ヘリオスという名の少年(改)
改稿して2話目を3話にしました。
「ヘリオス!」
森を抜けたその場所で、少年を見つけた少女は走り出していた。
「……ごめんなさい。ヴィーヌス姉さま」
ヴィーヌスが何を言いたいのか分かっていたのだろう。
自らも駆け出し、頭を下げていた。
「……。わかっているならそうして頂戴。この森は危険な森なの。貴方の年齢では帰ってこられないかもしれない」
ヴィーヌスがヘリオスを抱きしめる。
「ごめんなさい、守ってあげられなくて……」
抱きしめるその腕に力がこもっていた。
「いいえ、お姉さま。こうして心配していただけるだけで、私は満足です……」
ヘリオスはこの姉をとても大事に思っている。
姉もそう見える。
しかし、ヘリオスの顔は心の底から安らいではいないようだった。
ヘリオスの表情は安心と恐怖が同居しているように見えた。
不意に、それまで鮮明だった視界がかすんできた。
どんどんと、ヘリオスたちが遠ざかる。
闇の中をかいくぐり、俺の意識は何かに引かれていく……。
目覚めるんだ……。俺はそう思っていた。
***
目が覚めると、見慣れた天井がそこにあった。
まだ起きるには早い時間だ。
あの後どうなったのか、続きが気になって仕方がない。
しかし、あの姉弟には何か秘密がある。
ヘリオスを怯えさせるなにかがあるに違いない。
それが何かはわからないが、ヘリオスがヴィーヌスを警戒していないのはわかっている。なぜかはわからないが、それは自信を持って言えることだった。
そう言えば、あの後は屋敷で……。
再び襲ってきた睡魔に耐えられるはずもなく、再び俺の意識は夢の世界へと導かれていった。
***
仲良く手をつないで歩く二人の前に、農夫がやってくるのが見えた。
ふと、気になってヘリオスの方を意識すると、やはり下を向いて歩いていた。
ヘリオスは、人に顔を向けたがらない。
はっきりとした気持ちはわからないが、自信がないからだと思っていた。
それはヴィーヌスも同じなようで、優しくも厳しい言葉がヘリオスにとんでいた。
「ちゃんと前を向きなさい。かわいいその顔を沈ませてはいけません」
そう言ってヴィーヌスはヘリオスの頭に手を伸ばしていた。
優しくなでるように、ヘリオスの頭をたたいていた。
うっとりとした表情で、ヘリオスとその髪を眺めていた。
「ヴィーヌス姉さま、あまりその……」
ヘリオスはヴィーヌスの手から遠ざかるように、体を動かし、恥ずかしそうにうつむいた。
知らなければ、少女に見紛うその姿は、その仕草で一層それを際立たせる。
しかし、その態度ゆえにヴィーヌスにため息をつかせていた。
そして、改めて宣言するかのように、ヴィーヌスはヘリオスに告げていた。
「ヘリオス。私はあなたのその銀色の髪が好き。たとえお父様が何と言っても、私はその髪を誇っていいと思います。お義母様とは少し違う、そう、あなたのその白銀の髪は、私にとって羨ましくもあるのです」
ヘリオスは少し恥ずかしそうな気配を漂わせながらも、自らの意見を口にする。
「この髪を嫌いではありません。ただ、私はお母さまの子ではありますが、お父様の子ではないのかもしれません。もし、ヴィーヌス姉さまのように金色の髪だったら、ウラヌス兄様のようにしっかりとした体だったら、このように思うこともなかったのかもしれませんが……」
話している途中から、ヘリオスの顔に陰りが見えた。
立ち止まった二人の間に、沈黙が居座ろうとしたその時、無遠慮ともいえる声がその席を奪い去った。
「ヴィーヌス様、今日は坊ちゃんとお散歩ですか?」
道を開けて、待っている農夫が、そう尋ねてきた。
待っている間も、こちらの様子をうかがっているようだった。
「ええ、おじさま。少し遠くに出かけてしまいました」
ヴィーヌスの笑顔は、貴族にふさわしく、とても気品に満ち溢れていた。
「もうじき暗くなります。お気をつけてお帰りください。ヴィーヌス様に何かあったらと思うと、わしら生きた心地がしません」
農夫も笑みを浮かべていた。
「はい、ありがとうございます」
やはり、ヘリオスはすぐそばを会釈のみして通り過ぎる。
ヴィーヌスの肩が少し落ちていた。
しばらく二人は、無言で歩く。
「それで、今日はどうしたの?またウラヌス兄さまから?」
周りに誰もいないことを確かめて、ヴィーヌスがそうささやいていた。
言葉に気を付けているのか、周りから見ると独り言を言っているように見えた。
「しかし、そのわりには稽古の傷跡がないよね?服も汚れているだけだし」
ヘリオスを覗き見て小首をかしげる。
ヘリオスも自らの様子を訝しんでいるようだった。
「ウラヌス兄さまには稽古をつけていただいていましたが、今日はいつもよりも手加減してくださったのではないでしょうか?私にはわかりませんが……」
泉のことは一言も出さずに、ヘリオスはあいまいに答えていた。
「……」
ヴィーヌスは何かを唱えると、ヘリオスの体が一瞬だけひかった。
「本当にけがはないようね。回復の魔法を唱えたけど、それらしい感じもなかったわ。むしろ、すでに治っているような感じがするわ。ねえ、ヘリオス。回復の魔法を誰かにかけられましたか?」
不思議に思う少女の目の前に、自分たちの屋敷が見えてきた。
ヴィーヌスはため息をつくと、それ以上は追及しないようにしたようだった。
「回復の魔法はとてもすばらしいですね、どんなに怪我をしても治してしまう。そして、また怪我をしても、治してしまう」
ヘリオスの表情には、言葉とは異なり、怯えの色が混じっていた。
「ヘリオスもお義母さまから古代語魔法を学んでいるじゃない。今の年齢からはすばらしいことよ?それにいろいろ学んでいるのでしょ?」
何故かヴィーヌスは、ヘリオスの変化には気づいていなかった。
「そうなのですが、まだ発動にはいたってなくて……。お母さまもあきれているのではないかと思います。わたしはお母さまに失望されているのかもしれません」
ヘリオスの顔が、ますます暗く沈んでいく。
「いつか……。きっと大丈夫よ」
ヴィーヌスはそう言って優しくヘリオスを抱きしめた。
その腕に抱かれた少年は、体を固くしながらも、少し安堵の表情を浮かべていた。
「さあ、帰りましょう。みんな待っているから」
「あっ……。はい、お姉さま」
そう言って姉は先に屋敷に向かって歩き出していた。
引いてくれていた優しい手をうしなった少年は、その場に立ち尽くしていた。
なかなか歩き出さない少年を、風が優しく追い抜いていく。
後押しされるように歩き出した少年を、風が優しく包んでいた。
それはまるで風が少年を守っているようだった。
3つの話に分けました。