屋を出てみよう。


母親に会ってみたい。


そう思い部屋を出ると、いきなりそこに、母親が現れた。

そして、そのまま俺の手をつかむと、一瞬にして儀式場へと連れていった。


***



「ヘリオス、まずは無事で何よりでした……」


いろいろ言いたいことがあるようだが、メルクーアの最初の言葉はそれだった。


姉たちは徹底してメルクーアとの面会を拒んでいた。

その結果、メルクーアがヘリオスの無事な姿を見たのは、今が初めてとなっていた。

ヘリオスが運び込まれた時は、砂漠地帯に巣食う魔物の討伐に出かけていたからだ。


息子が大けがをしていたとの知らせをうけて、大急ぎで帰ってきたものの、姉たちの妨害を受けていた。

そういう気持ちも込められたのだろう。


俺は素直な気持ちを母に向ける。

「お母さま、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。今はこの通り修行もできます。お母さま、すぐに修行を開始してください」

俺はこの母親の喜ぶ顔が見たかった。


「お前は、本当にヘリオスなのか?」

帰ってきた言葉は、俺が予想しない言葉だった。

小首を傾げた俺に対して、メルクーアは言い直してきた。


「いや、魔力マナの量が、以前と比べ物にならないのでな…。それに、その口ぶり、変に大人びておる」

さすがは母親というべきか、その違いを一瞬で見抜いていた。

そしてそれは、俺の疑問でもあった。


俺自身を抑えていた力があった時と、無くなった時で魔力マナが格段に違うことがよくわかった。


「そうなのです、自分でもわからないのですが、魔力マナがあふれるようになっています」

淡々と俺はそう答えた。


「生死を境に魔力マナ量が増えることなどあるのだろうか?しかも、これほどの量で…」

メルクーアは、自分が疑問を口にしていることを気づいてないようだった。


「お母さま、時間は待ってくれません」

いつも言われていることを、お返しに言ってみた。


目を丸くしながらも、メルクーアは俺に頷いていた。


「以前からずいぶん時間がすぎていますからね、おさらいを込めて麻痺の空気(パラライズエア)を発動させて」

力場の形成を終えたメルクーアは、麻痺の空気(パラライズエア)の効果がよくわかるように低級妖魔を3体召還していた。


「では、まいります。推定、低級妖魔」

「威力はかなり弱めで、効果範囲は3体程度。麻痺の空気(パラライズエア)

俺はそう言って麻痺の空気(パラライズエア)を発動させた。


魔法のやり方は自然と体が覚えている。

ここ数日、部屋で魔力マナコントロールの訓練も重ねていた。

できないはずがなかった。


「!!」

本当に発動するとは思ってはいなかった。

メルクーアの表情はそう物語っていた。


つい先日までは発動すら難しかったのに、威力調整と範囲縮小まで完璧におこなっていた。この魔法は相手を無力化するのに都合がよいが、威力調整と範囲指定が困難なため、上級に位置している。

その調整をいとも簡単におこなったのだ。

メルクーアが驚くのも無理はなかった。



「次は範囲を拡大して頂戴、威力は見た目で判断してこたえなさい」

息子の急激な成長を目の当たりにして、メルクーアの声は興奮していた。

その瞳には涙さえうかべていた。


俺はその姿に、ますますやる気を出していた。


メルクーアは狼のようなものを召還していた。


次の瞬間、俺にはそれが何か、分かっていた。

召喚したのはバンドウウルフ20体。

雷耐性を持つため、麻痺の空気(パラライズエア)が効きにくい。

通常最大威力で行うものだ。

さらに20体なので、わりと範囲を大きくしなければならない。


ヘリオスのたゆまない努力に感心した。


しかし、何故だか最大威力が必要だとは思えなかった。


「推定ウルフが20体、威力中、範囲20体ほどで 麻痺の空気(パラライズエア)!」

突然あらわれた大きな灰色の雲に、ウルフたちは混乱していた。

その雲から閃光が吹き荒れる。

大きな音とともに、召喚したウルフは泡を吹いて倒れていた。


自分の推測と、自分の魔法の効果に、俺は満足していた。

魔法を使った充実感が、俺の感情を高ぶらせる。

そのままの感情で、メルクーアの方を振り返った。


メルクーアは信じられないものを見ている感じだった。


「お母さま、これでよかったですか?」

俺は得意げになる感情を抑えて、そう尋ねていた。


「……ええ。ええ!上出来です!」

メルクーアは興奮冷めやらぬ顔で、俺を見つめていた。


「まだ、余りある魔力マナを感じる。いったいどれほどの……」

ゆっくりと、そう言いながら俺に近づいてきた。

その目からあふれた涙が、頬を伝い落ちていた。


「ああ、私のヘリオス。よかった…」

そのままメルクーアに抱きしめられ、俺はだまってその身を預けることにした。

それは久しく感じていなかった、母のぬくもりだった。



***



「ヘリオス…。あなたなぜ部屋をでたの?」

ヴィーヌスは、どうしようもない子を見る目で、俺を見ていた。

その目の圧力に耐えかねて、俺はあわてて弁解する。


「ヴィーヌス姉さま……。あの…。天気が良かったから?」

プラネートはそんな俺をあきれた顔で見つめていた。


美人の姉二人にそんな目で見られて、俺は部屋の隅まで追い詰められていた。

もう観念して、謝るしかなかった。


「すみません、姉さま方…」

さっきまでの高揚感は、もう微塵もなかった。

魔法を使い、意気揚々と凱旋したつもりが、今では部屋の隅でうつむくありさまだった。



「ふう、…。別にあなたに一生出るなと言っているわけではないのです。今のあなたの状態を、私たちは説明できないのです」

ヴィーヌスは疲れた表情で、プラネートは困った子を見る顔で、俺にそう告げていた。


どういうことかわからない。


そもそも、聖遺物級の魔道具を使用してまで、俺をこの部屋に閉じ込めている理由は全く知らされていなかった。


「それはつまり、どういうことでしょう?」

俺はそれまで疑問に思っても、聞けなかったことを聞いていた。


プラネートため息をつき、静かに俺に問題を突きつけてきた。


「それはあなたの魔力マナ量です。はたから見てわかるくらい膨大すぎます。魔力マナを扱うものが見れば、その異常さがわかります。桁外れに大きいのです」

それほど魔力マナというものは、人から見えるものなのだろうか?

今まで比べようとして見なかったからわからなかった。

ためしに自分と姉たちの魔力マナを図ってみた。


「なるほど…。まったく、気が付きませんでした」

言われてみると全く違う。

これでは姉たちも心配になるわけだ。


じゃあどうすればいいのだろう…。

このままこの部屋で、一生過ごすのはごめんだった。

やっぱり魔法を使いこなしたい。




魔力マナはいわゆる力だ。

力なら、その隠蔽は可能ではないだろうか?

体の中に魔力マナの層をつくり、高密度に中で循環させることができれば、外からは感じられないはずだ。


それに、最初のころには何も言われなかった。


聖遺物級の魔道具が置かれたのは、あの押さえつける感じが、なくなりつつあるときからだ。

それがまた使えれば……。


俺は目覚めた時の状況を思い出しながら、魔力マナの感知を抑える方法を考えた。


ためしに自分の中に魔力マナの層をイメージしてみる。


ここ数日の自主練で、魔力マナイメージはしっかりできている。

さっきは放出も経験した。

これなら大丈夫だろう。


「つまり、魔力マナを消せればいいのですね…。んーこれでどうですか?」

理論を展開し、その通りに実践して見せる。

自分で感じても、ほとんど常人並みにしか、魔力マナは感じられなかった。


二人はお互いに顔を合わせて、絶句していた。

先ほどまであふれていた魔力マナが全くなくなっているのだ。

事情を知らなければ、そういう表情になるだろう。


なおも、二人は困惑の表情を浮かべていた。



その時、俺を引き寄せる感覚が襲ってきた。

急速に引き寄せられる感覚は、夢の時間の終わりを告げるものだろう。


俺の記憶はヘリオスの中に残るのだろうか?

そんな疑問を感じながら、これからのことを考えていた。

もし、記憶が残らなければ、さらに二人を混乱させるかもしれない。

ヘリオスも混乱するだろう。


ますます遠ざかる感覚の中、ヘリオスの声が聞こえてきた。


「私は……。いったい何を……?あれ、プラネート姉さま。お久しぶりです。今日はどのようなご用件でしたか?」


どうやら、俺のことはヘリオスには残らない。

残念な気持ちでいっぱいだった。

夢の世界は、やはり夢でしかないのだろう。


夢のような夢の時間。

それはあくまで、俺にとっての夢のようだった。


本筋は変わっていませんが、視点をわかりやすいように改稿してみました。


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