泣き虫ローラン(アプリル王国)
ローランのお話です。
「勇……。勇……。ほら、こっちだ。勇」
お父さん……
「あらあら、勇。こんなに汚して……」
お母さん……
「勇……」
「いさむ……」
まってよ、お父さん、お母さん。
僕を置いて行かないでよ……。
お父さん!
お母さん!
遠ざかるお父さんとお母さんの代わりに、誰かが呼んでいる声が聞こえてきた。
「ろーらん……」
誰だっけ……。
「ローラン!」
そうだ。
はっとして、僕は起き上がった。
「どうした、ローラン。もしかして、寝てた?」
あたりを見回して、密かにため息をつく……。
夢か……。
そうだよな、夢だよな……。
「ああ、リナルド。どうやら夢を見ていたみたい」
親友のリナルドは、いつも僕のことを気にかけてくれる。
今も心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでいた。
「ローラン。お疲れなら、あたしが癒してあげるよ?」
妖艶な笑みを浮かべるボルドウィナ。
いいお姉さんって感じだけど、ちょっとどう返事していいか分からない時がある。
「ちょっと、ボルドウィナ。あなたローランに何する気なの?」
いつものように、アヴィナが立ち上がり、声を荒げている。
仲がいいのか悪いのか、本当にわかんない二人だ。
「その辺にしたらどうだ? 今は会議中だぞ」
オルランドが、その低い声で注意していた。
オルランドが怒ると怖い。
みんなそれはよく知っている。
「くっくっく、怒られてやんの」
ワルターがボルドウィナとアヴィナの二人を笑っていた。
そんなこと言うとまた怒られるよ……。
「お前もだ、ワルター。すこしはリッチャルデットを見習ったらどうだ」
今度はオリヴィエがワルターを注意していた。
ほら、言った通りだ。
みんな、いつもと変わらない。
何年たっても、このやり取りは変わることがない。
「まあまあ、みなさん。まずは報告を聞きましょう。」
そうして、チュルパンがその場をまとめる。
でも、これで終わらないのが、僕らだ。
たぶん次は……。
「その前にローラン。軍議で寝るとはいかんな。後で拙者と手合わせして、なまった気持ちを引き締めようぞ」
やっぱり、ベンリンゲリが僕を挑発してきた。
「寝てたのはけしからんが、今はそれどころではないと言っておろう」
サンソネットがベンリンゲリを注意していた。
そうしてまた、話しが横にそれていく。
これが僕らのいいとこであり、悪いところ。
デュランダル先生がいれば、もうちょっとましなんだろうけど……。
「そろそろ皆いいかの? アストルフォの話を聞こうではないか。わしの方も報告がある」
アヴィリオじいさんの言葉で、ようやく全員が聞く姿勢になっていた。
さすがだね。
アヴィリオじいさんは、デュランダル先生とも友達だから、みんなもちゃんということを聞く。
「ありがとよ、爺さん。まずは、おいらの方から報告させてもらうね」
アストルフォはそう言って報告を始めた。
ここにいるのは、僕の仲間たち。
頼もしい十二人の仲間だ。
お父さんとお母さんがいない世界で、僕が頼れるのはこの人たちしかいない。
(否、我の存在を忘れてもらっては困る)
その人ならざる声に、少し不快感をもつ。
(ソウルプロフィティア、君は仲間じゃないだろ、それに勝手に人の頭をのぞかないでって、いつも言ってるでしょ)
魔剣ソウルプロフィティアは、意志を持つ剣だ。
自分の考えを僕に話してくる。
これは所有者にしか聞こえない声みたいだけど、時に無駄な話、時に有用な話と全く要領を得ない。
しかし、この剣は僕の正体を知って、そしてその願いをかなえることができるかもしれないと言っていた。
その代り、自分に他人の魂を可能な限りよこせと言ってきた。
僕は帰りたいんだ。
いまでも、時折夢に見る、お父さんとお母さんのところに帰りたい。
もうずいぶん時間がたっている。
鮮明だったお父さんとお母さんの顔も、今でははっきりと思いだせなくなっている。
さっきの夢でも、顔がクレヨンで塗りつぶされたようになってしまい、全く分からなかった。
(人間は思い出を大切にするあまり、それに振り回される愚かな生き物よ)
魔剣は時折、僕にそう告げる。
もう何度聞いたかわからない。
(それは君が僕を返せなかった時の言い訳かい?)
僕は精一杯の皮肉をこめて魔剣に告げる。
(汝がそう思うならそれでよかろう。我の思うところではない)
魔剣はいつもそうだった。
自分勝手で、いつもわけのわからないことを言う……。
*
「ローラン……」
リナルドに肘で小突かれた。
その意味がわかり、顔を上げると、オリヴィエがこっちを見ていた。
「ごめん、オリヴィエ。聞いてなかった……」
素直に謝っておこう。
魔剣と話してたとは言えない。
「まったく……。ローラン。今日のあなたは変ですよ?」
オリヴィエは僕の顔を心配そうに見ていた。
気付くと、全員が僕を見ている。
「うん、なんだか疲れているのかもしれない。ここのところ考えることが多くてさ。僕、そういうの、苦手だし……。ごめんね、みんな」
みんなにも謝っておく。
あまりみんなに心配かけるのも悪い気がする。
「まったく、あなたという人は、そう言ってなんでも人任せにするのはよくないですよ」
オリヴィエは困った子を見るような視線をおくってきた。
「まあ、ローランの苦手なことは、我々で補佐すればよいわけだ」
「チュルパンがそうやって甘やかすからいけない」
「サンソネット。いつわしが甘やかしたと?」
チュルバンとサンゾネットの言い争いが始まった。
司祭と修道僧。
その意見の違いから、二人はたびたび衝突をしていた。
「いい加減にしろ」
オルランドが沈黙を破り、さっきよりも低い声で注意する。
これは、第二段階の警告だ。
これ以上、オルランドが怒ることがあってはいけない。
この段階のオルランドが話すと、いつもまとまる。
だから僕も何も言わない。
黙っているのが一番だ。
「ともかく、ローラン。デュランダル将軍に帰還命令が来た。そして、国境にメルツ王国軍が集結している噂がある。しかし、その数、軍容ともに不明だ」
オリヴィエが僕にもわかるように、今までのことをまとめて話してくれたようだった。
最初からそうしてくれたらいいんだけどな……。
「わしのほうも、そろそろいいかの」
頃合いを見計らったように、アヴィリオじいさんが話し出した。
オリヴィエもだまって頷いている。
「デュランダル将軍に帰還命令を届けた伝令に聞いたのじゃが、王都リューゲではローランの謀反が噂されておるようじゃ。今回のデュランダル将軍の急な帰還命令はどうもそのあたりがからんどるようじゃ」
さすがにアヴェリオ爺さんは古参兵なだけあって、いろいろ顔が聞くようだった。
それにしても、謀反ってなんだっけ……。
「はぁ? あいつらバカか? ローランがいなかったら今頃あいつらの首は胴から離れてさびしい思いしてるだろうに」
ワルターが、あきれたように叫んでいる。
心底、訳が分からんという風に、体全体で表現していた。
「あの王なら考えかねんよ。なにせ、毒殺王」
チュルバンは、オルランドとオリヴィエをちらりと見ている。
しかし、二人ともチュルバンの視線を知らんふりしてかわしていた。
「とりあえず、今日は情報の共有が目的だ。我々の前にも後ろにも敵がいる。そう思ってこれからは行動しないといけない。国境付近には偵察を出しているので、何かあれば知らせが来る。それまでは各自持ち場にて待機だ。義勇兵と我々だけが、この最前線を支えることになる」
オリヴィエが最後のまとめて、会議は解散となっていた。
結局、よくわからなかったけど、最終的にオルランドとオリヴィエの言うことを聞いておけば大丈夫だろう。
*
「なあ、本当に大丈夫か?」
リナルドはやはり僕のことを心配していた。
この幼馴染は精霊魔術師だけあって、僕の変化に敏感なのかもしれない。
「大丈夫だよ、リナルド。少し一人にしてくれないか……」
リナルドの気持ちがありがたかったが、今は一人になりたかった。
「わかった。僕も持ち場があるからまずはいくね。それとローラン。君はみんなの希望だ。僕らもそう思ってる。でも君がしんどい時は、僕たちを頼ってくれたらいい」
心配そうな顔のリナルドは、それでも僕の願いをかなえるために、持ち場に戻って行った。
でも、僕の願いは……。
本当の願いはそんなものじゃないんだ……。
「希望か……。僕は何故ここにいるんだろう」
思わず口に出してしまっていた。
幸いもうここには誰もいなかった。
(汝の問いに答うるものなし)
魔剣はそう告げていた。
そんなこと、わかってるんだ。
でも、なんでなんだろう。
そう考えたっていいじゃないか。
もう記憶も薄れかけたその姿。
最後に見たのは水族館だった。
人込みではぐれ、泣いているところ、真っ黒な穴に落ちた気がする。
そのあとは、赤ちゃんに戻っていた。
この世界でのお父さんとお母さんもいたけど、僕のお父さんとお母さんは別にいるんだ。
でも、この世界でのお父さんとお母さんはもういない。
この世界のお父さんとお母さんが、デュランダル先生に僕を預けた理由は知らない。
ただ、その後この世界のお父さんとお母さんは殺されてしまった。
誰に殺されたのかは知らないけど、あまり悲しくなかったと思う。
そして、元の世界のお父さんとお母さんの顔も、この世界のお父さんとお母さんの顔も、だんだん僕は分からなくなっている。
そんな中、デュランダル先生は僕の中にある力が世界を救うと言ってくれた。
だから僕は頑張った。
頑張ったら、デュランダル将軍は僕をほめてくれたんだ。
でも、本当は僕を救ってほしかった。
世界を救う力はあっても、僕を救う力はないんだ……。
大きくなった僕は、それを知ってしまった。
だから、僕はいつも泣いていた。
泣いているとき、僕はあの世界にいるような気がしていた。
心の中には、あの時落ちたのと同じような真っ黒な穴がある。
そこに入れば元に戻れるかもしれない。
そう思っても、その穴には入ることはできない。
だから、僕は泣くしかなかった。
それしかできなかったんだ。
でも、デュランダル先生は僕に言ったんだ。
泣くことはいつでもできる。
だから泣かないために、あがいてみろと……。
そして、先生は誓ってくれた。
僕の望みをかなえる方法を見つけると。
だから僕はあがいてみたんだ。
イベリアの洞くつで魔剣ソウルプロフィティアを抜いた時に、僕はこの剣にも望みをかけた。
(我が願いをかなえるならば、汝が願い、かなうやもしれぬ……)
魔剣の言葉に、僕は僕自身を救うために、その剣と共にあることを選んだ。
しかし、魔剣の望みは僕には叶えられそうになかった。
魔剣が望むのは人の魂。
それって人殺しじゃないか。
結局、僕はその望みもかなえることができずに泣いていた。
何も変わらない。
僕はいつも泣いていた。
十二人もの信頼できる仲間がいて、僕は幸せ者だと人は言う。
だけど、彼らにも僕を救うことはできない。
そもそも、彼らも本当のことを知った時、僕を受け入れてくれると思えない。
たぶん僕は、よその世界から来たよそ者なんだ。
僕は、僕自身を救えない。
僕の心の黒い穴は、いつもその顔をのぞかせているけど、吸いこんでくれない。
何も変わらない
何も変えられない。
何もできない自分に泣いて、何もしない自分に泣いた。
そんなとき、侵略者がやってきた。
国を守るという名目のもと、人を殺してもいい許可を王さまからもらった。
人殺しの許可。
僕は初めて何かが変わる予感がした。
魔剣はその力を使うたびに、その喜びに振るえているようだった。
魔剣が力を得るたびに、僕の願いにも近づいていると信じていた。
だから僕は頑張った。
頑張れば、頑張るほどみんな僕を褒めてくれた。
侵略者を殺せば殺すほど、みんな褒めてくれた。
だから僕は、また頑張ったんだ。
だけど、結局何も変わらなかった。
相変わらず僕の心にある黒い穴は、大きな口を開けている。
本当にそのまま飲み込んでくれないかな?
僕は帰りたいだけなのにな……。
今、元の世界に戻るための手段は、魔剣しかない。
デュランダル先生はまだあれを見せてはくれない。
魔剣は僕に人の魂を集めさせる。
侵略者を殺すことで魔剣は喜んでいた。
僕の仲間たちも喜んでいた。
そして、人々も喜んでいた。
でも、僕だけは喜べないでいる。
なんで、僕には何もないんだろう……。
そうして僕はまた、眠りの世界に誘われていた。
魔剣が何か言っているけど、難しすぎて、僕には何を言っているのかわからない。
(……我、汝の願いをかなえるものなり、汝この世界からの消滅を望むものなり)
そうだよ。
僕はこの世界から消えて、元の世界に戻りたいんだ……。
最後の言葉だけは理解できた。
だから僕はその部分を認めた。
(汝の……今は……でない)
魔剣はいつもわけのわからないことを言う。
考えることは苦手なんだ。
なんだか、ますます眠くなってきた……。
僕はただ、帰りたいだけなんだ……。
誰か僕を救ってくれないかな……。
次回いよいよアポロンが登場します。




