涙の粛清(ジュアン王国)
改稿にて入れ替えてます。
「そんな馬鹿なことがあるものか!」
怯える使者をにらみつける。
そんなことをしても、意味がないのは分かっている。
しかし、それを納得するわけにはいかなかった。
皇太子弑逆罪
それがガイウスの罪らしい。
いや、そもそも罪を犯すはずがない。
ガイウスが皇太子マルクス様を殺害しようと思うはずがないではないか。
一刻も早く、彼の潔白を証明しなくては。
「王都に戻る」
野営地の本営天幕を出ながら、そう宣言した。
周囲があわただしく動き出す。
設営したばかりだが、事は急を要するのだ。
ガイウスは何者かにはめられたに違いない。
しかし、どう考えても相手が分からない。
怪しい相手を考えたらきりがない。
そもそも、この視察を計画した時から、妙な邪魔が入っていた。
視察を、軍事教練に変えなければ、王都から出ることすらできなかった。
まあ、行先をごまかしたのは事実だが、そんなことで罪になるはずがない。
視察自体が妨害されていたと見るべきだろう。
そして、その結果は、ガイウスのつかんだ情報の通りだった。
アプリル王国との国境まで足を延ばして、たくさんわかったことがある。
その中でも特筆すべきは、民の暮らしは安定しているという事実だ。
王都周辺以外では……。
周辺貴族の治世がよくなったのか?
これまで、私とガイウスに報告されていた情報がでたらめだったのか?
おそらくは、後者だろう。
何者かが、我々にウソの情報を流していたんだ……。
自分の目で確かめて、ようやくわかった。
アプリル王国の民を受け入れても、この国には、十分にやっていける余力がある。
しかも、未開拓の土地さえもあった。
それは周辺貴族にとっても、移民として受け入れる余地があることを示している。
むしろ積極的に受け入れを表明した辺境貴族もいた。
官僚どもは、何を見てたのか。
いや、私もそうだ。
見えるものしか見てなかった……。
この調査報告を、ガイウスに託して届けさせた。
私のもとにもたらされて報告と、今回の視察で得られた結果では矛盾が生じている。
これは、おそらく不正がまかり通っているに違いない。
それを洗い出せば、この国はきれいになるだろう。
ガイウスにはそのために、一足先に出発してもらった。
その結果がこの報告だ。
到底、納得がいかない。
一刻も早く王都に帰り、何が起こったのか見定めなければなるまい。
「ユリウス様自重してください。マルクス皇太子殿下の暗殺未遂事件。あなた様にも影響が出る可能性があります」
もう一人の副官であるルキウス・コルネリウスが、大慌てで私を止めにきた。
「ルキウス、なぜ止める」
私は正直いって、この司祭が嫌いだった。
何かにつけてガイウスのことを悪くいうこの男は、私を担ぎ自分の野望をかなえようとしている。
そして、それを否定しない。
「考えても見てください。マルクス皇太子殿下がなくなられた場合、誰が一番得をしますか? そして、ガイウス殿は誰の副官ですか?」
ルキウスは、私が皇太子殿下を弑逆してもおかしくはないと告げていた。
「何ということを。馬鹿なことをいうな!」
思わず声を荒げていた。
周囲の者が驚いて作業を止めている。
しかし、我々の雰囲気がいつも通りだと思ったのか、自分たちの作業に戻っていた。
「ユリウス様。だから自重してほしいのです。ここで軽挙なされては、ガイウス殿も悲しみましょう。まずは情報を集め、どのような経緯でそのようになったのかを知るべきでしょう。我々は一応軍事教練もかねています。軍として王都を出ているのですぞ。ガイウス殿の疑いがかかったまま、ユリウス様が王都に向かえば、たちまちあらぬ誤解をうみますぞ」
ルキウスは、この軍自体も疑われると諭してきた。
確かにその通りでもあった。
奴の言うことは全く正論だ。
「まずは、私が行ってまいります。ユリウス様は予定通りの行動をしてください」
ルキウスの正論に、私は躊躇してしまった。
ルキウスの言葉は正しい。
しかし、どうしてもすんなりと受け入れられなかった。
今回のことは、納得いかないことだらけだ。
本来なら、私自身にも容疑がかけられてもおかしくないはずだ。
副官のガイウスに対しては疑いがかかり、私にはないというのはおかしなことだ。
それこそ、ルキウスの言うように、私自身が黒幕としてもおかしくはないはずだった。
何らかの意思が働いている気がする。
それも、複数。
その意思をルキウスが見逃すとは思えない。
野心家であると同時に、奴は有能だ。
ひょっとすると、そのいずれかと協力するかもしれない。
いや、きっとその可能性は高いだろう。
「いや、私が行こう。私が直接皇太子殿下と話をする。軍を動かせないから、単独で行く。お前はのこって、予定通りに事を行え。これは命令だ」
強硬策に出るしかない。
私だけ王都に帰って、その意志を確認する。
それしかガイウスを助けることはできないだろう。
命令した以上、ルキウスに反論は許さない。
ルキウスもそこは承知しているのだろう、それ以上は何も言わなかった。
「よし、いくぞ!!」
困難な選択をしているに違いない。
しかし、ガイウスを助けるためなら、なんだってできる。
「まっていろ、ガイウス」
馬に鞭を入れて、駆けさせる。
私の進路を邪魔するものは、何者でも容赦するつもりはなかった。
***
国境地域から王都まで、馬を乗りつぶしながら進んでいた。
駆けて、駆けて、駆け続けても、気持ちには一向に追い付かない。
装備も、荷物もすべて置き、ただ剣のみをもっての強行軍に、いったい何頭の馬を犠牲にしたことか……。
それでも、帰らねばならない理由があるのだ。
そしてようやく王都までたどり着いた時、私の体はすでに悲鳴を上げていた。
少しだけ休憩したい。
体はそう望んでいた。
しかし、王都の大門、そのわきに妙な人だかりができているのが気になってしまった。
なぜかそこに行かねばならない感じがする。
馬を捨て、人だかりをかき分けて、その場所にむかう。
妙な胸騒ぎがしていた……。
こんなところに、こんな人だかりができるなんて……。
疲労した体は、人の押しけるのさえ困難だった。
ようやくかき分けたとき、急にぽっかりと空いた空間にでた。
いきなりのことで、わが目を疑う。
しかし、それは間違えることのないものだった。
そんなばかな……。
抗う事の出来ない現実を目の前にして、私の精神は疲労した肉体と共に地に落ちていた。
「なぜだ!」
その姿を見ることなく、そう叫んでいた。
誰はばかることなく、地面に拳を打ち付ける。
こんなことがあってたまるか。
彼が何をしたというのか。
私の疑問は、いつもこの友人が解決してくれていた。
しかし、いつも私の問いに答えてくれる友人はそばにはいなかった。
見間違いかもしれない。
おもむろに、もう一度、変わり果てた姿を見あげる。
私のよく知るその顔は、もう笑うことはなかった。
私が頼りにするその口は、もう私に助言をくれない。
そして彼の体があるべき場所には、彼がこうなった理由が書いてあった。
皇太子暗殺未遂主犯 ガイウス・マリウス
斬首刑
ふと見ると、彼の隣に少女の顔がある。
彼女にも同じように書かれていた。
皇太子暗殺未遂実行犯 マリー
斬首刑
誰だ、あの娘は?
初めて見る顔に違和感をおぼえた。
そんな私の疑問を晴らすかのように、私の後ろでは人々の噂話が始まっていた。
「なんでも、皇太子のメイドをつかったらしい」
「あんな少女の操をうばって、無理やり言うことを聞くようにしたらしい」
「いや、魔法で洗脳したらしいよ、お腹には子供もいたらしい」
「あの子の母親が病で苦しんでいるのに付け込んだらしいよ」
なんだその話は!
そんなことあるはずがないだろう。
「ちがう! 彼はそんなことをする人間じゃない! 誰だ! 今そんなこと言った奴は!」
彼の名誉は守らなければならない。
振り向きざまに叫びながら、無責任なこと言う人間をにらみ探す。
誰も私と視線を合わさない。
なおも睨み続ける私の前から、次々とこの場から立ち去っていた。
私がいることが、人づてに伝わっていく。
いつしか私は一人、この場所で彼を見上げていた。
「あの……。ユリウス様……。お渡ししたいものがございます」
あまりに懐かしい声に、思わず声のほうを見た。
いつの間にか、私のすぐそばに老婆が立っていた。
その顔、その姿を見て、思わず涙があふれ出てきた。
「おばば……」
私とガイウスがともに遊んでいた山の管理をしているおばばだ。
私たちは何かあると、おばばのところで落ち合うことにしていた。
そのおばばが、王都に来ていた。
「これを……。ガイウス様の最後の言葉です……」
おばばはそっと、記録魔道具を私に差し出していた。
ひったくるように受け取り、それを無言で見つめる。
しばらくすると、記録映像が映し出された。
一瞬、ガイウスの顔がうつり、そこの少女の姿が映し出されていた。
切羽詰まった状況は、その表情と口調から見て取れた。
「ユリウス。時間がない。手短にはなす。どうやらはめられた。ここに映っているのは、皇太子殿下のメイドだ。血まみれのナイフを持ってここにやってきた。これは魔法探知で、指示された相手をさぐるためのものだ。しかし、この魔法には欠陥がある。たしかに、かけた相手のもとに来るのだが、姿を変えてもその人物を認識した時点でかかってしまうのだ。つまり、誰かが俺の姿でこの少女に指示したのだ。ここから避難することは可能だ。しかし、このまま俺が逃げると、たぶんお前に容疑がかかってしまう」
ガイウスは悲しそうに目を伏せ、頭を小さく振っていた。
「ユリウス。自重しろ」
再び顔を上げたその眼差しは、決意のこもったものだった。
「これは明らかに罠だ。俺を陥れて、お前をあおるのが目的だ。何者かはわからんが、おそらく皇太子殿下にも接触しているだろう。でなければ、メイドの行為は成功するはずだ。あれは、皇太子殿下のお気に入りの少女だ。俺の調べではお腹には、赤子がいるらしい。これは事情が複雑に入り組んでいるだけに、黒幕が分からん。もしかすると、複数の思惑が絡んでいるのかもしれん。しかし、俺を狙ったということは、お前の押さえを効かなくすることが一番の目的だと思う」
映像に喧騒がまじってきた。
「素早い対応だ。この速さでここまで来たということは、俺は有無を言わさず殺されるだろう。これを託すのはおばばしかいない。頼む。おばば。ユリウスにこれを渡してくれ。ユリウスは必ず一人で来るはずだ。そっと近づいて渡すんだ」
ガイウスは最後に泣いていた。
「ユリウス。お前と親友なれて本当によかった。その親友の最後の頼みだ。自重しろ! いいな……」
そこで映像は途切れていた。
物質転送をしたのだろう。
おばばそれを受け取ってここまできたのだ。
「ガイウス様。あなた様からのお届け物、確かにこのおばばがユリウス様に届けましたぞ」
おばばは物言わぬガイウスの首に、そう話しかけていた。
「あなた様は昔から先を見通せる子でしたが、唯一ダメなのは、自分のことはわからない子でしたね。おばばがついていながら、こんな姿にさせてしまって……。こんないい子をこんな目に……。だれか、おばばに教えておくれ……。なぜ、この子が……」
おばばの背では決して届かぬその首に、懸命に手を伸ばしている。
涙を流しながら、必死にガイウスに語りかけている。
そんな姿をこれ以上見ていることができなかった。
「ガイウス。無理だ。いくら親友の頼みでも、こればっかりは聞き入れられない」
その首をとり、両手でその顔を目の前に掲げた。
「見ていろ、ガイウス。お前をこんな目を合わせた者どもを、お前と同じ目に合わせてやる。黒幕など関係ない。私はこの国に、この世界に愛想が付いた。お前のいないこの世界になど、もはや何の興味もない。お前と共に作れぬ未来など、何の意味もない」
愛国心をうしなった私に、聖剣ジュリアスシーザーはその加護を急激に消失させていった。しかし、それと共に信じられないほど膨大な力が私の中に流れ込んできていた。
何という力だ……。
そう感じると同時に、昔この剣を受け継いだときに聞いた話を思い出していた。
「聖剣ジュリアスシーザーは、もともとは覇王の剣。愛国心を持つものが握れば聖剣となり、それを持たぬ者には、覇者となるための魔剣となる。ゆめゆめ忘れるなよ……」
今まさに、私とジュリアスシーザーは生まれ変わっていた。
「よかろう、お前もそれを望むのであれば、この国を、ガイウスを殺した犯人がいるこの国をわたしの手で粛清してやろう」
必ずその罪を暴き出して、さらしてみせる。
「そしてあの世で後悔させてやる」
私は、そう叫んでいた。
私の叫びは、大気を震わせ、拡散していく。
それと共に、私の中で憎しみも増加していった。
まずは、皇太子マルクス=アポッリナレス=ウル=ジュアン。
おまえだ!
私はそのまま剣を抜き、王都の門をぬけて、皇太子の館に向かっていた。
いつの間にか、私の後ろには付き従うものができていた。
「これが魔剣ジュリアスシーザーの力か!」
面白い。
そいつらを振り返り、高らかに宣言する。
「見よ! 今宵、わが友を愚弄した輩に神罰のつるぎが舞い降りる。我はユリウス・カエサル。その神罰の執行者となるものだ。つづけ! 我と共に!」
私は一気に駆け出していた。
私の宣言に、付き従う者たちが雄たけびをあげる。
私のあとに、どんどん人が集まってくる。
「見ているか。ガイウス。お前の無念は必ず晴らす!」
私の心には、もはや彼の最後の頼みは消えていた。
私の心にあるのは、彼の無念の涙だけだった。
*
その日。
王国は建国以来のジュアン王直系の血筋が、たった一人の姫を残してすべてなくなっていた。
年を重ねた男はその一部始終を記録し、風のように消え去っていた。




