対抗措置
月野君はヘリオス君のために走り回ってます。
「で、ベルンはどうじゃったかの」
わかっているだろうに……。
つい、そこまで言葉が出かかった。
デルバー先生は、俺の目で情報を仕入れている。
他にも何か秘密がありそうだが、少なくともそれは確かだ。
俺が見たものは、指輪を通して先生に送られている。
常時展開型の攻勢防壁も、この先生の前では役に立たなかった。
実はすでに対抗措置はもっているが、話すよりも簡単だからこのままにしていた。
それでも尋ねられたら、言葉で報告しなければならない。
そうしなければ、機嫌が悪くなる。
俺はできるだけ省略しながら説明していた。
「あいにく、師匠やバーンさん、シエルさんとは会えませんでした。どうやら地下に潜ったらしく、こちらも正体を明かせない以上、捜索は無理でした」
残念だが仕方がない。
会えなかったというよりも、師匠はあえて会わなかったのだと思う。
俺のことは認識しているはずだ。
師匠の索敵能力は俺の知る限り、デルバー先生を超えている。
まあ、お互いに本気を出したらどうかわからないが……。
「しかし、長老がの……。惜しい男をなくしたわ。しかし、バーンの判断は正しい。しばらくベルンは仮想敵国としておこう」
やっぱり聞かなくても分かってるよね。
なんだか、よくわからない報告になっていた。
ただ、気になったことがある。
それは直に調べてみなければならない。
「あと、第三都市トラバキを調べようと思ってます。ここはたぶん何もないと思いますが、僕は行ったことがないので、しばらく留守にしますね」
今後の動きについて説明する。
トラバキの状況次第で、これができるかどうかにかかっている。
この目で、第三都市の実力、人間を見なくてはいけない。
当然それはデルバー先生にも還元されるからだ。
「ふむ、そういうことならいってみい。あと、そうじゃの、移動に時間がかかるから、グリフォンを貸してやろう。おぬしなら話せるじゃろう。仲良くなっておくがよいの」
デルバー先生は声を押し殺して笑っていた。
その笑い方……。
何か隠しているのは明らかだった。
「ありがとうございます」
一応感謝しておいた。
グリフォンに乗れる。これは俺にとって初体験だ。
と言うより、向こうの世界では馬にも乗ったことがない。
魔獣騎乗。
それだけで興奮する。
いつも門のところにいるグリフォンだろう。
いままで、ゆっくりする時間がなかったので、まだ話せていない。
でも、これで用事が出来た。
さっそく行ってみよう。
*
グリフォンは俺をじっと見つめていた。
勇敢そうな顔立ち。
時折見せるその鋭い視線はまさに魔獣にふさわしい容貌だった。
「なななな、なに……あなた、私の声が聞こえるの?じゃあなに?用事がないならどっかいってちょうだい」
しかし、頭の中に響いてくるその言葉は、その雰囲気を一気に台無しにしてくれていた。
全然強そうじゃない……。
期待外れもいいところだった。
それでも、今後のために、グリフォンの機動力は必要だ。
俺は、気持ちを切り替えて話しかけた。
「ねえ、僕はヘリオス。君の名前を教えてくれないかい。君と友達になりたいんだ」
グリフォンの目をじっと見つめて、そう話しかけた。
「あなな あなたと? とも、とも、ともだちに? ふん。なってあげてもいいわ。話せる人間なんて珍しいしね。あと私はカルラよ」
グリフォンは顔をそむけた。
「よろしくね、カルラ。明日、トラバキに行こうと思うから、乗せてってくれるとうれしいんだけど」
そう言って頭を下げる。
たぶんそうした方がいい気がした。
「……ふん。まあいいわ。友達の頼みだしね。けど、しっかりつかまっててよね。おとすわよ」
グリフォンはくちばしを大きくあけていた。
はたから見ると、まるで威嚇されているような感じだ。
*
翌日、朝早くに、俺はトラバキに向けてカルラを駆っていた。
朝焼けの空に舞い上がったカルラは、気持ちよく上昇する。
ぐんぐん上昇していく。
すさまじい速さで、空を駆け昇っていく。
空は飛べるが、こんなにも上昇したことは無かった。
ちょっと不安になるくらい上昇した後、カルラはゆっくりとこの世界を見せてくれた。
「どう? きれいでしょ?」
自慢するカルラの気持ちがよくわかった。
そして、今いるこの場所が、ごく小さな半島だと言う事を認識した。
まったく小さい。
俺はまだこの世界のほんの一部にいるだけだ。
そして、この美しい世界に見とれていた。
西には海が見える。
アウグスト王国にはないものだ。
この世界でも同じなのだろうか?
東はうっそうとした森が広がっている。
北も南も半島の周りは海だった。
巨大な大陸に突き出した、何とも小さな世界。
こんなところで、諍いが起きている。
本当に、情けなかった。
水平線の向こう側には、大陸らしいものが見えている。
いつか、この海を越えてみたい。
俺はそう思い始めていた。
「ありがとう、カルラ。いいもの見せてもらったよ。でも、そろそろいこう」
カルラの首をそっとなでる。
くすぐったいような思念がやってきたが、嫌じゃないようだった。
カルラとの出会いは、これから出会う人たちとの楽しみを予感させてくれる。
さあ、行こう。
着た時とうってかわり、ゆっくりとカルラは舞い降りていく。
たぶん俺に時間をくれているのだろう。
カルラはそういう思いやりができる子なんだ。
この美しい世界を眺めながら、自分のやるべきことを心に刻み込んでいた。
***
そして月日はながれて、ルナが入学して半年がたっていた。
その間、俺は何回かに分けて、少しの間だけ夢の世界に入っていた。
力の使い方を意識していたので、現実世界への影響はほとんどなかった。
休日前や、商談後に有給を取って来ていたが、特に目立って困ったことにはならなかった。
ヘリオスの方に負担を強いてたかもしれない。
ミミルが魔道具を使用して、俺をいきやすい状態にしてくれていた。
申し訳ないが、やむを得ない。
何度となく謝りながら、俺はこの世界にやってきている。
これはお前のためだからな、ヘリオス。
来るたびに、そう告げている。
記憶には残らないが、俺の気持ちがそうさせていた。
俺の大方針はヘリオスの安寧を守ることだ。
そのためにヘリオスの心を乱すのは矛盾するかもしれない。
大事の前の小事。
そう言い訳を続けている。
そのため、特別大きな変化は望まなかったが、三つはどうしても解決なり方向性なりを作らなければならなかった。
第一の目的であったルナの件が、一息つけそうなことが幸いだった。
自然と、あともう二つの件に取り掛かっていた。
今はまだ潜在的なモーント辺境伯マルスの陰謀の阻止とヘリオスの評価向上。
すなわち、父親であるマルスに対抗する予防策をとることと、ヘリオスが周囲に認められる功績を立てること。
この二つを主軸に動いていた。
しかし、すべてのことを自分で行動するには限界がある。
俺は現実世界で培ったノウハウを利用していた。
予防策に関しては大義名分を抑えること、社会不安を取り除くことを最初の目的にしていた。
最終的な目的はわからないが、マルスが社会不安をもたらしているのは明らかだ。
街道の魔獣騒ぎに食料の高騰。
これらはマルスが画策している氷山の一角だろう。
ただ、放置はできない。
ベルンを抑えられると、アウグスト王国において自給する塩がなくなる。
いま、食料高騰を引き起こしているのは、まさに、その塩だ。
塩の高騰が納まれば、他の食糧も値を下げる。
暴落しないようにコントロールは必要だが、そのためには、まず塩の確保が必要だった。
そして、ベルンは経済の中心地であると共に、アトレア山脈とペルレー山脈に分断されているアウグスト王国において中心点ともいえる場所に位置している。
ここを抑えられると、東西の流通が一気に分断される。
ベルンを抑えるということは、この国を抑えることになる。
だから、王家の直轄領だ。
そこにマルスが何らかの介入をしようとしている。
いや、目的はほかにあるのかもしれない。
はっきりしないが、ベルンを抑える目的があることは確かだった。
だから、それに対抗する策を用意することにした。
ヘリオスの学士院での評価に対しては、まずは魔道具職人として認識させようと考えた。
実際魔道具を作れるのは、魔術師の中でもごく一部だ。
それを学生の身分で作れるのは、特異な存在となるだろう。
魔法の実力を隠さなければならない以上、それ以外で活躍してもらわなければならない。
地位さえ向上すれば、余計なちょっかいも減るはずだ。
幸い、ヘリオスは魔道具にかける情熱が高く、センスはよかったので、これはうってつけだった。
それに社会的な付加価値をつけていく、そういう方針で動いていた。
方法論としては、手じかなところであげるよりも、効率の良い方法を取っていた。
評価と言うのは、より大きな枠組みで考えた方が大きな効果となる。
「ヘリオスよ。久しぶりじゃの。それでどうしとったんじゃ」
デルバー先生はもったいぶらずに、早くという感じで、報告をせかしていた。
いつものように、概略は抑えているだろう。
「まったく、おぬしは種だけまいといて、収穫を他人に任せるからの。わしも確認できんではないか」
デルバー先生の顔は待ち遠しくて、これほど楽しみなことはないという感じだった。
「僕も今確認してきたとこですので……」
そう前置きしながら、報告することにした。
一つは第三都市トラバキにヘリオスの店を作ったこと。
表向きはデルバー先生の店になっている。
この店を、トラバキとイエール共和国との通商路の窓口にした。
一つはイエール共和国にもヘリオスの店を作ったこと。
表向きは共和国のラモス商人ということになっている。
トラバキの店とイエール共和国のこの店で、互いの国の商品を一手に引き受ける仕組みをつくった。
しかも、偽装として隊商は組んでいるが、実質は物質転送の魔道具と軍団移送の魔法陣で大規模輸送を可能にした。
そして、最大の効果は、この店を経由して、塩を輸入できるようになったことだ。
これにより、アウグスト王国は新たな塩の流通経路を持ったことになる。
しかも、隊商で運搬してない分、価格も抑えることができていた。
この取引を実現するために、イエール共和国にヘリオス開発の魔導警備画像装置を技術提供している。
王都内に設置された魔導警備画像装置は、王都の少女誘拐事件を大幅に減らしていた。
その減少した実績を持って交渉していたので、信用度は抜群だった。
今まで塩の取引が実現してこなかったのは、単純にイエール共和国にメリットがなかったからだ。
しかも、岩塩よりも高値を付けてきたので、取引自体が小規模だった。
それを一気に解決した。
イエール共和国も犯罪に手を焼いている。
財貨を守る装置は、イエール共和国にとって喉から手が出るほど欲しいものだったのだろう。
そして、技術提供はイエール共和国産のものを他国に輸出することを可能にしていた。
これだけの見返りがあれば、塩は安い取引となっていた。
その効果は明らかだった。
トラバキからの塩、およびその他の輸入で一時高騰していた物価が、かなり安定してきていた。
また、トラバキとベルン間の通商ルートにも安価な塩がはいり、岩塩はダメージをうけている。
そして、俺はもう2つをヘリオスとは関係なく進めていた。
一つは、スラムの子供を集めた教育機関を学士院の下部組織に組み込み、教育を実施したこと。
初代学長はガッテン先生で、例の装置と相まって、スラムの治安がかなり改善してきたこと。
もう一つは、スラムの人間に仕事をあっせんする仕組みを作り運営したこと。初代所長は元警備隊員のデントが就任したようだ。
王国にあって、スラムは特異な存在だ。
しかし、実際そこに住んでいる人は、皆いい人だ。
夢を失った人、行き場を見失った人、他人を信じられなくなった人が集まれる場所だった。
クラウスに会わなければ、わからなかった。
クラウスに会って、そこに目を向けた。
知った以上、何とかしたかった。
クラウスとアネット、コネリーは仲良くしている。
知らなければ知り合いになれなかったが、知り合うことができれば、友達にだってなれる。
ならば、まずは目を向けることが必要だ。
スラムの見えない壁を何とかしたい。
クラウスを見て、そう思っていた。
*
これらすべての準備し、その計画を指示した。
そして、その後の細かいことは責任者を決めて判断させていた。
その責任者に会って、成果を確認した。
デルバー先生には、今そうして報告している。
しかし、あくまでヘリオスは課題ということで動いている。
指示はデルバー先生や、アプリル先生のからで、王国からの功績を両先生が受けていた。
ヘリオスはあくまで、その実質的な担当者だった。
「これで、ますますデルバー先生は、暗殺対象になりましたね」
俺は軽口をたたいていた。
「まったく、おぬしのせいで、命がいくつあっても足りんわい。特にトラバキの件は周りの貴族どもがうるそうてかなわん」
文句を言うデルバー先生だったが、その声は楽しげだった。
「これで、マルス辺境伯がベルンに介入する大義名分は失われたと思っていいですよね?」
一抹の不安は残っている。
一応気になってデルバー先生に尋ねていた。
「岩塩の暴落で、その者の一人勝ちがなくなったからの、あれの影響力も落ちたじゃろ。それにベルン自体も死活問題に直面しとるしの。トラバキのことは痛かろう。これではマルスも下手にちょっかいをかけれんよ。それに今は、街としても結束せんとな。あと、細かいところではバーンがうまく火種を消しておるようじゃしの」
どこから来るのかわからないが、俺の知らないことまで話している。
バーンのことは全く知らない。
ただ、そんなデルバー先生も、少し気になる表情をしていた。
「ほかに何かありますか?」
そう尋ねずにはいられなかった。
「ほっほ。いやなに、なりふり構わないようになった場合のことを考えとった。最悪、それもあり得るしの」
その兆しは十分ある。
最近大規模討伐と称して、兵を集めているという噂があった。
「ベルンには気の毒じゃが……。最悪、ベルンが消えてもトラバキを要にすることもできるしの。マルスの方は引き続き警戒をしつつ、小さく叩いていくしかないの……」
デルバー先生は遠い目をしていた。
「まあ、そうならないように頑張ります。僕はあの街も結構好きですので」
そこに暮らす人たちのことを思い出していた。
「ほっほっほ。まったくじゃ」
相変わらず、デルバー先生の笑顔は安心する。
さあ、まだまだ課題は山のようにある。
***
「おまえたち!どうするんだい!あたしが伯爵様にしかられるだろ!」
そう言って周囲の男たちを怒鳴り散らす女がいた。
金切声が耳につく。
男たちは皆項垂れているだけだった。
「そうはいっても姉さん。例の装置のせいで、屋外じゃだめですぜ。すぐに見つかっちまう。それどころか、スラムの連中も、なんだか真面目に働き始めてるんでさ……」
顔をあげた男の顔は、今の状況は仕方がないといわんばかりだった。
「そんなこと、いちいち言われなくても分かってるよ。だから、どうするって言ってんだよ。伯爵様は普段は温厚だけど、おこると……」
女はその先は言えないようだった。
ひきつった顔がその恐怖を表していた。
「とにかく、なんとかおし!」
乱暴に言い放って、女は奥の方に消えて行った。
「なんとかしろったってな……。でも、伯爵さまは恐ろしい方だっていうしな……。というより、今の姉さんの方がこえーよ」
男たちは互いに顔を見合わせるが、誰もその怖さはわからない様子だった。
「そう言えば、貴族のバカ息子から依頼が来てたっけ……」
思い出したかのように、一人の男がつぶやいていた。
「おお、その手があるな」
もう一人の男は同意していた。
男たちの顔に同意の色が浮かんでいる。
「貴族の屋敷内なら、手出しはできない。それに、貴族の屋敷から人が消えるなんて、よくある話だ」
全員の顔を確認している。
誰もその意見に反対の者はいなかった。
「よし、じゃあ姉さんに言ってくる」
また違う男が報告するため、立ち上がった。
男たちの顔には、安堵の色が浮かんでいた。
次で、少し物語が進みます。




