表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/161

嵐の予感

何かが起きる前には必ず小さな変化が現れます。ヘリオス君はその変化を敏感に察知していきます。

「アネット。今度お茶会に呼ばれているのよ、何かいいお土産はないかしら?」

アネットなら何か知っているかも。


彼女は王都の情報に、何かと詳しかった。

市民だけでなく、ある程度貴族社会のことも知っている。


とりわけ、今王都の貴族間ではやっているお土産などを知りたかった。

それを知らなくても、噂になっている物なら何でもよかった。


あれからの私は、この店に頻繁に通っていた。


特に何かを買うわけではなかったが、ここにいれば、自然と兄様と距離が取れる。

今、ヘリオス兄様の前に出て、冷静でいられる自信がない。


それに、他の貴族の相手をしなくてもいいのが、やっぱりよかった。


今の私にとって、ちょうどいい場所だった。

とにかく、一人でいれば、何かと噂になる。


興味本位で、人を見るのはやめてほしい。

私は声を大にして言いたかった。


中でも、カール様とユノ様と私の噂には驚いた。

なんでそうなったのだろう。

しかも、なぜかその噂は、消えることがなかった。


もう一人の私なら気にしなかったのだろうが、私は少し耐えられない。


そして、その気にしないルナを演じなければならない……。

気が変になりそうだった。


ありがたいことに、カール様は以前のような接し方をしなくなった。

あの時のように、過剰には接してこなかった。

そう考えると、カール様の行為すらヘリオス兄様の思惑だったという事なのかしら……。


でも、それがますます違う噂を引き出している。

二つの噂が、その時の状況により優位な方を広めている。

そして、違う状況になれば、その方を広めている。

噂が長引く原因だった。


こうなると、ますますカール様と顔を合わせづらくなっていた。

最近は、エーデルバイツの部屋にも行ってない。


しかし、お父様の言いつけを守るために、何か行動しなくては……。

考えれば考えるほど、私には難しいことだらけだった。


どうしよう……。

まとまらない考えだけが、私の中で膨らんでいた。


隣接する領地をもつシュミット辺境伯の三男であるカールと親密になること。

それがお父様から与えられた指示。


お父様には、カール様にはユノ王女がいるので、今のところ、早急に親密になることは難しいと報告している。

そして、今はパーティメンバーとして新密度を上げている段階であると報告していた。


その点では、噂はありがたかった。

私以外の報告で、噂がお父様の耳に入っている可能性もある。


周りはすべてお父様の息がかかっている。

当たり前だけど……。

最悪、呼び戻される事態は避けないと……。


一応カール様とは1日に1回は会って声をかけるようにしていたが、それ以上の接触は避けていた。

そして、その分だけ、この店に来る回数が増えていた。


「すみません、ルナ様。今、貴族の方に人気のものを知りません。ただ、これなんかは王都では割と人気な商品だと思います」

アネットはとある店の広告を見せていた。


よく見ると、王都で人気のある、ケーキの店だ。

色んな種類が書かれている。

中でも、人気商品と書かれている物に目を引かれた。


「おいしそう……」

思わずそう言ってしまった。


しまった。

つい、本音が出てしまった。


今の私はあまり感情を出してはいけない。

冷静なふりをして、アネットの顔をちらりと見てみた。


「ルナ様、遅いです……」

アネットはあきれた声を出していた。


「えへへ」

もうここでは、何度か素の自分を出してしまっている。

黙っているが、たぶんアネットは、私のそういう変化を知っている。

そして、たぶんその変化を快く思ってくれていた。


幸い、他に客はいない。

下手にごまかす必要はないわね……。


そんな時、決まって視線は私のブローチに注がれている。

このブローチが私を変えたと思っている。


今は言えない……。

でも、それを見られるとつい自慢したくなる。


「これは、私の宝物です。どういう意味が込められているのかわかりませんが、私はこのブローチをくれた方にとても感謝しております」

そう、今はまだこのようにしか言えない。


「だから、精一杯自分のなすべきことをします」

いつかすべての人に話せる時が来たら、真っ先にお兄様にお礼を言おう。

このブローチをつけてくれたのは、カール様。

しかし、本当の意味で贈って下さったのはお兄様だとわかっている。


ただ、どちらにも感謝している。

いつか、本当のことを話せる時がきっと来るわ。


その時には、アネット。

あなたにもちゃんと謝るから、今は許してね。


今はまだ……。



「ところで、ルナ様。その店に行ってみますか?」

アネットのその言葉で、私は自分の考えから引き戻されていた。


「ええ、お願いします」

その申し出は正直ありがたかった。


正直言うと、王都はよくわからない。

たぶん一人だと道に迷う。


でも、誰かにお願いすることもできない。

アイオロスも最近は留守にしがちだった。


アネットはそんな私をわかっているのだろう。

本当にありがたかった。


この店は、最初は逃げるようにしてきたが、今ではここでアネットとおしゃべりすることが楽しく思えている。

いま、この王都で、一番安らげる場所だった。


もっとも、本当に安心できる場所は……


あの日のあの場所で感じた心地よさを思い出していた。

早くあの場所を取り戻したい。



「そうだ、アネット。あなたも一緒に来ない?」

思わずそう口に出していた。


アネットに求めてしまった自分が情けなかった。

でも、言ってしまったものは仕方がない。

このまま、その言葉をつなげていこう。


「ええ!?私なんかが行ってもいいんですか?平民ですよ?」

アネットは身分の差で断ろうとしている。


でも、それだとちょっと押しが弱いわね。

私のわがままだけれど、どうする?アネット。



「わからないわよ。私といたらね。自分で言うのもなんだけど、これでも辺境伯令嬢よ。それなりに丁重に扱われるわ。それに人も大勢来ると思うから、貴族の顔を知っておくのも、今後の役に立つわよ。なにより、アネット。あなたはかわいいもの」

そう、アネットはかわいい。

今は、目立たないだけだ。


この子がおしゃれをした姿を想像すると、わくわくしてくる。

何としてでも連れていこう。


「けど、ルナ様。私そんな服を持ってませんよ」

一瞬の悲しみの表情を私は見逃さない。

やはり、アネットも興味があるんだ。


「私のがあるわ。ね。一緒に行きましょう」

私達の体格は似ている。

少し手直しすれば、おそらくは大丈夫。


「ルナ様。わたし、あなたほどスタイルよくないです……」

さらに悲しそうにするアネットの視線は、私の腰に向けられていた。


こればっかりは、着てみないとわからない。

なら、入れてみるまで。


「大丈夫よ。コネリー。アネット借りるから店番はよろしくね」

奥からやってきたコネリーに向けて、そう告げた。


何のことかわからない顔のコネリーだが、私が強引にアネットを外に連れ出そうとしているのが分かったようだった。


楽しい。

こんな楽しいことは久しぶりだ。

あまり気乗りのしないお茶会だった。

お父様からの言いつけだから仕方がなかった。

でも、それも終わりだ。

手を引くアネットの顔は、観念したようだった。


「僕、一人でなんてやったことない……」

コネリーの悲しそうな声が聞こえたが、聞こえなかったことにしよう。

さあ、忙しくなるわね。

まずは、アイオロスの用事をすべてこっちに向けてもらおう。



***



「大した仕事じゃないんだろ?金はよくないけど、簡単だからやるよ」

今はあまり人がいないからかもしれないが、その男の声が気になった。

受付事務員を品のない見方でみている。

何かもめ事をおこすかもしれない。

俺はそっとその会話を聞くことにした。


「依頼は貴族の屋敷から大量の荷物を郊外の森に運送するだけなんだよな?」

男はもう一度確認していた。


「そうです。そこで、違う運送者と交代するようですね。依頼はそうなっています」

受付事務員は依頼書を確認しながら、そう説明していた。

慣れた感じで、男の視線を紙で遮断している。


うまいもんだ。

それは熟練の技といってもいいのかもしれないな。

なおも高度な技を繰り出していた。


「ただ、こわれ物のようなので、運搬には気を付けるように書かれています。貴族の屋敷には美術品かたくさんあるので、そういう事でしょう。詳しくは聞かない方がいいと思います」

受付事務員はそれだけしか書かれていないことを、用紙を見せて説明している。

男はそれを見ざるを得なかった。


「このスラムでの仕事斡旋は始まったばかりです。信用第一ですからね。おねがいしますよ」

受付事務員はさらに念を押していた。


しかし、男はちゃんと聞いていなかった。

面白くないのだろう、それは気を引く子供のようだった。


そっぽを向けるように、壁にかかっているものに顔を向けていた。


自分の言ったことを聞いていなかったことが気に障ったのか、受付事務員は、それすらも男に説明しだしていた。


「あれは、初代所長となったデントさんが書いたものです。デントさんは元警備隊員ですので、犯罪を未然に防止したいという気持ちが書かれています。仕事をすることで、その道が開けるそうです」

受付事務員はそう言うと、満足そうに頷いていた。

確かにそうだが、そんな感じで言われると、さすがの俺も照れてしまう。


そんな俺をちらりと見たのは、俺に気が付いたのだろう。

そう思えば、さっきのはわざと言ったのかもしれない。

しっかり仕事しているな……。


まあ、本当にそこに書いていあることは、俺が大事にしていることだ。


「そんなに仕事があるのかよ」

なぜか男はそこに興味を持ったようだった。


「ええ、日雇いから、長期まで、いろんなものがありますよ。ここだけの話、この事業にはあのデルバー学長が関係しているって噂です。学士院アカデミーの依頼もありますしね」

受付事務員は、内緒ですよと言うしぐさをしていた。


「ああ、わかったよ」

生返事の男に、さらに4人の男が合流していた。


「あなたたちが、今回の依頼を受ける人全員でよかったですか?」

受付事務員は、五人の男を見て確認していた。


全員、頭を縦に振って肯定している。

受付事務員は満足そうにほほ笑むと、一枚の紙を出してきた。


「じゃあ、ここにサインをして。あなたたち一人一人でお願いしますね」

さっそく、書類にサインをさせようとした受付事務員を前にして、五人は戸惑いを見せていた。


「おれ、字なんて書けないぜ。お前書いてくれよ」

男はそう言って別の男に書かせようとした。


「俺も無理だ。ちょっと俺たちの仲間に書いてもらっていいか?」

男は受付事務員に確認を取っていた。


「ええ、大丈夫ですよ。その方は申込みされないのですね?まだ、お一人は空いてますよ?」

不思議そうに首をかしげている受付事務員に、男は即座に反応していた。


「ああ、力仕事だろ?仲間はそういうの向かないんだ」

すこしひきつった笑顔で、そう説明していた。


しばらくして、呼びに行った男が化粧の濃い女を連れてきた。


「姉さん、名前書いとくれよ」

どうやら名前の記入はその女に頼むようだった。


「しょーがないねー」

しぶしぶ女は名前を書いていた。


「アリアス、ライ、チート、デシート、ファオルっと。ねえ、あんた。これでいいだろ?」

女はそう言いながら、書いたものを見せていた。


「はい、結構です。当日この券を持ってお屋敷の裏門に行ってくださいね。わかりましたか。絶対に正門はだめですよ」

受付事務員は身を乗り出して、念を押していた。


「はいはい、わかってますって」

女は代表して答えていた。


言いたいことはわかっていると言いたげな態度だった。

そのあとを男5人がぞろぞろと付き従っていた。

その姿を追うように、俺はこっそりと受付事務員の背後に回る。


この位置が一番見届けやすい。

男たちは、女に率いられるようにして帰っていく。


「変な集団……。でも、最近ああして集団で仕事をするのって珍しいわね……」

俺もその意見に賛成だ。

しかし、それ以外にも気になることがある。


あの女の目。

正気の人間の目じゃない。

何かに取りつかれているような……。


そんな俺の思考は、受付事務員の言葉で中断されていた。


「大粛清のあと、治安が良くなったことが大きいのかしらね。それと生活に余裕ができると、心に余裕ができるものね」

自分の仕事をしながら、納得したように次の書類に目を通していた。



うんうん。

ちゃんと意志はつたわっているな。

暇を見つけては、こうして受付に視察に出ているかいがあったというもんだ。



しかし、あいつらは怪しい……。

もっともカンでしかないが……。


長年の警備隊員としてのカンがあの集団は怪しいと警告している。


こういう時は動いた方がいいんだったな。

先輩警備隊員の顔を思い出していた。

そしてよく言っていた言葉も同時に思い出した。


その意味、今ならわかりますよ、先輩。


言われたときはわからなかったが、今ならよくわかる。

つい、男たちが出ていった先に向かおうとして、進路を変える。


便利になった。

自分で尾行する必要がないのは、いまだに慣れないけど……。

そう思いながら、警備隊本部へと足を向けていた。


先輩は足で稼げと言ってたけど、あの少年に会ったらなんて言うんだろうか?

先輩と同じ考えを持つ少年だが、価値観の違いにどういう反応をするんだろう?


思わずおかしくなっていた。

同時に、あの時のことも思い出す。


あの日、少女のような憂いをたたえた少年は、俺にお願いをしてきた。

正直、あの顔は反則だろう。

年甲斐もなく、焦った自分が情けない。


「スラムを救ってください」


真剣に頼み込む少年を、最初は夢物語を語る子供だと馬鹿にした。

しかし、その話を真剣に聞くと、それもそうだと思えてきた。


少年は語る。


「人は望んで悪事を犯すことは稀です。そのほとんどは何かしらの事情があるのです。犯罪に手を染めると、そこから抜け出すのには時間がかかります。けれど、犯罪を行うまでには、時間はかかりません。それは必要に迫られるからです。そこで人間の思考は追いつかなくなってしまうんです。だから、防ぐためには考える時間を作るんです。それには心の余裕が必要なんです」


少年は力説する。

犯罪は個人が起こすが、それは社会の問題でもあると。


「心の余裕には、渇きを満たすことが必要です」


少年は渇きという表現をしていた。


自分が必要とされているという想い。

自分に何かあった時に周りがどうなるのかという想い。

何より、今日を過ごすことができるという安心感という想い。


そういうものが満たされていると、考える時間ができるというのが少年の主張だった。


「今日のことしか考えれなければ、明日のことなんて考えられません」


俺はその言葉に動かされていた。


警備隊員として長く務めた俺は、捕まえた人間が強制労働に従事することや、死刑になることを心のどこかで悲しんでいた。


そして、その家族から恨まれ続けるのにも正直まいっていた。

親を捕まえて、その親は死罪になる。

食うに困ったその子供が、罪を犯したので捕まえる。


そんなことが当たり前だった。


そうしたことを長年続けるうちに、俺は自分が犯罪者を作っている気分になっていた。


先輩も俺にそう言っていた。

どうにかして、これを断ち切ることができないか、先輩はいつもそう言っていた。


ここは、そういった連鎖を断ち切るためのものだ。


少年は同時に子供の教育も進めているという。

識字率を上げるためのようだが、俺は道徳を養うことだと考えている。


重ねて少年は語る。


「他人のことを思いやるには、まず自分のことがしっかりできないといけません。それができて初めて、人は人を思いやることができます。まず、それぞれがしっかりと生きている。それが大事なんです。そうして支えあわないと、支えている人だけがしんどい思いをします」


子供への教育のことを聞いた時、少年はそう言っていた。

それは職業をあっせんすることでいいんじゃないかと、少年に尋ねてみた。


「実際にはそうです。しかし、そのことを大きくなってから知るのと、小さい時から知っているのでは大きな違いが出るのです。人は考えることができるようになると、欲がうまれます。その欲を制御するこころも同時に育てないといけませんからね」


そう言って少年は笑っていた。


「明日を考えることができると、必ず、だれよりもいい明日をと考えます。そのもっとも単純な行為は、他人を蹴落とすことですよ」


その過程で思いやる心を育んでなければ、別の犯罪がおこる。

そう少年は主張していた。


俺は、たかだか十代の小僧に教えられた気分だった。


この少年はいろいろなことを考えている。

だから、この少年を信じてみよう。

そう思っていた。


「でも、結局人は間違いを犯します。でも人は同時に正そうともするんです。だから誰かが、その人の心に教えてあげないといけません」


そう言って少年は自分が間違えていると思ったら教えてくださいと、笑顔で話していた。


その顔が頭から離れなかった。



先輩、世界はまだ捨てたもんじゃないかもしれませんよ。

最後まで、人を信じきった先輩に会わせてやりたいが、それはまだまだ先でいい。


そう、まずは俺が先輩に話してからだ。

その時のために、せいぜい手柄話を作っておこう。

先輩の悔しがる顔が目に浮かぶようだった。


だから先輩。

少年のことは、まだ内緒ですよ。


***



「ヘリオス。ここにいたんだね」

カールの声に振り返る。

グリフォン厩舎の前にいる俺を、やっと見つけたような感じだった。


「何か用? カール」

カルラが相変わらずじゃれついてくる。

外に出せと最近はうるさい。



「その光景は……。いつみても、なれないものだね」

カールは若干顔をひきつらせていた。


それもそうか……。

じゃれついているとはいえ、頭をかじられているもんな……。


カルラ、今の痛すぎ!

俺は思念をおくっていた。


相変わらず、外に遊びに行こうと誘ってくるカルラだが、今はカールの方が大事な要件を持ってきている。


俺の予想通りなら、そうだろう。


ちょっと!今のも痛いって!


ああ、今はカールと話さないと……。


「そうかい?まあ、たぶんシュールな光景だとは思うけど、この子に悪意はないからね。甘噛みみたいなものかな?今も、体を拭いてたとこだしね。カールもやる?」


頭から、冷たいものが伝っている感覚があり、手で拭いてみた。

血がでてる。

まったく、加減を間違えると、こうだ……。


「ちょっと力入れすぎ!」

カールにも聞こえるようにそう言って、カルラのくちばしを小突いてみた。


「まあ、たまに加減を間違えるけどね」

あとで治療しよう。

血はもう止まっている。


後ろではカルラが翼を広げて謝罪している。


「……今日は遠慮しておくよ……。なんだか、威嚇されてるようだし……」

さらに顔をひきつらせて、カールは辞退していた。


こういうカールの顔も珍しいな。


しかし、カルラは話せないと、こういう風に誤解されるんだな。

デルバー先生の言いたいことがよくわかった。

それよりも、カールだ。

またこんどいこうね、カルラ。


カルラには謝って、カールを話しやすいベンチに誘った。



「ところで、何か用だった?」

あの事に違いない。

だが、それを知っているそぶりは見せられない。


「ああ、あまりに衝撃的なことで本題を忘れるとこだったよ」

カールはいつもの調子に戻っていた。


「ちょっと父上に呼ばれてしまってね。しばらく留守にするから。そのことを友である君に伝えないといけないと思ったのさー」

右手を右斜め上に、左手を自分の胸にあて、顔を右手の先に向けて目を閉じる。


このカールの決めポーズをカールアクションと呼ぶことにしよう。

俺はそう考えていた。


ヘリオスにも伝えてやってね。

寝ているミミルにそうお願いしておいた。


しかしこの時期に呼び返すとは、普通で考えると珍しかった。


「カール。なにかしたのかい?」

意地悪くそう尋ねていた。

この場はそれが妥当だろう。


「心外だね。僕は何もしてないよ。むしろ君のためにしたことだけどね」

そう言って眉間に右手を当てて、左手を腰に当てるしぐさをしていた。

これを考えるカールと名付けよう。


カールのポーズ集をいつか作ろう。


ヘリオスが考えたものも合わせると、結構な種類になっている。

中でも、カールスマイルが一番多いと思うが……。


「どういうこと?」

一応わからないふりをする。


「ああ、簡単なことだよ。僕とルナとユノのことだよ。結構な噂になっていてね。特にルナの方はモーント辺境伯からも真偽について問い合わせがあったようだよ。いや、大丈夫だよ。君の妹にちょっかいはかけない。あくまで、君に言われた範囲を守っているさ」


そう言ってカールは重要な情報を伝えていた。


マルス、ついに動いたか。

と言うことは、いよいよか……。


ぼやぼやしていられない。

早く準備を整えないと……。


ある一つのシナリオはマルスの筋書き通りに進んでいる。

そう思わせることに成功した。


じゃあ、それに乗っかって行こう。

俺はさらに計画を進めることにした。


「それは大変だね。その上でお願いがあるんだけど……」

カール耳元でお願いする。


「わかったよ。それにどんな意味があるのかわからないが、友の頼みだ。引き受けよう」

カールは身をひるがえして立ち去って行った。

その姿はまさに役者そのものだった。


さあ、次はユノかな?

じゃあ、図書館に移動しておこう。

カルラ、ちょっと忙しくなるよ。ごめんね。


もう一度カルラに謝罪して、いつもの場所に転移した。


***



「ヘリオス、やっぱりここだったのね」

やっぱりここだ。

アイツは魔導図書館のいつもの場所にいた。


「ユノ、どうしたの?」

私の態度が露骨すぎたのかしら。

今読んでいた本に、しおりを挟んで閉じていた。


アイツは大事な用事であることを察していた。

そういう事は察しがいいのよね。

ちょっと文句が出そうになった。


しかし、書きかけのレポートはそのままだ。

あとで読んでやろう。


「ええ、ちょっとわたし国もどってきます。必ず帰ってきますから、その報告です」

ちょっと強く言いすぎたかしらね。

こんなこと期待しても、仕方がないのはわかっている。

でも、コイツも噂くらい知ってるはずだ。

それに自分の妹も入っているのだから、知らないはずはないだろう。


「えっと、それはルナの件に関してかな?」

やっぱり知っていた。


知っていて、なおもそんな態度をとってるのね。

なんだか無性に腹が立ってきた。


「ええ、あらかたそうですね。でも、そのような事実はありませんからね!」

自分でもわからないくらい、いらいらする。

この笑顔が、余計にそれを大きくする。


「ええ、僕は君のことをよく見ているからわかってます」

にっこりとほほ笑んでいた。


その無自覚で期待させる笑顔はやめてほしい。

そんなこと言われたら何も言えなくなる……。


つい視線をそらしてしまった。

こうなったら、何か別の話題を探さないと……。

そう言えば、レポート。

あれは何だろう。


「……ところで、今は何を読んでいるのかしら?」

これで少し落ちつけよう。

視線もレポートに落ち着ける。


アイツは黙って頷くと、レポートをなぞりながら、説明し始めた。


「これは、真祖について書かれた記述のまとめだよ。デルバー先生が、どうしても読んでおくようにって言うから読んでたんだけどね。でも、面白いよ。もうすぐ終わりだけど、知れば知るほど、真祖についていろいろ疑問がでてきたよ」

アイツの目が輝いている。

本当に子供のようだわ……。


「真祖はまず、種として存在するのかどうかが最大の疑問だね。僕は種としては存在していないと仮定してるけど……」

ますます、目を輝かせている。

本当に、こういう事が好きなんだと思った。

全くどうしようもないバカ。


でも、その意見は無視できない。

どうせ後で見るつもりだった。

せっかく説明してくれるんなら、聞いてあげようじゃないの。


「種としての存在条件は子孫が誕生するかどうかだけど、それについて記載されたものが存在していない。それは区分上不死者(アンデッド)となっているので、生命誕生というカテゴリーからすでに外れているからだと思う」


確かにそうね。

真祖が生まれたといっても、真祖の赤ちゃんとか聞いたことがない。


「では、種として存在しないものが、どのようにして発生するのか」

アイツはいきなりボロボロの手記を出していた。

その点に関しては、一つの考察と、検証がされてるとのことだった。


それは儀式魔術により、真祖として転生するというものだ。

著作者はイリバーとなっているらしい。

それは真祖となるべく挑戦した人物の手記だった。


そこには、自らの検証結果が記されていた。

転生により元の肉体は消失し、あらたな肉体を得る。

それは生命を超えた存在になったという記載だった。

真祖自身が真祖となる前の手記が存在したなんて……。

私はその事実に驚いていた。


その手記を閉じて、アイツは自分の疑問点を語り始めた。


「とすると、真祖は種として存在している肉体を、種として存在しない肉体に変換したと考えることができるのかな……?変換……?別の存在……?」

相変わらず、集中すると、私と話してるのを忘れてる気がする。


ぶつぶつ繰り返しながら、自らの疑問をまとめているようだった。


何してんだろう……、私。


「ねえ、ユノ。真祖の不滅性ってどう思う?」

そう思った時に、いきなりこっちに話を振ってきた。


「そんなの分からないわ。私が知っているのは、真祖を倒したという報告と倒せなかったという報告があり、倒したという報告もいつしか復活したという報告と混ざっているわね」

いきなりで、焦ってしまった。

何となく知っていることを並べてみたが、まだ結論は言ってない。


「だから私自身、真祖は倒せるけど、復活すると考えるわよ。そういう意味で不滅ということかもしれないわね」

考えてみれば、疑問だらけだ。

私は、わかったふりをして、考えないようにしていただけだ。


「なるほどね、そう言えばこんな考察もあったよ」

楽しそうに、アイツはわきに置いてあった本を広げていた。


そこから出してきたんだ……。

確かに机に出ている本は少ないが、その下には山ほど積まれていた。

一体どれほど読んでいるんだろう……。


そんな考えは、アイツの説明で引き戻された。


それは、真祖の肉体は核となるものがあり、それを破壊されない限りは復活するというものだった。

その核は通常巧妙に隠されているというものと、体を移動するというものとあった。


「仮に核というものがあったとして、それはどこにあると思う?」

アイツはそう聞いてきた。


「そうね、核というからにはその体にあるんじゃないかしら。ほら、粘性生命体スライムも議論されていたよね。核が存在するのか、すべての構成体が核なのかって」

なんだか楽しい。

お互いの見解を話し合うって、なんだかとても楽しかった。


「そうだね、粘性生命体スライムの場合、僕はすべての構成体と思ってるけど、まあそれは置いといて、真祖の場合、滅びるんだよね。いったん。そうするとその場に核があると不都合なんじゃないかと思うんだよね」

核があるとするとそれは体外にあると考えているようだ。


確かにそうかもしれない。

でも、そうだとするとおかしいこともある。


「じゃあ、どこにそれがあるというのかしら、そんなに離れていて、活動できるのって変じゃない?」

活動性を考えると、それは疑問だわ。

そうなると一定範囲以外に出られなくなってしまう。

核というからにはエネルギー発生か、存在するには重要な構成体のはず。


真祖はその場所から離れられないのではなく、広範囲に移動できる。

それをどうして解消するのか。

また、その核が見つかった場合、真祖は滅ぶ可能性がある。

それが現在まで見つからないということがあるのだろうか。


そのことを説明できる何かが必要だろう。

私の前に、なぜか自信たっぷりのアイツがいた。


「僕は、真祖は精霊に近いのではないかと思うんだよね。もしくは妖精族」

大胆な仮説だ。

いきなりすぎて、ついていけなった。


「痛いってミミル。耳かまないでよ」

その回答が気に入らないのか、アイツはミミルに耳をかまれていた。

使い魔にかまれるって……。

ちょっとおかしかった。


私の態度を、自分の仮説に対する反応と理解したのか、アイツは少しむきになって説明してきた。


「滅ぶということから、その体内には核というものは存在しないと思う。じゃあ一体にどこにという疑問があるんだよね。」

アイツは自分で頷いていた。


「それはその活動範囲を考えると、この世界にないのではないかと思うんだよ。そして、重要な記載がある。真祖は、真祖になる時に元の肉体は滅んでいるんだ。そして新たに肉体を得ている。これって、本体は精霊界とか妖精界にいったんじゃないかなと思うんだよね。だから、こちら側に現れているものをいくら倒してところで復活する」

確かにそう思えば、納得できる気がする。

しかし、それ以上に、そんなにむきになる顔がかわいらしかった。


「なるほどね……。でもその証明はむずかしいわね……」

それを証明するには、そんな真祖と戦わなくてはいけない。

真祖がそんな重要なことをすんなり教えてくれるわけがない。


でも、真祖なんかを相手にしたくなかった。


「そうなんだよね。相手がいないと堂々巡りなんだよ。でも、たすかったよ、ユノ。こうして君と話をすると、僕の思考の矛盾点も結構わかったよ」

アイツはうれしそうだった。


それは私も思う。

こういう風にお互いの意見を言い合って、物事を考えるのって楽しいわね。

久々に満足した時間だった。


「うーん。ヘリオス。たのしかったわ、ありがとう。また、議論したいわね」

なんだか、もうどうでもよくなってきた。


コイツはこんな感じだ。

こっちが真剣に悩んでも、どこか違う場所でそれも吹き飛ばしてしまう。

きっと噂だって、噂としてしかとらえていない。

そして、王国に戻っても、帰ってくるのが当たり前だと思ってる。


そんなアイツに、必死に帰ってくると言いに来た私がバカだったわ。


「うん、僕もすごく楽しかったし、僕なりの結論もいまでたよ。ありがとうユノ。誰かと話しながらだと、確かに問題を整理しやすいね」

アイツはレポートをまとめようとしていた。


もう帰ろう。

いろいろ準備も必要だし。

ここにこれ以上いる理由もなかった。


そうやって帰ろうと決心した時に、いきなりアイツは私に声をかけてきた。


「ユノ、君とはいつまでもこうして語り合っていたいと思ってる。気を付けていっておいで」

まったく、信じられないバカだ。

私は顔を見られないように、急いで魔導図書館を後にした。



***



「2人そろって同じ時期に同じようなこと……」

これは何者かが意図した可能性が高いな。

しかも、複数の意図が絡み合っている可能性が高い。


そして、もう一人。

この俺に話が来ると、それは間違いない。


そして、おそらくだがその場合、渦中の存在はルナだと考えられた。

ルナの周囲から味方になる人間を遠ざけている。


「もう誰も来ませんように……」

俺はそう願っていた。


でも、ルナの方に動きがない以上、俺に話が来るはずだ。

来るとすれば……。

たぶんあの人から来るはず。

あの人たちも同様に考えられているはず。


「メレナが来ませんように……」

特定して、お願いしていた。



「ヘリオス、やっぱりここにいた……ってそんな露骨に残念そうな顔しないでくれないか。さすがにボクもへこんじゃうよ」

気落ちしたように、メレナは文句を言っていた。


そんなに顔に出たんだろうか……。

さすがに謝っておこう。


後でヘリオスがとばっちりを喰らうかもしれない。


「あ、メレナ先輩そうじゃないんです。自分が起きてほしくないと願ってたことが起きたので、がっかりしてたんです」

弁解になってないが、そうでも言わないとこの場が納まらない。

とりあえず、必死さは伝わるかな……。


「それってボクに会いたくなかったってことでしょ、おんなじだよ!」

メレナはやっぱり怒っていた。

頬を膨らませ、顔をそむけたその姿は、なんだかとってもかわいらしかった。


「メレナ先輩、機嫌直してください。でも、先輩のそういう姿も新鮮です。なんだかとってもかわいらしかったです」

最近、素直に感想を言えるようになってきた。

これも人付き合いが増えた効果かもしれない。

ちょっと自分の成長に満足していた。


「ななな、なんかヘリオス、ボクに恨みでもあるのかい!」

若干顔を赤くさせて、メレナは壁の方に後ずさっていた。


「いえ、特にそんなつもりはないです。素直に感想言っただけで……。で、先輩何か御用だったんでしょ?急に断れない探索依頼が来たとかですか?」

たぶんそうだろうと思うが、確認しておこう。


「よくわかったね。そうだよ、探索依頼だよ。実は強制的にね。教会からの指令なんだよね。こんなこと珍しいよ」

メレナはいかにも不思議そうだった。

それでも、壁際にへばりついている。


教会と言う存在は、それほど聖騎士パラディン修道僧モンクに影響があるものなのか……。

俺はその認識を新たにしていた。


「なるほど、その教会の指示はどなたからかわかりますか?」

できる限りつながりを洗っておきたい。

直接指示した人は、おそらく無関係だろう。

でも、その黒幕はうまくいけば突き止められるかもしれなかった。


「カトリック司祭様だよ。でも、カトリック司祭様もその上の方からの指示なんだって。だから断るなって言ってた。その上まではボクもしらないなー」

メレナは知っていることだけ告げていた。



やはり尻尾は見せないか……。

これは思った以上に厄介かもな。


「まあ、ヘリオス、急だけど明日の朝出発だからね。準備よろしく。途中トラバキによるけど、準備は十分にね」

メレナは相変わらず軽い調子で帰って行った。


まあ、寄り道せずにまっすぐトラバキに行く気があるのかないのか……。

しかも、行き先を言ってない。


これが策略だとすると、たぶんメレナも知らないだろう。

詳細はトラバキの教会で聞けとかそんな感じだろう。


いずれにせよ、ここでは考えがまとまりにくい。

一旦家に帰ろう。

そうして、本を専用空間セルフスペースに収納し、部屋へと転移した。



「これはやっぱりルナに何か起こるんだと思うけど、どうかな」

精霊たちの意見が聞きたかった。


「そうだね。でもヘリオス君がどうするかだよ?」

シルフィードは起きることを心配するより、起きたことに対応すべきだと主張している。

彼女らしい意見。

そう、心配するよりも考えて行動すべきだ。


「悪意を感じる」

ミヤはその手の感覚には敏感だ。

それは俺の考えが間違っていないということだ。



「ルナは今のところ問題ないようです」

ベリンダは遠見の魔法でその姿を監視してくれていた。


「わかんないよ。ミミルはそういうの苦手だしー」

ミミルは当てにならなかった。


「まずは、いったん離れて敵の手に乗ること。そのあと出し抜く算段をたてる。これ鉄則やわ」

ノルンが珍しく、具体案を出しきた。


精霊たちが一斉に驚いていた。

ノルンが文句を言っている。

いや、君の普段の言動なら、そう思われても仕方ないから……。


しかし、俺も驚いたのは内緒にしておこう。


「そうだね、ここで反撃の準備をして、その誘いに乗りますか!」

黒幕はわかっている。

もう一人の黒幕も関与しているだろう。

問題は、どこまで影響を受けるかだ。


「よし、ヘリオス。ゴー!」

ミミルは俺の頭の上で指示していたが、相変わらず具体的には何も言ってなかった。


「まず、現状のルナの行動をみて推測しないとね。シルフィード、ちょっといろんな声を探って来てくれる?」

王都中の声を集めてもらおう。

今のシルフィードなら、一人でも大丈夫だ。


「りょうかい!」

かわいらしくそう宣言したシルフィードは、勢いよく外に飛び出していった。


「ミヤ、ルナの周囲を見張ってみて。たぶん行動を監視しているのがいるはず」

ミヤにはそう依頼した。


悪意と言うのは、なかなか隠しづらいものだ。

ミヤならばうまくそれをとらえることができるはず。

しかし、ミヤは動こうとしなかった。

なぜか上目づかいで俺をみている。


その目を見て、ミヤのしてほしいことが何となくわかった。

ミヤの頭をなでながら、もう一度頼んでみる。


「ん」

短くそういうと、意気揚々と出かけていった。


「ベリンダ、ちょっと王都の外側をくまなく見てくれない?なにか様子が変な場所がないかどうか。特に、人が大勢集まっているとかは注意してね」

ベリンダには王都外の監視を頼んだ。

まさかと思うが、そこも注意しておかねばならない。

特に、今回の場合、複数の意図が交差している。



「わかったわ」

そう言って素直に遠見の魔法を、最大数展開して見回っていた。


時折ちらちらと、こちらを見ている。

なんとなく、ベリンダの頭をポンポンと、数回優しく叩いてみた。

なんだかうれしそうなベリンダは、さらに魔法を展開していった。


「さて、……」

ノルンに話しかけようとしたが、ノルンがそれをさえぎった。


「ウチの仕事はおしまいやし」

あいた口がふさがらなかった。

本当にあれだけ?


「いや、まだ何にも言ってないよ?」

一応、話しをしてみよう。


まあ、ノルンの場合本気もあり得るが、ノルンにしかできないことがある。

ここは、頼み込まなければならない……。



「ウチは、ただ働きはごめんや」

ノルンは目の前に両手を広げて立っていた。


「ノルン、ちょっと知恵を貸してくれないかい?」

ノルンを軽く抱きしめるとそう頼んでいた。


「しかたないなー」

よかった。

ノルンは上機嫌だ。


三食昼寝温泉付といった以上、それを言われると何も言えなくなる。

まあ、ノルンがそのことを持ち出したことは無いけど……。


「ノルン、今回の被害者候補はルナと思うのだけど、それだけと思う?」

俺の不安に関して、ノルンがどう考えるのかを聞いてみた。


「仮に、ルナにだけ被害が及ぶとすると、ルナに対して恨みを持つ者の仕業になるよね。そうして、その関係者を遠ざけるのは理解できるわ。だから、これは確定でいいと思う」

ノルンは自信を持っていた。


「けど、考えないといけないのは、どうやってルナに危害を加えるのかというのと、ルナが危害にあった場合に、だれが損をして、誰が得をするのかよね。それで判断したらいいんじゃないの?それはもうわかってるんでしょ?」

ノルンは興味深そうに俺の顔を見ていた。


「その通りだよ、ノルン。ルナに危害が及んだ場合、僕が損をする。そして僕が損をして得する人間はモンタークだろうね。間接的にかんでいるとみて間違いないのだろうね。そして、ルナ自身の恨みはディーンに決定だろう。4大貴族同士知り合いだしね」


物証はない。

しかし、状況的にそうだろうと考えていた。

ノルンの話で、そう考えるのが妥当だという自信もでてきた。

そうすると、大体の現場と日時が特定できる。


「貴族同士のつながりね……。この王都では路上での犯罪は起こりにくくなっているから、貴族の屋敷しかないよね。警備隊も手出しできないし」

発生する時間と場所を特定できれば、行動がとりやすい。


近日中のルナの行動から、場所の特定は可能だろう。

あとは確証をそろえておくことで、その確率は高まる。


まず、シルフィードの報告でルナの行動を予測する。

その上で、ほかの情報を待って対応策を考える。

大筋はこれでいいだろう。


「あとはどのような手段でというものか……。これは誘拐、監禁で間違いないかな?そのまま殺すというのも考えれるけど、貴族の屋敷内ではなく、外だろうね。となると運び出す必要がある……」


ノルンとの会話で犯行、犯人、その行動が俺一人の予想でなく、確証に近いものに変化していた。


「よし、裏を取ろう、ノルンついてきて。ベリンダ、たぶん運び出した後何かするには何らかの屋内が必要だから、そういったものも探しておいてね。森の中の小屋とか監禁場所としてはうってつけだろうし。あと、街道周辺も注意してみておいてね」

そうベリンダに注文してから外に出て行った。


「あれ?シルフィード、早いね?」

そこには、なんだか様子のおかしいシルフィードがいた。


シルフィードはちょうど家の前で、仁王立ちしている。


「ちょっとヘリオス君。ひどくない?」

シルフィードはいきなり文句を言ってきた。


ノルンが肘で小突いてきた。

ああ、そう言えば……。


おもむろにシルフィードに近づき、そっと抱きしめた。

その背中を優しくなでで、ささやく。


「頼んだよ、シルフィード」

ごめん、シルフィード。

配慮が足らなかったよ。


一気に人化を解いて、シルフィードは風になっていた。


「じゃあ、いってくるねー」

シルフィードの楽しそうな声が、頭の中に響いていた。


「ヘリオスも大変だねー」

ミミルは頭の上で、髪の毛をむしりながらそう言っていた。


「ミミル痛いって」

気が済むまで好きにさせておこう。

ミミルはまたこんどね。

俺はそう念じていた。





「ああ、なんか怪しいのはいましたよ」

デントはそう言って、俺にその特徴を伝えていた。

怪しい女が男五人を従えている集団だった。


以前からスラムで顔を見るが、大きな問題を起こしたことはなかった。

警備隊本部でも、それは同様らしく、どこのだれかは把握できていなかった。

さっそくデントは調査してくれていたようだった。

結論としては、何をしているのかが分からない集団ということだった。


「それって露骨にあやしいですよね?」

何か直接調査することはできないか?

出来るはずないが、ひょっとしたらこの世界ではできるのかもしれない。

そう思って、聞いてみた。


「何もしてないものを裁く法はありませんよ。知っているでしょう?」

デントはお手上げというしぐさで伝えていた。

すでに、いろいろ考慮してくれたのだろう。

疲れた顔は、それを物語っている。


「いろいろありがとうございます。それと、ここに来たんですよね? 何しに来たんですか?」

とりあえず、その集団は怪しいとみていいだろう。

デントの気遣いにも感謝をした。


「ある貴族の屋敷から、物品の輸送です。依頼そのものは正式な依頼ですよ。森まで運んで、そこからは別の人間が運ぶらしいですね。うちにはその依頼はなく、屋敷から外までの依頼です」

デントは紙を見ながら、その貴族の名前を告げていた。


「メーア子爵家らしいです」

うれしそうな顔で、そう告げていた。





斡旋所から出た後、出来るだけ人目につくように、一人でスラムに入っていった。


以前と違い、なんだか活気に満ちている。

その雰囲気に違いが出ていたのを満足した。


ここも少しずつ変わり始めている。


通りを抜けて、クラウスの家の方に向かう。

以前教えてもらったから、その家をすぐに見つけることができた。



「クラウス、いるかい?」

家の扉をノックしていた。

丁寧にノックしないと、崩れそうな扉。

クラウスの住んでいる家は、今にも崩れそうだった。


「ちょっとまってよー」

中から明るい声が帰ってきた。


そして扉を開けて、クラウスが顔を出していた。

信じられないといった顔で、クラウスは俺を見ていた。


「やあ、クラウス。今ちょっと話せるかい?」

固まったクラウスに、用事を確認する。


だんだん、周囲には人が集まってきた。

たぶん、この姿が珍しいのだろう。

ちょっと派手な衣装にしすぎたかもしれない……。


クラウスの返事は、特に用事は無いとのことだった。

少し話があるので付き合ってほしいことを告げると、二つ返事で帰ってきた。



「という人たちなんだけど、なにか知っているかい?」

俺は通りを歩きながら、クラウスに尋ねてみた。

出来るだけ人の目に触れるように歩いていたが、今は周りには人がいないことは確認済みだ。


「おいらも詳しくは知らないよ、ちょっと前まで羽振りが良かったと思うよ。たまに、王都からいなくなることもあったけど、その時は大抵大荷物を持ってどっかにいくみたいだよ。でも、最近はそんなこともないんじゃないかと思うよ。王都で見かけることが多いから」

クラウスは、自分の知っていることを教えてくれた。

かなり重要な情報。

疑わしいから、確定に決定だ。


「ところでクラウス、僕は明日から少し王都を離れるんだけど、もし僕と連絡を取らないといけないことが起こったら、この魔道具に話しかけてみて。そうすれば僕と連絡取れると思うから」

クラウスの驚いた表情。

まあ、それもそうかもしれないが、俺は信じている。


「あと、これと同じものをハンナの店にも置いておくので、何か困ったことがあったら、そこで相談するといいよ」

自分一人じゃない。

相談する相手がいると心強いはずだ。

まだ子供のクラウスに、いろいろお願いするのは酷なのかもしれない。

そう思ってのことだったが、意外にやる気を出していた。


「うん、わかった。おいら役に立つこと見せてやるよ」

クラウスは元気いっぱい頷いていた。


「ありがとう、クラウス。頼りにしているよ」

俺はクラウスと握手を交わした。



クラウスを家に送り、俺はまた目立つように歩いてハンナの店にやってきた。


「こんにちは。あれ、コネリー、君一人かい?」

店に入った途端、今にも泣きそうなコネリーを見つけて、そう声をかけた。


「ルナ様が、お姉ちゃんを連れてったから、僕一人で……」

コネリーから事情を聴いて、線がつながりつつあることを実感していた。


しかし、ルナ、アネットを巻き込むことになる……。

ルナを責めるわけではない。

アネットと仲良くなったのは良いことだ。

しかし、タイミングが悪かった。


今から対応しても仕方がない。

もう明日には出発だし、俺もそろそろ時間がない。


アネットには、ルナが付いている。

そしてアイツらにはアネットは関係ないはずだ。

いや、モンタークは別かもしれないが、今回は直接前には出ていない。

出来る限り対応しよう。

俺はそう思っていた。


先ず目の前のことから解決していこう。

そう思い、予定通りの行動をとることにした。


コネリーに、明日から王都の外に出かけることを告げる。

ハンナも一緒にいてくれたら安心だったが、コネリーはたぶん大丈夫だ。

自信がないだけで、この子はしっかりとしている。

少なくとも、俺はそう見ている。


ただ、それでも自信というものが行動を左右することもあるだけに、ハンナにも聞いてもらいたかったのだと思う。


「コネリー。大事なことだからちゃんと覚えて対応しておくれ。僕と連絡を取りたいときには、この魔道具に話しかけるといい。これと同じものをクラウスにも渡しているから、何かあったらお互いに助け合ってくれないかい」

これは男の真剣な頼みであることを強調していた。


「うん、わかりました。僕、頑張ります」

コネリーは決意を込めてそう宣言していた。


コネリーに依頼した後、店番もできる、大丈夫と自信をつける言葉を何度も話していると、ハンナが帰ってきた。


今更ハンナに言うわけにはいかない。

それはコネリーに失礼だ。

男の真剣な頼みを男としてコネリーは受け入れてくれている。



「じゃあ僕はこのあたりで失礼するね。コネリー、君は立派に店番していたと思うよ。ちゃんと僕の相手をしてたからね」

何のことかさっぱりという顔のハンナだったが、最後には俺にお礼を言っていた。

たぶん、コネリーに自信をつけさせる言葉だと理解したのだろう。


いいお母さんだ。



それぞれの精霊たちから報告があることを告げられた。

もうこれ以上はうろつかなくても大丈夫だろう。

そのまま歩いて、自分の部屋に戻って行った。



精霊たちは自分たちの場所で思い思いこの俺という存在を堪能していた。


「じゃあ、順番に教えてくれるかい?まずはシルフィードからかな?」

身動きできない状態のまま、右のシルフィードを見た。


シルフィードは街の噂について、いろいろなものを集めていた。

それは、最近できたケーキ店に関するもので、そこにはルナの声もあったという。


あとは、警備隊が駆けつけるスピードが上がったとか、スラムが以前よりも活気が出てきたとか、子供のいたずらや軽犯罪が減ったとかが主だった。


そして、王都の教会が近く大司教選をするという話もあった。


「うん、さすがに尻尾はつかまさないね。でも、教会の方はそこに関連した可能性があるよね。ありがとうシルフィード」

シルフィードに感謝した。


「ベリンダはどうだった?」

ベリンダの方を向くのはかなり困難だ。

ベリンダは後ろから抱きついている格好なので、どうしても顔が近くなる。

ベリンダはあわてて、自分の話をしていた。


「えっと、怪しい建物、小屋ですね。それは3つありました。一つはゾンマー領の方にあり、もう二つはベルンの方角とトラバキの方角です。そのほかには変わったことはありませんでした。そして集団行動している人間もいませんでした」

そう言ってすぐにベリンダは背中に顔をうずめていた。


「そうか、ありがとう。まあ、決め手はないかな。でもルナのあれがあるから特定は可能か。あとは、街道に仕掛けをして……」

自分の考えに入ろうとすると、ミヤが自分の番だと腕を引いていた。


「ごめん、ミヤ。よろしくね」

ミヤの報告を聞くために、顔をミヤに向けていた。


「ヘリオス。わたしすごい」

得意満面といった感じだった。


「メーア子爵のお茶会」

そう言って見つめるその顔は、しっかりほめろと言わんばかりだった。


「うん、すごい情報だね。これで線はつながったよ。ありがとうミヤ」

褒めると照れるのがミヤの癖だ。

今も身をよじっている。


「でも、みんなよくやってくれたね。僕はみんながこうして助けてくれるから、いろいろできると思ってるよ。ありがとね」

ひとりひとり、名前を言って感謝していた。


何となく、ますます身動きが取れなくなっていた。


「とりあえず、僕はどうもトラバキ方面に行くみたいだから、おそらくこっちの線はないよ。だから本命はどっちかだけど、どう思う?」

全員に聞いてみた。


「こういう場合は偽装することが多い。本命はベルン方面さ」

ノルンがそう告げていた。


「そうだね、じゃあ時間もないので、そっち方面の橋に細工しておこう」

このままでも飛べるけど、一応瞬間移動(テレポート)するべく皆に声をかけた。



橋への細工は簡単に終わっていた。

ちょうど真ん中に、感知の魔道具を裏側に固定するだけだ。

これにより、ヘリオスの魔道具が通った時にマーキングされる。

ルナのブローチには細工してある。

確定情報が多い方がいい。


しかし、この王都はいつみても美しい。

王都だけでなく、その周囲もきれいに整っている。

人為的なものもある。


その時、何か俺の中で警告を発していた。


「ねえ、ベリンダ。ベルンの方にある小屋ってどのあたり?」

何かが引っ掛かる。

それは無視できないものだ。


「むこうかな」

ベリンダがその方向を指さしていた。


「まずいな……」

思わずその言葉をつぶやいていた。


「よし、少し近くにまで行こうか。ベリンダ、案内よろしくね」

姿隠し(ハイド)をつかって飛んでいく。

今は姿を見られてはまずかった。


森の近くまで来て、自分の不安が的中したことを知っていた。


「やっぱりそうだ……まずいぞ、これは……。そうだ!」

専用空間ポケットスペースから筒状の魔道具を取り出す。

付近の地面を掘り下げて、中に隠していた。


何の役にも立たないと思ってたみたいだけど、案外こういうのって役に立つんだよ、ヘリオス。


届かないが、ヘリオスに向かってそう告げていた。


まあ、直接聞いたのはヘリオスだ。

たぶん、大丈夫だろう。

でも、保険はかけておいて損はない。

ヘリオス自身はこれをゴミ扱いしているから、無くなっても怒らないはずだ。



「よし、これでいいだろう。あとはデルバー先生へ報告しに行こう」

瞬間移動テレポートして部屋に戻る。


そして、今度は指輪の魔法を発動させていた。


精霊たちの助けも借りて、万全の態勢で臨むヘリオス君はたして・・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ