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魂の会合

月野は絶望の淵にいるヘリオスに会いに行きました。そこで月野が見たものは、抜け殻と化したヘリオスだった。


この感じ……。

俺はこの感覚を覚えている。


「ミミル。ミミル、いるかい?」

まずは、ミミルを探そう。

ミミルがいるところにヘリオスがいるはずだ。

しかし、周りをみわたしても、どこにも誰もいなかった。


真っ白な世界。


ただ、白い世界がどこまでつづいていた。

白一色の何もない世界。

果てしなく続くその世界に、俺は一人立ち尽くしていた。



「おかしいな。ここはヘリオスの意識の中じゃなかったけ……」

思わず口からその言葉が出ていた。


意識の中。

以前はそうしてヘリオスに会ったはずだ。


「そうか、意識の中だ」

言葉に出して初めて気づいた。

ヘリオスの意識の中ということは、今のヘリオスから考えると、こうなっているのだろう。


空虚な世界


「ここはヘリオスの世界。であればヘリオスはここにいる(・・・・・)

ヘリオスを強く意識する。

デルバー先生のいう、二人で一人前という言葉がよみがえる。


そう、俺たちは同じ体を共有していた。

だから、ヘリオスと俺は同じなんだ。


自分の一部であると認識した途端、膝を抱えて座り込んでいるヘリオスがそこにいた。


「やっぱりここにいたか、ヘリオス。探してないけど、探したよ」

俺はヘリオスの横にすわる。

ヘリオスは何も答えない。


俺も何も言わず、ただ、ヘリオスの横に居続けた。


ヴィーヌスをなくしたヘリオスが、こうなることは予想できた。

でも、それに対して俺は何もできない。

ただ、そばにいることしかできないと思っていた。

だから、こうしてそばにいることができて、本当によかったと思う。


ミミルがそうしたのか、ノルンの加護が働いたのかわからないが、本当にありがたかった。


「私が殺したんだ」

長い沈黙を破り、ヘリオスはうつむいたまま、重い口を開き始めた。

しかし、それだけを告げると、もう何も言う気配はなかった。


俺は何も言わない。

ヘリオスがそう思っている以上、否定しても意味がない。

俺にできることは、ただ、ヘリオスの背中をさすることだった。


俺は真田先生とのやり取りを思い出していた。



「よく間違えられるんですけどね、私たちはクライアントに答えを出すわけじゃないんですよ」

どうすればいいのかを話してくれない真田先生に文句を言った時のことだ。

とてもいい笑顔でそう話していたのを覚えている。


真田先生が俺に説明していた事。


カウンセリングの基本は聴くことにある。

答えを他人が出すことは横暴なことである。


真田先生の話で、このことは俺にとって目から鱗が落ちるようだった。

そして、真田先生との話は、どれも俺の中であるべき場所に収まっていくようだった。


人の人生には楽しいことだけでなく、つらいことも苦しいことも存在している。

記憶として蓄積されたそれは、その人の財産だとも言っていた。


そして、人の行動はそうしたことを背景として変化するとも言っていた。


だから、現実に今抱える問題やつらいこと、苦しいこと、それら乗り越えることもその人の財産になるのだと言っていた。


「じゃあ、具体的に真田先生は何をするんですか」

あの時の俺は、真田先生にそう尋ねたと思う。

答えを出してくれないのなら、何のためにいるのかわからない。

当時の俺はそう感じていたはずだ。



「そうですね。わたしは聴くためにここにいます。そして月野さん。どんな答えもすでにあなたの中にあるのですよ。だって、あなたの人生だから」

そんな俺に、笑顔でそういう真田先生の言葉を忘れることはできないものだ。


答えはすべて自分の中にある。


そう真田先生は言い切った。

そして自分は聴くだけだと言い切っていた。


自分の心の中だけでは、思考の渦にとらわれる。

しかし、人は言葉という道具を持った。

言葉という道具で、自分の心を表現するとき、人は想像力を働かせる。


そしてそれを聴くのは、実は自分自身だということを現在の俺は認識している。


真田先生はそこにいただけで、実際に話を聞いているのは自分自身だ。

だから、自分の中に答えがあると言ったのだろう。

今の俺はそう認識している。


だから、俺はただそこに居続けていた。

ヘリオスが何を話し、何を考え、どうこたえるのかを見届けるために。

もう一人の俺が、どう考えるのかを見守るために。


俺が背中をさすり続けている間、ヘリオスは時折顔を上げるようになっていた。

その目は何も見ていない。

その先にあるのは、ただの白い空間だ。

それでも、顔をあげたのは、ヘリオスが何かを思ったからだろう。


俺は見守り続ける。

かつて、自分がそうされたように。



「私が、あの時お父様にはむかわなければ、私がお父様の邪魔さえしなれば、お姉さまは死ぬことはなかった」

俺は何も言わない。


「だから、私がお姉さまを殺して様なものだ」

俺はだまって聞いていた。


「リライノート子爵様は笑っていた。お姉さまに刺されることが分かっていたのに笑っていたんだ……。なぜ……」

ヘリオスは前を向いている。


「そう、たしか最後に何かしていた……。それがうまくいったと思って安心してたんだ。いったいなにを……」

疑問がヘリオスに考えることを要求している。

ヘリオスはそれに答え始めていた。


今まで責めつづけていたヘリオスに、変化が表れていた。


俺はだまって聞いている。

ただ背中をさするのみだ。



「リライノート子爵様はお姉さまを愛していた。お姉さまを解放したかったんだ。お父様の呪縛から。でも、どうやって……」

ヘリオスは考え続けている。

ヘリオスは前を向いている。

目の前にはただの白い空間が広がっているだけだ。

でも、ヘリオスの目は、確実に何かを見ていた。


「お姉さまは小さい時に私を虐待することがあった。普段からは想像できないものだった。あれは何かに取りつかれたと思っていた……」

ヘリオスは何かを思いついたようだった。


「リライノート子爵様は、もう一人のお姉さまから、お姉さまを解放したんだ……。でもそれだけでなぜ……」

突然、ヘリオスが立ち上がる。

その時俺は、ヘリオスとのつながりを強く意識していた。

釣られて俺も立ち上がる。


夢で見ていた時のように、ヘリオスの感覚とつながった感じだった。


「まあ、私に何かあっても、君がいるから安心だけどね」

突如ヘリオスの頭にリライノート子爵様の言葉がよぎったようだった。

それは俺の頭にも響いている。


「ああ、私が託されたんだ……」

崩れるように膝をおり、両手を地につけるヘリオス。

その頭に、ヴィーヌスの言葉がよみがえっている。


「だから、私の中では、ヘリオスはどちらもヘリオスです」

ヴィーヌスは笑っている。

俺たちを受け入れたヴィーヌスは笑っていた。

しかし、ヘリオスは、そんなヴィーヌスの苦しみを理解していなかった。

俺は、知らないふりをしてしまった。


ルナを解放した時に、ヴィーヌスも解放すべきだったか……。

原理は同じなんだ。

ただ、リライノートは違う手段でそれをしたようだが……。

俺の中で、後悔が膨らみ始めた時、ヘリオスの中で何かが変わったようだった。


「私は姉さまを殺したも同然です。そして、多くの人たちもその巻き添えにしてしまいました」

座りなおしたヘリオスは、そう言って頭を下げていた。



「しかし、私は子爵様から姉さまを幸せにするということを託されていました。その姉さまはもうここにはいません。姉さまの最後の顔は悲しみのあまり、狂気に歪んでいました。だから私は姉さまを探しに行きます」

再びヘリオスは立ち上がり、俺に向かい合っていた。

俺もヘリオスを真正面から見つめていた。


「しかし、私は同時に罪を償わなくてもいけません。あなたにそれをお任せしてもいいですか?」

ヘリオスは俺の目を見て真剣に話していた。


一点の曇りもないとはこのことを言うのかもしれない。

その目は迷いのない澄んだものだ。

そして、強い意志を感じることができた。


「しっかりとお姉さんを探し出して、リライノート子爵と会わせてあげなさい」

後は任せろ。

俺はヘリオスの肩をつかんで、頷いていた。



その時、突然俺たちの横に、ミミルが現れた。

それは6枚の半透明の羽根を輝かせた人間大のミミルだった。


「また会えましたね、ヘリオス」

それはいつものミミルの声ではなかった。

圧倒的な存在感を放ちながら、その存在は俺たち二人を優しく包み込んでいる。


「あなたが精霊女王ですね」

わかったが、確認しておく。

ずっとその存在は俺の中で感じていた。


「そうですね……。そうとも言えるし、そうでないとも言えます。あなたたちに近いといってもいいでしょうね」

精霊女王は微妙な笑みを浮かべている。


どういう事だ?

尋ねようとしたが、精霊女王が話し始めたので、聞くことにした。


「あなたは本当に立派になりました。ヘリオス。時間というものがあなたを成長させたのでしょう」

精霊女王は俺対してそう告げてきた。


「女王様、それはどういう意味ですか?」

俺は仮説を持っている。

俺たちの関係。

俺のこと。


これまでのことを考えると、そう仮定する方が説明しやすかった。


「そうですね。あなたの考えているとおりです。あなたはヘリオスの本来の魂です」

隣で驚いているヘリオスをよそに、精霊女王は話を続けてる。


「あなたは覚えていないでしょうが、わたしは五歳のヘリオスから魂を抜き出して高次元のエネルギーとして転生させました。その際に、目印になるようにある世界に転生させていました。そこは以前から知っている世界だったので、発見は容易でした」

転生のことは覚えていなかった。

でも、俺はそれを見ている。


それ以上に、精霊女王はとんでもないことを口にしていた。

俺が育った世界をもとから知っていた?


どういうことだ、それは?


その疑問を口にするより早く、精霊女王は話を続けていた。


「そして、元の体には私が入り込むはずでした。存在を消されたように偽装して、今のヘリオスの体に入り込みました。そして、私の記憶と力をミミルに封じておきました」

転生に関してのプロセス。

それはある程度予想できていた。


つまりは魂だけ抜き取って、空っぽの体に自分が居座ろうとしたわけだ。


でも、実際にはそうはなっていない。

何が起こった?


「しかし、ここで問題が起こりました。なぜかあなたが、こちらの世界に入ってきたのです。まだこの体に定着していない私は、半ば追い出される形で、本来の魂であるあなたの侵入を許していました。当たり前ですね、もともとあなたの体ですから」

精霊女王の言い方が、少しいい加減に聞こえだした。

ミミルの姿を借りているからか、その雰囲気がミミルを思い起こさせる。


それにしても、よくわからないことが起きた?


俺は魂だけで、この世界に戻っていたのか?

いや、戻ったのは、あの時だ。

それまでは、見ているだけにすぎなかった。

と言うことは、実際にはつながりが維持されていたのだろうか?


どちらにせよ、納得のいかないことがある。

それを説明できるのだろうか?


「ちょっとまって、それって時間の概念がおかしくないですか?」

その矛盾が説明つかない。

俺があの時ヘリオスの体に初めて入った時には、向こうの世界で三十年以上経過している。

こっちではほんのわずかな時間だ。



「そこは私にもわかりません。なにせ、私はこちらの世界しか知りませんから。だから問題が起こったと話しましたよ。私にもわからないことだったんです」

なんという無責任な言い方。


しかし、予想しない出来事が起きたとしか言いようがないのか……。

転生させられても、つながりが維持されていたということ自体が、精霊女王の目論見からは外れているからわからないのか?


一体何が起きたんだろう。

その答えは、今の俺にはわからないことだ。


わかっていることは、それ以前に俺が夢と感じていたことは、やはり俺の記憶だと言う事。

だから、過去を自在に見ることができた。


一度経験した俺の記憶を、ヘリオスとして見ていた。

実際には来てたのかもしれないが、テレビのモニターを通してみる感覚は、自分の記憶だからか……。


精霊女王は俺の理解を無視して話を続けている。

まるで質問されることを避けているような感じだ。


「つまり、俺の魂は向こうの世界ですごしたのちに、最もつながりのある転生時点に引き戻されたという事なのか……」

まるで浦島太郎の逆の話みたいだ。


「その最初の帰還で、あなたは自分の魂を2割ほど残したようです。これが現在のヘリオスの魂といえます」

つまり、もともと一つのものが、別の次元に転生し、それがもう一度転移してこちら側に一部のこったということか。


しかしその魂は、もとが同じものなので、人格としては同時には存在できない。

しかも、俺だけが記憶を残していたのは、俺が本体ということになっているからか……。


いろいろややこしい。


「そして私は今のヘリオスの魂にしがみつく状態でしかその存在を維持できなくなり、困ったところであの首飾りを利用していました」

なにそれ?

なんかいい加減すぎないか?


精霊女王が意外に場当たり的な対応をしていることに驚く。

しかし同時に、首飾りで精霊の存在力が回復する仕組みが理解できた。

いくら調べても分からないわけだ……。


「そしてもっと困ったことが起きました」

正直困ったことは、もう勘弁してほしい。

困ったことだらけじゃないか、ちゃんと準備してから物事を進めてほしいものだ。

今度は俺でなくヘリオスを見ながら話しだした。


「ヘリオスがミミルと使い魔契約をした時に、実は転生した方のヘリオスの魂と契約をしていたのです。これは、魂との契約である以上、ある程度仕方がないことかもしれません」

今度はヘリオスが驚いていた。

まあ、それは知っていたよ。

俺とミミルの間にヘリオスがいるおかげで、いろんな問題が起きたんだけどね……。


というか、それ、ヘリオスに教えるためだけに言ったんだね。

なんで、このタイミングなんだ?

訳が分からない。


今度は俺を向いて話し出した。


「これによって私はヘリオスの体にいることができず、あなたが来た時にあなたの向こうの体を支えるために力を使わなければならなくなりました。ミミルはわたしの分身でもありますのでね」

俺がこちらの世界に来るたびに、俺の体の面倒まで見ないといけなくなった。

俺の魂が抜けた状態だから、俺の月野としての体が空っぽになるからか……。

ミミルが消耗するのはわかっていたが、精霊女王まで迷惑かけてたのか……。


「それはご迷惑をおかけしました」

素直に謝っておこう。

だからか、いつしか俺の中に俺以外の存在が強く感じていたのは。

でも、それ以前にも感じていたような……。

いや、違う感じか……。

かすかな感覚は、思い出そうとしても思い出せなかった。



「ふふん、まあいいです。あなたは来るたびにミミルにその力を分けてくれていましたのでね、次元の壁を超える時に発生するエネルギーはとても大きいものですからね」

ミミルの性格がどこからきているのか理解した。

そして魔力マナ量がけた外れに大きい理由も理解した。


「すみません、一つ分からないことがあるんですけど」

精霊女王に答えられるかわからない。意外に無計画な性格をしている。

それでも何か意味があるのかもしれない。


「我々は今、お互いに行く道を決めていました。その時になって初めて、あなたはここにやってきました。これって、どういう意図があるんですか?」

こればかりはわからない。

そもそも、何故精霊女王は姿を隠すという選択をしたのか。


マルスが関係しているのか?精霊石を破壊していることは知っている。

俺はそのマルスの息子だ。

精霊女王とマルスの関係は?


そう言ったことに何か意味があるのだろうか?


俺は精霊女王の答えを待つ。

なぜか精霊女王は、俺の視線をそらしていた。


「それは、少なくともあなたたちに必要なことですから」

なんだそれ?

答えになってない。


「必要なことですから」

俺が再び聞こうとしたとき、精霊女王は俺の口をふさぐかのように、自らの意見を再び告げていた。


一体何に必要なのか示していない。

でも、繰り返し同じことしか言わないのは、聞いてほしくないと言う事だろう。

まあ、いい。

ならば、質問を変えて、俺の仮説を告げてみよう。


「つまり、俺があちらの世界でその存在を終えたときに、こちらの世界にガイドしてくれると思っていいわけですね。ミミルはそのために力を蓄えているということでしょうか」

それが俺の結論。

月野の体が衰弱していくにつれて、俺はこちらの世界とのつながりを強く感じている。


「ええ、まあ、そう。そうですね。うん、そうでした」

精霊女王はまたも場当たり的な対応を取ってきた。

こういうしぐさは、ミミルそのものだ。


まてよ……。

さっきから、じっとしてるが、そわそわしだしている。

じっとしていられない性格。

場当たり的な対応。

なにより、ミミルの姿のままじゃないか。


俺の記憶にある泉の精が精霊女王だ。

隠れるために姿を変えたのならわかるが、俺に隠す必要なんてないはず。


そう考えると、確かめたくなってきた。


「で、ミミル。このあとなんだけどさ」

いつもの調子でミミルに尋ねる。

いつもの調子、いつもの感じ。

俺とミミルの間で育んだ関係。


俺の推測が正しければ……。


「ん。なになに……」

返事をしたミミルはその場で固まっていた。

実際に汗が流れ落ちているのが見えるようだった。


「で、精霊女王様。なにか言うことはございませんか?」

俺はあらためて、ミミルに質問していた。


「んーミミル頑張ってたのに……。えっと、ヘリオスでいい?」

開き直ったミミルは、いつもの大きさに戻り、自由を得た子供の様に、俺の前で飛んでいる。


頑張ってたんだね……。

ミミルの頑張りは認めよう。


「まあ、今は月野っていうからそっちで」

今はその方がいい。

でも、今までのが精霊女王ではなく、ミミルだったとするならば、精霊女王はどこに行った?

何となく、わかっていることだが、確証がない。


「おっけー。じゃあねツキノ、正直に言うとね。精霊女王様いなくなっちゃった」

衝撃的な話。

本来ならばそうだろう。

実際ヘリオスは唖然としている。

でも、俺もそのこと自体には驚くが、それで説明がつくことに納得もしていた。


「あ、正確にはね。ツキノの魂と同化しちゃったっていうのかな?だからね、ツキノはヘリオスでもあり、精霊女王……精霊王でもあるんだわさ。なんかややこしいのになっちゃったね。えへへ」

笑顔のミミルは、いつものミミルだ。


結構大事なことだと思うんだけどな……。

でも、ミミルの笑顔を見ていると思う。


まあ、いいか。


なったもんはしょうがない。

あらためて言われると、それが一番落ち着く答えだ。


首飾りに精霊の力を蓄えていたのは俺自身。

最初にヘリオスの体に戻った時に、精霊女王の魂はそこにあった。

そこに俺が帰ってきたので、精霊女王は同化の道を選んだ。

俺と同化した精霊女王は、俺の魂を二割ほど割いて新しいヘリオスの魂をつくり、俺がこの世界に行き来できるようにした。


本当に俺自身を隠れ蓑にしたわけだ。


精霊に守られていたとはいえ、真祖との戦いで俺の魂が影響も受けなかったのは、精霊女王の存在が大きいのかもしれない。


そうか、それで納得がいく。

精霊女王と魂を融合したから、向こうの世界では、ますます異質な存在になっている。

だから、向こうの世界では存在を消されていくんだ。


もともと転生者だ。

向こうの世界にとっては、極めて特異。

でも、三十年以上も世界から一応認められたのはいったい……。

その謎はわからないが、俺は帰るべくして帰るのだと納得していた。


「だからツキノ、あっちでもその存在を抹殺されようとしてるよね。そして、今のままこっちに来ても、そのうち世界からはじき出されると思うよ。いずれ選ばないといけない。ヘリオスとしての存在か、精霊王としての存在か」

ミミルの言いたいことも分かる。

それが世界のあり方だろう。

何らかのつながりがないものは、この世界自体が許さない。

異質なものが入れる以上、出す仕組みがあるのだろう。


俺はこの世界で生まれている。

でも、精霊の王としては生まれていない。

ヘリオスとして俺は認められているに過ぎない。

じゃあ、その存在を精霊王として確定したらどうなる?

ヘリオスとしての存在が消されるのではないだろうか?


ミミルの意見はどうだろう。

精霊女王の知識と記憶がミミルを形づくっている。

そのうえでの判断は信頼できるだろう。


「じゃあ、精霊王として存在したら、ヘリオスはどうなる?」

いつになく、ミミルは真剣に考えていた。


「たぶんだけど、ヘリオスは存在を失うかな。精霊王の存在が強すぎるからね」

ミミルの答えは想定通りだ。

では、逆はどうか。


「ヘリオスとして存在し、精霊王としてふるまえば問題はないかな?」

俺は落としどころを探る。


存在としてはヘリオス。

その寿命が尽きるまではヘリオスで過ごす。

そして、同時に精霊王としての役割、この世界の理を見守る存在であるならば、世界はそのくらいの時間は許容するかもしれない。


たかだか百年もない時間。

世界はそのくらいの寛容さがあると信じたかった。


しばらく考えたミミルは明るい笑顔になっていた。


「うん、それならひょっとすると問題ないかもね。ツキノはやっぱりえらいね」

あくまで、仮定の話だ。

でも、俺には妙な自信があった。

これで、ヘリオスとの約束が果たせる。


方針は決まった。

まだ、謎は残っているが、今までのことも整理できた。


後は歩き出すだけだ。


「後は任せてくれ、君もしっかり」

ヘリオスの手を取り、握手する。


お互いやることは決まっている。

ヘリオスの道は先が見えない道だ。

帰ってこれるように、その存在の一部は俺の中にしまっておこう。


魂を置き換えるときにそれが可能なはずだ。

ミミルを見ると、軽く頷いている。

俺の意図を正確に理解してくれている。

そんな表情だった。


じゃあミミル、引き上げの方の手伝いよろしくね。あと、お願いもちゃんとね。


俺は意識をこの場所に集中させ、自分自身を呼び続けた。

ミミルが俺の頭の上で、何かをしているがわからない。

でも、それが必要なことだと理解できる。


さあ、ここからだ。



***



「先生、大変です。月野さんの息がありません」

看護師は見回りの後、そこで息をしていない月野を発見していた。


「DNRだよね。本人の意思も取れている。身寄りもいない。これは死亡診断するよ」

駆けつけた主治医は月野の亡骸を前に、そう話していた。

「しかし、本当に安らかな顔で逝かれたんだね。おつかれさま。月野さん」


そうして、月野太陽はこの世界での存在を終えていた。

その最後には、見送る人もなく、時間の流れと共に、誰の記憶にも残らないように、その存在を消していった。



***



「今からヘリオスがたぶん死んだように見えるけど、焦っちゃだめだよ」

第九十九回正妻戦争の開始を告げた直後、ミミルが突然元気に飛び出してきた。

それも驚いたけど、その内容に驚いたわ。


何が起こっているの?

精霊たちは、皆一様に歓喜している。

え?

私だけが知らないの?


でも、シエルさんとテリアも知らないようだった。


何が起きているの?

私が聞く前に、ベリンダがミミルに近づいている。


「ミミル、まさか……」

ベリンダは震える声で、確認している。

心なしか、その手も震えているみたい。


「まあ、そのまさかだわ。でも安心して、精霊王としても復活するから」

得意げなミミルは、何を言っているのかわからない。


精霊王?

復活?

一体何が起こるというの?


「じゃあ、うまく融合したんだね」

ノルンは冷静に頷いている。

まるで今の状況を知っているかのように落ち着いているわね。


「いやー、最初の計画とは違うからうまくとは言えないよー。でも、ミミル的には結果オーライって感じかな?」

陽気なミミルの言い方では、いいのか悪いのかすら判断できない。


でも、少なくとも悪いことではなさそうね。

シルフィードとミヤが抱き合って喜んでいる。

あのミヤが、あれだけ喜ぶんだ。


ヘリオス様が帰ってくるんだわ。


何が起きてるかはしらない。

でも、その結果だけで私にとっては十分よ。



「まあ、待ってて、もうすぐ始まるからね」

私達は、横たわるヘリオス兄様の元の集まり、ヘリオス様の帰りを待っている。

誰一人、話はしない。

ただその姿を見逃すまいと、必死に見つめていた。



***



「じゃあ、そろそろはじめようか」

再び俺は、ヘリオスに向かって握手を求める。


ヘリオスは目をとじ、それに応じた。

ヘリオスが俺の中に流れ込んでくる。

そうして、俺たちの魂は再び一つに融合した。


今や俺はヘリオスであり、精霊女王でもあった。


じゃあ、もう行くよ。

ヴィーヌス姉さんを頼んだよ。


俺の中から飛び出た光。


もはや形を持たぬ存在に、俺はそう語りかけていた。

その存在は、数回揺らぐと明滅して消えて行く。

あてのない旅だ。


でも、俺はきっと出会えると思うことにした。

今のヘリオスなら、大丈夫だ。



よし。

俺は息を吐き、決意を胸に再び気合を入れていた。

そしてヘリオス体に戻っていく。

もはやなれたことだが、俺がこの世界に本当の意味で帰ってきたのは、この瞬間だろう。





あたりは厳かな雰囲気に包まれていた。

いつの間にか、そこにラー・ムウもやって来ている。

ノルンに注意され、その大きさは小鳥のようになっていた。

そして、皆その瞬間を待っていた。


最初ヘリオスの体に変化が起きていた。

体が一度小さくなり、そのあと元の大きさに戻っていた。

髪は長く伸びていった。


そしてその体に光が集まりだしていた。


その光と共に、すさまじい力がヘリオスに向けて集まっていく。

それは魔力マナであり、存在力であり、生命力でもあった。

その他にも、ありとあらゆる力を飲み込み、ヘリオスはゆっくりと起き上がっていた。



「やあ、みんな。ただいま。そして、心配かけてごめんよ」

髪は長くなっていたが、その他は大して変りない。

しっくりくる体は、まさしく俺の体だ。

体のあちこちを確かめて、俺は何となくおかしいことに気づいていた。


ミヤが飛びついてこない……。

全員がそこから動けずに固まっている。


どうしたんだ?

いつもと違う反応に、少し戸惑っていたが、何となく理由が分かった。

こちらに初めて来たときのことを思い出す。


「ああ、そうだったね」

力を垂れ流しにしていた。

反省した俺は、いつものように、体の中に俺を作り、その中で俺の力を循環させていた。


以前よりも圧倒的に多い力。

これが、完全復活した成果か……。

少し戸惑ってしまったけど、そのやり方にも慣れた。


「改めて、ただいま」

二度目を言うのは照れ臭い。

でも、そう言わないと動けないみたいだ。


「おかえりーヘリオス君」

シルフィードが一番先に抱きついていた。

それをきっかけにして、皆それぞれに俺に抱きつこうと殺到していた。

もみくちゃにされながらも、何とか一人ずつ挨拶できた。


「よもや、そういうことになるとはな。あらためて、挨拶しよう。王よ」

小鳥サイズのラー・ムウは俺の肩にとまっていた。


「まあ、よろしく」

小鳥フェニックスのラー・ムウに挨拶を返して、目の前に視線を向ける。


そこには、出遅れていたルナとテリアがいた。

両手をふさがれている俺は、ルナとテリアに目で無事を告げる。


「すみません。シエルさん。ちょっと待ってくださいって。ミヤもね」

左右から組みついて離れないシエルとミヤにいったん離れてくれるように説得する。


「ちょっと一人ずつお礼が言いたいので、順番にお願いします。それと、お礼は一人一人したいので、それ以外の人は、この部屋からいったん出てもらえますか?」

皆は平等に与えられた権利を確認すると、いったん引き下がっていた。

ミヤは最後まで離れなかったので、一番をミヤにした。


ミヤだけを寝室に残し、他の人たちは中央のリビングに集まってもらう。


「じゃあ、順番によぶから」

それだけ告げて、俺は扉を閉めていた。



「ミヤ、ありがとうね。僕との約束を守ってくれて」

指輪の発動をミヤに任せた。

たぶん、人の悪意と言うものに敏感なミヤが、それに一番早く気付くと考えたわけだが、それ以外の側面も期待していた。

でも、今はそれを確認できない。

今のミヤは相変わらずのミヤだ。


「ん」

それだけいうと、もう顔を俺にうめ続けている。


「さあ、ミヤ。そのかわいい顔を見せておくれ。そして、君が望むなら僕と契約をしよう」

ミヤはぱっと顔を上げる。

その顔には涙の後があったが、とてもうれしそうだった。


「汝ミヤ。我ヘリオスのもとに集う精霊となることを誓うか」

「誓います」

そうしてミヤは目を瞑った。

俺はその唇に口づけをした。


ミヤの幸せそうな顔を見ると、こっちまでうれしくなる。


そして精霊王の力を持つ俺と契約したことにより、圧倒的な力を得ていた。


「じゃあ、ミヤ。僕の中に」

ミヤはもう一度俺に抱きついてから、俺の中に入っていった。


よし。

部屋をでて、俺はシルフィードを呼ぶことにした。

シエルの残念そうな表情は、この際見なかったことにしよう。

今回のことで、シエルには大変世話になったけど、やはり最初は精霊たちにお礼が言いたい。


「どきどきするね」

シルフィードはいつになく、緊張しているようだった。

その顔はこれから起こることを知っているのかもしれない。


「シルフィード、護符をうまく使ってくれてありがとう」

まず、一番の危機を救ってくれたシルフィードに感謝していた。


「大丈夫だよ、ヘリオス君。……ヘリオス様?」

シルフィードは呼び方にこだわっているみたい。

やはり、精霊たちにとって、精霊女王は偉大な存在なんだろうな。

俺の中では、優しい存在であると同時に、ミミルが演じた残念な存在がかぶってしまって、どちらかと言うと、残念な人になってしまっている。


文句があるなら、ミミルに言ってね、精霊女王様。


「今までどおりでいいよ」

思考がそれたけど、今までどおりがいい。

と言うよりも、シルフィードが好きな方でいいんだけどね。


「じゃあ、わたしも契約」

シルフィードは待ち遠しいようで、両手を広げてまっていた。

その姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。

思えば、精霊たちの中で、一番俺を見てくれてたのは、シルフィードだ。

俺とヘリオス。

両方を守ってくれたシルフィード。

その存在に感謝した。


「汝シルフィード。我ヘリオスのもとに集う精霊となることを誓うか」

「誓います」

シルフィードもまた、目を瞑る。

笑顔でその唇に口づけをした。


シルフィードもまた、うれしそうにしている。

本当にありがたいことだ。

そして同じように圧倒的な力を得ていた。


「これからもよろしく、シルフィード。君も僕の中に」

シルフィードは俺の周りで踊りながら、俺の中に入って行った。



次にベリンダの番だ。

じっとこっちを見ているシエルの視線を避ける。

ごめん。シエル。


ベリンダを呼ぶと、シエルは力なく崩れていた。

本当にごめん。

心の中で手を合わし、扉を閉めた。



「ベリンダ。僕は精霊女王の記憶の一端を持っている。よく辛抱して計画を実行してくれたね。はじめとは違うようで申し訳ないのと、君の母さんを取り上げてしまったことを謝罪するよ」

精霊女王の選択だが、そこに関しては申し訳なかった。

でも、ベリンダは気付いていたのだろう。

その瞳は、そう告げている。


「いえ、王よ。わたしは王にお仕えします」

ベリンダはあくまでベリンダだった。

そんな姿に、俺は少し楽しくなっていた。


「では、ベリンダに告げる。心して聞くように」

そう前置きして告げる。


ベリンダは片膝をついて聞く体勢になっていた。

「汝ベリンダ。我ヘリオスのもとに集う精霊となることを誓うか」

「誓います」

そうしてベリンダは目を瞑った。

ベリンダを持ち上げ、その唇に口づけをする。


最初、ベリンダは何が起きたか理解できなかったのだろう。

目を大きく見開き、体は固くなっていた。


俺はやさしく、ベリンダを優しく包み込むように、口づけを続ける。

次第にベリンダも体の力が抜けていった。


「じゃあ、ベリンダ。僕の中に」

圧倒的な力を得たはずのベリンダは、ふらふらと俺の中に消えて行った。



扉を開けると、ノルンはすでに入り口に来ていた。


「次は当然ウチの番やね」


おかげでシエルを見なくすんだ。

相変わらず、そういう所がノルンのいいところだ。



「ありがとうノルン。本当に君にはいろいろ骨を折ってもらって助かった。ありがとう。君の加護もちゃんと僕とヘリオスに届いたよ。さりげない周りへの気配りはさすがかな」

さっきのことと合わせて、ノルンに感謝を告げる。


「まあ、気づいていると思ったけどな、もともとウチは知らず知らずに助けるのが好きなんや」

照れたノルンもまたかわいく思える。


「でも、マルスとの対峙はノルンの機転がなければ正直危なかったよ」

少しマルスの実力を読み違えていたことを認めないわけにはいかない。


「まあ、うちも温泉付の宿、失うわけにもいかんしね。それに、光の性質について教えてくれたんはあんたやで。ウチはそれを利用しただけや」

ノルンはまたも照れ隠しをしている。

憎まれ口も照れ隠しの一つ。

ちゃんと温泉を修理しないと。

あの首飾りは原理が分かったから、作り直せる。

いや、ノルンの為にももっといいものをつくろう。

でも、その前に確認は必要だ。


「ノルンには三つの道があるよ。一つは僕と契約すること。一つは上位精霊になること。そして最後は今のままでいること」

すべてノルンに任せよう。


「うん、契約する。うちもう、あんたなしでは無理やし、なんか温泉も前よりいいの作ってくれそうな雰囲気やし」

いきなりノルンは自ら口づけをしてきた。

俺が契約の言葉を告げてない以上、これは契約の口づけにはならない。


「汝ノルン。我ヘリオスのもとに集う精霊となることを誓うか」

「誓うで」

そして二度目の口づけを行う。


一斉に俺の中で抗議の声が上がっていた。

ノルンはそこに入って行くと、得意そうにしているようだった。



扉を開けた俺はそこに小鳥サイズのフェニックスが、自分の番といわんばかりに羽を広げているのを見つけた。


「……ラー・ムウ。僕は君に何かしてもらった?」

吸血鬼バンパイアの件は、ラー・ムウが自分でしたことだ。

だから、一応聞いてみた。


羽を広げたまま固まるフェニックスをよそに、俺はシエルを招く。


部屋の隅でいじけている姿をみると、本当に申し訳なかった。

喜んで俺に抱きつくシエル。


俺の視界に、小鳥フェニックスの姿がある。

やっぱりここに来てくれた以上、この子にも何か……。



「精霊王として、そなたにフレイの名を授ける。今後はフレイ・ラー・ムウと名乗るがいい」

上位精霊である以上、俺が契約で縛るのも問題だ。

しかし、俺とつながりを持ってもいいだろう。


「今度から僕は君のことはフレイと呼ぶよ」

抱きついているシエルを抱えながら、俺は扉を閉める。


歓喜の踊りなのだろう。

フレイは楽しそうに、踊っていた。





「シエルさんいろいろありがとうございました。そして精霊魔法を習得されているそうですね。師匠から聞きましたよ。おめでとうございます」

扉に入ったとたん、俺から離れたシエル。

俺の方を向いているものの、さっきからうつむいて黙っている。


どうしたんだろう?

何やら様子のおかしい。


「シエルさん? どうかしましたか?」

しゃがみこみ、シエルの顔を覗き込んだ。


シエルは泣いていた。


声を押し殺し、大粒の涙をたたえ、口を堅く結んで、シエルは泣いていた。


その瞬間、俺はシエルを初めていとおしいと感じていた。


もともと年上であるという意識が強かったため、感じなかった感情。

見た目はまだ、俺よりも年下に見えるシエル。

そう言えば、月野として歩んだ俺よりも年下だった。



そもそも、年上にはそれ相応の態度を求めてしまう事と、奇抜な言動が多かったため、ついつい距離感を持っていたのは事実だ。


しかし、途中からはともかくとして、最初の献身的な看護は俺も心を打たれている。

おもわず、シエルを抱きしめていた。


驚きで固まるシエルをそのまま抱きしめつづける。

しかし、自らも俺の背中に手を回し、顔を俺の胸に押し付けていた。

背中にまわした手で、頭をなでると、気持ちよさそうに体をくねらせていた。


「ああ……」

蕩けるような声。

それまで押し当てていた頭をゆるめ、シエルは俺の顔を見上げていた。


シエルの瞳はうるみ、その瞳に俺が映る。


「……」

しばらく無言で見つめあった後、シエルはおもむろに目を瞑った。


俺の中で激しく抗議する声が聞こえた。

今にも出てきそうな雰囲気に、少し冷静になる。


シエルの額に優しく口付けをする。

ただ、それだけでシエルは意識を失っていた。


いきなり倒れたシエルを何とか支えた俺は、そのまま両腕で抱えて、部屋を出ていた。

ルナとテリアが唖然とする中、ソファーにシエルを横たえて、その体に毛布を掛ける。

その顔は、なんだか幸せそうだ。


なんだろう、なんだか本当に大切に思えてきた。

シエルの寝顔を見て、思わず笑みがこぼれる。


「ヘリオス様……?」

背中から、ルナが心配そうにのぞきこんでいる。


「大丈夫、気を失っただけだよ」

立ち上がり、ルナの頭に手をやって、俺はそう答えていた。


「じゃあ、次はルナにしようか」

そのままルナの手を引いて、部屋に入ろうとした。


「いいえ、ヘリオス様。私は最後でお願いします。いろいろとお渡しするものもありますので」

ルナはいつの間にか来ていたデルバー先生の方を向いていた。


「先生。この封印を解いていただきたいのです」

ルナは2つの魔法の袋を差し出していた。


それを見たデルバー先生は、小さく頷く。

そして簡単に、守りの呪法を解除していた。


「では、ヘリオス様。テリアをお願いします」

ルナはテリアを前に押し出している。

照れるテリアはどうしていいかわからないようだった。



「じゃあ、テリアいこうか」

テリアの手を取り、部屋に入って行った。

扉を閉めるときに、見えたルナ。


無理をしているのだろう。


二つの袋を抱えたルナはさびしそうだった。





「テリア、ずいぶん精霊と仲良くなったみたいだね。みんなから聞いたよ」

テリアの成長は今も精霊たちが告げてくれている。

俺の中で、精霊たちは思い思いの話をしてくれていた。

全員いっぺんに話すから、大変だったけど、なぜか理解できていた。


「この分だと、君にもパートナーとなる精霊との出会いも、もうすぐだろうね」

テリアの頭をなでる。

いい精霊使いと、精霊との関係になれるように。

そう願いを込めていた。


「えへへ」

テリアはくすぐったそうに笑っている。


「あと、いろいろと迷惑をかけてごめんよ。シエルさんにも付き合ってくれてありがとね」

その言葉を聞いて、テリアは顔を真っ赤にして後ずさった。


「こここ、こちらこそなの」

なぜか動揺するテリア。

その理由はわからないが、まあいいか。



「テリアにはお礼をしなきゃならないね。なにがいいかな?」

一瞬迷ったテリアは、決意をもって俺に告げていた。


「背中……。背中を見せてほしいの」

テリアはそう告げていた。

恥ずかしさを押し殺して、自分の意見をしっかりと言えている。


「背中?」

府不思議な願い。

なんで背中なんだろう?


でもそれを望む以上、しゃがんでテリアに背中を向けていた。

そのとき、背中にテリアの顔が当たる感覚があった。


ああ、そうか……。


突然俺は理解した。

後ろに手を回し、テリアの太もものあたりを支えにして、立ち上がる。


おんぶしてほしかったんだ。


テリアにはこういう記憶が少ないのかもしれない。

これまでのテリアの境遇を思っていた。


暫らくそのままでいると、テリアの小さな寝息が聞こえてきた。


「空……。風……。海……。山……。光……。風……。飛んでる……。飛んでるの」

一体どんな夢を見ているのだろう。

顔が分からないが、楽しい夢だといいのだが……。

寝言からすると、飛んでいるのだろうか。


自由に、自分の意志で羽ばたけるように。

それはテリアの本当の願いかもしれない。


「これから、僕が支えていくよ」

安らかな寝息を聞きながら、新たにそう誓っていた。


すっかり寝てしまったテリアを起こすのも忍びなかったので、そのまま部屋を出ていく。

待っていたルナは、もう驚きはしなかった。

目を細め、うれしそうにするルナは、いったい何を思っているのか。


ルナに手伝ってもらって、もう一つのソファーにテリアを寝かせつつ、その顔をみる。


君で最後だ、ルナ。


無言でルナを見つめる。


小さく頷くルナは、俺をまっすぐに見ていた。

その目にはゆるぎない意志が感じられた。


ミミルから自分たちのことを聞いた二人は、それぞれの道に進むことを再確認していた。

そして、精霊女王の存在と融合した月野は、新たにヘリオスとして、精霊王として生きることを決意していた。

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