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ヘリオス先生

精霊魔術入門講座でのお話です。少し息抜き的なものを

「どうです? ユノさん。ヘリオス様の講義は初めてですよね?」

小声でそうささやいてくるルナを見て私は少しあきれてしまった。


「まあ、そうなのだけど……。あなた、ここにいて何かいいことあるの?」

私は精霊魔法使いじゃない。

ルナだって、そう。

古代語魔法使いと信仰系魔法使い。

私達二人は、この講義に全く関係ない人間だった。


「それは、あとのお楽しみです」

私の変化を楽しむかのように、ルナはにっこりと微笑んでいる。

強引に誘われてきたものの、やっぱり私にはこの講義を受ける意味を見いだせずにいる。

まあ、アイツの講義を全く聞かないというのも友人として薄情かもしれないわね。

でも、聞いていたとはいえ、この人数はすごいと思う。


「それにしても、この人数が精霊魔法に興味があると思えないんだけど……」

この教室にいるすべてが精霊魔法を学びに来ているとは思えなかった。

中には私のような人間もいるかもしれないが、それでも多すぎる。

というか、全部女じゃない。


私は少し腹が立っていた。

私が大変な目に合っている中、アイツはこんな教室で、こんなにも女生徒に囲まれた講義をして……。

鼻の下を伸ばしていたかもしれないと思うと、言いようのない怒りが沸き起こってきた。


しかも、自分では助けに来ず……。

まあ、結果的には助けられたけど……。

ともかく、最初から助けに来ずに、自分の息子? という自分そっくりな子を使って……。

その間はこの教室にいたなんて……。


「許せないわね」

思わず、拳に力が入る。


「ユノさん。声を落としてください。ちなみに、最前列の子たちが、精霊魔法の資質がある子たちです。貴族の中でも、その資質に目覚めた子たちですよ。一人は知ってますよね。そして、その後ろにいる人たちは、精霊魔法をつかえません」

楽しそうにほほ笑むルナが、小声でそう説明してくれていた。


「じゃあ、なに? 三人しかいないじゃない……。他の女は何のために来てるの?」

あきれた。

でも、三人も精霊魔法の資質があるというのは少し驚きだわ。


「ユノさん。少し声が大きいです」

焦ったように、ルナが注意してきた。

しかもさっきよりも小さな声だった。


一番後ろの一番端で小さく話している私たちの会話を、誰が気にするのだろう。

他の講義でもこの席はやる気のない人が座るところだった。


「ユノ、この教室はね、小声でも聞こえるんだよ。シルフィードのおかげでね」

アイツは授業を中断して、困った顔でこっちを見ていた。

教室中が私たちを見ている。

いつの間にか、隣のルナは本で顔を隠していた。


「……」

羞恥心でわたしは何も言えなかった。

そう言えば、アイツに講義を見に行くと告げた時、そう言われたような気がする……。


「さあ、みんなも授業に集中してね。ユノの教えを理解してね」

アイツは私をだしに使って講義を再開していた。


私を放置した挙句、こんな講義で鼻を伸ばしていたなんて、許せない。

何か質問して困らせてやろう。

そう考えると、真剣に講義を受ける気になっていた。


「では、円については以前説明しましたね。円とは平面上の、定点からの距離が等しい点の集合でできる曲線と位置付けられます」

アイツは二つの絵を空間に映し出して説明していた。

なに、それ。

こんな講義見たことないわ……。


「これがこの講義の一つの特徴なんです。魔道具を使った視覚効果だそうですよ」

目の前に映し出された映像は、アイツの手で自由に回転や拡大、縮小ができるようだった。しかも、入り口で手渡されていた平たい板状の魔道具を使えば、同じものが自分の手元でも再現できていた。


「おもしろいわね」

思わずつぶやいてしまい、あわててそれを飲み込んだ。


こんなことで感心なんかするもんですか。

隣でルナが微笑んでいたけど、今は気にしないでおこう。


だいたい、この講義は精霊魔法入門じゃなかったの?


「では、この二つの円。君たちはちがいがわかるかな?」

アイツはそう言って二つの円の違いを聞いていた。


左はよくみる円よね。

特に何の特徴もない。

しかし、右はところどころ書いていないところがあった。


「ヘリオス先生。右の方は円と呼べるんでしょうか?点の集合を線として認識するなら、線が書かれていないところを距離が等しいと言えるのでしょうか?」

意地悪な質問で、アイツを困らせる作戦。

その第一弾を発動した。


教室の全員が私を見ていた。

その顔は、なるほどという顔と、何を言っているのだという風に分かれている。


しかし、あらためて見ると、全員かなりかわいい子たちだった。

アイツに対する怒りがまたぶり返してきた。


「ユノ。君の質問が、そのものだよ」

アイツは私の意地悪に対して、いつもの笑顔を向けてきた。


「先生、意味が分かりません」

私は悔しくて、つい即答してしまっていた。


「うん。僕の質問の答えですよ。その通り、違いはこの線。君たちから見て左は実線で右は破線に見えるよね」

アイツはそこで全員を見回している。


「じゃあ、手元の端末で線が見えない部分を最大拡大してみて。そのあとは背景色を白以外にしてみてね。そう、できるだけ濃い色がいいかな? ああ黒はダメだからね。元の線は残す色だよ」

ルナに端末の操作を教えてもらいながら、言われたとおりにやってみた。


教えてもらってる最中、教室には感嘆の声が上がり始めている。


「いったいなんだって……」

実際に操作してみて、思わず息をのんでしまった。


「小さな点の集まり?」

それは最大拡大して初めて出てきた点だった。

しかし、それでもつながってはいない。


「わあ、見てくださいユノさん。これ」

感動したように、ルナが自分の端末を見せていた。

背景を薄い赤にしたそれは、白い点を浮かび上がらせている。

そして、元の線と合わさって、それは線としてつながっていた。


「……」

自分の端末で、元の倍率に戻し、背景色を変えてみた。

小さな点の集まりは背景色を変えただけで、白と黒のつながった線になっていた。


「わかりましたか? これがこの世界なんです」

アイツは私のタイミングを待っていたかのように説明し始めた。


「精霊魔法が使える人、精霊と対話できる人は、この何も見えないと思えるところに、意識を拡大したり、背景色を変えたりして、その存在を認識しています。今、君たちが示した意志を、そのまま自然にできる人なのです。それは、今までは天性と言われていましたが、実は認識を変えることでその世界は広がるんです」

アイツはそう言ってシルフィードを呼んでいた。

いや、最初からそこにいたんだ。

シルフィードの力で、私の声を拾っていた。

シルフィードは相変わらず愛らしい笑顔で、私に向けて手を振っている。


「精霊たちは人化といって、このように私たちにわかる姿を取ることもできます。これはさっきの物で言うと、点の色を変えてくれたんです」

アイツは右側に映し出している破線の円の白い部分を黒に染めていた。

そうすることにより、線はつながって見えていた。


「なるほど」

思わずそうつぶやいてしまった。

シルフィードがなぜかこっちに向かって、頭を下げている。


「精霊たちはその存在によって、この点の大きさが異なります。たとえば、シルフィードの力なら、今君たちがユノの声を聞いたように意識的に空気の流れを操作できます」

全員がまた、私を見ていた。

シルフィードは謝ってたんだ……。

ていうか、また、私をつかったな。


後で覚えておきなさい。

隣で笑いを押し殺しているルナをしり目に、私はアイツをにらんでいた。


「ごめんね」

アイツの声が耳元で聞こえる。

まるで、優しく囁かれたような……。

アイツの気遣いがうれしくて、顔のほてりを意識してしまう。

ほんの一瞬、この場を忘れてしまっていた。


教室の壇上で微笑むアイツのささやきが聞こえるのは、シルフィードの力によるもの。

でも、それって……。


「いま、ユノだけに聞こえるように僕の声を飛ばしてもらいました」

やっぱり……。

もう、どういう顔をしていいか分からない。

アイツから顔を背けて、目を合わさないようにすることにした。


「つまり、精霊はこの世界に自然に存在していますが、その力には明確な差があります。彼女のように偉大な精霊になるとその力は気候すら変化させることもできます」

「疲れちゃうから、やらないけどねー」

アイツの声に即答するシルフィード。

教室が笑いに包まれていた。


「要は、君たちが見ようと思わない限り、見えないのです。見えないから見えないのではなく、見ようとしないから見えないのです。精霊たちはいつもそこにいます。だから、一歩、我々が踏み出すだけで、その存在を認識する手助けになるはずです。まずは、そこからです。自分の意志を示す。そして世界の一部と認識する。その後、世界と自分をどう繋ぐかで、あなた方の世界は大きく変わっていきます。最前列にいる三人のうち、生まれた時からの力は、真ん中のテリアだけです。アリスとナタリアはこの学士院アカデミーで精霊を見ることが可能になりました。だから皆さんも、知ることから始めてください」

アイツの説明に、私は驚いていた。

わたしも古代語魔法だけでなく、精霊魔法に興味を持った時期もあった。

けど、精霊魔法に関して、私には才能がないと考えていた。

そして、正直アイツが精霊魔法を使えると知った時、羨ましかった。


私もできたら、どんなにいいかと思うようになっていた。

でも、精霊魔法は人間にとっては難しいと言われてたから、あきらめてた。

それを、この短期間で見えるようになった人たちがいた。


私が衝撃から立ち直る前に、ルナがメモを回してきた。


実は私も見えるんです。私の場合指輪の力ですけどね。

ヘリオス様から頂いたんです。


メモに書かれている内容と、実際にルナの左手の薬指にはめられている指輪を見比べる。


「なんですって!」

私は思わず叫んでいた。

全員耳を抑えて、私を非難のまなざしで見つめている。


「えっと、ユナ。声を落としてね……」

アイツは困った顔をしながら、注意をしてきた。


「そんなことよりどういうことよ。ルナの指輪」

そんなことはお構いなしに、アイツに問いただす。


「なんのこ……」

アイツは唖然としていた。

そんな顔したアイツを見るのは初めてだわ。


かわいいかも……

思わずそう思うくらい、アイツは照れていた。


「いや……、勢いというか……。まあ、成り行きというか……」

アイツが答えに窮していると、講義終了の合図が鳴り響く。

教室中が騒然とする中、アイツの声がそれを告げていた。


「今日はここまでですね。では、またです! シルフィード。あとはおねがいね」

逃げるようにして立ち去っていくアイツ。


シルフィードの力で、いろんな声が聞こえてきた。

アイツがルナに指輪を贈った事件として、教室中が騒ぎ出している。

完全に追いかけるタイミングを逃してしまった。



「はーい。みなさーん。真相が知りたい人は、ちゅーもーく」

シルフィードはベリンダ、ミヤをつれて、全員の前で腕組みしみしている。


教室は突如として静まり返っていた。


「えっとね。真相はこうだよ」

ベリンダとミヤとシルフィードの三人劇が始まった。


「ほんと……勢いね……」

まったく……。

あきれ顔で、ルナを見つめる。


「あはは……」

ルナはいたずらがばれた子供のように笑っていた。

しかしこれでこの教室にいる全員がはっきりと認識していた。


「ちょっとまつ!」

なぜかシエルさんが教室に乱入してきた。

そう言えば、講師になったんだ……。

ひょっとして、自分の講義が終わった瞬間にきたの……?


「私がヘリオス様の正妻。もうお母さまにも挨拶済み」

そう言ってシエルさんは自分の魔道具を投影していた。

明らかに戦闘中だが、よくもまあ残していたと感心する。

音声がずっとカットされていたのに、いきなりその部分からは音声が入っていた。


「あなたなりのヘリオスへの愛情。確かめました。もはや私からは何も言いません。…………あなたのような人に出会えてよかったわ」

明らかに話しているのに音声がカットされている映像が投影されていた。


「詐欺だ!」

優越感に浸る顔のシエルさんに全員が声をそろえていた。


そこからは、修羅場になっていた。

なぜか小鳥サイズのフェニックスまで登場して、教室はいつ終わるともしれない言い合いに発展していた。


「なに……これ……」

隣にいたルナが、いつの間にか参加していて、私は一人そこに取り残されてしまった。


「やあ、いつも思うけど、ヘリオスの講義の後は大変だよね……」

のんびりと横に座るカールが、いつもの調子で話しかけてきた。


「彼もこの後講義を受ける方なのに、これじゃあ、ここに来れないね。かわいそうに」

カールは講義の準備をしつつ、前の様子を眺めている。


「お、今日はフロイライン・ルナも参加しているのか……。フロイライン・ユノ、君も参加しなくていいのかい?」

カールは意味ありげに私を見ている。


今更、あの場所に入れるわけないじゃない……。


「まあ、今更入りにくいかもしれないけど、締める側で入ったらいいよ。いつもフロイライン・ルナはそうしているよ」

カールはそう言って楽しそうにしているルナを見ていた。


「ああやって楽しそうにしていると、戦争が近づいているのも忘れちゃうね」

カールはしみじみとつぶやいている。


「ああ、カール。オーブ領長官職おめでとう。在学中から出世したわね。いつ出発なの?」

そう言えば、カールの任官祝いを言ってなかった。


「年があけてからさ」

カールが事務的に答えていた。

ということは、あと四か月くらいで赴任なんだ……。


「そう、さびしくなるわね。でも、あそこなら私も飛べるからね」

あの後、アイツに瞬間移動テレポートを教えてもらったから、移動には困らない。


のんびりとカールが見つめる先に、いつ終わるともいえない喧騒が続いている。

でも、いい加減にしないと次の講義に差し支えるわね。

ここは上級生として、威厳を見せるいい機会かもしれない。


「締めの言葉ってどうしたらいいかしらね」

今更ながら、止めに入るきっかけの言葉が見つからなかった。


「さあ、わかんないな……。誰も抵抗でき無いようなセリフでいいんじゃないかな?」

いつものカールらしくない返事だったけど、今はそれを気にしている時じゃない。


抵抗できない様な言葉……。

自然と、ユリウス兄様がよく使っていた言葉を思い出していた。

その姿を思い出して、これなら大丈夫だと思えてきた。


「わかったわ」

あふれる自信を込めて、閃光の魔法を教室に放つ。



「あなたたち、もういい加減にしなさい!」

私の中で最も威厳のある姿、ユリウス・カエサル将軍のまねをする。


「文句があるなら、私を倒してから言いなさい!」

私の威厳ある態度により、教室が静まり返っていた。


やった。


最上段で仁王立ちした私は、笑顔で全員を見回す。

なぜか隣で頭を抱えるカールを放置して、もう一度私は教室を見回していた。


「はいはい、では次の講義にはいるから、関係ない人は退出するように。あと、ユノ君。それは場を鎮める言葉ではなくて、挑戦者に言う言葉だからね」

アプリル先生はそう言うと、講義を開始しようとしていた。


「あれ?」

教室から出ていく全員が、私を挑戦的に見ながら出ていく。


「ユノさん。まけませんから」

ルナもそう言って教室からでていく。


「ユノ。参戦おめでとう。とっても良かったよ」

カールは目を細めて、ならない拍手を贈ってくれた。


「あれ? あれ?」

どうしていいかわからずに、その場に立ち尽くしていた。


「あーユノ君。いい加減出て行ってくれないかね。気が散るよ。その仁王立ち」

アプリル先生の声に、急いで荷物をまとめる。


はずかしい……。

瞬間移動テレポートを使ってみたものの、あわててたので、教室の外に出ただけだった。


「ヘリオスのばかー!」

廊下を走りながら出した私の声は、きっと学士院アカデミー中に響き渡っていることだろう……。


ヘリオス先生の講義はいつも賑やかでした。

シエル先生は今月も給料カットになったようです。

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