精霊たち5
自分の部屋に戻ったヘリオスは、精霊たちに詰め寄られます。そう、彼女たちのご機嫌はわるかったのです。
「ちょっとヘリオス君。聞いてほしいんですけどー」
シルフィードのご機嫌はななめだった。
いつもの感じではない。
頬を膨らませて怒っている。
でも、それは俺に対してではないようだ。
「なにかな、シルフィード……。それにみんなも。なんで僕を取り囲んでるのかな……?あっテリア、紅茶ありがとね」
久しぶりの自分の部屋。
本来くつろげる空間のはずが、なんだか様子が違っている。
紅茶を入れてくれたテリアも、居心地悪そうに端っこで立っている。
言いたいことは大体わかっている。
ただ、ソファーに座っているものの、こんな形で前後左右を固められては、気分的に落ち着かない。
今回ここに帰ったのには理由がある。
ずっと話があると訴えていた精霊たちの話を聞くためでもあるけど、そのあとにデルバー先生と打ち合わせがあったからだ。
大事な打ち合わせだけど、デルバー先生は待ってくれるだろう。
彼女たちの話も大事なことだ。
それでも、いざ聞くとなると、その並々ならぬ雰囲気に、少したじろいでしまう。
怒ってくれるのはいいんだけど、そのために俺が怒られているような気分になるのは、気のせいだろうか……。
「ドライアドのことです」
ベリンダはそう切り出していた。
「……何か問題でもあった?」
あえてベリンダにそう聞き返していた。
無言で俺を見つめるベリンダ。
その迫力に、答え方を間違えたと思った。
もうあのことしか考えられなかった。
「あの態度、ゆるせない」
ミヤがただならない気配を見せていた。
左腕にしがみついているので、その表情は見えない。
でも、何となくその表情がわかってしまう。
「まあ、あの子らもあれでええんと……」
ただ一人、俺の正面に座るノルンはそれなりの理解を示している。
しかし、三人の視線を浴びて、それ以上は言えなくなっていた。
「ミミル的には、向こうの言い分はわかるけどね。ヘリオスもあそこまでしなくてもよかったんじゃないかな?」
いつものように頭の上で、足を延ばしてくつろぐミミル。
ずっと隠れているから、開放的になっているのだろう。
さすがにデルバー先生の姿で、ミミルがいるのは不自然だ。
「そりゃーあたりかまわずなぎ倒したヘリオス君が悪いと思うよ。でもあれは君じゃないよね。それなのに、あれだけ言われてさ。しかもあんなことまで……」
シルフィードの怒りはなおも続いている。
けど、彼女の態度も姿も、本当に怒っているようには見えない。
やりきれない思いが強いと言った感じだろうか?
「まあ、言いたいことはわかるけど、僕であることには変わりないからね。彼女たちにしてみれば、見える姿は同じだからね」
見た目は同じなんだから、ドライアドにしてみたら変わりないと思う。
それに、ヘリオスのしたことを、ヘリオスがしたんだからといって切り捨てていたら、ヘリオスに申し訳がない。
今まで、俺がしたこと全てをヘリオスが責任持ってくれてたのだから……。
「ちがう。あの子たちもヘリオスの違いが分かって言っている」
ミヤが珍しく、俺に反対している。
ちょっとうれしい気分になる。
どんな顔して言っているのかとても興味が湧いたけど、相変わらず顔は見せてくれない。
「そうです。いくら隠匿しても精霊王の気配が分からない精霊はいません。その上であえてあのように出たのです。あれは精霊の理に反します」
ベリンダは精霊の理で話している。
精霊王に文句を言うのは許せないと言った感じか?
でも、そう言ったら……。
その先は考えない方がいいか。
彼女たちも本気で怒っているわけじゃない。
若干ミヤは本気のような気がするけど……。
それでも、俺のために怒ってくれている。
そう思っていると、何となくノルンと目があった。
無言で頷くノルン。
「あーそれなら、ヘリオスが先に宣言したからね。この話は人間ヘリオスとして話しますってね」
俺より先に、その指摘を正してきた。
彼女も本当は文句を言いたいのかもしれない。
でも、この場は抑える方に回ってくれている。
彼女らしい気の使い方だ。
もっとも、あの子を気に入ったからかもしれないけど……。
よくわからない。
でも、それでもノルンらしいと思う。
「そうだね、さすがに僕もそこまで馬鹿じゃないよ。ベリンダ。精霊王としての自覚はあるつもりだよ」
ベリンダは後ろにいるから、どんな顔しているのかわからない。
左腕をびっしりミヤが固めているから、俺は振り向けない。
今は、シルフィードが仁王立ちしているから、右手だけは自由になる。
そしてベリンダは、俺の右肩の後ろにいるのが分かっている。
自然と、その頭を右手で軽くなでた。
ベリンダも本当は理解している。
だからもう、何も言わなかった。
この子たちは俺のために怒ってくれている。
そう思うと、なんだか温かい気分になれた。
「それでも。それでも……」
それでもシルフィードは何か引っかかるようだ。
でも、これ以上は結局何も生まない。
シルフィードが分かっていないのなら、説得もするけど、わかっていて、納得できないものを、俺がどうすることもできない。
それに、この後のデルバー先生との話も重要なんだ。
今は、その気持ちだけはわかったから、許してほしい。
「みんなありがとね。その気持ちだけで十分だよ。僕はみんながいてくれてとても幸せだよ。これは精霊王としてもそう思うよ」
久しぶりに精霊王としての自分を解放して、それで皆を包んでいた。
「ヘリオス君、ずるい……」
シルフィードが少しだけ文句を言っていた。
「……」
ミヤももう何も言わなかった。
「まったく……」
そう言いながらも、ベリンダは、それ以上何も言わなかった。
「これこれ、あーえー気分やな。あの首飾りの温泉はこれやわ」
そう言えば、首飾りの修復は終わってること言うの忘れていた。
「ふふん。ミミルが特等席だからね。でも、ヘリオス。もう一度考えたらいいよ? シルフィードの気持ちを思うならね」
特等席って……。
頭の上って何か違うの?
そんな疑問と共に、俺は少し焦っていたことを後悔した。
シルフィードの言いたいことをちゃんと聞いていなかった。
若干強引にまとめたことを、ミミルが珍しく指摘してきた。
何がまずかったのか……?
もう一度あの時のことを考え直していた。
***
「王よ、何故私たちを傷つけたのでしょう」
ドライアドたちは悲痛な面持ちで、俺に迫っていた。
ただ、そこには困惑も混じっている。
ドライアドたちにとっては、人間にひどく傷つけられたという感覚だろう。
そしてその張本人が、精霊王の存在を伴って、自分たちに会いに来ている。
混乱するなというのが無理な話だろう。
実際にはあの付近に精霊の宿る木はなく、ドライアドの犠牲はなかった。
しかし、なぎ倒された木々に何も思わないドライアドではなかった。
「すまないね。これからは人間として話すからそのつもりでいてね。実際その時には僕はいなかったからね。でも、この体は以前君たちの森にひどいことをしたことは知っている。だから、こうして謝罪をしに来た」
そこでいったん言葉をきって頭を下げる。
動揺する精霊たち。
その場にいる全ての精霊が、驚いているようだった。
いや、だから人間としてと言ったのに……。
それに、謝罪とは別に要望もある。
それは、あくまで人間としての要望だから……。
動揺が収まるのを待って、俺は話を続けた。
「それと虫のいい話だが、場所の提供と、君たちの森で伐採の許可をもらいたい」
もう一度ドライアドたちに頭をさげる。
再び、ドライアドたちの間に動揺が走っていた。
いくら人間としてと言われても、俺は精霊の王だ。
そう簡単に割り切れるものではないのかもしれない。
安易に行動しすぎたか?
俺は少し失敗した気になっていた。
ヘリオスとして存在し、精霊王として行動する。
精霊相手にこの行動は、なかなかに難しいものだと思う。
いずれにせよ、精霊王が頭を下げた。
あたりは謝罪を受け入れる雰囲気になっていった。
「そんなこと、納得できないわ」
一人の若いドライアドが立ち上がっていた。
「あそこには私の友達がいた。もうじき生まれるはずだったのに、あなたが切り刻んでいった。もうあの子はいつ死んでもおかしくない。それを……」
そのドライアドは俺をにらんでいる。
慌てた周囲のドライアドたちが、その若いドライアドを座らせようとしていた。
その必死な目。
俺はそれを見ないといけない気がしてきた。
「その子のところに案内してくれるかい……」
何かできる気がする。
根拠はないが、俺の感がそう告げていた。
だから、そこに連れて行ってもらいたかった。
「その目で見たらいい」
相変わらずの態度に、ミヤが怒っている雰囲気が伝わってくる。
ただ、その若いドライアドは周りの制止を振り切って、案内を承諾してくれた。
ミヤ、出てきたらダメだからね……。
その時の俺は、みんなを説得するのに必死だった。
*
「…………」
そこには今にも消えそうな小さな光があった。
まだ若い木はその体のあちこちに、痛々しい切り傷があった。
真空の刃で切り付けられたそれは、鋭利にその身をえぐられていた。
そして、枝はすべて切られたり、折られたりしていた。
根は大地から持ち上げられ、その姿を現している。
隣の木が支えていたので、倒木は免れていた。
しかし、木の生命としては終わりを迎えつつあった。
心地よい風が俺を駆け抜け、木に優しい手を差し伸べるように吹いてきた。
温かい光とほのかな闇が木をつつむ。
根には細かな水滴がついていた。
シルフィードもノルンもミヤもベリンダも、色々怒っていたけど、この子を前にしたらやはり気分は同じなのだ。
ありがとう、みんな。
心の中で感謝する。
今にも消えそうな、その光。
ふと視線をずらすと、倒れ支える枝に、小さい枝が葉をつけていた。
この子は必死に生きようとしている。
その小さな枝の葉が、俺にその意志を示していた。
「ベリンダ、水球を用意して」
ベリンダに水球を用意してもらい、小さな光にささやきかけた。
「これから少し痛い思いをするかもしれないけど、我慢するんだ。きっと君を助けて見せる」
そう言うと光は小さく明滅した。
「よし。いいこだ」
俺はあくまで人間ヘリオスとして、この場にいている。
しかし、一瞬だけ、精霊王の力を解放することを決意した。
真剣に、ベリンダの用意した水球を目の前に浮かせながら、その若い枝に向かう。
ほんの一瞬。
時間が止まったかに感じるほど一瞬で、若い枝を切り落とし、水球の中に差し込んだ。
「ノルン、ミヤ。お願い」
二人に葉に適度な光の調節をお願いする。
ここからは時間との勝負だ。
「シルフィードは枝を支えておいてくれるかい。ベリンダ水球の維持をよろしく」
それぞれに作業を託すと、専用空間から器を取り出し、ちょうどいいのを選び出す。
選んだ器の中に、元の木の根元にある土をいれて準備する。
「さあ、君はこちらに移るんだ」
小さな光をその手に取って、シルフィードの支える枝に移す。
もうほとんどその光は見えなくなっている。
連れてきたドライアドは両手を口にそえて、目を見開いていた。
しかし、俺の雰囲気が、その介入を許さなかった。
光が移ったことを確認し、意識を自分の望む相手に向けて呼び出す。
「フレイ。小鳥サイズで」
名を呼ばれ、現れたフェニックスは俺の肩にとまっていた。
そこは自分の場所だと言いたげに、誇らしく羽を広げていた。
小鳥サイズなのが、とても残念に思う。
でも、今はそんなことを考えている暇はなかった。
フレイに浄化の炎をお願いし、シルフィードから枝をもらう。
そして改めて、シルフィードにお願いする。
「シルフィード、今からフレイがその子の木を燃やす。その灰をすべて集めてその器に入れてね。頼んだよ」
もう一刻の猶予もない。
精霊たちは俺の意志を理解していた。
「今から、この空間は遮断する」
その言葉と共に、空間閉鎖は完了した。
以前より、空間閉鎖のコツがつかめてきた感じだ。
その空間は、時間の隔離も可能にしていた。
これで時間が稼げる。
より確実にしなければならない。
「よし、フレイまずその土を浄化して」
まず、集めた土をフレイに浄化してもらう。
このあたりの土はヒドラの血をふんだんに浴びているはずだ。
あまりに強い魔獣の血は、時として魔物の木を生むことがある。
フレイの炎で浄化し、魔物の木となるのと抑えなければならない。
フレイは器用に体を器にぶつけ、中の土だけを浄化していた。
「さすがだね。次はその子の木を燃やして灰にしてね。シルフィード準備はいいかい」
最終段階に入った緊張感が俺を襲っている。
いくら時間を封鎖したと言っても、時間の流れを元の世界よりも緩やかにしたに過ぎない。
この子の存在は、着実に低下している。
俺は精霊王として、この子の衰弱を止めていた。
「はーい」
軽く返答したシルフィードの声を合図に、フレイは、その身を一層輝かせる。
その輝きが最高潮に達した瞬間、倒木寸前のその木に向かって根元からぶち当たり、木を持ち上げて一瞬で灰にしていた。
その灰を、シルフィードは器用に空気を操り、一塊にして器に移動させる。
見事な連携技だった。
「ありがとう、フレイ、シルフィード。さすがだね」
二人に感謝しつつ、次の段階にはいる。
「よし、ベリンダ。この水球をかなり小さくして。そして、その灰を吸い込ませる形で……。そう、それでいい」
小さくした水球を灰の上に若枝ごと移動させて、その灰を水球にすわせる。
そして一気に土の中に差し込んだ。
「ふう。これで大丈夫だ」
思わず大きく息を吐いていた。
消えかかっていた光は、徐々にその明るさを増していく。
もう大丈夫だろう。
閉じていた空間を元に戻し、その経過を見守る。
徐々にだが、しっかりと生命の息吹が感じられていた。
ドライアドの顔が歓喜にあふれていた。
「ありがとうございます。王よ」
ドライアドは先ほどの態度から一変して、額づいていた。
見ればほかのドライアドたちも集まり額づいている。
いや、だから人間なんだって……。
どうしたものかと迷っていると、その中から、ひとり年老いたドライアドが進み出ていた。
「王よ。無礼を承知でお願いがあります。この地に人間が住まうとなれば、我らもその存在を消されぬように抗わなくてはなりますまい。しかし、それは王の望むところではないはず」
そのドライアドは丁寧だが、その言葉には強い意志が感じられた。
「王はその立場ゆえに、何かお考えと推察します。しかし、伏してお願いします。どうかわれらをお見捨てなさらぬように」
それだけ言って、年老いたドライアドは平伏していた。
すべてのドライアドが、同じように平伏していた。
その数は二十人。
ここはある程度大きな森だが、それほど広大というわけではなかった。その中にドライアドが二十人というのは珍しかった。
「いろいろ考えていたんだけど、君たちをどこか一か所に集めて、そこを結界で守るというのはどうだろうか」
最初、ドライアドの宿る木に簡易型の結界をつけるつもりだった。
しかし、広範囲魔法に対してはその守りは脆弱になる。
そういうことが起きないとも限らないので、もう少し強めの結界で守護したい。
そうなると、どうしても、多重結界を張ることになるから、できれば固まって欲しかった。
「しかし、王よ、我々は自力では移動できませぬ」
ドライアド自身はともかく、その宿る木には動く手段がないと訴えている。
それはそうだけど、それを考えないなんてことないからね。
ただ、そんなことを言われるとは思っても見ないはずだから、仕方がないかな。
「それは僕が何とかするよ。それでよいかな?」
ドライアドの承諾のもと、候補となる土地を確保する。
そこは、あの街から最も遠く、そして日当たりも最高の場所だった。
ただ、その場所には、崩れた砦のような建造物があったので、それはきれいに解体して資材に使わせてもらうことにした。
開けた場所に、ドライアドたちの希望を聞きながら、一人ずつ移送のしるしをつけていく。
そしてその区画をさだめ、周囲に結界の魔道具を設置した。
耐火防壁もつけてあるので、たとえ火事になったとしても、ここだけは守られる。
次々と移動する木にも、対になるしるしをつけて行く。
いろんな場所に点在していたので、結構時間がかかってしまった。
全ての木にしるしと移動先を指定した後、転送の魔法を発動した。
「物質転送」
転送の魔法により、散在していたドライアドたちは、一瞬でこの場所に集まっていた。
用意した区画の中央には祠を用意し、その中に守護のゴーレムも配置した。
「これでいいかい?」
仕事の成果をドライアドに確認する。
結構張り切って頑張ったから、汗まみれ、泥まみれになっていた。
でも、なんだか満足感でいっぱいだった。
「王よ。我々はあなたに感謝します。そして、我々に害をなさぬ限り、あそこの者たちには繁栄が約束されると思います」
年老いたドライアドは代表してお礼を言っていた。
「あの、王よ。一つおたずねしてもよろしいでしょうか」
あの若いドライアドが、遠慮がちに話しかけてきた。
さっきとは大違いの態度。
少し、おかしかった。
ただ、俺を見る目は真剣そのものだ。
「何か用かな?」
なんだろう。
かなり興味を持ってしまった。
「私の名はエウリュディケ。なにとぞ王よ。この子に名前を付けていただきたいのです」
ドライアドのエウリュディケは無礼を承知で話している。
それは自分が一番よく知っているのだろう。
まっすぐに俺を見ているその瞳とは対照的に、その体は少し震えていた。
「ちょっとまつ。それは不遜」
ミヤが珍しく怒気をはらんでにらんでいた。
「そうね、王がこれほどの事までしたのに、その上名前ですって」
ベリンダが冷徹ににらんでいた。
「んーそれは、あまえすぎかな?」
シルフィードは静かに怒っていた。
「何もしていないのに、王に名前をもらう存在っていうのはね」
ノルンはさすがに凄んでいた。
「この子は特別なんです。見てください。ドライアドなのに、動けるんです。こうしてここまでやってきたんです」
エウリュディケは器に入った若枝を前に突き出していた。
この子は何が言いたいんだろう。
その真意を確かめる前に、ベリンダが反発していた。
「それはあなたが運んだだけでしょ」
何を言い出すのかという態度で言い放っていた。
こういう時のベリンダは凄みがある。
「そうなんです。わたしが運べたんです。ドライアドの宿る木を」
エウリュディケはなおも食い下がっている。
みんなにあれだけ言われても引き下がらないその意志の強さに驚いた。
そう言えば、最初も物怖じしない感じだった。
でも、それは何か強い意志でそうしているのだろう。
今なおその体は震えている。
さて、どうする。
確かにこの子の存在は特異だ。
通常、意志ある精霊が宿るには、多くの年月を必要とする。
そこで長らく、その木が存在していることが条件だ。
そこに存在することが認識されて初めて、その木にドライアドが生まれる。
それをこんな若枝が、しかもフェニックスにより再生の効果ももらった状態。
しかも、その灰を栄養とすることでこの木は十分特異なものになっている。
いずれはどこかに移すつもりだったが、それまでは移動するドライアドになってしまった。
しかもまだ宿ったばかりで、精霊としては力も弱い。
この若枝を維持するので精一杯だろう。
他のドライアドたちはどう思っているのか、その表情をちらりと見た。
なるほど。
エウリュディケの言いたいことがよくわかった。
「エウリュディケ、それを貸してくれるかい」
名を呼ばれたエウリュディケは、一瞬体を固くしていた。
そして緊張しながらも、その器を差し出していた。
俺はじっとその光を見つめる。
生まれたばかりの精霊は、その存在がはかないこともある。
しかし、この子は存在したい意志を示していた。
精一杯、この俺にその存在を示している。
その光を見つめていた俺は、ふとあるものを思い出していた。
「ほたる」
なんとなく、そう呼んでいた。
ホタルの淡い光を思い出したからだが、それは名づけとなったようだった。
精霊王からその存在を確定する名をもらったことで、その光は一気に存在感を増していた。
俺の持つ木はしっかりと器に根付き、小さな枝葉をもつ木に成長していた。
そして人化をはたしたドライアドが、ゆっくりと顔を上げて見つめていた。
「おとうさん?」
短い茶色の髪に、淡い緑色のワンピースを着た少女は、クリッとした目を興味いっぱいに見上げていた。
「ありがと、おとうさん。だいすき」
小さなドライアドは、俺の太ももに顔を押し付けるように抱きついてきた。
「そうか、そうだな。名付け親だし……」
結婚もしてないのにお父さんというのは……。
でも、名付けてしまった以上、仕方がない。
どのみち、その後のことも考えないといけない。
今は、この子をここから連れてはいけない。
だから置いていくしかなかったが、この木をここに植えると問題になる気がする。
ふと、エウリュディケをみると、小さく頷いていた。
「エウリュディケ、僕はまだいろいろと用事がある。この子をふさわしい場所につれていくまで、ここで預かってほしい。その面倒を君に頼んでもいいかな?」
この子はいずれ連れて行くことを明らかにする。
年老いたドライアドたちが、一斉に安堵の表情を浮かべていた。
排他的なのはどこも同じなのだろう。
そうなると、いずれその矛先はエウリュディケにも及ぶかもしれない。
その役割はしっかりと認識させておかなければならないだろう。
「はい。王よ。この私が責任を持って」
エウリュディケは即答していた。
「ホタル。君はまだドライアドとして生まれて間もない。しかし、その力は大変なものになっている。だから今はエウリュディケと一緒に暮らして、ドライアドのことを学ぶがいい。いずれ君を迎えに来るから。それまでここで待っていてほしい」
しゃがんで、ホタルの目をまっすぐに見つめて、そう説明していた。
「うん。おとうさん早く帰って来てね」
素直に笑顔で、そう頷いていた。
「よし、いいこだ」
なんとなく、ホタルの頭をなでていた。
幸せそうな顔で、俺の手の感覚を自らの手でも確かめるホタルに、なんだかとても温かな気分になっていた。
ドライアドのホタルはあの森で元気に暮らしています。でも、早く植樹してあげないと、植木鉢では済まなくなるかもね。どうするヘリオス君。




