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泰然自若

着々と準備を整えるヘリオス君です。

「なんじゃ、もうあらかたおわっとるんか……。つまらんの」

デルバー先生は自分のすることがなくて、面白くなさそうだった。


現在までに起こった出来事と、本日起きた出来事を重ねて、これから起こるであろうことを予測する。


そして予測が確証に近いと思えるほどの状況証拠を見つけていた。

これで何も起こらなかったら、――それはそれでいいのだが――俺としては納得いかない。


「あとは、なんといっても、相手の出方しだいです」

デルバー先生はそれがつまらないようだった。


「ふむ。よし、どれ……わしがルナを護衛してやろう。そうすれば、大丈夫じゃ」

デルバー先生はやる気を見せていた。

どこでそういうスイッチが入るのか相変わらずわからない。

しかし、下手に切ると、今度はへそを曲げるから、手におえない。

最近ますます、俺を困らせることに生きがいを感じているように思える。



「やめてください……」

とりあえず、真剣にそう訴えた。


たしかに、デルバー先生に護衛なり守護なりしてもらえば、ルナは安心だ。


しかし、それはこの先もそうだというものではない。


いま、状況はこちらの予想する範囲で動いていると確信できる。

それならば、潜在的な脅威を含めて、ルナに手を出すことが愚かしい行為だとわからせることが必要だった。


相手が自信を持って画策していることを利用し、反撃する。

これはそういうものだった。


「しかしヘリオスよ、裏の裏ということもありえるぞ。今回おぬしは早く気づきすぎではないかの?」

来た。

正直にそう感じた。

いたずら少年というべきか、そんな顔をしている。



「確かにその線も考えました。そうしたうえで、相手がどう出るかですが、それは僕の情報をどこまでつかんでいるのかで変わってきます」

ヘリオスの実力や、俺の実力と精霊魔法のことが知られていないことが幸いだった。


「まず、大前提、黒幕は僕のことを知りません。これは大きいです」

向こうで言う孫子だ。


「その上で、相手の立場で考えます。まず、僕が情報を持った場合、僕の行動としては二つ。直接ルナに接触を取るか、周囲に監視の人を雇うとすると考えるでしょう。もしくは三つ目として、王都から動かないとか考えたとするでしょうね。または、途中で引き返せるような速度で行動するとか予想するでしょう。そして、そのことは今日僕が行動したことで僕の考えは分かっているはずです」

俺が今日あった人のことを順番に話す。

デルバー先生は、知っているはずだが、黙って聞いていた。


「まず、元警備隊員のデントさんに会っています。これで相手は、僕が気付いて監視することを選んだと判断するでしょう」

デントさんは、俺が来る前にも警備隊にも行ったようだし、警備隊とつながりのある、うってつけの人だった。


「次に、スラムでクラウス、ハンナの店でコネリーに会ってます。これは子供なので、考えに入れられるかは微妙ですが、監視対象が増やせたと思います。ちなみに、ノルンが今日一日ついてくれたので、僕の行動を監視している人間がいるのも分かっています」


監視対象を選んだことを明らかにするためにもこれらの人にあっていたのだと説明した。

そう言えば、デルバー先生は視覚で情報を得ている。

俺の思考までは読めないということか。

これは、俺がどのように考えているのかを引き出すためのものだろう。


「そして私自身は明日に出発します。相手はまさか僕が出発するとは思わないでしょう。監視させておいて、自分がいなくなるなんてふつうありえません。相手は混乱するか、警戒するか、もしくは嘲笑するでしょう」

たぶん嘲笑するだろう。

相手のことを知ろうとしない限り、知ることはできない。

俺やヘリオスを下に見ている奴には考えもつかないだろう。


「そして、相手の考えが分からなくなれば、相手を侮っている場合は特にですが、自分の都合の良いように解釈します。今回の場合、特にそうでしょう」

固定化した思考は柔軟な発想にならない。

固定観念ほど怖いものはない。


「一応、僕の行動を阻止するという行動に出る場合もありますが、そちらは現実味がありません。僕はルナには一切接触していないので、正確な日までは伝わっていません。そして、行動阻止の線の方は準備が大変です。それは、僕が出発して、ある程度たった時に相手も行動しなければならないでしょう。その地点は王都とトラバキの間で中間地点よりもトラバキ側になると思います。そうなるといまから部隊展開していないといけません。ただ、何らかの魔道具があれば、それも可能でしょうが、そこまでするのかどうか……」

その理由を説明しながら、先生の顔色をうかがう。


ここまで長く話しても、珍しく先生は黙って聞いていた。

普通、これだけ長くなると、途中で飽きたようになるのが常だ。

今回に限ってそれはなかった。

やはり、俺自身が見落としていないか確認させているに違いない。

相変わらず、すごい人だよ、この人は。



「それに、カルツ先輩やメレナ先輩のいるところに、生半可な戦力では妨害にならないと考えます。なので、部隊展開として行動連携も含まれますので、今から行動してないとおかしいです。そういうことを考えるとベリンダにかなり広範囲に見てもらいましたが、該当するものはありませんでした」


別の見方もある。


「単純に経費の問題もあります。要は、わたしがここからいなければいいだけなので、この行動阻止に関しては現実味がありません。費用対効果がわるいです。なので、この段階で裏の裏はおそらくありません」

一呼吸置くと、覚悟の声で話していた。


「思考の渦にとらわれると、見えるものが見えなくなるはずです。それに、本命はすでにルナのところにありますので、それさえあれば、何とでもなります。保険もかけておきましたし、何かあれば、瞬間移動テレポートでルナのところには行けます」

リライノート子爵からもらった円盤を見せていた。


「わしの魔道具が決め手か、そうかそうか」

デルバー先生は上機嫌だった。


すみません……。本当の切り札はほかの形ですが……。

そっと謝っておく。


少しだましている気分になったが、本質的にはデルバー先生のものといえるので、それは飲み込んでおこう。


「ところでおぬし、真祖のことは調べたかの?」

いきなりデルバー先生は課題の答えを要求していた。


さっきまでの説明で特に問題になることはない。

デルバー先生もそう思っていると考えていいのだろう。


「自分なりに調べたのですが、確証といえるものがないので何とも言えません。僕は実際に見たことないですので。でも、僕なりの仮説は立てました」

専用空間セルフスペースから、まとめたレポートをデルバー先生に差し出した。


あれから簡単にまとめたものだ。


真祖は魔法で転生するもので、完全に個としての存在にあたる。

別の存在と考えることもできる。

真祖は不滅の存在であるが、それはこの世界に発現しているものを意味し、本体は精霊界か妖精界のようなところにあると考える。

どちらかというと精霊に近い存在であると思われる。

純粋なエネルギー体と考えることもできる。

したがって、本体の存在、もしくは本質を確認できなければ、真祖の完全消滅は難しい。

こちらの世界への干渉を排除するという方法も考えることができる。



簡単ではあるが、俺はそう認識した。


「ほっほっほ。大胆な意見じゃの。しかし、面白い。精霊とはな。おぬしらしいの」

デルバー先生はその紙を机に置いていた。


「これは後でヘリオスに見せるでの、ミミルや、あとでヘリオスを呼んでおくれ」

デルバー先生はミミルに頼んでいた。


「まかせて……」

力なく、そう答えたミミルはもうそろそろ限界に近かった。


「で、おぬしならどう叩く?」

デルバー先生は、なぜか真剣に聞いていた。


「まず、こちらの肉体を破壊してみます。その再生の方法を見て、仮説を検証します。復活に時間がかからないのであれば、それは仮説の証明になるでしょう。その上で、行動することになるでしょうが、まずは仮説を証明することですね」

実際に戦うことは考えていない。

そういう情報もない。

そろそろ帰るつもりで、単純にそう言っていた。


かなり、ミミルの消耗が目立ってきていた。


「気をつけろ、真祖は手ごわいぞい」

デルバー先生はあたかも真祖と戦うような口ぶりで、俺に警告を発していた。


「肝に銘じておきます」

そうならなければいいと考えながら、部屋に戻った。


「ノルン、折り入ってお願いがあるん……」

「いややで」

最後の仕上げとばかりにお願いしようとした言葉は、途中で遮られていた。

このやり取りはノルン特有だった。


「そこをなんとか……。ノルン。これを頼めるのはもう君しかいないんだ」

ノルンに手を合わせる。


「しょうがないなー」

ノルンはそう言って俺の頼みを聞いてくれた。


「ありがとう、ノルン。やっぱりノルンだね」

笑顔でノルンに精一杯感謝した。


「たぶん、ヘリオスの出発を監視しているのがいると思うんだ。だからこっそりとそれを監視しておいてほしい。そして、その尻尾から本体にたどり着けると嬉しいな。これは君にしか頼めないことなんだよ」

ノルンなら臨機応変な対応が可能だろう。


おそらくこの中のどの子よりも俺の望むことを秘密裏にできる気がしていた。

他の理由があるにせよ。

それは俺の感だった。


「もう……、そこまで言われたら、しゃーないわ」

ノルンは俺の要望に全力で答えることを約束していた。


「そんなん言われたら、光の精霊のうでのみせどころやわ」

ノルンは俺の気持ちを感じ取ってくれたようだった。


「ふふん」

ノルンはわざと他の精霊たちに自分の優位をアピールしてみた。


悔しそうな表情を見せる精霊たちだが、自分たちではたぶん難しいことを知っている。


それはこの首飾りの問題点、いや、むしろ副作用かもしれない。


あまり長期間この首飾りの中に存在していると、使用者の力が精霊に強く反映される代わりに、契約精霊と同じように、契約者がいなければその力を十分に使うことができなくなるという欠点があった。


これにより、シルフィード、ミヤ、ベリンダは、俺がいない状態ではその力は大きく削減されているようだった。


彼女らは、ノルンの代わりをすることはできない。

その事実は仕方がなかった。


それでも、特別にお願いされたことをうらやましく思う精霊っていたようだ。


ノルン一人が仁王立ちして、他の子は跪いている……。


気分を変えよう。

準備は整えた。

後はじっくり間違えないで対応さえできれば……。


本当は、最後まで自分で対応できないことがいやだった。

しかし、それを嘆いても仕方がない。

人事を尽くすしかない。

そして、それをかなえてくれたミミルに感謝した。


「ミミルありがとう。みんなもありがとう。必ず、ここに帰るから、それまでヘリオスのことよろしくね。それとミミル、ヘリオスに例のものを必ず持たせてね。頼んだよ」

そう言ってまたミミルに力を割いて、俺はこの世界での意識を閉じていた。


月野君のヘリオス君としての活動限界を迎えていました。月野君の行動を受けたヘリオス君はどう思うのでしょうか・・・・・。

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