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新しい関係

ヘリオス=フォン=ノイモーントとなったヘリオスは今までとは違うようになっていくことに、戸惑いを覚えていきます。そんな中、カールからはパーティを解散するとの話が出てきました・・・・。

「どうじゃ? 理解できたかの。色々と変わっておるが、じきになじむじゃろ」

目の前で笑うデルバー学長の揺れるひげ、それ以上に私の心は揺れていた。


いつも通り、目覚めた後はいろいろな状況が変化していた。

それ自体は今までと変わらない。


彼はうまくやってくれた。

選手交代か……。

私を認めてくれてたんだ。

うれしさが、私の心を満たしてくれる。

でも、この変化は劇的過ぎた。


まず、私がモーント辺境伯の息子から、ノイモーント伯爵になっていたこと。

私が伯爵?

辺境伯の息子とはいえ、三男の私が爵位を持つことなど考えてもみなかった。

しかし、これは私の力じゃない。

全てはデルバー学長がしてくれたことだ。


そして、ルナが死亡したことになっていた。

そのそっくりなルナを自分がオーブ子爵の養女に推薦したらしい。

出るときに挨拶してきたルナは、確かに今までと雰囲気が違っている。

完全に他人を演じている。

一応、兄と呼んでいるが、今までのルナとは別人に思えた。


そして、ノイン伯爵から助け出した少女の一人、テリアが精霊魔法使いとして一緒に暮らしていること。

なんでも、エルフの精霊使いが指導しているということだ。


これだけでも驚きだったが、私がノイン伯爵領で発生した大量の吸血鬼バンパイアを召喚魔法で焼き尽くしたという報告が出来上がっていた。

しかも、ノイン伯爵は真祖ではなく、吸血鬼バンパイアの犠牲者の一人となっていた。


「さすがは、メルクーアの息子じゃわい」

デルバー学長は、最後にわざとらしくそうつけていた。


そう言った説明を受けても、今の自分の状況をまだ受け止めきれずにいた。

あれから数日たっていたが、私はまだ、自分の環境の変化に戸惑っていた。


なにより私の環境を変えたのは、私の行動のすべてが、学士院アカデミーの指示となっていたことだ。


今回の討伐は学院からの正式な依頼ということになっていた。

しかもそれを単独で成し遂げた私の勇名は、とどまることを知らなかった。


あの日以来、私の生活は一変している。

連日多くの人に、その武勇譚をせがまれていた。

そのすべてを、あいまいな返事でやり過ごしている。


さらに数日がたったある日、私はカールから驚くべきことを告げられていた。



***



「エーデルバイツを解散するって?」

思わず身を乗り出して聞いていた。


珍しく、エーデルバイツの部屋に呼び出された。

それ自体は良かった。

久しぶりに飲むカールの紅茶は格別だった。

でも、そんな重大なことを一方的に切り出されたら、そうも言いたくなる。

しかし、よく考えてみれば、私は関係者じゃなくなっている。

大声を出した自分を反省した。


「いきなりなぜ?」

席に座り直し、声を落としてその真意を尋ねていた。


「いや、そろそろ君と冒険に出かけたくてね」

カールは、考えるカールの姿勢でそう切り出していた。


「聞けば、最大6人まで組めるそうじゃないか。盲点だったよ。この僕と君、そしてフロイライン・ユノ、フロイライン・ルナ、そしてカルツ先輩とメレナ先輩の6人でどうだい」

両手を広げて目を瞑っている。

それは感想を聞く姿勢なのかどうかは別として、その提案には興味があった。

なるほど、だから解散というわけだ。


「確かにそれはすごそうだけど、いきなりどうしてそんな話になったんだい?」

カールの発想だろうか?

素直にそう聞いていた。


「これはびっくりだね。おそらくこれは君の意図したことだと思ったよ」

本当に驚いた顔をしているが、それ以上は何も言わなかった。


そうか、これにも関与しているのか……。

一体どれだけのことをしてるんだろう。

その頭をのぞきたくなってきた。


カールの説明は実に簡単だった。


ユノへの配慮。

ユノはジュアン王家の三女だが、れっきとした王位継承権を持っている。

それを他国の辺境伯の三男とのうわさになれば由々しき問題だった。

しかもそれを肯定するような発言がカールの方からあったということで、学士院アカデミーとしては臨時の対応を取ることになった。

そしてそれを私が頼んでいたらしい。


「エーデルバイツもモーント辺境伯の娘、フロイライン・ルナがなくなって二人になったらますます都合が悪くなる。そうならないようにオーブ伯フロイライン・ルナを加えた6人でということか」

たぶん思惑通りに進んでいるのだろう。


しかもこれなら、私がルナと行動しても、誰も文句が言えない。

潜在的な脅威はまだ残っているとのことだったので、ルナとの行動は不可欠らしい。


「ここまで予見して行動するなんて」

私の小さな呟きを、不思議そうな顔でカールは見ていた。


「なんでもないよ、ただ格の違いっていうのかな……。それを思い知っただけだよ」

もう笑うしかない。

自分のいないところで、着実にその効果は発揮されている。


どんな気分なんだろう?

あの時、最後まで見れない不満と言ってたが、何処に不満があるというのだ。

失敗していないんだから、それでいいじゃないか。


「ところで、肝心のルナとユノはどうしてるんだい」

また、思考が悪い方に向いている……。

私は自分の意識をほかに向けることにした。


前は、それで失敗したんだ。

劣っていることは認めたじゃないか。

私は、私だ。

あきらめずに追いかければいい。


「ああ、それならさっき、君のところの居候と一緒に王都の方に向かってたよ。買い物か何かじゃないかな?それより、君も飲むだろ」

それ以上は知らないという態度で、紅茶のおかわりをいれるために立ち上がっていた。


「まあ、それならいいか。」

ユノはもちろんだが、テリアの存在は大きい。


テリアはここに来て、初めて精霊と正式に対話していたようだった。

エルフの師匠に指導してもらっているようで、最近ますます上達しているらしい。

時折首飾りに住んでいる精霊たちが人化して、私にそう告げていた。


あれから、風の精霊シルフィードとはよく話すようになった。

光の精霊ノルンはたまに話す程度。

水の精霊ベリンダとはめったに話さない。

闇精霊のミヤは姿を見たことすらない。


和解したものの、精霊たちと話せない自分がやはり悔しかった。

なぜか、ルナが精霊たちと話しているようなので、それが余計に焦りを生む。

ミミルの指輪の影響なのだろう。

幼いころからルナとはすれ違ってばかりいた。

それでも、ヴィーヌス姉さまからお願いされている。

だから、ルナにミミルの指輪をあげようと思った。


私がそばにいることができないかもしれないから。

でも、こうしてそばにいるのであれば、やはりヴィーヌス姉さまにあげたかった。

私の一番大事な人は、ヴィーヌス姉さましかいない。


いや、でも、これでいいんだ。

ルナに贈らずに、ヴィーヌス姉さまに届けた場合、私はたぶん怒られる。

ヴィーヌス姉さまは私の選択をほめてくれるに違いない。


彼がルナに渡したのだろう。

はめている指が何を意味しているのかは分からないが、大した意味はないだろう。

そう言えば、右の不似合いな指輪もなくなっていた。


私が説明を受けていないところで、いろんなことが解決されているのかもしれない。

それも、彼が行ったか、関与したのだろう。

ますます、私との力の差を思い知らされる。


まあ、私は自分のすべきことをしていこう。


そう決めたんだ。

今、私が一番情熱をつぎ込めて、彼に勝てるとしたら……。

それは魔道具作成しかない。


私には、物事を洞察する力はない。

人の心を思うこともできない。

魔法でも、たぶんかなわない。


彼は、真祖を消滅させている。

あれだけの魔法を繰り出しても、決して滅びなかった存在が、消滅していた。


デルバー学長に尋ねても、見えないからわからないとのことだった。

そう言えば、その時初めて知って驚いたのは、私の周りに攻勢防壁が張られているということだ。


魔法的な監視に対して、反撃を行う仕組み。

私が意識しなくても、私の魔力マナを消費し続けて展開しているこの魔法は、魔道具を介して発動されているとのことだった。

今のところ、魔道具作成でも劣っている。

しかし、たぶんこの分野なら、私は彼に勝てる気がしている。


今も彼が作った指輪、腕輪や腰鎖といった様々な魔道具を身に着けている。

学長から、そうするように言われたからでもあるけど、その出来があまりによかったためでもある。


そして、その良さがわかるということは、私もそれを作れる可能性があることを示している。


ただ、難しいのは、信仰系魔法の指輪だが、これはルナに込めてもらえばいいはずだ。

彼の作った魔道具には、ルナに込めてもらったと思われる回復魔法の指輪もあった。


鑑定して初めてわかるもう一人の自分の実力に、負けないように挑戦し続ける。


特にデルバー学長から、大量に魔道具を作るように課題が出されていた。


「まずは最高のものをできるだけ多く作ることじゃ」

デルバー学長の言うことだ、信じてやってみよう。


「いつかきっとこえてみせるよ」

カールのいれてくれた紅茶を飲みながらの小さな呟き。

それがまた、私の挑戦の合図となっていた。



***



「やあ、ヘリオス。ちょうどよかったよ。みんなを集めてくれるかい。場所は僕らの部屋でいいだろう、ある程度準備してくるようにね」

カルツ先輩は私に声をかけたあと、足早にその方に向かっている。

私にその役目を押し付けたようで、その足取りは軽そうだった。


図書館に向かう途中だったのに……。


そうしてみんなを探すことになってしまった。

しかも、すぐ出発もあり得る口調。

いや、そうに違いない。

なにか急なことが起きたのだろうか。


知らないことを説明する身にもなって欲しい。

そんなやり方はあなた達だけだと学んでほしいものだ。


結局1時間かけて、全員を集めることに成功した。

準備もかねて、よく集まったものだと思う。


ルナが手伝ってくれて本当に助かった。

ユノへの説得が一番大変だったから。


全員が魔法的に通信できればいいのだけど、それはできない相談だった。





「パーティ名がない」

苦労して集めたのに、そんなことだったのか?

思わずカルツ先輩をにらんでいた。



「モルゲンレーテ」

そんな私を無視して、ルナが強硬に主張していた。

誰も反対も、疑問も言わない。

示し合わせたように、すんなりとその案に収まっていた。


そして、カルツ先輩は高らかに宣言をする。

明らかに、パーティ名を意識しての行動だ。

部屋の中だから、そんな大声出さなくてもいいだろうに……。


「では、栄えあるモルゲンレーテの最初の仕事をお知らせします。このパーティは基本的に野外活動をメインとするようになりました。そして最初の目的地は、オーブ領で最近発見された古代遺跡です。なお、オーブ領まではデルバー学長が送ってくださるとのことです」

そう言ってカルツ先輩は、一応の質問を受け付けていた。

大まかな役割はすぐに決まっていた。


聖騎士パラディンのカルツ先輩

聖騎士パラディンのカール

修道士モンクのメレナ先輩

この三名が前衛として機能することになる。


古代語魔術師のユノ

治癒術師のルナ

古代語魔術師のヘリオス

この三名が後衛として援護することになる。


このそうそうたるメンバーをカルツ先輩が率いていた。

質問と確認が終わり、全員で学長室へ向かう。


学長室で、改めて皆を前にしたデルバー学長は、満足そうに頷いていた。


「よくきたの。さっそくオーブ領にいくが、まずは子爵に挨拶じゃ。そこで長旅の疲れをいやしてからの探索になるかの。必要なものは、そこで手に入れるがよかろう」

意味ありげに笑っている。


それにしても、長旅って……。

送ってくれるなら、一瞬じゃないのか?

デルバー学長の考えていることが分からない。


「ルナにとってははじめての里帰りとなるわけじゃし、まあのんびりとしてくるがよいかの、ただし、お主にとっても初めて出会う者たちじゃ、しっかりと挨拶するがよい」

ルナの肩をたたきながら、私の顔を見ている。


ルナに言いたいことはわかる。

しかし、私に対しては何だというのだろう。

全く何を意図しているのかわからなかった。


この探索は目的ではない。

そう告げているのだけは、かろうじてわかる。

でも、それ以外が分からない。



「では、先生。そろそろ行こうかと思います。よろしくお願いします。向こうも、もう出発したころだと思いますので」

カルツ先輩何か知っているのかもしれないが、もともと多くを語らない人だ。

デルバー学長への信頼が大きいのかもしれない。

それでも何か教えてほしいことだってある。



「ふむ、本来ならば、こんな楽はさせんのだが、今回は特別じゃよ。のうヘリオスよ、時間は有意義にの」

デルバー学長は、そこを強調して言っていた。

これは私の為なのか?

しかも、この時間を生んだような言い方。


何のことかわからない。

だから、あいまいな笑みを浮かべていた。


軍団移送コアトランスポート


デルバー学長の魔法が発動し、モルゲンレーテの6人だけが、オーブ子爵の屋敷前に転送されていた。



***



「ここであってるのかな……」

カルツ先輩は自分の不安を誰かに解消してほしいようだった。

しかし、この中のだれもが、ここに来たのは初めてだ。

お互いの顔を見合していると、私の耳に懐かしい声が聞こえてきた。

その瞬間、今までの不安が吹き飛んでいた。


「ヴィーヌス姉さま!」

思わず駆け出していた。


屋敷の敷地の境界で、久しぶりのヴィーヌス姉さまに感動した。

危うく涙がこぼれそうになる。

いろいろ話を聞いてもらいたかった。



「あらあら、ヘリオス。子供みたいね」

そう言って笑うヴィーヌス姉さまは、私を安心させてくれる笑顔を見せてくれていた。


「お姉さま、私はもう子供ではありません」

しかし、いつまでも子ども扱いをしてもらっても困る。

ここは、精一杯苦情を言ってみた。


「お兄様、そういうところが子供といわれるのです」

後ろから来たルナは、私とヴィーヌス姉さまの会話に笑いながら参加してきた。


私の心にちくりと嫌悪感が走る。

今は、お姉さまを独占したい気分なのに……。


ルナの顔をじっと見ていたヴィーヌス姉さまは、頭を横に振って、静かに話しかけていた。


「はじめまして、ルナ。私があなたの義母ははになったヴィーヌスです」

悲しそうに挨拶をする姉さまを見て、事情を知っているのだと確信した。


ルナは、一瞬にして、笑顔を無くしていた。

そして、真顔になると、改めて挨拶を返していた。


「申し訳ございません、私はルナ様ではありませんのに……」

このやり取りは必ず行わなければならない。

そうデルバー学長にも言われていた。

しかし、懐かしさがルナの判断を狂わしていたのだろう。


「そうですね。あなたはあなたです。死んだルナではありません。あえて、そのふりをしてもらわなくてもいいですよ。これからは新しい関係でお付き合いをしていきましょう」

ヴィーヌス姉さまは、先ほどのやり取りをルナの演技として流していた。


「はい」

ルナはそれしか言えないだろう。


ルナの失態も含めて、これからやって行こうというヴィーヌス姉さまの姿勢は、ルナにはありがたいはずだ。

しかし、少しさびしい気分でもあるのだろう、それっきり黙っている。


「皆様、立ち話もなんです。屋敷でくつろいでください。皆様のお客様もすでにお待ちですので」

客とはいったい誰だろう?


デルバー学長は何も言ってなかった。

一体だれが、なんのために?

質問しようとおもったが、カルツ先輩の言葉にさえぎられていた。


「ありがとうございます。ですが、まずはリライノート子爵にご挨拶がしたいのですが、ご在宅ですか?」

礼儀正しくヴィーヌス姉さまに礼をしたカルツ先輩だが、普通の三倍は遠くから挨拶している。

それは、なんだかおかしな光景だったが、事情を知る私だけが、その面白さを笑えていた。

女性恐怖症の先輩には、ヴィーヌス姉さまは美しすぎるのだろう。


「子爵はいま、所用で留守にしておりますが、じきに戻ると思います。それまではおくつろぎください。また、お客人は首を長くしてお待ちですから」

カルツ先輩のことは気にせず、なぜかお姉さまは私を見て笑っている。

私の客と言う事だろうか?



「カルツ先輩。ここにいるのも失礼ですので、いったん中に入りましょう」

その笑みが何を示すのかは全く分からない。

でも、ここに居続けるわけにはいかない。


「そうだね、ではヴィーヌス様。よろしくお願いします」

カルツ先輩はそう言いながらも、さらに半歩下がっていた。


「先輩、変わらないですね」

カルツ先輩の愉快な行動はともかく、その提案に同意していた。

それほど、ヴィーヌス姉さまの笑顔はとても美しかった。


「天女と言うものを聞いたことがある。まさしくあの方にこそふさわしい」

私にだけ聞こえるように、カールがすれ違いざまに話してきた。

その様子は至ってまともであり、いつものカールではなかった。


さすがは姉さまだ。

さしものカールも、ヴィーヌス姉さまの前では、普段のようにはいかないようだった。



部屋の前でドアノブに手をかけたヴィーヌス姉さまは、一瞬止まり、なぜか私にドアを開けるように指示していた。


ドアに手をかけ、開けようとしたとき、私も何かよからぬものを感じていた。


「なにかいる……」

ただならぬ気配に身の危険を感じていた。


ふとヴィーヌス姉さまを見たが、視線をそらされていた。


姉さま!?


そんなことは一度もされたことがない私は、困惑のなかにいた。

このままドアを開けるべきか否か。


しばらく逡巡した後、カールに開けてもらうことにした。


「ごめん、カール。代わりにこのドアをあけてくれないかい?」

この扉の向こうから、漂う気配は尋常ではなかった。



「ああ、君の頼みだ。頼まれよう」

カールは何のためらいもなく、そのドアを開けていた。


カールの背中越しに部屋の中を見渡したが、特に何もない。

ごく普通の豪華な応接室だ。

しかも先ほどまでの禍々しい気配は消えている。

カールは気にせず中に進んでいく。


「あれ?」

思わずそう声に出していた。

何かが動く気配がして、ふと視線を下に下げた。


「ちがう……」

いつの間にかやって来ていた小さな女の子が、そう言って私のそばから離れていく。

いつのまにやってきていたのだろう?

部屋の中央に視線を向けていたので、その存在に気が付かなかった。



「なに?どうしたの?」

もはや何が何だかわからなかった。


その場で立ち尽くす私を残し、他の人は次々と部屋に入って行った。


カルツ先輩とメレナ先輩は、部屋の壁側にいた二人に気づき、近づいていく。

客人と言うのはこの二人の事だろう。


一人はさっきの小さな女の子。

もう一人はカルツ先輩よりも大柄な戦士。

その背には、通常よりも大きい大剣があった。


その存在感は圧倒的だ。

幼いころに見たお父様のような力強さを感じる。


「お久しぶりです。バーンさん。シエルさん」

カルツ先輩はそう言って二人に挨拶をしていた。

大柄な戦士はバーンさんというのか。

少女の方はシエルさん。

妙な取り合わせの二人だと思った。


「ああ、久しいなカルツ。メレナも。相変わらずだな、おまえら」

バーンさんは笑顔でカルツ先輩の肩をたたいている。

痛いだろうけど、カルツ先輩は何も言わない。


「メレナも、元気そう」

シエルさんもメレナ先輩に短くそう言っていた。

意外なことにあのメレナ先輩が、おとなしくしている。


そうして四人で、しばらくお互いの近況を報告してるようだった。


「あらあら、立ち話もなんだから、おかけになってくださいね」

ヴィーヌス姉さまがそう言って八人に座るように勧めてきた。

四人のメイドが各自に冷たい飲み物を用意して去って行った。


「そっちの三人は初めてだったな。俺はバーン。ベルンの冒険者だよ。こっちは相棒のシエル。口数が少ないやつだが、大目に見てやってくれ」

バーンはルナを特に見て話していた。


三人と言うのも気になる。

カルツ先輩とメレナ先輩をのぞけば、私たちは四人だ。

誰か一人は知り合いと言うことになる。


「初めまして、バーン様、シエル様。私はルナ=フォン=オーブとなりました。ルナです。以後よろしくお願いします」

ルナはそう言って二人に挨拶をしていた。


ルナは本当に初対面かどうかわからない。

でも、初対面と言うことにしなければならない。


カールとユノがベルンの冒険者と接点があるとは思えない。

となると、私と知り合いと言うことになる。


でも、私に覚えはない。


ああ、彼が会っているのか……。

そう言えば、幼い時にベルンに行ったらしい。

その時の知り合いなのか……。

と言うことは、私を知らずに、彼を知っているということだ。


何となくだが、事情が読めてきた。

そうなると、初めてだけど、そうでないふりをしないといけない。


「ヘリオスです。改めて、よろしくお願いします」

ノイモーント伯爵としては初めてだろう。

後で何のことかと問われた時には、そう言っておけばいいだろう。

この人たちが、どの程度の関係かわからない以上、そういうしかなかった。


私の紹介が終わる前に、バーンさんの声が客間に響いていた。


「おまえ、どうしたんだ?ついにこわれたのか?」

小声で言ったつもりなのかもしれない。


しかし、その声はよく通っていた。

素早く立ち上がったシエルさんは、その杖で頭を殴りつけていた。


「いってぇ!」

涙交じりで抗議するバーンさん、本当に痛そうだった。


「違うから」

シエルさんはそう言って目を閉じていた。

そんな様子を隣のユノはじっと見つめていた。

何となくルナの方を見ても同じだった。



「ったく、なんなんだ!?」

何が何だかわからないが、バーンさんの言葉に注意を向けていた。


「おまえ、変だぜ。隣に行かないしよ。あの獲物を狙う目はどこに行ったんだ?あれ見ると、百年の恋も冷めるって感じだったのによ」

バーンさんは再び杖で殴られていた。


「なんなんだ、いったい」

さっぱり訳の分からないようだったが、こっちもそれは同じだ。

私もよくは知らない彼。

その彼を知るバーンさんとシエルさん。


二人が待っていたのは、私ではなく、彼だというのはわかった。

それはシエルさんの行動が物語っている。


シエルさんの態度で、私と彼が別人だと強く認識した。


ため息しか出ない。


ユノの挨拶は形式通りだろう。

正直あまり聞いていなかった。

落ち込む気分は、とどまることを知らない。

一旦意識したものは、なかなか回復しなかった。


でも、そんな気分は、最後のカールのぶれない挨拶で吹き飛んでいた。


「おお、フロイライン・シエル。なんて可憐な」

カールはカールリアクションで挨拶をしている。

いつも通りの彼に、私は安心していた。


「きもちわるい」

汚物を見るような目でカールを見るシエルさん。

これも、見慣れた光景だ。


「はっはっは。辛辣」

笑顔でシエルさんに礼をつくし、カールはバーンさんに握手を求めていた。

その態度にバーンさんは少し感心しているようだった。


カールのそんな挨拶に、私は救われた思いだった。

私は私だ。

それしかないんだ。



***



「やあ、挨拶は済んでいるようだね」

もう一つの扉が開き、気軽な声が私の注意をひきつけた。


この屋敷の主である、リライノート子爵。

相変わらずさわやかな笑顔で、ヴィーヌス様の隣に座っていた。


「リライノート子爵様、ご無沙汰しております。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」

カルツ先輩が立ち上がり、一同を代表して挨拶をしていた。

その挨拶を笑顔で受けて、リライノート子爵は視線をルナに向けていた。


「はじめまして、になるかな。ルナ。君の養父ちちとなるリライノートだよ」

会ったことがないって本当だったんだ。

それでよく養女として受け入れたわね。


確かに、このルナは顔も声もそっくりよね。

でも、明らかに雰囲気が違う。


以前のルナは、どちらかと言うと暗い印象を抱かせる感じだったわね。

でも、今のルナは、明るく前向き。

何よりも、生きることに意欲が感じられるわ。


確かに、吸血鬼バンパイアのところから救出されたのだから、それは当たり前なのかもしれない。

死んでしまったルナの悪口を言うわけではないけど、今のルナの方が一緒にいて楽しいと思えるわ。


そしてもう一つ、アイツへの接し方が変わっているのよね。

以前のような堅苦しさはなくなっているのよね。

何かこう、普通の兄妹ともちがう、何とも表現できない感じだわ。


リライノート子爵はそのまま、隣のアイツに話を向けていた。


「そして、ヘリオスも久しぶりだね。あれから魔道具は順調かい?」

すごく親しげな感じ。

あの噂は本当だったんだ。

確かに、アイツのお姉さまそこにいるのだから、義理の兄に変わりはないのだけど……。


「はい、リライノート子爵様の本で、いろいろ作らせていただきました」

隣のアイツはとても生き生きとした表情で話している。

こんな表情、最近は見たことがなかったわ。


「うん、それでこそ、私の弟弟子だね」

何気に発したその一言は、私の心に大きな衝撃を与えていた。


「えっヘリオス。リライノート子爵様の弟子になったの?魔道具作成に情熱を傾けていたのは、そのせいなの?」

何それ。

私、聞いてない。


リライノート子爵は、近隣諸国でも名の知れた、魔道具制作の第一人者よ。

その魔道具はどれも実用性のある素晴らしいものばかり。

特に、魔術師でもない一般の人でも使用可能なほど魔力マナ消費が少ないものが人気だわ。

その弟子になりたがる魔術師は多いけど、今まで誰も弟子に取ったことがないと聞いているのよ。


「まあ、彼もデルバー一門だからね」

相変わらず、さわやかに軽く説明しているけど、その内容には驚きだわ。


私はデルバー学長に直接指導を受けていない。

そのためにここに来たのに……。


たしかに、数回機会があったけど、私自身の都合が悪かったために、その機会を逃していた。


アイツはその機会をものにしていたというのか……。

そう言えば、よく学長室に出入りしているという噂もあったわね。


「ヘリオス、私にどれだけ隠して……」

隣のヘリオスをにらむ。

アイツはただ、あの笑いをうかべている。


困った時に出すあの笑い。

正直、そういう笑いは好きじゃない。


もっと堂々としてほしい。

そんな私の想いを、吹き飛ばすかのように、リライノート子爵は衝撃の話を簡単に口にしていた。


「あははは、彼はデルバー学長の孫になったからね。当然だよ」


「なんですって!?」

立ち上がり、思わず叫んでしまった。

カールも、カルツ先輩も、メレナ先輩も驚いて立ち上がっている。


リライノート子爵夫妻とルナ、バーン、シエルを除く全員が驚きの声を上げていた。

うつむいて表情を見せないルナを横目にリライノート子爵は説明を続けていた。


そう、あなたは知っていたのね……。


なんだか釈然としないまま、私はその説明を自分の中で整理しようとしていた。



なぜかは知らないが、アイツはモーント辺境伯から親子の縁を切られたこと。

デルバー学長はヘリオスを引き取り、新しくノイモーント伯爵位を得て、それをヘリオスに相続させたこと。

これによりヘリオスはヘリオス=フォン=ノイモーント伯爵になったこと。

簡単に言えば、こういう事だ。


頭の中で整理をしていると、目の前が真っ暗になる気分になった。


あれ……。

なぜそんなに気になるのだろう……。

私の心が激しくかき乱されている。


何がそうさせるのだろう。

もう一度考えてみないと……。


アイツがデルバー一門になっていること。

悔しいけど、アイツの実力なら当然だわ。

しかし何も言ってくれないことに腹が立つわね。


これはちがう……。


アイツがアウグスト王国の伯爵になったこと。

そう思った瞬間、モヤモヤが広がるような感覚に襲われていた。


これだわ。


でも、なぜ……?


訳が分からない。

考えている頭は、周りの話を拾い始めていた。


「いや、これはヘリオスに先をこされちゃったな」

カルツ先輩は、アイツの授爵をたたえていた。


「これは玉の輿狙いがほっとかないかもよ」

メレナ先輩が意地悪そうにからかっている。


「そうだね、フロイライン・ユノは、これでヘリオスには手が出せないしね」

カールの何気ない一言。

その言葉は、私の心を大きく貫いていた。


「ななな、なにいっているのかしら。馬鹿なこと言うその口を、永遠に閉ざしてあげましょうか」

顔が真っ赤になるのを抑えられない。

カールのその言葉を聞いた瞬間に、私の中に理解が降りてきていた。


ごまかさないと……。

怒りを装うことで、顔の赤みはごまかせる。

口調を荒くすることで、その気持ちをごまかそう。


「むむむ」

シエルさんの視線。

敵対心をあらわにしているのはわかったけど、そんなことは気にしれられないわ。


まずは、落ち着かないと……。


「まあ、今夜はそのヘリオス伯爵の授爵とわが娘となったルナの祝いの席を用意している。皆も参加してくれたまえ」

話題を変えるように、リライノート子爵は、ささやかなパーティを企画していることを告げていた。


「それまでは自由にしておくれ、各自には部屋を用意してあるから、自由に使ってくれたまえ。それと、ヘリオス。君はこの場で待機だ。後で呼ぶから、私の部屋にきておくれ」

リライノート子爵は、メイドを呼んでいた。


その魔道具、便利ね。

妙なところに関心を持っていく。


とにかく落ち着かないと……。

こいつが隣にいる限り、いったん意識したこの気持ちは落ちつけようがないわ。


早く来て……。

案内のメイドがやってくるのを、心待ちにしていた。

いままで、こんな風にメイドを待ったことなんて一度もない。


早く来て……。

誰の視線も感じないように、私はひたすら下を向くしかなかった。



***



皆がそれぞれの部屋に案内される中、私だけが客間で取り残されていた。

ユノにはいろいろ言いたかった。


私も知ったことが多いのだと。

でも、それは言えないことだ。

事実を知るものは少ない方がいい。

まして、アウグスト王国内のことに、他国の姫を巻き込むわけにはいかない。


カールやカルツ先輩には、事実を知ってもらいたいが、それを話している時間もなかった。


でも、知ってどうなる?


まして、ルナのことは王国内の貴族同士の争いが関係している。

あれはよく考えてみると、私とルナに押し付けられた形になっている。


真実を語れば、真祖のことを告げなければならない。

そうなると、私のことを話さなければならない。

そうなると、彼のことを話さなければならない。


それだけは、嫌だった。


カルツ先輩も、メレナ先輩も、この私を認めてくれている。

そんな人たちが、彼のことを知ったらどう思うだろう……。


私が今まで一生懸命にやってきたことが、彼の存在で一気に無くしてしまう可能性がある。


シエルさんの態度を見れば明らかだ。


ダメだ。

真実は言えない。

何と思われても、これだけは……。

彼の事だけは知られたくない。




悶々とした感情の中、メイドが私を呼んできた。

そして私は、リライノート子爵の書斎に案内されていく。


リライノート子爵はどう思っているのだろう。

デルバー先生のことだから、もう話しているに違いない。


リライノート子爵とは、彼は会っていないはずだった。

私だけが、リライノート子爵と会っている。


ドアの前で待っていると、入室許可が出たので、入っていった。


「お呼びでしょうか、リライノート子爵様」

頭を下げて用件を窺う。

なぜ、私だけが待たされたのだろう。


その理由はわからないが、中にはヴィーヌス姉さまとリライノート子爵だけがいた。


「顔を上げたまえ、ヘリオス伯爵。爵位では君の方が上だよ」

リライノート子爵は相変わらずの笑顔だった。


「いえ、これはデルバー学長の情けにより得ている地位にすぎません。自分で認められているわけでもないです」

自嘲するしかない。

その地位ですら、彼の方が先に聞いている。


「君の力でなくても、君が得た力であることは間違いないんじゃないかな?どうしてそこまで自分だけの力にこだわるのかな?」

リライノート子爵は不思議そうにしている。


たぶん、あなたにはわからない。

たぶん誰にもわからない。


力のあるものはわからないだろう。

力を持たないものが、どれほどみじめな目にあうのかを。


「私にもわかりません。ただ、自力で得た力でないといけない気がするんです」

この気持ちがどこから来るのかはわかっている。

でも、それを口に出すことはできない。


いままで私は、自分の覚えのないことで賞賛を得ている。

そんなこと、誰にも言えるわけがない。


「それは君の中の君が関係しているのかい?」

一瞬、心臓が止まったかと思った。


恐る恐る、リライノート子爵の顔を覗き見た。

子爵はただ、興味深そうに眺めている。

横に立っているヴィーヌス姉さまは、少しだけ悲しそうな表情を浮かべていた。


「ご存じなのですね……。姉さまもご存じなのですか?」

知っているのだろう。

それは当然のことのように思った。


ルナの件を知っているんだ。

当然真祖のことだって聞いているはずだ。


「私たちも初めて聞いたよ、私があったのは君だよね?」

リライノート子爵は、ただ確認をしているだけだと思う。

でも、興味はもっている。

そう感じて、気持ちが落ち込んでいく。


「そうです。私です。でももう一人の私は私の記憶を共有していますので、リライノート子爵様を知っています。しかし、私はもう一人の私の記憶をしりません」

そう、私なんです。

あなたに会っているのは、間違いなく私なんです。

子供の様にそう言いたかった。

でも、失望されるのが怖かった。


この人だけは、真実を知ってなお、私だけを見てくれている。


「そういうことでしたのね」

ヴィーヌス姉さまがようやく理解したという顔をしていた。


「私はあなたの中のあなたとも小さい時に何度かあっています。そして、その後のあなたの様子がおかしかったことを、ずっと不思議に思っていました」

ヴィーヌス姉さまの目が、じっと私の目を見つめていた。

そして、姉さまは、私の知らないことを教えてくれていた。


幼いころからかけた記憶。

姉さまは、的確にそれを教えてくれていた。


「当時の私から見て、ヘリオスの中のヘリオスは大人のヘリオスという感じでした」

そして最後にそう言って、姉さまは話を終わらせるように、深く息を吐いていた。


「だから、私の中では、ヘリオスはどちらもヘリオスです」

その瞬間、姉さまに抱きしめられていた。


「ヴィーヌス姉さま……」

それしか言えない。

わたしは目を閉じて、その感覚に身を任せていた。


久しぶりに落ち着いた感情に包まれていた。

この安心感。この安らぎ。

それは長らく味わっていなかったものだった。


ここは、望んでやまない私の居場所だった。


ヴィーヌス姉さまは、彼を知ってなお、私を受け入れてくれていた。

リライノート子爵もまた、そんな私たちを受け入れてくれている。


この二人は、変わることなく私を受け入れてくれていた。

気が付くと、私は涙を流していた。


ヴィーヌス姉さまは、優しく私の頭をなでてくれている。

リライノート子爵は優しく微笑んでくれている。

何物にも代えがたい場所を、私は手に入れることができていた。


背中を二度軽く叩かれて、ヴィーヌス姉さまは私を解放していた。

そして、今夜は自分も手料理を振る舞うといって、部屋を後にしていた。


しばらく私はその場で余韻に浸っていた。


しかし、安らぎの時間は、ドアのノックと共に終わりを告げていた。

部屋を後にしたヴィーヌス姉さまに代わり、バーンさんとシエルさんが部屋に呼ばれていた。


立っていた私を含め、ソファーに座るように指示された。

私達四人は、向かい合って座っていた。


「シエル、おまえこっちなのか?」

バーンさんにとっては何気ない会話なのだろう。

でも、私にはそれはきつい言葉だ。


「浮気はしない」

シエルさんは短くそう答えている。

予想とは違うが、言葉の意味は同じことだ。

やはり彼女は明らかに彼と私を比べていた。


「……まあいいや」

バーンさんの投げやりな声にいらだちを感じた。

なら、最初から言わないでほしい。

わかっていても、実際言われると精神的にきついのだから。


理不尽な怒りだと思うが、さっきのことを思うとそう感じずにはいられなかった。


「本題に入ろう」

バーンさんは、今回の来訪目的の一つとして話しを始めていた。


バーンさんの情報はかなり深刻なものだった。


ベルンの組織は敵の暗殺集団により、かなりの被害を出していること。

ベルン自体は表面上落ち着いているが、戦いの気配がかなり濃くなっていること。

未確認情報だが、フリューリンク公爵領に隣接する砂漠地帯からの魔物の襲撃が活発化してきたこと。

エーデルシュタイン辺境伯領、シュミット辺境伯領に未開拓地域からの魔物の侵攻が活発化してきたこと。


最後は3辺境伯領のうち、英雄領だけが何もないということだった。


これを受けて、ベルン市民の間で、昔の大侵攻を思い出し、英雄領へ移住する人も出てきているらしかった。


私の知らないところで、色々なことが起きている。

その出来事は驚いたけど、今の私には関係のないことだ。


「三十年前の大侵攻だな。といってもこの中では、かろうじて知っているのは俺だけか」

まだ幼かったバーンさんは、はっきりしたことは覚えていなかったが、怖かったことは覚えているようだった。


「実際、あの時に英雄がいなかったら、この世界はどうなっていたかわからんな」

大侵攻と英雄マルス。

その物語は私も読んでいる。

その英雄マルスの血を、私は受け継いでいるはずだ。


どうやって防いだかは、バーンさんも知らないらしい。

伝えられているのは、剣の一振りで魔物の群れを薙ぎ払ったという事だけだ。


しかし、あの出来事により英雄信仰はゆるぎないものになっていた。

その事を聞くたびに、私はまるで自分のことのように誇らしくなっていた。


「まあ、昔のことはそうだったとしても、今の事態を考えると、英雄を英雄として見ていられませんね」

リライノート子爵の口から思わぬ言葉が出始めていた。


「英雄の行動が表面化してきたとみていいと思うのですか?」

バーンさんとリライノート子爵の間で、情報の交換が行われている。


私の知らないことが多すぎた。

何を意味しているのか、さっぱり理解できなかった。

ただ、二人がお父様をよく思っていないことは理解できた。


英雄を?

私の疑問は膨らむ一方だった。


「そうだろうね。君のところの暗殺もそうではないかな?」


暗殺?

お父様が暗殺?

たしかに、執事のアイオロスさんは昔暗殺者だったが、今は執事として働いている。

その他にも、冒険者としていた人もたくさん屋敷にはいたはずだ。

ほとんどかかわりはもっていない。

むしろ、私が避けていたから。



「物証がないけど、手口が一緒」

シエルさんが悔しそうに答えていた。


「一番の手練れを失ったとはいえ、人材は豊富だよ。なにせ、英雄だからね。彼のもとで働きたい人はたくさんいるからね。彼が殺せと命じたら、喜んで人殺しをする人がたくさんいる」

リライノート子爵の表情が厳しくなっていく。


ちょっと待ってください。

それでは、お父様がまるで悪事をしているかのように聞こえるんですが……。


喉まで出ている声が出せない。

それは、信じられないことだ。

英雄が悪事を働くなんて、信じられないことだった。


「そして、それはここにも伸びてきている」

リライノート子爵の声に怒りが混じっている。

それは自身にと言う事ではない、その怒りはそれを物語っている。


「そんな馬鹿な!」

それまでも信じられない事態を半ば呆然として聞いていた。

しかし、ここにお父様が何かをしようとするなんて考えられない。

まして、それはお姉さまに向けられているような言い方。


「なぜ、お父様がそのようなことをする必要があるんですか!」

つい、興奮気味にまくしたててしまった。

そんなことあるはずがない。

あってたまるものか。



「やっぱり」

シエルさんは短く言って頭を振っていた。


なんだよ、その言い方。

私はシエルさんをにらんでいた。


シエルさんは私のそれを嘲りの表情で受けている。

その表情はわかるんだ。

どんな綺麗な顔したって、その表情だけはわかるんだ。


「ヘリオス。君はもう少し冷静になった方がいい。お姉さんが心配のあまり、興奮しすぎている。私たちは事実関係からみた確認をしているんだ。それから導き出された答えは、君の元父上がなんらかの侵攻を画策しているということだよ」

バーンさんの落ち着いた声が余計にイライラする。


冷静になることなんて、できるはずがないじゃないか。


「バーンの言うとおりだよ。ヘリオス。これは学長との統一見解でもある」

その言葉で、我を忘れそうになった自分を無理やり押しとどめた。


私を受け入れてくれている人が出している答え。

しかも、デルバー学長もそのことを認めているとはいったい……。


「……。ここに起きている事とは、なんですか……」

落ち着こう。

とにかく落ち着くんだ。

前のような失敗をしないためにも、知らないことを少なくしないといけない。

あの時、彼と入れ替わる決断をした時、どれほどみじめだったか。

その気分はもう味わいたくなかった。


「さっき話した通りだよ」

リライノート子爵は自分のお腹を見せていた。

しっかりと胴体にまかれた包帯が痛々しい。


「これは、妻には内緒だからね。気にするといけないからね」

リライノート子爵は口止めをしていた。

特に私にはもう一度言うほどだった。


気にするといけないからね。

だれが?

なにを?

その言葉を頭の中で繰り返していた。


「今回は警告の意味だったんだと思う。怒っていたけどね。本気だったらまず危なかった。私の障壁をまさかこんな簡単に破ってくるとは驚いたよ。自分の力を過信して、つい調子にのったらいけないね」

おどけて見せるリライノート子爵を初めて見た。


それよりも、障壁を超える攻撃をしたのは、一体誰なんだ。

明らかにはしてくれない。

でも、話の流れでは、お姉さまがリライノート子爵を刺したことになる。


でも、なぜ?

一体どうして……。

はっきりさせたくないと思う気持ちが、私の言葉を奪っていた。


そんなこと、あるはずないじゃないか。


「ここを失うわけにはいかない。ここがなくなれば、フリューリンク公爵領は孤立する」

バーンさんの言葉に、それまでためていた不満が爆発した。


「当たり前じゃないか!」

何あたりまえなことを、しかも物みたいな言い方でいうな。

さっきから、なんで冷静にそんな風に言える。

私の中で、再び怒りよみがえってきた。


「お前さんが何に怒ろうが、俺には関係ないけどな。もっと視野を広げて考えて物事を見たらどうだ?少なくとも俺の知っているお前はそうしてたぜ」

明らかに私を挑発している。

私と彼を比べるために、わざとそういう言い方をしている。

そんなこと、わかりきっているのに、私はその挑発に乗っていた。


何なんだ、あんたは。

そんなこと、私が一番知っている。

彼なら、たぶんこんな風に怒りはしない。


何となくそう思う。

でも、私には無理だ。

私には、ここしかない。

もう、ここしかないんだ。


そうさ、私は彼とは違う。

でも、それがなんだっていうんだ!


「ばかにして!」

もう自分を制御できない。

怒りに任せて立ち上がり、バーンさんに挑もうとしていた。


「ヘリオス、一度振りかざしたこぶしは、後で後悔しても取り返しがつかないよ」

リライノート子爵は珍しく、怒気を込めて私をたしなめていた。

その言葉で、私は自分を取り戻していた。


「ヘリオス。君はお姉さんのことで冷静さを欠いている。部屋で休んでいなさい」

メイドを呼び、リライノート子爵は優しくそう告げていた。

しかし、その声は有無を言わさぬものだった。


「すみません。わかりました……」

バーンさんに謝罪し、やってきたメイドに案内されて部屋を出た。

ドアを閉めてため息をつく。


お父様の事。

ヴィーヌス姉さまの事。

リライノート子爵の事。

この世界の事。


知らないことが知らないうちに起こっている。

私は、姉さまの危機を知らなさすぎた。

どうすればいい……。


お姉さまだけでも守らなくては……。

先で待つメイドをゆっくりと追いかけ、与えられた部屋に向かい考え続けていた。



***



ヘリオスが立ち去った後、私はその扉を眺めていた。

私は間違えたのだろうか……。


これでも人を見る目は合ったつもりだが……。

それにしても、あの挑発はやりすぎだろう。

ここはバーンに文句を言ってやろう。


「あまり比べてあげないでほしいな。彼はまだ子供だよ。自分にできないことをできる自分が中にいて、混乱しているんだ」

わざわざそこを掘り起こすのがいけない。

そう言いたいが、言わないことにした。

バーンにはバーンの考えがあるのだろう。


「俺だってわかってますよ。いまのヘリオスがあのヘリオスでないことは。でも、やっぱり見えてると……わかるだろ?」

自分の葛藤を唯一共有できるシエルに話を振っていた。


「あれは、私のヘリオス様ではない。他人。だから、何も期待しないし」

シエルは冷静な目でドアを眺めていた。

そして、胸に手を当ててつぶやいていた。


「ドキドキしない」

そう言って両手を胸の前で組むシエルは明らかに乙女だった。


「氷の魔女、最近では氷の女王でしたか、そう思えないですね。少なくとも今は」

何と言う変化。

これほどまでに影響を与えるヘリオスとはいったい何者か。

初めて会った時のシエルとは全くの別人。

そして、ここに来た時のシエルとも別人だ。

思わず思い出し笑いをしそうになった。


ヘリオスに会いたい一心で、私の持つ魔導書をむさぼり読んでいた。

瞬間移動テレポートの修行を始めたのは、その日だった。

それは、独力ではなかなか難しいけど、シエルならいずれは習得するだろう。


しかし、これは困ったことになった。

やはり、私は過信しすぎていたのかもしれない。


この場にヘリオスをよんでいたのは失敗だった。

デルバー学長から聞いていたので、問題ないと思っていた。

しかし、デルバー学長と話していたのは、どうやらもう一人のヘリオスの方みたいだった。


そして、バーンとシエルの二人と知り合いもそっちのようだった。


わたしだけが、今のヘリオスだけ知っているのか……。

もう一人の彼と会ってみたいな。


誰もが期待するヘリオスに会ってみたい。


このヘリオスも、私はある程度評価している。

今日のことを差し引いても自慢できる存在だ。


しかし、皆が望むヘリオスは今のヘリオスとは比較にならないのだろう。

それはバーンとシエルの態度が物語っている。


しかし、それもこの危機を乗り越えてからだ。

デルバー学長が私たちを守るためによこしてくれた戦力。

出発を偽装してまで、整えてもらった時間。


はたして可能かどうか……。


準備はしている。

しかし、相手は英雄。

はたして私が通用するのかわからない。


結婚のときも、あの威圧感は正直向けてほしくはなかったけど……。

今度はその本気か……。


相手にしたくない人を相手にする緊張で、私の手は汗ばんでいた。


「リライノート子爵様、そのために私たちはここにいる」

シエルは私の様子を見て、そう告げていた。


「そうだったね、ごめんよ」

そうだった。


私が弱気でどうする。

ヴィーヌスは確実に私の命を狙ってくる。

あの短剣。

私の障壁をやすやすと貫通した呪いの剣。

魔剣リヒテンリーベンか……。

あの魔剣がある以上、私の窮地には変わりない。


何か発動にキーがあるはず。

それを見極めることができれば……。

あと一歩。

その解答に手が届く気がする。


そして、ヴィーヌスの指輪。

いよいよとなったら、彼女だけでも解放しよう。


いろいろ不安は残るが、いざという時は、ヘリオスに任せよう。


しかし、もう一人のヘリオスにも会ってみたい。

それまでは、何としてでも頑張りぬこう。


もう一度、記録用魔道具を確認し、パーティの会場に足を向けていた。


新しい関係性を構築しつつ、現在の状況に対応することを頭では理解できていても、ヴィーヌスにあい、子供の部分が出てきてしまったヘリオスは、この先どうなって行くのでしょうか・・・。

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