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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
新たな戦い
58/161

聖騎士と避難民

避難する人々を聖騎士たちは懸命に護衛していました。不思議と追手はやってきませんでした。そしてオーブ子爵領まであとわずかになったころ・・・

街道を多くの人間が歩いている。


アトレア山脈の東、フリューリンク領アテムからオーブ子爵領ブルーメを結ぶこの街道は、そのままベルンにつながっている。

当然人通りは多く、街道はしっかりと整備されている。

幼いころにはよく通った道だ。

目を瞑れば、にこやかな笑顔で歩く人たちが思い出される。


アテムからベルンに向かう人は特に、その荷に希望を抱きながら進む道だ。

私も聖騎士パラディンになるために、王都へ行くときに通った道でもある。


芸術性の高いブルーメを通り、ベルンに向かうこの道を、希望の花が咲く道と呼ぶ人もいるほどだ。

だから、この街道にとって、多くの人が歩いているのは、さほど珍しいことではない。


しかし、今は違う。


この集団は異様な空気に包まれている。

誰も、前を向いていない。

ただ、足元を見ながら、前の人が歩いているから歩いている。

疲れ切った表情と、重たい足取り。

そんな人の列が続いている。


「エスコルテさん」

呼ばれた気がして、隣を見る。

聖騎士パラディンになったばかりのミッターが心配そうな顔で私を見ていた。


「大丈夫ですか、エスコルテさん。こんな時こそ、部隊長がしっかりしていただかないと」

ミッターは鼻息荒く私に告げていた。


好きで部隊長になったわけじゃないんだよ。

転属届を出したとたん、いやがらせのように舞い込んだ話なんだ……。

それでも、アプリル副団長の経験だからという言葉で、自分を無理やり納得させてるんだから……。


君にとって、初任務で高揚しているのはわかる。

でも、この状況でしっかりと言われてもね……。

アプリル副団長は、私に土地勘があるだけ、十分な効果が期待できると言っていた。

バジリスク相手に、それが役に立つのか疑問だったが、今自分がいる位置がどのあたりか把握するのには、確かに役立っている。


だから、ブルーメまではまだまだだということが、わかってしまっている。


しかし、この人たちをこのままにもできない。

から元気もたまには必要なことだ。


「みなさん、もう少しでオーブ子爵領です。頑張ってください」

そう、嘘は言っていない。

ブルーメまではまだだが、まもなくオーブ子爵の領地に入る。


大声で、難民たちを鼓舞するが、思った通り反応はなかった。

そんなことを言っても無駄だとわかっている。

これは自分自身に言ってるのだ。


通常七日かかるアテムからブルーメまでの道のりを、ようやく半分まできていた。


しかし、けが人、年寄り、子供をつれた疲労困憊の逃避行は、思った以上に日数を費やしている。

その上、我々百名の聖騎士パラディンは援軍として派遣されていたので、食料補給部隊は後で到着するようになっていた。

しかし、それはいくら待っても来なかった。


本当に、アプリル副団長には感謝してもしきれない。

あの人が、出発間際にそれぞれに携帯用の保存食を大量に持たせてくれなければ、この逃避行は実現しなかっただろう。


それでも食糧難は起きている。


私は隊を二十五名ずつ、一から四班に分けて、一班を先行部隊として、予定休息地点で待機と食料確保にあたり、二班をしんがり部隊として配置し、残りの班で、避難民約千人を警護するよう指示した。

これまで、一班は十分すぎる働きをしてくれている。

本来、我々は設営や、補給といった仕事をしていない。

不慣れな作業を七日間、一班はしっかりと期待に応えてくれていた。


いまだ、二班からは何の連絡もない。

しかし、油断はできない。

そして、その事が分かるのだろう。

避難民の顔はみな一様に疲れて、生気が見られないながらも、足を前に動かしていた。


でも、彼らの顔が暗いのはそれだけじゃない。



たしかに、目的地はある。

しかし、そこについても生活の保障はなかった。


フリューリンク公爵家の領地はその家柄から、他の貴族の領民をどちらかといえば格下に見ていた。


特に、オーブ子爵領では、取引で無理を通してきた領民も数多くいているはずだ。

それだけに、オーブ子爵領で自分たちを受け入れてくれるか不安があるのだろう。


生き延びたところで、明日生きていられるのか。


そういう不安が避難民の足取りをさらに重くしているんだ。



バジリスクの来襲。


オーブ子爵領まであと一日の距離で、その知らせはもたらされていた。


「くそ、ここまで来たのに……」

思わずそうつぶやいてしまった。


どうしよう、本当に困ったことだ。

私達に与えられた指令はもともと増援だ。

増援する目標がない以上、与えられた命令は帰還することに変わる。


しかし、私は聖騎士パラディンとして人々を守る選択をした。

聖騎士パラディンは弱いものを見捨てていいはずがない。


しかし、本来これは命令にない行動。

だから、命令違反といわれても仕方がなかった。

聖騎士パラディン達に話をした時に、正直糾弾されると思っていた。

聖騎士パラディンにとって、命令は絶対遵守だ。



しかし、そうはならなかった。

ありがたいことに、この部隊は私の意見を支持してくれていた。

それだけに、感心する。

さすがはジャンヌ将軍とオルレアン将軍の部下たちだと思う。


自分の上官の文句を言いたくはないが、クラウディウス将軍は将軍の器ではない。

だから転属願いを出した。

その結果がこれだ。


不満を聞いてくれたアプリル団長が、経験だよといった言葉を再び思い出す。

その真意は、何処にあるのだろうか……。

しかし、それを考えている余裕はなかった。


目の前には、決めなくてはいけないことがある。


しかし、あと一日でオーブ子爵領に入れたのに……。


オーブ子爵領に入れば、少なくとも子爵の援助が受けられるだろう。

騎士団だっている。

我々が撤退しても問題ないはずだ。


それに、食料だって援助してくれるに違いない。

なにより、受け入れてくれることが、少しでも足取りを軽くしてくれる。


どうすべきか……。

私の独断で、撤退すべき百名の聖騎士パラディンを戦わせてよいのだろうか……。


「撤退……」

思わず口にしたその言葉をあわてて飲み込んだ。


私達が撤退すれば、この人たちはどうなる?

ここまで連れてきておいて、この人たちが殺されることを知って撤退を選ぶのか?


しかし、命令なく、預かっている聖騎士パラディンを戦わせてもよいのだろうか?

犠牲が出た場合、何と言えばいいのだろうか……。



どうする……。

決めることが、こんなにも大変なことだとは思わなかった。


どうする……。

私の判断で、千名の民と百名の聖騎士パラディンの運命が決まる。


どうすればいいんだ……。


「申し上げます。二班分隊長フェアハオ殿より伝言です。後方にバジリスク多数接近。遭遇まであまり時間がありません。至急指示を求む」

伝言した聖騎士パラディンフンカーは悲痛な面持ちで私の指示を待っている。


わずか二十五名でどうにかなる数ではない。

その顔はそう物語っていた。


「しばし待て」

私一人では決められない。

ここにいる分隊長と相談しよう。



「というわけだ。皆の意見を聞きたい。至急決断しなければならない」

一班のシュッツ、三班のレッテン、四班のアップツーク呼んで、その対応を協議した。


「オーブ子爵領に出した伝令はまだ帰って来ていないが、このまま連れて行ってから帰るべきだ」

聖騎士パラディンシュッツはあくまで護衛を主張した。


「二班を呼び戻し、聖騎士パラディン全員でこの場を死守し、避難民は自力でオーブ子爵領に行ってもらう。我々は、民の盾になるべきだ」

聖騎士パラディンレッテンは聖騎士パラディン全員で避難民のしんがりをするべきだと主張した。


「われわれは聖騎士パラディンだ。大至急、全聖騎士パラディンを呼び戻し、命令通り撤退すべきだ。今までは、撤退任務とたまたま同じ速度で移動する避難民がいたに過ぎない。しかし、これ以上の行動は命令違反となる。それは、聖騎士パラディンとして許されないことだ」

聖騎士パラディンアップツークは撤退を主張した。

あくまで命令に忠実でなければならないと主張している。


何という事だ……。

結局自分の中にある意見をその耳で聞いただけじゃないか……。

全員が、私の判断を待っていた。


重たい……。

こんな選択を私にさせないでほしい。


しかし、バジリスクは待ってくれない。

結局私は、明確に決定できないまま指示を出していた。


「二班にはここに集結命令を出す。それまで我々は待機だ。そして、避難民には移動を開始するように指示を出す。特には言わないが、可能な限り急がせるようにする」

そのあとのことは二班到後指示すると告げ、自ら避難民に移動再開を告げた。


「撤退だと?」

「いや、抗戦と聞いたぞ」

「いや護衛とのことだ」


様々な声が聖騎士パラディンたちの間で聞こえてくる。

あいまいな指示が、混乱を呼んだに違いなかった……。


私に決めさせないでほしい……。


避難民を移動させ、二班の到着を待つ私のもとに、新たな知らせがとどいていた。

「王都から救援部隊が派遣されるそうです」


「いったいどうなっているんだ……」

今まで、散々指示を仰いでも、協議中の一言で片づけていたのに、この期に及んで、増援だと?

それは、バジリスクとの戦闘することを意味しているのか?

それとも、護衛継続なのか?

そもそも、私の行動がどう受け止められているのか……。

よくわからないが、私の中で希望が生まれた。


増援部隊は命令を持っている。

とにかく命令が欲しい。

方針さえ決まれば、私は何だってして見せる。


「で、その部隊はいつ来るんだ?」

「現在準備中だそうです」

「…………」


だから、いつ来るんだ……。

あいまいな情報は、私をかえって混乱させていた。



***



王との謁見の後、俺はルナに事情を説明した。

ルナは二つ返事で答えてくれた。

俺の為だという言葉を強調するあたり、好き好んではいないのだろう。

また一つ、重荷を背負わせることになった……。

申し訳なさが心をよぎる。

しかし、ルナは俺に笑顔で応えてくれていた。


半分持つことはできないだろうけど、せめてその負担が軽くなる様にはしていこう。

これから先、ヘリオスは死んだことになっている。

俺はヘリオスではない。


また、同じようなことをすることになるとは……。

でも、今までとは違う。

今度は姿を借りるだけだ。

全て、俺自身の手で結果までやり遂げるんだ。



王都からの救援部隊、聖騎士パラディン五十騎の準備は将軍たちにまかせることにした。

軍団編成と軍団移送コアトランスポートには時間がかかるから仕方がない。

その間に、俺とルナはオーブ子爵領での騎士団掌握をすることにした。


ただ、ルナが準備を整えるのを待つ必要もあった。

その間に、あの場所に向かって準備を整える。

結局時間がかかってしまい、ルナを待たせてしまっていた。


全ての準備を整えて、俺はルナを迎えにとんでいた。



***



「わかりました」

オーブ軍司令官マーラーはリライノートの手紙をみて、ただ一言そう告げておった。

物静かな男は、最初から納得しておるようじゃったが、手紙を見て深く頷いておる。

その目は何を見ておるのかはわからんが、軍団指揮に関して有能だと聞いておる。


「ルナ様はもともとリライノート子爵様の娘となられていますので、軍規上も問題ありません。後見人としてデルバー学長がいてくださるならば、我々としても心強いです」

副官のラインヴァントも同意しておる。

この男は、マーラーと違って、理詰めで考える男じゃったかの。

状況分析が得意だったかの。


ここは問題なくいけそうじゃの。

しかし、そう言う割には、二人の顔はなんだか暗いの。


何か心配事があるという感じじゃが……。


「しかし、この領地での避難民受け入れはなかなか困難かもしれません」

マーラーは顔を曇らせながら、そう告げていた。


「それは、いったい何故でしょう?」

ルナの疑問はもっともじゃ。


わしも聞きたい。

ほれ、マーラーよ。

もったいぶらんと、早う話さんか。


「もともとオーブ子爵領に住む領民は、フリューリンク公爵領に住む領民とはあまり仲が良くないのです。それに、子爵領はそれほど開拓された土地がありません」

住民感情と、受け入れる場所がないことかの。


何じゃ、つまらんの。


ずいぶん重たい口じゃったが、自分たちの領民のことを悪くいうのが躊躇われたのか、自分たちの領地の問題を恥ずかしく思ったのか……。


いずれにせよ、それは余計な心配じゃ。

そんなことはとっくに解決済みじゃわい。

無理に受け入れると、もともとの好悪の関係上、反発が予想されるんじゃろう。


もうそれはヘリオスが準備しおったわ。

新しく受け入れる場所に招待すればよいのじゃ。


この短期間で、あれを作るのは、あ奴の魔力マナの大きさのおかげかの。

あれは、わしでも真似できんわ。


「それに関しては問題ない……の」

そう言って、それに対しての準備は整えてあることを説明する儂。


それにしても、あの兄妹は演技が下手すぎるわい……。


「あ……そういう場所を……なるほどです。もともとあそこは単なる貯水池としてしか利用していなかった場所です。そこを開拓してくだされば、大丈夫でしょう」

マーラーは納得したようじゃった。


「もともと、わしのモルゲンレーテによりある程度切り開かれておったが、先ほど拡張してきたから問題はない。王都から作業員も転送されておる。森にはわしから詫びを入れておいたから、反発もなかろう。すべてわしの計画どおりじゃ……の。ほっほっほ」

得意そうに笑っておる……。


「それはそうと、ここの騎士団の規模、全軍の状態、今出撃可能な人員を教えてはくれんか……の」

全体像を把握は確かに重要なことじゃが……。

ルナよ、そんなにわしにひっつかんでもよかろう。


あれではなんだかわしがお主を侍らしておるように見えるわい。

お主が感心しよるのも分かるが、それはわしの姿なんじゃからの……。


「全軍で千名になります。そのうち騎士団は百名、残りは徴兵になります。騎士団も今この周囲にいるものと警備に出ているもの、街道屯所にいるもの、非番のものとなりますので、実質二十名がすぐに動員できる人数です」

ラインヴァントはまじめに報告しておるが、ルナの様子が気になる様じゃの。


お主は至ってまともじゃ。

心配せんでよいぞ。


「オーブ子爵領ならそうだな……の」

予想通りの残念そうな表情を見せていた。


残念なのはお主の方じゃ。

その状況、お主は何ともなくても、わしの方が恥ずかしいわい。


「ただ、リライノート子爵様のお抱え冒険者が三十名います。正確には六人パーティで五組です。この者たちは、この近くに住んでいて、冒険に出るには届出をしてもらってます。幸い、現在全パーティがここにいるようですね」

ラインヴァントが帳簿を見ながらそう告げていた。


順応性の高いやつじゃ。

もう、慣れてきておる。

そう言えばリライノートは、こういう仕事のできるものを多く集めておったの。


「おお、それはいいですね……の」

満足そうに頷いているが、なんでも――の――をつけるとわしになると思っておるのかの。

その短絡的な思考を、少し変えてやらんといかんの。



「では、さっそく招集可能な全騎士と冒険者を屋敷の前に集めてもらおうか……の」

満足そうに指示をしておる。


確かに、リライノートが集めた冒険者であれば問題ないと思うがの。

この国の冒険者は、あまり質が良くないんじゃよ。

わかっておるのか?

どうもそのあたりのことを理解しておるのか心配じゃの……。


それにしても、ルナよ。

いい加減、普通にしてくれんかの……。



「諸君。ここにいるのが、リライノート子爵の養女ルナじゃ。わしの教え子でもある。ここにあるリライノート子爵の全権委任状で、このルナがこの地の軍部及びその権利を行使することになった。わしはデルバー。学士院アカデミーの学長にして、このルナの後見人となった」

堂々とした宣言。

そうじゃの。

六十点じゃ。


「みなさん。わたし、ルナ=フォン=オーブは、亡き養父チチに代わって、この地に訪れようとする災厄から、この地の民を守りたいと思います。どうか皆さんのお力をお貸しください」

ルナは精一杯心を込めて、そう叫んでいた。


いつものルナに戻っておる。

ようやく、安心してみておれるの。

あのままだと、わしがルナを精神支配しておるように見えるわ。


「おおー!」

全員の士気が上がっておる。


ルナは最後に指令権をデルバー学長に移譲したことを公表した。

これで実際はヘリオスが指示しても問題なかろう。


満足そうに見ておるが、その目。

お主の考えはわかっておるぞ。


確かに、わしもそう思う。


やっぱり、美少女の頼みは断れないようじゃの……。

だが、お主もその一人だということを忘れておるようじゃの。


「皆の衆、聞いての通り、フリューリンク公爵領はバジリスクの大群に滅ぼされておる」

全員の顔を見渡して、真剣に語りかけておる。


誰の眼にも不安はあったが、臆した様子は無いようじゃ。


いい面構えじゃの。


あ奴も満足しておるようじゃ。


「現在そこから千人ほどの避難民がここに向けて避難してきておる。その後ろからはバジリスクの群れがやって来ておると考える。おそらくここから一日の距離で追いつかれるだろう」

あたりが騒然となっておった。


「心配はいらぬ。そのためにルナとわしはここに来たのじゃ。そして、王都からはまず五十騎の聖騎士パラディンが準備しておる。その後も準備中じゃ」

事実に希望を添えて伝える。

鼓舞するには重要なことじゃ。


「ここにいるルナは司教級の実力を持つ。皆、安心して戦うがよい。それに、ここにおるものはわしの魔法もみせてやる。このデルバーの実力、しっかりとその目に焼き付けよ」

なんといういたずらな笑みじゃ。


そんなこと、わしは言わんぞ!

わしの魔法は見世物じゃないからの!

零点じゃ。


「おおー!」

特に、冒険者たちが興奮しておるようじゃが、騎士団もそうなのか……。


自慢ではないが、わしは当代随一の魔術師じゃと思うておる。

その魔法を学ぶには、貴族しか入れない学士院アカデミーに入学しても難しいということを忘れておるのではないか?


そもそも、わしの美学では魔法を見せびらかせるようなことはせんぞ?

そんなことはわかっておろうに。

興味本位で見せるようなものではないぞ……。


おや、何という事じゃ。

冒険者パーティの魔術師たちが泣いておる。

そんなにわしの魔法が見れるのがうれしいのかの……。

ふむ、仕方がない、十点におまけしてやろうかの。


ん。なんじゃ。

おお、護衛していた聖騎士パラディンの伝令かの。

ようやく来たか。


聖騎士パラディンの伝令と話したあと、伝令を急いで戻らせておる。


いよいよかの。


再び全員に対して、厳かに宣言をしようと見回しておるわ。


こういう雰囲気を作り出すことができるのは、一種の才能かもしれんの。

全員が、もうあ奴の言葉を待っておる。

わしの姿をしておるが、わしでなくともできるじゃろう。


どことなく、マルスの雰囲気に似ておるの。

あ奴は気付いてはおらんが、人を引き付けるものは、おそらくマルス譲りじゃろうて。

いや、ひょっとするとマルス以上かもしれんの。

マルスをも引き付けた可能性があるからの。



「では、皆の者、ルナを伝説にしてやるのじゃ!」

拡散の魔法をつかっておる。

奴の声はそこにいる者だけでない、その地に住まうものにも届けておる。

まるでマルスを見ておるようじゃ。

当然それを間近で聞いておる者たちの士気は異様な盛り上がりを見せておった。


「聖女ルナ」

誰かが言ったその言葉は、瞬く間に全員に受け入れられておった。



オーブ子爵軍が出発し、しばらくたったころ、避難民の先頭と遭遇しおった。


「みなさん、ご安心ください。この先に皆様が暮らす街を用意しました。安心してこのままお進みください」

ルナはオーブの騎士たちをその護衛と誘導にまわしておる。


オーブの騎士たちは、ルナの指示にしっかりとしたがっておった。

ルナの感謝の言葉は、騎士たちにとって魅了の効果を持つのかもしれんの……。



そしてルナは、避難民たちに、そこでもう一度安心して暮らせることを約束しておった。


自分たちの街がある。

それは、絶望した人たちにルナがもたらした光。


希望という名の小さな光は、人々に前を向いて歩く力を与えておった。


人々は口々にルナに感謝していた。


「聖女ルナ」

騎士団が教えたその言葉は、瞬く間に避難民にも広がっておった。


「よし、あとは聖騎士パラディンを救いにいってくるよ。ルナ、君はみんなと一緒にできるだけ急いできてね……の」

安心したのか、演技が崩れておる。

苦しそうにそう告げておった。


「はい……」

ルナも笑いをこらえるのに必死のようじゃ。


お主ら、もっとしっかり演技せんか。

全く先が思いやられる……。



「では、皆の衆、わしは一足先に聖騎士パラディンたちのところにいってくるので、できるだけ急いできておくれ、でないとわしの魔法は見れんかもしれんぞ」

そう言い残して空を飛んでいく。


さて、わしはルナの方を見ておくんじゃったの。

これだけ離れると、こっちであ奴を見ても大丈夫かの。


「すげー」

誰かがそうつぶやいて、空を見上げていた。

もはや小さな姿となったわしは、空中で立ち止まって何かをしておるように見える。


どれ、わしも見せてもらおうかの。

生まれ変わった、おぬしの魔法を。


「さあ、いそぎましょう。最高の魔術師の魔法を見せていただきましょう」

ルナは駆け出しておる。


お主にとって最高の魔術師とは聞くまでもないが……。

わしはお主を見守るように言われておる。

面倒なことじゃが、お主があ奴のところにつく前に、見方を変えねばならん苦労も考えてほしいもんじゃの……。


厄介な防壁じゃが、仕方がない。

そう言えば、あ奴の魔法も久しぶりかの……。


どれ、見せてもらおうかの。

互いに生まれ変わった、お主たち兄妹の初めての共同作業じゃ。



***



「隊長。もうそろそろやってきます。早く決断してください」

アップツークとシュッツは早くこの場を離れたがっているようだった。

シュッツはあくまで避難民の護衛を最優先にすべきと意見している。

アップツークは避難民をオーブ騎士団に任せるように訴えている。


それぞれに目的は違うが、彼らにここにとどまる選択肢はなかった。


「腕の見せ所だな」

一人、レッテンだけはそう息巻いている。

彼だけが、この場で避難が完了するまで持ちこたえるべきと考えている。


それぞれの言い分はわかっている。

わかっているからこそ決められない。


避難民を見捨てていいのか。

命令を守らなくていいのか。


増援部隊はいつ来るのか?


もう、この場に避難民はいない。


そうか、増援が来るのなら、何も私がここで決めなくてもよかったんだ。

散々迷った挙句、私は立ち上がった。

「よし、てっ」

言い終わる前に、伝令として送り出した聖騎士パラディンが帰ってきた。


「申し上げます。オーブ子爵領から援軍です。子爵令嬢ルナ殿を先頭に進軍中です。避難民はオーブ子爵領で受入地を用意してあるとのことでした」

第一班でオーブ子爵領に避難民受け入れの打診のため先行した聖騎士パラディンゲリンゲンは興奮のあまり、その先の言葉を叫んでいた。


「しかも、それにはデルバー学長が後見人として参加するとのことです!」

あまりのことに、聖騎士パラディンたちは驚きを隠せなかった。


「デルバー学長がいたのか?」

聖騎士パラディンアップツークは自分の耳がおかしかったのかと思ったのだろう。

私もそう思った。


「間違うはずがありません。私は学士院アカデミー出身です」

聖騎士パラディンゲリンゲンは胸を張って答えている。

学士院アカデミー出身者が間違うはずがない。


しかし、このような場所に、あの伝説に近い魔術師が来てくれるとは思わなかった。

英雄と並び称される魔術師デルバー学長。

その実力を知らぬものが聖騎士パラディンにいるはずがない。


「おおー!」

聖騎士パラディンたちは湧き上がっていた。

その歓声のさなか、緊張した声が聞こえていた。


「来たぞー!」

土煙を上げて迫るバジリスクの群れは、街道を覆い尽くしている。

緊張感があたりを支配していた。


ゴクリ

つばを飲み込んだ音が、やけに生々しく聞こえていた。

視線を前から外すことができない。


そしてその耳は場違いにのんびりとした声も聞いていた。


「おお、これはすごい光景じゃの」


その声は聖騎士パラディンたちの頭上から聞こえてきた。

思わず声の方を見ていた。


そしてだれもが、その声の主を知っていた。


「あーきこえますかの、ここにお願いしますかの」

誰かと会話しているその姿は、まるで散歩に出かけているようだった。


「よし、では皆の衆、準備が整うまで、あちらさんには待ってもらうかの」


麻痺の嵐(パラライズストーム)」「全体魔法付与マスエンチャントメント

右手の杖から竜巻を作り、バジリスクに向けて放ちつつ、左手からは聖騎士パラディンたち全員の鎧と剣に魔法をかけていた。


広域魔法を同時展開したデルバー学長は、地面に降り立ち少し歩くと、何かのしるしをつけていた。


そして再び空に舞い上がって何かをつぶやいている。


その瞬間、あたりは光に包まれていた。

思わず目を瞑った私が、再び目を開けると、そこには聖騎士パラディンが五十人現れていた。


「アプリル副団長」

その中にその姿を見た私は、思わずそう叫んでいた。


「そうですね、今はアプリル先生とでも呼んでもらいましょうかね。一応この部隊はあなたの指揮権に入るように指示されていますので」

アプリル副団長は少しだけデルバー学長に目を向けると、私をまっすぐに見つめてきた。


「それで、なにかわかりましたか?」

アプリル副団長は期待した目で私を見ている。


ああそうか……。

経験というのはそういう事なのか……。


「決断することのむずかしさを学びました」

私は今まで不満しか言ってこなかった。

決めることは誰かに任せていた。

そして、決められない団長をバカにしていた。




アプリル副団長は満足そうに頷くと、陣形を整えるように私に促してきた。

そう、今は私がここの責任者だ。

せっかくの指導。

無駄にはできない。


「よし!隊列組直せ!一から四班まで小隊長は順次報告。急げよ」

もう迷わない。

道は示されている。

後はそれに向かって進むだけだ。


そうして陣形が整ったところで、オーブ軍が追い付いていた。


聖騎士パラディンのみなさま、これまでの任務ご苦労様でした。ここはオーブ軍が引き受けますね。皆様のご武勇は存じておりますが、しばし、お疲れを回復してからご参加ください」

そう言って聖騎士パラディンたちに魔法をかけようとしている。


あれがオーブ子爵令嬢、ルナ殿か。

噂にたがわぬ美貌の持ち主。

そして、司祭級の実力を持つという噂は本物か?


全体疲労回復マス・ファティーグリカバリー


ルナ殿の魔法により、私たちの蓄積された疲労が和らいでいく。

あちこちで驚きの声が沸き起こる。

私も声をあげたい程だ。


心地よい。

何という心地よさだ。


聖騎士パラディンたちは回復魔法を使うことができるが、それぞれに得意不得意分野がある。

しかし、これだけの人数に一度にこれだけの効果をもたらす実力に、私を含めすべての聖騎士パラディンは敬意を抱いていた。

オーブ軍の方から聖女とたたえる声が聞こえてくる。


そう、まさしく聖女だ。


「聖女ルナ」

その言葉は、聖騎士パラディンたちのなかでしっくりと落ち着いていた。



「どれ、役者はそろったようじゃの」

ゆったりとした声が、もう一度頭の上から聞こえてきた。


全体魔法付与マスエンチャントメント


再びデルバー学長の、のんびりとした声が響き渡る。

決して大声ではない。

しかし、その声と共に、この場にいる百八十人は一度に魔法の効果を感じていた。


全体祝福マス・ブレッシング

ルナ殿が全員を祝福していた。

瞬間、私の中に、どうしようもない感情が沸き起こってきた。


なんだ、これは……。

とてもルナ殿を見ることができない……。


デルバー学長の魔法付与とルナ殿の祝福により、聖騎士パラディンと冒険者は普段の実力以上の力が出せることを感じているだろう。

私がそうなのだから、そうだろう。


そして、私が感じているこの感覚も、全員が感じているに違いなかった。


だれも、その場から動くことができなかった。


「では、少し数を減らしておくかの。皆の衆。デルバーの力の一端をみるがいい……の」

ため息をついたデルバー学長は、最後尾で存在感を示しているハイコカトリスを含めて魔法を展開させていた。


大渦巻メールストローム


突如大地に大渦巻が発生し、周囲のものを飲み込んでいた。

麻痺した上に、水に飲み込まれ、多くのバジリスクとハイコカトリスはおぼれていた。

効果範囲から逃れたものは、たった五体しかいなかった。


「ありゃ、ちとやりすぎたか……の。すまん、すまん。あとはまかせたので、ほれ、全軍突撃じゃ」

デルバー学長は、軽くそう言って突撃を指示した。


「ふふふ。では皆さん。お願いします。石化した場合はすぐに呼んでくださいね」

ルナ殿はおかしそうに笑いながら、そう指示していた。


この時になって初めて、我々はその感覚に慣れ始めていた。

何という快感か。

癖になりそうな感覚のまま、無理やり戦闘に突入するしかなかった。


「突撃!」

もうそれだけしか言えなかった。


全く負ける気がしないとはこのことだ。

そしてルナ殿に、雄姿を見せてやると言う気持ちがどんどん強く湧き起ってくる。

聖騎士パラディンにあるまじき戦いだ。


ルナ殿のために。

私はいつしかそう思うようになっていた。


それは完全に拍子抜けした戦闘だった。


緊張感のかけらもなく、たった五体の魔物を駆除している感じだった。


それでも、後ろからからあと五体のハイコカトリスが迫ってくるのが見えると、全員が緊張感を取り戻していた。


しかし、百八十名の強化された聖騎士パラディンと冒険者の敵ではなかった……。


石化のブレスは寸前で遮断され、鉄を切り裂く爪は盾で完全にはじかれていた。

魔術師たちは自分の魔法の威力が普段の倍になっているとこに驚き、聖騎士パラディンたちはその剣の切れ味に驚いていた。


私の剣は、まさにナイフでバターを切るように、ハイコカトリスの体をきれいに切り裂いていた。


戦闘がおわるころ、呼吸がまったく乱れていない自分に気が付いていた。

試しに、大きく深呼吸してみる。


全く苦しくならない状態を感じつつ、私の目は空を飛んでいるデルバー学長の姿をとらえていた。

その視線はオーブ子爵領の方をむいている。


「ルナよ。ちょっとわしは留守にするので、あとは任せたよ……の」

デルバー学長はルナ殿にそう告げて飛んで行った。


ルナ殿は少し心配そうな顔になったが、気持ちを切り替えて宣言していた。


「では皆様、帰りましょう。そして屋敷でお祝いをいたしましょう」

ルナ殿は緩やかに勝利を宣言していた。


歓声があたりを覆い尽くす。


そして、その中心にはルナ殿がいた。



***



「ふむ、まずは予定通りじゃの。しかし、あれは何とかならんのかの……。五十点じゃ」

学士院アカデミーの学長室。

頭を抱えながら、そうつぶやいていた。


魔獣を退け、避難民をオーブ領内に導くことに成功し、ルナをその立役者にすることに成功しました。しかし、ヘリオスはその時に妙なものを発見しました。その視界にとらえたものとは?

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