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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
アカデミー入学
36/161

ルナとの再会

アカデミーに入学するべく旅立つルナ。そしてヘリオスは・・・。

「ルナよ、お前を学士院アカデミーにやるのはこの私だ。忘れるなよ」

出立のあいさつに来たルナ様を、マルス様はそう言って送り出していた。


「はい、お父様……」

ルナ様はそれだけ言うと、頭を下げて退出していた。

その右手の薬指には無骨な指輪が光っている。

場違いなその指輪は、あの指輪に違いなかった。


かわいそうに……。

そう思っても、顔にも態度にも出せない。

ただ、そう思うだけだ。


「アイオロスよ」

その視線を受けて、一瞬身がすくむ。


扉の付近で気配を消していても、わしの居場所は簡単に見つけられる。

どこに潜もうと、昔からすぐに見つけられる。

昔は躍起になって隠れたが、今はただ、息をひそめるだけだ。



「はっ、主命しかと心に刻んでおります」

恭しく、頭を下げる。

今もなお続くその雰囲気に、全く生きた心地がしなかった。

昔は、それを隠そうとするものがあった。

周囲に対して、これほどまで威圧することは無かった。


怒りに任せたときに、その雰囲気はかつて味わったことがある。

だから、全く衰えていないことがよくわかる。

当時は、それを恥じ入るように取り繕ったものだが……。

しかし、少なくともわしには……。


いや、昔を考えている余裕はなかった。

今と違うことに疑問を持っての仕方がない。

ただ、信じるしかない。


相変わらず、マルス様が放つ圧倒的な気配にさらされながら、ルナ様と旅立てることを、どこかでほっとするわしがいた。


しかし、主命を思うと頭が痛い。

真理の魔術師相手に、どうすればよいものか……。


「ん。ではいけ。老人には気をつけろ」

わしの心を読んだのか、マルス様はそう告げていた。

その視線はわしを見ていない。

ただ、窓の外に向けている。

わしもその光景をみる。


雲に覆われた空は、あたかもわしの心を表しているかのようだった。


「若干の邪魔が入っていたが、おおむね計画通りだな。こやつも今では……」

マルス様は自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。

ときおり、よくわからないことを口にする。


何かマルス様の中で、思うことがあるのかもしれない。

つい、その疑問が喉まで出かかったが、わしの感がそれを押しとどめる。

余計なひと言は、今のこの方には通じない。


ひたすら、主命を果たすことのみを考えるようにした。



***


「ルナ、気を付けていきなさい。何かあれば、ヘリオスに言うのです」

ルナの指には、あの指輪がつけられている。


かわいそうなルナ。

その身に、どれほどの不幸がやってくるのか……。


今も、部屋で見ているあの男に、密かな憎悪を向ける。

この子は道具じゃない。

エンデュミオンとメーネの願いをいまさらながら思い出す。

あの二人の想いを何とか……。


私は相当心配そうに見ていたのだろう。

ルナの笑顔は、それに応えていたに違いない。


「お母さま、大丈夫です。ルナはもう子供ではありません」

そう言ってルナはきっぱりと自分で対処することを宣言した。

その目には不退転の決意が宿っていた。


「そう……。でもこのことは覚えておいて。ヘリオスはあなたのことを大事に思ってます。その心だけは受け取っておいて。それ自体はあなたの邪魔にはならないはずです。それと覚えておきなさい。あなたはわるくない」

ルナを抱きしめ、耳元でそうささやいた。

ただ、ルナにだけ聞こえるように……。


「……」

ルナは言葉に出さずにただ頷いていた。

ルナはわかっている。

手紙でも、ヘリオスはしっかりやっている。

今の状況もすでに手紙で送っている。


ヘリオスも気落ちするかもしれない。

でも、あの子なら大丈夫と思う。

この一年で、ずいぶん成長したことだろう。

魔術だけではなく、人として。


もう一度、強く抱きしめ、ルナを解放した。


「出発!」

ルナを乗せた馬車が屋敷をでていく。

王都までの道のりを順調に進んでいけば入学式典よりもかなり前につくはずだ。

なぜ、この日をマルスが選んだのかは定かではい。

しかし、ここではマルスの決めたことは絶対だ。


「こんな天気の悪い日に……」

ルナの身に何事も起らないように祈るしかない。


大丈夫、あの子はちゃんとわかるはず。

そして、私の願いにも気づくはず。

アイオロスを呼び止め、密かにヘリオスへの手紙を渡す。

たぶん閲覧されるだろう。

それでも問題ないことを書いてある。


その中から、あの子なら見つけるはず。

あの子なら、必ず気が付くはずだ。

私はそう信じている。



***




「アイオロス。いったい、いつまでここにいるのですか」

ベルンに到着後、何かと理由をつけて出発しないアイオロスに、その理由を尋ねていた。


「そう言われましても、ルナ様。私はマルス様の言いつけを守っているだけですので……」

アイオロスは、私に対して明言を避けていた。



「ですから、いつまでと聞いているのです」

言っても仕方がないと思いながらも、そう言わずにはいれなかった。

ベルンについて、もう3日だ。


「街道の安全を確保するために、先遣隊を送っております。ルナ様に何かあってはいけませんので、その者達が戻るまではご辛抱ください」

それをいつまでとは返事できない理由にしていた。


うそ……。


でも、それを言っても仕方ないわ。

とてもやるせない気分になる……。


「では、もう少し時間がかかりますか?それでしたら、この機会にこの街を見てみたいと思います」

養女になってからこの年まで、モーント辺境伯領から出てはいなかった。

この街はヘリオス兄様からお土産をもらったところでもある。

兄様が歩いたこの街を一度自由に歩いてみたいと思っていた。


「恐れながらお一人では……」

アイオロスの顔は困っていないが困ったような感じを作っている。

そして、一人ではいかせられないことを説明してきた。


「では、人を雇ってください」

メイドなどはいるが、ボディガードとなると今の随行員では難しい。

この街で、人を雇うしかない。

さて、どうするの?アイオロス。


「わかりました。今しばらくお待ちください」

アイオロスは、それを待っていたかのように、頷いていた。


おかしいわ。

話しがすんなり通り過ぎている。

私のいう事は大抵否定されるのに……。


「わかりました」

あっけなく、願いがかなえられたことに疑問を持ったが、それを表に出すわけにはいかなかった。

アイオロスが、お父様に何かを命じられているのは確かだ。

私を見張っているという以外に……。


あの屋敷を離れることができて、ほっとしたのも一瞬だ。


私は監視されている。

この指輪もそうだ。

私は、そうならなければ、あそこから出ることもできなかった。


お兄さま……。

挫けそうになる心をその言葉が支えてくれる。

だから、私は前を向いていく。

あの笑顔に会うために。



***



俺は正直迷っていた。

「でもさ、本当に大丈夫か」

そう思う最大の原因は、俺の目の前にいた。


「問題なし、自重する」

シエルは任せておけという態度を見せていた。


「まあ、俺も離れてはみているけど、まさかヘリオスの妹の警護なんてな」

因果な巡り合わせだ。


「この街で信頼のおける人物で、それなりに腕の立つとなると、おぬしらしかわしは紹介できんからな」

長老は頼んだという態度で見つめていた。

まあ、それに関しては納得できた。

最近は、変な奴らがうろつき始めている。中には相当腕のたちそうなのも混じっていた。


「将来の小姑といい関係をつくるのも、わるくない」

シエルはやる気満々だった。


「シエルよ、頼むからそういうのは無しで……」

本当に、頭を抱えたくなった。


「む。自重するといった」

シエルはにらんでいる。

その顔は今だけだと言わんばかりだった。

でも、それが当てにならない時だってあっただろう。

言いそうになったが、こんなことで言い争っての仕方がない。


「ほんと頼むからな……」

頼むから、話をややこしくしないでくれ……。



「警護をします、バーンと言います。こっちは相棒のシエルです。それでは、ルナ様よろしくお願いします」

礼儀正しく挨拶する。

さすが聖女の妹と呼ばれているだけはある。

その気品は本物だ。

将来かなりの美しくなるだろう、それを期待させる容姿だ。

ヘリオスもそうだが、あの一家の外見は、まさに貴族と言うのがふさわしい。


「英雄バーン様ですね。お噂は存じております」

ルナはにこやかに挨拶してきた。


「シエル様も大変高名な魔導師とお伺いしております。なにとぞ今日はよろしくお願いします」

にっこりとシエルにほほ笑んでいる。

かわいいもの好きのシエルが、反応しそうな笑顔……。


しかし、そんな俺の心配をよそに、シエルはいつも通りだった。


「おまかせを。ルナ様。ところで、どちらに向かいますか?」


今日は自重する。


シエルは自らの宣言通り、実行していた。


「はい……。実は以前、兄様がこちらのお土産を買ってくださったので、まずそこに行ってみたいと思います」

ヘリオスからもらったのだろう。そのお土産をシエルに見せていた。


やばい。

俺の直感が警告してきた。


「はうっ!」

奇妙な声を発して、のけぞるシエル。


記憶がよみがえってきたのだろう、シエルの中で熾烈な争いが繰り広げられていることが分かった。

ヘリオスの笑顔、品物を選んでいる真剣なまなざし、選んだ時の安心した顔。

ことあるごとに聞かされたそれは、俺の中でもすっかりイメージとして定着していた。


俺は自分の忍耐強さをあれほど認識したことは無かった。

小刻みに震える、シエルの肩を見て、こいつが何を考えているかわかる自分にあきれていた。



「……シエル様?」

心配そうに見つめるルナに、シエルは大丈夫だと答えていた。

どれだけ熾烈な争いだったのか……。

勝利したシエルは、すでに肩で息をしている。


自重する。

その言葉を実践している姿に、俺は感心していた。


頑張れ、シエル。

密かに応援しよう。



「いえ、あまりのかわいいものに、我を忘れまして……。申し訳ございません」

シエルは苦し紛れにそう言っていた。


「まあ、シエル様もこのかわいさを!」

ルナは楽しそうに答えている。

どうやら、趣味は似ているらしい。


シエル。自重だぞ……。

自嘲になるなよ……。

たのむぞ……。


再び、戦地に赴いているシエルの姿に、祈りに似たものをおくる。


なあ、ヘリオス。

もう早いとこ嫁にもらってやってくれ。


そう思わずにはいられなかった……。



「まあ!かわいい!」

店に入ったルナは、両手で口を抑えながら、そう叫んでいた。


「んふふ。ルナ様もお好きですね」

シエルは自慢げに答えている。


しかも、自分はもっと大好きだとアピールしていた。

それ、必要か?

思わずそう思っていた。


ここはシエルお気に入りの店。

その気持ちはわかるが、何も張り合わなくてもいいだろうに……。



「ひょっとして、兄様にこの場所を教えてくださったのもシエル様ですか?」

ルナの言葉は何気なくでたのだろう。


店の中に、ルナがもっている物と同じものを見つけた。

何となくの言葉。


しかし、それは最悪の言葉だった。


得体のしれない雰囲気がシエルから漏れ出している。


自重だぞ、シエル。

必死に願っていた。


「ええ、まあ……。そうです……」

シエルは何とかこらえていた。


よく耐えた。シエル。

俺は涙が出そうになっていた。



しかし、ルナの雰囲気も変わっていた。

シエルの姿に何か思うことがあったのかもしれない。

静かにシエルをみるルナの瞳に、今までと違うものを見た気がした。


なんだ?

俺は、その瞳に何か得体のしれないものを感じていた……。



そのあと、何件かまわり、いろいろこの街を案内していた。

ルナは、始終ご機嫌で、いろんなものを購入していた。

さすが、辺境伯令嬢だ。

荷物持ちの随行員が気の毒になってきた。


シエルもなぜか購入していたが、自重しているのだろう。

普段から考えると、買っていないに等しかった。


シエルの頑張りは、素直に認めよう。


今日はご苦労様。

シエルをねぎらいながら、密かに思う。


ああ、早く休みたい……。

誰か俺もねぎらってくれないだろうか……。



「ありがとうございました。これで兄様にお話しできます。シエル様に大変お世話になりましたことを、特に」

ルナはシエルに向かって目を細めていた。


なぜかその瞳が恐ろしく思えていた。



シエルは自重できたことを満足げに頷いている。

たぶん、小姑懐柔作戦成功とか思ってるんだろう。


お前の考えることはよくわかるよ、ほんと……。


しかし、何事もなくて本当によかった。

襲撃とかそんなものはとるに足らないし、そうならない自信もあった。


しかし、シエルに関しては、シエルに任せるしかない分、俺は無力だ。

本当によかった。


何度でもそう思わずにはいられなかった。




「では、皆様ごきげんよう、本日は本当にありがとうございました」

ルナはそういうと、さっさと自分の宿泊している部屋に戻っていた。


「それでは、ありがとうございます。これは報酬です」

アイオロスはそう言って、俺に報酬を渡してきた。


ん……


アイオロスから、かすかな血のにおいがする。


冷静にそれを受け取ると、油断なくこの執事を観察した。

その物腰は優雅だ。

そして隙がなかった。


それは単なる執事ではない証だった。

俺が観察していることに気付いたのか、にこやかに挨拶してきた。


「今までご苦労様でした」

それは、今日のことを言ってるんじゃない。

今までといった。



嫌な予感がする。


俺のこういう予感は、たいていあたる。

もし、これが仕組まれたことだったら?


俺は英雄の顔を思い出していた。


「おい、シエル。長老のところに急ぐぞ」

そういうと駆けだしていた。


シエルはその雰囲気を感じたようで、黙ってついてきた。


俺たちは二人、夕暮れの街を急いで走っていた。





「くそ!やられた!」

俺の判断が間違っていた。

シエルが近づき、それを詳しく調べていた。


「死因は首への一撃。後ろから前にかけて。返り血を浴びない工夫。反対側から拘束してから」

首からの出血量、壁への付着を考えると、そういうことだろう。


「暗殺者」

シエルはそう断定していた。


「くそ、俺たちを引き離し、その隙にってわけか、まんまとだまされたよ」

あのアイオロスという執事を信用した俺がバカだった。


「バーン、たぶんルナはしらない」

シエルはそう断言していた。


「ああ、そうさ。彼女はまんまと利用されたんだ。そして、俺たちもそれに乗ってしまった。さすがだよ、英雄」

相手の方が一枚も二枚も上手だった。


これまで襲撃はあった。

この街で、いま頼りになる顔役は長老しかいなかった。

ベルンが都市としてもっているのは、この人のおかげだった。


それが、なくなった。


「これで状況は最悪だ。ヘルツマイヤーさんにどう報告したものか……」

これで、フールに対する抑止力がなくなった。

今後奴は裏からこの街を牛耳って行くだろう。

その対抗力が今はいない。


「まずは報告だ。証拠がないから、あの執事には手が出せない」

英雄が裏で糸を引いている以上、あの執事が関与しているのは明らかだ。

と言うよりも、これだけ鮮やかな手並みのものだ。

血のにおいを俺に嗅がせたのだろう。


今度は、ルナの方から目を背けさせるために……。


戻ったときには、ルナたちはすでに王都に向かっていた。

手際が良すぎる。

俺はその掌の上で、踊らされていた


「役者が違うわ……」

自分の無力さを呪うしかなかった。



***




「まあ、すばらしい」

はじめて王都を目にして、その素晴らしさに心を奪われていた。


ここにヘリオス兄様がいる……。

高鳴る気持ちを必死に抑える。

誰にも気づかせてはいけないわ。


「本当に楽しみだわ」

その思いを王都に対する賞賛に置き換える。


王都の門は先触れを行っていたのですんなり通って行った。

学士院アカデミーの方でもそのまま馬車は素通りしていた。

それが辺境伯令嬢への対応だとアイオロスがいっていた。


心なしか、アイオロスの顔がさびしい顔に思えていた。

そう言えば、アイオロスは王都で育ったという噂だ。

何か思うことがあるのかもしれない。


こんど、何か聞いてみようかしら……。


そんなことを考えていると、いきなり馬車が止まった。


これから住む屋敷という屋敷のことはしっている。


まだ、つくには早いのだろう。

アイオロスが確認するために、馬車から降りていた。


私には何となくわかっていた。

ベルンでぼやぼやしているうちに、王都では入学するための貴族が集まってきている。

先客がいるのだろう。

それも、よほど家格がいいと思われる。

アイオロスはなかなか帰ってこなかった。


門では優先的に通してくれたが、それは家格に応じた対応だろう。

アイオロスはそれを確認しに行ったに違いない。


戻ったアイオロスは、そのことを私に告げていた。


「ゾンマー公爵家の馬車でした。しばしお待ちください」

四大貴族の一つ、ゾンマー家の関係者が先に到着していた。

家格からいえば、こちらが待たなければならなかった。


「それでは、先に歩いて学士院アカデミーに向かいます」

そう宣言して、馬車を降りようとしていた。


しかし、なぜかそれをアイオロスに止められていた。


「いけません、今はこの場所でお待ちください」

アイオロスの目は有無を言わさぬ迫力があった。


思わず、息を飲み込んでいた。

仕方ない。

おとなしくいう事を聞きましょう。

そう思った時に、何やら外が騒がしいのに気が付いた。


荷物の出し入れかしら?


いろいろ想像しようとしたが、それは全くできなかった。

急な眠気が私を襲う。


なに?

そう思うことが精一杯で、そのまま目を閉じるしかなかった。



***



ルナ様が目を閉じた。


かすかな寝息が、その効果を物語っていた。

ゆっくりと魔道具を懐にしまう。

状態異常防止の指輪で、わしは眠りに落ちることは無かったが、さすがメルクーア様。

おどろくべき効果の魔道具を作られていた。


まさか、このようなことに使われるとは思っていないだろう。

学士院アカデミーの野外活動、特に迷宮探索用で用意されたものだ。

その時が来たら渡すように言われている。


短時間の睡眠で、大幅に疲労と魔力マナが回復する効果があるらしかった。


その体を毛布で覆う。

馬車を出て、前方に向かう。

すでにゾンマー家の馬車はない。

ただ、メイドに行く手をさえぎられた少年がいた。


「お久しぶりです。ヘリオス坊ちゃん。ルナ様は今旅の疲れで、馬車の中でお休み中です」

わしはヘリオス様を馬車へと案内し、その扉を開けた。


中ではルナ様が、小さく寝息を立てていた。

ヘリオス様はその姿を見ると、ご苦労様と言っていた。


「母さまから、ルナが無事に着いたか見るように言われていましたので、これで安心しました」

ヘリオス様はそういうと一行をねぎらっていた。


その時かすかにルナが動き、その右手が毛布からはみ出している。


何と言う偶然。

何かの意志が働いているのかもしれない。


わしは、マルス様の命には背いていない。

それが見えやすい位置に動く。

はたして、ヘリオス様は気付かれるだろうか?


気が付けばよし。

気が付かなければそれまでだ。


運命がどう導くのかわからない。

わしは、そう考えていた。


おどろくべきことに、ヘリオス様の視線はそこに向いていた。

本当にこの方は大きくなられた気がする。

どことなく、出会ったころのマルス様を思い出していた。


ゆっくりと扉を閉める。

これ以上は不自然だ。


「アイオロス。あなたは……」

ヘリオス様はそういうと、頭を振って口を閉じた。


申し訳ありません。

ただ、それしか思えなかった。

決して言う事はできない。


わしは思わず視線をそらしてしまった。

本当に昔のマルス様に似ている。


表現しにくい感情が、わしの心を揺さぶっていた。

しかし、今わしは、マルス様の命に従っている。

王都に来て、昔を思い出したのかもしれない。


まず、主命を果たすことを最優先にしなければならない。

今、マルス様の機嫌を損なうわけにはいかなかった。


以前のマルス様に戻っていただくためにも、わしが死ぬことは許されない。

あれとの約束の為にも……。


「ルナによろしく伝えておいてください」

ヘリオス様のさびしげな声が、わしを現実に引き戻す。


黙って頭を下げるしかなかった。



随行員に馬車を走らせて、荷物を運び入れるように指示する。

馬車が動き始めたとき、立ち去ろうとするヘリオス様の姿に、用件があったことを思い出した。

思わぬところで会えたので、今渡しておくのがよいだろう。



「お待ちください、メルクーア様より手紙がございます」

素早く手紙を渡し、馬車を追いかけていた。


メルクーア様の手紙に、どのようなことが書かれてあるのかはわからない。

マルス様は、ヘリオス様への手紙はどうでもよいとおっしゃっていた。

だからあえてそのままにしておいた。


いかなメルクーア様とて、これだけ離れた場所で何かできるとも思えなかった。

そして、マルス様はそもそもヘリオス様自体を気にかけていない。

だから、手紙も見る必要がないのだろう。


しかし、立派になられた。

容姿はますます少女のようになっているが、その瞳の力は、マルス様と同じだ。

強い意志を持っている。

柄にもなく、わしはうれしさをこらえるのに必死だった。


***


「ここは……」

目を覚ますと、見知らぬ部屋で寝ていた。

部屋の隅で、アイオロスが荷物を片づけている。

アイオロスと話していた時に、急に眠気が襲ってきたはずだ。


だんだん記憶が戻ってきた。

しかし、疲労感は抜け、心なしか、気分もいい。

本当だったら、いい眠りだったと言いたいが、こうも状況が変わっていると、何が起きたのか不安になる。


訳を聞くしかないわね。

そう思いアイオロスに、尋ねてみた。


「旅の疲れが出たのでございましょう、お待ちの間にお休みになられていましたので、失礼ながら私がお運びいたしました。あと、ヘリオス坊ちゃんがお尋ねになりましたが、ルナ様が馬車でお休みでしたので……。しかし、そのお姿を見られて安心されておいででした」

アイオロスは淡々と説明していた。


はかられたわ……。


頭がすっきりした分、瞬時に理解した。

私は眠らされた。

あの時あの場所にヘリオス兄様がいらしていた。

それも私を待ってくださっていた。

私のために迎えに来てくださっていた。


熱い気持ちがこみ上げてきた。


ああ、ヘリオス兄様。

ルナはまた、あのお兄さまにお会いしたい……。

この気持ち、どうすればよいのでしょう……。


決して表には出せない。

アイオロスが私を見ている。

気付かせてはいけない……。


これからは、私の演技にかかっているのね。



***


ルナ様……。

相変わらず、うれしい気持ちを隠すのが下手ですな……。


そんな感想を抱きながら、わしは苦渋の決断に迫られていた。


なぜ、運命はこの兄妹に試練を与えようとするのだろう。

いや、運命ではない。

マルス様の意志だ。


だから、わしがやらねばならない。

ルナ様は、道具として、この学士院アカデミーに送られている。

わしは、道具の管理者として、この場所にいる。



申し訳ない、ヘリオス様……。ルナ様……。


心の中で謝罪しながら、指輪の魔法を発動させた。

ルナ様の指輪を発動させるもの。

道具としてのルナ様を表に出すこと。

それは、言い換えれば、今のルナ様を殺すことだ。


暗殺者のわしに似合いの仕事だ。

でも、できればこんなことはしたくない。


「うっ、くう……」

必死に演技をしているルナ様は一瞬にして、意識を失っていった。


謝罪するべき相手を失い、わしはただ見守ることしかできなかった。



***


……。

どこ?

真っ暗な世界……。

さっきまでは、確か……。


あたりを探ろうとしても、手足が動かせない。

いったいなにがあったの?


答えを求めて周りを探ると、目の前に誰かがいる気配がした。


「あなたは何者です」

誰何の声を上げる。

気持ちをしっかりと持たなくては。

手足は縛られていても、心までは縛られてはいない。


私の決意をよそに、その存在は高らかに笑いだしていた。

聞き覚えのある声……。

とたん、視界が明らかになっていた。


「お目覚めかしら、わたし」

目の前には私がいた。


いったいどうなってるの?

私は鎖のようなものでつながれている。

しかし、目の前にも私はいる。


なに?

訳が分からない。


「あなたは何者です。目的はなに?早くこれをはずしないさい」

手足を動かし、この拘束から逃れようとしてもがいた。


「あーだめよ、だめ。これはね、あなたに対する戒めなのよ。そして質問に答えると、わたしはあなたよ」

自分はルナであると言ってきた。


「どういうこと?わたしは、わたしよ。あなたはだれなの!ふざけないで!」

私こそルナだ。

私以外が名乗るなんておかしい。

その瞬間、手足の拘束はさらにきつくなった。


痛い。

なんなの、いったい?

私を名乗る少女をにらみつけた。


「だから、私は私なのよ。あなたもわたし。わたしはあなた。さっきから言ってるでしょ」

やれやれという感じで私に説明している。


説明になってない。

私がもう一度叫ぼうとしたとき、目の前の少女はもう一度説明しだした。


「これはね、あなたの心が作り出したの。そう、いわばあなたの戒めの世界。あなたがヘリオス兄様のことを思えば思うほど、私はあなたになるわ」

ルナと名乗る少女は周囲を見渡した。


「あなたはヘリオス兄様に罪の意識をもっている。あなたのせいで、ヘリオス兄様を不幸にしたという意識よ。そうした意識が私。あなたはヘリオス兄様のことを思えば思うほど、ヘリオス兄様に対する贖罪の念は強くなるのよ」

ルナと名乗る少女は自分の右手の薬指をみていた。


「この指輪は私の力を増大させるものよ。わかっていたでしょ?お父様から聞きましたよね。この王都でのお父様の望みをかなえるために、私は表に出るわ。一緒に見ましょう。お父様の望むものを。あなたがお兄さまにかかわらなければ、お兄さまも不幸にはならない。お兄さまが幸せになるためには、お父様に認められなければならない。私はお兄さまために、お父様のお手伝いをするのよ」

それだけ言って、ルナと名乗る少女は消えていった。


そんなこと認めない。

そんな理屈成り立たない。

私は私よ。

いくらもがいても、この戒めはきつくしまっていた。


お兄様……。

つい、そう考えてしまった。


そのとき、さらに拘束がきつくなっていた。

本当に?

私はそう思っているの?

私はわからなくなっていた……。



***



「アイオロス、ご苦労様」

目を覚ましたルナ様は感情のない平坦な声で、わしをねぎらっていた。


「ルナ様、お疲れ様です。これから学長にお会いしますか?」

礼儀正しくお辞儀をする。

この人は先ほどまでのルナ様ではない。

マルス様が引き出した人格。

マルス様の都合のいい操り人形だ。

だからこそ、つくさなければならない。

それが、主命だから……。



「そうね、それとヘリオス兄様にもあっておきましょう」

そういうとルナ様はさっそく部屋を出るべく歩き出していた。


「御意」

もはや、何も思うことは許されない。

すべて、わしがそうしたからだ……。



学長室に案内されたルナ様は、そこにいたデルバー学長に挨拶した。

それで用件は済んでいたが、デルバー学長がヘリオス様を呼ぶと言うので、待っていた。

少し、何もしない時間が過ぎていく。

デルバー学長は自らの仕事をしているようで、こちらを見てはいなかった。


「ふーん」

ルナ様は興味なさげに部屋を見回している。

昔と変わらぬこの部屋は、侵入者に対して鉄壁の守りを誇っている。

ありとあらゆる侵入方法は、以前試したからもうしない。


部屋に入った今がチャンスだが、そのそぶりを見せようものなら、たぶん湖の中だろう。

そんな過ちは二度としないとわしは誓っている。


その時扉をノックする音が聞こえた。


「ヘリオスです。デルバー先生、お呼びでしょうか」

扉の外で、中の返事を待つ声がした。


「よいよい」

デルバー学長は短くそういうと、ヘリオス様の入室を許可していた。


「お前さんの妹が来たからの、まず兄妹で話もあろうかと思っての」

デルバー学長は意味ありげにヘリオス様を見ていた。

ヘリオス様はその視線に気づき、ルナ様の右手をちらりと見ている。


ルナ様も、それを隠すことなく、堂々と挨拶していた。


「ルナです。ヘリオス兄様。ご機嫌麗しく存じます」

優雅にヘリオス様に対してお辞儀をしている。

それはとても他人行儀なもので、決して兄妹のものとは思えなかった。


「ルナ、久しぶりだね。僕もあえてうれしいよ。さっきは馬車まで行ったけどね。君も疲れてたんだろうね。久しぶりにそのかわいい寝顔を見られたよ」

ヘリオス様は、片手をあげてルナ様に挨拶を返していた。


「そうだ、僕はこれでも忙しいんだよ、あまりルナの相手をしていることもできないから、これで失礼するね。もし生活必需品とかあればいい店を紹介するよ。僕もデルバー先生から教えてもらったからね。信頼できると思うよ」

ヘリオス様はルナ様に地図をわたしていた。

場所的にハンナの店だとわかる。

今も、あの場所で店をしているんだ。

わしはつい懐かしくなっていた。



「デルバー先生。妹が無事に入学できてよかったです。これで僕も自分のことにもどりますが、よかったですか?」

ヘリオス様はそういうとデルバー学長に退出の許可を求めていた。


「よいよい」

デルバー学長は短く頷いていた。


「デルバー先生。いろいろとお気遣いいただきありがとうございます。僕はこれで失礼しますが、例の件でご相談もありますのでまた近いうちにご指導ください」

ヘリオス様はあっけなく、ルナ様を残して退出していた。


なんだ?

わしにはさっぱりわからなかった。

出迎えにまで来たヘリオス様。

あの指輪を再びみても、何も表情に出していない。

明らかにルナ様は感情を無くしているように見える。

それでも、心配した素振りすらない。


わしにはさっぱりわからなかった。

しかし、それはそれでよかったのだが、これではわしが何のために、今のルナ様にしたのかわからない。

わしは、選択を誤ったのだろうか?



「まあ、離れて暮らすと、存外ああいうもんじゃな」

デルバー学長はヘリオス様の態度をそう評価していた。


「今あの者の興味は魔道具じゃよ。全く子供じゃの……」

デルバー学長の愚痴を久しぶりに聞いた気がした。


しかし、何故だろう。

その愚痴には、何となく違和感がある。

まるで遠くを見ているような、そんな感じだった。


「ではその方らも、かえって休むがよいぞ。ハンナの店はよい店じゃからわしも推薦しておくぞ。むろん、アイオロスは知っておろう」

デルバー学長は話がすんだとばかりに、自らの作業に戻っていた。


何となく、物足りない感じだったが、これ以上ここにいる意味がない。

ルナ様はさっそく退出している。

わしが、とどまる理由はなかった。


なんだろう、わしはデルバー学長の態度に、何か違和感をおぼえていた。



***



「ちょいと遅いぞい」

デルバー先生の文句は、何に対して事だろう……。

この世界に来ることを言っているのだとすると、それは無茶なことだった。


「すみません、先生。僕にもいろいろ事情ってもんがあるんですよ」

とりあえず、どちらでもいいように謝っておく。


ここには指輪の転移で来ていた。

ルナが帰ってからまだそんなに時間はたっていないはずだ。

先生の不満は、おそらく無茶の方だろう。


「して、どう見るんじゃの」

意地悪そうな顔になっている。

こういう時は、真剣に答えないと、あとで説教がまっている。



「間違いなく精神支配を受けていますね。それも自我をもとに作り出したものでしょう。もともとは本来自分が生み出したものだから、あれを自力で克服するのは難しいと思います。そして、その発動は右手の薬指の指輪ですね」

包み隠さず報告した。


「ん、満点じゃ。そちはよく気が付くの」

満足そうに頷いている。どうやら、正解だったようだ。


「僕には仲間がいますので、いろいろ教えてくれます」

しかし、ここでいい気になっては、今度はどんな無茶を言い出すかわからない。

自力だけではないのだから、種明かしも必要だ。

首飾りを触りながら、そう答えていた。


「なんじゃ、カンニングかの。じゃあ零点じゃ。ほっほっほ」

それでも先生は楽しそうだった。


まあ、これで難問は出されなくて済む。

この世界で、一番の謎を答えられない状態で、いろいろわからないことを増やされても困る。



「して、どうするよ。ヘリオスよ」

真剣なまなざしを俺に向けている。

その強さは、さすが最高の魔導師という存在だ。

睨まれただけで、息が詰まる思いだろう。



「しばらくは様子見です。それとなく、指輪の効力を無力化するためにいろいろとやってみます。それと、先生やリライノート子爵から頂いたものを、ルナにつけておこうと思います」

リライノート子爵からもらった円盤を見せておく、本当はここからまた作るのだが、それは内緒だ。


「なんじゃ、どこどこ君の改良版かの」

やはり先生のネーミングセンスは最悪だった。


「はい、一応これで様子を見ようと思います。後はカールとユノに頼んでみます。特にユノにはいろいろ贈ってもらいますよ。たぶん僕からでは警戒するでしょうしね。上級生からの習わしとか適当に言えばたぶん断らないでしょう。父上の目的がはっきりとわからないので、まずは、それを確かめておきたいと思います。その上でも、カールには頑張ってもらいましょう。母上からの手紙では、あそこはかなり危険な状態になっているみたいですので」

メルクーアのことが気にかかる。

あそこで何かが起きている。

しかし、今のヘリオスにも、俺にも、それをどうにかすることはできない。


まだまだ子供なんだ。

しかし、時間がない。

今は、こっちを優先しておかなければならない。



「なんじゃ、おぬしはそこまでしっとるのかの。どこまでしっとるのか知りとうなったわ。じゃが、それは後にとっておこう。おぬしも時間ないじゃろ、必要なものをいえ、たぶん用意できるぞ」

デルバー先生はすべてわかっているようだった。


「では、お言葉に甘えて……」

デルバー先生から材料を受け取るとすぐに自分の部屋に戻る。

そして魔道具作成にかかると、完成したものを専用空間ポケットスペースにいれておいた。


とりあえず、カールにはこれを渡しておこう。


カール、君のその力見せてもらおう。

父上の狙いもそこだろう。

ならば、そこから崩すのが一番手っ取り早い。


さて、あとはユノだが……。

いずれにせよ、まずはカールに会おう。

俺は、学士院アカデミーへと向かっていた。



***



「ごめんね、みんな。今日はこれで帰るよ。後のことはよろしくね」

部屋に戻ったヘリオスは、私たちにいつものお別れの儀式を行い、向こうに帰っていく。

この瞬間が、今は一番嫌いだった。

わがままなことはわかっている。

でも、私はシルフィードのように甘えられない。

ミヤのようにも甘えられない。


私にはやらなければならないことがある。


「ヘリオスも忙しいねー。ちょっとはミミルの相手してくれてもいいのにさー」

ミミルだけがヘリオスに不満を言っていた。


私と共にお母さまの言葉を直接聞いているはずなのに、ミミルはいつもお気楽だ。

あんな風になれたらいいと思う。


でも、それは私には難しいことだ。

私は水の精霊。

全ての命を育む役目を持っている。

それが私たちの本質。


私たちは、自分の役割をしっかりとする必要がある。

風の精霊のように、自由を本質とはできない。


最後の最後まで甘えたシルフィードとミヤ。

私も存分にヘリオスを堪能したはず、でもなぜか物足りなかった。

彼女たちがうらやましかった。





「やっぱりウチあかん。あの子の存在、くせになりそうやわ」

温泉につかりながら、ノルンが大声で叫んでいた。

それに反対する者など、この場所にいるはずがない。


私だってそうなのだから。


「けど、こっちのヘリオス君相当ショックみたいだね」

シルフィードだけが、こっちのヘリオスを心配している。

確かにそうだが、私にはそれほど重要じゃない。

こっちのヘリオスは、単なる器。

私にとってはそれでしかない。


「まあ、先に届いていた母親の手紙にも、あのことは書いてあったからね。それを自分の責任のように思ったんじゃない?」

私はそう結論付けている。


「でも、私のヘリオス、深く傷ついてた」

「おくびにも出さなかったけど」

ミヤがそう悲しげに告げていた。


確かにこっちのヘリオスはショックを受けている。だから、あのヘリオスもすんなりやってくることができたようだ

それでも、あのヘリオスがたぶん一番傷ついている。

私だってそれくらいわかる。


しかし、それでもそれを出さずに、ルナの状態を看破し、自分がすべきことを短時間でしていくあたりはさすがだった。


私達に聞いたのは、たぶん確認の意味だろう。


「やっぱりねー。洞察力もそうだけど、私たちに聞くまでもなく、真実を導いてたもんね。あれって才能なのかな。ウチあの頭のぞいてみたいわ」

ノルンが私の結論と同じことを告げていた。


「まあ、今日はヘリオス君、すぐに帰っちゃったけど、一度ベルンに行きたいって言ってたし、また近いうちに会えるよね」

話題を変えて、シルフィードは楽しみなことを告げていた。

さっき聞いたことを話してくれているのだろう。

何か頼まれごとをしてたみたいだし、羨ましかった。


しかし、気になるのは、なぜそこに行きたいと思ったかだ。


「ベルンに何かあるの?ヘルツマイヤー様とか?」

私の疑問をみんなの疑問にしてみよう。

みんなどう考えているのか気になった。


「あの女ではない」

ミヤが断言していた。

シルフィードが頷く。

私も同意見だ。


「え、なに?あの女ってだれ?ウチだけしらんの?」

ノルンが自分の知らない女の気配を警戒していた。


「ミミルだけのけものだー」

その時、突然会話に参加して文句を言ってきた。


ここに入ることができないミミルは完全にのけ者扱いにされて悔しがっている。


まあ、お気楽ミミルにも案外弱点はあるものね。

私は密かにそのことを楽しんでいる自分に気が付いた。

ちょっと自分が嫌になる。

でも、このくらいは許してもらいたい。


ミミルのことは嫌いじゃないけど、もっと真面目にしてほしい。


「はいはい、ミミちゃん。ご苦労様でした。またヘリオス君呼んでくれたら、ちゃんとヘリオス君がよしよししてくれるからね。がんばってね」

シルフィードはそうなだめていた。


「ミミルはいつも実体化しているから、私たちと違ってヘリオスに触り放題だし」

ちょっと意地悪を言いたい気分だった。


「さっきもやたら顔なめてたし、ハムスターの分際で」

ミヤが露骨に非難している。

さすがの私も、あれは何やってるんだという感想だ。


「あーミミルってば、かわいそーやねー」

ノルンの言葉は全く感情がこもっていなかった。


「うーミミル的にこの扱いはなんなのよさー」

ミミルは不満をぶちまけていた。


楽しい。


役目も大事だけど、今が楽しかった。

でも、それには、みんなの力が必要だし、いいよね。


そして何よりも、あのヘリオスの存在が必要だし……。

そのためには、こっちのヘリオスに……。


あのヘリオスがこっちのヘリオスを必死に助けようとするのをみて、複雑な気分になる。


いつかみんなに本当のことが言えたらいいと思う。


いっそすべてを打ち明けてみようかとも思う。

でも、それはあのヘリオスが許さないだろう。

いまは、まだ……。


本当に、みんなと楽しめる日が来ることを、私は切に願っていた。



***



「アイオロス、なんかあっけなかった?ヘリオス兄様ってあんな感じだったかしら」

ルナ様は先ほどの再開を思い出しているようだった。


すでに部屋に戻っている。

そばで紅茶を煎れながら、ルナ様の話を聞いていた。


デルバー学長のところに挨拶に出かけている間に、メイドたちが、ルナ様の私物をすべて片づけてくれていた。

まあ、元からそうだが、ルナ様はすることがなかった。


「私は幼いヘリオス坊ちゃんしか知りませんので……」

あいまいな返事をしかできない。


事実、10歳までのヘリオス様とは接点があったが、それ以降は各地を巡っていたので、完全に接点がなくなっていた。


それとは別に何かしらの違和感があったが、それを伝える義務はなかった。

このルナ様が気付かないことを、あえて言う必要もない。


あくまでわしは言われたことをするのみだ。

そして、感情的にそのことは伝えたくなかった。



「まあ、いいわ。これじゃあ私が出なくてもよかったかもしれないわね」

ルナ様はやれやれという感じで、だらしなくベッドに横たわっていた。


「しかし、デルバー自体は隙がないわね」

ルナ様の声に殺意がこもる。

そんなことはわかりきっている。


「仮に私が突入しても、学長には届きません」

ただ、わしには不可能であることを知っておいてもらおう。

無茶を言われても困るのだ。


「まあ、お父様もそこはご存知です。あなたはあなたで別の目的があるでしょう」

そう言ってルナ様は笑っていた。


「明日は入学式典ね。楽しみだわ。まずはトップパーティとの顔つなぎかしらね」

ルナ様はこれからのことを楽しみにしているようだった。


それは、元のルナ様の感情から来るのか、今のルナ様の感情なのかわからない。

わしにとっては、今のルナ様を管理するのが主命。


だから、わしの感情は殺さなくてはならない。


王都に来たために、強く思い出すあの約束。

わしはそれを飲み込んで、なすべきことのみを考えることにした。

次はルナがいよいよアカデミーに入学することになりました。

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