アポロンの旅立ち
しばらく、アポロンの物語になります。
「…………」
「…………」
誰かが何かを呼ぶ声が聞こえた。
「……めよ」
「……目覚めよ」
心地よい響きと共に、何かが呼んでいる。
誰を?
不思議とそれは自分だと思えた。
自分とは?
俺?
その瞬間、漆黒の世界に自分を認識した。
「……目覚めよ」
それは繰り返し、語りかけてくる。
誰が?
誰かが俺を呼んでいる。
俺は、その誰かを知っているんだ。
その瞬間、漆黒の世界に光が差し込んできた。
まぶしい光はあたりを照らし、俺と世界とそれ以外を分けていた。
「目覚めよ」
はっきりと聞こえるその声。
そして、新たに得た感覚でとらえることができていた。
「まずそのまま僕を見て」
静かにそう告げる声。
心地よいその声に促されるまま、俺はそのまま見続けていた。
「それが君だ。そしてよく聞くんだ。君は僕だ。そして、僕は僕だ」
言っている意味は分からないが、その言葉を繰り返す。
「そうだ。君は僕の一部だ」
そしてまた、それを繰り返していた。
その瞬間、目の前の人とのつながりを強く感じていた。
「よし。これから君に知恵を授ける。よく聞くんだ。君は僕として存在しているが、君に特別な力を与える。僕の一部。それが、君が存在する特別だ」
存在する特別……。
よくはわからない。
ただ、俺がここにいていいのだという事なのだろうか……。
「そして特別な存在には名を与える。君は僕でありながら名を持つ特別な存在になる。君の名はアポロン。このヘリオスの魂を割譲して得られた存在。その力を行使する存在」
ヘリオスという声は、瞬く間に俺の中に浸透していた。
ヘリオスという名の魂から新しい存在として生まれたのが、俺。
そして、アポロン……。
存在する特別なものに、名前としてあたえられたもの。
ヘリオスの一部であるが、アポロンという名を持つ特別な存在。
そう理解した時に、自分の中に膨大な知識がながれ込んできた。
己の存在とその意義を理解した俺は、ヘリオスの前で跪いた。
「よせ、君は僕でもあるんだ。これから君にいろいろと頼みたいことがある。だから、君は僕の指示に従ってほしい。でも、それは君を支配することじゃない。君は僕でもあるけど、違う存在として生きてほしい。まあ、僕の子供のようなものかな」
笑顔を浮かべたその顔に、なんとなく安らぎを感じていた。
まず、世界と自分が違うものだと認識した。
そしてその世界には自分以外があることが分かった。
そして世界はいろいろなものであふれていた。
名前をもらい、知識と知恵と力を授かった。
「俺の名はアポロン。ヘリオスの魂を分かつ存在にして、ヘリオスの生み出しもの」
言葉にして、自分を確認する。
「そして、これが君だ」
ヘリオスは目の前に鏡を出現させ、俺の姿を映し出していた。
白銀色の長い髪。
少女のような顔と体。
その瞳は灰色だった。
それは目の前にいるヘリオスの姿だった。
「一つ質問。なぜこの姿?」
魂の割譲とその存在の誕生は知識としてもらった。
そしてその目的も理解できた。
しかし、なぜ目の前のヘリオスと同じ姿なのだろうか。
「深い意味はないよ。ただ、今回はしっかりと器を用意する時間がなくてね。今あるものを使うには、そうするしかなかった。僕の一部である君は、僕を意識した方が魂の定着はしやすいからだよ。注意して聞くんだ。この呪法は禁忌にされているものに若干手を加えている。そのため、魂の定着はもって一年。ひょっとすると、それ以内かもしれない。だから、決して無理しない事。それと、その間のことは君の中に蓄積されるけど、同時に僕の方にも流れてくる。ただし、君が望まないことまでは君の方で遮断できる」
一年……。
俺の存在はもって一年という宣告。
限りある期間の中で、俺には役割が与えられていた。
そのことに疑問はなかったが、期間については驚きだった。
「一年で終わらなければ、どうなる」
あらゆる可能性を考えておきたい。
そう思う気持ちが自分の心から出てきたものなのか、与えられたものなのかわからない。
いずれにせよ、聞かなくてはならない。
「その時はそれで終わる。だからしっかり勤めてくれ」
ヘリオスの眼は、俺をまっすぐに見つめていた。
それは、俺を信じているという事なのか?
一年という時間が長いのか短いのかはわからない。
知識としての時間の感覚はあるが、自分の能力も時間の使い方も何もわからない状態ではそれは長いのか短いのかわからない。
ただ、それを十五回繰り返しているのが今のヘリオスだ。
そう思うと、ずいぶん短い。
しかし、もらった知識は、十分だとも告げている。
「わかった。それで、具体的にはどうすればいい」
俺の心は決まっていた。
まずジュアン王国に潜入する。
そこの情報を精査する。
そして行方不明のユノを探し出し、状況に応じた対応をする。
俺の使命はたったこれだけだった。
「まずは君のことを紹介するよ。最初はこの僕としてふるまってもらうことになるけど、そこからは君の意志で動いてくれ。それと、大事なことをもう一つ言っておくね。もし、君が本当に困ったことがあれば、心の中で僕を呼ぶがいい。君が本当に困ったとき、僕は必ず君の前に現れるから」
にっこりほほ笑むヘリオス。
その姿に、言いようのない安心感を得ているのが分かる。
そして同時に、その強大な力に畏怖している。
これがオヤジという存在なのだろうか。
与えられた記憶の中で、英雄マルスのことと一致するように思えていた。
よし、ならばヘリオスのことはオヤジと呼ぼう。
「君はこれから個性を出してくると思う。君自身の経験を積んで、君に会った人たちの影響を受けて、君が君を作っていくんだ。まあ、それまでは僕の知識の中であった人をまねていくがいいよ。でも、カールだけはやめておこう」
最初はヘリオスで通す。
でも、俺らしさを作っていくのか?
そのためには、いろんな人を見ていけと言う事なのだろうか?
しかし、わからん。
なぜ、カールだけ真似たらだめなのだろう。
それが気になって仕方がなかった。
「わかったよ」
分からないことは考えても仕方がない。
短いとはいえ、時間はある。
しかし、ダメと言われると使いたくなるというらしいが……。
それは、知識として流れていることを知っているだろうに……。
*
考え事をしている俺に対して、今後の説明をしてきた。
まず、これからオヤジの精霊たちに会う。
名前も姿も知っているのに、初めて会うという事実。
しかし、向こうはそのことを知らない。
どう言う反応になるのだろうか?
何となく、ワクワクした感じだ。
精霊たちの反応を見て、デルバー先生に審査してもらうのか……。
まずは、親しい人に見分けられるかどうかの検証を行いたいとのことだった。
なぜ、そこまでこだわるのかわからない。
単純に違う存在として成長していいなら、最初から似せなければいいだけなのではないか。
何故似せたのかは、定着によるものだと話していたが、そんなにこだわるものなのだろうか……。
何やら隠されている感じはするが、オヤジの考えがすべてわかるわけではない。
このまま様子を見て、自分なりに考えていけばいいか……。
それにしても、さっきから気分が落ち着かない。
これが、知ることに対する興奮だとは知識で知っている。
これから俺は、いろんなはじめてに遭遇する。
そのたびに、こんな気分を味わえるのか。
言葉でいうと、軽い興奮という感じなのか?
その感覚に俺は胸の高鳴りという言葉をつなげて考えていた。
*
「どうかな?」
オヤジは精霊たちを前にして、その評価を尋ねていた。
目の前にいる美少女達は皆精霊なのだと知識が告げている。
色々な知識がそこにはあった。
オヤジがいろいろ経験しているからだろう。
よし、どうせなら一番印象に残るやり方で挨拶してみるか。
そして、何よりも知りたい。
なぜ、やめろと言われたのか。
「なかなかだと思わないかい? お嬢さんたち」
この挨拶は特に印象的だった。
カールはオヤジの中では、評価の高い人物だ。
「いや、その口調はやめようってさっき言ったでしょ」
オヤジは心底いやそうだった。
この人物のことは評価しているのに、なぜその口調を嫌がるんだろう?
ますます気になって仕方がない。
しかし、オヤジの嫌がることをそう何度も、そしてあからさまにするのも子供としては申し訳ない。
ここはおとなしく言うことを聞くか。
それに、一つ分かった。
この挨拶は、精霊たちに受けがわるい。
「わかったよ、オヤジ。これでいいか?」
こんな感じかな。
これからいろいろ会話で考えておかないと。
この外見なら、女性たちの口調をまねてもいいのかもしれない。
「いや、それも駄目だ。そもそも僕は君を作ったけど、オヤジと呼ばれるには少し抵抗がある。まあ、全くダメというわけでもないけど、もとを考えると……」
オヤジは何やらつぶやいて、考え込んでいる。
今はいろいろ見守ってほしいところだが、おそらく心配してくれているのだと思うことにした。
「オヤジはすぐに考え込む。まあ、俺だって、個性というか、まあ違いみたいなものを出しとかないと、わかりにくいと考えたわけよ。」
考え込むオヤジの肩をたたきながら、こんな感じでいいのか精霊たちの方を改めて確認した。
オヤジの方もそれは気づいたようで、精霊たちにその理由を聞いている。
「あれ?みんなどうしたの?」
まったく、この人は鋭いのか鈍いのかはっきりしない。
これは自分の主人ともいうべき相手がいきなり二人になって、しかも区別がつかないことに混乱しているに違いない。
「ほら、これはあれだよ。俺たちを前にして、気が動転してるってやつだよ」
とりあえず考えは口に出しておこう。
これから話していいことと悪いことも線引きしないといけない。
だからどこまで許されるのかは会話の中で見つけていくしかないんだ。
オヤジの一部である俺は、同時に別の存在であることも望まれている。
しかし、全く異なった存在になった時、俺はどうなるというのか?
たぶん、この魂の定着は崩れて、俺は存在できなくなるに違いない。
あくまでも、借り物。
だから、一年。
そして、オヤジは俺に個性をだすことを認めている。
たぶんこれは、オヤジにとっても、一つの検証なのだろう。
俺はそのために生まれてきた。
「まあ、どっちもヘリオスだから、よろしくね」
オヤジの口調で、オヤジのタイミングにあわせてみた。
やはりこの体は、この話し方がしっくり感じるな……。
「ヘリオス? これっていったい……」
オヤジとのたわいもない言い合いのあと、ミミルという名の妖精が話しかけてきた。
ミミル、この妖精が精霊女王の知識の化身。
とてもそうは見えないが、この知識がそう告げている。
この愛らしい妖精はオヤジとは使い魔契約をしているが、俺の方にもそれは生きている。ためしに呼んでみると、こっちの来て不思議そうに眺めていた。
天真爛漫という言葉がある。
それを体現したようなミミル。
オヤジが大切にしていることはよくわかっていたが、同時にそのいたずらにも手を焼いてたっけ。
よし、ちょっと試してみよう。
記憶にある、俺の見たオヤジの笑顔をまねてミミルを見つめる。
とたん照れたように、距離を取って離れていくミミル。
そうだよな。
みんなオヤジが好きなんだ。
その時、オヤジは一人の精霊に声をかけていた。
自然と注意をそちらに向ける。
ノルンと呼ばれた光の精霊は他の精霊たちとは一線を画していた。
精霊はその存在力が高いほど、この世界における力の行使が容易になる。
オヤジと契約しているこの子たちは、そういう意味ではとびぬけている。
しかし、その中でもこのノルンは桁外れだった。
オヤジの中では、精霊たちの中でも良き相談相手。
まあ参謀という位置づけのようだった。
「いや、あんたが本体とわかったけど、さっき口調をそろえた時は区別つかんかったわ。というより、精霊王の存在も流したん?」
ノルンは驚愕の表情をうかべ、オヤジにそう確認していた。
「まさか。そんなことはしないよ。ただ、僕の方を完全に隠ぺいする手段をとってるからだよ」
オヤジはほんの少しその力を解放していた。
ほんの少しだけのはずが、あたりは精霊王の気配で満ち溢れていた。
俺はかろうじて、その場に跪きそうになるのをこらえていた。
俺とオヤジの決定的な違い。
俺には精霊王の部分は一切含まれていなかった。
精霊たちにとってそれは何よりも大きな違いとして映っているのだろう。
ミヤという闇精霊はもはや俺を見ていない。
シルフィードという風の精霊は、俺が見ているのに気が付くと、笑顔で手を振ってくるが、オヤジしかみていない。
ベリンダという水精霊は俺にも一定の配慮を見せるが、基本的にオヤジの方に顔を向けている。
ノルンは俺をじっと見ているが、それはオヤジと同じ目だった。
俺を見守る。
そういう意思をもっているようだった。
ミミルはあれから俺の方には来ずに、オヤジの頭の上で休んでいる。
ああ、こいつらはオヤジの精霊たちで、オヤジのためなら何でもできるんだ。
オヤジがとてもうらやましくなっていた。
いつか俺にもできるのだろうか。
そんな希望を胸に抱いた自分が驚きだった。
一年という間だけ存在を許された身で、何を求めているのだろう。
笑うしかないな……。
いずれ無くなるものを得ようとする意味がどこにあるのか……。
そう、どうせ無くなるのならば、俺は借り物の体なのだから、借り物の関係で十分ではないか。
そう自分に説得していた。
説得している?
そして反対に説得される自分がいた。
なぜだろう、堂々巡りの感じはあるが、俺にはそれが重要なことのように思えてきた。
そんな思考の渦にとらわれていたからだろう、オヤジが呼んでいるのに気が付かなかった。
ミミルが思念で俺に話しかけてきて、ようやくわかった。
「ああ、ちょっと考え事をしてたよ」
これは秘密にしておきたい。
でも、考え事をしているときは、たぶんオヤジに思念を飛ばさないようにしてあると思う。
だから、今もオヤジは何も言わなかった。
まあ、それは俺も同じことか……。
オヤジたちは何かを話しているようだったが、考え事していて、よく聞いていなかった。
俺が注意を向けたことがわかると、オヤジはこの先のことを話し始めた。
まずデルバー先生にカルツ、メレナ、カール、ルナ、シエルを集めてもらい、その中にまず俺が入って行く。
そして、一定時間おれがどう思われるかを確認しておくようだった。
俺が同意したことがわかると、オヤジはデルバー先生に連絡をしていた。
***
教員塔の階段は長かった。
今は講師でもあるので、エレベーターを使える。
しかし、なぜかオヤジは階段で行くように告げていた。
そして学長室の扉の前で、許可を待つ。
教えられた知識と目の前の情報と結びついていく。
オヤジが歩いて行けといった理由が、だんだんわかってきた。
オヤジはオヤジの歩んだものを俺に体験させて、その知識を固定化させるつもりなのだろう。
借り物の体に固定化する意味がわからないが、今は言われたとおりにしていこう。
「ヘリオスです。デルバー先生、ご相談があるのですが、入ってもよろしいでしょうか」
扉をたたき、入室の許可を待つ。
「よいよい」
中から入室の許可をもらい、学長室に入っていく。
オヤジと違い、指輪がない俺は、これは避けては通れない。
そんな考えは、一瞬にして別のことで塗り替えられていた。
この部屋の様子は、情報として知っている。
どこに何があるのかも知っている。
でも、それでも。
きらびやかな魔道具の情報に思わず見とれてしまった。
知識で得られたものと、自分の目で見た情報にこれほどの違いがあるのか。
精霊たちを見た時もそうだったけど、俺は感動せずにはいられなかった。
「おぬしの依頼通り、全員集めておいた。いったい何が目的なんじゃ?」
感動している俺をよそに、デルバー先生はソファーに座る面々を見て、最後に俺をみていた。
あれが真実を見る目なんだ。
俺はついついその左目に注意していた。
俺は、ゆっくりとその姿を見せるように、皆の眼の前を歩いていく。
なるべく多くを見せるため。
なるべく多くの時間をかけるため。
俺はあえてそう動いていた。
そして全員から見える位置で立ち止まると、その用件を告げていた。
「お察しの通りです。ジュアン王国への潜入に関して許可をいただきたく思います」
俺はこうゆう時にオヤジは頭を下げるのが分かっていた。
だからその通りに演じてみる。
そして、その答えは簡単に返ってきた。
デルバー先生にもまだばれていない。
カルツ、メレナ、カールにもばれていなかった。
家の前のゴーレムもグリフォンのカルラも俺をオヤジだと認識した。
しかし、シエルとルナは俺をじっと見ている。
その目は明らかに疑っているものだ。
精霊たちの予想は当たっているということだ。
精霊王の違いでもないのに、この二人は最初からおれはオヤジではないと考えているようだ。
でも、確証が得られないのだろう。
何が違うのかわからないが、予定されたように動くしかない。
「おぬしも懲りないの。理由はおぬしがよくわかっておるじゃろうが、いかんもんはいかん」
デルバー先生はおれにそう告げていた。
カルツも説得を開始していた。
予想通りの発言と行動に、オヤジの偉大さを実感する。
情報を得る。
それを正しく分析する。
その結果行動し、周囲への影響を推測して、その結果を検証し、修正する。
オヤジは俺にそう忠告していた。
それが可能になれば、限定的な未来予想ができるらしい。
じゃあ、予想外のことが起きるとは考えないのか、想定外のことにはどう対応するのか?
オヤジから言われていた事でもあるけど、俺も無性に確認したくなっていた。
目の前にいる面々に揺さぶりをかける。
どういう反応が返ってくるか楽しみだった。
「ですから、この俺が行くんですよ。さっきから言ってるでしょうが」
オヤジなら絶対といっていいほどしない対応だ。
そうした時にどう対応する?
一人一人を観測する。
デルバー先生はすこし疑いの目を持っていた。
カルツとメレナとカールは驚きの顔だった。
こちらは全く疑っていないようだった。
そしてシエルとルナを見たときに、背筋に冷たい汗の存在を感じていた。
背筋が凍るとは、こういう意味で使うのだろう。
「あなたはいったい何者です。なぜその姿、その声で私の前に現れたのです。しかし、私の目はごまかせません。あなたには、何も感じません。言うのです。でないとどうなるかわかりませんよ」
それまで黙っていたルナの口調は威厳があり、そして一歩も引く気配はなかった。
返答によっては俺を殺す。
そんな殺気さえ放っていた。
「はやくこたえる」
その声と共に強制的に意識をシエルに持っていかされた。
さっきかいた汗が凍りつくような感覚。
それはどうやら勘違いではなく、部屋の温度が一気に低下していた。
これは、命がけの検証だな……。
「おおこわ。オヤジ、やっぱりこの二人は無理だったわ。あんた達の予想通りだね。でも他は信じてたぜ」
おれは両手を上げて、降参した意志を二人に示していた。
「なんじゃ、おぬし。まさか……」
さっきまで疑いだったのが、一気に確定事項に変わったようだった。
やっぱりデルバー先生は只者ではなかった。
「そうです。先生。でも先生すらだませたので、これでいいでしょ?」
一瞬にして、ルナとシエルの後ろに転移したオヤジ。
そう話しながら、ゆっくりと俺の横まで歩いてきた。
「「ヘリオス様!」」
シエルも立ち上がり、ルナと共にオヤジを見つめる
なんて嬉しそうな顔をするんだ。
しかし、一体何が違うというのだろう。
俺にはさっぱり理解できなかった。
決して、失敗したわけじゃない。
それは、精霊たちには予想できたことだから。
まだまだ、俺もオヤジも知らないことがあるという事か……。
***
「というわけで、僕に変わって彼がジュアン王国に行こうと思います」
いつの間にか、いとも簡単にオヤジから紹介されていた。
何となくわかる。
さっきからデルバー先生の視線が痛い。
「紹介が遅れて申し訳ない。俺がオヤジからうけたのは、ジュアン王国の内偵とユノの状況確認、場合によってはその救出だ。ややこしければ、俺のことはアポロンと呼んでくれ」
名前はその存在の個別性を表現する。
アポロンという名前により、オヤジと異なる存在として皆の認識を得ることになる。
しかし、それはごく親しい人たちだけでよいはずだ。
他にはヘリオスとしてうつるだろう。
それが、オヤジの目的の一つ。
そして、このかりそめの体に魂が定着するように、オヤジの一部でないといけない。
しかし、関係をもつ人たちが増えるとややこしくなるだろうな……。
この矛盾をどう解決していくのか。
オヤジの頭の中にはその解決方法があるみたいだが、それを俺に見つけることも課題として与えられているような気がする。
何もかも試されているように感じてしまうが、それもその存在感故なのだろう。
そう考えておこう。
「彼には、ヘリオスとして行動してもらいますが、その間僕はここでおとなしくしていますよ。精霊たちは僕にミヤとシルフィード、ミミルがついて、アポロンにはベリンダとノルン、フレイがついていきます」
オヤジは精霊たちの役割について説明していた。
俺についてくるのはノルン、ベリンダ、そしてフレイだった。
精霊たちは俺たちが来る前からその役割を決めていたそうだ。
まず組み合わせをじゃんけんで決めて、ミヤ組とノルン組に分かれたようだった。
そしてノルンが俺を選んだ。
正直ミヤでなくてほっとした。
アイツは俺とオヤジをあからさまに区別している。
相手からそう言う意思で見られると、どうしてもその感情をそのまま持ってしまう。
ミヤに対してはたぶんこのまま変化ないだろう。
それほどミヤはオヤジに、オヤジだけをみている。
ノルンにしても、ベリンダにしても、感情というものではなく、あくまで役割として俺についてくる感じだ。
だから、俺もそういう態度でいいんだと思う。
ふと、デルバー先生の方を見ると、不思議と目があった気になった。
いったん意識したそれは、じっと観察されているかのようだった。
薄気味悪い思いを抱いていると、先生は俺に尋ねてきた。
「それはそうと、アポロンや、おぬしはどの程度なのじゃ?」
デルバー先生は俺の実力を評価していたが、具体的な指標がほしいようだった。
少し考えた結果、おれは一つの理由だけを見て説明する。
それは、俺の魂はオヤジの十分の一くらいであることをよりどころにした答え。
「あれはオヤジの十分の一くらいだと思う。ちょうど同化した、以前のヘリオスの半分という感じかな」
あえて魂のことだけを伝える。
そう、能力や実力を測る物差しなんて存在しない。
魔力量とかなら、ある程度比較することはできる。
しかし、俺とオヤジとではそのはかる単位が違うのだ。
単純な魔力量としても、隠匿していても、はるかに俺を凌駕していた。
俺すら正確に把握できないのがオヤジだった。
おそらくデルバー先生は俺を使ってオヤジを図りたかったのだろう。
しかし、残念。
おれもそれができない。
まさに桁外れというのはオヤジにこそふさわしい。
「なに?ではヘリオスよ。おぬし、メルクーアの魔法をアレンジしたのか?」
今度はオヤジに尋ねていた。
さすが真実の眼をもつ大魔法使い。
物事の本質を見抜く力は並外れている。
そのあともいろいろなやり取りをしていたが、俺にとっては知っている事なので、退屈に思えてきた。
こんなことなら何か暇つぶしを持ってくればよかった。
改めて、この部屋の物を観察していると、それはいきなり襲ってきた。
「まあ、戦力としてはそこまでなんです。さすがに体で覚えることは難しくて、体術の方はまるで駄目でした」
その話の流れから、続く話が予想できる。
オヤジの言う限定的な未来予測というのは、こういう積み重ねを言うのだろう。
そう、知識はオヤジから受け継いでいた。
なので、オヤジに匹敵するものを持っていたが、体を使うことは、継承されていないようだった。
オヤジは、この体が覚えていないことはできないのだと説明していた。
魂に刻み込んだ情報とは別に、体にも情報が書き込まれているのだとオヤジは思っているようだった。
だから、この俺の体には記憶領域の魔道具が込められているということだった。
何のためかわからないが、必要なのだろう。
つまり、この借り物の体にも記憶として刻みこめるというものらしい。
しかし、それがよりにもよって体術というのは……。
剣術でも、なんでもいいはずだった。
それに、この体にそう言ったことを覚えこましてどうなるというのか。
俺にはさっぱり理解できなかった。
まず、これだけの魔法の力があれば、体術なんて必要ないだろうと思う。
「ふふん。ボクの出番というわけだね」
思った通り、メレナが獲物を狙う目で俺を見つめていた。
その眼光に思わずぞっとする。
オヤジの記憶はもっている。
いや、正確には以前のヘリオスの記憶か。
あの地獄を知識としてではなく、体を使って覚えるというのか……。
「オヤジ……」
俺は思わず絶句していた。
しかし、そんな余裕があるのかとおもっていると、オヤジの方から助け舟を出してくれた。
「ともかく出発の許可をいただければ、すぐにでも行きますので、メレナ先輩のご厚意は帰ってからということになりますが、よろしくお願いします」
オヤジの表情は楽しそうだった。
知識があればいいと思っている、俺に対しての警告だったのだろうか?
そう考えていると事態は思わぬ方向に向いていた。
「じゃあ、それまではヘリオスで我慢するよ。なにせ、暇だろ?」
メレナは立ち上がり、オヤジのそばに近づくと、その肩をもってそう告げていた。
「え?」
思わぬ展開にオヤジは固まっていた。
思わず笑いそうになる。
藪蛇。
知識がそう告げていた。
あの地獄の鍛錬をしなくていい。
そして、その矛先はオヤジに向いた。
脅かしてくれたお返しに、オヤジがしてほしくないことをやってやろう。
「じゃあ、オヤジ。俺、頑張ってくるからさ、オヤジもせいぜい高みを目指してくれ」
カールスマイルでオヤジを激励する。
「君まで……。やめてくれ、それは僕のものなんだ」
今まで一言も発せずに、事の成り行きを見守っていたカール。
しかし、それには異議を唱えていた。
「僕もその意見には賛成だ」
オヤジも同意見のようだった。
もっとも、その思いのもとは違うようだが……。
「アポロン、よろしく頼む」
承諾は取っていないが、全員俺のジュアン王国行きには反対はしていなかった。
それもそうだろう、オヤジの能力を受け継いだ俺は、この中のだれよりも強い。
恐らく、ここにいる人はそれなりの実力者に違いない。
オヤジの知識がそう告げている。
オヤジの考えとは違い、デルバー先生も例外ではないと俺は思う。
この俺に勝てるものなど、オヤジ以外にはありえない。
改めてそう思うと、なんだか変に気が大きくなっていた。
そしてオヤジは、俺を、俺だけを頼りにしている。
「任せてくれ。俺に任せれば、大丈夫だ」
そう、俺は強い。
ここにきて、それを実感した。
そして、オヤジに頼られている。
自然に笑いがこみあげてきた。
よし、やってやる。
この俺が、もっともできるということも、これで証明してみせる。
笑いに乗せて俺はそう誓っていた。
***
翌日、まだ太陽が昇る前に、支度を整えた俺は、まさに出発しようとしていた。
ジュアン王国にはカルラにのり、はるか上空から侵入する予定だった。
まずは、ジュアン王国の王都ユバにいきなり侵入するのではなく、付近の村から徒歩で入る予定にした。
そこでカルラは一度戻ることになるが、オヤジは呼子笛という魔道具を俺に渡してくれている。
これはカルラのみに聞こえるもので、カルラが応じれば、その場に特殊召喚することができるようだった。
まったく便利なものをいろいろと作れるものだと感心する。
オヤジのすごさはこういうところにもあるのだと思った。
「いってくるよ」
誰もいないところで話しているように見えるかもしれない。
しかし、そこには姿隠しを使っているオヤジと、ミヤ、シルフィード、ミミルがいる。
ノルンとベリンダは俺の中に入ることに成功していた。
さびしい見送りだが、オヤジはここにいなくてはいけない。
そしてここからは、俺がオヤジとして活動することになる。
俺には攻勢防壁は展開されていない。
「アポロン。君は強いけど、油断は禁物だよ。何事も慎重にね。優先順位を間違えないように」
最後にオヤジはそう注意してきた。
「ああ、わかってる。いろいろもらったし、きっとオヤジを満足させてやるよ」
俺は取り出した魔法の袋を、再度自分の専用空間にしまいこんで、さっそうとカルラの背中にまたがった。
「よろしく、カルラ」
カルラの首筋をなでながら、そうお願いする。
ここをこうされるのが好きなことは、オヤジの知識が知っていた。
「しかたないわね。落ちないようにしっかりつかまってなさい」
満足そうなカルラ。
なんだか、こっちまでうれしくなる。
そうか、知っていたこととわかったことは別物だった……。
オヤジの言いたいことはこういうことか。
なんだかとっても楽しい気分になっていく。
任務は状況も何もわからないものだが、俺の気分だけは晴れやかだった。
知っている事を体験する。
俺の興味はそこに向かっていた。
「じゃあ、オヤジ。いってくるよ。カルラ、行こう! まずは空高く!」
もう一度オヤジにそう言って、俺はカルラに命令する。
次の瞬間、カルラは空高く舞い上がった。
どこまでも高く、高く舞い上がっていく。
「すげえ」
思わずそう叫んでしまった。
天空に浮かぶと称される王都をはるか眼下に見下ろし、初めてこの世界を目にしていた。
「すげえ、すげえ!!」
感動すると言葉を失うという。
オヤジの記憶で見た景色と、自分の目で見た景色は全く違う。
東の空はほんのり色づき、太陽がまもなくその姿を現し始める気配を見せている。
北の空は名のある星々がその姿を存分に主張している。
西の空には月がその仕事を終えて、休みに入るようだ。
そして、南の星々たちは、きらめくその姿をまるで宝石のように輝かせていた。
眼下には自分たちのいる大地が見えていた。
そこは、大陸に突き出した半島のような形だった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
俺はこの夜空に感動していた。
どこまでも澄んだ空気と光景に包まれて、俺の心はわき踊っていた。
「上位保護結界」
「飛翔」
カルラと俺を魔法の結界で包み、速度制限をかけるために魔法をかけた。
「よし、カルラ。このまま加速落下だ。目標はジュアン王都、たぶんあの光だろう。飛翔魔法があるから、直前でとまれる。だから、そのまま加速し続けていい」
どこまでも早く、そして、どこまでも熱く。
おれはまさに流星になるつもりだった。
「いいの?」
心配そうなカルラの声。
ベリンダの制止の声が聞こえるが、そんなこと知ったことじゃない。
「いいさ!」
早くこの夜空の一員になってみたい。
それ以外はもうどうでもよかった。
「本当にいいのね、しらないわよ」
あきれたようにそう言いつつも、ジュアン王都らしきものに向けて急降下を始めてくれた。
「加速」
「加速」
さらに加速をつけて行く。
「上位保護結界」
「上位保護結界」
さらに魔法を重ねていく。
そして、その時俺は炎の塊になっていた。
「やった!」
初めて俺はこの夜空に流星という姿で参加できていた。
一体感が俺の心に広がっていく。
俺の意志で、初めてこの世界に俺を表現した感覚。
俺の心にわいた感動は、絶えることなく湧きあがり続けていた。
王都を出発したアポロンは秘密裏に行動する予定でした。
しかし、その日明け方近くに現れた流星に、人々は願いをこめていました。
アポロンはその願いをうけきれるのでしょうか・・・




