旅立ち
アポロンはメレナに修行をつけてもらってました。
「よく頑張った。これで基礎は一通り教えたから、あとは経験と訓練あるのみだ。ボクが保証する。君は筋がいい。君のオヤジは攻撃できない腑抜けだったけど、君はボクの技も使える。特にその正拳は驚異的だよ。足技を繰り出さなくても十分じゃないかな?」
メレナさんが褒めてくれた。
よく頑張った。
これまで、散々なこと言われ続けたけど、その一言で報われる。
生まれ変わってから、まだ二ヶ月しかたっていない。
しかし、この体になる前と、後では全く感じが違っていた。
オヤジの話によると、以前は時間がなかったから、仮の体を用意したらしい。
それはオヤジのおふくろである――俺にとって祖母になるのか――大魔導師メルクーアの肉体をつかった人造生命体だった。
だから、オヤジの魂との適合に、若干無理があったらしい。
オヤジはその後自分の体を使って、最初から俺の体を作ってくれていた。
以前の体から、今の体に移るのはとても簡単だった。
たぶん最初からオヤジはそうするつもりだったに違いない。
そして、この体はこの魂にとても合っている。
しっくりとくる。
その言葉がやけに意味を持っていた。
始めの日は、魔法をしっかりつかえることを検証して、問題がないことを確認した。
そして、次の日から、メレナさんとの修行が待っていた。
すでに旧マルス辺境伯領に赴任しているカルツさんを放置して、メレナさんは俺のために残ってくれていた。
二ヶ月。
苦しかったが、今にして思えば、とても充実した日々だった。
この二ヶ月で、メレナさんからみっちりと体術を仕込まれた。
その訓練の中で、俺は正拳を特化させた自分の技を編み出すことにも成功している。
ボクシング。
オヤジの知識の中で、それはそう呼ばれていた。
飛翔と加速の同時発動を無意識下で行うことにも成功していた俺は、この正拳と合わせて戦うスタイルを確立している。
ヒットアンドアウェイスタイル
それが俺の戦闘スタイルとなった。
魔法だけに頼るのではない。
常に複数の手を用意しておく。
もう二度とあんな気持ちはごめんだ。
メレナさんとの特訓が終われば、瞑想の時間と魔法の研鑽に費やした。
必要なときにオヤジの知識を取り出せるようにも訓練していた。
出来る限り貪欲に、俺は自分を磨くことに専念していた。
そんな俺を、オヤジたちも応援してくれていた。
オヤジとは精霊たちの概念世界での特訓となった。
オヤジのように、無意識下でも魔法を発動するために、貪欲に気合を入れて修行をこなす。
その甲斐あって、俺はついにオヤジの常時展開型の攻勢防壁を、無意識下で発動することができるようになった。
この二ヶ月で、俺は本当に強くなったと思う。
「聞いてるかい、アポロン。君、失礼じゃないかな?」
怒り口調のメレナさんの声で、俺の意識は現実に帰ってきた。
「すみません。考え事してたもんで」
素直に頭を下げて謝る。
俺が自信を持てるようになったのは、この人のおかげだともいえる。
「まあ、君のオヤジさんも似たようなもんだし、似た者親子なのかな?」
メレナさんは肩をすくめて、ため息をはいている。
似た者親子。
今の俺はそう言われることがうれしかった。
「じゃあ、ボクもそろそろ行かないと叱られるので、明日出発するよ。今度会う時には、正式な試合でやりあえることを願うよ」
メレナさんは残念そうだったが、試合の約束という言葉の時には、すでに獲物を狙う目になっている。
「はい。師匠」
メレナさんが繰り出してきた正拳を、難なく受け止めて答える。
「よろしい」
メレナさんは満足そうにほほ笑むと、背中を向けて去って行った。
「ちょうど俺も出発なんですよ、メレナさん」
メレナさんの出発に合わせて、俺も密かに出発する。
見送りには行けないことを、心の中で謝罪した。
***
「では、おぬしはあくまで、アプリルは危ないと言い張るのじゃな」
デルバー先生は納得しながらも、その理由を聞きたそうだった。
「ええ、ユノの時に遭遇した工作員エピ・マルテス大佐の持ち物を解析した結果と英雄の手記から、イングラム帝国皇帝ジークフリード・クラウディウス・アウレリウスは異世界人だと確信しました。そして彼は、おそらく僕と同時代の人間ですが、軍人かそれに関連する人だったと思われます。この魔銃。これはいわゆる9mm銃と思われます。僕も詳しくは知らないですが、画像を見たことがあるので、間違いないでしょう。投擲に使用したのはC4と呼ばれるものを改良したのではないかと思います。これも実際に見たことはありませんが、オレンジ色の特徴的な閃光を出してましたので、間違いないでしょう。起爆信管にはごく少量の魔力を通すだけで恐るべき威力を持ちますね。仮に魔擲弾とよんでおきましょうか」
あの時に応酬したものを、改めて解析してみてわかったこと。
それは、この世界に持ち込まれてはいけないものが、持ち込まれたことを示していた。
「そして、この魔銃。一般人でも装備可能なんです。魔擲弾も訓練次第では一般人でも使えるレベルの魔力で作動します。これは、兵士すべてが騎士、または魔術師といっても過言でない軍事力になります」
そこから導き出した総合的な力は、正直脅威だった。
「そして、これらの兵器が実在しているということは、さらに恐ろしい兵器も再現している可能性があるということです。それはもはや既存の軍事力をはるかに超えます」
そこから、考えられる最悪のシナリオ。
それは、この世界を混沌に叩き込むようなものだ。
「いかに、聖剣デュランダル、魔剣ソウルプロフィティアが有能だったとしても、人一人が行う力には限界があります」
個人の武と集団の武を比べるものではない。
確かに、魔剣クランフェアファルの様な魔剣なら、それも可能だろう。
でも、聖剣デュランダルにしても、魔剣ソウルプロフィティアにしても、文献が正しければ、そこまでの力はない。
「それだけではないのじゃろ?」
その続きも知っているのだろう、デルバー先生は先を話すように促してきた。
「先生は何でもお見通しですね。そうです。あれを使わせてもらいました。まあ、あまり被害が出るのもなんですから、お返しくらいのものしか使ってません。師匠がまだ現地にいるので、被害が出るようなら撤退してくれますからね。でも、簡単に駆除されてしまいました。仕方ないので、ある程度の規模を出しましたが、これも簡単に防がれました」
はっきり言って驚異的だった。
しかし、事実だけを伝えた方が、デルバー先生にはいいだろう。
「それが兵器部隊によるものだと?」
やはり、デルバー先生は理解している。
「いわば魔導機甲部隊です。具体的には映像もとりましたので、ご覧ください」
師匠からもらったその映像を、デルバー先生にも見せる。
たぶんそれが一番理解してもらえるに違いない。
一度は見たけど、何度見てもすごいと思う。
それは圧倒的と言えるものだった。
鉄の塊が火を噴くという表現が一般的かもしれないが、その火力はたった一発でマンティコアを文字通り破壊していた。
「これは見せつけたのじゃな?」
最後に、デルバー先生はそう結論付けた。
「ええ、皇帝は僕が監視しているのを知っているようでした」
最後の映像は皇帝の笑顔と共に、その手の振りで映像が終わった瞬間だった。
「自信があるということじゃな……」
ため息をつくデルバー先生。
その真意は、何処にあるのだろう。
戦いを避けたかったのか?
被害を想像したのか?
「まあ、彼としては僕と直接対決は避けたいと見ましたけどね。それでも、自分の優位を見せたかったのだと思います。ただ、彼の誤算は、英雄マルスが僕のことをよく知らなかったことでしょうね。この映像をみても、僕には驚きはありますが、対策をとれないわけではありませんので」
そう、それが大きい。
確かに、マルスは皇帝と会見し、英雄マルスの知識を提供している。
でも、そもそも俺のことを全く知らない時の話だ。
皇帝は、俺のことはマルスから聞けなかったに違いない。
こちらは知っているが、向こうは知らない。
この差は大きい。
「おぬしにしては珍しいの、まあ、頼もしい孫じゃからそれも悪くないの」
デルバー先生はひげを揺らして笑っていた。
「この世界において、やってはいけないことを彼はしました。あれは、この世界の人間が独自に開発なり研究なりをして得たものなら僕も納得します。しかし、よそ者が自分のためにそれを使うことは見過ごせません」
そう、ある程度のものは仕方がない。
でも、皇帝はやりすぎている。
「それで、具体的にはどうするんじゃ?」
俺の気持ちは、一応理解してくれたと思っておこう。
今後この俺の方針は、世界の歪みを正すこと。
そのためには、あえて渦中に飛び込む必要もある。
でも、正直に言えばたぶん反対されるに違いない。
「ええ、なのでアプリル王国はアポロン任せようと思います。彼もメレナ先輩にいろいろ教えてもらって強くなりました。もう、以前の彼ではありません。炎と氷の精霊と契約もしましたから、ますます頼りになりますよ」
もしも、デルバー先生にとって俺が自慢の孫であるのならば、アポロンは俺にとって自慢の息子だと思う。
デルバー先生も言葉こそ出さないが、アポロンのことは認めてくれている。
ただ、禁呪の危険性についての説明は、もう勘弁してほしかった。
「それはそうと、あ奴は髪を短くしておるの。なにかあったのか?」
デルバー先生の言うとおり、アポロンの容姿は変わっていた。
その姿は少年と呼ぶにふさわしいものだと言える。
「そうですね。何か思うところがあったんでしょう。僕はその心まではわかりません」
デルバー先生の問いには、やんわりと笑顔で応えておこう。
人には触れられたくないこともあるものだ。
「まあ、特に気にすることではないのじゃろうの。で、潜入させて、どうするんじゃ?」
デルバー先生もその事を深く追及するつもりはないみたい。
恐らくあれは、アポロンなりの決意の表れ。
再びこの俺の髪と同じ長さになるまでに、実力を高めていこうという意志に違いない。
ただそうなると、俺のフリもしてもらわなければならないから、今度は俺がアポロンのように見た目の髪を束ねて変装しなければならないのだが……。
まだ、アポロンに分けた魂の力が回復していない以上、今の俺は髪を切ることができない。
「それは彼に任せました。ただ、僕のお使いだけはしてもらいます。まずは各拠点に設置されているとおもわれる帝国のお土産の除去と再侵攻想定ルート内の避難勧告です。これにはかの地の英雄の協力をもらう必要がありますが、たぶん大丈夫でしょう。ジュアンの方は、ユノが説得してくれたかいがあって、受け入れを承諾してくれています。だから、一時的なものだと言ってくれるでしょう」
今後予定されている行動について、アポロンには情勢と要点のみを伝えて、あとは任せるつもりだった。
「なるほどの。そう言えば、そのユノじゃが、ひどく怒っておったが、どうしたのかの?」
白々しい……。
そんな笑みを浮かべても、事実は変わらないですよ。
「それは先生のせいでしょう。彼女には王国に帰る時には護衛すると約束させられてたんですよ。それを果たせないから怒られたんです」
瞬間移動を覚えたから、ユノは一瞬で行き来できる。
それでもユノは、もう一度陸路で帰りたがっていた。
「そうじゃったかの?」
しらを切るデルバー先生。
でも、口元が笑ってますよ……。
「まったく、そういう時だけ老人ぶるのはやめてください」
ため息しかでない……。
そのおかげで、散々文句を言われた挙句、また無茶なことを言われたんですからね……。
「ほっほっほ。まあ、過ぎたことはしかたがない。明日を考えよう。明日はメレナも出立する。王都を上げて見送るので、アポロンのいい隠れ蓑になるじゃろうな」
楽しそうなデルバー先生だが、その眼はどこか遠くを見ている。
しかし、デルバー先生は英雄マルスからいろいろ言葉を教えてもらったみたいだな。
「メレナ先輩には申し訳ありませんが、アポロンのためと思ってもらいましょう」
帝国が恐らく俺を警戒しているだろう。
もともと魔法的に監視することの危険性は分かっているはず。
そうなると、目視での確認が必須になる。
だから、俺が講師をすることで、ここにいることをアピールできる。
そして、攻勢防壁を覚えたアポロンが、今後は秘密裏に行動する。
デルバー先生もそう思っているだろう。
「では先生、僕はこれから講義ですので、これで失礼します」
俺がおとなしく講師をすることに、デルバー先生は安心している。
今しかない。
学長室から出るふりをして、ドアの前まで歩き、思い出したかのようにデルバー先生に尋ねる。
流れとして不自然じゃない。
「そう言えば、先生に頼まれていたストーンゴーレム、千体でしたっけ?」
外に出かけるならば、単位をとること。
それが、デルバー先生の課題。
そのゴーレム千体が入った魔法の袋を学長室の床に置く。
「おお、できたのか?じゃが、それでは単位はやれん。わしが頼んだのは五千体じゃぞ?それができたらじゃ」
デルバー先生は意地悪な表情をしていた。
「ああ、すみません。そうでした。では、これで僕の外出許可も下りたということで」
残り四袋を学長室の床に置いて、最終確認を取る。
いつも後れを取るとは思わないでほしいな、先生。
「なっ」
デルバー先生は完全に固まっている。
真実の眼で見える範囲で作ったのは確かに千体しかない。
でも、俺には特別な空間がある。
「先生の目の届かない空間を作りましたので、この指輪、そこでは無力ですね。では後程、正式に外出許可をいただきますので、よろしくお願いします」
にっこりとほほ笑み、学長室から出て行く。
まあ、材料を切り出すのに、外出していることは内緒にしておこう。
あの山もずいぶん地形が変わってしまったし……。
想定される戦場を含めて一石二鳥だから仕方ないよね。
ただ、ゴーレム見ればそれも分かるだろうな……。
***
「あやつめ……」
やりよるわ。
完全にこのわしを出し抜きよって……。
「よし、これを使って、一気に防衛強化じゃの」
今までも黙って出歩いておったのじゃから、もう考えても仕方あるまい。
それよりも、せっかくのゴーレム。
しっかり有効活用しようかの。
まずはあそこに転送しておこう。
目の前の魔法の袋を転送させた後、魔導通信をカルツに入れる。
「あーカルツよ。そっちにヘリオス印のストーンゴーレムを四千体おくったので、自分で認証して起動させておくようにの。ヘリオスのことじゃから、袋を開けると全部認証できるように細工しておるじゃろうから、必ず自分であけるのじゃぞ」
それにしても、最高の材質をふんだんに使ったんじゃろう。
さぞかし、強いものができるじゃろうな。
じゃが、あ奴のはデザインがありきたりすぎてつまらんのじゃがの……。
もう一つの魔法の袋、その転送を見届けてから、バーンに連絡を入れる。
「あーバーンかの。そっちにヘリオス印のストーンゴーレムを千体送っておいた。袋を開けるとおぬしの言うこと聞くようになっておるから、必ず自分で開けることじゃ。普段は……。そうじゃの、街の外にでも立たせておったらよい」
何か言おうとするバーンを無視して会話を切る。
たしかにあの街の規模で、千体のストーンゴーレムは多すぎるじゃろうな……。
将来、石像の街とでも呼ばれるかもしれんの……。
しかし、オーブの分がないの……。
まあ、どうせヘリオスの事じゃから、まだもっとるじゃろうの。
後でもらうとするかの……。
それよりも先に、わしの用事も済ませておこうかの。
瞬間移動しながら、考え直す。
やはりヘリオスには、先にゴーレムの何たるかを語らんといかんの。
***
翌日。
メレナさんはその身を着飾って、王都を進発していた。
王都は新しい英雄の門出を祝福している。
同時にそれは隣国で行われた戦争の影響があるようだった。
英雄マルスがいないことは、思った以上に王国の民に影響を及ぼしていた。
これは、そういった暗い影を払拭するために行われたものらしい。
国威発揚
そういうものだとオヤジは言っていた。
メレナさんほど、これにうってつけの人物はいない。
ベリンダは俺たちにも見えるように、遠見の魔法を拡大して、その光景を見せてくれていた。
そしてオヤジは、それを見ながら俺の旅立ちを祝福してくれている。
「じゃあ、アポロンよろしく頼むね。ダプネ、ヒアキントス、君たち二人でアポロンを支えてあげてね」
俺はもちろんのことながら、その後ろで控えている少年と少女にも声をかけている。
「ボスとともに、王のご期待に沿えるよう、全力を尽くします。この炎にかけて!」
ヒアキントスが熱い意志を見せていた。
見なくても分かる。
その瞳は真っ赤に燃える炎のようであり、彼が炎の精霊である証のようなものだ。
真っ赤な髪は短く切りそろえられており、躍動感あふれる炎のようにも見える。
「王よ。マスターと共に、再び御身に拝謁する栄誉をいただけるよう、このダプネ一命にかえましても」
堅苦しい挨拶をするダプネは、さすがに氷の精霊と思えた。
短く整った水色の髪。
そして、かわいらしいが、表情を全く変化させないその顔。
たぶん今も、その顔は無表情のままだろう。
まさに彼女が氷の精霊であることを表しているようだ。
「ヒアキントス、ダプネ。君たちに期待している。アポロンのことをよろしくね。これは君たちの門出を祝うものだ」
オヤジは二人を前に呼び、その頭にそれぞれ手を置いた。
「精霊王の名において、この者たちに祝福を」
オヤジは祝福の魔法を精霊王の加護と共に発動させていた。
これにより二人の力は以前より引き上げられたようだった。
「おお、力がみなぎる」
「うん、すばらしい」
二人とも、その力に驚いている。
契約ではないが、それなりの効果は働くだろう。
「アポロン。君に渡した指輪は大切にしてね。そして英雄ローランにあったら、まずはその指輪発動させるんだ。そうすればあの魔剣は口出しできない。そして、あの魔道具を見せて言うんだよ。たぶんそれで交渉はうまくいくだろう。もう君には言わなくても分かっているだろうけど、民の安全を第一に行動してね。そして、これを必ず進軍ルートの土の中に埋めるんだ。たくさんあるけど、使いかたはわかるよね」
大量の魔道具が入った袋を渡しながら、俺を抱きしめてきた。
一体なんだ?
訳が分からないが、ノルンが笑顔で頷いている。
「大丈夫だ。じゃあオヤジ、行ってくるよ」
短くそう告げると、姿隠しをつかって王都を後にする。
見送りはオヤジとその精霊たち。
しかし、俺にはそれで十分だった。
「今度こそやり遂げて見せる。いくぞ」
「オーケー、ボス」
「イエス・マスター」
今、俺たち三人の挑戦が始まった。
アポロンはアプリル王国に向けて旅立ちました。そして、無事にデルバー先生との約束を果たしたヘリオスは、自身も動き始める準備をしていきます。




