告白
再びデルバー先生の部屋に訪れたヘリオスは、久しぶりにある人物と再会します。
「久しいね、ヘリオス。元気にしていることは知っているよ」
ヘルツマイヤー師匠の優雅な挨拶は、感動すら覚える。
年季と言うかなんというか、真似してもできないものがそこにある。
しかし、そんなことにいまさら驚いている暇はなかった。
ここに師匠がいる。
デルバー先生が気を利かせて、連れてきてくれたに違いない。
直接お願いできると、話しが早く進む。
まず、デルバー先生に頭を下げて、師匠に用件を告げていた。
「さっそくで申し訳ありませんが、人間の子をもう一人弟子にしていただけませんか?」
直球勝負。
デルバー先生に連れてこられたということは、大筋で話は通っているに違いない。
先生がゆっくりしていいといった理由は、こういう意味でもあるのだろう。
「大方のことは聞いているよ。いいよ。あそこの家のものを教えたのも私だしね。子孫の面倒も見ようじゃないか」
師匠は快く引き受けてくれた。
驚きよりも、安心の方が上だった。
それにしても、良かった。
正直に言うと、俺は教えたことがないから、自信がない。
たぶん、それでもテリアは習得するだろう。
でも、それはテリアの実力があってこそだ。
俺が教えるということを学ばなければ、教えることなんてできないだろう。
丁度いい機会だ。
今回は無理だと思うが、教えるということも時間の許す限り教わっておこう。
そんな俺の考えはわかっているとばかりに、うれしい提案をしてくれる師匠だった。
「君の家にいるんだろう?あとで会わせてもらうとしよう。それと、今日は君の家に泊まることにするよ」
時間を有効に使える。
あとどのくらいここにいることができるかわからない。
でも、以前に比べて、ミミルは元気そうにしている。
ただ、無茶をしてはいけないと思っているのだろう。
低活動は相変わらずだった。
「それはそうと、フェニックスと会ったんだってね。すごいじゃないか。彼女はなかなか姿を現さないからね。これはシエルにいいお土産話ができたよ。でも、あの娘、炎の精霊嫌いだから、なんていうかわからないけどね」
師匠の満足そうな笑顔は久しぶりだ。
俺はこの笑顔が見たいために頑張った時期を思い出していた。
「彼女は今や、氷の上位精霊であるベルゲルミルと契約できるようにもなったよ」
氷の魔女は健在だった。
しかし、上位精霊と契約とは……。
あれ?
「すごいですね、でもシエルさんって……」
最大の疑問。
この短期間で、上位精霊と契約できることなんてあり得るのだろうか?
シエルは古代語魔法の使い手のはず。
いくら師匠に教えてもらったとはいえ、人間にそれだけの才能があるのだろうか。
「彼女の母親はエルフじゃからの、半分エルフの血が流れておるから造作もないじゃろ」
投げやりな言い方で、デルバー先生は俺に説明してくれた。
でも、こんな言い方するとは、よほど面白くないんだろうな。
全く子供っぽい。
「自分が教えたかった生徒を、わたしが横取りしたような言い方はやめてほしいね」
師匠もそう抗議していた。
にらみ合いを始めた先生と師匠。
とりあえず、ほっておこう。
事情が分からないが、彼女がハーフエルフだというのなら、上位精霊と契約したのも納得できる。
そう言えば、シエルの耳は見たことがないな。
今更ながら思うと、時々ちらりとシルフィードのことを見ていた気がする。
風の精霊に何か思うことがあるのだろうか?
今度会うことがあれば、いろいろ聞いてみたいものだ。
しかし、彼女がハーフエルフと言うのであれば、年齢的に俺より、いやヘリオスよりも上でも、容姿がこどもっぽいのも頷ける。
行動が子供っぽいのもは、正確だろうけど……。
あらためて考えると、デルバー先生と、ヘルツマイヤー師匠。
何かといろんな人と知り合いだよな。
ゆっくりとした時間があれば、そういう事も聞いてみたい。
色んな人に話を聞いて、いろんなものを見て、感じて……。
そんなことは普通ならささやかな物だろう。
でも、俺にとっては、この上もなく大きな望みだ。
そのためにも、今やるべきことをしなければならない。
俺が決意を抱いているうちに、にらみ合いは終わったようだった。
にらみ合いの結果には、まったく興味がわかなかった。
「ああ、彼女の父親がこの人の教え子でね。シエルが貴族でなくなったものだから、ここに入れられなかったことを後悔しているのだよ」
師匠の説明は極めて謎だった。
父親が教え子と言うのなら、その子は貴族だろう。
でも、貴族でなくなったと言ったか。
シエルの家庭環境も複雑なんだな……。
そもそも、ハーフエルフに安住の地はないと聞いている。
シエルもそうなのだろうか?
ベルンで暮らす彼女は結構楽しそうにしていた。
もし、あれが表面上の彼女だとすると、本当はどうなのだろう。
かわいい物を集めるのが好きだとも言っていた。
裏返せば、何かの渇望なのかもしれない。
コレクターというものは、そういう欲求の裏返しだと聞いたことがある。
種族的な特殊性と特別な家庭環境。
明るく振舞う彼女の裏側に、そんなことが隠されていた。
そこには、俺の知らないシエルがいた。
もっと知らないとな……。
少なくとも、彼女をただの変態として見るのだけはやめにしよう。
今度はもう少しゆっくりと話そう。
何となくデルバー先生の法を見ると、相変わらずそっぽを向いていた。
「では、シエルさんによろしく伝えてください」
そろそろこの会話を終わらせないと、また面倒なことになる予感がした。
それに問題は山積みだった。
いろいろしておかなければならないことがたくさんある。
一つ一つに時間をかけている余裕がなかった。
「あと、質問なのですが、この首飾りの影響を無効化することってできるのでしょうか?」
俺がいないときに精霊たちの能力が著しく低下することを警戒しないといけない。
対策が必要だ。
いざという時に、精霊たちが力を使えなくて、悲しい思いをするのは避けたかった。
「ヘリオス、きみは本質的に間違った考えをしているね」
師匠の目は厳しかった。
少し、言葉に怒気が混ざっている。
やばいかもしれない。
俺は修行中のことを思い出してしまった。
「精霊がこの世界に力を行使するには、それなりの決まりごとがあると教えたはずだよ。まさか忘れたとは言わせないよ」
有無を言わさない迫力が、俺に襲い掛かっていた。
「上位精霊に対して下位精霊は力を行使できない。これは上下関係という法則がある。それは個々の精霊の存在する力に依存するからね。上位精霊はいわば自然なのだよ。彼や彼女らがいなくなれば、この世界のバランスは大きく崩れてしまう。例外に魔法というのは魔力を変換して物質に直接変化をもたらすけどね。しかし、たとえば自然に火があるのは、彼や彼女らの存在があるからなのだよ。それほど大きな存在といえる」
師匠の視線は東の空を見ていた。
「上位精霊を誕生させるのは、それこそ長い年月かけて行われることなのだよ」
悲しみが、その表情から受け取れる。
東で何かあるのだろうか……。
あらためて説明するように、師匠は俺を見つめてきた。
「シルフィード、ベリンダ、ミヤはまだ生まれて間もない精霊だ。だから存在する力は弱い。その彼女らが力を使うには間接的であれ、君自身がいないことには始まらないんだよ。彼女たちはシルフィードなら風を吹かす。それぐらいの力は出せる。その力で矢をはじく位もね。でもそれ以上はできない」
そして俺の肩をつかんで、師匠は強く言ってきた。
「しかし、ノルンはちがう。彼女はすでに上位精霊と同じだけの存在力を持っている。しかし、マルスに精霊石を壊された以上、通常、彼女は上位精霊にはなれないのだ。まあ、特別な方法を用いれば別だけど……」
俺は根本的に間違っていることを知った。
そもそも、精霊はこちらの世界で、その力を自由に使えるわけではなかった。
そんなことは百も承知のはずだった。
しかし、結論を首飾りにしていたので、過ちに気が付くことができなかった。
「すみません、精霊の理を勘違いするところでした」
師匠にまたも大事なことを教えられていた。
やはり俺はまだまだだ。
しかし気になったことが一つある。
「ところで、先ほど間接的にせよ、僕の関与とおっしゃいましたよね?」
ひょっとしたらできるかもしれない。
「ああ、そうだけど、それが何かあるのかい?」
師匠はその先を促してきた。
興味がある。
その顔にはそう書いてあった。
「例えば精霊界で自分の存在から作り出した魔道具を精霊に装備させることで、一時的な力を出せるようにすることは可能でしょうか?」
何かできないか。
あんな彼女たちの顔はもう見たくない。
自分たちが何もできないことに対する苦しみ。
それは俺が痛いほどよくわかる。
「それは理論的には可能だと思うね。ただ、それは消費されるから、よくて1回か2回くらいの限定品になるだろうね。それに、そんなことをしたら、君自身がこの世界にはいられないくらい消耗すると思うけど?」
師匠は危険だからやめておくように諭している。
でも、そういうわけにもいかないんだ。
「けど、やらないといけないんです。今回、ここに来る前のことを思い出すと、おそらく向こうで、僕は極度の存在力低下状態です。次、ここに来れるかどうかも分かりません。いまもミミルが必死に支えてくれているのが分かります。だから、この中途半端な状態でヘリオスに丸投げはできないんです」
またしても、結末をみることなく俺は退場していく。
責任をしっかり持つことができない状態でヘリオスにゆだねてしまう。
こんな悔しいことはない。
そして最悪の場合、この世界に帰ってこれないかもしれない。
「……じゃあ、こうしたらどうだい。実際に精霊界に行くのではなく、それぞれの精霊の一部をもらって、こっちで作成した魔道具に組み込む。精霊が装備はできないけど、ヘリオスが装備することで、1回だけは彼女たちは力を使えると思うよ。それを何個か作れば、それなりには……。ただし、作る時には彼女たちも消耗するけど、支える君も相当消耗するからね。ただ、精霊界よりは安全にできると思う」
師匠は俺の考えなんて最初から分かっていたのだろう。
俺の気持ちを確かめたかったのかもしれない。
でも、そんな事はもうどうでもいい。
道が見えた。
「ありがとうございます」
これで彼女たちも自分たちを責めるような思いはしなくてもいいはずだ。
あんなつらい思い、俺一人で十分だ。
「君は本当に精霊のことを想ってくれるね。彼女たちは幸せだと思うよ……」
師匠の手が、俺の頭をなでる。
この年になって、そんなことがこれほどうれしいと知ったのは、ここにきてからだ。
未熟な俺では、その感覚を言葉で表現できない。
ただ、その心地よさに甘えよう。
「君みたいな人間はやはり一度村に連れて行きたいから、勝手に滅んだりしないようにね」
そうだ、あきらめたらだめだ。
無様でもいい。
必ずこの世界に帰ってくるんだ。
「そろそろいいかの、わし、まちくたびれたわい」
大体想像はつく。
デルバー先生はそわそわしだしていた。
ちょっと感動していただけに、先生の行動に少しあきれた。
「そんなに待ってもらう程のことはありませんけど?」
とりあえず、とぼけてみる。
「おぬし、信仰系魔法をつかいよったな?」
まったく俺のいう事を無視して、自らの興味を前面に押し出してきた。
しかも、結論を知っていて、俺の口から言わそうとしている。
「……」
「……」
「……なんのことです?」
「ええい! とぼけても分かるわい。いくら小さい声で詠唱しても、おぬしの目で見たものはわしに届くんじゃ。ルナが意識を失っとる状態で、どうやって自分を回復する」
鼻息荒く詰め寄ってきた。
想像通りのことに、少し楽しくなった。
それを言いたくて、ずっとそわそわしてたんだよな。
もう少し、じらしてみたくなっていた。
「あっ、やっぱりばれちゃいましたか……」
小さく舌を出して、あやまる。
シルフィードがよくやるしぐさだ。
この顔なら、やっても様になるだろう。
「そんな仕草はわしには通用せんぞ。おぬし、それをどうやって会得した?」
デルバー先生の目は真剣だった。
冗談を言ってる目ではない。
デルバー先生の知識へのあくなき欲求を垣間見た。
まあ、気持ちはわかる。
俺も自分じゃなかったら、デルバー先生と同じ行動をしたかもしれない。
俺は今や、古代語魔法、精霊魔法、信仰系魔法の3系統を一人で使うことができていた。それは伝説の賢者の再来を意味する。
古代語魔法をつかう人間は、通常信仰系魔法は使えない。
このことは、今の世界にとって常識と言える。
伝説上では使えたという言い伝えはあるものの、確認はされていない。
唯一エルフの賢者が確認されているだけだ。
伝説の賢者の再来。
しかも若干14歳の少年がそうであれば、驚きもするだろう。
「会得したというよりも、以前から使えるような気はしていたんです。ただ、意識を変える必要がありました」
最初からなんとなく使える気がしていた。
ただ、どうやってというのが、なかなかわからなかった。
だから、賢者に関する文献を読み漁った。
でも、結局それらには、何も書かれていなかった。
「まず、魔力はこの世界にあまねく存在しています。それはこの世界において構成する一部だからです。しかし、この世界にはそれ以外の要素があります。それは何というのかはわかりませんが、僕はそれを仮に霊力と名付けました」
少しデルバー先生の様子を見る。
先生は黙って聞いていた。
一つ一つ吟味しているのだろう。
ここは弟子として、自分の考えを示すときか。
そうだ、これはプレゼンに似ているのかもしれない。
この世界で、信仰系魔法と古代語魔法を使える人間が増えるのであれば、それはいいことかもしれない。
そう思うと、説明にも意味がある。
デルバー先生のもとで、それが体系化されれば、この学士院はさらなる発展を遂げるだろう。
そして、その恩恵はあまねく世界に広がっていく。
「その霊力は、魂と呼ばれるものを構成する成分と考えます。そして、それは本来、こことは違う次元に存在するものではないかと考えます」
あくまでも仮説であることを再度説明した。
「すなわち、器としての肉体には魔力が存在し、魂としての力には霊力が存在していると考えました。そして、古代語魔法はこの魔力を利用しますが、霊力を用いません。信仰系魔法はこの霊力を用います。そのため、信仰系魔法はその信仰対象とする別次元の存在を知覚することが必要になります。実際には自分の魂かもしれませんが、そういうところから力を使うのに、間接的に魔力を消費していると考えています」
真祖との戦いを思い返す。
あれは、仮説を応用した戦いだ。
真祖をそういうものがない次元、精霊界の高次元に連れていくと、体が崩壊したことを話した。
この答えをもらったのは、向こうで教会に通っていたからかもしれない。
あの世界で、神様との対話において、己を見つめることが必須だった。
「まあ、そんなところです。僕の場合、神と呼ばれる存在を認識したわけではありませんが、その言葉の意味を考えていたわけです。また、その教えというものを、実はたくさん聞いていましたので、概念として神という存在を認識していたのかもしれませんが……」
宗教は難しいから、あまり話さない方がいい。
主義主張は立場によって変えられるが、信仰は簡単には変えれない。
「この世界の力。そしてこの世界の理。そして最後は魂の力。これが僕の魔法の源泉ですね」
それがそのまま魔法と言う力を生み出している。
「全くとんでもないことを言い出しよったわ。マルスも確か魂砕きとかいっておったが、そういう事か」
感心とあきれが同居している。
デルバー先生の表情はそんな感じだった。
「ところで、おぬしはともかく、ヘリオスは信仰系魔法を使えると思うかの」
素朴な質問だったが、とても重要なことだ。
「無理だと思います」
ヘリオスの場合は、まず無理だろう。
「ヘリオスの場合、魂とかよりも、神とかの存在を否定していますから。難しいでしょうね。実際に魂を感じることよりも、神様がいた方が分かりやすいです。僕が魂を感じることができるのは。僕の体は別に存在しているからだと思います。言ってみれば、僕も魂だけの存在ですから」
再び真祖との戦いを思い出す。
あの時、俺からも力は抜け出ていた。
しかし、彼女たちがその存在力で体を守ってくれていたから、耐えることができていた。
たったそれだけの差だったが、それが決定的だった。
「ふむ、なるほどの……じゃとすると、おぬし、あの二人にはすべて話しておいたほうがよかろうの。共に生活をするのじゃろう。早いか遅いかじゃが、お主の口から聞く方がよかろう」
真顔のデルバー先生。
こういう時は素直にいう事を聞いておくべきだ。
しかし、デルバー先生の話は、続くようだ。
よほど注意しておきたいのだろう。
俺も黙って聞くことにした。
「信仰系魔法は、その影響力から依存する心が生まれる。できると思っていたができなかったでは済まされんぞ。それに、精霊のことにしても、おぬしがいない間あの娘たちはわかっていても、ヘリオスが分からないのでは、何かと問題も起るじゃろうしの……」
目を瞑ったデルバー先生は、これ以上は言わないという意思を示していた。
そこまで言われて、言わない選択をする方がおかしい。
もしも、万が一……、帰ってこれなかったとしたら、これが最後の別れにもなるかもしれない。
だから、今までのことを謝罪するにはいい機会だ。
「そうですね、そろそろ頃合いではないかと思ってました。ルナの心にはまだ何かしらあるかもしれませんが、少なくとも表面上の呪縛は解かれたと思います。マルスとの関係も白紙になったことですし、これからは幸せになってもらいたいですからね。テリアの方は先生のおっしゃる通り、精霊魔法で不都合が生じるでしょう」
これから新しい関係が始まる。
いい節目だろう。
テリアに関しては、別の問題がある。
俺が教えると言った。
けど、これから毎日顔を合わせるヘリオスは、教えることができない。
ダメもとで師匠に聞いてみよう。
「師匠もたびたび来ることはできませんよね?」
そんなことできないとわかっていても、聞いておきたかった。
テリアを師匠の元に預けるという手はある。
でも、それでは学士院に通うことができない。
「私は今回もデルバーに連れてこられただけだよ。それほど多くはこられないね。ベルンのこともあるしね」
申し訳なさそうな師匠だが、多くはこれないと言っている。
と言うことは、ある程度は来れるということだ。
「いえ、師匠に甘えるのもどうかとは思いましたので……。ただ、定期的に見に来ていただけるとありがたいです」
師匠の好意に、ただ感謝しかなかった。
「いいよ。その時は学長にお願いして」
師匠ひらひらと手を振っている。
そうか、移動するには……。
ちらりとデルバー先生の顔をのぞいた。
「一番使われとるのは、わしじゃないかの……。まったく困った孫じゃて。この埋め合わせは、またわしの話し相手になってもらうでの」
ひげを揺らしながら笑うデルバー先生は、まんざらでもないようだった。
「しかし、ヘリオスや。そうは言っても、このエルフの女から教えるということを学んでおくようにの。お主が教えると言ったのじゃろ。言葉に出した以上、しっかりせねばの」
なぜか意味ありげな笑顔に思えた。
でも、それは俺も思っていたことだ。
丸投げは良くない。
「恐れ入ります」
今はそう言うしかなかった。
「君はそんなに気にしなくてもいいよ。君こそ、たぶん帰ってからも大変なのだろう? でも約束しておくれ。私たちに頼みごとをするのだから、君は責任を持ってその成果を、自分の目で確認すること」
師匠は真剣だった。
責任か……。
今、一番きつい言葉だ。
いつもそれができなかった。
「なに、これは私のわがままかな。ただ、君をわたしの村に連れて行きたいからね」
にっこりほほ笑む師匠は、俺の頭をなでていた。
頭をなでるのはこの人の影響かもしれないな。
自分が心地いいと感じるから、そうするのかもしれない。
この二人は俺のことを認めてくれている。
そして、俺のおかれている状況を理解してくれている。
そして俺を待ってくれている。
「……はい」
それしか言えない。
この二人の師に、言い知れない恩義を感じていた。
「必ず、ここに帰ってきます」
魂にかけて誓う。
そう宣言することで、何かが変わる気がする。
「よいよい。ヘリオスには、いろいろと説明しておいてやるからの。心配はいらんぞ。おぬしは、早うあの娘たちに説明しておくがよい。そちも頼むぞ」
デルバー先生とヘルツマイヤー師匠は何やら目で語り合っていた。
「はいはい、全く人使い……エルフ使いが荒いですね。わかりました」
師匠は肩をすくめている。
この二人には、二人の理解する世界があるのだろう。
「それで先生、ヘリオスが信仰系魔法を使えるとどうかなるのですか?」
さっきの疑問で引っかかることが一つある。
デルバー先生は、何を考えているのだろう。
「なに、使えたのなら、教会に入れようと思うての。あそこは、排他的じゃから、身内以外には、非常に攻撃的なんじゃよ」
デルバー先生はため息をついている。
いや、ほんとに人使いが荒いよ、先生。
「大司教選もあるしの、教会に潜り込むにはうってつけじゃったんじゃが……しょうがないの」
それはともかくとして、先生が教会に何らかの警戒を持っているのは確かだ。
しかし、デルバー先生は古代語魔術師ゆえに、信仰系魔法の使い手に信用できるものがいないのだろう。
カルツをはじめ。聖騎士のは数多くいたが、彼らは教会の中枢にはなれないようだった。
当然と言えば当然か。
彼らの本分は騎士だ。
教会関係者がいないと、どうしても、その動向の監視がおろそかになりがちになるのかもしれない。
今回カルツのもとに来た強制的な依頼など、教会の影響力は無視できないのかもしれなかった。
「ふむ、それほど気に病むでない。これはなんとかするかの。すべてをおぬしに任せてはきつかろう」
デルバー先生はこの話はなかったことにしていた。
仕方ないと言えばそうだが、改めて言われるとなんだか申し訳ない。
教会をあまり意識していなかったが、ルナも教会に属している。
しかし、あえて今、ルナにその責を負わす必要はない。
教会か……。
俺自身としては、その響きには思うことがある。
でも、この世界とは別物だ。
いや、同じなのかもしれないが、かかわっている位置が違う。
立場が変われば見方が変わる。
この世界の教会に、俺はあまりいい感情はもっていない。
「そういえば、気になることがあります。あの依頼自体はカトリック司祭でしたが、その上からの指示とのことでした。尻尾を出さないモンタークとのつながりも考えていたんですが、先生の方では何かご存知ですか?」
物語の作者であるモンタークは巧妙に隠れたままだった。
作者が分かっていて、特定する手段がなかった。
「それは大司教選が終われば、おのずと見えてくるじゃろ。今回の場合、見返りというものが明らかになるだろうて。知っておるか? 今大司教に最も近いと噂されておったものが苦戦しておるようじゃぞ」
そこまで意識していなかったから知らない。
でも、これはそういう事だ。
デルバー先生は基本的なことに忠実だった。
一体誰が得をするのか。
すべてがそうではないことはわかっているが、物事を考えるうえで、損得勘定は必須だ。
損得に関しては目先のものと深いものとがあるが、選ぶのと選ばれるというものは、もっとも現れやすいものの一つだった。
「なるほどです。では、モンタークの件は保留ですね」
大司教選では、フリューリンク家の横やりが入っていると見ていいだろう。
しかし、モンタークの目的だけで物事がこうも動くとは考えにくい。
そう考えれば、マルスとフリューリンク家とは何かある気がする。
ヘリオスを使って、マルスを陥れることを考えている者がいた。
マルスはその手を読んで、あらかじめ対策を取っていた。
そういう事も考えられる。
そして、暗躍しているマルスの目的は、未だにはっきりとしてない。
しかし、マルスがベルンを抑えてしまうと、フリューリンク家は王国にあって孤立してしまうことになる。
隣接する広大な砂漠地帯で遮断されているが、隣国は国交がほぼないイングラム帝国とその影響下にあるメルツ王国だ。
近年、イングラム帝国は侵攻を計画しているとのうわさもでている以上、フリューリンク家はその最前線でもあった。
フリューリンク家としては、マルスを警戒するのも頷ける。
単なる貴族の子供のいたずらみたいなものから、色々な人の思惑が重なって、大きなものになっていく。
今回のルナの件がそうだろう。
小さいところで、つぶしておければいいのだが。
それには情報が必要だ。
そう考えると、ますます問題になってくる場所がある。
マルスとフリューリンク家が潜在的な敵対関係にあるとしたら、その間に領地をもつオーブ領はどうなる……。
「ヴィーヌスは大丈夫だろうか……」
演技をせずに声に出してしまった。
それほど俺の中で動揺が走ったのだろうか?
フリューリンク家とベルンの間にあり、街道上モーント辺境伯領と隣接しているオーブ子爵領は、何かが起きると最前線になってしまう。
これまでのことを考えると、マルスが何もしていないわけがない。
「おぬしの心配ももっともじゃが、あ奴が好き勝手にはさせんて。まあ、わしもみておくしの」
デルバー先生の声は、今は心配ないことを教えてくれる。
たしかに、リライノート子爵はそう簡単に問題を見過ごさないだろう。
今はその心配よりも、自分のすべきことが大事だ。
「よし、お姉さまは大丈夫」
自分でも驚くほど、大きな声になっていた。
何となく、この不安感はヘリオスの部分からきているように思える。
だから、聞かせてあげたかったのかもしれない。
ヘリオスはヴィーヌスに精神的に依存している傾向にある。
そのヴィーヌスが危険な目にあったらどうなる?
泉にしてもそうだったが、よりどころを壊されたときのヘリオスは、何をするかわからない。
俺は一つの危険性を考えた。
まさかとは思うが、絶対とは言い切れない。
未だに抱く不安感は、そういうところも含んでいる。
だから、吹き飛ばしたかったのかもしれない。
大声を出したところで、変わりないのだろうけど……。
そうなった時のために、何か作っておこう。
そうならないことを信じて……。
「では、そろそろ君の家に行こうか」
すべてを見守っていた師匠は、そっと俺の肩に手を置いていた。
そうだ、デルバー先生もいる。
リライノート子爵もいる。
だから任せよう。
俺も体は一つしかない。
焦っても何も生まれない。
時間が限られている以上、目の前のことに取り組もう。
「集団転移」
デルバー先生に一礼し、俺は部屋にもどっていた。
*
俺の部屋に集まってもらい、紅茶を用意しながら全員に座ってもらった。
応接セットの机を挟むようにして、俺と師匠、ルナとテリアとで座っている。
俺の正面に座るルナは、師匠の存在に圧倒されているようだった。
テリアはなまじ師匠の正面なだけに、その影響をまともに受けている。
視線を向けられないのだろう。
俺の方を見るようにしていた。
「というわけで、テリア。この方が私の師匠ヘルツマイヤーさんだ。見ての通りエルフだよ。君に精霊魔法を教えに来てもらいました」
テリアは呆然と俺を見ている。
確かに俺は今度師匠に紹介すると言っていた。
それに、あれから一日も立っていない。
それにまず、俺に手ほどきをしてもらってから、師匠に会わせてもらえると思っていただろう。
俺もそのつもりだったけど、デルバー先生の好意でこうなった。
「いろいろ事情があってね。それに、僕よりも絶対に教え方が上手だからね。あと、僕も師匠から教わったから、テリアは僕の妹弟子だね」
若干ルナの表情が変化したが、今は気にしないでおこう。
いきなりのことで、混乱していた様子のテリアも、なんだか落ち着いたようだった。
師匠の持つ雰囲気を感じたのかもしれない。
「厳しいかもしれないけど、テリア。君は立派な精霊使いになれる」
今の雰囲気にない怖さが、これから待っている。
決して師匠の前では言えないその言葉を、どうにか伝えておきたかった。
「まあ、そういうことだから。さっそくはじめようと思うけど、まずは話をしておくかい」
師匠は俺の目論見を悟っていたようで、若干不機嫌そうな声を出している。
いや、だからそれが怖いんだって……。
「そうですね、まず私の話からしましょうか。すみません師匠」
今がいい。
始めた後は、集中してほしい。
そうは言っても、やはり話すのは勇気がいる。
俺の目の前にいる二人。
俺は彼女たちを見ているが、彼女たちが見ているのはヘリオスだ。
ヘリオスでないものが、ヘリオスとして活動していて、それはヘリオスでないという事実をはたして受け入れられるものなのだろうか?
なまじ、デルバー先生やヘルツマイヤー師匠が普通だったので、そういうものかと思ってしまった。
しかし、よくよく考えてみると、普通でない二人だ。
俺は、勘違いしているのかもしれない。
だましたと言われるかもしれない。
ヘリオスから出ていけと言われるかもしれない。
そんな不安が頭をよぎる。
でも、それでも。
伝えておかねばならない。
俺は、ヘリオスではないのだから……。
「まずは驚かないで聞いてほしいんだけど、この僕は、このヘリオスではありません」
我ながら、下手な説明だった。
二人は何を言っているのかわからないという顔をしている。
咳払いをして、もう一度仕切りなおした。
「つまり、この体には2つの人格があります。一つはこの体の持ち主であるヘリオスという名の存在。そしてもう一人は僕という存在です。僕はヘリオスのことを知ってますが、ヘリオスは僕のことをつい最近までは知りませんでした」
こう言えば分ってくれるだろうか?
「えっ……。あの……。つまり……。」
ルナは心慌意乱のさまをみせている。
その心が落ち着くまでは待たなければならない。
まずは、事実を受け入れてもらわなくてはいけない。
しばらくして、ルナは落ち着きを取り戻したかに思えてきた。
「質問してもよろしいでしょうか」
まっすぐに俺を見つめてきた。
「いいよ、なんなりと」
説明するよりも、その方がいい。
自分が疑問に思うことを解決する方が理解しやすい。
「昔、森で助けていただいたのは、どちらの方ですか?」
ルナは幼いころの話をしていた。
「それは僕だよ。屋敷まではこの僕がこの体を支配していた。ウラヌス兄様に殴られるまではね。そこから後は、君の兄さんだよ。だから君の兄さんは何のことかわからなかったと思うよ」
そう、あの時ヘリオスは何が何だかわからなかっただろう。
しかも、その事をヘリオスに説明してくれる人もいない。
メルクーアもあの時にはいなかったから、噂を聞いていただけだ。
その事に関して何も言わないのが、彼女の心遣いだろうけど、彼女も分からないというのが本音だろう。
本当にヘリオスには申し訳なかった。
でも、あの時のウラヌスの攻撃。
あれは俺を強制的に引きはがしていた。
まさか俺を知っているのかと思ったが、そうではないようだった。
魂を揺さぶる攻撃方法を試しただけのようだった。
よくも弟にそんな攻撃ができるものだ。
俺はウラヌスを、完全に敵だと認識している。
ルナは納得したようで、質問を変えてきた。
「ベルンのお土産を買っていただいたのは?」
話しが遡ったな。
でも、確かにルナとの接点はそれくらいしかないか……。
「それも僕だね。子供の時に行ったベルンは僕だ。ベルンに行く少し前からは僕だよ。そして、帰って来てしばらくも僕だった」
懐かしい思い出だ。
また、あの時のように旅がしてみたい。
この世界をたくさん堪能してみたい。
あの旅で、俺はいろんな人に知り合うことができた。
バーン、シエルはもちろん、できればもう会いたくないルアンダだって、出会いの一つだ。
俺の数少ない……、俺自身の思い出だ。
「では、アネットとのやり取りも……」
ルナは自分のブローチを見ている。
「それも僕だね。その花言葉は、僕が君に贈りたかったものだよ」
俺もそのブローチを見る。
その願いはまだかなえられていない。
いつか、ルナが大きくなって、家庭や家族を持つようになったときに、俺がそれを実感できればいいのだが……。
それまでは、俺ができるだけ支えよう。
彼女の居場所は、俺が守ろう。
「最後に、今回私たちを助けてくださったのは?」
うつむきながら、ルナは尋ねている。
やはり思い返すのも苦しいのだろう。
忘れることはできないだろう。
でも、それについて、いつか苦しみを無くしてしまえるようにしてあげたいと思う。
「それは君の兄さんだ。僕は最後の最後に手助けしたに過ぎない」
きっぱりと宣言する。
準備はしていた。
でも、行動したのは間違いなくヘリオスだ。
こう言ってはなんだが、ヘリオスはその気になれば、知らないふりもできたはずだ。
それをしなかったのは、純粋にヘリオスがルナ救出を望んだ結果だ。
もっとも、俺の知るヘリオスが、そんなことしないのは知っている。
だから俺もできる限りのことをしたつもりだ。
まあ、デルバー先生にはかなわないが……。
うつむくルナに対して、どう言っていいかわからない。
ただ、だましていたことには変わりはない。
質問に答えるうちに、ルナとの接点はすべて俺が作っている。
そして、その後のかかわりは、事情を知らないヘリオスに託している。
その結果、ルナは激しい混乱にあっただろう。
何よりも、だましたという事実は消えない。
「いろいろだましていたようで、申し訳ない。しかし、僕はいろいろと知っているけど、本当に、君の兄さんは何も知らないんだ」
謝るしかない。
頭を下げながら、ヘリオスに対する誤解だけは解いておかなければならない。
しばらくうつむいて黙っていたルナは、晴れやかな顔をして俺に宣言していた。
「やはり、あなたのことはヘリオス様とお呼びします」
そう言ってルナはにこやかにほほ笑んでいた。
「そして、私をだました罪を償っていただきます」
立ち上がり、隣に座ったルナは、俺を上目づかいで見つめてきた。
「これからは私を妹として扱わないこと。一人の女性として扱ってください。私の兄様はあなたではありませんので」
ルナはにっこりとほほ笑んでいる。
有無を言わさぬ迫力。
思わずのけぞるが、師匠に押し返された。
「うん、まあ、そうだね……」
そういうしかなかった。
具体的にどう接すればいいのかわからなかったが、公式に妹でない以上、妹として接するのもおかしな話になってくる。
ルナもその方が芝居をしやすいに違いない。
三文芝居だが、自分で壊す必要はなかった。
「そうだね。君はルナ=フォン=オーブだったね」
無理やり納得していた。
精霊たちが周りで騒ぎだしたが、正論なので後で説得するしかない。
というか、この場の全員が騒いでいるの知ってるだろうに。
全く味方になって入れる人はいなかった。
ベリンダ、頼むからそんな目で見ないでほしい……。
ただただ、ほほ笑むルナをみて、話しを進める方がいいと思った。
「テリアの方は納得してくれたかな。一応君とは、ほとんど僕とのかかわりだけどね。最初にあった時はルナのお兄さんの方だよ。そして、僕が精霊魔法を使える方だけど、ルナのお兄さんの方は古代語魔法使いだよ。なので、君には不自由をかけると思う。精霊魔法の手ほどきをするはずだったけど、どうも時間がないみたいだよ」
謝るしかない。
ミミルはまだ大丈夫そうだが、何日もというわけにはいかない。
「もちろん、師匠もべったりというわけにはいかないんだ。君には課題を出しておいて、それができれば報告するという形を取ってもらうよ。デルバー先生にはお願いしておいたので、師匠と会いたいときにはデルバー先生にお願いするといいよ」
そこまでいうと、テリアは何かを聞きたそうにしていた。
「どうしたんだい?」
テリアの様子が変だ。
さっきの説明とは別のことを気にしている感じがする。
「わたし……ここにいていいの?」
精一杯だった。
テリアはその言葉を、精一杯紡ぎだしていた。
縮地を利用し、テリアの隣に立つ。
その小さな体を、思いっきり抱きしめていた。
「いいんだ」
思わず大きな声を出してしまった。
「君はここにいていいんだ。たとえ、ヘリオスがダメだとしても、この僕がここにいていいと言う」
今も震える小さな体を精一杯抱きしめた俺は、すでにこの場にいるみんなを、もう一度呼んでいた。
「シルフィード」
にっこりほほ笑むシルフィード。
「ベリンダ」
優しく頷くベリンダ。
「ミヤ」
俺の背に隠れながらも、頷くミヤ。
「ノルン」
にこやかに手を振るノルン。
「そして今は力を使い続けているミミルが、君はここにいていいいという証人だ」
ミミルをのぞいて全員を紹介する。
俺がいなくても、きっと彼女たちが味方になってくれる。
だから、安心していい。
テリアを話して、その目をじっと見つめる。
聡明な子だ。
俺の言葉を理解していた。
「ヘリオス様。私もそうです」
俺の背後から、ルナがそう宣言していた。
「あなたのことは私が面倒を見ます。たとえ、ヘリオス様がいなくても、私が責任を持ちます。兄様には何も言わせません」
も一度テリアの横に座り、その手を握っていた。
「……。ありがとう……」
嗚咽交じりのテリアを、もう一度つよく抱きしめた。
「よし、そろそろはじめよう。まずは交信だけど、これはできそうだね……」
師匠は気分を変えるように手を打ち鳴らすと、修行開始を告げてきた。
ゆっくりとテリアを解放して、その耳に優しく語りかけた。
「君ならできる」
頭を優しくなでる。
この子なら、たぶん大丈夫だ。
俺は確信していた。
もう一度、師匠に礼をつくし、これからの予定を告げる。
「じゃあ、僕はこれから少し作業に入ります」
皆にそう言うと、それぞれに挨拶をした。
「ひょっとすると、しばらくは会えないかもしれないけど、僕は必ず帰ってきます」
皆に約束をするというよりも、自分に言い聞かせたと言う方が正しいだろう。
何か言いたそうにするルナにほほ笑んで、俺は自分の作業部屋に入る。
精霊たちはそれぞれ、首飾りに飛び込んでいった。
ごめんよ、ルナ。
背中に視線を感じつつ、俺はその扉を閉めていた。
*
「ミミル、もう少し頑張ってね……」
本当に申し訳ないが、もう少し頑張ってほしい。
「うん、まだ大丈夫だわさ」
意外に元気そうな声に、俺は少し安心していた。
しかし、妖精の姿のままだ。
もう、ハムスターに擬態することもできないようだった。
「じゃあ、まず魔道具を作成していくね。その最後にそれぞれの力を封じていってね。あと、一つ護符を作るので、それにはシルフィード、君に発動を託すよ」
ミミルの指輪と同じ方法で、それぞれの魔道具を作成していった。
願わくば、ヘリオスがこの力を使うことがないように……。
そしてその力の大半をそれぞれの精霊たちが使い切ったころ、信仰系魔法を使うための魔道具作成に取り掛かる。
これだけは、ヘリオスの命に係わる。
計画を妨害されたものは、必ずと言っていいほど暗殺と言う手段を報復に選ぶ。
それは、何処の世界でも同じだ。
特に、この世界ではその職業すら公然とあるのだ。
ヘリオスの命が狙われるのは、ヘリオスが活躍すれば、当然の結果となる。
その時、身を守れない状態かもしれない。
精霊たちも守れないかもしれない。
最後の最後にヘリオスを守るべく、この魔道具たちに願いを託す。
覚えたての最高の信仰系魔法をその魔道具に封じていった。
***
なんや、すごいな……。
それにしても、疲れたわ。
ウチの条件忘れとるんとちゃうやろか。
昼寝温泉付やで。
最近ますます、ウチを使って……。
精霊使いが荒いんとちゃう?
って、文句言っても聞こえへんやろな。
あんな真剣にしとる。
それにしても、あれだけ作ったのに、まだつくるんかいな。
シルフィードとミヤなんか、その鬼気迫る姿に驚いとるで。
まあ、うちもやけど。
なにがそうまでさせるんやろ。
まっ、聞かんでもわかるけどな。
それにしても、また一段と……。
これはほんまに覚醒の可能性が大きいな……。
精霊女王。
アンタの目論見とは、たぶん違うかもしれへんな。
まあ、あんたの意志がなくなった時点で変化せなあかんのやろうな……。
そうそう、あんたの力、存分に活用させてもらっとるよ。
記憶の方は相変わらずとぼけとるけど、ちゃんとやっとる。
まあ、予想外の出来事が起こったにせよ、十分やと思うよ。
いや、むしろいい感じとちゃう?
ベリンダは相変わらず、複雑そうな表情しとるな。
心配なんやね。
でも大丈夫。
ウチが与えた加護がしっかり働くから、大丈夫や。
ん?
なんや、ヘリオスが呼んどるな
集まって欲しいっていうても、ウチらもクタクタやで……。
どないしたん、一人一人そばに呼んで。
みんな集めたんと違うんかいな。
「シルフィード。君はヘリオスの理解者だ。だから、ヘリオスのことをしっかり見てあげてほしい。架け橋になってあげてね」
シルフィードはあっちの子も気にかけとる。
それ以外は知らんふりやからな……。
ウチもそうやけど……。
シルフィードしか頼める子がおらんやろな……。
なんや、一人ずつなんか頼みごとかいな。
「ミヤ、本当に何かをしてほしい時には必ず声にするんだ。誰もが君の心の声を理解できないからね。特にヘリオスにはちゃんと君の言葉を伝えてあげてね。そして、今言ったことは必要なことだから忘れないでほしい」
なんや、自分の小指に新しい指輪をつけて……。
ミヤの小指と自分の小指にからませて、いったい何するん。
「これはね指切りといって、特別なおまじないだよ」
特別という言葉、ミヤはもうお花畑やな。
ちゃんと覚えてるやろか……。
指切りか、けったいなおまじないやな。
こないだのじゃんけんと言う遊びといい。
また、色々向こうの事教えてもらわなな。
それにしても、ちょっと不安に思ってしまうくらい、ミヤは上機嫌やわ。
ヘリオス、あんたそれ、あかんわ……。
ミヤの頭なですぎ。
ちょっと小突いてやりたい気分やわ。
「ベリンダ、君はいろんなものを背負いすぎているね。しんどくなったときには、ノルンに愚痴を言ったらいいよ。たぶん彼女はいろいろなことが分かっていると思う」
確かに、ベリンダにたまには気を抜くことが必要やな。
でも、なんでその相手、ウチなん?
ベリンダも困ってるで……。
あの子はたぶん精霊女王からいろいろ頼まれとるんやろ。
詳しくは言わんけど、話しからそう思う。
まあ、話してくれたらきいたるよ。
ベリンダを見て頷いとこ。
さあ、いよいよウチの番。
いっつも最後なんは気になるけど、まあ、前にヘリオスが言ってた、真打登場ってやつやな。
「ノルン、たぶんこの先、君に一番嫌な役目を押し付けてしまうと思う。先に謝っておくね。君のことだから、僕の知らないことまで気が付いているんだろうけど、次に会う時までみんなのことを頼んだからね」
当分昼寝は無しかいな……。
全く精霊使いが荒いにもほどがあるわ。
でも、そんな顔であてにされたら、ウチも頑張ってみようかなって思うわ。
あっ、もう一人おった。
ウチは最後じゃなかったわ……。
でも、精霊では最後と言うことでまあ、ええわ。
ミミル……。
あの子もえらい無茶するな。
でもまあ、今のところ、うまいこといっとるからいいか。
「ミミル、たぶん君は僕と同じでこの先何もできないんだろうね。だから、今度会う時にいっぱい話を聞くから、がまんしてね」
ミミルへの感謝か……。
それは、本当の意味ではおかしな話なんやけどな。
でも、今の状態やったら、感謝しか無いやろな。
精霊女王も、まさかミミルがそうするなんて思いもせんかったやろうし。
まあ、ある意味、仕方ないわな。
自分の分身がやったことやし。
それぞれの精霊に、想いを託したヘリオス。
また、集中しだした。
自分の存在まで切り出して……。
みんなも疲れ果てて、本当は早く温泉につかりたいんとちゃうやろか。
ウチはそうやで。
でも、なんか……。
見とかなあかん気がするんやね。
それにしても、どんどん魔道具を作り続けている。
もういいから……。
十分とちゃうの……。
数多くの精霊の魔道具、回復系魔道具を作り終えて、立ち上がった瞬間、ヘリオスは支えを失ったように倒れとった。
危ないと思った瞬間、素早くシルフィードがその力で支えとった。
たぶんわかっとったんやろな、あんたえらいわ。
風の精霊の柔らかな支えで、ヘリオスは無事に横になっていた。
シルフィードにお礼を言い、笑顔でそれらを専用空間にしまいこんだヘリオス。
ようやったな。
後は任せとき。
あんたがおらんときは、ウチがきばるわ。
「がんばったね、ヘリオス君」
その頭を自らの膝に乗せ、髪をなでるようにしてシルフィードはささやいとった。
ついにヘリオスの秘密が、ルナの知るところとなりました。自分の役割を終えて、帰還するまえにやれることをやれるだけ行っていきました。
次回、帰還した月野君を待っていた現実とは。




