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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
アカデミー入学
34/161

布石

デルバー学長から、急な呼び出しを受けるヘリオス君です。

「ヘリオス君。学長がお呼びだから、学長室に行きなさい」

講義が終わった後、いつも通りに教室から出た。

しかし、アプリル先生にいきなりそう告げられた。


「いまからですか?」

今日の講義はもうなかったが、図書館に行くつもりだったのに。


「そうだ、どうやら大切な用事らしいので、できるだけ急ぐように」

アプリル先生はそれだけ言うと、教員塔の方に帰って行った。

まるで自分の仕事はそれだけだからと言いたげな背中だった。



「なんだろう」

なんだか胸騒ぎがする。

今朝からデルバー学長は機嫌がよかった。

どうやら今日は誰かが訪ねてくるらしい。

よほど気に入っている方なのだろう。

そうでなければ、人に会うことをいつも面倒そうにする人だ。


「とにかく行くか」

足早に学長室へと向かった。


「ヘリオスです。デルバー学長。お呼びと伺いました」

学長室の前で、入室の許可を取る。

まだ来客中だと困るから、指輪は不用意に使えない。


「はいってよいぞ」

許可が下りたので、中へ入って一礼する。

いつもいる場所に、来訪理由を告げていた。


「失礼します。お呼びと伺い、まいりました」

一礼したのがまずかった。

顔をあげた視線の先には、デルバー学長はいなかった。



「やあ、ヘリオス。久しぶりだね」


聞いたことのある気さくな声が聞こえてきた。

声がした方を見ると、そこにデルバー学長がいた。

学長は小さい応接セットのほうですわっており、その声の主もその前に座っていた。


「リライノート男爵様。いえ、子爵様になられたのですよね?ご機嫌麗しく存じます」

とんだ道化だったが、挨拶しないわけにはいかなかった。


「そんな他人行儀はやめてくれ。私は君の兄のつもりでいるんだから。いや、ひょっとして、姉を奪った憎いやつと思っているのかな?」

笑いながら、リライノート子爵はそう言っていた。


「ご冗談を。お姉さまを幸せにしてくださっている方に対してそのような……」


私はこの義兄あにを尊敬していた。


学士院アカデミーを首席で卒業し、男爵位を獲得したあと、功績により子爵に陞爵していた実力のある貴族だ。

その領内においては、産業基盤を整えて、豊かな領地経営をしていると聞いていた。


そしてなにより、実力のある魔術師だった。

デルバー学長の弟子で、私にとっては兄弟子になる。


「あはは、冗談だよ。そうだ、ヘリオス。君に手紙を預かっているんだ。君の姉さんからだよ」

そう言ってリライノート子爵は専用空間ポケットスペースから手紙を取り出し、私に手渡してくれた。


「あとでゆっくりと読んだらいいよ」

リライノート子爵は微笑んでいた。


「ありがとうございます」

早く読みたいが、ここで見るわけにもいかない。

つい、専用空間ポケットスペースに手紙をいれていた。


「へえ、本当に使えるんだね。ヘリオス、君はどこまでできるんだい?」

リライノート子爵は興味を持って尋ねてきた。


やってしまった……。


デルバー学長をちらりと見て、その様子をうかがった。


よかった……。

デルバー学長は楽しそうに頭を縦に振っていた。


「わたしができるのは……」

自分ができることをおおざっぱに話す。


「あはは、じゃあここにいる必要はないねー」

リライノート子爵は、本当に楽しそうだった。

入学するときにはショックを受けたその言葉も、今となっては懐かしかった。


「デルバー先生。さっきの件ですが、やはりこちらからお願いします。わたしも見てみたくなりました」

リライノート子爵はそう言ってデルバー学長に話していた。

学長はただ頷くのみだった。


「そうだ、ヘリオス。君にこれをあげるよ。私にはもう必要ないものだからね」

そう言ってリライノート子爵は専用空間ポケットスペースから一冊の本を取り出していた。

その本には――魔道具作成虎の巻:デルバー・ノヴェン――と書かれてあった。


「これは魔導図書館にもないものだよ。なにせ、デルバー先生からそれぞれの弟子にあたえた、この世界で一冊しかない本だからね。私は、魔道具作成が専門でね。これをもらったのさ。そう言えば、君のお母さんは召喚術の本を持ってるよ。これはデルバー一門のいわば証みたいなものさ」

そう言ってリライノート子爵は、私にその本を手渡してくれた。


重い……。

分厚い本だから、それなりに重量はある。

でも、それ以上に重く感じた。


これには、その想いがつまっているように感じた。


「そのような貴重なものを私に……。いいんですか?」

リライノート子爵とデルバー学長を順番に見て、その意志を確認する。


「まあ、ヘリオスがどんな魔術師になるかは、わからんしの。ほっほっほ。リライノートがそう言うなら、もらっておけばよかろう」

デルバー学長は楽しそうに笑っていた。


「ありがとうございます。これでまた研鑽します」

さっそく帰ってこの本を見たかった。

用事がなければすぐさま退散する態度を見せていた。


「まったく。まだ用事はおわっとらんわ。気持ちはすでに帰っておるな?相変わらずお主はせっかちじゃの。まったく……」

デルバー学長はため息をついていた。


「いやいやヘリオス。姉さんの手紙の時とは大違いだね。ヴィーヌスが悲しむよ?」

リライノート子爵はそのやり取りを心から楽しんでいたようだった。


「いえ、決してそのようなことは……」

私はそう言って否定していた。

姉さまの手紙は真っ先に読むつもりだが、そのことは態度には出さない。

出せるはずがなかった。


いつまでも、姉離れのできないと思われるのも、ヴィーヌス姉さまに申し訳がなかった。


しかし、それはむしろ逆効果だった。

ヴィーヌス姉さまを悲しませることになりかねない。


いったい私はどうすればよかったんだろう?

ますますわからなくなっていた。


「あははは」

「ほっほっほ」

私の混乱する姿を見て、二つの笑い声が、学長室に響いていた。




「わしの用事はの、ヘリオス。ほれ、ここにサインしておけ」

まただ。

しかし、今度の書面にはリライノート子爵の名前も入っていた。


「わかりました。でもなんなんです?このあいだから……」

疑問を素直に学長にぶつけていた。


「まあ、そのうちにわかる。あと、これから行くとこがあるので、ついてくるがよい」

そういうと学長は席を立ち、私の方に向かっていた。

リライノート子爵もその後ろに従っていた。


集団瞬間移動マステレポート

いきなり学長は魔法を発動していた。


私はその感覚に戸惑っていた。

自分自身だけでなく、相手も同時に移動する感覚は初めてだった。

そしてその感覚に気を取られすぎて、ここがどこなのかを確認することを怠っていた。


しまった……。


私としたことが、転移先の確認をしてなかった。

もし、これが悪意を持ってされていたら、確実に死んでいる。

転移直後は無防備な状態だ。


それに、再転移するにしても、現在位置を特定できなければ魔法は成功しない。

そのタイミングを全くとっていなかった。


とりあえず、悪意も害意もない方たちだ。

これは教訓にしておこう。

そう思い、改めて周りの確認をしていた。


ここはどうやら豪華な庭のようだった。

それほど大きくはないが、あちこちによく手入れされた、観賞用の花がたくさん植えられていた。

私の視界の中央には展望小屋ガゼボがあり、中に2人の男が座っていた。

そのうちの一人がそこから出てきて、私のことをじっと見ていた。


「いくぞい」

デルバー学長はそう言って、展望小屋ガゼボの方に歩いて行く。

私もリライノート子爵もそのあとをついて行った。


展望小屋ガゼボの前で、中から出てきた大柄な男が私達を制止した。

それに従い、リライノート子爵は片膝をつき、頭を下げた。

私もあわててその真似をした。


一体何が起こってるんだろう。

たた、成り行きに従うしかなかった。


「コメット。これは非公式だからいいんだよ」

中の男はコメットと呼ばれた男の行為を注意していた。


コメットって、あの……?



「ですが、やはり……」

コメット師はあまり納得がいっていなかったが、逆らう意思はないようだった。

困った顔がよく似合うと思ってしまった。



「リライノート久しいな。息災か?」

その男はリライノート子爵を呼び捨てにしていた。

私知識がこの人物を予想する。

なによりもコメットと呼ばれる人は、この国では有名な人だった。


「まったく、コメットよ。わしのびっくり企画が台無しじゃ。だからおぬしはそんな図体でも、まだまだ尻が青いんじゃ。」

デルバー学長は少々機嫌が悪かった。

困った顔をしているコメットはまじめすぎるのだろう。

関係性から察すると、やはりデルバー一門だったのか。


そう、この国の宮廷魔術師コメットはこの国でもトップクラスの魔術師のはずだ。

それを青二才扱いするデルバー学長はやはり別格だ。


そして中の人物。

それはこの国の現国王、ハイス=ナーレスツァイト=ウル=アウグスト陛下その人だろう。



「デルバー老師。彼がその男か?」

ハイス国王は私を見て、デルバー学長にそう聞いていた。

デルバー学長は王に一礼すると、意味ありげに答えていた。


「そうですが、そうでないとも言えます。まだ、この者たちはそれぞれ半人前ですので」

デルバー学長はそのように表現していた。


たしかに、学長から見ると半人前だろう。

でも、その思わせぶりな態度はいったい?

あの時の説明といい、学長は私の中のわたしを知っているのだろうか?


けげんな様子でデルバー学長を見る王は、やがて何か納得したように頷いていた。


「まあ、いまはそういうことなんだな。わかった。老師はいつも余に課題を出す」

そう言ってまた私を見ていた。

その視線は、さすが王。

一瞬で、私は委縮してしまった。


「ふむ、まあいいだろう、ほかならぬ老師のいうことだ」

そう言って国王はコメット師をみて宣言した。


「余は、老師の言い分を認める。わかったなコメット。あとのことは老師とその方でやっておけ」

そういうと国王はその場から消えていた。


「魔道具……」

あらためて、その完成度の高さに驚いていた。

本人がいる者とばかり思っていた。


「ヘリオス、本日のことは他言無用で」

コメット師はそう指示してきた。


「はい」

そう言うしかない。

また頭を下げていた。

すると、何やら小気味よい音が聞こえていた。

顔をあげた私が見たものは、コメット師が自分の尻をさすっているすがただった。


「まったく、わしのかわいい孫をいじめるな」

そう言ってまた、コメット師の尻を、どこからともなく出していた扇状のものでたたいていた。


「かんべんしてください……」

コメット師はやはりその体に似合わない態度で、デルバー学長に頼んでいた。


なんだか楽しげな雰囲気に私は思わず微笑んでいた。


その後デルバー学長は、コメット師とリライノート子爵の二人と話があるということだった。


さっきの話しに違いない。

私は特に関係ないだろう。

早く帰って、お姉さまの手紙と、魔道具の本を見たかった。


そう思って、先に瞬間移動テレポートで帰ろうとしたとき、コメット師から呼び止められた。


「ヘリオス、この国には瞬間移動テレポート不可地域を作っている。特に、この王都にはいくつも存在する。デルバー先生の部屋と同じで、強制的に他の場所に移ってしまうものだ。一応頭に入れておくがいい」

そう言ってコメット師は一枚の地図を見せていた。


渡すことはできないので、頭に入れるように言われる。

王都を取り囲むように、東西南北にそれぞれ一つずつ印がつけてある。

きっとこれがその場所なんだ。

しかし、とんでもなく広い。

それほどの広さに設定できるなんて、どんな仕組みなのだろうか?


「王城を囲む際に必要になる場所だ。そこに布陣されると厄介な場所に設置していると思ったらいいだろう。それは巧妙に隠しているので、まず見つからないだろうな」

話しから、魔道具であることは間違いない。

広大な場所に、恒久的な仕組み。

その魔道具の完成度が素晴らしいからだろう。


そして、その場所。

確かに二つは軍団を展開しやすい平野になっていた。

しかし、残りの二か所はは森林だった。


「ここはなにかあるのですか?」

気になって聞いてみた。

コメット師は急に真顔になって口をつぐんでいだ。


「いえないってことみたいだよ」

リライノート子爵が笑顔で代わりに答えてくれた。


面白い人だ。

そして、まじめすぎる人なんだ。

私はコメット師をそう認識した。


そう言えば、確認しておかなければならないことがあった。


「リライノート子爵様。明日はまた、学士院アカデミーにこられますか?」

リライノート子爵の予定を聞いていなかった。

ヴィーヌス姉さまに手紙を書かなくてはいけない。



「ん?特に行く予定はなかったけど、どうしてだい?」

リライノート子爵は思わせぶりに笑っている。


その顔は用件が分かっているのだろう。

やはりこの人はすごい人だ。


「……大変申し訳ございませんが、姉上に手紙を書こうと思いまして……。その……」

見透かされたような感じに、恥じ入ってしまっていた。


「あはは、冗談だよ。私も君からの手紙をもらわないと、怒られるからね。君の家はあれだから、お昼頃食堂でどうだい?」

リライノート子爵は私に笑顔を見せていた。


「はい、ありがとうございます」

美形は何をしても似合う。

カールスマイルに近いものを見て、それが様になっているのがすごかった。

しかし、カールも容姿に優れている。黙っていれば、女性がほっとくはずのないものだ。


二人並んでも、そん色ない。

しかし、この差は何なんだろうか……。

考えて、どうでもよかったことに気が付いた。


早く帰って読まなくては。


「では、皆様失礼します」

全員に丁寧に退出をつげると、自分の部屋に瞬間移動テレポートした。


「よし、まずは姉さんの手紙だ」

まず先に、ヴィーヌス姉さまの手紙を開けていた。

中には私の体の具合など心配する気持ちがかかれており、とても気にかけてくれていることがわかった。

そして、ルナが学士院アカデミーに行ったときにはしっかりと面倒を見るようにも書かれていた。

ルナ。

そう言えば、あれからずっと気になっていた。

なぜ、あのようなうわさになったのだろう?

あれは、もう一人のわたしが関係しているに違いなかった。

しかし、悪いことではない。

ヴィーヌス姉さまには、怒られていない。

そうすると、もう一人のわたしの行動が、悪くとられたと考えられる。

私のせいで……。

その結果、ルナにも居心地の悪い家にしてしまった。

後悔なのか?

心の奥に、引っかかるこの感じ。

ルナのことを思うと、なぜか胸の奥に違和感があった。

これがなん何かはわからない。

ただ、ルナが来た時には、以前のような私にはならないようにしなければならない。

たぶん、もう一人のわたしもそう考えているに違いなかった。


後は、姉さまのことが書かれていた。

とても幸せにしている。


しかし最後に、気になることが書いてある。


ヴィーヌス姉さまからみたお父様がますます別人みたいに思えてきたこと。

そして、ヴィーヌス姉さま自身も、自分が自分でなくなるような感覚に襲われることが書かれていた。


まさか、あの発作が?


かつて見た姉さまの変貌について思い出していた。

あれは姉さまであって姉さまでないそんな感じだった。

何かに取りつかれているような、そんな感じだった。

それ以後は全く見ていないが、その時は恐怖でしかなかった。



いや、大丈夫だろう。

リライノート子爵様もついている……。


あの優秀な義兄あに様が姉さまの変化を見落とすはずがないと思う。

お父様のことは気になるが、今の私にはどうすることもできない。


「お母さまは大丈夫だろうか……」

少し気になったが、あのお母様が危険なことにはならないという自信はある。

その不安感は無理やり抑えることができていた。


「問題はヴィーヌス姉さまか……」

一度、姉さまに会うべきか迷っていた。

しかし、それもリライノート子爵への信頼から、大丈夫だろうと思えてきた。


私も手紙を書こう。

そう思い、手紙をしたためる。

しばらく迷ったが、決心して書き始めた。


「よし、これでいいだろう」

現在の状況について、簡単に書いた。


2人の友達とパーティを組んだこと。

2人の先輩によくしてもらっていること。

デルバー学長に教えをいただいていること。

ハムスターのミミルを使い魔にしたこと。

ハンナの店という雑貨屋でいろいろ買い物をし、そこのアネットとコネリーという姉弟と仲良くしていること。

リライノート子爵に大切な本をいただき、とても感謝していること。

姉さまのおかげで、今あることへの感謝。

ルナが来た時には自分ができることは必ずすること。


そして、姉さまの幸せがいつまでも続くように祈っていること。


これらのことを書いて、手紙に封をした。


「余分なことを書いて心配させるわけにもいかない……」

意識せずに気持ちを言葉に出していた私は、その言葉で納得していた。


「よし、今度は魔道具だ」

気持ちを切り替えて、本をめくる。

そこにはびっしりといろいろなことが書かれてあり、ところどころ注釈まで載せてあった。


「おお、これが魔道具作成に必要な知識、道具、材料……」

興奮で声が震える。


魔道具に囲まれる生活をしていくにつれ、自分も魔道具を作ってみたいと思っていた。

しかし、その作成に関してはかなり難解だった。


もっと簡単にできるような本がないか図書館中を探したけれども、私には見つけられなかった。

巧妙にいろいろな本に分かれて書かれており、もはやわざと秘匿しているのだと思えてきた。


しかし、その魔道具作成の集大成ともいうべき本がここにあった。


今まで得られなかった知識がどんどん入ってくる感じに時間を忘れて熱中していた。




「まずい、もう昼だ!」

夢中になりすぎて、寝ることを忘れていた。

すでに約束の時間になりつつある。

私は大慌てで学士院アカデミーへと向かっていた。




食堂に来てみると、たくさんの人であふれかえっていた。

その人だかりは、リライノート子爵をみつけた上級生が、自然と集まってできたものだった。

さすが人気者。


そして、その中には、カルツ先輩やメレナ先輩もいた。

しかも、モンタークまでその端の方にいる。


そう言えば、オーブ領はフリューリンク家と領地が隣だった。

嫌な奴を見てしまった……。


「やあ、ヘリオス。ここだよ」

リライノート子爵はそう言って、入ってきた私を呼んでいた。


そこにいた全員が私の顔を見る。

その顔には一様に疑問が書かれていた。


「ヘリオスは私のかわいい義弟おとうとだよ」

その感覚に何かを感じたのか、リライノート子爵はそう私を紹介していた。

そうだけど、かわいいは言わなくてもいいのでは?


「うん、ヘリオスってやっぱすごいよね」

メレナ先輩が目を丸くして、そう言っていた。


この学士院アカデミーにあって、リライノート子爵は生きる伝説だ。

その武勇譚は脈々と受け継がれている。


もともと、上位パーティの専用部屋制度を学士院アカデミーに認めさせたのも、リライノート子爵であったらしい。


そのほかにも、この学士院アカデミーの発展に大きく貢献していた。

その人物の義弟おとうとというのは、特別な存在を意味していた。

そこに、かわいいという表現をつけられると、いろいろな意味にとられてしまいそうだった。


羨ましい視線と妬みの視線を感じる。

特に妬みの視線の主はわかっていた。


しかし、羨ましいという視線を受けて、私は少し気分がよかった。


「じゃあ、ヘリオス。行こうか。それでは、みなさん、ごきげんよう。そして、勉学にはげんでね」

そう言ってリライノート子爵は、私をつれて集団瞬間移動マステレポートを唱えていた。



「ここなら、大丈夫だね」

リライノート子爵は、私を王城の北側にある小高い山の上につれていた。


この場所には来たことはなかったが、ここは王都を最も美しく見られる場所というのは知っていた。


あらためて見る王都はまさに天空の城だった。

今日も湖の青と空の青の間に浮かんでいる。

思わず見とれてしまっていた。


「いつ来てもここはいい場所だ」

感慨深そうなリライノート子爵。

その顔はとても落ち着いていた。


たくさん思い出があるのだろう。

私はその時間を邪魔することなく、同じように王都を眺めていた。


「しかし、これを壊そうとする人たちがいる。困ったもんだよね」

リライノート子爵はそう言って、悲しげな表情を見せた。

しかし、次の瞬間には、私にとびっきりの笑顔を見せて、右手を出していた。


さあ、もらおう。


そういう態度だった。


「すみません、子爵様にこのようなことお願いするなんて……」

申し訳なさでいっぱいだった。

特に、さっきのようなものを見てしまったら、私が頼む用事は何と自分勝手なお願いなのだろう。


「気にしないでいいよ。君のことは義弟おとうとだといっただろ。弟弟子でもあるしね。ああ、そうだ、これも渡しておこう」


そう言ってリライノート子爵は、手のひらサイズの円盤を私の手に乗せていた。

「これはね、もともとデルバー先生がつくったものを私が改良したものだよ。見た目は一緒だけどね」

そう言ってリライノート子爵はその説明をしてくれた。


それは特定のものを発見する魔道具だった。

その範囲は切り替えが可能であり、王国内であれば、おおざっぱな地図まで入っていた。


「もともと変な名前のものだったんだよ。それをちょっと改良してね。これのすごいところは……」

そう言って熱心に説明する姿を見て、魔道具にかける情熱はデルバー学長以上のものを感じていた。


デルバー学長が作ったものは、ものをどこに収納したかわからない時用に開発したものだったらしい。

しかし、その種類を増やしたときに、すべて同じ反応になって、結局わからなくなるという欠点があった。

デルバー学長は、それでもそれを堪能していたようだった。

なにがあの人の楽しみになるかわからない。

いまだに、あの秘密基地は手を付けていない。



リライノート子爵のそれは対象を10個に限定し、それぞれに対応した光点で示すようになっているようだった。

しかもそれは、使用者の魔力マナを一度通すだけでいい設定になっていた。


「大事なものを登録しておくと、なくしたり、とられたりしても大丈夫だよ」

こんな大事なものをもらうのは気が引けるといったが、まだ試作だからといって押し付けてきた。


「ヘリオス、君も私も大事なものは専用空間セルフスペースに入れておけば、問題ないけど、世の中自分以外にも大事なものがあるからね」


リライノート子爵は私の頭をなでていた。

なんだか心地よい気分だ……。


「リライノート子爵様、姉さまの様子で気になったことはございませんか?」

その心地よさに、私は思わずそう聞いていた。

なんとなく、頼れる兄のような存在に思えていたのかもしれない。


抑え込んでいた自分の不安を打ち明けていた。


「いや、特にはないが……。そんなことを……。うん。注意しよう。大丈夫君のお姉さんは、私の大事な奥さんだからね」

一瞬真顔になったリライノート子爵だが、すぐに笑顔になり、大丈夫だと告げていた。

私は一気に不安が解消した気分だった。


「よろしくお願いします」

心からお願いした。

兄さまと言うのは、こういう人を言うのだろう。

私は、そう思えるようにしてくれた、ヴィーヌス姉さまに感謝していた。


学士院アカデミーに帰ると、リライノート子爵はデルバー学長に挨拶してから帰るといって、私と別れていた。


一人残った私だったが、今日も講義がなかったので、魔導図書館へと向かっていた。

魔道具作成に必要なものも調べなくてはいけない。

やることが多いな。

私の頭はすでにそのことでいっぱいだった。



***



「では、先生。これで失礼します。今回は呼んで下さりありがとうございました」

おかげで今回は、有意義な時間を過ごせた。

デルバー先生に感謝しないといけない。


しかし、ヘリオス。君はずいぶん大きくなったものだね。


以前会った時は、姉の後ろで隠れてなかなか姿を見せない恥ずかしがり屋だった。

最初女の子かと思ったものだよ。まあ、今でもふとそう思う時があるけれど。


しかし、その実力は本物。

やはり、英雄の子にして、メルクーアさんの子供だな。

底知れない力を感じた。



「ほっほっほ。ええ子じゃろう。楽しみじゃの。それゆえ、つぶすわけにはいかんのじゃ。おぬしにも、手つどうてもろうたし。準備は万全じゃ。これを使う日が待ち遠しいわい」

デルバー先生は書類を軽く振りながら、極上の笑顔を見せていた。



「そうはいっても、それを使うときは、彼にとって相当な試練ですよ?」

さすがに、ヘリオスのことを思うと笑えなかった。


「ほっほ。英雄に試練はつきものじゃという」

デルバー先生は、やはり楽しそうだった。


「ほどほどにしてあげてくださいね、私のかわいい義弟おとうとですから」

先生のおもちゃじゃありませんからね。

心の中で付け加えておく。

いったら長い話が待っていそうだ。


「心配せんでよい。わしのかわいい孫じゃからな」

そこ?

妙なところで対抗していた。

笑うしかなかった。


こうして軽口をたたくのも久しぶりだった。

楽しい。

心からそう思う。

しかし、帰る前にもう一つのことについて確認しておこう。

私は話題を変えることにした。


「ところで、英雄の方はともかく、真祖の方はどうされるのですか?」

また最近活発になっていると聞く。



「ふん、あいつめ、邪法に手を染めよって。わが兄弟子と同じ末路になるとわからんのかの。しかし、ゾンマー家が肩入れしている以上、うかつにはわしも動けん。それに、並大抵の実力では真祖と渡りきれんわ。おぬしでも一人では無理じゃの」

忌々しげにデルバー先生は答えていた。


「私も一人ではいやですよ……」

しかし大勢では表ざたになる。

そうなると貴族社会はとても窮屈だった。


「冒険者とかを用いますか?」

冗談半分に尋ねてみた。


「この国の冒険者どもは実力がなさすぎる。もっとも、ここの存在が、彼らの成長を妨げているのかもしれんがの。まあ、ましなのはベルンの者たちぐらいかの」


そう言って冒険者を使う案は却下された。


「バーンにシエルですね。そう言えば、シエルはなにやら覚醒したと聞きましたが?」

自領の工芸品の上得意先でもある女性を思い浮かべた。


「ああ、あいつはの、生まれが特異じゃからの……。前はあ奴も無理やりにでもここに入れておけばと後悔したもんじゃが……。近頃はあの変わり者エルフが指導しておるので、結果的には、あ奴は幸せ者じゃよ」

あの変わり者エルフか……。


街道の魔獣退治に一役買ったらしいが、いつの間にそんな積極的になったのだろう。

しかし、その指導を受けているとなると、シエルはとんでもない実力者になるだろうな。

あの子はそれを望んでないかもしれないが……。

いや、あの子自身もそれを望んだということなのだろうか?

一体何がそうさせたのだろう……。


「それは、期待ですね」

いずれにせよ、シエルの成長を楽しみだ。


「ともかく、今は手出しできん。そういうことじゃ。英雄のことといい、わしはすべて後手に回っておる。今は辛抱じゃ」

デルバー先生は不満そうだったが、態度は余裕だった。


何がそうさせるのか、じかに会って私も分かった。


デルバー先生の視界の先に希望がある。

だから私もそこに託すことにした。

コメット師も同じ結論に達しているだろう。


みんな君に期待しているよ。ヘリオス。


その姿を思い起こす。

今は無邪気に魔道具の本にかじりついているだろう。


将来がそう悲観したものではないな。

素直にそう思えていた。


ヘリオス君の知らないところでヘリオス君に期待が集まっています。頑張れヘリオス君。そうとも知らないヘリオス君は魔道具作成に意欲を燃やしていました。そのころ、月野君はすでにBBQ上級インストラクターになっていました。(書いてませんが……)

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