善後措置
伯爵を倒したヘリオス君は凱旋します。
あたりはすっかり朝になっていた。
「お帰りといってもらえて初めて、帰ってきた気がするからね」
順番に一人一人、その家まで送って行くことにする。
まずアネットだ。
約束してからかなりたつ。
コネリーにも、ハンナにも、本来なら会わせる顔などない。
でも、アネットを責任もっておくる。
少なくとも、約束した以上は当たり前だ。
店の近くまでくると、アネットは急に駆けだしていた。
まだ、姿は小さいが、その姿は良くわかる。
店の前でひざまずき、祈るハンナ。
恐らくあれからずっとそうしていたのだろう。
その姿をみると、本当に申し訳がなかった。
「おかあさん!」
そう叫んで走っていく。
立ち上がるハンナに、アネットは飛びついていた。
あまりの出来事に、戸惑っていたハンナだったが、その手はしっかりとアネットを受け止めている。
そして、現実を理解したのか、アネットさらに抱きしめていた。
抱き合う二人は、心から無事を喜んでいるようだった。
いつまでも抱きしめあうその姿をみて、ルナはその場で立ち止まっていた。
ルナは自分を責めているのだろう。
俺はルナの背中にそっと手を添える。
「大丈夫だ」
それ以上は言う必要ない。
過去は決して変えることはできない。
目を背けても、その事実は消えたりしない。
でも、これからは自分がどう向くのかで決まる。
アネットたちに申し訳ないと思うのなら、これからその償いをしていこう。
それには俺もついている。
アネットたちも分かってくれるはずだ。
ルナの背中の手に力を入れる。
そして、優しく押し出した。
そう、共に行こう。
俺は、ルナの手を取った。
店の前でのやり取りに気が付いたのであろう、クラウスとコネリーが飛び出してきた。
二人はアネットの無事を確認し、泣きながら喜んでいた。
そして、俺たちがやってくるのを見て、今度は二人が駆け寄ってきた。
クラウスとコネリーは泣きながら、俺に感謝を告げていた。
ルナの目を見て、その手を離す。
俺は二人に頭を下げた。
「遅くなってごめん、コネリー。君の姉さんはすごく怖い思いをしている。何か落ち着けるものを用意してあげて。そして、ありがとう。知らせてくれて」
「クラウス、君もコネリーとともによくやってくれたね。いろいろ大変な思いをしたんじゃないかな?あまり無理はしないでね。そして、ありがとう」
すぐに助け出せなくて申し訳なかった。
そして、その危機を知らせてくれたことに、俺自身はお礼をいってない。
だから、二人に謝罪と感謝の気持ちを伝えるため、もう一度頭を下げた。
頭をあげたその時に、ハンナがアネットと一緒にやってきていた。
「ハンナさん、遅くなって申し訳ありませんでした」
あらためて、ルナの手を取り、ハンナに謝罪する。
そして、アネットにも、改めて謝罪した。
隣でルナも、涙ながらに頭を下げていた。
「いいえ、いいえ……こうしてアネットが無事で……ヘリオス様、ルナ様……本当にありがとうございました」
ハンナは、その優しい顔を涙で濡らしていた。
こうしたやり取りは、周囲に人だかりを生んでいた。
近所の人たちが集まっている。
口々に、アネットの無事を喜んでいた。
ハンナとアネットの人となりがよくわかる。
この人たちは多くの人たちに愛されていた。
「さあ、アネットも疲れているだろうから、中で」
さすがにいつまでも、ここにいるわけにもいかない。
アネットも、ゆっくりしたいはずだ。
近所の人たちにお礼を言う姿は、もう少し落ち着いてからでいいだろう。
俺の意図をハンナは十分に理解してくれた。
俺は、近所の人たちに断って、アネットたちを店の中に連れて行った。
多少強引でも、ここは俺がした方がいい。
店の中に戻った4人は、ほっと息をついていた。
「では、僕はこの子たちを送って行きますので、これで」
最後にそう言って、店を後にする。
「ヘリオス様……本当にありがとうございました」
俺の背中に向かって、そう感謝を言うアネットに対して、片手をあげて答えていた。
俺に対してはもういいよ。
今度ヘリオスが来た時に、もう一度だけお礼を言ってほしい。
最後まで頑張ったヘリオス。
俺のわがままだけど、アネットの口からその言葉を聞けたらうれしいだろうから……。
「さて、順番に行くとまず、ナタリアの家かな?」
十武候の屋敷は王都の門から王城に向かう通りに、向かいあうように建てられている。
いわゆる大通りに、右と左で5家ずつならんでいた。
一番近いのはゼクス家だった。
「ええ……」
ナタリアはなぜか不満そうだったが、屋敷の前につくとアネットと同じように泣いていた。
「じい……」
「お嬢様」
ナタリアの家族はここにはいないようで、おつきの世話人と再会を喜んでいた。
そして、同じように感謝された。
アリスの家も同じようだった。
もともと学士院の見学だけに訪れていたので、家族は一緒ではなかった。
彼女たちはすべて三女、四女であり、その扱いはそれほど良いものではない。
それでも、彼女たちのために、屋敷の人たちは無事を喜んでいた。
しかし、残るテリアを送り届けようとしたときに、少し違和感があった。
最後のフィーア家につくまで、テリアは俺の服をつかんで離さなかった。
だから、わかる。
その足取りは、徐々に重くなっている。
服をつかむその手は、かすかに震えていた。
ゼクス家とフィーア家は隣に位置していたので、そこの距離はほとんどない。
だからこそわかる。
違和感はますます膨らんでいた。
通常、隣でこれだけ騒いでいたら、同じ境遇であれば何事かと様子を見に来てもおかしくはない。
ハンナの店でもすぐに人だかりができたし、アリスの家では関係のない家の人たちまでその無事を喜んでいた。
しかし、フィーア家の門を前にして、その違和感が間違いではないことに気が付いた。
「ヘリオス様……ありがとうございました」
テリアは俺に抱きつくと、震える声で、そう告げてきた。
その頭をなでながら、俺は短くお願いする。
「シルフィード」
それで理解したシルフィードは屋敷の声を拾ってくれた。
「あら、あのお嬢様無事に帰ってきたのね」
「気味の悪いお嬢様がいなくて、せいせいしてたのにね」
「ほら、一応出迎えに行かないと」
「ほんと、あの呪われているとしか思えないのは、どうにかならないかしら。気味が悪い」
「しかも、笑顔なんだぜ。俺たちがこう言ってるのも知っててさ」
何という事だ。
俺の感じた違和感は、これだった。
誰もテリアを迎えに来ない。
言い知れない怒りと共に、ヘリオスの境遇を思い出していた。
ヘリオスには、ヴィーヌスがいた。
でも、この子にはそういった人はいなさそうだった。
それでもこの子は、必死に耐えていたんだ。
「テリア、申し訳ないけど、君には少し付き合ってもらうよ」
テリアの返事を待つことなく、抱きかかえる。
見るからに仕方がなく出てきた使用人に対し、尊大に宣言した。
「申し訳ありませんが、テリア様は少し治療が必要と判断しました。このヘリオス=フォン=モーントが責任を持ってお預かりいたしますので、しばらくお帰りは延期させていただきます」
一刻も早くこの子をこの場所から遠ざけたかった。
それにしても、やけに軽い。
ルナを抱えていたからよくわかる。
あまりの出来事に、まだはっきり理解していないのだろう。
テリアは腕の中で、呆然としている。
後に続くルナは何も言わない。
ただ、俺が何も考えなく少女を誘拐したとは思わないだろう。
許せないんだ。
こんな子が、自分の家に帰りたくないと思うことが。
そう言う環境を作っていることが。
そして、使用人の会話の内容から考えると、この子は何も悪くない。
「兄様……?」
ルナは俺の横に来ると、見上げるようにしてのぞいていた。
ルナ。
そんなに心配しなくていい。
俺はまだ当分こっちにいる。
それに、何となくわかるんだ。
どうすればいいか。
だから、ちょっと待ってほしい。
俺の気持ちを察したのか、ルナはそれから黙っていた。
大通りを曲がり、横道に入る。
もう、フィーア家の屋敷は見えない。
「お兄様。今度はどちらに?」
どこに向かうのかは知りたかったのだろう。
俺の選んだ道は、どんどん主要通りから外れていく。
普通の貴族はいかない場所だ。
「少し寄りたい所があってね。ルナ、申し訳ないけど、もう少し付き合ってもらうよ」
ルナにも知ってもらいたい。
貴族、市民以外にも、この王都には暮らしがある。
通常虐げられている人たちでも、ちゃんと社会を作って生きている。
知らないことが、恐れや偏見を生んでいく。
でも、一歩踏み出したら、同じ人間だとわかるはずなんだ。
たぶん貴族社会にいるルナには、奇異に思えるかもしれない。
ヘリオスだって本当はそうなのだろう。
でも、ヘリオスは虐げられるつらさを知っている。
だから、積極的ではないにせよ、ヘリオスは理解してくれていた。
「はい」
ルナは笑顔でそう答えてくれた。
素敵な笑顔だ。
やはり、この子は俺のことをしっかり理解してくれる。
「ヘリオス様……」
恥ずかしそうにそういうテリアを見て、俺は未だにテリアを両手で抱えていることに気が付いた。
それもそうか。
もう、あの屋敷は見えない。
ここまでくれば大丈夫だろう。
何と言っても貴族社会。
テリアに不名誉な噂が立つのを避けなければならない。
そして、あとでヘリオスが困らないようにもしないといけない。
「ごめんよ、テリア。あと、君にももう少し付き合ってもらうよ」
ゆっくりとテリアを地面におろすと、その頭をなでていた。
「はい……」
短くそう言ってうつむくテリア。
本当にミヤを見ているようだ。
だからなんとなく、同じようにしてしまう。
頭を二度、軽く叩いていた。
「よし、行こう」
二人をつれて歩く。
しばらく歩いて、目的の場所にたどり着いた。
スラムの入り口にある斡旋所。
俺はここに用事があった。
*
「デント所長さんはいますか?」
受付の女性に対して、ただそれだけを聞いていた。
早く取り次いでもらいたい。
でも、通常ここは仕事を斡旋するところだ。
所長に用事がある人間が、この窓口を利用しないのかもしれない。
けげんな表情を浮かべる受付の女性は、どのような要件かを聞こうとしたのかもしれない。
しかし、その口が開くより早く、奥の扉が開き、デントが現れていた。
「ヘリオス様、ご無事でしたか」
デントは一目散に駆け寄ってきた。
そして、受付の女性に対して、やんわりと伝えている。
「君、この方は私の大事な方だから、覚えておいて」
その雰囲気に、受付の女性はただ頷くのみだった。
「あちらからどうぞ」
デントが扉を指し示している。
受付の女性に礼を言うと、その扉へと向かっていた。
扉を抜けた先は廊下になっていた。
通路は左右に分かれており、デントが右の方で手を振っている。
その招きに応じて進むと、応接室と書かれているところに案内された。
「そのご様子だと、目的を果たされたということですね」
デントは結論を聞いていた。
ある程度のことは知っているのだろうが、一応確認しておかねばならない。
「そうですね。予想以上のことになってしまいましたが、一応お話します。それといろいろとありがとうございました」
そう前置きをして、要点を語る。
ルナを連れ去ったのは王都でおこっていた少女誘拐犯の仕業であること。
その黒幕はノイン伯爵であったこと。
自分はそのノイン伯爵から5人の少女を助け出したこと。
その3人はすでに家に帰していたが、妹のルナは自分についていてくれているが、テリアは治療が必要なため、こちらで預かっていること。
こんなとこだろう。
「それでですね、フィーア家について、少し教えていただこうと思いまして……」
それ以外にも、ここに来た目的を話す。
情報はできるだけ多い方がいい。
残念ながら、デントも詳しくは知らなかった。
でも、調べると約束してくれた。
元警備隊員だ。
調べるということはそれなりに期待できる。
ならば、任せて問題ない。
また今度聞きにこよう。
そう思い、席を立とうとしたときに、デントは申し訳なさそうに告げてきた。
「あの……」
何かを言いかけて、いったん言葉を飲み込んでいた。
俺が黙って見つめていると、ため息をついて告げてきた。
「一応お耳には入れておいた方がいいと思うので、お話します」
そう前置きして語るデントの話は、衝撃的だった。
「お二人には、すでに亡くなられたとのうわさがあります。あと、そちらのテリア様もそうです」
これは一部の貴族の間で噂されていることであることを告げてきた。
一部とは、もちろん四大貴族のことだった。
「早すぎますね」
手際が良すぎる。
あらかじめ決められていたこととはいえ、シナリオは書き換わっているはずだ。
どうして、そうなった?
これはデルバー先生に確認しなければならない。
それと、ルナが亡くなったということは結構深刻な事態になっているはずだ。
知らない間に、事態は複雑に絡み合ってきたようだ。
これは一度整理する必要がある。
デルバー先生と話さなければならない。
となると、デントに流した情報は、いったん留めておいた方がよさそうだ。
「あと、ご面倒ですが、私が話したことは内密にお願いします」
何がどうなっているか確認すべきだろう。
ただ、一つ気になることもある。
それだけは、デントに追加でお願いしておこう。
「デントさん。さっきの質問に、フィーア家とゾンマー家の関係も教えていただけると助かります」
ひょっとして、踊らされているのか?
デントにお礼を告げて、斡旋所を後にした俺は少し考えるために、歩みを止めていた。
「お兄様……」
ルナの不安そうな声。
いかんな。
この俺が、そんな態度じゃだめだ。
まずは、わかってることを確認しておこう。
ルナには厳しい現実かもしれないけど、この先どうしても付きまとう。
なら、俺がしっかり支えられるうちに、そこを何とかしておこう。
「ルナ、テリア、いろいろあると思うけど、僕が守るから。二人ともこっちに」
自信を持って答える。
不安はあるが、何とかして見せる。
この俺が、ヘリオスに代わって動いているんだ。
弱音を吐くわけにはいかない。
「集団瞬間移動」
転移した先は、ルナの部屋がある屋敷。
まず、マルスの動きの確認だ。
この件に、マルスが関与しているのであれば、ルナの部屋はもう……。
「ルナ、ちょっと部屋によって行くから案内して、それと、何があっても心配ないからね。さっきも言ったけど、僕が付いている」
黙って頷くルナは、俺の真剣さに何かを感じたようだった。
そして、ルナを先頭にして俺たちは屋敷の中を進んでいった。
「そんな……」
扉を開けたルナは、呆然と立ち尽くしていた。
背後からそっと覗き見る。
ほんの少し前まで、そこはルナの部屋だったのだろう。
しかし、ここには何もなかった。
服も、家具も、本も、なにもかもがなくなっていた。
やはり、最初から関与していたか、マルス。
ルナの体を引き寄せて、テリアに手を伸ばすと短く唱えた。
「集団瞬間移動」
学長室の扉の前に転移する。
ずっと見ていたのだろう。
ノックする前に、入室の許可が下りていた。
「入ってよい」
いつになく、デルバー先生の声はまじめだった。
「よし、ヘリオスやまずは無事で何よりじゃ、そしてルナよ。いろいろあるが、体が無事でよかったの」
デルバー先生は俺たちの帰還を喜んでいた。
「あと、その子はテリアじゃったの、おぬしもよかったの」
やはり何でも知っていた。
いや、見ていたのだろう。
「先生、この指輪すごいですね」
もはやあきれてものが言えない。
俺の攻勢防壁は完ぺきな精度を誇っている
ヘリオスにも、似たようなものを装備させている。
事実、伯爵領では何度か反応があった。
あわれなその犠牲者に対して、のぞきは犯罪と言ってやりたい。
「ん?そうかの?んー。じゃが、今はそれどころではないの。まあ、あとでゆっくりとの」
やはり魔道具をほめられるとこの人は笑顔だ。
しかし、すぐにデルバー先生は真顔になり、俺たちに座るように勧めてきた。
いつになく真剣な表情。
それは、事態の深刻さを表していると考えていいだろう。
俺を挟んで、ルナとテリアが座り、デルバー先生はその正面に座ってから話し始めた。
「まずは、物語を語って聞かせようかの」
淡々とした口調で、デルバー先生は短くまとめて話し始めた。
まずはルナに関してのことだった。
ルナはすでに退学していること。
その後少女誘拐に巻き込まれて、行方不明になったこと。
そして死亡が確認されたこと。
第一発見者はその森に狩猟に来ていた、ディーンだった。
そこにはあと四人の犠牲者がいたが、いずれもやけどの跡がひどかったので、埋葬したとのことだった。
次にヘリオスに関してのことだった。
ヘリオスはルナの発見者であるディーンを逆恨みしたこと。
ヘリオスにいわれのないことで報復されることを恐れたディーンは、懇意にしていたノイン伯爵の領地に避難したこと。
逆上したヘリオスは、ディーンを保護したノイン伯爵ともどもその領地にて大規模な殺害をしたこと。
そのことをゾンマー家は問題視し、モーント辺境伯に責任を追及したが、辺境伯からはそのようなものは入学と同時に勘当していると返答があったこと。
勘当処分により、学士院は除籍処分となったこと。
「ということのようじゃよ」
デルバー先生は、他人事のようにそのように締めくくった。
ルナはあまりの出来事に、放心状態になっていた。
「え……退学……死亡……?」
そうつぶやいていた。
「なかなかの物語ですね。いったいどこまで、誰がかかわっているのか知りたいものです」
個々のシナリオとしても十分なものだった。
でも微妙にニュアンスが違う。
複数の作者が存在する物語。
そしてそれをまとめた演出家か……。
「これだけの物語を、しかも、それぞれの作者が違う物語をよくつなげましたね。さすがは……。といったところですね」
本当に感心する。
さすがはマルスと言うべきなのかな。
ルナの前では言えない。
ルナは切り捨てられたのだ。
少女誘拐の物的証拠をマルスは持っている。
ルナがさらわれるのを放置して記録映像に取らせたのだろう。
それをネタにゾンマー家を揺さぶるつもりだったのだろう。
そうするとノイン伯爵が真祖であることも知っていることになる。
そこからゾンマー家を追い落とす算段だったか。
しかし、おかしい。
どう考えても、これでは説明が付かない。
でも、それをここで真剣に考えても仕方がない。
答えを当てたところで、何にもならない。
もう、物事は動き始めている。
その対策の方が大切だ。
幸いここにはすべてを知っている人がいる。
聞いてみるのが早かった。
「その物語だと、やや結末が作者の思惑とそれていると思いますが……」
デルバー先生は俺をじっと見つめていた。
「ほっほっほ。やはりそうきたかの。おぬしはわしを楽しませてくれるの」
明らかに今までと違う雰囲気。
デルバー先生は楽しそうに話し始めた。
「それはの、おぬしもよく知る男があるものを演出家ではなく、わしに届けたからかの」
デルバー先生は記録映像を投影した。
それは誘拐の現場だった。
五人の少女が馬車に入れられていた。
少女一人一人の顔が、しっかりと映し出されている。
その後、すごい勢いで馬車は屋敷を出ていった。
その紋章。
ゾンマー家の紋章がくっきりと描かれている馬車で。
そしてデルバー先生は、今度は違う記録映像を投影してきた。
それにはゾンマー家の家紋入りの馬車が、王都を抜ける道をひた走る様子が克明に記録されていた。
王都の門を抜けるまで、その映像は追いかけられていた。
「……」
「……」
ルナとテリアは両手を口の前で合わせ、唇を抑えていた。
自分たちが連れ去られる様子が映像として残っている。
これは、そういうことだった。
「お義父様……」
ルナはうつむき、声を押し殺して泣いていた。
ルナは義父に捨てられたことを理解したのだろう。
退学も、死亡もマルスにとってルナを利用する最後のことだったのだろう。
ルナの背中に手を回し、体を引き寄る。
「お兄さま……」
ルナはそう言うと、目を瞑り俺に体を預けてきた。
マルスにとって、血のつながりはない。
それでも、娘として一つ屋根の下で過ごしたはずだ。
ルナは、ヘリオスのように顔を合わさない関係ではなかったはず。
それを使い捨ての道具のように扱っていた。
許せない。
ヘリオスに対する態度でもそうだが、俺の怒りはさらに膨らんでいく。
この指輪だってそうだ。
これがなければ、ルナは苦しまなくても済んだはずだ。
そう言えばこの形、以前読んだ本で書いてあった気がする。
こんな風にじっくりこの目で見ることができなかったが、確かにこの形には見覚えがある。
そうだ、賢者の本。
そこに書かれていた指輪だ。
ヴィーヌスの指輪と同じもの……。
名前は忘れたが、これは精神の精霊契約をベースに、古代語魔法の呪いがかけられている。
だから、精霊魔法と古代語魔法の両方の解呪が必要なものだ。
心の中で、ミヤに問いかける。
大丈夫との返事に、俺は安堵した。
じゃあ、ルナ。
この指輪とはおさらばだ。
長い間、よく我慢したね。
「……」
ルナに聞こえないように、そっと契約解除と解呪を同時に行った。
これでよし。
ゆっくりと右手の指輪を外す。
その瞬間、ルナの体は大きく反応した。
その後、何かから解放されたかのように、体の力を失っていた。
ルナが大きく息を吐いた。
それはルナの心に大きくのしかかっていたものが取れた証拠だろう。
ルナはまだ、外れた指輪を見ている。
たぶん何度か外そうと試みたに違いない。
指輪には、ところどころ傷がついている。
ようやくルナは、その顔を俺に向けてきた。
まだ混乱しているのだろう。
その顔はこれまでの心の戦いが、いかに苦しかったのかを物語っている。
俺はどんな顔をすればいい?
どうすればいい?
考えようによっては、俺もヘリオスに同じようなことをしている。
そんな俺が、今のルナにどんな顔で向き合えばいいのだろう?
混乱する俺の頭に、精霊たちの声が聞こえた。
そうか、そうだな。
今は、この気持ちに従おう。
「お帰り、ルナ」
笑顔でそれだけを告げる。
難しく考えることは無い。
俺がルナの幸せを願っている。
それを伝えるだけだ。
泣き顔を見られたくないのか、ルナは俺に顔をうずめてきた。
誰はばかることなく、その場で泣くルナの背をそっと抱きしめる。
この場所に、それを咎める者はいない。
だから、思う存分声に出して、ルナは泣いていた。
ひとしきり泣いて落ち着いたルナを、俺は開放した。
ルナの涙をハンカチで拭き、デルバー先生の方に向き直り、ルナの頭を肩に乗せる。
たぶん、ルナはまだ落ち着いていない。
だから、こうして時を待つ。
今の俺にできることは、こんな事しかなかった。
「この映像を先生に届けてくれた方の名前は問いません。しかし、その方は大丈夫ですか?お父様にとってかなりの裏切り行為になるかと……」
この映像をもとにゾンマー家を追い落とすシナリオなのだろう。
その人間に心当たりがあるが、大丈夫なのだろうか……。
そして、伯爵のところにも別の記録係がいる。
そっちの方は、たぶん無事じゃないだろう。
「まあ、結果的には不十分な映像になるからの。おぬし、ヘリオスにも攻勢防壁を張っておったの」
そう言ってデルバー先生は俺の指を見ていた。
俺の攻勢防壁を封じた指輪。
それが俺の指にはめておいた。
俺の場合は意識してなくても発動可能だが、ヘリオスにはそれができない。
こればかりは仕方がなかった。
「ええ、それほど僕の情報は安売りしませんよ。それに、のぞきは犯罪です」
にっこりとほほ笑んでいた。
のぞいた人は、それ相応の報いを受けている。
若干一名いる例外の人に、犯罪だと認識してもらおう。
「まあよいわ、そのおかげで、おぬしが伯爵領に入った時からおぬしの記録はなくなっとる。当然記録係ももうこの世におらんがの」
デルバー先生はあきれた感じで話していた。
やはり、俺の言いたいことは、しっかり無視している。
「ただ、わしの方でおぬし以外を撮らせてもろうた。あのフェニックスはおぬしのかの?」
とんでもない話をしてきた。
確かに俺が入ってなければ、攻勢防壁は働かない。
しかし、フェニックスを撮るなんて……。
一体どうやったらそういう事が出来るんだろう。
ますます、この先生の謎が深まる。
「先生……やはり、のぞきは犯罪です……」
無駄だとわかっていても、そう言っておくしかない。
回りくどく言っても、この人には通じない。
ただ、都合の悪いことは聞こえないふりをする人だ。
全くたちが悪い。
「あの子とはあの場所で友達になりました。名前を教えてもらったので、いつでも呼べます」
上位精霊の名前を教えてもらうということは、それだけでフェニックスを召喚できることを意味している。
「ほほ、ついに上位精霊までもか。いや、これは楽しみじゃな」
ひげを揺らしてデルバー先生は笑っていた。
「それで、話は戻りますが、その執事は無事ですか?」
確認のため、デルバー先生にそう尋ねた。
「おや、なんのことじゃったかの、最近耳が悪なっての」
やはりデルバー先生は、はぐらかしてきた。
全くその耳は、都合のいい耳だよ。
「すみません、その人は大丈夫ですか?」
肩をすくめて、そう言い直す。
はぐらかしたということは、俺の推測は間違っていないということだ。
「おお、その人のことか、無事じゃ。今はわしの用事で、ここにはおらんのだがの。そのうち会えるじゃろ」
デルバー先生は遠くを見ている。
その視線の先に、何があるのか。
じっくり話すことができるのなら、一度話し合ってみたい。
この老人は何でも知っている。
でも、それに対して自分では何もしない。
してはいけないことを知っているんだ。
本当に、この人からは、まだまだ学ぶことが多そうだ。
しかし、今はその時じゃない。
俺の時間は有限だ。
俺の興味に当てるだけの時間は残されていないだろう。
残念だが、仕方がない。
俺は、ヘリオスを演じているだけだ。
「ところで、あと気になっているのですが、ルナの退学の方が先に来ていたのはどうしてですか?受理されたんですよね」
若干非難めいた口調になってしまった。
でも、言ってしまったものは仕方がない。
そういう気持ちがないわけではない。
「あの時点では受理するしかなかろう。そもそもそうしたものは山ほどあるが、突っぱねる理由がないわ。親権を盾にとられたらの。それに、花嫁修業じゃということじゃしの。お主とてそれぐらい知っておろう」
不満げに口をとがらせている。
老人だが、そういうところは子供っぽい。
「それはシュミット辺境伯も巻き込むつもりだったということですね」
自らの推測を話す。
そのためにもカールにはお願いしておいたが……。
退学が花嫁修業ということは、シュミット辺境伯との婚約が成立するかもしれない状態にあることをほのめかしたものだろう。
どちらにしても、ルナを最大限に利用したやり方だ。
「そのあたりの真偽はわからんの。おぬしもカールに何やら頼んどったじゃろ」
今度はじっと俺を見ている。
まるで俺が悪いと言わんばかりだ。
まあ、そう言われるとそうとも言えないが……。
「いえ、僕は単にカールには『ユノとルナととても親密にしている』とだけ答えてもらうように依頼しただけです」
この後のことを考えると、カールにそう言ってもらうことが必要だった。
ルナを守るためには、ヘリオスと行動させておくことが必要だ。
三人が親密な状態で一人が抜けると大変な問題になる。
特に、その相手は王位継承権を持っているのだ。
学士院も黙っていられないだろう。
そのためには必要なことだったが、まさかそれを逆手に取られて、ルナを退学させるとは……。
マルスの方が一枚上手だったという事か……。
「策士策に溺れるとはこのことじゃの」
全く痛いところをついてくる。
なんだよ、その楽しそうな顔。
しかも、何処で覚えた、その言葉。
裏の裏の裏か……。
以前言われたことを思い出す。
ええ、今度はそれすらも利用して見せますよ。
心にしっかりと刻みつけた。
ヘリオスに関係することなら、たぶん俺は向こうに行っても見ることができる。
いや、向こうにいる時の方が、多くのことを感じられる。
ヘリオスの中にいると、ヘリオスを通してしか世界を見ることができない。
しかし、入院した時から、俺は向こうにいるときに、この世界を感じることができていた。
たぶんそれは、ミミルに俺の存在を渡しているからだろう。
ミミルを通して、俺はこの世界を感じることもできるようになっていると思う。
若干それ以外もある気がするが、それを立証することはできない。
たぶんだが、向こうで俺は大変なことになっているに違いない。
だから、当分こっちに来れないかもしれない。
その分は、今対応できることをしておいて、情報だけは向こうでとろう。
いや、そもそもあの場面で俺、生きてるだろうか……。
どうなってもいいとは思ったが、さすがにそれはないだろうな……。
向こうの体も不安だが、まずはこっちですることをしないと。
俺はぐるぐる回る思考を、再び目の前のことに費やすことにした。
「すみません。……で、実際のところはどうされるのですか?」
この先生のことだ、もう対策をしてあるに違いない。
今回は任せておけと言ってたし、甘えても大丈夫だろう。
「ルナはこのまま死んでもらおうと思うとる。ルナは伯爵に連れられた途中でディーンのやつに殺されたことにするわ」
珍しく、忌々しそうに語っていた。
やはり、生徒として迎え入れた以上、ある程度の思い入れはあるのだろう。
「やはり、ディーン自体はもう死んでいるのですね。いったいどのようにして……?」
途中でと言うことは、俺が殺したことにはならないのだろう。
実際に誰かに殺されていたとして、その犯人が俺と言うのは納得がいかなかった。
せめて、本当に殺していたのであれば、仕方がないと思うが、そうでない以上、シナリオとして受け入れがたいものだった。
そしてディーンは、俺やルナにとっては潜在的な危険人物だったが、シナリオの作者としても目障りな存在だったのだろう。
死亡物語はそれを意味している。
俺を陥れていることから、作者には心当たりがある。
全く貴族と言うのは、利用できるものをとことん利用するのだと改めて認識した。
「ディーンはモンタークに利用されていることを知ってたのですか?」
ここも素直に聞いておこう。
話しをややこしくしないためにも、その先が知りたい。
「おぬしはそこをわかっておいて聞くのかの?そうじゃ、しっておったが、利用している気でもおったんじゃよ。貴族というのは度し難いの」
デルバー先生もため息をついた。
そう言えば、俺よりそういう社会を見ているんだ。
その気持ちはよくわかった。
「そうじゃった。『どのようにして』、じゃったの。あ奴はあの森で始末されたのじゃ。だからおぬしの方の物語で伯爵と一緒に仲良く死んどる。やつも災難じゃの」
もはや、デルバー先生には微塵も憐憫のまなざしがなかった。
それはアイツがしたことを怒っているからなのだろう。
森で何が起こったのか。
俺はその事実を知らない。
ルナたちに聞く気にもなれない。
でも、ヘリオスがみた光景を見ればわかる。
全く卑劣な奴だ。
あそこにルナがブローチを落としているということは、そういうことだ。
もし生きていれば、本当にこの手で葬ってるかもしれない。
ルナが生きていることが、本当に奇跡だ。
気になるのは、どうやったのかだが、それも聞くことはできない。
時として、気が付かないことも必要なことだ。
「なるほどです。記録映像がないことで、演出家が手を引いたわけが分かりました。それに伴うのかは定かではありませんが、物語変更も納得できました。しかし、僕の勘当に関しては?今まで学士院にいましたが、どうなっていたのですか?」
そこが理解できていなかった。
入学時点で勘当になっているのであれば、入学資格をはく奪されているはず。
しかし、実際にはそうなっていなかった。
もう、二年も在籍している。
もうすぐ三年目になる時期だ。
それに物語では。
もともとの物語ではどちらかというとマルスがゾンマー家を追い込むようになっていたはずだが、それが逆転されている。
演出家が手を引いたことでそうなったのは理解できるが、そこまでする理由は?
それ自体はモンタークをして、フリューリンク家の介在があると考えるが、ゾンマー家が糾弾するとは思えなかった。
「ゾンマー家がお父様を糾弾する理由はなんなのですか?」
考える時間がもったいない。
わからないことは素直に聞くのが一番だ。
「まったくもって、度し難い話じゃ。ゾンマーごときがわしに対するけん制のつもりじゃわ」
珍しく怒気を含んだデルバー先生の声だった。
ああ、なるほど。
それで納得がいった。
ゾンマー家は、デルバー先生がノイン伯爵は真祖であることを知っていて、その討伐にヘリオスを差し向けたと考えた。
そして、討伐したということを公表するとそういうシナリオになるということだ。
ゾンマー家としてはノイン伯爵領で大規模な疫病が発生したか何かにしたいのだろう。
「いろんなことが絡み合ってますね。それでどうなさるおつもりですか?」
すでにデルバー先生の中で組みあがっているだろう。
その物語を聞いておきたかった。
真実は別にあるとはいえ、この事件を納めるもの語りが必要だ。
デルバー先生の物語、それが真の物語になるはずだ。
今は、デルバー先生の手際の良さを知るための前振りでしかない。
さっきから精霊たちが文句を言い始めていた。
それにつられるように、テリアもそわそわしている。
「ほっほっほ。聞きたいかの?聞きたいかの?」
こうなったデルバー先生には逆らわない方がいい。
「しょうがないの。わしのかわいい孫のためじゃ。」
デルバー先生は専用空間から一通の手紙と二枚の紙をだして、俺の前で振っていた。
二枚の紙は片手で今も振り続けている。
こっちが自慢の紙なのだろう。
わかりやすい性格だった。
もう片方の手に持つ手紙には、見覚えがあった。
あれはマルスからデルバー先生に宛てた手紙だ。
「これはの、マルスが本当におぬしを勘当するという手紙じゃ。ただし、何か都合の悪いときまでは発動しなくてもよいとも書かれておる」
デルバー先生はその手紙を机に置いていた。
あの物語のマルスの対応はこの手紙があるので、そうなるということだ。
最初から用意されている。
俺の入学時点から、このことは画策されていたんだ。
俺がかなうはずがない。
すべて後手に回っているんだから……。
そしてそれは、ヘリオスがこの学士院から追われることを意味している。
「退学か……ルナと共にどこかに引っ越さないと……」
隣で小さくうなずくルナをみて、それも悪くはないかなと思っていた。
でも、ヘリオスには悪いことをした。
アイツの研究には、この学士院の存在がまだまだ必要だった。
「おいおい、わしをなめてもらっては困るの。言うたじゃろ。かわいいわしの孫のためじゃわい」
一枚の紙を広げて、机の上においていた。
それは以前ヘリオスが署名したものだった。
新当主としてヘリオス=フォン=モーントをヘリオス=フォン=ノイモーント伯爵として認める。
それにはそう書かれていた。
そして、そこには三名の貴族が推薦人として署名されていた。
コメット=フォン=ガラクシー伯爵
リライノート=フォン=オーブ子爵
デルバー=ノヴェン=フォン=ノイモーント伯爵
そして最後には、国王の玉璽が押されていた。
「これは……?」
あまりのことにそう尋ねるしかなかった。
「じゃから、入学した時からいっとろうが、わしの孫じゃと」
片目しかない片目をつぶる。
そうなると、全く寝ているようにしか見えないが、それは言わないでおこう。
その勝ち誇った顔。
それは今まで見たどの顔よりも子供っぽかった。
「あれはただの表現かと思ってました……」
孫弟子から弟子をとったと理解していた。
しかし、本当に孫にされていたとは気が付かなかった。
いや、気づけと言うのがおかしいだろ?
当然学士院関係の書類はすべて書き換わっていると考えられる。
しかも、国王の印まで入っている正式な相続だ。
デルバー先生にしかできない大技。
これで文句を言うのであれば、国王に文句をいう事になる。
文句があるなら言ってみろ。
そう言わんばかりの紙だった。
「最後の1枚はいったいなんですか?」
入学してからの対応が、全てこの紙に集約している。
デルバー先生のいたずらのようなこの大技。
これまでも言いたくて仕方がなかったのだろう。
ようやく言えたことに満足するかのように、鼻息荒く得意顔になっている。
しかし、そうなると、いやが上にも期待が高まる。
これはルナを生き返らせるためのものに違いない。
しかも、貴族として。
どうやってかはわからない。
その先が知りたかった。
「ん、これはの。ルナの分じゃ。いまルナは死んどるしの、いいかげん生き返らせんと目覚めが悪いわい」
得意顔の続くデルバー先生は、俺の態度に満足しているようだった。
また、皆に見えるように紙を広げて机に置いていた。
鼻息で俺の相続の紙が落ちそうになったことは、気にしないことにした。
わたくし
ヘリオス=フォン=ノイモーントは
ルナをオーブ子爵の養女に推薦する。
わたくし
リライノート=フォン=オーブは
ルナを養女とすることを認める。
それにはそう書かれていた。
そして、そこにも3名の貴族が保証人として署名されていた。
コメット=フォン=ガラクシー伯爵
リーゲル=フォン=アーモンド男爵
デルバー=ノヴェン=フォン=ノイモーント伯爵
「アーモンド男爵……少女誘拐未遂の……」
不思議な縁を感じていた。
しかもヘリオスが書いたモーントのまえに――ノイ――と新たに書きたされてある。
ここまでのものを用意できるデルバー先生を、いまさらながら尊敬した。
「先生。いまさらながら脱帽です。先生のようになれるように僕も頑張ります」
感服するとはこのことだ。
幸せな未来を想定する。
それを阻害するものを確認する。
それがとる手段を想定する。
それに対応するものを用意する。
俺が志しているすべてを、この人は一段上でやり遂げていた。
負けるものか。
今は無理でも、挑戦して超えてやる。
それが俺の挑戦の合図となった。
「ん。ひよっこにはまだまだ負けんよ」
俺の考えを読んだのだろう。
満足そうに答えていた。
後は確認だけだった。
デルバー先生の物語は、すでに完成されたものだ。
まず、ディーンがルナ誘拐を計画し、実行犯が細部を計画、実行。
メーア子爵についてはその協力の罪を科す予定。
次にディーンは実行犯ともめて死亡。
実行犯は元の依頼主であるノイン伯爵に五人の少女を輸送した。
実はノイン伯爵は吸血鬼になっていたから、少女の生き血を求めていた。
王都での一連の誘拐事件も同様の手口から、これまでも伯爵が関与している疑いが強い。
そこで、学士院の依頼でヘリオスが現場に急行し、伯爵を討伐。
吸血鬼化した領民も浄化した。
しかし、ルナ=フォン=モーントはすでに伯爵の手にかかり、死亡。
ヘリオスは悲しみの中、保護した少女の中に、妹そっくりのルナという少女を見つけた。
そのルナを義理の兄であるオーブ伯爵に養女として迎えてもらい、学士院に入学させて一緒に住むことにした。
マルスは映像用魔道具がない時点で、手を引いているだろう。
肝心のノイン伯爵が死亡している以上、この件でこれ以上何かを言ってくるはずがなかった。
仮に、ゾンマー家から文句が出たとしも、バンパイアと化した領民が軍勢となっている映像があるのだから問題ない。
むしろ騒いだ方が家名に傷がつく。
俺自身はすでにマルスとは縁が切れているので、その線からの横やりは無い。
そして、ルナは見事に生まれ変わっていた。
「では、私はお兄様の妹ではなくなったわけですね……。でも、これで……」
若干の寂しそうな表情を見せたが、すぐに笑顔になっていた。
「そうなるかの、新居はヘリオスに任せるがの。入学手続きはすませておる。明日からいつも通りでよいぞ。ただ、おぬしはモーントの人間ではないのでな、交友関係に一応気を配るのじゃぞ」
意味ありげな笑い。
何を期待しているのか知らないが、住むところってあそこしかないじゃないか。
まあ、部屋は有り余っているから、好きな場所を選んでもらおう。
とにかく、ルナの件は何とかなりそうだ。
後は、もう一つの問題。
「それでは先生、フィーア家に関して何かご存じではありませんか。僕はこの子を連れて行ったときに違和感がありましたので、使用人たちの会話を聞きました。それは少し問題のある会話だったので、そのままにしては置けませんでした。ただ、事情が分からなければ、対応しようがないので……」
テリアを見て思う。
ヘリオスと二歳しか違わない。
ルナと一歳しか違わない。
しかし、その背はかなり小さく、そして痩せていた。
出会った時から口数は少なくて、どこか遠くを見るような瞳。
なによりも、精霊たちの動きに反応している。
「十武候のことは知っておるな?」
一応この国の歴史は勉強している。
デルバー先生はそのことに頷くと、要点のみをまとめて話してきた。
十武候は王国誕生時に特に武功のあった十家の総称だ。
真祖であったノイン伯爵もそのうちの一つの家に数えられる。
その家の成り立ちから、代々武門の家柄といわれていたが、例外なのはフィーア家とノイン家であった。
両家はともに魔術系の家系であった。
ここまでは俺が知っていることだった。
そして、両家とも古代語魔法だと思っていた。
しかし、実際は違うようだった。
そして、フィーア家は精霊魔法。
ノイン家は古代語魔法。
ここに両家の決定的な違いが生じたようだ。
すなわちフィーア家の祖先はたぐいまれな才能で、人間としては珍しい精霊魔法使いであった。
しかし、子孫にそれが受け継がれてはいなかった。
そのため、フィーア家は特殊な家となってしまった。
二代目の当主からは古代語魔法を生業としていたのだ。
そして、この精霊魔法に関しては秘匿とされるようになった。
「なるほどですね。しかし、さすがはデルバー先生です」
何となくテリアのおかれている事情が分かった。
後は、テリア自身にそのことを告げればいい。
「シルフィード」
シルフィードは俺の考えが分かったのだろう、実体化せずにデルバー先生の後ろに現れていた。
「ねえ、テリア。いまから君のそばに女の子が行くと思う。その子の手をとってみて」
そう言ってみたものの、これは意味がないなと思ってしまった。
テリアはシルフィードが出現した瞬間に、シルフィードを見ていたようだった。
「……」
シルフィードは自分の手を握るテリアを見て、にっこりと俺にほほ笑んだ。
何も訓練していなくても、実体化していない精霊を感じて、しかもその手を取っている。
たぐいまれなる才能だ。
「ありがとう、シルフィード」
あらためてシルフィードにお礼を告げて、待ってくれるようにお願いした。
さっきから、特に、ミヤが騒いでいる。
「ご苦労さま、テリア。君は精霊魔法が使えると思う。僕の師匠ほどではないにせよ、僕がその手ほどきをしてあげるね。そして、師匠に会わせてあげるよ。そうすれば君は立派な精霊魔術師になれると思う」
この子が屋敷で気味悪いと言われていたのは、精霊が見えるからだろう。
そして、精霊たちもこの子のそばに寄ってきたのだろう。
中にはいたずら者の精霊もいる。
でも、この子にその精霊たちとのかかわり方を教えてくれる人がいなかったんだ。
精霊を小さなころから認識できていたら、そうでない人にとっては気持ちが悪いのだろう。
人間は理解できないことを極端に怖がる。
それが種族として必要なことだったというのはわかる。
でも、目の前でその被害にあっている子がいると、話は別だった。
恐れるだけで、理解する努力をしなかったのも事実だ。
「僕も似たような環境だったからね。君のことはたぶんほかのだれよりもわかると思う。だから、僕は君のことをもっと知っておきたいな。いいかな」
今は、この子を屋敷に帰さない方が良い。
少なくとも、しっかりと精霊と交信できる技術を持ってからにした方がいい。
そうでないと、問題が起こる気がする。
ヘリオスとはまた事情が違うが、ヘリオスと同じ心の傷を持っている。
ならば、ヘリオスも分かるはずだ。
この子を守る。
それもまた、俺の中で大事なことになっていた。
「うん……」
テリアは小さくうなずいていた。
その頭を優しくなでる。
どうしていいのかわからないのだろう。
テリアはじっと下を見ていた。
「ふむ、ではわしもそれに協力しよう。幸いフィーア家の先代の当主。この子の爺様はわしの古い知り合いじゃしの」
デルバー先生の協力はありがたかった。
これで、ヘリオスが幼女誘拐犯にならなくてすむ。
「ありがとうございます。先生」
デルバー先生の好意に、素直に感謝していた。
これであらかた用事はすんでいた。
後はこの二人の生活に必要なものだ。
「それでは先生、僕はいったんこの子たちを家に連れて帰ります。その上でまたご報告に参ります」
色々確認しなくてはいけないが、この子たちに聞かせてよいものか、まだ判断できない。
まずは、当面の問題を解決しておこう。
「わかったの。ほっほっほ。まあゆっくりしてよいぞ。いや、たぶんそうなるじゃろう」
上機嫌なデルバー先生は、未来予知でもするのだろうか?
まあ、焦らなくていい分、気は楽にはなるか……。
とにかく、解決できることを解決してから、今後のことを考えたい。
まずは、生活の場を整えよう。
まだ、暗い気分の二人につかまるように指示し、転移する。
「集団瞬間移動」
気分を変えよう。
移動したその先で、芝居気たっぷりに紹介した。
「ようこそ、デルバーの秘密基地に。これから、ここが君たちの新しい家だよ」
自分の部屋と、デルバー先生の部屋を紹介して、あとの部屋はどれを使ってもいいことを話していた。
そして、どの部屋のつくりも同じだということを見せてから、俺の部屋を案内していた。
「まあ、僕はあまり住んでないからわからないんだけど、記憶からはそんなに不便さは感じられないよ」
実際に長いことすんでいるわけではない。
あいまいにしか説明できなかった。
「家具とかは備え付けで問題あれば購入するけど、当面は服とかだよね。食器とかもそうだし……。そうだ、一度街にでるようか……」
そんな俺の提案は、精霊たちの猛反対にあっていた。
理由はわかる。
でも、納得してもらわないと俺も困る。
しかし、なかなか理解が得られなかった。
ついには首飾りから出てきて抗議し始める始末……。
実体化していないものの、精霊の姿で俺に文句を言っている。
もうちょっとだから我慢してほしいことを、必死に謝っていた。
そうだ、一緒に買い物に行こう。
その提案は、意外にも受け入れられていた。
「ルナ、僕の精霊たちも一緒に買い物に行くからね」
テリアはたぶんやり取りを聞いているだろう。
ルナには説明が必要だ。
「あの……兄さま。私も見えるので……」
ルナは遠慮がちに話しかけていた。
そう言えばそうだった。
「ああ、そう言えばルナにはミミルの指輪をあげたんだったね」
その指輪は世界で一つしかないもので、その加護も説明しておく。
「はい。私の大切なものです」
左の薬指についている指輪を、いとおしそうに眺めていた。
「……僕、そこにつけたっけ?」
なんでそこなんだろう?
この世界と向こうの世界とは妙な風習的なつながりがある。
ヘリオスのことをのぞいているときに、この世界の風習とかも見ていたからわかる。
何よりも、日本に酷似していた。
全体的には西洋風。
しかし、文化的には日本風。
だから、俺もなじみやすかった。
そして、プラネートの指にも、メルクーアの指にも、その指には特別な指輪がついていた。
「はい。お兄様ご自身がつけてくださいました」
頬を赤く染めて、恥じらいを見せる。
あれ?
なんでそこなんだと、精霊たちから一斉に非難を浴びる。
それは俺も聞きたかった。
あの時の記憶の糸を手繰り寄せる。
確か右手の指にはすべて指輪がついていたから、空いている左手で一番似合いそうな場所に……。
「ああ、そう言えばそうみたいだ……でもルナ、あまりそこに意味は持ってないからね。僕ら兄妹だし」
偶然のことだし、まあそう言えば大丈夫だろう。
「いいえ、お兄さま、いえ、ヘリオス様。今度からルナはヘリオス様とお呼びします」
若干涙目になりながらも、その瞳には強い意志が込められていた。
んー。
まあ、もういいや。
また今度考えることにして、今は片付く問題を片づけていこう。
人化したシルフィード、ミヤ、ベリンダ、ノルンを伴って、ルナ、テリアの買い物に出かける。
これだけの美少女達。
かなり人の目引いていたが、そう言えば俺も、少女に間違えられるんだった。
ならいいか。
俺はこの買い物を楽しむことにした。
しかしアネットの店はやめておこう。
今頃親子水入らずのはずだ。
俺は、以前ユノやカールに聞いた店を訪れていた。
その店は、魔法的に空間が形成されており、見た目以上の広さを持っていた。
全て一つのフロアだが、目的ごとにブースで区切られており、その入り口をくぐると、また別の空間につながっている。
店舗は小さいが、品ぞろえは豊富だった。
それぞれ、思い思いの場所に散らばっていくが、ミヤは俺から離れなかった。
精霊たちは興味津々と言う感じで、ルナはテリアにいろいろアドバイスしているようだった。
俺は当てもなくぶらぶらしていた。
「ヘリオス。わたしもいい?」
珍しくミヤがものを欲しがっていた。
「珍しいね、ミヤ。何か気に入ったのがあったのかい。いいよ」
何が欲しいんだろう。
とっても興味がある。
「これ……」
ミヤが持ってきたのは、枕だった。
意外な選択に、かなり驚いた。
「これって……。首飾りに入るのかな……」
試してみるわけにもいかず、どうしようかと悩んでしまう。
「だめ……?」
悲しそうな顔で見るミヤに、俺はダメとは言えなかった。
「いいけど、いいの?」
そうとしか聞けない。
「いい。こっちの枕だから……」
ミヤはうれしそうに抱きかかえている。
何の変哲もない枕。
でも、ミヤの服装にはよく似合うのかもしれない。
白い布地に赤い花が描かれている。
なるほど、別に首飾りの中にいないといけないわけではなかったのだ。
あまりにそうしていたので、そうでないといけないと思い込んでしまっていた。
「まあ、ヘリオスも人化してたら見えるし、話もできるから、たまにはそれもいいかもね」
うれしそうにはしゃぐミヤを見て、俺は大事なことに気が付いた。
精霊だからとか、力が使えないからだとかで、かかわりを持たないことはおかしいんだ。
話すことができる。
たとえ、人化と言う手段だったとしても、それは精霊たちに歩み寄ってもらったと思えばいい。
ヘリオスと精霊たちが仲良くなってはいけないことなど何もなかった。
すこし、俺の独占欲がうずくけど、まあいいさ。
今度みんなに提案してみよう。
俺はそう思い始めた。
今もくるくる回って楽しそうにしているミヤを見て思う。
この子たちとこのまま過ごすことが出来たら……。
危険な考えを、即座に否定する。
俺は、ヘリオスを演じているに過ぎない。
俺はヘリオスじゃない。
この体は、ヘリオスのものだ。
あぶない、あぶない。
額の汗をぬぐっていた。
しかし、ミヤの黒髪はいつみてもきれいだな。
舞っているから余計に長い髪が躍っている。
つやのある髪は、光を受けて、いっそう輝いている。
その場所が、黒い髪とあいまって、夜空の星々を彷彿させた。
ふと見ると、かんざしのようなものまで売ってあった。
妙なところが似ているもんだ。
思わずそれを手に取った。
何の用途に使うのかわからなかったが、ほのかに発光する石が七個、いびつな形でついていた。
「ヘリオス?」
俺の様子が気になったのだろう、ミヤが舞いをやめて帰ってきた。
ミヤに後ろをむかせて、その髪を手に取ってじっと眺める。
本当にきれいな髪だ。
さらさらと流れるような黒い髪。
あらためて、漆黒の夜空を思う
自分でも何を思ったのかわからない。
ただなんとなく、手にしたかんざしのようなものをミヤに着けていた。
「北斗七星だ……。なんてことだ。こんなこともあるんだ……」
漆黒の髪にさしたとたん、その石はほのかな発光をより強調して見せていた。
かんざしのようなものだけではそうは見えなかった。
ミヤの髪についてこそ、それは北斗七星として輝いて見せていた。
「きれいだ……」
思わずそうつぶやいていて、はっとする。
目の前で、ミヤがくすぐったそうにしていた。
「んー」
ミヤはどう表現していいかわからない声を出していた。
様子から、たぶん嫌じゃないんだろう。
ミヤの頭に手を置き、もう一度それを見る。
「調和か……」
俺はそれに感動していた。
それぞれに役割がある。
でも、協力してこその美しさがある。
その姿には、人の心を動かすものがあった。
ミヤの黒髪に映えるこのかんざしのようなもの。
この感動は、俺の中で何かを導いているように思えた。
「にい……ヘリオス様。これなんかどうおもわれますか?」
ルナが呼んでいる。
そう言えば、ずっとミヤの黒髪を触っていた。
「ミヤ、ごめんよ。嫌じゃなかったかな」
あらためて尋ねても、ミヤは恥ずかしそうにするだけだった。
「じゃあ、ミヤ。僕は行くからね。まだここにいるかい?」
俺の問いに、ミヤは黙って頷いていた。
少し元気が無いような気もするが、何となく大丈夫な気がしていた。
頭を軽くたたき、俺はルナの方に向かうことにした。
「あ……」
小さくそうつぶやいたミヤの声に振り返ると、また顔を見られないように背中を向けられてしまった。
まあ、いいか。
右手のかんざしのようなものをみて、そう思うことにした。
*
帰りも皆で楽しく帰ることができた。
特にルナの機嫌はかなり良かった。
嫌なことは、楽しいことで塗り替えよう。
無かったことにはできない。
ただ、楽しいことを増やすことで、その気分をしまうことはできるんだ。
家の前に来るとルナは、俺の横から飛び出して、家の前に進んでいた。
指輪の力でたぶん加速している。
それぞれの精霊の加護が働く指輪だ。
たぶんルナは、お帰りなさいと言いたかっただけだったのだろう。
一瞬聞こえたその言葉は、次の鋭い言葉にかき消されていた。
「立ち去れ」
短くそう言うと、ゴーレムたちは攻撃の態勢になっていた。
やばい。
想定以上にルナは近づきすぎたようだった。
あわててルナの手を取り客人だと宣言する。
ゴーレムたちは速やかに、元の態勢に戻っていた。
「と、このように認証していなければ攻撃されるから、まず認証しよう」
いまさらながら魔法を多用しすぎていたいことを後悔していた。
そう言えば、今までこの扉から出入りしたことはほとんどなかった……。
瞬間移動ってほんと便利だよな。
あらためて、そう思う。
とっさの出来事で動けなかったルナとテリアの手を取り、秘密基地に入る。
そう言えば、精霊たちはすでに首飾りの中だ。
荷物は俺がすべて専用空間に格納している。
精霊たちの認証もすべきなんだろうか……。
一度聞いてみよう。
そう思いながら、登録作業を終えていた。
すべての用事が片付いて、俺たちはのんびりとした時間を過ごしていた。
全員が俺の周りに集まっていた。
俺を中心に人と精霊があつまっている。
それぞれが、思い思いに話を楽しんだり、沈黙を楽しんだりしていた。
こういう世界が作れたらいい。
そう漠然と思っていた。
急がなくてはいけない。
でも、今だけは、この時間をもっと楽しみたかった。
夜もかなり更けてきたころ、俺は指輪の魔法を解放して、学長室に転移していた。
「大変、遅くなりました……」
デルバー先生ともう一人の人物に頭を下げていた。
デルバー先生の偉大さに頭が下がるヘリオス君は、新たな課題に直面していきます。




