動乱の気配
無事に、ヘリオスは王都に帰ってきました。そこで新たな情報を得ることになります。
「わしも、あんな登場はしとうなかったんじゃからな。仕方なかろう」
バーンを除く全員を学長室に集めたデルバー先生は、さっきのことを気にしていたようだった。
「先生、とりあえず教えてください。どうかされましたか?」
とにかく話を先に進めよう。
この状況で何が変わったのか知りたい。
さりげなく、ソファーに座り、全員がそれにならって座っていく。
「アプリル王国に英雄が現れた。名前はローラン・オリファン。ヘリオスよ、おぬしと同じ十五歳じゃそうな」
若干十五歳の英雄の誕生。
しかも、初めて聞く名だった。
どうしてそうなった?
俺の知らないところで、何かが変わってきているのか……。
まずは、それを聴きたかったが、それよりも早く別の声が質問していた。
「それで、状況というのは?」
カルツが先にそのことを確認していた。
「おお、そうじゃ。国境を破られたアプリル王国は、領内深くまで侵攻されておった。各地に避難民があふれて、こちらも対応を始めたところじゃったわ」
そこで一旦、デルバー先生は言葉を切った。
そして申し訳なさそうに、俺の方を見て話し始めた。
「ジュアン王国は受け入れてくれなんだ……。ユノも帰ってこんし、こっちの問題もあるかの……」
しばしの逡巡のあと、デルバー先生はおもむろに話し始めていた。
「じゃが、今はアプリル王国のことを話そうかの……」
状況の変化は、ジュアン王国も起こっているということか……。
しかし、ローランという英雄の話が出た以上、まずアプリル王国の方から話してもらった方がすっきりする。
ミミズのトンネルに入って、英雄マルスとの戦いまで、それほど時間がたっているわけではない。
それでも、その間に英雄が誕生した。
そして、英雄の誕生ということは、アプリル王国の状況が、ひっくり返ったことを意味している。
「混乱する民衆を導き、こちらまで連れてきたと思うたら。返す刀で追撃部隊を葬り去ったそうじゃ。そのあと、各地で活動したようじゃ。その行動にメルツ王国はついていけず、先日メルツ王国司令官ベイランを奇襲で殺したようじゃ」
遠征の総司令官を打ち取ったのが、そのローランなのだろう。
突如として民衆の前に現れて、国難を取り除くかのように、敵の司令官をつぶす。
英雄誕生として、申し分ない活躍だ。
「これによりメルツ王国軍は大混乱になり、その隙をアプリル王国軍主力がついたようじゃ」
敵の頭を奇襲でつぶす。
そして、その混乱に乗じて主力軍の突撃が行われ、メルツ王国軍は壊滅状態になったということか……。
ローランだけの力ではないが、やはり民衆は英雄を求めたという事か……。
「これにより戦線は崩壊し、アプリル王国は国境付近まで防衛線を押し上げたそうじゃ」
俺に考える時間をくれるように、デルバー先生は話を切ってきた。
その気持ちをありがたく受け取っておこう。
意外にあっけない。
話を聞いて、そう思った。
アプリル王国には、あのデュランダル将軍がいる。
そして彼の持つ聖剣デュランダルのことを考えると、メルツ王国はそれだけで崩壊するとは思えない。
指揮系統は余力がないとおかしい。
それは、アプリル王国が頑張っただけではなく、メルツ王国にも思惑があるのではないだろうか……。
こちらの想定では、今頃アプリル王国王都リーゲにまで迫ってくるはずだった。
避難民を受け入れるようにしていたのも、侵攻による被害を出さないためというのもあるが、メルツ王国の補給線を伸ばすためでもある。
アプリル王国の王都リーゲは、ジュアン王国に近い位置にあるので、メルツ王国からの侵攻では、その補給線は伸びてしまう。
いかに精強な軍であっても、補給なしには戦い続けることはできない。
そして、その補給線を分断すれば、戦線はこう着状態になる。
その間に、こちらの態勢を整える算段だった。
こちらの思惑と異なった状況の変化は――今となっては対応可能だが――、もしもマルスが暴れることを選択していた場合、最悪の結果に結びついてしまう。
状況が変化しすぎている。
もう少し話を聞いて練り直さないといけないな……。
デルバー先生の顔を見ると、俺の方をじっと見ていた。
話しを続けてもらおう。
無言で頷いて、話しを進めてもらうことにした。
「このことが、どう出るかわからん。アプリル王国が思いのほか抵抗すると、内乱状態にあったこの王国に矛先を向けるかもしれんの。メルツ王国は痛手かもしれんが、イングラム帝国自体は、今回なんの犠牲も出しとらんしの」
デルバー先生はそう言って目を瞑った。
そう、敵はメルツ王国じゃない。
その裏にいるイングラム帝国だ。
そして、この国の東の守りはもうないのだ。
何よりも無類の強さを誇る英雄の不在は、大きな痛手となっている。
「アテムは壊滅状態じゃし、このままではこの国は、東からつぶされる」
改めて、デルバー先生はその危険性を指摘していた。
「まあ、それはまた後で説明するが、まずはアプリル王国の方じゃな」
またもデルバー先生は話を戻していた。
説明するということは、まだ情報があるということ。
この短期間の間に、よくまとめたものだ。
相変わらずの手腕に驚かされる。
「先生の話をまとめると当面アプリル王国経由の侵攻に危機はなく、むしろ旧フリューリンク領アテム経由の侵攻が危うくなってきたということですか?」
カルツは東の脅威が気になったらしい。
さっきから、話しをちらつかせては元に戻すというのを繰り返していたが、そういう事か……。
デルバー先生の心理誘導に舌を巻く。
これで、カルツは断ることはできないはずだ。
「まあ、そんなところじゃ。じゃから、おぬしたちの叙勲にも関係しておる」
カルツとメレナに話し始めた、デルバー先生。
すでに二人は先生の思惑にはまっているようなものだ。
まあ、二人にとっては決して悪い話ではないはずだ。
このまま口を挟まずに見守ろう。
「おぬしたちはこれからそれぞれ子爵位をうけて、旧モーント辺境伯領を分割統治ないし共同統治してもらう。当面はそこの混乱を鎮めることじゃ」
今回の功績で在学中の叙勲、さらに特例的に領地経営課題という名目でカルツとメレナに復興を指示していた。
「えーいやだよ。ボク。そんなのカルツに任せたいな」
それまで黙って聞いていたメレナの口調は、お使いを頼まれた子供の様だった。
「王国としても、二人に望んでおる。観念せい」
デルバー先生は厳しくにらむ。
その視線を受けて、肩をすくめるメレナ。
何となく、ほほえましい光景だった。
「まあ、結果的にカルツに任せるということはあるかもしれんがの」
意味ありげな視線をメレナにおくっているが、メレナは何も聞いていないふりをしていた。
「なるほど……」
思わず口に出していた。
そういう未来もあっていい。
過去のことを考えすぎて、俺の眼は未来に向いていなかったんじゃないだろうか。
女性恐怖症がましになったというカルツ。
男嫌いがかなりましになったメレナ。
変わった現在が、さらに未来を変化させることだってできるはずだ。
『お前たちが次の時代を作るんだ』
英雄マルスの言葉が、頭の中でこだまする。
英雄という大きな試練を乗り越えるまでは、ただひたすらに乗り越えることだけを考えればよかった。
先につなぐことは行ってきたつもりだったが、その先をどうしたいかまでは、あまり考えていなかった。
しかし、その先を、未来を託されていた
これからは、どう対応するかではなく、どうすればいいのか考えないといけない。
その想いは、生まれたばかりの小さな若芽のように、俺の中でどんどん成長していった。
「そうですね。みなさんやりましょう。まずはそのローランについて調べないと。あと、旧モーント辺境伯領もそうですが、オーブ子爵領にもそれなりの方をお願いしたいですね」
候補としては決まっている。
そして、その事は一つの可能性を導いていくかもしれない。
でも、その前に一つ確認しておかねばならない。
「それに、ジュアン王国の方も気になります。ユノが帰っていないとはどういうことですか? それに避難民受け入れ事態がダメだったのでしょうか?」
アプリル王国は持ち直している。
アウグスト王国は戦力を残したまま内乱は終結している。
フリューリンク領はともかく、ベルン、モーント辺境伯領、オーブ子爵領に信頼おける人たちがいることで、この国の守り自体は安定していくと考える。
となると、あとはジュアン王国のことが気がかりだ。
「実は、ジュアン王国の方はあまりよくわからん。ユノからの最後の通信は、ここにも多くの手が回っている。アウグスト王国も気を付けた方がいいという内容じゃった」
それは、決して楽観視はできない状況だという事なのだろう。
デルバー先生の表情がそう告げている。
「ユノの件はもう少し探る必要がありますね。それでは先に、オーブ領の方を解決してもらってもいいでしょうか?」
俺の依頼に、デルバー先生は苦い顔を返している。
それは、オーブ子爵領統治が現在微妙な状況になっている証しだろう。
暫定的にルナが統治をすることを認められたと言え、ルナは正式に子爵家をついでいない。
そして、オーブ領のお抱え冒険者との契約は、まもなく終わりを迎えようとしていた。
ただ、その後は俺との個人的な契約となっている。
オーブ領の正式な統治者の不在と戦力低下は王国の東半分にとっては無視できないことだ。
フリューリンク公爵領が安定しているときはよかったが、現在の状況では、オーブ領は王国統治における東の拠点になりつつある。
オーブ子爵家をどうするか。
以前より、宮廷内部でもめていることだ。
俺としては、オーブは他の人に頼んで、ルナを解放しておきたかったが、宮廷内のハイエナどもが、その嗅覚を存分にいかしていた。
「ぜひ、わが子をルナ殿の婿に」
「ぜひ、わが孫をルナ殿の婿に」
以前、この手の話が、増えているとデルバー先生は疲れた顔で話していた。
公式には、ルナと俺の関係は兄妹ではなく、養女に推薦した立場である以上、後見人という立場だ。
しかし、ルナがオーブにかえった時に後見人として指名されていたのはデルバー先生だ。
だから、今ではその手の話はデルバー先生のところに来るようだった。
ここにきて、それは激化しているのだろう。
幸いルナがまだ成人していないので、今すぐとはいかないまでも、婚約に関しては時間の問題ということだ。
東の守りとしての役割がある以上、オーブ領を直轄地にもできず、この問題は解決の糸口すら見えてこなかった。
何よりも、俺自身がルナをどうしたら幸せにできるのかを、まだ考えることができていない。
二度と不幸にしない。
俺がルナに約束したことだ。
だから、そんなハイエナどもとルナを一緒にさせるなんてことはできるわけがない。
そして、そんな時期にオーブで契約している冒険者たちと俺個人が契約したのは、囲い込みにほかならない。
いずれは冒険者である以上、自分達の判断で動くと思う。
しかし、それまでは俺が目を付けた冒険者たちは、オーブがどのように形になっても俺の手元に――それはルナの警護を含めてだが――置いておきたかった。
場合によっては、この国を捨てることも考慮に入れての判断だ。
俺にとってアウグスト王国の存在は絶対じゃない。
そこが、デルバー先生とは違うところだ。
ルナにとってもそうだろう。
ただ、今の国王は好感が持てる。
だから、この王国を守ろうと思えていた。
「おぬしの考えも分かるが、あざとすぎるのではないかの」
あきれるようなデルバー先生の視線に、俺は笑顔で応えておく。
まあ、それは最終的な選択ですよ。
たぶん俺の気持ちは分かっているのだろう。
ただ、今のままでは、何処にも行けない。
それに、俺が何でもできるわけではない。
だから、必要な人は、必要なだけ欲しい。
「あとは偵察兵も欲しいですね」
偵察する人間をジュアン王国に送りたい。
デルバー先生が分からないということは、魔法的な監視を阻害されているに違いない。
それに報告というものは、複数の角度からの方が、見えてくることがある。
仮に、魔法的な監視が阻害されていなくても、そういう報告も必要だった。
全ての人が、魔法的な監視に対して受け入れているわけじゃない。
それは、監視している人を信じることができない証なのだろう。
そして、彼らが役に立つことも証明しておきたかった。
俺が、連絡係としてつけていた少年たちは、ガッテン先生が引上げ命令をだしている。
今は王都に向かっている最中だということだった。
「それならばすでにクラウスが潜入しておる。おぬしのことを話したら二つ返事で引き受けて、むかいおった」
カールスマイルをまねた、デルバー先生。
はっきり言って、似合わない……。
というか、やっぱり流行ってるの?
それ。
「先生。やめていただきたい」
微妙な表情のカールは、それだけ告げて、黙っていた。
その顔は何かを考えているようであり、何も考えていないようにも見えた。
「では私も……」
俺がそう言いかけた時、瞬時にデルバー先生がさえぎってきた。
「おぬしは当分外出禁止じゃ」
厳しい口調のデルバー先生。
なぜかそこにいる全員がそれに賛同している。
「あれ……?」
なんだか変な状態になっている?
俺の置かれた状況もまた、変化していたようだった。
ユノが帰って来ていない。ヘリオスは嫌な予感がしていました。状況を確認するためにジュアン王国に潜入しようとしましたが、なぜか阻止されてしまいました。その意味がわからないヘリオスでした。




