ルナ、波乱の入学祭典
デルバー学長のスピーチは毎回同じセリフのようでした。式典の様子を学長室で見るヘリオスはその時……。
「ようこそ、王立学士院へ。私は、学長のデルバー・ノヴェン。これから諸君は、本学士院の生徒となる。この学士院は伝統と格式あるアウグスト王国にあって、数多くの優秀な人材を輩出してきた由緒正しい学び舎である。本日、諸君はその一員たるべく、この地に来ている。この晴れやかな日に諸君と会えたことは、私にとって誇るべき日となるだろう。そして多くの仲間をここで育み、これからの王国に恵みとさらなる発展をもたらす人材足らんことを願い、入学のあいさつとする」
いつもと感じの違うデルバー先生がそこにいた。厳かな雰囲気と知的で躍動的なまなざしは、見る人を引き付けていた。
「相変わらずの高性能ですね」
俺は学長室の魔導映像を見ながら、学長の演説を聞いていた。
「ほっほっほ。ほめても何も出んぞ。ほれ、これもたべるかの」
デルバー先生は上機嫌だった。
話はガッテン先生のガイダンスに代わっていたので、デルバー先生に頼んでいたことを確認していた。
「先生、それでお願いしていた件ですが、陛下のお許しはいただけましたか?」
遠慮がちに尋ねてみた。
「ほっほっほ。許しは出たぞい。ついでに警備隊長にも話はつけておいたでの、安心して行動するがよかろう」
いつ聞いても、デルバー先生の笑い声は安心する。
認められたような気分にさせてくれる。
「ところであの魔道具の構造などは簡単で、いわゆる駆け出しでもできるし、材料も少し頑張れば可能じゃがの、あの発想はどこから来た」
デルバー先生は目を細めた。
こういう時は素直に答えるのが一番だ。
「先生、そんな怖い顔しないでください。僕は何も隠してないですよ。僕の世界では実際にあるんですよ。もっとも原理は違いますがね。それに、こないだの騒ぎの時にベリンダにしてもらいましたからね、古代語魔法なら魔道具が作れるんじゃないかと思いました」
俺は両手を上げていた。
俺もまねしているだけだ。
ただ、いいものは真似される宿命にあると俺は考えている。
だから、向こうの世界でいいものを、こちらの世界に持ってきてもいいと思う。
ただし、それは人の生活を幸せにする技術や原理だけだ。
技術自体は良い方向にも悪い方向にも活用できるのは知っている。
要は使う人の問題だ。
だから、一定の制限をかけられる魔道具はうってつけだった。
魔術師たちは、己を厳しく律している。
魔道具作成のハウツー本のようなものが出ていないことが、その証だ。
リライノート子爵からもらったものでよくわかった。
それに、魔術師たちは基本的に、自分たちの価値や技術を広めたいとは思っていない。
だから、これが世に出ても、作成者が魔術師である以上、変なものにはならないはずだ。
それに、広域受診するものを警備隊に置くことで、たとえ変なものに使われても、そこで感知できる。
「僕は、魔術師の善意を信じています。たぶん、でなければこの世界はとっくに滅んでいます」
魔術はそれほど圧倒的な力だ。
それを律することができている世界だ。
だから、異なる世界の技術もうまく活用してくれると考えている。
たしかに、人の生活を便利に、より良くするための技術は、悪用される可能性もある。
それは人の意志だから仕方がない。
しかし、それを防ぐのもまた、人の意志だ。
無責任な言い方かもしれないが、あとは時間をかけて、この世界の人間と一緒に考えていけばいいはずだ。
だから、最初から人を不幸にする技術だけは持ち込まない。
俺はそう誓っている。
「ふむ、まあよいがの。しかし、おぬし、何故なんじゃ。その量産と設置について、警備隊との交渉をなぜヘリオスにゆだねる。効罪を知っておる、おぬしの方が早く、確実にできるじゃろう」
デルバー先生は、本当に不思議そうだった。
確かにそれはその通りだ。
しかし、これはヘリオスにやってもらいたい。
魔道具作成を含めて、ヘリオスがいろんな人とかかわりあって、築き上げてほしい。
以前のヘリオスなら、期待しなかったが、今なら期待できそうな気がした。
「簡単なことですよ。ヘリオスに知ってもらいたいんです。自分だけで何でもしようとしてはいけないことを。これは、ヘリオス一人では難しいことです。しかし、ヘリオスにはユノという心強い味方がいます。そして、その気になれば他にも手伝ってくれるとは思います。僕も学内でいろいろ話かけました。中には、ヘリオスと話すことを躊躇していた人もいましたからね。そして、人にお願いをすることは、ヘリオスがそれを言われたからではなく、自分自身の言葉で話さないといけません。警備隊には内諾をいただいても、ヘリオス自身がお願いに行かないと意味がないんですよ。そしてそのことがヘリオスの評価にもなりますしね」
柄にもなく、語ってしまった。
喉が渇く。
偉そうに言っているのが分かるだけに、いたたまれない思いだ。
俺自身にも、まだまだたくさん課題がある。
気分を落ち着かせるため、紅茶に手を伸ばしていた。
「ふむ、おぬしは苦労性じゃの」
ただ、それだけ言って、デルバー先生は、ほほ笑んでいた。
「それで、ユノにはちゃんと託せたのかの」
解変わらず鋭い人だ。
デルバー先生は最も重要な案件を確認してきた。
「ええ、まあ……」
あいまいな返事しかできなかった。
つい、視線をそらしてしまう。
たぶん、大丈夫なのだろう……。
「ん。なんじゃはっきりせんの?」
デルバー先生はけげんな表情を浮かべている。
「託せたのは託せたのですが、何やら怒らせてしまいました……」
その時のことを思い出しながら、何がいけなかったのか、もう一度考え直すことにした。
***
「ユノ。やっと会えたよ。ちょっとこっちにきて」
俺は強引にユノの手を取ると、中庭を突き抜け、学外にある湖の見えるベンチに誘っていた。
学生たちの視線を感じるが、今はそんなことを気にしている時間はなかった。
「ちょっと……」
最初俺の強引さに文句を言っていたユノも、やがて諦めたようにおとなしくなっていた。
なんだか放心状態のようにも見えるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「ねえ、ユノ。君に折り入って君にお願いがあるんだ」
ユノをベンチに座らせて、上から覗き込みように、ベンチの背に手をかけて話しかけていた。
少し高圧的な態度だったかもしれない。
「ななな、なんのようかしら……」
ユノは顔を真っ赤にして、俺の目を見ることなく、顔をそむけていた。
いつもと違うその姿に、俺は少し動揺をおぼえていた。
結果、結論を優先させて話をしてしまった。
「妹のルナにプレゼントを渡してほしいんだ」
いきなりすぎたが、仕方がない。
もっと順を追って説明すべきだった。
「はっ?」
ただそれだけ言って、ユノは俺をにらんでいた。
なんだか怒りの矛先を探しているようにみえていた。
説明不足は否めない。
続けて補足説明をしていた。
「妹は僕からの贈り物は受け取ってくれないんだけど、大事なものだから身に着けておいて欲しいんだ。そこで、上級生でもある君から入学祝だといって贈ってほしい。そうしたらたぶん受けとてくれると思うんだよ。お願いだ」
礼儀を持って片膝をつき、小箱を差し出した。
中身はスズランのブローチであることを話した。
考えてみれば、誠意を見せていなかった。
説明はあくまで方法。
順を追って説明すべきだった。
後悔しても、あとのまつりだった。
ユノの沈黙がそれを証明していた。
あせった俺はその後もこのプレゼントを受け取ってもらわないと困ること、いろいろな事情で俺たち兄妹は意思疎通が困難なことを説明していた。
全てが蛇足。
「……わかったわ。それと金輪際、こういう頼みごとは無しにして頂戴!」
プレゼントをひったくるように受け取って帰って行った。
目的は達成したけど、なんだか後味が悪かった……。
あの時、精霊たちは俺をかわいそうな人を見る目で見ていた。
ちょっと距離を感じた瞬間だった。
***
「……という次第でして」
デルバー先生にそう説明した。
デルバー先生は口をあんぐりとあけて固まっていた。
確かにまずかったが、それほどの事だろうか?
「先生……?」
どうしたのだろうか?
不思議に思い、思わず先生の前に身を乗り出していた。
「ヘリオスや、おぬしもう少し乙女心を学んだ方がいいぞい。のう、お前たちもそう思うじゃろ」
いつの間にか人化して俺の周りに集まっていた精霊たちも先生の言葉に頷いている。
また、俺の事を残念そうな目で見ていた。
ただ、ミヤだけはいつも通り引っ付いていた。
何かまずい。
この雰囲気は良くない方向に向かう。
「あ、デルバー先生。ヘリオスへの魔道具作成と警備隊への交渉指示に関してはお任せしたいのですが、よろしいですか?」
直感に従い、話題を変えていた。
「それは、わしの方でやっとくから心配ないの。ほれ、そろそろじゃぞ」
デルバー先生は映像を示していた。
ゆっくりと、制御盤を俺に送ってきた。
会場では、ちょうどパーティわけに入ったようだった。
先生の職権を利用して、ルナを映像魔道具の中心にとらえる。
何かが起きる予感がしてならない。
俺は、食い入るようにその映像を見ていた。
***
「だから、なせあなたと組まねばなりませんの」
ルナは相手を拒絶していた。
「おい。お前、ちょっとかわいいからと言ってお高く留まってんじゃねえよ、ディーン様がパーティへ誘ってんだからさ、喜んではいるべきだろう。ああ?」
そう言って長身の男がルナに命令していた。
「私は私でよきパーティメンバーを見つけます。あなたはそのディーン様のために、他の方をお誘いしてくださいませ」
そう言ってルナは男から離れようとした。
「ほら、そんないい方じゃレディーに対してしつれいだろ、スターク」
そう言って小柄で小太りな男がルナに近づいてきた。
「失礼、フロイライン。わたしはディーン=フォン=ゾンマー。わたしはフロイラインのような美しい方と、パーティを組みたいのだよ。うけてくれますか?」
その男は四大貴族のゾンマー家のものだといっていた。
「ご無礼をお許しください。ディーン=フォン=ゾンマー様。わたしはルナ=フォン=モーントと申します。わたくしは父の指示でパーティメンバーは聖騎士であることが要求されています」
そう言ってルナはディーンに対し、丁寧に拒絶していた。
「なるほど……。それでは仕方ありませんね。では、お近づきのしるしに、今度お茶でもいかがかな……」
いったん引き下がったディーンだったが、今度はお茶に誘っていた。
「申し訳ございません、ディーン様。わたくし、父マルスより聖騎士以外の方とはお付き合いをしないように言われておりますので……」
ルナはこれも丁寧に断っていた。
その姿は多くの新入生の見るところとなっている。
「フロイライン、これほど私をコケにして……ただですみますかね……」
ディーンはその本性をあらわにしていた。
所詮は実家の名を借りた小物のようだった。
「いいえ、ディーン様。コケになどしておりませんわ。最初からお相手してませんもの」
ルナはルナでさらに挑発している。
「あの女……」
ディーンの目は血走っていた。
あの目はやばい。
早くも波乱の予感がした。
パーティわけはその後過不足なく行われていた。
ルナはマルスの命令ということで、聖騎士を探していたが、新入生にはいなかった。
その事実を知ったルナは、制止を振り切り講堂を飛び出していた。
そんなルナは、パーティ保留の扱いになったようだった。
こまったものだが、そのまま追い続けることにした。
*
「こまったわね……」
ルナはため息をつき、中庭でひとりたたずんでいた。
「フロイライン。物憂げに沈むその顔はこの場所にはふさわしくないよ。もしよければこの僕が力になるよ」
そう言って臭いセリフを吐くイケメンを、ルナは胡散臭そうに見ていた。
まあ、俺もそう思う。
「はっはっは。その瞳に僕がしっかりと映ってるよ。この僕。カール=フォン=シュミットがね。フロイライン。僕はこれでも聖騎士だ。困っている姫君を見捨てることはできないよ」
そう言ってカールは左手でルナの右手をとり、ルナの手に口づけしていた。
「では、あなたのパーティに入れてください。あなたは上級生ですよね。下級生の面倒もみていただけませんか」
強引にルナはパーティ加入を迫っていた。
「おお、これは奇遇だね。でも僕一人では決められないから、メンバーにあってもらえるかな」
カールはそう言ってルナを招待している。
「ええ、よろこんで」
ルナは目的が達成できて安堵しているようだ。
カールはシュミット辺境伯の息子だ。
ルナの喜んでいる姿から、これでマルスの狙いも確定した。
頼んだよ、カール、ユノ。
直接対応できないのは慣れていたが、実際にこの世界に来ているのに、手出しできないのはもどかしかった。
*
「で、あなたがルナさんね。わたしはユノ=マリア=ウル=ジュアンです」
ルナを見るなり、なんだか機嫌の悪くなるユノだった。
ルナはこの二人の関係をこれで完全に誤解したようだ。
少し意地悪な顔つきになっている。
「で、カール。あなた、この子をパーティに入れるというの?」
それを見たユノは、ますます機嫌の悪そうな声で言っていた。
しかも、ルナの挨拶も受けずに、カールに顔を向けていた。
「ちょっといいかしら」
カールの手を引っ張り、部屋の端に連れて行く。
そこでルナに聞こえないように話しはじめていた。
「どういうつもりよ。約束は?」
ユノは本当に機嫌が悪かったようだ。
「そうだよ、フロイライン・ユノ。僕も大事な友人からも頼まれていてね。それは君もそうだろう?」
そういうとカールはユノにウインクしていた。
その途端、顔が赤くなるユノだった。
「みてたの……?」
動揺した感じのユノは、小声で聞いていた。
さっきまでの怒りはどこかに飛んで行ったようだ。
「僕だけでなく、いろんな人が見ていたいとも、いや、めでたい。僕としてはいろいろ聞きたいことだけど、今は友人からのたっての願いをかなえる方が先なのさ」
カールはユノの肩に手をまわしていた。
普段ならそれを軽くかわすユノが、なぜか今日はかわさなかった。
何か考え事をしているように見える。
「フロイライン・ルナ。フロイライン・ユノもわかってくれたよ。これで君はわがエーデルバイツの一員だよ」
カールはルナに、右手で握手を求めていた。
「痛っ」
短くルナは叫んでいた。
カールと握手をした瞬間、ルナの意識が一瞬痛みとして表現したようだった。
「おお!なにかあったのだろうか?」
カールは自分の右手を見ている。
芝居がかった言動は、この場においても健在だった。
しかし、その手には奇妙な形の指輪があるだけで、特別なものはなかった。
そして、確かめるように、ルナを見つめていた。
「…………」
ルナは少し黙っていた。
その雰囲気は、がらりと変わったように思える。
ユノはそれを見逃さず、すかさず行動していた。
「これは、エーデルバイツ加入の証です。絶えず身に着けてくれるとうれしいです」
素早く箱を開けて、放心状態に見えるルナにブローチを付けていた。
そして、そのままブローチを見続けている。
何か思うことがあるのかもしれないが、ルナの声に元に戻っていた。
「はっ。わたし、いま……」
ルナはあわてて周囲を見渡した。
「フロイライン・ルナ。エーデルバイツにようこそ。そのブローチは外さないでね。僕らのパーティの証だからね」
カールは自分のブローチを見せながら、話しかけていた。
「わかりました。ありがとうございます」
どことなくはっきりしない様子のルナは、カールに感謝は伝えていた。
しかし、自分の状態が変化したことを気にしているのだろう、どこか上の空だった。
これで顔見せはすんだとカールが宣言すると、ルナは挨拶もそこそこに、出口に向かっていく。
「さっきの……。いったい、なに?」
そう呟きながら、部屋を後にしていた。
部屋を後にしたルナは、そのまままっすぐに自分の部屋に戻って行くようだった。
その位置情報と、映像を確認し、俺は映像魔道具制御を終わらせて、デルバー先生に挨拶した。
「では、先生。僕はまだやることがあるので、これで失礼します」
デルバー先生は、満足そうに頷くと自分の仕事に取り掛かったようだった。
よろしくお願いします。
俺は心の中でお願いし、自分の部屋に転移した。
***
「で、そのブローチはなに?」
そんなこと聞いてない。
いつの間にそうなったの?
私は持っていない。
のど元まで出かかった言葉を飲み込み、カールに詰め寄っていた。
「君のもあるよ。フロイライン・ユノ。これはそれぞれに合わせて作ったヘリオス特別性のブローチらしい。僕のはこうすれば、魔法結界が発動するんだ」
カールは自分のブローチの効果を実践していた。
強い魔法結界がカールを中心に展開していた。
「この魔法結界、かなり上位のものよ……」
呪文は上位結界。
それを発現できる魔道具なんて聞いたことがない。
並み以下の実力しかない魔術師は、この結界を自分ではることもできない。
少なくとも、同期ではこの結界を晴れるのを見たことがない。
どうしてと思う気持ちもあるが、私のも気になっていた。
ヘリオス特製と言っていた。
アイツは魔道具作りに没頭しているとも聞いている。
だとしたら、これはアイツの手作りに違いない。
期待を隠して、私のものを開けてみた。
「かわいい……」
思わずそう言ってしまった。
咳払いしてごまかす。
それにしても、カールのとは、形が違うわね……。
「君に妹のブローチを託した後、君に渡したかったそうだよ。でも怒らせてしまったようで、渡しにくいんだって。そして君のものは身に着けたらわかるといっていたよ」
カールはただ、ほほ笑んでいた。
その笑顔はあきらかに、つけるように促している。
だったら最初から渡せばいい。
紛らわしいことをされて、ドキドキした自分を愚かだとおもっていた。
全く紛らわしい。
怒った自分が何だかバカらしかった。
心の中で文句を言いながら、ブローチを胸につけてみた。
なに、これ!?
とっさに言葉にはできなかった。
強い魔力の奔流を感じていた。
「すごいこれ、私の力が増幅されている……」
その力にも慣れたころ、ようやくそう言えていた。
あの時もっとちゃんと向き合えばよかった……。
そうすれば、ちゃんとお礼も言えたのに……。
それにしても、こんなものまで作れるなんて……。
魔道具作成を手掛けている事だけでも驚いた。
私はまだ作成できない。
しかも、魔力増幅は付与系魔術のなかでも、上位呪文。
それを魔道具にいれて、しかも常時発動になっている。
こんな魔道具はしらない。
これをつけている限り、私は今までの倍、魔法を行使できる。
当然、威力もそうなっている。
「アイツ、なんで……」
答えを探してカールの顔をみる。
私の考えをよみ取ったのか、黙って首を横に振っていた。
何もいうな。
その顔はそう告げていた。
「まけないわ」
もっともっと、魔術の腕を磨く。
アイツに負けないために。
しかし、凝ったものよね。
ルナのブローチだけがスズラン。
私たちのはエーデルワイス。
それでは違和感があると考えたのだろう。
私とカールで形を変えて、違和感を少なくしている。
私のものは、どちらかと言うとルナの形に似せてあった。
「花言葉はたしか――大切な思い出――だったかしら。なんだか意味深ね」
関係ないのかもしれない。
でも、ヘリオスはルナにスズランを選んでいる。
意思疎通が図れないとも言っていた。
それは、そういう意味なのだろう。
ならば、アイツの立てたこの計画は、私がサポートしてあげよう。
感謝しなさい。
これだけ配慮できるくせに、肝心の事には無頓着。
全く腹が立つ。
お礼もそうだけど、文句の一つも言ってやりたい気分だわ。
***
「くそ、あの女。このディーン様をコケにして……こうなったら目にもの見せてやる」
ディーンはルナをどうしてくれようかと思案しているようだった。
あたりには、無残な姿の小動物たちが横たわっている。
残忍な顔は、それでもまだ凶暴さを満足させていないようだった。
「おや、これはゾンマー家のディーン殿ではないですか」
大げさに足音を鳴らしながら、男は近づいてきた。
「貴殿は確か、フリューリンク家のモンターク殿。二年前のパーティ以来でしょうか?お久しぶりですね」
二人はお互いに挨拶をしていた。
お互いに四大貴族として、立場は対等だ。
しかし、少しでも相手よりも優位に立とうという気構えが見て取れた。
「聞きましたぞ、なにやら無礼な小娘がいたとか、このモンターク、ディーン殿に力を貸しましょうぞ」
モンタークはそう言ってディーンをたきつけていた。
「おお、それは助かります。私はこの土地に来てまだ日が浅い。昨年からいらっしゃる貴殿のお力をお借りできれば、心強い限りです」
ディーンはモンタークの手を取っていた。
「では、具体的にはこちらでも計画しておきますので、くれぐれも軽挙なさらぬようにお願いします」
モンタークはそう言って、ディーンのもとから去って行った。
「よろしいので……?」
長身の男はディーンの耳元でささやいた。
「心配するな、スターク。お互いに利用するだけだ。向こうも何かあるんだろう。利用するものは利用する。それが貴族というものさ」
ディーンは早くも計画が成功したかのように、気分を良くしていた。
「帰るぞ、スターク」
ディーンは自分の剣についている血を振り落とし、その場を立ち去っていた。
スタークがその後を追いかける。
おびただしい数の小動物の死体が、その場所に無残にもうち捨てられていた。
ルナはカールとユノのパーティに所属することになりました。




