精霊たち4
部屋に連れてこられたヘリオスは、雨に打たれ続けて体温が低下していました。精霊たちはなすすべもなく・・・そのときあらわれたのは。
「どう、ヘリオス君の状態は」
人の体のことをよく知らない私たちにとって、唯一頼りになるのは、テリアだけ。
だから、ついそう聞いてしまう。
「わからないの。こういうの、わからないの」
けど、テリアはどうしていいかわからないみたい。
半分混乱状態になりながら、何とか部屋を暖めていた。
そして、ヘリオス君の体を温かいお湯で拭いていた。
けど、ヘリオス君の体は冷たいままで、もどらない。
血はもう止まってる。
でも、体のぬくもりが消えている。
あの、ヘリオス君の暖かさがない。
私達にとって、それは不安でしかない……。
「どうしよう」
ミヤがヘリオス君に抱きついても、私たちの体はかりそめのもの……。
ヘリオス君に何もしてあげることはできないの……?
「よし、温泉だ。冷えた体には温泉が一番。ベリンダ! 温泉、よろしく!」
ノルンの声は、期待にあふれている。
こんな時でも、前向きな彼女が少し羨ましかった。
「いや、そんなことに力は使えない。ヘリオスの帰りが確定していない以上、あなた達みたいにやすやすと使えない。温泉なら、お湯を沸かせばいい」
ベリンダは精霊の力を使うことを拒否していた。
確かに、ヘリオス君が残してくれた魔道具は限りがある。
でも、あなた達みたいにっていうのは、どうかな。
私、そんなに使ってないし。
私達の間に、微妙な空気が漂っていた。
「ちょっとまつ!」
その時、扉を勢いよく開けたその人は、いきなりベリンダとノルンは頭をはたいていた。
「いったーい」
ベリンダとノルンはいきなり襲ってきた痛みのもとを涙目で振り返る。
そこには仁王立ちしたシエルがいた。
その後ろにはなんだか疲れた感じのデルバー学長もいる。
「んじゃ、わし、かえってもいいかの……」
遠慮がちに、シエルに聞いている。
なんだか、変な感じ。
「ん、その前に、私の認証。でないと、毎回……」
シエルの目は、デルバー学長を脅しているみたいだわ。
一体何があったのかしら。
デルバー学長は、おとなしくいう事を聞いている。
「んー。ヘリオスに何と言おうかの……」
それだけ呟くと、そのまま帰って行った。
それを見届けたシエルは、私たちを前にして、勝ち誇ったように宣言してきた。
「冷えた体は、ひと肌で温める。これ常識」
そう言うが早いか、一糸まとわぬ姿になるシエル。
そのまま寝ているヘリオス君に飛びつき、ヘリオス君の服を脱がす。
そして、前から抱きついていた。
「そこの、うしろから」
唖然とする私たちを無視して、いきなりテリアを指さした。
有無を言わさぬ迫力で同じことをするように指示している。
その迫力に、テリアは何も考えれないようだった。
恥ずかしがったテリアも、覚悟を決めて抱きついていた。
「役得」
幸せそうに、シエルはヘリオス君に抱きついている。
テリアは恥ずかしそうに抱きついているが、嫌な感じじゃないみたい。
悔しい……。
そして、羨ましい。
そう思うと、もう止まらない。
「あれは、抱きついているというよりも、しがみついているって感じだね」
冷めた目で見てしまう。
それが、始まりの合図。
ノルンがシエルの体型を残念がると、シエルがそれに応酬する。
ミヤがぼそりと悪口をいうと、シエルは優位さをアピールしてきた。
いつしかベリンダも参戦し、みんなはシエル相手に散々悪口を言い続けている。
「ここに精霊戦争開始を宣言する」
一人でも、シエルは負けていなかった。
ヘリオス君のそばにいると言う強みかしら。
それにしても、シエルってこんなに話すんだ。
なんだか乗り遅れてしまった感じで、その姿に驚いていた。
互いに悪口を言い合っている。
興奮で、シエルの体は熱くなっているみたい。
それにつれて、ヘリオス君の体に変化が起きていた。
「ヘリオス様、だんだんあったかくなってきたの」
テリアはヘリオス君の背中に守られているようで、幸せそうに、そう告げていた。
「んー」
なんだか、とってもくやしい!
もう、こうなったら私も参加しよう。
どんどん言い合って、ヘリオス君をあっためるんだ。
私たちと、シエルの言い争いはまだまだ終わらない。
***
「ふむ、これは救命治療の指輪じゃの」
テリアから、とりあえずヘリオスの状態は落ち着いたとの知らせを受けてやって来た。
今の状況はともかく、ヘリオスは安泰のようじゃの……。
あらためて精霊たちから事情を聴き、何が起こったのか理解した。
マルスめ、もはや完全に……。
本人の意識がない以上、ヘリオスの目からは情報は得られない。
だが、、おそらくヴォルフが動いたのじゃろう。
ヴィルトシュヴァインはオーブ領じゃから奴しかおるまい。
王都にヴォルフがいるとなると、色々マルスに知られておるかも知れんな……。
まあ、今は気に病んでも仕方がないの。
ただ、ヘリオスのことは一応気を付けておくかの。
救命治療の指輪のことは、たぶん気づかれてはいないと思うがの……。
今は、言うまい。
ここなら奴も手出しできん。
少しくらい穏やかな時間があってもよいじゃろう。
精霊たちは必死だったに違いないからの。
ああ、そうじゃ。
そう言えば、ミヤの疑問にも答えておこうかの。
「大方お前さんの声に反応するようにしておいたのじゃろ、『たすけて』じゃろ。ヘリオスに何かいわれなんだかの?」
まったく仕込みのいい男じゃわい。
いずれマルスの手が伸びると思っておったのじゃろう。
そして、この状況を利用して、ミヤに声に出すということの重要さを認識させよった。
まさか、ミヤがこのわしに聞いてくるとはの……。
己の危機すら利用するか……。
その目は何を見ておるのか……。
それとも、精霊女王の影響かの?
まあ、どちらでもよいかの。
いずれ、あ奴の口からじかに聞こうかの。
そのためにも、この者たちには頑張ってもらおう。
仕方がない。
あ奴が直接は言いにくいことを、私が代わりに話しておいてやるかの。
「あの男はの、お前さんたちをとても信用しておる。お前さんたちにヘリオスを任せたのじゃろ。シルフィードに託した護符もミヤに託した指輪もお前さんたちがヘリオスのそばでヘリオスを守っておらんかったら、何の役にも立たんしの。自分が何もできなくなったとき、お前さんたちを全面的に信頼して任せたのじゃよ。己の体でもある、このヘリオスをの」
精霊女王の影響があるにしても、それを選んだのは間違いなくあ奴じゃ。
ただ、首飾りが壊されることはさすがに想像しておらんじゃろうな……。
「んー、ヘリオス君最高!」
シルフィードは感激を体全体で表現しておる。
今は取り込み中じゃからしていないが、本来なら駆け回っておるんじゃろうな。
「ヘリオス」
ミヤは陶酔しておる。
こやつはもうヘリオスなしではだめじゃの。
「さすがです」
ベリンダは賞賛しておる。
ひょっとすると、この者はヘリオスの力を一番理解しておるかもしれんの。
「うんうん」
ノルンは満足しておる。
しかし、この者はあくまで自由じゃの。
上位精霊になり損ねた精霊。
しかし、今が幸せという顔しておる。
この者が与えた加護は、この世界では特別な意味を持つのじゃが……。
今のノルンはただの精霊に思えるの。
しかし、もう限界じゃ。
この状況は何なんじゃ。
気にすまいと思っておったが、さっきからうろうろしているシエルが気になってしょうがないわい。
精霊たちは、ヘリオスのそばでくつろいでおる。
ヘリオスをベッドに寝かせて、左右にシルフィードとベリンダ。
ミヤは膝枕をして、ノルンはヘリオスの上でごろごろしておる。
「なんなんじゃ? この状態は……」
聞くまいと思っておったが、わしの好奇心が、それを許してはくれないわの。
「正妻戦争なの」
鼻息荒く、テリアが説明する。
それは説明になっておらん。
この状況がなんなのかを聞いておるんじゃ。
「……なんじゃそれは?」
もう一度問い直す。
まずは、その状況になったわけが知りたいんじゃ。
「テリアよ、それではわからんわい。順番に説明せんか」
順を追っても分からんかもしれんが、とにかく聞こう。
テリアの説明は簡単じゃった。
最初、シエルがヘリオスの冷えた体を暖めるために、おこなっていたことは精霊たちも容認していた。
それはそうじゃな。
それが一番じゃろう。
しかし、シエルは温まった後も、定期的にそのベッドに全裸で突入していた。
見かねた精霊たちが、力づくでシエルを追い出しベッドを占拠した。
負けじとシエルもヘリオスに抱きつく。
一触即発の状況の中、見かねたノルンがヘリオス考案の――じゃんけん――という決闘方法を用いて勝負をすることになった。
これで、半日ごとにヘリオスとベッドの占有権をかけた争いが起こっているとのことだった。
なるほど、どうでもいいことじゃったか……。
予想していたこととはいえ、お主たちはヘリオスで何をしておる……。
そんなわしの考えを切り裂くように、突然、ルナが話に参加してきた。
「それなら私もそれに参加します。今まで黙って見ていましたが、そういう事なら見過ごせません」
今までおとなしかったのが不思議じゃったが、状況理解に努めておったのか……。
今後何か起こった時のために、ルナを迎えにいったのじゃが……。
わし、はやまったのかの……。
最初ヘリオスの状態を告げた時のルナは、もうおらんの。
まさに、迫る勢いを見せて、わしを無理やり転移させたルナは、健在じゃ。
「さあ、あなたたちここは私の専門です。少しどいてください」
ルナの全身から立ち上る気迫に、精霊たちはその場を譲っておる。
毛布をどけたルナは、回復魔法をかけて、ヘリオスの状態をくまなく探っておった。
さすがは聖女とたたえられたこともある。
ヘリオスの顔色が一段と良くなっておるの。
これなら、体の方は安心じゃ。
しかし、その意識までは覚ませまい……。
それは回復魔法でも治らぬものじゃ。
自らの心を閉ざしたものに、外側から何をしても難しい。
開くには、内側からの力が必要じゃの。
安堵のため息をはくと、ルナはそのままヘリオスの横に抱きつき、毛布をかぶりだしおった。
「ちょっと!」
すかさず、ベリンダが抗議の声を上げておる。
まあ、今は精霊たちの番なのじゃろう。
抗議はもっともなものじゃな。
「さわがない。今は治療中です」
毛布から顔だけ出して、ルナは宣言している。
たまに、回復魔法をとなえていたが、それはもういいじゃろう……。
誰の目にも明らかな偽装。
やってる本人は真剣なのかもしれないがの。
「時間終了。ルナ様はこちら側」
何かを閃いたかのように、シエルが高らかに宣言しておる。
「これから第11回正妻戦争をはじめる」
シエルがそう宣言すると、やむなくルナも出てきおった。
その言葉には、弱いのかの……。
示し合わせたかのように、精霊と人間がヘリオスを挟んで対峙しておる。
精霊対人間の添い寝争い。
いつのまにかテリアもやる気十分な顔つきになっておる。
「やれやれじゃの。まあ、これでヘリオスの守りは万全かの」
それはそれでいいのじゃが……。
そんなにやっておったのかの……。
まだまだ続く気配のあるその争いは、あ奴が目覚めるまで繰り返すのじゃろう。
「さて、今頃どうしておるのかの、ヘリオスよ。おぬしをみんな待っとるぞ」
覗き込んだヘリオスの顔は、抜け殻じゃった。
意識がないと言うのもあるが、心を閉ざしておる。
もう自力では立ち直れんじゃろう。
「ミミルや、すべておぬしに任せたぞ」
今は信じるしかない。
わしらしくないが、たまにはよかろう。
そうじゃろ? ヘリオスよ。
正妻戦争の行方はいかに。




