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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
アカデミー入学
30/161

異変

ヘリオス君の周りで何かが起こり始めました。アカデミーでの生活も軌道に乗り始めたとき、ヘリオスに新たな出会いがやってきました。

「それで、手筈は整っているのか?」

小柄な男が疑り深く、聞いていた。


「ああ、間違いない。彼はここ数日ですっかり気を許している」

細身の男が自信たっぷりに返答した。


「あとは、あの女を使ってだな。仕上げまでもう少しだな」

小柄な男はうれしくてたまらないという表情で話していた。


「そうだね、彼女の隣には僕こそふさわしい。分不相応な彼には退場してもらいましょう」

そう言って細身の男は品のない笑みを浮かべていた。


「まもなく、まもなく……ああ。ユノ。僕のユノ」

自らの妄想に入った細身の男を見て、小柄な男は下品な笑みを浮かべていた。



***



「ヘリオス様、これなどいかがでしょうか?」

コネリーは俺にスズランのブローチを見せていた。


それは小さな白い花が六つ少し湾曲した茎に咲いたものだった。

これまでいろいろと俺に提示したものの、どれもパッとしなかった。

仕方なしに、他のものを見せてくれるように頼んでいた。

これで十個目だった。

自分で言うのもなんだが、嫌な客だろう。

それでもコネリーはそういう態度を見せずに、熱心に選んでくれていた。

本当に、かわいい弟ができた気分だった。


「かわいい花だね」

一目見て、そのブローチが気にいった。

コネリーの顔は高揚感でみちてきた。

お互いが満足した瞬間。

買い物の醍醐味だと思った。


「あら、コネリー。ヘリオス様だとしっかりと応対できるじゃない」

他の接客をしていたアネットが、コネリーの接客を見に俺のもとにやってきた。


「お姉ちゃん、ひやかさないでよ。僕、これでも頑張ってるんだから」

コネリーはアネットに一生懸命に抗議していた。


本当に仲のいい姉弟だ。

ヘリオスとヴィーヌスももう少しお互いに歩み寄れたら、もっと違う関係になっただろう。

その姿を見つめながら、そう考えていた。

そして、もう一人。

俺の中で気になる人物。

自然とそのことを考えていた。


「へー、じゃあコネリーにお姉ちゃんから援護射撃を贈ってあげるわ」

そう言って、アネットは俺の持っているブローチを見る。


「ヘリオス様、どなたかにプレゼントですか?」

アネットは少し意地悪く俺を見つめた。


「うん、まあ。渡せるかどうかわからないけどね。今度妹がこの学士院アカデミーに入学することが決まったようなので、そのお祝いにね」

ここに来た理由。

メルクーアからの手紙に、ルナの入学が決まったことが記されていた。

俺は、居てもたってもいられなかった。

そんな思いが通じたのか、俺は再びこの世界にやってくることができた。


アネットは少し変にも思ったのかもしれないが、特に話しかけては来なかった。

ちゃんと商売人として空気をよむことができるようだ。


「へー、じゃあその方が来られた時にはぜひ紹介してくださいね」

アネットは俺に迫りながらお願いしていた。


一体どこで覚えたんだか……。


「ああ、もちろんだよ。ただ、私と違って妹の方はいろいろと身支度してから来ると思うから、あまり買い物はないかもだね。でも、ここは紹介するよ。たぶん、私は一緒には来れないだろうから、よろしくね」

何もできない自分が悲しかった。

たぶんルナの周りには誰かが付いてくる。

そうなると、俺がかかわるわけにはいかない。


アイオロスなら、まだ話はできそうだが……。

そうそううまくはいかないだろう。

俺は、そういう偶然に期待しないようにしている。


アネットはそんな俺を元気づけようとしたのだろう。

話題をそのブローチに移していた。


「ヘリオス様、そのブローチの花、何かご存知ですか?」

アネットはその知識も披露したいのだろう。

そしてコネリーにも姉のすごいところを見せたいのだろう。

そう理解して、アネットの話題に乗ることにした。


「いや、あまり詳しくは知らないよ。スズランという花はわかるんだけど」

一般的な知識のみをこたえて、アネットの出方を待つことにした。


さて、何が出るか楽しみだ。


「ヘリオス様、よくご存知ですね。男の人ってあまり花の名前まではご存じでないのに」

アネットは芝居がかった言い方で、俺をほめていた。


ああ、なるほど。

アネットの接客に乗せられることにした。


「そうかな、まあそれ以上はわからないよ?何かあるのかい」

商売の基本は客にいい思いをさせることだ。

ここは客である俺の知識をほめるところだろう。

ちらりとコネリーをみると、真剣に姉をみていた。


がんばれ、コネリー。

心の中で応援した。


「それでですね。この花にはこの国に伝わる花言葉というものがあるんですよ」

アネットは意味ありげに、俺を見つめる。

そういうことは全く知らなかったので、素直に驚いていた。


そう言えば、元の世界でも聞いたことがある。

花にはそれに合わせた意味があり、それを乗せて送る場合や、もらう方が花言葉に詳しければ、あえてそれを伏せて意味あるものとして贈るのだと。


こっちの世界でも同じようなことがあるのだと、軽い感動を覚えた。


「どうだろう、妹はそういう知識があるかどうかわからないな……」

そういう話をしたことがない。

正直、ルナの好みとかわからない。

それが分からないから、いろいろ見せてもらっていた。

正直に言っても仕方がないので、適当にお茶を濁すことにした。

俺たちの関係は、特殊だ……。


「そうですか、でもまあ普通は花を贈る時のものですからね。こういうブローチに花言葉は選びませんよ」

なるほど、それもそうか。

ではなぜそういうことを言うのだろう?

最後までアネットの話に乗らなければわからないな……。


「けれどまれに、そういう意味を込めて贈られる方がいますので、ヘリオス様も知っておいて損はないかと思いますよ」

そんなに深い意味は無いようだ。

代用として贈ることも可能だということか。

それなら、ちょうどいい。

花であれば、ルナに知識があれば伝わりやすいが、意味によっては重たくなってしまうかもしれない。

こういう贈り物は、それとなくがいい。

少なくとも、俺はそういうのが好きだった。


「そのブローチに使われている花はスズランで、その花言葉は――再び幸せが訪れる――です。ちなみに5月の誕生花でもありますよ」

それを聞いた瞬間、俺の目から涙が伝い落ちていた。

あふれ出す涙は、とどまることを知らなかった。


何だろう……。

とまらない……。

ぬぐっても、ぬぐっても涙はあふれ出していた。

これは仕方がない。

その花言葉を胸に抱きながら、涙の好きにさせていた。




「え!?ちょ、ヘリオス様!?」

そんな俺を見たアネットは、あきらかに動揺していた。

コネリー以外で、男がなく姿を見たことがないのかもしれない。

単に俺が泣いたことに動揺したのかもしれない。

いずれにせよ、申し訳なかった。


「ああ、ごめんね。ちょっとびっくりしたから……」

その花言葉を想うと、胸の奥が締め付けられるようだった。

心の奥で押さえている気持が反応したのかもしれなかった。


「たぶんその花言葉は、僕の望みだよ」

そうつぶやいて、俺はルナのことを考える。


今も、けなげに頑張っている小さな姿。

再び明るい笑顔を見せることができる。

その日が来ることを切に願う。


「これ、もらうよ。いくらだい?」

そう言って、コネリーに価格を聞いていた。


「え?ああ、えっと……。銀貨20枚です。」

連続で起こった驚くことに、最初コネリーは戸惑っていた。

そっとアネットがコネリーの肩に手を置く。

それで落ち着いたのだろう。

やっとのことで俺に告げることができた。


「ヘリオス様、それ……」

アネットはさっきのことを聞いてよいのかどうなのか迷いながら声をかけたようだった。


「ああ、これはね。妹に贈るよ。受け取ってくれるかわからないけど、少なくとも私はこの花言葉を、そのままルナに贈りたいんだ」

素直に、俺は心の内をさらけ出していた。


「ルナさんですね。覚えておきます。その想いが届きますように」

アネットが祈りのように告げると、そのまま俺の手を握ってきた。

コネリーもなぜか、そうしている。


あたたかい。

これが、人の優しさなんだ。


ルナ、ヘリオス。

この世界にはたくさんの優しさがあふれている。

そのことを君たちに伝えたい。


そう思いながら、手を握る二人に、笑顔で答えていた。


しかし、いつまでも俺の手を握っている二人に、俺は少し心配になっていた。


「アネットが気に病むことではないよ。妹がここに来た時に、精一杯いいものを選んでくれたらいいよ」

あまり過剰に心配されると、ヘリオスが来た時に不思議がるだろう。

この話題はこれで終わらせることにした。


ハンナがそんな俺の意志を感じたのか、軽く声をかけて、別の話題を提供していた。


アネットが黙って手を離す。

コネリーだけは、状況の変化に追い付いていなかった。


「ヘリオス様。最近王都で少女誘拐があると聞きます。間違えられるかもしれませんので、お気をつけて」

ハンナの言に救われた。

しかし、もっとましな話題があるんじゃないかな?

よりにもよって、そのネタだ。


「わかりました」

短くそういうと、何となくアネットを見ていた。

その顔は、まだ何やら思案しているようだった。


「私よりもアネットの方が心配ですね」

笑顔でそう言って、店を後にしていた。


時間はまだあるが、これ以上心配をかけるわけにもいかなかった。



***



「もうすぐ、やつがやってくる。手筈通り頼んだぞ」

細身の男が用心深く念を押していた。


「ああ、大丈夫だ。問題ない」

大柄な男が自信たっぷりに返答した。


「なあ、あんた。本当に痛めつけるだけでいいんだな?こんな大金、本当にいいんだな?」

大柄な男は大人数で一人の男を痛めつけるだけでこんな金をもらえるのが不思議なようだった。


「そいつの見た目に騙されるなよ。そしてくれぐれも私のことは表に出すな」

そう言って細身の男は再び念を押していた。


「ああ、わかったよ。」

大柄な男は金を受け取りながら、簡単な仕事に満足したようだった。



***



「やあ、ヘリオス。調子はどうだい?」

家に帰る途中、めずらしく後ろから声をかけられて、声の主を確認すべく振り返った。


「ああ、シンサタ。まあ、いつも通りさ。君の方はどうだい?」

ヘリオスは国立魔導図書館の一室でたまに見かけていた男に声を掛けられていた。

彼の名はシンサタという貴族だった。


あの場所で出会うということは彼も上位パーティの一員なので、それなりに魔法が使えていた。

ヘリオスとは魔法という共通な話題があって、いつしかヘリオスは気軽に話せる人として認識していた。


「そうだね。まあまあかな。それよりも今度王都にできた魔道具屋に行こうと思うんだけど、よければ君もどうかな?」

シンサタは人のよさそうな笑みでヘリオスを買い物に誘ってきた。


「私は買うものがないと思うけど……見るだけなら」

ヘリオスは少し迷ったが、結局いくことにした。

ここ数日のかかわりで、ヘリオスはすっかりこの男に気を許していた。

そして、おそらく学士院アカデミーの生活で、パーティメンバー以外でできた初めての同期の知り合いであったので、ヘリオスはその誘いを断りきれなかったのだろう。

最近のヘリオスは、ぎこちないながらも、社交性を身につけつつあった。


「そうか、じゃあさっそく行こうか」

シンサタはヘリオスの隣まで進むと、そう言って目指す場所に向かっていた。

ヘリオスはその横で、シンサタと話しながら歩いていた。


ハンナの店の前を通り過ぎる時、なぜかシンサタはヘリオスを先に行かせて、自分はあとから進んでいた。

ヘリオスはハンナの店の前で店番をしていたコネリーに手をふって挨拶をした。


前日の雨で、まだ通りは濡れて、いたるところに水たまりがあった。

ヘリオスはそれをよけながら歩いて行く。

体術訓練の成果で、ヘリオスは身軽に体を動かせている。



その後中央通を横切り、ちょうど学士院アカデミーとは反対の位置にある場所に差し掛かったころ、シンサタはヘリオスに店の場所を告げていた。

その場所はいわゆるスラム街にあった。


「ヘリオス、大変申し訳ないが、わたしは手持ちの金が少ないことに今気が付いたよ。ここからまっすぐ行ったところにその店はあるから、先に行っててくれないか。君をこんなところで待たすのは忍びないし、その方がゆっくり見れるだろう?」

シンサタはそれだけ告げると、ヘリオスの返事を待たずに元来た道を走って行った。



***



「しかし、スラム街というのはどこでも発生するんだな……」

そこで待ち続けるのも時間の無駄だ。

気乗りはしないが、言われるとおりに行ってみることにした。


毎日デルバー学長の魔道具と暮らしている私としては、店の魔道具にあまり期待はしていなかった。

正直に言うと、興味もなかった。


デルバー学長はそれこそ山のように魔導具を収集しており、高度なものから、日常品までありとあらゆるものがあったからだ。

その中の一部は学長や、学長の弟子が開発したものでもあったので、一般流通もしていないレアなものまであった。


それらの一部はすでに私が譲り受けており、一般的な魔術師よりも魔道具を持っていると思っている。

今日来たのも、シンサタとの付き合いのためだ。

肝心のシンサタがいないのでは、行く意味もないが、戻ってくるなら行くしかなかった。


しばらく歩いていくと、少し開けた場所になっていて、そこに人だかりができていた。

あまりいい感じはしないが、進行方向だから仕方がなかった。


近づく私の目の前で、それは突如開けた。

「なんだろう」


人だかりの中から女が一人私の方に向かって走ってきた。

女は私を見つけると、必死の形相で助けを求めた。


「おねがいします。助けてください」

すがるような瞳で、私の足元に跪いていた。


何がなんだかさっぱりわからない。

しかし、何かに巻き込まれつつあるのは明らかだった。

冷静にその女と、後ろから迫る集団を観察した。


「よー兄ちゃん。あんた、その女をかばうってのかい?」

あまり頭のよさそうでない話し方だった。

どちらかというと、セリフを話しているように感じる。


しかし、本当に面倒なことだ。

全く見ず知らずの人に助けを求められた。

こんなことは一度もない。

どうすればいいのかわからない。


ヴィーヌス姉さま、教えてください……。

私の頭の中で、ヴィーヌス姉さまの言葉がよみがえっていた。


そうだ、紳士たるもの、助けを求める女性を放置してはいけない。


しかし、本当に人付き合いは難しい……。


とりあえず、自分がどのような立場に置かれつつあるのか確かめるため、話に合わせてみることにした。

何かひどく引っかかる……。


「いえ、それは状況によるとは思いますが、集団で女性をどうにかしようとすることだけは阻止したいと思います。なにか悪いことがあるのであれば、法をもとに判断します」

それだけ言うと、事情を話すように女にはなしかけた。


不思議と男たちは、それを見守っていた。


「では、あなたはなぜこの人たちにおわれているのですか?」

できるだけ優しい口調で話しかけた。


女の目をまっすぐに見て、話しをまった。

しかし、女は少し口ごもり、目をそむけた。

それじゃあ、話しならない……。

困った……。


その様子を見ていた男たちが、笑いながら、私に向かって理由をはなしてきた。

親切なのかどうかわからないが、何かが変だった。


「そいつはよ、商売女でな。それだけならいいんだが、ちょいと手癖が悪くてよ。客の懐からちょろまかすことが多いんだよ。それも多少なら目をつぶってもいいが、そいつみたいに多くなると、ここいらの風紀がみだれるってもんよ」


中心にいた男がそう告げてきた。

おそらくこの集団のまとめ役か何かなのだろう。

この男に対して交渉をするべきなんだろうな……。


「なるほどです。では、あなたがわるいですね」

女に向かってそう告げていた。


女もそれを受け入れたようにうつむいた。


話の流れが男たちの意図しないところに向かったのか、周囲がざわつき始めた。


「しかし、集団で個人をいたぶるという行為は、ゆるすことができませんね」

そう言って周囲を威圧した。

メレナ先輩直伝の威圧だ。これはかなり効くらしい。


メレナ先輩の言葉通り、数人がたじろいでいた。

ありがとうございます。先輩。

心の中で感謝した。


「さあ、あなたから、もうこのようなことをしないとこの人たちに宣言しなさい。私も一緒に謝りますから」

女に向かっても、有無を言わさぬ口調で命令した。

以外にも女は男たちに向かって、謝罪し、反省して繰り返さないと誓っていた。


「さあ、あなたたちも、どうかこの人を許してあげてください。この人を痛めつくしても、あなたたちにとってもよいことではないと思いますが、どうですか?」

しっかりと頭を下げて、この人を許してくれるようにお願いした。


話しに聞く、商売。

それは必ずと言っていいほどこういう男が後ろにいると聞いている。


そして、女の稼ぎの上前を、この男たちがとるのだ。

だから過剰な暴力はしない。

傷つけて、客が減るのを恐れたのだろう。

服は汚れているが、女の顔には傷がなかった。


「…………」

男たちは予想外の出来事にあっけにとられていた。


しかし、先ほどの男が、もう一歩、私の前にでると、自然と周りの人たちも落ち着いてきたようだった。


「いや、兄ちゃん。それでは世の中、納得しないんだよ。そんなことで済ましてしまったんじゃ、ここいらの風紀がおかしくなっちまう」

男は凄んできた。

それはある程度、修羅場をくぐった証だった。


しかし、師範の威圧にさらされていたことに比べたら、そよ風程度にしか感じなかった。


以前の私ならば、男たちに囲まれている時点で精神の均衡を崩していただろう。

しかし、師範たちとの鍛錬が、私に自信と余裕を与えていた。


「では、あなた方はどうしたいのですか?この人をいためつければ、風紀が満足されるのですか?」

半ば挑戦的に男をみていた。


「そりゃ世の中、対価というものがあれば、別の手段を考えなくもない。しかし、そう言ったものがない以上、見せしめとかないと、風紀もみだれるんだよ!」

男は下品な笑みを浮かべていた。


「わたしも、この人に対して、集団で暴力を働くのはやはり認められない。あなた方は、この人を見せしめにしておかないと風紀が乱れる。ということであってますか?」

話を要約した。

確認のためだ。


「まっ、そういうこったな」

男は素直に頷いていた。


「そして、対価ともいえることがあれば、そちらを考えてもよいと?」

対価というあいまいな言葉を持ち出して言ってみた。


「ちげえねー」

男は了承した。


「しかし、あいにく私には持ち合わせはありませんし、それをするほどこの人と知り合いでもありません」

私の言葉はそれまでの話の流れを全く覆すものだった。


少しあっけにとられる男たち。

何かを期待していたのかもしれなかった。


「で、どうでしょう。わたしはこの人に対する暴行を見過ごせませんが、かわりに私を攻撃するという対価を払いましょう。しかし、わたしもよけたり、さけたりしますけれど、わたしからは手を出しません。これでいかがですか?」

暴行の対象を自分にすることで対価としていた。


先ほどよりもあっけにとられる周囲の男たち。

しかしそれ以上に、その渦中の女が反応した。


「いけません。私のためにあなたが犠牲になることはありません」

芝居がかったその様子に、私は女に諭すように告げていた。


「お嬢さん、これまであなたは間違ったことをしてました。それにはいろいろな事情があったのでしょう。しかし、それは先ほどあなたがその罪を見つめて謝罪しました。あなたはこれからそれを再び起こさないようにすることです。ここで知り合ったのは、何かの縁かもしれません。どうかお願いします。私は私が思うことをするのみです」

そう言って、女の頭に手を置き、優しくなでていた。

不思議とそうするのがいいと思えていた。


女は涙を流したその時、一人の少年と目があった。

周囲で見守る人だかりのなかで、まっすぐにその女だけを見ていた。


その少年はこの女の弟か何かもしれない。

そう思ったので、その少年を呼び寄せた。


「さあ、この人をつれていっておくれ」

少年にそう告げると、二人を背に男たちに向き直った。


「さあ、はじめましょうか!」

交渉ではないので、一方的に宣言していた。


事の成り行きの異常さに混乱していた男たちは行動できずにいた。


「何勝手にしきってやがる!ちくしょう!やっちまえ!」

主導権を握られたためか、わからない。

目論見が完全に潰えたためかわからない。

男は、もうこれしかやりようがないとばかりに周囲に命令していた。


その命令を受けて男たちは一斉に行動しだした。


それは統制のとれた動きではなく、私にとってよけるのに造作もなかった。

体内に魔力マナを絶えずめぐらす訓練により、私の身体能力は格段に向上していた。

周囲を取り囲まれても、一瞬でその間をぬけて、距離を取っていた。

無謀な攻撃がくりかえされて、男たちは肩で息をしていた。


「さあ、これまでですか?」

私はまだまだ余裕があることを男たちに見せつけていた。

徐々に攻撃の人数も減ってきたころ、男に向かって話しかけた。


「さあ、もうこの辺で終わりにして、ちゃんとした話し合いをしませんか?」

男はあっけにとられていた。


「わかった……」

男は戦意を喪失し、ヘリオスの提案に乗ることにした。

そして、周りにやめるように宣言すると、私の前に進み出た。


「なあ、あんた。おれ、あんたのこと……」

男が言い終わらないうちに驚愕の表情に変わった。

私が何事か訝しんでいるとき、私達の周囲に攻撃的な魔力マナの気配を感じた。



「くそ、間にあわない。」

私の肉体は強化されているので、多少の魔法になら耐えられる。

そして、この程度の魔力マナであれば常時展開している魔法障壁で何とかなるはずだ。

しかし、一般人には難しい。


私の魔力障壁を目の前の男と数人にむけて展開した。

もともと個人用。

残念ながら、効果範囲をこれ以上拡大している余裕はなかった。


「にげろ!」

短くそう叫ぶと、衝撃波を放って自分から無理やり引き離した。

多少痛いだろうが止むを得ない。


爆発の中心点はおそらく私の背中。

そこから離れれば、魔法の効果は及ばない。


その時私の背後を中心に魔法が完成していた。火球の魔法(ファイアーボール)が背中を焼く。

私の後ろ付近にいた人たちはその魔法の犠牲になった。


しかし、その人たちの心配をしている余裕は私にはなかった。


拘束の魔法(バインド)、昏睡の魔法コーマ眠りの魔法(スリープ)呪縛スペル麻痺パラライズそういったものが私の精神に降り注いでいた。

最初の火球の魔法(ファイアーボール)以外は、すべて私を無力化することを目的としたものだった。


いったいどれほどの魔術師が魔法を展開しているのだろう。

精神系魔法がどんどん、とんできた。

しかし、どの魔法も私なぜか抵抗レジストできていた。


その間に、目の前の男たちは逃げることに成功していた。

安心した私は不意にやってきた安息の魔法(リリーフ)に意表を突かれた。


「ここで、これがくるのか!?」

このようなときに使われるものではない魔法に少し動揺がはしった。

しかしなんとか抵抗レジストした。


その時、その魔法が襲い掛かってきた。


「これは、絶望の……」

そう言って私は、自らを絶望の中に沈みこませていた。



***


「見慣れない天井だ……」

ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡し愕然とした。

そこは留置所の中、しかも簡易寝台の上だった。


ここは……。これは……。ヘリオスか……。


背中が少し痛む。

ゆっくりと記憶を手繰って、何があったのかを確認すると、何となく状況が呑み込めてきた。

「ミヤ、聞こえる?ありがとね」

精神系魔法に対してかなり負担をかけたミヤにお礼を言った。


「ベリンダ、気づかれないように水の膜で守ってくれてありがとう」

火球の魔法(ファイアーボール)の被害を、誰にも気づかれずに守ってくれたベリンダにお礼を言った。


「シルフィード、いろんなところから飛んできた吹き矢とか、いろんなものから守ってくれてありがとう」

実際に魔法だけではなく、あらゆる手段で拘束されようとしていた。


それらのうち、飛び道具はすべてシルフィードが、その守りではじいてくれていた。

シルフィードに関してはヘリオスの周りで力を振ることができていた。

ヘリオスには風の精霊が付いていることは、すでに周知の事実だったからだ。



「そして、ミミル。ヘリオスの危機に、君が僕を呼んでくれたんだろう?ありがとね」

ミミルに危機を知らせてくれたこと、そしてその力を使って強制的に俺をヘリオスに呼び寄せたことに感謝していた。


「ヘリオス君!!」

「ヘリオス!!」

「ヘリオス!!」


三人は一斉に飛び出して、俺に抱きついていた。

人化していないので、人の目には見えないが、三人はとても喜んでいた。


「ミミル?」

ミミルがいないことが不思議だった。

いつもなら真っ先に顔の前に飛んでくる。

そして、自分のおかげだといわんばかりに自慢するはずだった。


そのミミルがいない。

妙な胸騒ぎがして、胸ポケットをみると、そこにはハムスターの姿を解除したミミルが、力を使い果たした姿で、横たわっていた。


「ミミル!!」

ここがどこであるかも忘れて、ミミルをポケットから出した。

俺の両手のなかで、ミミルは明滅を繰り返している。

その姿は今にも消えてしまいそうだった。


「なにかないか……。ヘリオスの知識、僕の知識……」

ここまでの知識で妖精に関しての文献もかなり読んでいた。

そして、ここにきて魔導図書館でもヘリオスはあらゆる知識をあつめていた。

それ以外にも。

何か見たはずだった。


「妖精……妖精……かんがえろ……ミミル。君を失うわけにはいかない!」

必死な俺の姿にただ見守ることしかできないシルフィードとミヤ。


そしてベリンダは……。


「ヘリオス、ちょっとわたしの方を向いてください」

ベリンダはそう言って、俺の肩に手を置いた。


その声の調子から、何か重要なこと伝えるのだとわかった。


ミミルを両手に載せたまま、じっとベリンダを見つめた。


次の瞬間、ベリンダはある情報。

それはある光景を俺の頭に送り込んだ。

そして、うつむくベリンダ。


「そうか!ありがとう、ベリンダ」

俺はベリンダに感謝した。


その時にはシルフィードとミヤも自分がすべきことが分かっているようだった。

三人は手を取って、輪になった。

そして自分たちの存在をつかって、疑似的な妖精界を作成していた。


「ありがとう」

俺は全員に感謝して、そこにミミルと共に俺の両手を入れた。

そして俺の魂の一部を送り、ミミルと疑似的な妖精界を一体化させた。


弱かった光が、やがて、強い輝きにあふれ、その存在を大きくしていった。


「ふぁーあ。よくねた。あっおはようヘリオス。どう?ミミル的にうまくやったでしょ?」

ミミルはそう言って、すぐに俺の頭の上に移動した。

いかにもミミルらしいが、今は違う感じがした。


「えへ。ミミちゃん。泣いてることはヘリオス君にはだまっててあげるね」

シルフィードは半分べそをかきながら、そう告げていた。


すべてばらしたシルフィードだった。

ミミルの抗議に、ベリンダの叱責、シルフィードの笑い声とミヤの泣き声が一体と化して、あたりは騒然となっていた。


「あははは!」

心から笑えた。

こんなに笑ったのは久しぶりだった。


俺の突然の笑い声に、四人は何事かと見つめていた。


「いや、うれしかったんだ。ただいま」

これで帰ってきたとやっと実感できていた。


「おかえり。ヘリオス君」

「おかえり」

「おかえりなさい」

「ミミル的にもおかえりかな」

四人が一斉に抱きついてきた。


ああ、本当に帰ってきた。

俺はそう思っていた。

和やかな雰囲気が俺たちを包む。

誰の顔も、泣いたあとの晴れやか笑顔だった。



「あーヘリオスや、感動を邪魔して悪いが、全部片付いたら顔だすようにの。おぬしの方じゃよ。今のヘリオスよ。わかっておろうの」

突然頭の中に声が聞こえた。


この声は……。


「一応教えておくが、わしにおぬしの常時展開型の攻勢防壁は役には立たんぞ。それは外部には有効じゃが、内部には効かんという欠点がある。わしがそれを改良したものを教えてやるからの。そして、おぬしの感覚器官を通してのことじゃ、わしはすべてわかっておるしの。じゃが今のそれはおぬしがなんとかせい。後はわしの方でも手助けはしてやるからの」

そう言って、声の主は楽しそうに笑っていた。


「デルバー先生、初めまして。ヘリオスです。ところでどうして?」

俺は動揺を隠して、理由を探る。


俺が出ている以上、攻勢防壁は常時展開されている。

そして、ヘリオスもまた、無意識下で展開できるようにしてある。

それを突き抜け来るのは、不可能だ。


「ふむ、おぬしはなかなか……。まあ、教えておこうか。ヘリオスにあげた指輪じゃよ。あれはわしの目となるものでの。それもおぬしの目と同じで、ヘリオスを通してみることができるんじゃ。すごいじゃろ。だからおぬしの攻勢防壁も役には立たんのじゃよ」

デルバー先生はさらりと重要なことを言っていた。


相変わらずだ。

俺はそう思っていた。


「じゃあ、この件もこの後の展開も、すべてわかったうえで何とかして見せろと?」

まとめてそう話した。


「ふむ。やはりおぬしはちがうの。そうじゃ、おぬしを悪いようにはせぬよ。十分にやってみせい。わしのかわいいもう一人のヘリオスよ」

なんだかわからないが、デルバー先生はすべてを知ったうえで、俺が行動することに意味があると言っているようだった。

そしてその結果として待ち受けることは先生が責任を持って対応してくれる。


何と頼りになる人だろうか。


「デルバー先生。では、これは必ず解決して見せます。ですから必ず指導してくださいね。お願いしますよ」

俺はそう言って念を押す。


「おぬしもしつこいの。ヘリオスもおぬしもわしのかわいい孫弟子じゃ。今は見なかったことにしてやるから、やれることをやってみい。どのみち今回は長居できんぞ?そこの妖精に無理をさせるでない。早々に片づけて、顔見せにこいよ」

デルバー先生はそう言って会話を終わらせた。


先生は思念で話している以上、俺は、口に出す必要はなかったが、みんなに状況を理解してもらうために、あえて話していた。


大きな味方ができた。

そのことを精霊たちに告げていた。

これで、ヘリオスに制限かけていたものは何もない。

隠匿はするとしても、力は行使する。


「まず状況を整理だな」

精霊たちにヘリオスの意識が落ちてからのことを確認していた。


どうやら、魔法をつかっていたのは、王都の鎮圧部隊のようだった。

火球の魔法(ファイアーボール)を使ったのはおおよそ見当がついていたが、単独とは考えにくかった。

なんとなく予想はできるが証拠はない。

今回も、そっちは尻尾見せないだろう。

規模的にも、シンサタ単独ではないはずだ。

鎮圧部隊の出動から展開までの時間を考えるとシナリオも見えてきた。


「タレこみがあったんですって」

ベリンダが鎮圧部隊の会話を聞いていた。

どうやらタレこみ情報で待機していたのが、目撃情報に切り替わり出動した。

しかし、タレこみでは複数犯ということだが、現場には1人しか容疑者がおらず、目下その情報源や目撃者を捜索中とのことだった。

道理で手際が良く、複数の精神魔法が飛んできたわけだ。


「しかし、ミヤよくあれだけの精神攻撃を防げたね」

俺は感心していた。

ヘリオスの力もあるが、ミヤが体を張って、それらを防いでいた。


「温・泉・効・果」

そう言ってミヤは色っぽく耳元でささやいた。

そう言えば、ベリンダも、シルフィードもなんだか成長しているように感じた。


「それってこの首飾りの影響?」

俺はよくこれが没収されてなかったと安心していた。


「そうとも言えませんが、そうとも言います」

ベリンダがあいまいなことを言ってきた。

意味が分からない。

俺の表情に気が付くと、ベリンダは咳払いして、言い直してきた。


「その首飾りのおかげで、存在力が回復するのですが、上昇はしません。むしろ、あなたの存在がヘリオスの中で増えたことによるものと思います」

ベリンダはそう言ってちゃんと言えたぞという顔をしていた。


「つまりは、僕がヘリオスの中にのこっているってことだよね、それ。ああ、なるほどね。納得したよ。今回ミミルの中にも僕は僕を残しているから、帰ったらどうなっちゃうんだろうね……」

俺は急に元の世界で自分は生きているのか不安になった。


「大丈夫だよ。だからミミルが加護を残しておいたから」

復活したミミルが胸を張ってそう答えた。


「なるほどー……。って、それ、意味なくない?」

つまりは、ミミルは月野の体の維持に力を使った。

その結果、自分の存在力が明らかに減ってしまった。


それを俺たちの存在力と俺の魂で補った。



「だいじょうぶ!」

なんだかわからないが、現にこうしているのだから良しとするか。


今はこっちの問題を片づけることに専念しよう。

デルバー先生も短期間で行えということだったし、帰ってからのことは帰ってから考えよう。


「よし、まずは状況整理再開」

最初から状況を整理していった。


まず、主犯。これはシンサタでまちがいない。

ヘリオスが心許しただけにこいつの存在は許せない。


スラムの男たち。

これはシンサタに利用されたとみていいだろう。

女もそうだろう。

内容は事実のようなので、これが成功すれば無罪という交換条件か何かかだろう。

少年との関係は不明だが、こちらは大して関係ないことと思われる。


おそらくはヘリオスがこの男たちと戦闘してそれを鎮圧部隊に鎮圧させて、ヘリオスに不名誉を押し付ける算段だろう。


あわよくばヘリオスを殺害しても構わなかったはずだ。

誤算はヘリオスの体術が思いのほかよかったことで戦闘行為にはならなかったことだろう。


そして火球の魔法(ファイアーボール)は奴の仕業だ。

周りの犠牲者がヘリオスのせいということで片づけるつもりだったのだろうが、残念ながらすべてベリンダの仕事がよかったので軽症だ。


あの男もシンサタとはあっているはずだから、シンサタに報復するだろう。

そう思うと、実際ヘリオスとしてはどう動くべきか……。


「出方をすこしだけまつか……」

いずれにせよ、ヘリオスが拘留されたことはすでに広まっているだろう。

無実とわかっても、いったんついた不名誉はなかなか取れない。


ましてここは王都だ。拡散は尾ひれがついていく。

これでは実家にも話がいくだろう。


「最悪、勘当か?」

勘当となると貴族ではないので、ヘリオスは学士院アカデミーで学べなくなる。

そういうことを見越しての、デルバー先生の言葉に俺は救われた思いだった。


だから、デルバー先生の言葉通りに、ヘリオスがこの事態を解決しないといけなかったのだ。

しかし、別にヘリオスでなくてもよいはずだ。噂には噂で。

それに、噂は使いようによっては、いいこともある。


「不名誉は、事実ではないことを公にしなければね」

自分を陥れようとしたものに、それ相応の報いを与えるべく行動する。

それが基本路線でいいだろう。


「そのまえに、まずは、ここからだしてもらわないと……」

俺は看守をよんでみた。

ミミルはハムスターの姿になって俺の頭の上に。

そして精霊たちはそれぞれで取り決めたヘリオス部位にしがみついていた。

人化してないから見えない。

彼女たちのその顔はとても幸せそうだった。


看守とのやり取りの後、警備隊本部にて尋問が行われた。

ヘリオスはなぜあの場所にいたのか、そして何があったのかを事細かに説明していた。

にわかに信じられない警備隊員だった。


まず、あの場所に魔道具屋は存在していないこと。

そして、あの近辺は最近再開発で近く一斉解体し整地する予定の場所だったらしい。

その区画を買い上げたのはウラドという商人らしかった。


その商人を後で調べよう。

どこかとつながりがあるだろう。

あわよくば黒幕とつながっているかもしれない。

まあ、それは後でもいい話だ。


そして、出動した際には複数の人間がいたが、ヘリオスが逃がしたということになっていた。


「それは事実です」

俺は自分の周りに攻撃的な魔力マナが満ちたこと、一般人では耐えれそうになかったことからその範囲から逃すために魔力防御を張ったうえで、衝撃波で弾き飛ばしたことを認めていた。

しかし、あの攻撃的な魔力マナ反応がなければ、そんなことはしなかったと付け加えた。


警備隊員とのやり取りは、やはり決定的に怪しいというものもなく、そして全く潔癖というわけでもないので扱いにこまる、という感じで進んでいた。

そこに一人の警備隊員がヘリオスに面会を求めてきていることを告げた。


もはや、あまり進展しないので、警備隊員は自分も同席することを条件に面会を認めていた。


面会人は少年だった。

十歳くらいの少年は最初俺に会うと、深々とお辞儀をしていた。

その顔に見覚えがあったが、あまりはっきりとはしなかった。


「ねえちゃんをたすけてくれてありがとう」

少年はそう言っていた。


「ああ、君はあの時の少年だね。僕はヘリオス。よければ君の名前を教えてくれないかい?」

自分の貴族名を名乗らずに、名前だけで挨拶をした。


「おいらはクラウスっていうんだ」

少年はヘリオスに自分の名前を告げていた。

その目はとても澄んだ目をしていた。


「ところで君、姉ちゃんを助けたってどういうことだ?」

警備隊員が横から口を出していた。

通常信じられない越権行為だが、そう聞かずにはいられなかったのだろう。

俺は何も言わないでおくことにした。


「警備隊はきらいだ」

クラウスはそもそも、警備隊の方は見ないように話していた。


「これはきらわれたな……。でも話した方がいいよ。この人の役に立つかもしれない」

それは誘導にならないかと思ったが、もう警備隊員に任せることにした。

おそらく自分の不利には働かない。

そういう確信があった。


少しの逡巡のあと、決意した感じのクラウスは、警備隊に自分の言いたいことを話し始めた。


「あいつらは姉ちゃんにひどいことしたんだ。姉ちゃんはおいら達のために仕方なくやってることだったんだ。でも、あいつらだってそれは知ってたはずなんだ。それを今更よってたかって、姉ちゃんをいじめるんだ。姉ちゃんは黙って見てるように言ってたけど、おいら黙ってられないよ。そんな時、この姉ちゃんがおいらの姉ちゃんを、あいつらから守ってくれたんだ。そして一緒に謝ってくれたんだ。そのあと、あいつらが何度もこの姉ちゃんに、殴りかかっていっても、この姉ちゃんには指一本触れられなかった。おいら感動したよ。ありがとう、姉ちゃん!」

少年は興奮した様子で、自分の気持ちを素直に告げていた。

俺は気の毒なので、訂正しないでおいた……。


それで面会は終了となった。

俺の証言と少年の目撃証言が一致してことにより、俺の勾留はとけていた。

俺は警備隊員にお礼を言うと、これからしなければならないことのために歩き出していた。


「シルフィード、ちょっと声を集めてもらってもいいかな?会いたい男がいるんだ。いや、声だけでいいか」

シルフィードにスラム街付近で話されている会話を拾ってもらった。


さあ、反撃と行こうじゃないか!


***



「だから、なんで俺たちまで巻き込まれなきゃならないんだよ!」

男はあれていた。

自分たちは依頼を果たしていただけだった。

途中変なことになったが、だからと言って、王都警備隊に捕まるなんて事態はおかしかった。

自分たちが王都警備隊に連行されたら、間違いなく追放になる。

そう思うと、あの程度の依頼額では割に合わない。

しかし、自分たちをはめた相手はどこのどいつかも分からない。


「ちくしょう、やっぱちゃんと裏取らないとだめだな……」

男は心底自分を呪っていた。


「兄貴、これからどうするんで……?」

小柄な男は心配そうに男を見つめていた。

その目はあれている男を心底心配しているようだった。


「やつを見つける。俺たちになめた真似した奴はそれなりの報いを受けてもらうさ」

そういって男はその手段を考えていた。


「じゃあ、僕もその計画に参加させてもらおうかな」

男は突如やってきた声に、驚いた。

しかし、周りには自分たちしかいなかった。


「だれだ!ででこい」

男は少しおびえたような感じだが、それを表に出さないよう必死に虚勢を張っていた。


「慌てなくていい、お前たちをはめたやつをお前たちの前につれてきてやるから、あとはお前たちの方法で好きにするがいいさ」

声だけの存在に自分の目的を見透かされて、男は必死にあたりを見渡した。

しかし、そこには誰もいなかった。


「先ほどお前たちが暴れた場所にいればわかる」

声の存在は、用事はそれだけだと言ってそれ以後は何事もなかったかのように静まり返っていた。

男は気味が悪かったが、自分の目的が果たせそうなことに満足そうだった。



***



「よし、いったな。ありがとうシルフィード、ベリンダ」

シルフィードとベリンダにお礼を言って、次の行動にうつる。


自分の仕掛けた罠に自分ではまる気分はどうだろうか?


意地悪い笑みを浮かべているのが分かる。

慎重に俺はアイツを探していた。


「あ、警備隊へ通報しとかないとな」

俺は、専用空間ポケットスペースから書簡セットを取出し、投書を作成した。


物質転送マテリヤルトランスファー

そうつぶやくと投書を警備隊へ転送した。

先ほどの隊員に対して宛てたので、おそらくは意味を理解するだろう。


「ベリンダ、一応警備隊の方を見ておいてね。出動しなければ、強制転送してみせるから」

それほど距離は離れていないから三十人くらいは余裕だった。

問題は一か所に集まってくれてなかったら、面倒だということだ。


ベリンダはすでに警備隊をいくつもの水球に映し出していた。


「なんかベリンダすごくなってるね。それ」

遠見の魔法がグレードアップしていることに驚いた。


「私もいろいろ成長してるんで」

ベリンダは得意そうにそういっていた。


精霊たちはそれぞれにその能力を伸ばしていた。

頼もしい姿に俺は自然と楽しくなってきた。


「よし、じゃあ主役に登場してもらおう。じゃあ十分に踊ってくれよ、三下!」

目的の人物が俺の設置した転移魔方陣に引っかかるのを見て、そうつぶやいていた。


「ヘリオス、シンサタ」

隣でしがみついているミヤが楽しそうに間違いを告げてきた。


「誘導ご苦労様、ミヤ。まあ、そっちのほうがあっているよ。彼」

間違いでないことを強調した。


「うん、納得」

ミヤは俺の腕に顔をうずめながら、自分の仕事はしっかりとしたといわんばかりに甘えてきた。

ミヤの頭をなでながら、最後の仕上げにかかりに行った。


「よし、シルフィード、彼の声を町中に響かせてね!」

俺はシルフィードに依頼した。


「任せて!ヘリオス君。終わったら私にもご褒美ね!」

そういってシルフィードは、俺に片目をつぶって笑顔で答えた。


「ベリンダ、君の遠見の魔法を水たまりに投射して。町中に映像を送るよ!」

ベリンダには映像を送るように頼む。


「わかりました。では、平等にお願いします」

ベリンダは暗に自分にもしろと言ってきた。


「ミミル的には、十分仕事したから今してもいいよ?」

ミミルは頭の上でそう主張してきた。


「ふふ、そうだね。ミミル。そこでのんびりしておいてね」

ミミルは十分やってくれている。

何より俺をここに連れてきた。


「みんなうまくいったら、なんでもゆうこと聞くから頑張ってね!」

仕上げをするため、よく見える場所まで瞬間移動テレポートしていた。





「なんだ?……ここは……スラム!!なぜここにいるんだ!」

シンサタは突如襲ってきた闇とその後の浮遊感に当初混乱していた。


しかし、自分がいる場所がスラム街であることはすぐに分かったようだった。

その顔は、何が起こったか全くわからないようだった。


それもそうだ。

王都の道から強制転移させたのだ。しかも、そのことをわからないように、ミヤに誘導させて。

意気揚々と買い物をしているその姿は、ヘリオスをはめたことを楽しんでいるかのようだった。

人の信頼を裏切った罪は、その身で償ってもらおう。


それも、人の手によって。


「よう、旦那。よくも俺たちをコケにしてくれたな!」

後ろから声をかけられて、シンサタはその声に驚いて振り向いていた。


「なぜ!?いや、ちょっとまて、何かの罠だこれは」

必死になって、自分の状況を相手に伝えるシンサタ。

しかし、男はそんなことは構わないと手下たちに周囲を囲ませていた。


「よくも俺たちをだましてくれたな、なにがちょっと痛めつけるだけだ?王都警備隊まで連れてきやがって、しかも俺たちに向かって魔法をぶっぱなしやがって!ここまでコケにされて、俺たちも黙っていられねーよ!」


男は怒り心頭だった。

当然と言えば当然だが、ここで引き下がったら、いわゆる風紀が乱れるのだろう。


さらに間合いを詰めて、シンサタを威嚇していた。


「ちょっとまて、確かに手違いはあったが、あいつを痛めつける話はお前たちもできてないだろう。依頼したことをできそうにないから、それを手助けしただけじゃないか!」

シンサタは何とか間合いを取って優位に立とうとする。

しかし、男たちもそれを許すことはしなかった。


「たしかにそうだ。けど、あのヘリオスってガキはお前が放った魔法から俺たちをかばってくれた。俺たちがケガもしてないのは、あのガキが身を挺して俺たちを守ってくれたからだ。俺は、もうお前の依頼なんてどうでもいいんだよ。気に入らないならこれは返すぜ」

そういって男は金の入った袋をシンサタに投げつけた。


「くっ、貴様ら、このシンサタ様を侮辱するとはいい度胸だ。幸いここはスラム。貴族の私がここで何しようが、手を回してもみ消してやる!それにここは、きれいに整地する約束だったしな!ちょうどいい」

そういってシンサタは自分の周囲に爆裂の魔法を展開しようとした。

無詠唱ではできないが、短縮はできるようだった。


「フハハハハ。思いしれ!」

そういってシンサタの周囲が爆発と熱風でおおわれるはずだった。

少なくともシンサタの頭の中では、起きていた。


「思い知れ!」

されに唱えるが、何も起こらない。


「思い知れ!」

躍起になって唱えるシンサタ。

しかし、何も起こらない。


「な?なんだと?」

シンサタの周りでごく小さな黒い球が六個回っていた。

シンサタの魔法は、発動と同時に、その黒い球に吸い込まれていた。


シンサタが詠唱しなくなると、それは瞬時に消えていた。


「けっ脅かしやがって、ろくに魔法も使えねーじゃねーか。あの時の魔法は道具か何かか?」

男は最初身の危険を感じたが、何事もなかったので急に強気になっていた。


「野郎どもかかれ!」

そういって男は手下に命令していた。

シンサタに対して、暴行が繰り広げられた。


「そこまでだ!」

ありとあらゆる無力化魔法により、男たちは取り押さえられていた。


「城下での危険な魔法発動を確認した。また、貴族に対しての暴行も確認した」

そういって警備隊員はすでに全身傷だらけになっているシンサタとスラムの男たちを連れて行った。





「ご苦労さん。みんな。ありがとね」

スラムを見下ろす建物の屋根に立っていた俺の周りに、精霊たちが集まってきた。

その一人一人の頭をなでて、その仕事に感謝していた。


「さて、これでヘリオスの汚名は晴らせたかな?黒幕まで届くといいが……」

二つの噂が存在する。

ヘリオスの汚名。

ヘリオスの汚名返上。

どちらを信じるかは、信じる人に任せるしかない。

それが、今回はあぶりだすことになる。



そういって俺は指輪をつかって転移していた。



***



「デルバー先生、はじめまして。このたびはいろいろとありがとうございました」

俺は部屋の主に頭を下げた。


そして、シルフィード、ベリンダ、ミヤに人化してもらい、ミミルは妖精の姿になってもらった。


「ほほう、そこ子たちがお前さんの彼女か。よいよい。わしが、交際を認めるぞい」

デルバー先生はいきなりわけのわからないことを言ってきた。

精霊たちはいっせいに沸き立つ。

その一言で、精霊たちを味方につけていた。


「先生、ところで、僕に何の用ですか?」

深く突っ込まないようにして、用件を済まそうとした。

ミミルにこれ以上負担は強いることができない以上、できることはしておきたかった。


「なんじゃ、おぬしもせっかちよの。まあ、もとはひとつ、しかたないかの……。いやの、単純に会っときたかったんじゃよ。精霊女王も思い切ったことをしたもんじゃわい」


そういうデルバー先生の言葉に、ミミルとベリンダが固まった。


「んー。そこの風の精霊と闇の精霊はしらんのだな。まあよい。時期が来ればわかることじゃしの。おぬしらもヘリオスを一緒にいたいじゃろ。なら、待つがい良い」

デルバー先生は意味深長な物言いをしていた。


「デルバー先生、あのようにさせてもらいましたが、いかがでしたか?」

今は何を聞いても答えないだろう。

今は、この状況を俺がしなければならないことをすることが先決だった。



「まあ、よいじゃろうて。70点はやろう。線引きのことはうまく伝えてやる」

そういって先生は採点をつけていた。

俺のやろうとしたことは、すべてお見通しのようだった。


減点の理由はあまりに不特定多数の人間にあのような現象を見せていたことによるものだった。

ヘリオスの不名誉をはらすのであれば、学内と警備隊だけにしておくべきだったと先生は言っていた。

ただ、その効果は認めてくれたので、俺としては十分だった。


「過剰な力は、過剰な反応を呼ぶ。そして、獲物は追い詰めすぎると思わぬ反撃をしてくる。要は、やりすぎはいかんということじゃよ」

実は、少しやりすぎた感は俺にもあった。

しかし、久しぶりに精霊たちと力を使うことに酔いしれていたのも事実だった。


「調子に乗ってしまいました。面目次第もございません。肝に銘じます」

再び力尽きたかのように、ミミルが俺の手に収まるのを見て、素直にその言葉を受け入れていた。


今回は本当にミミルに無理をさせすぎた。

これまでのように、何かの力が働いたのではない場合は注意しよう。

何の力かはわからないが、ヘリオスの感情がカギだということはわかっている。

今回はそれが魔法的に起こされていたが、それを利用してミミルは俺を引っ張った。

その反動はやはり大きかった。

手の中のミミルを見て、俺はそう考えていた。


「ほっほっほ。おぬしもまだまだ学ぶことが多いの。また教えてやるので、今回はこれでかえっておれ、あとはわしが何とかしてやる。安心せい」

そういって先生は俺の手に横たわるミミルを見て、俺にでこピンを仕掛けてきた。


「ありがとうございます。あとはお願いします。シルフィード、ミヤ、ベリンダそしてミミル。ありがとうね。また会えるのを楽しみにしているよ」


俺は笑顔で三人の頭を優しくなでて、ミミルにそっと手を当てた。


俺の存在力をミミルに送り、俺は立っていられなくなった。

そしてそのまま倒れた。

体の自由は聞かなくなったが、まだ意識はそこにあった。


人化した三人に受け止められて、俺はソファーに横たえられていた。

三人はミミルのことをデルバー先生にお願いしすると、自分たちも首飾りに戻っていった。


何かが俺を引き寄せる感覚が襲ってきた。

以前と同じ感覚に、俺は帰るのだと認識した。


その力に身を任せる。

ゆっくりとフェードアウトしていく俺の視界。

最後はデルバー先生の姿だった。


「さて、後始末にかかるかの」

先生はミミルをヘリオスの横に寝せると、自分の専用空間セルフスペースから一通の手紙を取り出していた。


「今回はこれをつかわなくてすんだが、次はどうかわからんしの……。やはり手をうっとくか。幸い、もう耳には届いてることじゃろう。あの青二才も驚いてるじゃろうしな。ちょいといってこようかの」

そういって先生は手紙を専用空間セルフスペースにしまうと、瞬間移動テレポートを発動させていた。


無事月野君を呼び出すことに成功したミミルでしたが、安易に呼び出すことは難しいそうです。この異変でそれぞれの道が変わっていきます。

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