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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
新たな戦い
62/161

謝罪

マルスの軍勢が出発しました。


その少し前に、プラネートから手記をもらったヘリオスはデルバー先生に変装することをやめ、そのことを告げにオーブ領に飛んでいきます。

そこに待ち受ける運命は?

夜が明けようとしている。


まだ肌寒さが残る季節。

特にこの時間では、お互いの表情などよく見えはしない。

しかし、隣で息を吐く音は聞こえる。


緊張の為か、荒く吐き出される白い息は、小さくあっという間に消えていく。

表情はわからないまでも、その状態は手に取るように感じられた。


そこにいる全員が、緊張した面持ちでその合図を待っていた。


ほんのりと東の空が明るくなる。

まもなく夜明けが近づいていた。


「出発!」

静寂を突き破り、号令は発せられた。


兵士たち、騎士たちは緊張感を保ちながら、その人物の前を通り、まだ暗い道を歩いていく。

その人物の顔は見えない。

しかし、その人物が持つ圧倒的な雰囲気が、通りかかる騎士たちの緊張感を最大限に引き出していた。

彼らの様子が、そこにいる人物が誰かを告げている。


英雄マルス。


彼らを見送るマルスの影が、昇る太陽の光をうけて、すっと伸びてきた。

まるで騎士たちと共にあるかのように、その影はまっすぐ軍団の進路へと伸びていく。


「勝鬨を上げろ!」

先頭をいく騎士が声を上げていた。


「おー」

あたりが静寂に包まれていた中、その声は大きく響いていた。

どの顔も、自信に満ち溢れている。


英雄と共にある。

それが彼らのなかで、自信となり力となっているようだった。



「それでは、父上、行ってまいります。」

重装備の騎士2名が、それだけを告げて先を行く軍団を追いかけていった。


「クロノス、ウラヌス……」

マルスはただ一人、面白くなさそうに軍団を眺めていた。


「こういう展開ではなかったがな……」

苦しそうに口に出た言葉は、意識をしてなかったのだろう。

自嘲的に歪めた口元が、それを示している。


「マルス様。至急、お耳に……」

突然、なにかの影が揺らめき、マルスの背後に湧き上がる。

影の中から現れた黒装束の男は、静かに跪いていた。


「何事だ、ヴィルトシュヴァイン」

振り向くことなく、不機嫌な声を出していた。


「エーデルシュタイン領とシュミット領の妖魔が全滅しました。3日ほど前、急にデルバー学長がやってきたようです。グリフォンにのった学長は、妖魔を氷漬けにし、落雷をおとして全滅させ、早々に引き揚げた様子です。また、その際にエーデルシュタイン領には、見慣れぬゴーレムを配置したようです」

ヴィルトシュヴァインはそれだけ言って、また陰に隠れていく。


「なぜ、今頃に……。しかも最近のデルバーは積極的に動きすぎだ。これではあの時と同じことではないか……」

しばらく考えこんだマルス。

その視線は地面を向いていた。


しかし、何かを思いついたように顔をあげたマルスは、口元の緩みを隠そうともしなかった。


「ふっ、ふはははは。そうか。これは愉快。このわしが出し抜かれるとは。やつめ。思った以上に楽しませてくれるわ。出来損ないだと思っていたが、認めてやろう。それでこそわしの息子。立ちはだかれ、そしてわしに見せてみろ」

マルスは楽しそうに笑っていた。

それは先ほどの人物とは思えないものだった。


「お前の覚悟、見届けよう。ヘリオス」

本当に楽しそうに頷いている。


「ヴィルトシュヴァイン。クロノスとウラヌスに伝えよ。お前たちの弟がやってくる。お前たちだけで、阻止して見せよ。よもや、出来損ないの弟に負けることはあるまい」

振り返ることなく、影にそう告げると、また笑い出していた。


「御意」

どこからともなく、声が聞こえ、一陣の風が吹き去っていた。


周囲には誰もいない。

ただ、楽しそうなマルスの笑い声がこだましていた。



***



「ヘリオスよ。明日、わしは外出禁止じゃ」

急に呼びだすから来てみれば、いきなりくぎを刺してきた。


「どうしてですか?」

まだデルバー先生の姿でやるべきことがたくさんある。

いや、もう姿は借りなくてもいいのかもしれない。

でも、これまでのことを考えると、そのままの姿で通した方が、話が早く済む。


特にオーブ子爵領では、その方が早い。


しかも、今は死んだことにしているので、俺が姿を現せば混乱を招いてしまう。

特に、モルゲンレーテの全員があの場所に集まっている。



「何か用事があるのですか?そろそろマルスも動くと思いますので、仕上げと確認をしたいのですが……」

何の用事かは知らないけど、場合によってはこちらを優先してほしかった。

ベルンの方はシエルも師匠も知っているから、本来の姿で行っても問題はないだろう。

一応姿は隠しておくし、バーンにはちゃんと説明されていると思う。


でも、オーブ子爵領はルナとアイオロスしか知らない。


何となく、カルツとカールは理解してくれると思う。

でも、メレナとユノの説明が大変そうな気がする。

たぶん、だました罰という何かが、きっと俺に降りかかるだろう。


出来れば、今は後回しにしたかった。


ベルンが片付いた後なら、少しだけ時間が取れる。

ゆっくりと説明しないと、あの二人は怒ってしまうだろう。

いや、怒られるのは構わないが、その後のマルスとの戦いには、必要不可欠な人材だ。


怒って話を聞いてくれないという事態だけは避けないといけない。

そんな俺の希望を、デルバー先生は無情にも壊してくれた。


「それは無理じゃの。入学式典じゃからの。いくら魔道具といっても、本人がおらんでは格好がつかんじゃろ」

全く譲る気は無かった……。


いや、というか無理でしょ。

人前に立つじゃないか……。


同時に、異なる地点でデルバー先生が確認される。

それはまずい。

デルバー双子説を採用しなければならなくなる。


特に、入学式典はモルゲンレーテの全員が見るだろう。

魔導映像で、各貴族に配信されるようになった以上、それを見せないわけにはいかない。

ひょっとすると、カルツとメレナはあれが魔道具の映像だと知っているかもしれないが、ユノは知らないはずだ。

それは一種の賭けになる。

そんな賭けは避けた方がいいに決まっている。

うまくいけばいいけど、うまくいかなかったら、かえってややこしくなる。


まだ、不機嫌そうな表情をしているかと思ったら、デルバー先生は続けて苦情を言ってきた。


「それになんじゃ。あのこれ見よがしのゴーレムは。あれではわかってくれと言っとるもんじゃろ。あれはわしのゴーレムではないぞ。わしのは、こう……。優しい感じがするんじゃ」

鼻を鳴らして、そっぽを向くデルバー先生。

完全にご機嫌ななめだった。

さっきからの態度は、これが原因だったのか……。


そっちかい!

思わずそう突っ込みたくなってきた。


デルバー先生は、ゴーレムを置いてきたよりも、俺の試作型が気に食わないようだった。


それにしても、優しい感じって……。


そもそも胴体が若干丸いだけじゃないか?

確かに、特別にベルンを守護する予定のものは、若干愛嬌があるようにも思える。

しかし、あとはそれほど変わらないだろ?


でも、それは言ってはいけない事だろう。

あの講義が始まってしまう……。


「あっやっぱりそうですよね。でも、そろそろいいかと思いまして、これ以上は周りにも悪いですので……。あと、何となく、英雄のマルスに知っておいてもらった方がいいように思いました。あの手記を読んだ時に、そう思いました」

プラネートが持っていた手記。

そこにあったアデリシアの想いをデルバー先生に告げておく。

ゴーレムのことは、この際スルーしておかなければならない。


「まあ、今更おぬしを消すようなことはするまい。むしろ、おぬしと戦うことを望むであろうな。これほど自分の策略を跳ね返していたのだから。しかも、引きずり出される形で誘導されているとも気が付いておるようだしの。それよりも、あの形はいかんのじゃ。わしの姿で渡したということは、わしの作ったものととらえるじゃろ? マルス以外には」

マルスには意図が通じることをデルバー先生は肯定してくれているけど、やっぱりゴーレムの形は気に食わないようだった。


わからん……。

そんなに胴体が丸みを帯びたものがいいのだろうか……?

百歩譲って、曲線はたしかにやさしい感じがするけど、ゴーレムだよ?

別にいいじゃないのか?



「そうですね、そろそろ潮時かもしれませんね。私も先生の口調これ以上続けるとうつってしまいそうでしたので」

しかたがない、ここで押し問答するよりも、メレナとユノに説明した方が早い気がしてきた。

下手したら、またあの講義がはじまってしまう……。


そもそもデルバー先生の姿を借りたのはマルスの目を欺くためであって、味方をだまし続ける気はない。

当初の目的が達成された以上、いずれ話さないといけない。


いろいろ考えてたつもりだけど、問題を先送りにしてただけなのかもしれないな……。


「わしの口調はわしだけのもんじゃ。おぬしにはやらんわ」

別にいらないんだけどね……。

そっぽを向くデルバー先生にはとても言えないことだった。


「冗談です。先生、機嫌直してください。しかし、もうそんな時期なんですね」

気分を変えよう。

それにしても、三年か……。

あっという間だったような、俺自身にとっては本当に短いけど、ヘリオスにしてもそうだろう。


最近は、ほとんど講義に出たことがない。

そう思うと心配になってきた。


「……僕、進級できますか?」

真顔でそう聞かずにはいられなかった。

最近、講義の履修届けを出した記憶がない。


「モルゲンレーテ全員は学長権限で進級させておる。心配ない。あと、ルナは飛び級にしておいた。聖女だから問題なかろう。おぬしのことを考えると、その方がなにかとよさそうだからの」

相変わらずやることが大胆だな……。

得意そうに話しているけど、顔はこっちを向いていない。

しかし、俺を横目でちらちら見ていた。


感謝しろよという事か……。


「ありがとうございます……」

その態度、頭を下げて感謝の姿勢を示しつつ思う。

見ていて、嫌みがないし、まあ、かわいいもんだな……。


「僕も年を取ったら、先生のようになります。先生は僕の目標ですから」

今は素直に言おう。

俺は、最高にいい出会いをした。


「ほっほっほ。ほめてもなんも出んぞ。どれ、このあいだコメットがくれた新作の菓子があったが、たべるかの?」

デルバー先生は、すぐに上機嫌になっていた。


「では、謝罪と状況確認をするために、久しぶりにこの姿で出歩いてみます。先生もまじめに式典に参加してください」

今回はあの三人が式典に出席する。

一度くらいは参加してやってほしい。


「わしはいつも通りここじゃ」

結局、出歩かないデルバー先生だった。


「さて、覚悟を決めていきますか」

あえて言葉に出すことで、自分自身を奮い立たせる。

やはり先延ばしにしたい気分があったということだ。


色々考えつつ、リライノート子爵邸に転移していた。


「さて、なんて切り出そう……」


***



「というわけでして、皆さんにはご心配をおかけしました。もうしわ……」

すべて言い終わる前に、メレナの正拳が俺の腹部に直撃していた。

たまらず体をおり、すべての息を吐き出した俺の顔は、ユノの平手打ちに見舞われていた。


涙目になって頬を抑えるその顔は、どうやらカールの保護欲をかきたてたようだ。


「まあ、事情もあったんだし、フロイライン・ユノ。フロイライン・メレナ。そのへん……」

カールはメレナの回し蹴りを食らっていた。

さすがのカールも、その蹴りで吹っ飛んでいる。

しかし、さすがにしっかりガードしていた。

いつになく真剣なカールの顔。


メレナ、本気で蹴ったんだ……。


「ふん」

メレナはそれだけ言って、扉から出て行った。

その姿をカルツは微笑みながら見送っている。


「……」

ユノは腕組みしながら、俺をにらんでいる。

メレナの正拳も、ユノの平手打ちも痛かったが、この沈黙が何よりも俺を苛んだ。


「すみません……」

俺はもう一度しっかりと謝罪した。


止むを得ないこと。

そう自分に言い聞かせていた。

でも、ユノ顔を見れば、いかに俺が悪かったのかを思い知った。


「あなたね。どれだけ心配したかわかってるの? あの時も私たちをだまして……」

割り切れない思いでいっぱいなのだろう、ユノは目に涙をうかべていた。


「だから、フロイライン・ユノ。ヘリオスにもじ・じ・じ・じ……」

復活したカールは、ユノを説得しようと試みたが、今度はユノに麻痺させられていた。


カールは事情があることを理解してくれている。

でも、今はあまり何も言わなくていいよ。


俺は、君が分かってくれただけでも救われている。

カルツにしても何も言わないということはそういう事だろう。


だから、今はユノに責められなければならない。

それだけのことを、みんなにしたのだから。



「ほんとごめんユノ。いろいろ事情があったにせよ、君たちをだましていたことには変わりない。けど、今の僕には謝るしかできないんだ。時期が来たらすべて話す。だからお願いだ。もう少し、僕に猶予を与えてほしい。そうしたら、すべてを打ち明けるから」

そう言って頭を下げる俺を見ているユノは、深くため息をついていた。


「で、ルナも知ってたわけよね」

その言葉に、思わず頭をあげる。


やっぱり、ユノはルナをにらんでいた。


「はい……」

ただ、そう言ってうつむくルナは、何も言い訳をしなかった。


「まったく、あなたたち兄妹は……」

ため息をつき、腕組みをしつつ、イラついたように指を動かしている。

少しの沈黙の後、ユノは再び俺に問いかけていた。


「で、どこまで知っているのかしら? 妹だからすべて教えたのかしら?」

ユノの言葉にはとげがあった。


さっきのすべてという言葉を言っているのだろう。

俺が生きていること以外に、まだ隠していることがある。


ルナには言っているのかどうかを確かめたいのか?

まあ、確かにすべてを知っているけど、それに何の関係があるのだろう?


「ルナはすべてを知っているよ。当事者でもあるからね。そして、そのことは僕が頼んだことでもある」

ある程度事情を話そう。

その方がよさそうだった。



「ルナは一度殺されかけてるんだ。それを防ぐためにも別人になる必要があった。そして、その犯人はモーント辺境伯、英雄マルスだ。そして、僕が殺されかけたのもマルスにだよ」

ここは隠さずに話そう。

マルスと戦う時に、英雄として見るか、危険な人物として見るかは大きく違う。

それに、ルナの芝居もいつまで持つかわからない。


「え……」

ユノは一瞬何のことを言っているのかわからないようだった。


「実の父親に……?」

それだけ言うのが精いっぱいのようだった。

幸せに育ったんだなと思う。

第三王女。

国外に出たという意味を考えると、家族に微妙なものがあるのかもしれない。

そう思っていたけど、どうやらそうではなさそうだ。


「正確にいうとルナはマルスの娘じゃないんだ。彼の弟の子供になる。9歳のころに養女になっているけどね。そして、本当の父親もマルスに殺されている」

ここも、包み隠さずに話しておこう。


「えっ……」

小さく息をのみ、ルナの方を見つめるユノ。

その瞳は大きく見開いている。


ルナは、ただ黙って頷いていた。


「なんてこと……」

どんどんユノは混乱しているようだった。

幸せに育った半面、そういう事は理解できにくいのかもしれない。


いや、そうでなくても混乱するか……。


実の父親を殺した相手に養女として育てられた事実。

しかも、その相手に今度は自分が殺されそうになったという事。

そしてその兄も……。

混乱しない方がおかしいか……。

凍りつくユノの表情は、心情を色濃く映し出していた。


「まさか、リライノート子爵夫妻……」

震える声で、ユノは俺に尋ねていた。


「その通りだよ。リライノート子爵も、ヴィーヌス姉さまもマルスに殺された」

正確ではないが、そう言ってもいいだろう。

直接ではないにせよ、マルスがその二人を奪い去ったのは事実だ。


「なんという……」

沈黙を守っていたカルツが絶句している。

リライノートの死は、カルツにとって耐えがたいものだったに違いない。

その瞳に憎しみは見えない。

ただ、深い悲しみが満ちていた。


「じゃあ、君が死んだことにしていたのは周りの人間を巻き込まないように……」

カルツはまっすぐに俺を見つめている。

全員が俺の方を向いていた。


「ええ、その通りです」

それだけが理由じゃない。

でも、その気持ちは事実だ。


ユノは目を見開いて、口元を覆っていた。

いつの間にか、膝をついている。

精神的に、立っていられなくなったのかもしれない。


カールはしびれたまま笑顔を作ろうとしていた。


「そんなこと言ったって、ボクは騙されたことに変わりはないよ。ボクを信用しなかったんじゃないか!」

扉を乱暴に開け放ち、メレナが涙目で叫んできた。


「すみません。でも信じてください。あなた方を信じるとか信じないとかではなく、僕たちの事情に深入りしてほしくなかったんです。いまでもかなり危ない仕事を頼んでます。これ以上は……」

俺が頭を下げるより早く、メレナの正拳がまた腹に突き刺さっていた。

たまらず体をくの字にしてよろける。


防御魔法を貫通してダメージを与える技。

信仰系魔法をのせる修道士モンクの技だ。


「だから、それが気に食わないんだよ!」

泣きながら叫ぶメレナ。

彼女のこんな顔を見たのは初めてだ。


「ボクたちは仲間じゃないか!」

今度も俺の腹に正拳を繰り出していた。

それは最初の一撃よりも力がこもっている。


しかし、何度も何度も叩き込んでくるが、だんだん俺に届くものではなくなっていた。


「君は馬鹿だよ。なんでもそうやって自分で背負い込みすぎなんだよ……」

俺にだけ聞こえるように、メレナは小さくつぶやいていた。


「すみません……」

そういうしかなかった。

誰かに背負わせる気はない。

これは、俺がやるべきことだ。


たくさんの人から託された想い。

これを遂げなければならない。

ただ、俺一人じゃないのは実感できた。


「組手。百回……」

つぶやくメレナの声は、力なく、小さかった。


「え?」

良く聞こえなかった。

というか、聞きたくなかったという気持ちが、そう聞き返していた。


「組手二百回! これで許す。でも、今度したら許さない」

力強く腰に手を当てて、俺を指さして宣言していた。

その眼。

メレナの眼に力強い意志を感じる。

有無を言わさぬ迫力がそこにあった。


「私もそれには同意します。わたしは、そうですね……。今度帰国するときの護衛を命令します」

立ち上がりながら、そう告げてきたユノ。

膝についた埃を払うかのようにしてから、俺をまっすぐ見てきた。

やはり、その眼も本気だった。


「私は納得したからいいよ」

カルツは俺の視線を受けて、そう笑顔で答えていた。


しびれていても、それはできるんだね……。

こんな時でも、カールスマイルをするカールに、俺はこころから感心していた。


「みなさん、ありがとうございます。そして、申し訳ございませんでした」

再び頭を下げることで、この話を終えよう。


まだ言えないことはいろいろある。

しかし、現時点では言わなくてもいいだろう。

あまりに大きな精神的負荷は、かえって事態を混乱させることになる。


そう思い、これからの話をしようと頭をあげた瞬間、俺の左手は拘束されていた。


まさかな……。


そう思ってみても、自分の前でにやりと笑う美少女は変化しなかった。


「メレナ先輩……。まさかと思いますが……。僕はいろいろこれでもやることが……」

無駄とわかりながらも、言い訳をしてみる。


「そんなことは知らない。君の誠意をみせてもらいたいね!」

そういってにらむメレナは、いつものメレナだった。


「すみません……」

その手に引かれながら、とりあえずサンドバックにならないようにするための戦術を模索しはじめる。


途中、メイドに会ったので、しばらくたったあとで応接室に紅茶を用意するように話しておく。

少し時間がかかるから、ゆっくりでいいことを伝えると、メイドは了解を告げてきた。


よし、これで退路は確保できた。



***



「ところで、ルナ。あなたどこまで知ってたの?」

ユノ様はヘリオス様が消えた扉をしばらく見つめた後、私にそう尋ねてきた。


「両親のことを知ったのは少し前です。ちょうど、ここで避難民を受け入れる時です。リライノート子爵様からヘリオス様にあてた記録魔道具を偶然見ていましたので」

ヘリオス様はあのこと以外は話している。

だから、私も真実を話そう。

なぜ、あのことを言わなかったのかはわからないけど、あの人が言わないのだから、何かわけがあるに違いないわ。

私にできるかどうか自信はないけど、でも、私も守り通してみせるわ。


「その記録魔道具に、リライノート子爵様とヴィーヌス姉さまのことが予想されていました。ヘリオス様はたぶん、もっと直接的なものをご覧になったようですが、私は見ていません」

普通に、ごく普通によ。

そうすれば大丈夫。

ユノ様は勘が鋭い方だから、慎重に、普通に。


そうすれば大丈夫なはずだわ。

そう、私はできる、やって見せる……。



***



なんだか変なのよね……。

正直、さっきの話には衝撃を受けたけど、今は冷静に考えることができる。


アイツは時期が来たらすべてを話すと言っていた。

それはまだ、秘密があるという事よね。

そして、ルナはすべてを知っていると言った。

当事者だからというのは、両親の暗殺と、ルナ自身と、アイツのことだとしてまだ何かあるのかしら。


あの様子だと、まだ何か重要なことを隠している気がする。

しかも、それはルナも知っていることだと思う。


嘘は言っていないでしょう。

でも、隠していることを全部言ったとは限らない。


ルナは自分の魔法の袋から記録映像を取出し、私たちに見せていた。

少女誘拐の現場……。

ルナとアネットが映っている。


「私が殺されそうになったことは、この映像が残っていることからお分かりかと思います。王都の少女誘拐にモーント辺境伯マルスが私を差し出したようでした。実際、ヘリオス様が解決していなければ、私は死んでいたでしょう」

ルナは映像を見ていない。

見るとまだ思い出すのかもしれない。

その気持ちはどうなのかしら……。


家族に裏切られる気分。

私なら、悲しくて仕方がない。

たぶん、どうしていいか分からないでしょうね。


そんな時、アイツが助けてくれた。

それならあの態度も納得できるわね。

でも、本当にそれだけなのかしら?

なぜかそれだけじゃない気がするのよね。


今のルナの境遇には同情するけど、確かめないわけにはいかない。


「そう、あなたも大変だったのね」

まあ、感でしかないのだけど、そこに秘密があるような気がするのよね。


「でも、ルナ。一つ聞いてもいいかしら?」

一瞬、ルナは体を固くしていた。

それは、ルナ。

あなたが何かを隠しているという証よ。


「あなた、以前はお兄様(・・・)だったわよね?今はずっとヘリオス様(・・・・・)なんだけど、なにか違いがあるのかしら?」

そう、そこが気になる。

なぜ、呼び方を変えたのか。

態度が変わったのは、そんな登場されたらたまらない。

理解するわよ。

でも、呼び方を変える必要なんてないはずよね。


横にべったりでも、お兄さま(・・・・)でいいはずだもの。

でも、変えている。

それって、どういう意味がるのかしらね。



視線をそらし、落ち着きのない態度になったルナ。

必死に答えを求めているようね……。


「……えっと。あ、私は今、ルナ=オーブですから!」

ひらめいた顔になって、笑顔でそう答えるルナの両肩をしっかりつかむ。


「ルナ……」

いい加減白状なさい。

信じられないけど、別人というわけね。

そう考えると、私が今まで不思議に思ってたことが一気に解決するわ。


さあ、ルナ。

こたえなさい。


思わず、両手に力がこもる。


「ヘリオス様……。申し訳ございません……。もうルナは……」

すべて観念した様子のルナは、小さくそうつぶやいていた。



***



「で、僕はまたここに呼び出されたのだけど、なぜルナが座らされているの?」

部屋に入るなり、変な空気が感じられる。


それにしても顔が痛い……。

かなり腫れているのが分かる。

ルナに治してもらいたかったけど、なんだかそんな雰囲気じゃない。


メイドに呼ばれて中断できたのはいいけれど、ここの雰囲気は歓迎したくなかった。


「申し訳ございません、ヘリオス様……」

ルナはうつむいて、そう告げていた。

小さな体が、より一層小さく見える。


一体何があった?


ルナの方に近づいていくと、視界の端で、メレナがユノに呼ばれていた。

ユノがメレナに何やら耳打ちをしている……。


「……ルナ?」

驚きの表情になるメレナをみて、何が起こったのかルナに尋ねていた。

しかし、あいかわらずルナは、その言葉を繰り返すだけだった。


まさか……?


目の前では、ユノとメレナが仁王立ちしている。

その顔、迫力。

思わず息を飲み込んだ。


その後ろで、カルツとカールが微妙な笑みを浮かべている。


まさか、そうなのか?


「私たちは、あなたのことを何と呼んだらいいのかしらね。ヘリオス? ヘリオス様? 教えていただきたいですわ」

言葉とは違い、ユノのにらみは鋭かった。


「その顔の腫れは自分で治すといいんじゃないかな?」

メレナが両腕を組みながら凄んでいる。


「すみませんでした……」

もう土下座しかない。

ルナの横に座り土下座する。

つられてルナも土下座していた。


目の前で平伏する俺たちを見て、カルツの笑い声が沸き起こっていた。


「二人とも気持ちはわかるけど、もうその辺で勘弁してあげたら? ヘリオスはヘリオスだし、回復魔法が使えるのは、隠したくなる気持ちもわかるよ。それにこんなことを言ってはなんだけど、戦力として頼もしいしね」

カルツは俺の味方をしてくれている。



「精霊魔法を使えたら完璧だったね! グリフォンとも話せるみたいだし、あれ?君もしかして本当はできるんじゃないかい?」

そう言ってカールスマイルをするカールを、今日だけは余計なことを言うやつだと思った。


悪気はないのはわかっているけど、見事に爆弾を落としてくれた。


隣でルナが顔を横にそらしているのがみえた。


ルナ……。

君はお芝居が下手すぎる……。


そういう事か。

ユノを相手にしたんだ、まあ仕方がないか……。


覚悟を決めて、ユノをみる。

その眼。

早く白状するようにって感じだよね、それ。


まあ、いいか。

こうなったら、白状しよう。

いずれ話すことだ。

ちょっと予定と違うけど、もう大幅に時間は過ぎている。

こうなったら、とことん行きますか!



「もう、隠す必要もありませんし、皆さんには本当にすべてをお話しします」

ミミルを頭の上に載せながら、ゆっくりと立ち上がる。

相変わらず座っているルナを見て、さすがに不憫に思えてきた。


ルナ、君のせいじゃない。

その頭をなでると、涙目で俺を見つめてきた。


「いいんだよ」

それだけ言って、ルナの手を取る。



「すみません、ルナを座らせてあげてもいいですか? 話は長くなるので、皆さんも座って聞いていただけるとありがたいです」

ルナをソファーへと導き、俺以外が座るのを見届ける。


その様子をユノは黙って見つめていた。


本当にユノ、君の眼は鋭いよね。

情報を整理して把握する。

的確な解を導く才能。

まさに、王の器だよ。君は。



結局最後にユノが座ったのを確認して、俺は順を追って説明することにした。


「まず、最初に紹介しますね。この子はミミル。僕の使い魔です。でも、その正体は……」

そう言った瞬間、頭の上でミミルが妖精に変化したようだった。


「じゃーん。ミミルだよー」

半透明の6枚の羽根を輝かせた妖精が、俺の頭の上で舞い踊っている。

楽しそうな雰囲気が見て取れる。


この姿になって改めて思うが、俺の知覚範囲はとてつもなく広くなっている。


「ねーねー、ヘリオス。もうミミル、ハムスターにならなくていいかな?」

俺の目の前に躍り出ると、瞳をめいっぱい輝かせながらミミルは尋ねていた。

その姿、期待でいっぱいという感じだね。


「そうだね……。いいんじゃないかな……」

自由になったミミルがおこす騒動の予感に、一抹の不安を感じる。

けど、今までミミルには我慢をしてもらいすぎた。


この俺が、この世界にいる。

ミミルだけに、これ以上の我慢をかけるのはかわいそうな気がする……。


「うわーい! やったー!」

ミミルは本当に楽しそうだった。

部屋いっぱいに飛び回る姿は、今までの不自由でたまったうっ憤を晴らすかのようにおもえた。


良かったんだよな。

うん、良かったんだ。

その笑顔を見て、こっちまで笑顔になる。


やっぱりミミルは、こうでないと。

ミミルは元気が一番似合っている。


次に精霊たちを紹介しようとしたとき、扉をたたく音が聞こえた。

現れたメイドは、紅茶を持ってきていいかの確認をしてきた。


さっき頼んだやつか……。

退路はもう必要なかったけど、ちょうどいい。

落ち着いて話すのには、欠かせないアイテムだ。


黙ったままのルナの代わりに、持ってきてもらうことにした。


すでに持ってきていたのか、ワゴンに紅茶セットを乗せて、メイドたちは入ってきた。

誰もすぐに来るとは思っていない。

当然、飛び回っていたミミルもそうだったのだろう。

その瞬間、ミミルは扉の方に向かって飛んでいた。


メイドもまさか、室内で妖精に会うなんて思ってもみなかったのだろう。

突然目の前に現れたミミルに驚いて、メイドたちはカップを落としていた。


食器が割れる不快な音が部屋に響く。


その場でゆっくりと俺を見るミミルは、これから言われることが分かっているようだった。

まあ、ミミルが悪いわけじゃないんだけどね……。


「ミミル……こっちですわってて」

無表情でミミルを手招きする。

その後、ルナの膝を指し示し、そこでおとなしくしているように指示したつもりだった。


しかし、ふらふらと飛んできたミミルは、俺の頭の上で、正座していた。


あくまで、そこなんだね……。


あっけにとられた感じのユノの顔を見て、俺も同じ気分だと言いたかった。



メイドたちが掃除をし、各々に紅茶を配り、部屋から出ていく。

そのすべてを待ってから、紹介の続きをしていた。


「風の精霊、シルフィード」

緑色の長い髪を持つ愛らしい少女。

その子か俺の右腕を組みながら、笑顔でひらひらと右手を振っていた。


「闇の精霊、ミヤ」

長く黒い髪と黒い瞳をもつ神秘的な魅力を持つ少女。

俺の左腕にしがみついて、少しだけ顔をのぞかせた独特の挨拶していた。



「水の精霊、ベリンダ」

長く流れるような青い髪の理知的な少女。

俺の右肩からその身を乗り出し、会釈をしていた。


「光の精霊、ノルン」

銀の髪をした魅力的な少女。

俺に背中を預けた状態で、俺を見上げていた。

そして、ゆっくりと背中を離して、優雅な挨拶で締めくくっていた。


「どうかした?」

みんなを紹介し、一息ついた時、なぜか全員の視線が左肩に集まっていた。


「……。フェニックスのフレイ……」

小鳥サイズのフレイは、羽を広げ、その優雅さをアピールしていた。


「まあ、他にもいるけど、この子たちが僕を守っている精霊たちです」

精霊の名前は特別な意味を持つ。

しかし、精霊王でもある俺と契約をした精霊たちだ。

それに、ここにいる人たちは信用できる。

俺の気持ちはみんなに伝わっていた。




「おーこれはどなたも、可憐で美しい。フロイライン・シルフィード。その愛らしさに祝福を。フロイライン・ミヤ。その厳かさに敬意を。フロイライン・ベリンダ。その賢明さに尊敬を。フロイライン・ノルン。その魅力に賞賛を。そしてミミル。その快活さに感嘆をささげよう。そしてフロイライン・フレイ。その存在に感謝します」

カールは両手を広げて、全員に近づいていた。

ぶれないよな、君は……。

精霊であっても、人間であっても、カールにとっては同じなんだ。

そう言う考え方ができる人は珍しいんだよ、カール。


たぶん、カールは素直に生きている。

そして、自分に自信を持っているからこそ、ぶれないのだろう。

唯一、さすがにヴィーヌスにだけは動揺していたけど、まあそれは仕方がない。

俺のそんな気分は、ミヤの一言で現実に引き戻されていた。


「よるな」

短くそう言ってカールを金縛りにかけていた。

それでも、進もうとするカール。

相変わらずぶれない姿に、俺は賞賛を贈っていた。


「すごいね……。きみは以前からそうだったのかい?」

さすがのカルツも、驚きに目を見開いていた。


「カルツ先輩。話はこれからですが、以前からあなたの前にいたヘリオスは正確にいうと、僕ではありません。ヘリオスは古代語魔術師ではありましたが、精霊は知覚できませんでした。この子たちはこの僕と契約を結んでいます。そして、信仰系魔法も僕だけです」

それがすべての答えだ。

以前からそうだったかといえば、そうだともいえる。

でも、そうでないと言えば、それもまた正しい。

ややこしいけど、そういうしかなかった。


「なら、以前のヘリオスはどこにやった?」

メレナはややあっけにとられながらも、それが気がかりのようだった。

ありがとう、メレナ。

ヘリオスのことを気にかけてくれて。


「メレナ先輩。あなたと共に過ごしていたヘリオスは、いまは僕の一部になっています」

若干違うが、そう納得してもらうしかなかった。

俺の中には、ヘリオスとして過ごした記憶がある。

ヘリオスとしての魂の一部もある。

だから、俺の中でヘリオスは生きている。


「話はさかのぼりますが、僕は五歳の時に、魂をこことは違う世界に転生されています。そしてなぜか時間をさかのぼり、一時的にこの世界に帰ってきました。その時に魂を一部残して、転生した世界に戻ったのですが、その残った一部が皆さんの前にいたヘリオスになりました。そして、失意の底にあったヘリオスが、亡くなったヴィーヌス姉さまの魂を探しに行くと言うので、この肉体には僕が戻ったということです」

かなり端折った説明だが、精霊女王のことまでは言えない。

人々の認識が、俺を精霊王だと思ってしまえば、ヘリオスの存在が希薄になる。

今は、それだけは阻止しておかねばならない。


「今まで、たびたびヘリオスの体に帰ってくることはありました。しかし、皆さんと過ごしていたのは、間違いなく僕ではありません。しかし、カールとはたまに会ってました。そしてユノとは魔法談義をよくしました」

これまでの入れ替わりについて説明する。


「そうですね……。わかりやすく区別するとすれば、図書館で見かけていたのは、ほぼ僕ですね。ヘリオスは魔道具を作るのが多かったので」

その成果が、大量にある魔道具、ゴーレムだ。


「なるほどね。それで納得いったわ。あなたは自分のことを僕という時と、私という時があった。図書館の時はたいてい僕と言っていたわ」

ユノはさすがに観察力に優れていた。

そして、なぜか困った表情になっていた。


「なるほどね。じゃあ君はボクらと過ごしたことは知らないんだ……」

悲しそうにうつむくメレナ。

優しい人だ。

それに、いろんな思い出があると言いたいのだろう。


「いいえ、先輩。僕はヘリオスの記憶を、感情をすべて持っています。ただ、ヘリオスの方は僕がいたときのことは覚えてないのです。この僕だけが、すべてを知っています。だから、メレナ先輩にしごかれた記憶も、経験もこの僕はもっています。それはさっきわかってもらえたかと思います。だから、ヘリオスは僕でもあります」

記憶の関係性、なぜそうなったのかは結局わからない。

でも、たぶん魂の問題だろう。


「そう?じゃあ、何の問題もないね」

メレナの顔は、もう何もないと言う感じに晴れやかだった。


「自分で治せる分、ボクも遠慮なく殴れるからさ!」

何気に恐ろしいことを平然と宣言している。

その意地悪そうな顔、本気だな……。


突然、魔力マナが満ちる気配がした。

何者かが転移しようとしているのだろう。


この感じは……。

阻止しなくても大丈夫だな。


俺の視界の先に、光が集まり魔法陣が形成される。

光は一瞬にして拡散していた。



「こりゃ知ってしもうた以上、あともどりはできんぞ」

いきなり現れたデルバー先生は、一方的に話しだしていた。

まあ、さっきから聞いていたのだろう。


「ヘリオスは今や、賢者として認識されておる。そして現在、マルスの侵攻が始まろうとしておるでの。おぬしたちも覚悟せよ」

一人ずつ、その顔を見ながら確認していく。

その返事を待たずに、デルバー先生は帰ろうと魔法陣を展開していた。


「もういいじゃろ、ヘリオス。そろそろ戻って仕事せい」

それだけ言ってデルバー先生は消えていた。

そこには、何事もなかったような静寂が訪れていた。


まあ、タイミングとしては最高ですよ、先生。

なぜか、このこと自体も誘導された気がしてきた。


「ちょっとまってくれ、モーント辺境伯の侵攻って?」

慌てたカルツは、それだけ確認してきた。


「マルスがベルンに進攻してきます。ここのヒドラ、フリューリンクの壊滅、各辺境伯領への妖魔侵攻はうらで英雄が糸を引いていました。僕たちはこれを阻止すべくうごいていましたが、すべて後手に回って火消しに追われていたということです」



「君はそんなことにまきこまれていたのか……」

ミヤの呪縛から解放され、自由になったカールが天を仰いでいた。


「すみません、いろいろ言えないことが多くて……。でも、これで全てです」

想定外のことも話したけど、結果的には良しとしよう。


「ここ数日で、マルスの軍が動くと思われます。そのあとについてはいくつかの選択肢がありますが、ある程度向こうの出方を見る予定です。皆さんにも、その時はデルバー先生から何らかの指示があると思います。その時はよろしくお願いします」

結果的に、モルゲンレーテ全員の心構えが違うはずだ。

デルバー先生は、こうなることを読んでいたのかもしれないな……。


「それと、あまりルナを責めないでください。この子にも口止めしていましたので」

再びルナの頭をなでながら、そう告げる。


その時、フレイが帰ると告げてきた。

来るときはいきなりでも、帰る時は声かけるのか……。

律儀なんだか、そうでないのか……。


精霊たちも、一斉に俺の中に戻ろうとする気配を見せていた。

みんな俺が転移することが分かっているようだ。


「ちょっとまって。私たちはあなたをどうしたらいいのかしら。賢者ヘリオス?」

慌てたユノは、思わず立ち上がっていたようだ。

真っ赤になった顔が、その事を物語っている。

俺に話しかけているものの、俺を見ようとはしていない。

どれだけ慌てたんだか……。



「君さえよければ、僕はヘリオスですよ。そして皆さんさえよければ、これからも僕はただのヘリオスでいたいと思います」

少なくとも、この人たちの前ではそうありたい。


「特にユノ。僕は君との魔法談義はすごく楽しかったよ。あの時真祖については君と話さなかったら、どうなっていたかわからないよ。本当にありがとう」

あの時の会話で得たことが、真祖との戦いに勝利した要因の一つだともいえる。


「この先どうなったとしても、君とはまた語りあいたいね」

まだ視線を合わそうとしないユノに対して、感謝を笑顔で伝えた。


そう、互いの意見をぶつけ合うことは、いい意味で刺激になる。

そして見過ごしている事、自分が見落としていることの再確認にもなる。


ユノはおとなしく、ソファーに腰かけていた。

何かを考えているのか、なにやらつぶやいている。



さて、デルバー先生もそろそろしびれ切らす頃だと思うし、いいかげん戻らないとな。


あらためて、全員に話しておく。

「みなさん、この度はいろいろとご迷惑をおかけしました。そして、ご理解いただきありがとうございます。これからマルスとの争いも激化していくと思います。その時にまたお力をお借りしたいと思いますので、よろしくお願いします」


精霊たちも挨拶をして俺の中に消えていたが、ミヤは最後までユノをにらんでいた。


「むむむむ……」

そう言い残して、ミヤは俺の中に入って行った。


「じゃあ、ルナ、いろいろありがとね。あと、一応準備だけはしておいて。冒険者の招集と騎士団もいつでも出られるようにね。民兵はたぶんいらない。今回は機動性が重要だから。両辺境伯にはあとで話をつけてくるから、足並みをそろえてね」

もう一度ルナの頭をなでる。


ルナの頷きをみてから、俺は魔法を発動させた。


自分の状態を説明し、マルス辺境伯の陰謀を明らかにしました。

あまりの内容に、一同は困惑しましたが、何とか理解が得られたようです。


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