ユリウス・カエサル将軍(ジュアン王国)
改稿にて入れ替えてます。
「ユリウス様。こちらにおいででしたか」
後ろから声をかけられて、ゆっくり振り向くと、まだその姿は遠くにあった。
おそらく声だけ飛ばして呼び止めたのだろう。
魔法の便利さを実感すると同時に、彼の父親のしかめっ面が目に浮かんできた。
立場上、ここで手を振るわけにはいかない。
そのまましばらく、この場で待つことにした。
「ガイウス。マリウス家の跡取りが、そんな調子ではまた父上に怒られるぞ」
魔法を単なる手段にしか考えていないガイウスは、マリウス家では異端だった。
マリウス家は代々筆頭宮廷魔術師を輩出する名家で、現在の筆頭宮廷魔術師も彼の父だ。
そして実力も折り紙付きで、この国で彼の父にかなう魔導師はいない。
しかし、ガイウスはそんな父親に反発していた。
魔法を高尚なものとし、すべてにおいて厳格な規則に当てはめて行動する父親に対して、ガイウスはことごとく反発していた。
魔法は便利な力。
それを使って何が悪い。
それが彼の言い分だった。
使わないのと、使えないのは、彼にとって等しく無意味なものだった。
「あの頑固者は、一度死んで、もう一度魔法の深淵を覗いてくればいいんです」
議論は互いに平行線で、ガイウスはそのたびにそう鼻を鳴らしている。
「はは。慈悲もない……」
たとえ軽口であったとしても、父親の死を口に出せる奴がうらやましかった。
私はまさにそのことで悩んでいるというのに……。
「何か心配事か?」
私の心を読んだのか、そっと近づいてくると、小声でそう尋ねてきた。
役目上、彼は私の副官であり、私の身分を考えると、そのように接することは不敬になる。私の出自はともかく、今はそれなりの身分にいる。
しかし、同時に彼は親友でもある。
幼いころから苦楽を共にしてきたかけがえのない友だ。
身分とは関係ない私的な部分では、しっかりと親友として接してくれる。
それがガイウスのいいところだった。
「いや、あのことについて悩んでいた」
包み隠さずその理由を話す。
途端に、ガイウスの顔が険しくなった。
「……ユリウス。悪いことは言わない。あの男とはもう会わない方がいい」
ガイウスはいつになく真剣なまなざしで、私を見ていた。
「あの男は危険だよ。あの笑顔の下は、危険な欲にまみれている。こちらが望むようにしているように見えて、しっかりと自分の利益を確保している」
ガイウスの評価は厳しかった。
しかし、それならば商人はみな同じではないのか?
「君の考えはわかる。私が言いたいのは、その規模だよ。君が思っている以上にあの男はしたたかで、大きな影響力を持っている」
ガイウスがそれほどまでに危険視するとは……。
「規模とは?」
それは何を表しているのだろうか。
「そうだな……。例えばある家が明日食べるものをどうしようと考えているとする」
聞いたことのある例え話に、思わず息をのんだ。
「そこに、隣の家が火事になり、そこの家の人間が食べものと住むところを求めてやってきた。その家の当主は、その隣の家の人間に自分の家とその食べ物を分けようと考えた」
ガイウスの眼は真剣だった。
「その家の家族は、その当主に反発した。その結果、その家族はバラバラになり、血みどろの争いに発展した」
いきなりの展開だが、それは最も考えられることだ。
その先はどうなる?
ガイウスはいったい何が言いたいのだ……。
私の視線をまっすぐに受け止めて、ガイウスはおもむろに語り始めた。
「なあ、ユリウス。考えてもみろ、なぜ火事が起きた?」
話の続きではない。
ガイウスは、その原因を尋ねてきた。
なぜ?
そんなこと、わかるわけがなかった。
火事が起きた。
物語はそこから始まったはずだ。
「考えてもみろ。なぜ、火事が起きたところから物語は始まるんだ? そして、よく考えてもみろ、登場人物は隣の家と受け入れた家の者だけなのか? 他の誰かが放火したとは考えられないか?」
ガイウスの言葉に、私は目からうろこが落ちた思いだった。
「隣の火事になった家と受け入れた家、とくに血みどろの争いになった家は、隣の家をどうするんだろうな。そこには惨劇が惨劇を呼ぶ結果しか見えない。結局誰もいなくなった家と土地は、誰のものになるんだろう?」
ガイウスの言うことは、私に恐ろしい未来を提示しているようだった。
惨劇が惨劇をよぶか……。
「でも、現実問題として、受け入れた家はどうしたらいい。隣の家はまさに燃えようとしているぞ?」
私はその解決方法がほしかった。
決して惨劇を望んでいるわけではない。
もしも、手段があるのならば、迷わずそれを選ぶだろう。
「私にも結論は出ていないよ。君と同じで、ここ数年、なぜか王都から出してもらっていない。そして、隣の家はまだ燃えてない。この問題は、村全体で話し合うことかもしれないんだ。そして、村の誰かが火をつけているのかもしれない状況では、下手に動くことはできない。そこが分からなければ、対応しようがないんだ。ただ、一つ言えるのは、真ん中の家だけは信用できるということだよ。君の妹はだから、その話を持ってきたんだよ。あの子は正しい目と、そして何より正しくものを考えることができる子だ。流石は君の妹だよ」
ガイウスはそう言って、私の肩をたたいていた。
そして小さく、耳元でささやいてきた。
「おまけに美人だ。将来がたのしみだ」
そう言って笑顔になるこの親友を、私は頼もしく思えていた。
私が道を踏み外そうとすると、すかさずその手を差し伸べてくれる。
何物にも代えがたい。
この世界に突然引きずり込まれた私にとって、数少ない喜びの一つ。
この友を得たことは、まさに僥倖といえるだろう。
「わかった。ガイウス。君の言に従おう。まだ考えていない方法だってあるはずだ」
家族を犠牲にして成り立つ未来は、やはり好ましいと思えなかった。
そして、あの子が悲しむ顔も見たくはなかった。
「さあ、問題は山積みだ。ガイウス、あてにしている」
私一人では荷が重くても、必ず半分持ってくれる友がいる。
そう思うと、笑顔になる。
「これは余計なことを言ったのかな?」
ガイウスも笑顔で返していた。
この親友がいればなんとかなる。
不思議と気分が軽くなっていた。




