用意万端
ヘリオスはベルンに最後の仕掛けを設置しに行きます。
「まったく、遅いわい。ほれ、これをベルンに設置してくるんじゃ」
魔法の袋を受け取りながら、苦笑いを浮かべる。
一体誰のせいなのだか……。
でも、何となく気分的には良かった。
やはり、黙っていることは、俺にとっても負担だったか……。
「先生、もう少し前に来ていただいたら……」
さて、この質問にはどう答えますか?
もう一つ気になっていることを確かめてみる。
「いずれ問題になったことじゃ。今の方がよかろう」
笑いながら言うデルバー先生の眼には、確かな自信があった。
やはり、そういう事か。
「確かにそうですけど……」
何となく、納得できなかった。
そもそも口止めしていたのは、デルバー先生なのだが……。
もし、俺という存在を最初から打ち明けていたらどうなのだろう?
せめて、彼らだけでも知っていたら?
そうすれば、俺とヘリオスがいることをもっと早く認識していただろう。
いや、違うか。
ヘリオスが俺をわかっていなかった時点で、その選択肢はないんだ。
「状況が違っておる。それに、仲間というものを感じたじゃろ」
全くたいしたものだよ、この人は。
俺の気持ちまでも見透かしているようにしか思えない。
真実の眼か……。
その眼はどこまで見ているのだろうか。
「ええ……そうですね」
正直、メレナの言葉がありがたかった。
マルスを前にして、あの言葉は俺に勇気を与えていた。
「ボクたちは仲間じゃないか!」
あの時、俺は強い衝撃を受けていた。
マルスの過ちを否定するために行動している。
手記や伝記を読んで、マルスがどういう考えを持っているのか何となく理解できた。
しかし結局、俺自身も同じことをするところだった。
「これでは説得力がないよな」
自嘲的につぶやいてみる。
デルバー先生は何も言わず、入学式典を見ていた。
そうだ、自分一人で解決しようとしてはいけない。
マルスを否定する以上、マルスにそれを見せなければならない。
効率を重視すれば、俺が何でもする方がいいだろう。
でも、それではダメだ。
それではマルスの心に届かない。
マルスを倒すのではない。
マルスを解放する。
それが、託された願いだ。
「それでおぬし、どこまで読んでおるんじゃ」
相変わらず、入学祭典のパーティ結成を見ながら話しかけている。
どこを見ていても、何をしていても、この人は俺を見ている。
何となくそう感じてしまった。
「そうですね、近日中に反応があるんじゃないでしょうか。まず、妖魔をけしかけて、それを救援し、ベルンに入るのがいいでしょうね。王都召喚の件を先触れしておけば、ベルン防衛隊も奮闘します。援軍はそこまで来ているというのが心強いでしょうから」
同じくパーティ結成を見ながら話す。
俺の心を見透かしたのか、映像は自然と気になる三人に向いていた。
「やはり、あの三人は一緒にいることを望んだようだの。よかったの、ヘリオス」
俺の方を向いて、満足げに頷いていた。
「ええ、そうですね」
テリアの笑顔。
それがすべてを物語っている。
彼女はよく笑うようになった。
アリス=ツー=ドライ、ナタリア=ツー=ゼクス、テリア=ツー=フィーアの三人は無事にパーティを結成していた。
変な横槍もなく、今年は穏やかな式典だった。
「ここ数年が異常なだけじゃ」
俺の気持ちを読んだのか、突然そう言ってきた。
「ところで、あの二人は騎士だからいいとしても、テリアはどうするんですか?」
この学士院は精霊魔術師に対応していない。
それ以外の分野で学ばせるのだろうか。
でも、それではテリアは孤立してしまう。
周囲から奇異の目で見られるだろう。
あの二人は認められるだろう。
そうなると、テリアはそのお荷物のように見られるかもしれない。
そうなると、あの笑顔が消えてしまうかもしれない。
あの笑顔を守らなければ……。
でも、いったいどうしたらいいのか……。
「それならば問題ない。臨時講師を雇っておる」
その言葉と共に、一枚の紙を受け取った。
見覚えのあるやり取り。
でも、今回はしっかり文書が記されていた。
「ほれ、そこに名前を書くんじゃ」
それでも、いつもと変わらない雰囲気。
その文面は、俺の想像をはるかに超えていた。
俺が読んだのを見計らって、追加として分厚い紙束を渡してくる。
その顔は、有無を言わさぬ迫力があった。
何てこと考えるんだ、この人……。
「これは……僕ですか……」
その紙が学士院の契約書で、臨時講師という肩書で雇用することが書かれている。
しかも、専攻は精霊魔術。
講義枠は特別枠なんてものが追加されていた。
まさに、テリアの為だけに講義カリキュラム自体が組みなおされていた。
膨大な編成作業。
ありがとう、アプリル先生。
後でお礼を言いに行こう。
といっても、たぶん『私は仕事をしただけです』と言うだけなんだろうけど。
「ほかに適任者はおるまい?」
デルバー先生は目を細めて笑っていた。
これも考慮しての事なんだ……。
先にモルゲンレーテの全員に話していなければ、もっとややこしい事態になる。
もし、俺が反発していたらどうしたんだろう?
まあ、その時は師匠が駆り出されたのかもしれないけど、その時は師匠に怒られてしまうだろう。
たぶんそれは回避する。
もう二度とあの人を怒らせることはしないと誓っている。
「すみません。報酬は出ますか?」
冗談のつもりだったが、デルバー先生はその個所を指さしていた。
「一回につき金貨二十枚ですか……」
契約書の下にはしっかりと報酬が書かれていた。
正直、その金額に驚いていた。
ここにいて、一回でもらえる金額としては多い。
物価を見ていて思うのだが、この世界の金貨一枚は日本円で大体一万円に相当する。
冒険に出て、危険な目に合うことで得られた報酬に比べるとはるかに少ないが、それとこれとはなしが違う。
安全なこの場所で、講義をして得られるものと比べる方が間違っている。
「まあ、おぬしのことじゃから、それ以下でも、テリアのためにはするじゃろうがの」
たしかに、家庭教師みたいなものだ。
生徒はおそらくテリアしかいない。
その講義に一回金貨二十枚は採算が取れるのだろうか?
そんな俺の顔を見て、にやりと笑うデルバー先生。
なんとなく嫌な予感がしてきた。
「おぬしは勘違いしておるかもしれんが、講義だからの、使えなくとも聞きに来る生徒はおるぞ?あの二人は間違いなく来るじゃろ。あと、この特別枠を選択するかどうかで、入学金も変わるし、まあ、今年に限っては途中変更も可能にしておる」
そうだ、講義だ。
しかもカリキュラムに組み込まれている。
それは、入学前にアナウンスがされることになる。
それをあらかじめ選択しておけば、だれでも聞きに来ることができるというわけだ。
「ほっほっほ。おぬしが賢者と知れた時にはの、人気講師じゃ。ほれ、契約期間はテリアの卒業までじゃからの、しっかり働くがよい」
デルバー先生はやはり、一枚上手だった。
精霊魔術という今までにない講義。
そして、それを俺が担当することになる。
俺が賢者として公表される。
物珍しさも手伝って、希望しない人はいないだろう。
そこまで織り込み済みだったわけか……。
本当に、この人の対策と対応には頭が下がる。
しかも、誰も不幸にしていない。
ただ、気になる点が一つある。
「僕の卒業は……?」
恐る恐る聞いてみた。
「今回のことが終わったら卒業させてやってもよいがの、でもちゃんと普通にするがよかろう。カルツとメレナを先に卒業させてやれ。あ奴らもここにおるのはあと一年じゃ」
そう言うデルバー先生は少しさびしそうな表情をした。
しかし、すぐにそれはなくなっていた。
毎年思うことなのだろう。
気付かないふりをしようか。
「ところで、モーント辺境伯領の霧はまだ晴れないのですか?」
一応確認しておこう。
あの霧は、魔法的なものだ。
モーント辺境伯領には、あの霧が出てから行き来が絶えている事だろう。
「まだじゃの……。おぬし、何を考えておる?」
楽しそうに尋ねてきた。
知っているくせにとは言わない。
この人は、それでも俺の言葉と態度を待っている。
「まあ、マルスは僕のメッセージをしっかり受け取ってくれたかと思いますので、彼自身は出てこないのではないかと考えています。おそらく、クロノスにベルンを任せるでしょう」
いや、慎重な彼だ。
ベルンの住民移動の件は耳にしているに違いない。
当然、師匠がそこにいることは伝わっている。
そうなると、一応の警戒をしているに違いない。
ギリギリまで、英雄であることは守るだろう。
失敗して、クロノスが強引にベルンを落とした場合、マルスがクロノスを倒すという筋書きを残すために……。
「ひょっとすると、メッセージを聞く前からそうする可能性もありますが、すぐに出てくるということはしないでしょう。そして、メッセージを受け取った今、それを破ってくる僕を待っていると思います」
プラネートに贈ったゴーレム三体の意味をマルスならわかると踏んでいる。
エーデルシュタイン辺境伯ではなく、プラネートにしたことで、それは明らかだろう。
そもそも、シュミット辺境伯には何も贈っていない。
これはプラネートを守るという意思表示だ。
では、誰がそれをするのか。
事情を知っている人間はそうはいない。
そう考えると、ヘリオスの名前が浮かんでくるだろう。
それを仮定して、デルバー先生の最近の行動力を考えると、俺が変装していることに気づくに違いない。
そうなれば、マルスの手を次々と抑えた俺に、ベルンが抑えられるか見てみたくなる。
マルスはそういう感性の持ち主だ。
そして、すべての障害を乗り越えて対峙することを望むだろうと考えた。
最後の障害はあの霧だ。
「ヒントは手記にありました。自分の矜持というものはなかなか消えないものですね」
それは、マルスがまだそこにいることの表れだった。
たぶん魔剣に支配なり、乗っ取られているせよ、今のマルスは、元のマルスの影響も受けていると言える。
「うれしそうじゃの」
俺の様子をそう評価している。
その顔もまた、うれしそうだった。
「可能性ですが、まだマルスという人物は消えていないと思います。僕はいろんな人から、英雄マルスの開放を託されました。だから、その存在がまだある可能性がとてもうれしいのです」
こんな時は笑うのがいい。
絶望的と思えていた状況に一筋の希望の光が見えていた。
あとは、それを手繰り寄せる。
そのための段取りを今は行う。
そして、間違うことなく成功させてみせる。
「期待と希望は背負います。しかし、僕一人で背負えるものではありませんので、みんなに手伝ってもらいます。それが、僕がマルスに示すものです」
誰に言うわけではない。
自分自身に言い聞かす。
ともすれば、忘れて行動してしまう。
でも、そんな俺を修正してくれる人たちがいる。
だから、迷うことなく進んでこれた。
「では、設置してきます。場所はベルンの大門二個にそれぞれ二体ですね。それと隕石対策にこの魔道具を城壁に。そしてあのゴーレムは中央広場でいいですか?」
デルバー先生の特別性ゴーレムの設置場所を一応確認しておく。
考えた通りじゃないと、たぶん文句を言われた挙句、やり直しになる。
「手の内がすべてわからん以上、考えられる手段に対策が鉄則じゃ。門は不測の事態に備えるため、城壁はメルクーアの隕石対策、そして秘密の守護神じゃ。そもそもあれは……」
デルバー先生は特に秘密の守護神にこだわっていた。
しかし、その場所に関しては、問題なさそうだ。
「わかりました。ではいってきます」
話が長くなりそうだったので、返事を待たずに転移した。
***
「これでよし、設置は城壁完了。門も大丈夫だろう。問題は、中央広場のどこに……」
透明化を使用して城壁と門にそれぞれ魔道具とゴーレムを配置した。
魔道具の隠ぺいは簡単だったが、ゴーレムは難しいので、城壁に穴をあけ、その中に入れておいた。
ゴーレムには縮小の魔法がかけられていたので、その穴は小さくて済んだのが幸いだった。
しかし、中央広場は人通りが多かった。
「こまった……ここにきて、設置に時間を費やすとは思っていなかった」
広場の中心には噴水があり、その周りを絶えず荷馬車が通っていた。
そして、ここはベルンの交通の要でもあった。
こんな場所に人間サイズのゴーレムはおけない。
というか目立ちすぎる。
全く中央じゃなくてもいいだろう。
どこか、置ける場所はないか……。
周りの様子を窺っていると、あちらこちらで荷車のトラブルが起きているのが目についた。
「こうゆう場所は交通整理が必要だよな……」
何気に発した自分の言葉にひらめいた。
そう、ここはベルンの中央広場。
交通の要所。
当然事故も多い。
となると、あれがあってもいいはずだ。
「幸いこのゴーレムは愛嬌のある体つきだ」
初めて見た時は、これがゴーレムなのかと思ったものだ。
今はその体に感謝しよう。
あとは、これに持たせるものを持たせておけば……。
一旦作業するために部屋に戻る。
全ての準備を終えて、もう一度設置場所を検討した。
一を確定し、設置が見られないように空間を閉鎖する。
看板を持たせたゴーレムは、その場所に置くと、まるでそこにあるのが当たり前の顔つきに見えていた。
しかし、冷静になってみると、やはり違和感になるな……。
まあ、大丈夫だろう。
この人の言葉は影響力がる、人目を引いたとしても、この看板が役に立つだろう。
あらためて、この看板の文字とゴーレムをみる。
我ながら、満足のいくものだった。
(焦っても得るものはない マルス)
一応噴水に魔法で固定し、起動時には解除されるようにしておいた。
「これでどうにかなるわけではないけど、違和感はないかな……。あるか……。でも、その方が看板の役には立つからいいよな。まあ、これを使う事態にしなければいいわけだしな……」
周囲を見渡して、まだ多くいる人に驚く。
「以前よりも人が多い気がする。バーンが連れて出たはずなのに……」
これから起こることを考えると、胸が締め付けられる思いがする。
たとえ王であったとしても、すべての人を救いことはできない。
そう思うしかないヘリオスだった。
「情報を得るにも、バーンさんと親しい人はもう移住しているしな……」
ここですることを考えてみる。
今回の事では、これ以上は必要なさそうだ。
あとは念のために、位置特定の魔道具を街の片隅に埋めておいた。
ただそれだけの魔道具は、空間を超えてこの俺にこの場所を認識させてくれる。
それは、あの時に経験済みだ。
もしもの場合に備えておいた方がいい。
具体的にどうやったかは知らないが、マルスは真祖を消滅させている。
「よし、帰ろう」
やることはやった。
あとは、見届けるのみだ。
最後にベルンを見渡せる等の上に立つ。
この街で、俺は大切な出会いをした。
今まさに、この街を悪意が覆わんとしている。
眼下には、人々の営みが感じられる。
警告はした。
けれどもすべての人じゃない。
仮にマルスが同じことをしたらどうなるか?
恐らくほぼすべての人がマルスの指示に従うだろう。
しかし、現実は違う。
俺とは違い、この街で信頼のあるバーンでさえ、その一部しか説得できていない。
俺がこんな気分なんだ。
実際説得していたバーンの気持ちはやりきれないに違いない。
あとは、この街の被害をできる限り抑えること。
そう考えるしかなかった。
「ごめんなさい」
今もこの街に住む人々に、聞こえない謝罪を口にする。
自己満足な行為だ。
でも、そうせずにはいられなかった。
もう一度ベルンの街並みを見渡し、俺は部屋へを転移した。
***
モーント辺境伯の軍勢がモーント領を出たとの知らせは、その翌日にもたらされていた。
「おぬしの読み通りじゃの、あと四日ほどでベルンにつくか」
俺を呼びだしたデルバー先生は、そう言って目を細めていた。
「まあ、近日中としか言ってませんが……。それにしても発見が遅れてませんか?」
両辺境伯が悩まされていた妖魔の問題が片付いた以上、遅らせると計画に支障をきたす。
それは押し出される形になっているのか、もともと予定していたのかはわからない。
しかし、行動に出るのは明らかだった。
しかし、あと四日の距離というのは、ほぼマルス領内は見えてなかったことになる。
「霧のせいじゃ」
忌々しそうに言うデルバー先生の気持ちがよくわかった。
あの霧は、遠見の魔法でも見えなかった。
魔道具を使ってもその視界を阻止されていた。
おそらくデルバー先生の眼でもとらえられなかったのだろう。
「地下トンネルはどうなってましたか?」
こうなると問題は、その進行速度。
今は、時間がすべてだ。
「おぬしの言う通り、地下から進んでおったわ。この分だと本体よりも二日ほど先行しておる」
意外にゆっくりとした速度。
しかし、本体との間に二日あるということは、ベルンは二日間持つと考えているのか……。
それはこちらの介入を意図しているのか、そもそもある程度被害を与えた方がいいと考えているのか……。
いずれにせよ、妖魔が来るのがあと二日後。
マルスの本体が来るのがさらに二日後というわけだ。
「時間的なものはともかく、おおむね想定通りですね。バーンさんの動きはどうなってますか?」
バーンが駆けつけるにしても、現在の位置が重要だ。
場合によっては、軍団移送で短縮させなくてはいけない。
「バーンは一昨日トラバキをでたの、あと二日でベルンに入るの。まさにぎりぎりじゃわ」
デルバーからは安堵感が感じられる。
何とか妖魔襲撃前にベルンに入ることが出来そうだ。
バーンのことだ、すぐに避難民と共に行動ができるようにしているだろう。
混乱に紛れて食料を運び出すことが大きな目的だ。
「先生、まだです」
まだ気は抜けない。
混乱した人々が、どのような行動に出るか。
無事、バーンがベルンに入れるかわからない。
「それと確認ですが、その軍勢の中に、マルスはいませんよね。あと軍勢の規模はどのくらいですか?」
最も大切なこと。
もし、その中にマルスがいるのであれば、作戦第二弾を発動する必要がある。
「マルスはおらんようじゃ。メルクーアもおらん、ただ、その弟子たちはすべて参加しておるようじゃぞ。また、軍団規模は兵士二千人、騎士五百人。公式には全兵力じゃよ」
領内は霧の守りがひいてある。
全軍を持って事に当たる。
実にマルスらしいやり方だ。
たぶん、霧の守りは進軍を隠すだけが目的だろう。
マルスにとっては、自分一人いればいいのだろう。
圧倒的な自信と力。
それが、俺を呼んでいる。
しかし、数字の上では、油断できるものではなかった。
ベルンは千人の守備隊がいるだけだ。
しかしデルバー先生はマルスやメルクーアがいないことで、その警戒度はかなり下に見ているようだった。
「地下を進むのは妖魔だけでしょうか……」
後続がいるだろうが、最初は妖魔だけと考えている。
でないと、ベルンの守備力を上回ってしまう。
そうなると元も子もなくなる。
ある程度の被害は容認したとしても、全滅は考えていないだろう。
「得られる反応はすべて微弱なものじゃよ。魔法生物の反応もない。おそらくは下級妖魔じゃろ。しかし、数は割と多いぞ。二千はおる。守備隊の倍じゃわい」
声そのものは全く変わりないが、表情は少し心配そうになっていた。
今の状況に合う一つのシナリオがある。
それは、たぶん俺が考える最悪のシナリオ。
妖魔と共にベルンを蹂躙したマルス軍を、マルスが一人で全滅させるシナリオ。
破壊しつくされた後に、マルス一人が英雄として立っている姿。
それを考えたに違いない。
「よもや陥落を狙っているのではあるまいの……」
独り言ともいえるデルバー先生の問いに、俺は頭を振って答える。
マルスとメルクーアがいないということは、確かにそういう可能性もある。
もしそうならば、初めからフリューリンクのようにしておけばよかった。
そうしないのは、ベルンは比較的無傷で手に入れたいからだろう。
「案外、我々の細工を期待しているのかもしれませんね」
城門のゴーレムを考える。
マルスならば、こちらの手を織り込んで作戦を立ててくるだろう。
「しかし、あれは今回発動条件に当てはまらんの。何とか持ってくれるのを祈るか」
ゴーレムの話が出た途端、一気に心配は吹き飛んだようだった。
その眼は、急に生き生きしだしている。
やばい。
俺はそう感じずにはいられなかった。
「いずれにせよ、あと二日ですね。各地に連絡をお願いします。では、講義のじゅんびもありますので、失礼します」
頭を下げて、退出する。
もう、終わりのない講義はこりごりだった。
***
そして二日が過ぎていた。
「おお、今日は初講義かの」
教員塔で俺の準備を見たデルバー先生は、とてもうれしそうだった。
わざわざ見に来なくても、挨拶には行ったのに……。
「先生、緊張感がなさすぎです。一応ベルンの危機ですよ」
あきれ顔で、そう告げる。
ベルンではもうすぐ妖魔が確認されるだろう。
ベリンダには遠見の魔法を準備してもらっている。
色々な個所を複数固定するだけでなく、維持ができるのはベリンダの力が上がっているからだろう。
講義が終わり次第、それを見るつもりにしている。
まず、頑張って自分たちで街を守ってもらわないといけない。
そう言う意識が大切なんだ。
そんな俺を黙ってみるデルバー先生。
何となく言いたいことが分かっていた。
「すでに物語はできておる、役者は舞台には上がらず、代わりに三流役者しか上ってこん。こうなると、面白みがなくなるじゃろ」
デルバー先生は辛辣だった。
「クロノスはあれでも剣聖門下では凄腕ですよ? ベルンの危機かもしれません」
あえて反対意見を告げてみる。
でも、俺もそう思っているから、こうしてここにいるんだけどな……。
「まったく、どの口がそう言うのかの。格がちがうわい」
わかったからもう講義に行って来いとばかりに手であしらってきた。
「わかりました。行ってきます」
苦笑するしかない。
俺のことは俺が一番よくわかっている。
ベルンのことよりも、初めての講義に少し緊張している自分がいた。
テリアたちも学士院に入学してきました。ヘリオスは学生でありながら、講師をすることになっています。




