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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
新たな戦い
64/161

暁のベルン

ベルンに妖魔が侵攻してきました。人々は希望を胸に奮戦していきますが・・・。

「ふむ、なんだかわからんが、嫌な雰囲気だ。あの雲のように、ちっとも晴れん」

老兵は門の上から、郊外を見渡していた。


モーント辺境伯領の方角には今も晴れない雲が横たわっていた。

正確には霧だが、ここから見ると雲のように見える。


「モーント辺境伯軍がここを通過するそうですね。なんでも王都に向かうとか」

若い兵士がそう老兵に告げていた。

その表情は、好奇心でいっぱいという感じに見える。

英雄の軍。

若い兵士にとって、それは一種の憧れなのだろう。


「そうだな……。あと二日で到着するらしい」

しかし、老兵はあいまいに返事をしている。

その険しい表情は、その軍容を知っているのだろう。


「しかし、なぜ兵二千と騎士五百なのか。これではまるで侵攻ではないか」

吐き捨てるようにつぶやく老兵の言葉は、ある種の疑念を振りほどけないのだろう。

あの空のように老人の表情は暗かった。


「しかも、なんだかこの喉の奥に刺さった骨のような違和感がわからん。バーンの奴の話が、もし本当だとすると……」

老兵はそうつぶやいている。




この人はバーンから何かを聞いている。

だから、こんな感じなのか……。





「なんですかね、あれ」

その時若い兵士ははるか向こうに見える土煙を指さしていた。

モーント辺境伯の軍にしては早すぎた。


老兵はしばらく目を凝らしてみていたが、急に顔をこわばらせ、緊迫した声で若い兵士に命令していた。


「門を閉じろ。そして長官に連絡。妖魔の群れがやってきた」

そう叫ぶと、自らは警鐘を鳴らしていた。



視界を若い兵士が指さした方向に向ける。

土煙を上げてせまるもの。

妖魔の軍勢。

いよいよ始まる。

ベルンの兵士の緊張が、手に取るようだった。



***



「はじまったか……。皆、手筈通りに頼む」

全員を見渡し指示する。

ここからは、どんな些細な失敗も許されない。

全員が緊張感にあふれている。


頼もしいやつらだ。

緊張しているものの、気負いはしていない。

全員を確認して、俺の意気込みは高まっていく。


しかし、部屋の片隅で何かをしているシエルを見てしまった。


時折顔を赤らめたりして、何かと話している……。


誰と話しているんだ?

大体想像がつくが、全く緊張感のかけらも感じられない奴だった。

まあ、こいつがいつも通りなのはいいことだ。


扉を開け、行動を開始する。


「さあ、慎重に、素早く、確実に!」

静かに俺は宣言していた。



ついさっき、まじめに宣言した自分が恥ずかしい……。


予定通りの行動で、全く失敗もしない。

シエルの魔法が効果的に働いていた。


たぶん、俺たちが食糧物資を持ち出したことすら気づいていないだろう。

全く何の問題もなく、俺たちはベルンの城門を抜けていた。



「皆、これまで本当にありがとう。これより俺たちは最後の避難民を連れてベルンを立つ。このベルンともしばらくはお別れだ。しかし、すぐに帰ってくる」

すでに食料庫を開け放ち、それを避難民に見せかけて、ベルン脱出に成功している。

後は俺たちがここを離れればいいだけだ。


街は混乱の様相を呈している。

なにせこの街は、妖魔や魔獣の忌まわしい記憶を持った住人がたくさんいる。


しかし、今いる人たちは、俺たちのいう事に耳を貸さなかった連中だ。

もしくは、英雄を信じきっている連中だ。


悪いが、その考えを一度捨ててもらう。


俺たちが食料を持ち出したことにより、ベルンの備蓄食糧はほぼ空の状態だ。

各商店の在庫もかき集めても、七日を切っているだろう。

そしてそれはベルン守備隊のみの人数だ。


「俺は正直気が進まないが、被害を少なくするために、これを考えた奴を信じるさ」

少なくとも、俺が命を預ける相手だ。

その判断は間違っていない。


全部は救えない。

そんなことは夢物語だ。

だから確実にできることで、できる限りのことをする。

千人よりも、千一人を助けるために。


「あたりまえ」

隣でそう言い放つシエルを見てほっとする。


こいつが平常運転なのは、順調な証拠だった。


しかし最近、シエルはまた変わった。

特に、王都から帰ってからの精力的な働きは、まるで別人のようだった。


「私のヘリオス様に間違いはない」

シエルの幸せいっぱいな顔を見ると少しホッとする。

眉唾だが、婚約したとのことだった。


「まあ、今はなんにせよ頼むぜ」

偽装した食糧物資を輸送しつつの逃亡劇だ。

周囲の警戒は怠れない。


「しかし、混乱をつくか……。ベルンはこれからどうなるのか……」

東の空に暗雲がたなびいている。

ここから見ると、ベルンもその中に入っていた。


「また、帰ってくる」

それだけをベルンの街に告げ、俺たちはトラバキへの道を急いでいた。



***



妖魔の群れはベルンの城壁に迫り、ベルン守備隊は奮戦していた。


二日持ちこたえれば、英雄が来る。

隊長格の人間は、そう叱咤激励していた。


人間、終わりが見えていると限界以上の働きをするものだ。

そして、その攻撃を退けるのに必死で、だれも食料のことなど気にしていなかった。


倉庫責任者がその異変に気が付いたのは、モーント辺境伯軍が救援に来たという知らせを聞いた時だった。


備蓄倉庫の前で固まっている。

知らせている兵士を怒鳴りつけていることから、この責任者の能力がしれていた。


全軍の士気が上がっている中、とてもその報告をすることができない様子で、うろうろしている。

思った通り、報・連・相ができていない。

これでは、組織が回っていかない。

しかし、今回に限っては、これでありがたかった。



***



「さすがは、英雄の軍隊」

ベルン守備隊はその圧倒的な強さをあこがれのまなざしで見守っていた。


五百騎の騎士が整然と突撃をしただけで、妖魔の群れは四散していた。

あっけなさすぎる事実は、英雄の軍隊だと言う事だけで片づけられている。


しかし、妖魔の死体がないことを、ベルン守備隊は見えていないようだな。


モーント辺境伯軍から勝鬨が上がる。

ベルン守備隊もそれに呼応していた。

夕暮れのベルンにその声はいつまでもこだましていた。



***



ベルン行政府で祝賀会が開かれていた。

食料の備蓄がないと言うのに、その料理は贅を尽くしている。

しかし、それは時間の問題だった。


「食料がないだと?」

クロノスは勝利の美酒を床にたたきつけていた。


「申し訳ありません。今、ベルンの備蓄庫には、千名が五日間食べるだけのものしかありません」

倉庫責任者はすでに逃亡している。

代わりなのだろう、行政長官自らがその報告をしていた。




モーント辺境伯軍はベルンで食料調達するつもりだったのだろう。

荷駄隊を多くひきつれていない以上、余剰分は持っていないに等しい。


実に三千五百の軍に対し、千五百食だと二日もたない。

モーント辺境伯領に使いを出しても、片道で七日かかる。

一番近いトラバキでも片道四日はかかる。


補給を待つことすらできない量しかない。

目の前の料理を見て、信じられないという顔をしているクロノス。

その気持ちは十分に理解できた。





「倉庫の責任者はどうした!」

クロノスはこの事態に対して、まず責任者を追及することにしたようだ。

しかし、すでに逃亡していることが行政長官の口から告げられると、忌々しげに行政長官をにらんでいる。





彼をにらんでも仕方がないだろうに……。

震えている行政長官に同情する。




「なぜもっと早く手を打たなかった」

クロノスの激高は、まったく治まる気配を見せない。




わからないわけではないが、今はそうしている場合ではないだろうに……。


一日一食にしても、補給には間に合わない。

さあ、どうする?




「住民から徴収しろ」

少し考えた後、クロノスはそう命令していた。





やはり、そうするか。

自分で分かっていたこととはいえ、実際にそう命令しているのを見ると、俺が誘導した気分になってしまう。

クロノス。

あんたはやっちゃいけないことをするんだ。


分かっていたこととはいえ、やるせない気分だ。




「お待ちください。軍が住民から搾取するなんて非道をできるわけがないでしょう。ここは王国の都市です。占領都市ではありません」

行政長官は必死に訴えている。





彼の意見はもっともだ。

古今東西、略奪暴行を占領軍が権利として行うことがあるが、それは他国に関してのことだ。

そして、それを行った都市で、スムーズな統治が行われたことは無い。





「そんなことは知らん。モーント辺境伯軍が飢えないことが必要だ」

クロノスは冷徹にそう宣言していた。





クロノスにとっては、ベルン住人などどうでもいいのだろう。

マルスから預かった軍が、飢えてしまったなど報告できるはずがない。

まして、食料を補給してもらわないといけない事でも、彼にとっては身を切られる思いだろう。





「ウラヌス。お前に任せる。守備隊の食糧をすべて我々の管轄下におけ。そして守備隊をつかって、住民から、商店から巻き上げさせろ。そうしないとお前らの食糧がないと言え」

クロノスは守備隊の食糧を搾取して、危機感をあおるように指示していた。

そしてそれも巻き上げるように指示していた。





冷徹な表情を見せるクロノスと、一層冷酷な表情を見せるウラヌス。

ベルン住人にとって、英雄の軍が味方ではなくなった瞬間だった。




「なんということだ……。バーンすまない……」

行政長官ははじめてバーンの言うことが理解できたようだった。

夜盗を都市に入れたことに責任を感じているようだった。


ふらふらと立ち上がると、行政長官はクロノスに挨拶もせずに自分の屋敷に向かっていた。


「ベルンの住民を守らねば……過ちは、正さなくては……。ベルンのために……」

行政長官は自らの判断を悔いている。

今いるベルン住人は、総じて英雄の軍隊を信じきっていた。

行政長官もその一人のようだった。


しかし、人間は一皮むけるとこんなに恐ろしいことを平然と指示できるのかということを思い知ったのだろう。

もはやそこに英雄の軍を信じる気持ちはなくなっているようだった。


「ベルンの住民を守らねば……」

行政長官はまたもつぶやいていた。



***



「お願いします。それを持って行かれると私たちが飢えてしまいます」

ベルンのいたるところで、その光景が繰り広げられていた。


ベルン守備隊は自分たちが、何を守るためにいるのかを問わずにはいられないようだった。

中には命令に抵抗したものがいたが、見せしめにウラヌスに殺されていた。


「すまん……」

守備隊のだれもが、住民にそう告げていた。


中には自分の家から徴収する者もいた。

自分の恋人の家から徴収する者もいた。


抵抗すれば殺される。

そうしてベルン守備隊は自らの存在意義を放棄して、命令に従う者たちに変化していった。


そうして、集められた食料で、二千五百人が七日は暮らせるようになっていた。



***



「よし、父上に補給をお願いしろ」

クロノスはそう命令していた。

兵士が足早に立ち去ると、目の前で平伏している商人たちを見下ろしていた。


「クロノス様。私どものところも徴収されました。なにとぞマルス様に仕えるものとして、我々にはお目こぼしをお願いします」

顔をあげ、その願いを口にしたのは、岩塩商人のフール。

もっともマルスに忠実に従っていた商人だ。



フールをはじめとした支持者が集まっていた。

自分たちはマルスの部下だと主張している。

だから、食料を返してほしいと懇願していた。



「悪いがお前のことなど父上からは聞いていない。俺のところにも来てなかったよな。そんなものを信用する手段はあるのか? 俺は、お前が誰だか知らないな!」

クロノスは冷徹に見下ろしている。


フールはマルスのところに挨拶に来ていても、クロノスには挨拶していなかった。

長男である自分のところに来ない者。

クロノスはフールを、そのように評価していたようだった。


「めめ、めっそうもございません。私どもはモーント家に忠誠を誓っております」

フールは頭を床にこすり付けて平伏している。

哀れな姿を見たクロノスの瞳に、暗い炎が宿っていた。


「ならば死ね。お前はもともと気に食わない。お前が俺にとった態度を考えろ」

言い終わるよりも前に、その首をはねていた。


マルスにこびへつらうが、クロノスを見下した態度をとっていたのだろう。

仕方がないことだと思うが、自尊心の高いクロノスには理解できないことだろう。

マルスを目の前にしたら、クロノスがかすんで見えるに違いない。


公式の場では常に横にいたクロノスは、その比較がマルスなのだ。

哀れにも思うが、同情はしない。



取りまきたちが、腰を抜かしている。

血を拭きだし平伏している姿を見て、怯えない商人がいたら見てみたいものだ。


「どのみちお前たちは用済みだ。ここは俺が任されている。失せろ、二度と来るな!」

クロノスは剣先を商人たちに向けてその血を払っていた。


フールの血が彼らに飛ぶ。

腰を抜かしつつ、なんとか我先にと、扉に向かって行く商人たち。

クロノスは大声で笑いながらそれを見ていた。


「くそどもが。おもいしったか!」

クロノスは自分の立場に酔っているようだった。



***



各ギルドの長が集まる会議室。

この部屋で何人もの男たちが熱気を伴って話し合っていた。


「もう我慢ならん。クロノスは英雄の子ではない。悪魔の子だ」

男はそう言ってテーブルをたたいていた。


「しかし、英雄が全権を任せているらしい。弟のウラヌスも同じようにしているし、クロノスだけの問題じゃないだろう」

別の男が静かに口を開いていた。


「問題はそんなことじゃない。明日食べるものがない状態だ。各家庭に備蓄してあったものも連日徴収されている。このままでは餓死者が出る。守備隊の連中もあてにはできん。こうなったら自分たちで食料庫を襲って、我々の食糧を取り戻すしかない」

また、別の男が発言していた。


「しかし、相手は騎士だぞ」

気弱そうな男が心細そうにそうつぶやいた。


「しかし、我々の方が数は多い。このベルンにはまだ二万人もいるんだ。一斉にかかれば、二千五百人……いや三千五百人など物の数ではないはず」

勇敢そうな男がそう豪語していた。

修正したその数字。

ベルン守備隊も数に入っているようだ。


「しかし、街中ではそういっぺんに戦闘できんぞ」

さらに別の男がまた発言していた。


口々にそれぞれの意見を言い合っている。

話し合いは続いているが、各々が意見を言うだけで取りまとめるものがいなかった。

人の意見を受け入れて、自分の考えとまとめて考えることができない人たちなのだろう。


なかなか議論はまとまらなかった。


「みなさん。聞いていください。わたしはね、怒ってるんです。民を守るべき騎士が、守備隊がその役目を放棄して自分たちだけ生きることを目的としている。これは明らかに犯罪だ。犯罪には罰が必要だと思う。我々がとり得る手段は、投石刑だ!」

あのベルン行政長官は拳を振り上げていた。


そして、具体的な作戦を提案しはじめた。


「食料庫前にいる騎士を一斉に屋根から石で攻撃する。弓を使えるものは弓で。投擲できるものは投擲で。とにかく、近寄らずに、遠距離から倒してしまう。そのあとは食料庫から各家庭に取り戻すのです。そして、城門を抜けて、トラバキに向かいましょう。かつてバーンが我々に話したように、一度この街を離れるのがいいと思います」

あの行政長官はそう提案していた。


「そうだ。それがいい」

あちらこちらで賛同の声が上がっていた。


「よし。ベルン住人の意思を思い知らせてやれ!」

誰かがそう叫んでいた。

そしてその熱は集まった男たちから親しい者に伝染し、瞬く間にベルン住人に広がっていた。



***



「しかし、こんなことして大丈夫なのかな。住人は食料がないんでしょ?」

若い騎士は食料庫を背にして同僚につぶやいていた。


「だいたい、狩猟して集めたりすればいいじゃないか。何とかなるだろう。そりゃ一日一食はつらいけど、ここは通商路だし、そのうち隊商もくるだろ? でないと住民が黙っていないと思うけどな……」

その騎士は住民の反発を危惧しているようだった。


「それが、妖魔侵攻の件で、隊商が来ないようだ。どうも情報が早い気がするが、昨日からまったく来ていないらしい。ベルンではこんなことありえないという話だ」

同僚の騎士は肩をすくめていた。


「おい、なんかこれやばくないか?」

別の騎士が屋根の上を指さしていた。

その数は次第に膨れ上がり、向かいの建物の二階からもその姿を現していた。


「なんなんだよ……」

そうつぶやいた男の額を、矢が貫通していた。

そしてそれが合図であったように、無数の石が騎士たちに襲い掛かっていた。




「よし、増援が来る前に運ぶぞ!」

住人は自分たちの食糧を運び出すために、荷車や台車、馬車を率いて、その場所に集結していた。

膨大なその数はベルン住人の大半だろう。


三人の騎士の亡骸を放置して、ベルン住人は食料を運び出していった。



***



「なに?住人の暴動?そんなもの、蹴散らせ。そんなことで、寝たばかりの俺を起こすな!」

クロノスはウラヌスからの報告を、ベッドであくびをしながら聞いていた。

もうすでに夜も更けている。

さっき寝たばかりのクロノスは、睡眠を邪魔したウラヌスをにらんでいる。


「それが兄者。その数が異常で。しかも、路地で駆けつけた騎士は無数の投石でたおされている」

ウラヌスの声は切羽詰まっていた。


そもそもベルン住人は自軍の十倍。

一斉に放棄されると手がつけられないと思っているのだろう。


「兄者……」

初めて聞くウラヌスの情けない声。

その声はクロノスの怒りに火をつけたようだった。


「おまえも、ヘリオス同様に使えない奴だな。まあいい。妖魔兵団をよぶぞ。住人をけちらせ」

そう言って着替えるためにベッドから起きたクロノス。

ゆっくりと隣の部屋に移動していった。


その背中を見るウラヌスの瞳は、俺が見慣れたものに変化していた。


あの頃の眼だ……。

暗い炎を宿す眼。

久しく見ていなかったが、その眼がヘリオスにしていたことは忘れていないぞ、ウラヌス。



***



最初、食料を運び出す人々の顔は緊張感に包まれていた。

しかし、作業が進むにつれて、安心感に代わっていた。


これで飢えなくて済む、ベルンを離れることができる。


人々はそう思っていたのだろう。

ようやく、これ以上ベルンにいることは自殺行為だと人々は理解していた。


「ベルンは戦火に包まれる。今のうちに移住するんだ」

バーンはそう警告していたはずだ。


今、街に残ってる人々は、バーンを信じきれなかった人たちだ。

きっと、後悔しているだろう。


でも、今はただ、生きるために必死になっている。

ちょうどその時、警鐘がならされていた。

それは、東門の方からだった。


「おい、何か聞こえないか……」

誰かがそう尋ねていた。


「おい、あれ……」

一人の男が暗闇に光る赤い光を見て指さしていた。

本能的に危険を察知し、男は後ずさっている。


赤い目は徐々に増えて、大群となっていた。

いきなり、赤い目の大群はベルン住人に襲い掛かっていた。


妖魔の大群。


ベルン住人は恐怖のあまり、我先に逃げていた。

あたりは悲鳴と雄叫びに包まれていた。


眼下で広がる光景をみた投石担当の住人たちは、仲間を守るべく、石を投げつけていた。

何匹かがその攻撃に倒れていたのを目にして、妖魔たちは新たな目標を見つけだし、殺到していった。


たいまつが倒れ、荷物に火が付き、火災が発生していた。

なまじ物が集まっていただけに、いったん発生した炎は、すぐ別の炎を生んでいた。


そして、瞬く間に燃え広がり、食料をのせた荷車も、家も関係なく、そこにあるもを焼いていた。


火災と妖魔の襲撃。

ベルンは阿鼻叫喚の様相を呈していた。



最初にベルンを抜け出していた一団は、ベルンの西門をすでに通っていた。

街を抜けだした住人は、その時東の空が輝くのを目撃していた。


街の外から見上げたその空には、煙がうっすらと見えていた。


「もえている……。俺たちの街が……」

誰かがそうつぶやいていた。


受け入れられない現実を前にして、そのまま立ち尽くしていた。

住人達は、ただその光景を見守るしかなかった。



「あれ!」

誰かが挙げた警告の声に、逃げ出していた住人は自然とそこに目が行ったようだ。

ベルンの街から妖魔があふれ出してきた。

あふれ出した妖魔は、新たな目的を見つけると、不敵な笑みを浮かべていた。


妖魔は仲間を呼び、どんどんとその数を増やしていく。

赤い目が、今にも襲ってくる気配を見せていた。


その赤い目が人々を恐怖の鎖で縛っていく。

逃げたくても、体が動かない。

その鎖を断ち切ったものだけが、我先にと逃げ出していた。

荷物も何もかも投げ出して、逃げる。

その眼から逃れるために、必死だった。


その時、土煙を上げて迫る集団が、住人達の逃げる方向に現れていた。

逃げ道をふさがれた住人達は、恐慌をきたしていた。


その場で動けないもの。

とにかくどこかに逃げ場所を探すもの。

泣き叫ぶ子供の声と、何かを叫ぶ声が一層不安をかき立てていた。


その時、頼もしい声があたりに響いていた。

一瞬、動きを止めた住人達。


「安心しろ!」

再び響くその声は、住人の心に届いていた。


「いけ、俺たちの街を取り戻すんだ!」

力強い声で、号令を発している。


火の手が上がるベルンを前に、男の顔が明らかになっていた。


「バーン。俺たちを助けに」

そう言呟いた男に、バーンはにやりと笑い返していた。


「いくぞ!」

バーンは自らもその中に入っていく。


あふれ出した妖魔は西門で集団を形成しつつあった。

膨れ上がった集団が、ゆっくりと道を譲るように割れていく。


その中から、ゆっくりと姿を現したものがあった。

魔獣。

妖魔の群れは、魔獣を中心に広がっていた。


バーンの仲間たちは、先頭にでてきた魔獣を見て息をのんだ。





「キマイラ……」

獅子の頭と山羊の頭、獅子の胴体に毒蛇の尻尾を持つその魔獣は、強靭な肉体を持つ魔獣。

山羊の頭は魔法を使い、口からは火炎を吐く。

誰しもが恐れる魔獣。

それはバーンの仲間たちの戦意をくじくに違いない。



「じゃあ、僕はちょっといってくる。ベリンダはそのまま監視をよろしく」

頷くベリンダを残し、俺は転移の魔法を発動させた。



目標としたバーンの真上、全体を見渡せるところから、姿を隠しつつ彼らに魔法をかける。


「臆するな、勇気ある者たち。そして自分たちの街を取り戻すのだ」

全体祝福マス・ブレッシング


姿を隠した俺の声を聞いた人々は、天啓と感じたようだった。

祝福の効果で、体から力と勇気が湧いているからだろう。


丁度その時、城門からキマイラに襲い掛かる姿があった。

城門に設置したゴーレムが、発動条件を満たして攻撃を開始していた。

縮小の魔法が解除され、飛び降りつつ元の大きさに戻るゴーレム。


地響きを立てて、城門前に降り立った。

通常の二倍ある大きさのゴーレムは、標的であるキマイラのライオンの頭をわしづかみにしていた。


苦痛の為か、ヤギの頭からは電撃がとび、獅子の口からは火炎を吐いていた。

キマイラの苦し紛れの攻撃により、周囲の妖魔は絶命していく。


ゴーレムはキマイラの頭を文字通り粉砕し、ついでにその体を踏み潰している。

そして、その標的を妖魔に変えていた。


ゴーレムの腕の一振りで、数体の妖魔が吹き飛ばされていた。

吹き飛ばされた元妖魔の塊は、さらに仲間を巻き込んで吹き飛んでいく。

逃げることも忘れ、ただ立ち尽くす妖魔たちは、ゴーレムの足で蹴とばされるか、踏みつけられるか、腕で吹き飛ばされるか、つぶされるかの違いでしかなくなっていた。


周囲の妖魔を掃討し終わると、ゴーレムは再び彫像のように動かなくなっていた。


「よし、いまだ!いくぞ!」

唖然とした仲間に、バーンの号令が飛ぶ。

思い出したかのように、彼らはベルンの街へと駆けていく。


しかし、シエルだけが俺を見つけたのだろう、両手を胸の前で組んで俺の方を見ていた。


そんなシエルの頭をバーンが小突き、小さく声をかけて街に突入していく。

シエルもしぶしぶそれに従っていた。



「さて、仕上げは任せたよ、バーン」

バーンに声援をおくりつつ、クロノスの様子を確認するために、物見の水晶球を取り出した。

きっと混乱しているだろう。


街から逃げ出した人たちは、バーンの仲間が守っている。

ここも監視してくれているはずだから、何かあれば教えてくれるだろう。


ゆっくりとベルンに近づきながら、水晶球に映るクロノスの顔を眺めていた。



***



「なんだ、いったいどうした」

次々と報告されることを聞いて、クロノスは状況がつかめなくなっていたようだ。


妖魔を解き放ち、愚かな住民を抹殺していったと思っていたはずだ。

街の外に逃げ出した住民は、キマイラが焼き尽くすと思っていたはずだった。


しかし、クロノスの聞く報告は、全く別物だった。

いきなりあらわれたゴーレムにキマイラはやられたと報告を受けていた。

しかも、西門からベルンの冒険者一団が侵入し、街の妖魔を駆除しつつ、こちらに向かっていると報告も受けていた。


「なんだ、いったい何が起こっている」

混乱したクロノスは、独り言を言っているに過ぎない。

報告者は、早々にクロノスの元から遠ざかっている。

きっと、報告することが彼らの仕事なのだ。

だから、忠実に働いている。


しかし、その声に反応するものがいた。


「兄者。兄者は失敗したんですよ。この罪は償わなくてはいけませんね」

背後から耳元でささやくその声は、クロノスも俺もよく知っているものだった。

言い終わるよりも早く、クロノスの胸元から剣先が付き出ていた。


「愚弟……よくも……」

口からあふれだす血を吐きだし、それだけ告げてクロノスは息絶えていた。


崩れ落ちるクロノスを見下ろしたウラヌス。

長年のうっ憤が晴れた気持ちでいっぱいだったのだろう。

その顔は愉悦でひどくゆがんでいた。


「やった!ついにやった!」

ウラヌスは大声で笑っていた。


「いつも、いつも、見下した目でみやがって! 剣の試合では勝てたことがなかったが、最後に笑うのは俺だ!」

物言わぬクロノスを蹴りつけるウラヌス。

はらいせのように、何度も何度もけりつけている。


あの顔。

あの顔には見覚えがある。

いつも俺を、いや、ヘリオスに向けていた表情だ。


「バカにしやがって、おまえなんか結局は役立たずなんだ! そうさ、剣の腕ではかなわない。それは認めてやるよ。でもな、お前も失敗しただろうが、これはお前の責任だ。責任は死で償ってもらおう。後は俺が何とかしてやる。感謝するんだな!」

大きく蹴とばしたクロノスを、さげすむように見つめている。


「ざまあみろ……」

ウラヌスはそう吐き捨てていた。



***



「いかんな。戦死者には少なくとも敬意を払うべきだ。もっとも、それが戦死といえるのならな」

部屋の入口から声が聞こえた。


「なあ、あんた。そこで死んでるのって、ここの責任者のクロノスだよな。あんたが殺したのか?」

状況を確認しながらゆっくりと部屋に入ってくる。


「だからどうした……」

ウラヌスの態度が変化した。

バーンを見て、その実力が分かったのだろう。


油断なく観察する顔は、さっきのそれではない。

一流の剣士がそこにいた。


「あんたそのなり、ひょっとして次男のウラヌスか?」

バーンも人が悪い。

知っていてあえて挑発している。

クロノスのことは知っていて、ウラヌスのことを知らないという態度。

ウラヌスのプライドを刺激するには十分な言葉だ。


ウラヌスの顔にいらだちが見え始めていた。


「だとしたらどうした、ここで死ぬお前には関係ないだろう!」

しかし、ウラヌスも一流の剣士だ。

再び用心深く、バーンを観察し距離をとっている。


「いや、なにね。俺の標的はあんたら二人だったから、その片方がいなくなっていて楽だなと思ってね。ああ。俺の名はバーン。もっともここで死ぬあんたには関係ないかもな。それに助かったよ、クロノスの相手はさすがにきついかなって思ってたからさ」

バーンは不敵な笑みを浮かべている。

あからさまな挑発は、ウラヌスのプライドをさらに大きく刺激していた。


「ほざけ」

ウラヌスは短くそう告げると、バーンを切りつけていた。

剣が陽炎のようにゆれ、バーンの体を切り裂くために振り下ろされた。


必殺の一撃をうけて、バーンは倒れる。

少なくともウラヌスの眼にはそう映るはずだった。


「へえ、さすが英雄の息子だけはあるね。それ、剣聖ミュラーの陰の技朧オボロだね」

バーンの言葉にウラヌスは驚きを隠せないようだった。

そこに悠然と立つバーンは、笑顔を見せていた。


「なっ!」

とっさにウラヌスは距離を取った。

紙一重で剣先がウラヌスの目の前を通り過ぎていく。


「それは、紫電イカヅチなぜ貴様が!」

驚愕の表情を浮かべて叫んでいる。

事情を知らないものがそれを見ると、確かにそういう反応になるだろう。


「こたえろ、なぜおまえがそれを使える!」

もはや戦うといった状態でもなくなっている。

必死に答えを求めて、半狂乱になって叫んでいた。


「あーあんた、剣聖ミュラーのこと、なんも知らないんだろ」

バーンはあきれた表情で答えていた。

それを言われてもウラヌスは理解していなかった。


「いいぜ、教えておいてやる。それを聴いてクロノスに自慢しておけ」

一度剣先を下げて話し始めるバーン。

しかし、その姿に全く隙を感じられなかった。


「そもそも、英雄マルスと剣聖ミュラーが出会うよりも前に、剣聖ミュラーの弟子の中にも優秀な奴がいたんだよ。最初その男に、ミュラーはすべてを託そうとしていた。しかし、マルスに出会い、その才能にほれ込んだミュラーはマルスにすべてを伝えたと言われている」

そこでバーンは再び剣先をウラヌスに向けていた。


「じゃあ、元の弟子はどうしたと思う? 途中で捨てられた男はすでに陽の技は会得していた。後は陰の技だったが、マルスに師匠をとられた形になった。けどな。ミュラーの剣は、そもそもその教えにあるように、二つで一つなんだよ。相反するように見えて、実は併存なんだわ。そのことが分かっていれば、一つを納めれば、自然ともう一つもできるようになるのさ。あんたが使った陰の技、俺の使った陽の技、これらは一対なのさ。聞くところによると、クロノスも陽の技使いらしいが、まだその域には達してなかっただろうな」

信じられないことを聞いたように、ウラヌスは口をだらしなく開けていた。

バーンはため息をつくと、再び語り始めた。


「そして、その男は誓ったのさ。自分のように途中で投げ出されないように、しっかりと弟子を導くと。そのおかげで、俺はフラフラしてても、まだあの人の弟子だというわけさ。まあ、裏大蛇(オロチ)流とでもしとくかね」


そう言ってバーンは陰の技、オボロをくり出していた。


「ばかな! 俺がこの五年かけても会得できなかった陽の技。まして、陰の技だと!」

避けながら、バーンをにらんでいる。

自分が使う技だから、その特性をつかんでいるのだろう。


「みとめん!」

そう言ってウラヌスは自分の持てる技を連続して繰り出していた。



***



「おいおい、こんな狭い場所で……」

無茶苦茶だ。

しかし俺も、態度ほど余裕はない。


油断したら致命傷が襲ってくる。

そんな剣撃だった。


「はっはっは。どうした?手も足も出まい。技を習得したからといって、所詮はその程度か。幼いころから叩き込まれている俺にはかなうまい」

部屋をぬけ、階段をくだり、とうとう屋敷の外に出ていた。

自分が追い込んだと信じているのだろう、その顔は自分の優位を疑っていなかった。


全くおめでたいやつだよ。


二人同時相手は少しきついかと思ったけど、まあ何とかなる自身もあった。

あれから、もう一度修行をし直している。

俺はすでに師匠を超えていると、師匠にいわれているんだ。


師匠の為にも、俺は負けられない。

屋敷の外に出ると、やっぱりヘリオスが来ていた。


心配してのことじゃないだろう。

信頼されている自信がある。


たぶん、その眼で直接見るためだろう。

なんだかんだ言っても、ヘリオスはそういった優しさを持っている。

最後に憎しみを自分に向けるつもりなんだ。



「おや、ウラヌス兄様。クロノス兄さまを殺したのですか? 宿願がかないましたね。僕も、いじめられた甲斐がありましたかね?」


頭上から声にウラヌスが反応する。


「ヘリオス! おまえ!」

やはりウラヌスは憎しみの視線を投げつけている。


「おや、久しぶりに会ったのに、そんな目で見ないでください。むしろ僕の方がそう見なくてはいけませんが、ちがいますか? あと、久しぶりにお相手してみたいのはやまやまですが、ここはバーンさんにお任せします。しっかり稽古をつけてもらってください。ウラヌス兄様は稽古がお好きですものね」

ヘリオスはお辞儀をして飛んで行く。

片手にはしっかり水晶球が握られていた。

色んなことを見守っているのだろう。


片手をあげて、それにこたえる。

もういいだろう。

お遊びはここまでだ。


「さあ、これで思う存分剣がつかえるな。こっちの剣はしっくりこなくてね」

今まで持っていた直剣を戻して、背中に担いでいた大剣をぬく。


この重み、しっくりくる。

やっぱり俺にはこれが似合っているみたいだ。


しかし、いつもよりも軽い気がするのは、ヘリオスの祝福の効果だろう。


「さあ、言われたように、稽古をつけてやる。お代はお前の命でどうだ?」

大剣を振り上げた瞬間振り下ろす。

最速の剣技。

大剣でこの技ができるのは俺だけだろう。


鳴神ナルカミまで……」


真っ二つになったウラヌスは、信じられないものを見たという顔で、その生涯を終えていた。


「これでゆるしてくれ、ベルンのみんな……」

俺のつぶやきに答える者はいない。

でも、これでベルンを巻き込んだ騒動は終わる。


英雄に守られるのではなく、自分たちで自分たちの街を守っていくんだ。



***



「さて、あとはあれだけですね。シエルさん?」

俺の腕に必死にしがみつくシエル。

古代語魔術師だから飛べるだろうに?

一体何がしたいんだか.……。


「ごめんね、ヘリオス様。私飛べないの……」

シエルは、さらに強くしがみついていた。

か細くいっても、その嘘はバレバレだ。


「シエル、うそはだめ」

ミヤはシエルの体を持ちながら、俺から引き離そうとしていた。

そう、シエルは飛べるはずだ。


「うん。飛べるんだけど、高いところが苦手なの……」

下を見て、小さく悲鳴を上げると、今度は首にしがみついてきた。

可愛らしいけど、うそだよね……。

でも、まあ本気ということも考えられるし、今はやってもらわないといけない。


「シエルさん。一つお願いします。私が支えていますので、魔法に集中してください」

ベルンに迫る後続部隊、それをシエルの魔法で一掃しないといけない。

今は裏方に徹するつもりだ。


「ヘリオス様。下を見ないで済むように、上向きにして。わたしの背中を支えてもらえますか?」

シエルのリクエストに対して、精霊たちが文句を言い始めていた。

完璧に無視するシエルは、ただ俺を見つめている。


仕方がない……。

今は言うことを聞こうか……。


シエルを胸に抱きよせ、背中と両足を手でささえる。

いわゆるお姫様抱っこだな。


満足そうなシエルは、俺の胸に顔を預ける形になっていた。


周囲が騒然とする中、最後の仕上げをお願いする。

「さ、シエルさん。そろそろベルンについちゃうので、よろしくお願いします」

特に騒ぐミヤに後でと約束し、シエルに魔法を催促する。


「ベルゲルミル、お願い」

シエルはそれだけ告げると、また俺の胸に顔をうずめていた。


古代語魔法じゃないなら、集中いらないじゃないか……。

思わずそう言いたくなったが、呼びかけに応じた氷の魔神が気になった。


「君がベルゲルミルか、よろしくね」

ベルゲルミルをみて、小さく頷く。

勇壮な氷の魔神。

その姿はベルンの炎を反射してキラキラと輝いていた。

どこまでも深い瞳は、見るものをその深奥に閉じ込めるかのようだ。


「王よ。お初にお目にかかる。今はそこの人間と盟約をいたしておりますので、ご容赦を」

ベルゲルミルは臣下の礼を取っていた。


「いいよ、ベルゲルミル。君の力でシエルさんを助けてあげてね」

上位精霊に必要ないことだが、ベルゲルミルに力を授ける。

まあ、フレイも喜んでたからいいだろう。


「おお。ありがたし。では」

感激した様子のベルゲルミルは、その力を大いにふるっていた。


迫りくる中型妖魔の大群を、一撃で氷の彫像に変えていた。


小さく舞った氷の結晶が、風に吹かれて舞い上がる。

星々の光をその身に浴びて輝くその世界は、神秘的な雰囲気さえ感じる。

しかし、そこは生きるものを許さない厳しい世界に違いない。


「おお」

思わず感嘆の声を上げていた。


やはりシエルが作る氷の世界は格段に美しい。

正確にはベルゲルミルだが、シエルのイメージしたように作っているはずだ。

腕の中で、小さく震えるシエルは、とてもうれしそうだった。


もう一度目その光景に目をやると、ベルゲルミルが彫像を一瞬で砕いていた。

全く何も飛び散らない。

全てを塵に変えたような砕き方で、その世界はさらに美しさを増していた。


その時、不意に腕から重みが消えていた。


横を見ると、シルフィードとベリンダに両脇を抱えられたシエルが、恨めしそうにミヤを見ていた。


その視線を無視して、ミヤは俺の腕の中に飛び込んできた。


「くふふ」

とても喜ぶミヤを見てほっとする。

これで、ベルンでやることは終わりだろう。


もう一度幸せそうなその顔を見て、思わず笑顔になっていた。


ふと、視線を上げると、俺の前には行列ができていた。

それは順番に同じことをするようにという全員の意志なのだろう。


ミヤ、シルフィード、ベリンダ、ノルン、と続いて、なぜか最後にそこ子はいた。


「ごめん、フレイ。君、どうして欲しいんだい?」

羽を広げて待ち構えるフレイ。


そう尋ねずにはいられなかった。


一瞬にして固まるフレイ。

俺にそう言われて初めて、フレイはどうしていいのか、わからなくなったようだった。


「フレイ。君の場所はここだ」

フレイを持ち上げ、俺の左肩に乗せる。


頭の上ではミミルが、フレイに挨拶していた。


お隣さんだからよろしくね。

ミミルにはそう言っておく。


「ここは君だけの場所だよ」

それを聴いたフレイは飛び上がり、また歓喜のダンスをおどっていた。


「とりあえず。おわりましたね」

目の前で指をくわえてみているシエルに、そう告げていた。


もはや自分で飛んでいる。

相変わらず、シルフィードとベリンダに両腕を拘束されていたが……。


直接ベルンの街の様子を見るために、ベルンの上を飛んでいく。

燃える煙と熱気が、俺に不快感を与えてくる。


まだ、色々燃えているんだ……。

時間の問題だと思うが、早く収まって欲しかった。


「これからが大変なんだ……」

まだ、眼下で燃えているベルンの炎は天をこがし、人々の営みに生々しい傷跡をつけている。


ここからは、ベルンの人たちで復興しなくてはいけない。

バーンとシエルに陣頭に立ってもらったのも、そのためだ。


いつしか、俺は中央の広場の上空に来ていた。


散々荒らされた広場、あちこちで混乱のあとが見て取れた。

色んなものが壊れ、雑然と放置されている。


その時、広場の中央に設置したゴーレムと目があった気がした。


「今回は君の出番はなかったようで安心したよ」

これから先も、その出番は回ってこないことをひそかに願う。


おりしも東の空が明るくなってきた。

モーント辺境伯領は、未だ暗雲たなびく様相だ。

しかし、間違いなくそこから朝日は昇ってきている。


「まだ太陽は昇っていない。けど、次は僕の番だね」

マルスとの戦いを前に、俺の気分は高まっていった。


ベルンを巻き込んで、モーント辺境伯の実態が明らかになりました。

ベルンの街は自分たちで守るという意思が生まれ、バーンはその立役者になって行きます。

ヘリオスは、夜明けを感じつつ、マルスとの戦いに意識を向けていきました。

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