アポロンの憂鬱
潜入という割に、派手な入国をしたアポロンは、さっそくベリンダにお小言をもらいます。
「あなた、潜入って意味わかってる?」
ベリンダの顔が怖い。
もともと知的で綺麗な顔が睨んでいると、言いようのない凄みになる。
「もういいやろ、ベリンダ。済んでしもたんはしょうがないわ。それに、案外悪い手ではないかもよ。ヘリオスが超高度から侵入してと言った意味。あれはね、本来ウチに探させるつもりやったからね」
両手を頭の後ろに組んだノルンの言葉は、正直ありがたかった。
しかし、内容は無視できなかった。
「どうゆうこと?」
ベリンダの質問。
それは俺も聞きたい。
「ホンマは太陽の光に紛れてするつもりやったけど、暗闇の方が余分な光がないからありがたかったわ。ヘリオスの送った魔道具はそれぞれ特徴的な波長だしとるんよ。アウグスト王国の中やったら、あれで探すのはできたけど、さすがに国外はむずかしいみたい。もとになる地図がないからだって。だから、うちの光で捜索する作戦やったんよ」
得意顔のノルン。
それは、成果があったという証か?
「まあ、これ内緒やったけどね」
含み笑いをしてこっちを見ている。
「いや、ごめん。つい調子に乗ったのは謝るよ。でもさ、そんなことオヤジに聞いてるんだったら、教えてくれてもいいじゃないか。それならそれで、俺も考えたさ」
どれだけ信用無いんだよ。
オヤジに対しても文句が言いたかった。
「あー勘違いしたらあかんよ。ウチはヘリオスからなんも聞いてないからね」
人差し指を立てて、片目をつぶったノルン。
その姿は、ちょっと小ばかにされている気分になる。
「ノルン? ほんと?」
ベリンダも少しショックを受けていたいのかもしれない。
食い入るように、ノルンを見ている。
「そら、あんたも行くのに、内緒にすることないやろ? ヘリオスが、大事なことをウチだけに言う人かいな?」
意地悪そうなノルンの顔だった。
「たしかに……。遠見の魔法を乱発するには範囲が広すぎるわね……」
考え込むベリンダ。
その表情は、色々な感情が渦巻いている。
なんだかどうでもよくなってきたが、要はベリンダも知らないことをノルンとオヤジだけではしないということか。
となると作戦というのはノルンだけで考えたのか?
でも、俺にはそうは思えない。
とりあえず、詳しく話を聞いてみよう。
「なあ、作戦っていったけど、具体的にはノルンの判断なんだよな?」
俺の疑問はベリンダの疑問でもある。
ベリンダは俺の顔を見て、半分同意、半分は違うみたいに考えているようだった。
「いや、ヘリオスはそう考えていると思っただけやで? ウチに『君の力があれば、ユノの居場所はすぐにわかると思う』といって自分の左胸のブローチ指さして言っとったから」
ノルンは不思議そうに俺の顔を見ている。
「いあ、それ。指示しているじゃないか……」
もうどうでもよくなった。
これだったら、オヤジが来て連れ去ったらいいじゃないか。
すぐに居所が分かる。
それなら、内偵する意味がない。
「なあ、なんか勘違いしてるんとちゃう? ヘリオスからの使命は内偵とちゃうん? それってユノを救出することが目的だけじゃないよね?」
ノルンは真剣な目で俺を見ている。
それは俺も分かっていた。
でも、ユノを救出するのは最終的に目的じゃないか。
「わかっているよ。内偵して、ユノを救出するんだろ」
どうも上から見られている気分になる。
試されているというか、比較されているというか……。
オヤジのように出来るわけないじゃないか。
そう声を大にして言いたかったが、さすがにそれは言えなかった。
だから、つい投げやりに答えてしまった。
「んー。ベリンダ。あんたから説明して……。ウチ、こういうの下手やから……」
ノルンはベリンダを前に押し出している。
説明が下手だと言いたいのか?
あきれ顔のベリンダは、ノルンをしばらく見ていたが、やがて諦めたようだった。
そして、咳払いをして説明し始めた。
「いいですか、アポロン。ヘリオスの言ったことをよく思い出してください。あの人は言葉にその意味を乗せてきますので、注意して聞かなくてはいけませんよ」
まるで講師だな。
オヤジの知識としてある講義風景。
別世界の風景。
俺の頭の中で、オヤジの先生としての像が浮かび、目の前のベリンダがクラス委員長のように見えてしまった。
「なにがおかいしいのですか!」
含み笑いをしている俺に対して、ベリンダは真っ赤な顔で怒っていた。
「ごめん、なんかベリンダってさ、こういう説明がうまそうだなと思ってさ」
感じたことをそのまま告げる。
「あんな、ちゃんと聞かへんとベリンダも怒るで?」
ノルンが冷やかに注意してくる。
諭されている自分の立場を忘れてしまっていた。
「ごめん……」
その気配に少し圧倒される。
こんどこそ、ちゃんと聞くとしよう。
「……というわけです。わかりましたか?」
ベリンダは人差し指を立てて、長い説明を終わらせていた。
あまりに長い説明に文句を言いたかったが、実は半分以上は聞いてなかった。
でも、要点はつかめた。
内偵はジュアン王国全体にわたること。
ユノの状態確認で救出の必要があるかないか判断すること。
その判断は先の内偵状況にも影響すること。
結果的にはジュアン王国はアプリル王国からの避難民受け入れを行っていない。
これはユノがジュアン国王に、アウグスト国王の親書を届けた結果なのか、届けなかった結果なのかで違ってくる。
もし、届けていなかったものだとすると、何らかの妨害工作が働いたことになる。
そして、それを企てるのは、どちらかというとアプリル王国を害する側、つまり帝国側に組している可能性が高い。
となると、早急に救出する必要がある。
また、ジュアン王国内の勢力に阻止された可能性もあるが、それも対応としては同様だった。
そして届けた後だと対応は微妙になる。
その場所が自室ないし、王城内であれば、国王の個人的な怒りに付随するものだ。
これは放置しておくしかない。
下手に動くと、国と国の問題になる可能性が高い。
なにより、ユノの安全は保障されている。
しかし、場所が王城外であれば、国家の判断となる。
これには慎重に判断しないといけない。
そして、場合によってはユノの救出を偽装して行わなければならなかった。
「情報を集めること、結果的に起こっていることを解決するだけでなく、その原因を突き止めておくことが必要ってわけだな」
感じた要点を簡潔に話す。
ノルンが頷いたので、まあ半分聞いてないところは黙っていてもいいだろう。
「それで、その光捜索で何が分かったのか?」
ノルンの行動はオヤジの誘導だが、それを俺が知ることまでわかっているのだろう。
だから、ノルンはまあいいいかといったんだと思う。
オヤジは俺に情報を集めさせる一方で、ユノの危険性に関して、自分でも判断したかったに違いない。
今も、オヤジはユノの状態を探っているかもしれない。
いや、違う。
ノルンに指示したということは、オヤジはすでにその居場所もしっている可能性がある。
だったらなぜ……。
何故そんなまどろっこしいことをする。
オヤジが行動できないとしても、俺にその場所を指示してくれたらいいだけじゃないか。
俺に考えることを要求しているのか?
でも、ベリンダ達は、俺の行動に対して懐疑的だ。
いや、むしろ否定的といった方がいい。
今の状態も、オヤジに筒抜けだからわかっているだろう。
精霊たちとオヤジもつながっている。
まてよ、精霊のつながりで、俺を誘導することもできるじゃないか……。
ベリンダの説明も、本当はオヤジの指示なんじゃないのか?
俺の感情はオヤジには届かないようになっている。
しかし、今のところ、外部情報は筒抜け状態だ。
そして、オヤジはオヤジで考えている。
その上で、指示ないし誘導できるようにしてあるのだろうか……。
じゃあ、なぜ俺を生み出した?
結局傀儡なのに、なぜ考えることを要求する?
訳が分からない。
俺の生まれた理由。
それが俺にもわからない。
オヤジだったこうするだろうと思うが、実際俺は俺で考えて行動してしまう。
そしてそれを、否定される。
何なんだよ、これの感情は。
俺はいっこうに晴れない霧の中でもがいている気分だった。
*
「あー。まあ、ええか。えっとな。森の中に塔がある。古い塔やね。もとは砦の見張り台じゃないかな? そこにおるわ。ウチらは結構ジュアン王国内部に降りてきたから、このまま王城に向かうのも、ユノのとらわれている塔に向かうのも同じくらいの距離やな」
何か隠しているようだが、詮索しないでおこう。
たぶん、答えてくれないだろう。
これも、問題ないから話しているという感じだしな……。
俺が生まれた理由は、今考えても仕方がない。
とにかく、オヤジは俺に考えること、感じることを要求していた。
だから、そうするしかない。
しかし、厄介だな。
状況的には、二つの理由が考えられる。
王都から移送されたのか、王都に向かう途中で拉致されたのか……。
一方はユノが国内に帰っていることが分かっているが、一方はそれを知らないはずだ。
となると、王城の方を確認した方がいいだろう。
門兵にでも、ユノ王女の帰還を知っているか聞いたら一発だ。
「まずは、王都に行って情報を得よう。最終的に救出できまりだが、その方法に国家間の争いが生じないようにしないといけないな」
ノルンとベリンダに方針を告げる。
後は行動だけだったが、ベリンダの微妙な表情をみて、考えを改めた。
そうだった。
こういう時は、ベリンダが頼りになるんだ。
「いや、やっぱりさっきのは無し。ベリンダ、遠見の魔法で王都と塔を探ってみて」
ベリンダは無言で頷いている。
自分の役割をしっかり理解しているからだろう。
それにしても本当にこの組み合わせって、じゃんけんで決まったのだろうか?
ノルンにしてもベリンダにしても、捜索するうえでシルフィード、ミヤにないものを持っている。
そっとノルンをのぞきみると、やはり満足そうにしている。
やっぱり試されてる?
そう思ってしまうぐらい、ノルンの表情は明るかった。
ベリンダの魔法により、塔と王都が映し出された。
一度にこれだけの情報を引き出してくるなんて、知識として知っていても、実際見るとやっぱり圧倒される。
塔の方は見張りがいて、警備も厳重だった。
その警備にあたっているのはジュアン王国の兵士とは違っている。
しかし、よく似せてあるものだ。
同時の王城の方の兵士を見ていたからわかったが、微妙にデザインが違っていた。
これの意味するところは、一つしかない。
「ベリンダ、念のため王城内部の様子を。特に兵士の様子と将軍らしきものの様子をみせて。あと、塔の周囲の情報もよろしく」
同時に依頼しても、俺の望むように魔法を操るベリンダ。
なぜか真剣に砦の周囲を見つめるノルン。
本当にオヤジの精霊たちは個性的だ。
ノルンが何を見ているのか気になるが、俺は俺でやるべきことをやって行こう。
王城の方は特にあわてた様子も、警戒している様子もなかった。
ある程度の緊張感はあるが、臨戦態勢ではない。
一方、塔の方はそれに比べて警戒色が高かった。
「これ以上は感知にかかる危険性がありますね」
ベリンダは塔の詳細をあきらめて、全体構造把握に努めていた。
「塔のたつ位置は渓谷の入り口です。その周囲は森でおおわれていますが、その渓谷に向けて古い道が王都から伸びていますね、おそらく旧道なのでしょう。しかし、もはや道と呼べるものではありません」
ベリンダはかなり視界を拡大してみていた。
これにより、周囲に大規模な軍団はなく、人の集落もなかった。
塔は渓谷の入り口にあって、かつては警備か何かに使っていたのだろう。
今はその用途が薄れて打ち捨てられたのを、どこかの誰かが勝手に利用している。
そんな感じか……。
問題は感知対策をしている点だ。
敵には魔術師がいる。
「ベリンダ。塔の周りはもういいから、ぎりぎりまで近寄って魔術師の数とか警備の人数とか把握できないか?」
ベリンダはノルンを見て、俺の言うとおりにしていた。
なんだそれ?
なんだか釈然としないものが、また生まれていた。
オヤジと比べないでくれ……。
声を大にして言いたい。
そもそも比べるのがおかしいだろ?
あれだけの力、あれだけの存在ならば、あの程度の砦なんか力押しで行けるじゃないか。
俺でも力任せにしても助けられると思う。
この件に関しては、ジュアン王国は無関係なことは明らかだ。
もうかえってもいいかな……。
オヤジが転移してくればいいだけじゃないか。
ここなら、誰にも知られることは無い。
ふと見ると、ノルンが心配そうに俺を見ている。
おいおい、そんな同情はいらないよ……。
俺はますます陰鬱な気分に陥っていた。
「塔の最上階、東側の窓辺にユノがいますね。塔全体は、なんというか魔術的に保護されている感じがします。かなり大規模なもので、その基部にも何かあるような気もします。守備兵はそれほど多くはいません」
そしてベリンダは付け加えていた。
「ただ、森全体にもなにかこうあまりいい感じをうけません」
ベリンダの顔は、どう表現していいかわからないようだった。
同意を得るように、ノルンを見ている。
ノルンも同じ考えのようだった。
もういい。
そんなあいまいな情報は放置していいだろう。
人数はそれほど多くはない。
そして周囲に伏兵のようなものもない。
ジュアン王国とは無関係の可能性が高い。
これは強行策でいいだろう。
俺の力なら可能なはずだ。
「よし、砦の侵入方法は後で考えるとして、とにかく近づこう」
そう宣言して出発する。
まあ、罠があったとしても、この俺が何とかして見せる。
その宣言に、仕方なくといった表情で付き従う二人。
せっかく宣言した気分が台無しだった。
焼き切れない思いを胸に、アポロンは塔へ向かいます。ベリンダは森全体に何か違和感を感じているのですが、自分の力を信じているアポロンは自らの考えで動いていきます。




