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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
アカデミー入学
28/161

つかの間の日常

パーティ戦後ヘリオスたちの周囲はいろいろ変化を見せながらも、それぞれで落ち着いていきます。そんな日常でヘリオスが見つけたものは・・・。

その後の彼らは三者三様。

特に周囲の影響が大きかった。


最初、講義や訓練などいろいろなことがあり、新入生全員がそれぞれ異なった変化をみせていた。

そして時間がたつにつれて、ここでの生活も安定しだしていた。

その過程で自然とできていく格付け。


それは家柄だけではなく、実力に対して払われる敬意。

そうしたものは、エーデルバイツというパーティが際立っていた。


その中でも一番変化のあったのはユノだった。

彼女の魔法はすでに上級クラスであったので、上級生からは課題――主に討伐系――のお誘いやらが舞い込んできていた。

そして同期からはさっそく半年後のパーティ編成のための顔つなぎや勧誘とさまざまであった。

中には、その美貌に言い寄る愚か者もいたが、それらすべてを彼女は体よく断っていた。


彼女の周りはいつも人であふれていた。


一度でも言葉を交わした人はその優雅に洗練された物腰や、人柄に触れ、自然ともう一度彼女の近くに集まることが多かった。


しかしそれは、彼女にとって王宮と同じものであり、窮屈なものでしかなかったが、それを表に出さない狡猾さがあった。



***


「しっかし、つかれるのよね……」

部屋の中で机に突っ伏してそう答えるユノは、いつものユノとはあきらかに別人だった。


だらしなく両手を前にし、机に顔をつけて文句を言う様は、とても優雅で気品のある姿ではない。


「フロイライン・ユノ。君もいろいろと大変だね。さあ、僕のこの紅茶でひと時の安らぎを楽しんでくれたまえ」

そう言ってカールはユノに紅茶を差し出していた。


その上品な香りを十分に楽しむために、ユノは目を閉じた。

その香りはユノをゆったりとした気分にしてくれたようだった。


「あなたも大変でしょうに……でも、あなたは変わらないわね。この紅茶もいつもおいしいし」

そう言ってユノはカールの入れてくれた紅茶を一口飲んでいた。


「相変わらず、おいしいわね」

珍しくカールをほめていた。


「あなた、なんなら紅茶係でやっとってあげるわ。王宮で飲むいろんな紅茶があるけど、正直あなたが入れてくれたのが一番ね。この先、騎士をやめても紅茶で生きていけるわ」

そういって、その味と香りを楽しむユノだった。


「はっはっは。辛辣」

カールもおいしそうに飲んでいた。


ここはエーデルバイツに与えられた部屋。

パーティ結成後の成績で上位パーティ十組だけが与えられる特別室だった。


当然それは順位戦で落ちれば没収されるが、それまではどのように使用してもよい決まりになっていた。


しかもそこに入るには、魔導認証が必要であり、ユノにとってはこの場所が唯一の安らげる場所のようだった。


しかし、その場所には2人しかいない。


「ねえ、カール。ヘリオスはどうしたの」

その答えは予想できていたが、あえて確認しているような口ぶりだった。


「ああ、彼ならば、いつもの場所だよ。しかし、彼も熱心だね。この調子でいけばそのうちあそこの本はすべて彼の頭に入っているんじゃないかな」

目を瞑り、自らの紅茶を味わっていた。

その姿は実に様になっている。


「あなたもだまってれば、そこそこなのにね」

一口飲みながら、ユノが微笑んでいた。


「これまた、辛辣」

しかしカールは全く相手にしていなかった。


「いつもの場所ってあそこよね?」

知っているが確認した。

そんな感じで紅茶を飲んでいた。



カールの言ういつもの場所は、魔導図書館だった。

それも、上位パーティのみが入館を許される特別な場所だ。

その場所の一番窓側の席。

そこがヘリオスのいつもの場所だった。


***


私は知っている。

ヘリオスはこの部屋の認証すらしていなかった。


一度先生と入った時は、ついて入っただけなので、認証する必要がなかった。

その時に行わなければならない、中での認証作業を一切していなかったのだ。


それはこの場所に一人ではいることができないということだった。

そう考えている時、もう一人の友人である紅茶名人カールが目に入る。


カールはこのパーティのリーダーとして登録されており、あのパーティ戦においてその存在感をいかんなく発揮していた。

そして、若くして騎士見習いどころか、実力的には騎士として、広く認められている存在でもあった。


その存在感は変な言動があったとしても、ゆるぎないものだった。

事実、同期の中で自分の次に取り巻く人が多いのも彼だった。


しかし、カールはカールでその自分スタイルをいかんなく発揮しており、徐々にその人だかりは解消されつつあった……。


しかし、ヘリオスは最初から別扱いだった。

あの戦いで大多数の目には、ヘリオスは何もしていないように映っていた。

初級の閃光魔法を唱えただけで、あとは何もしていない。

そう多くの人に思われていた。

それは特にその傾向は同期で顕著だった。


全く冗談じゃなかった。

いくら説明したとしても、全く信じてくれなかった。

だから、私も説明するのをあきらめた。

わからない人間はわからないのだ。


しかし、確実にわかっている人もいた。

一部の上級生や先生はヘリオスの一見地味だが、確実な仕事を評価していた。

彼の評判はその筋では有名だったが、多くの人にとってそうではなかった。


エーデルバイツの花飾り


ヘリオスはそう陰口をたたかれる存在だった。

それは、自分こそがその場所にふさわしいと思う人間にとって、攻撃する格好の相手となっていた。


パーティメンバーは自己申告による脱退の場合は、追加補充を認められる。


つまり、それ以外の例外は認めない。

それが半年のパーティ固定のルールだった。


そして、ヘリオスを自己申告によるパーティ脱退させるために、執拗な嫌がらせを受けていた。


同時に、カールや私には自分こそがふさわしいと、躍起にアピールする人に囲まれていた。


「全く勘違いも甚だしいわね」

怒る相手を目の間にしてはいないが、そう文句を言わずにはいられなかった。

ふと気づくと、カールは意味ありげにほほ笑んでいる。


「フォロイライン・ユノ。もう一杯いかがですか」

そう言って私にお辞儀をしていた。


私のカップには紅茶は入ってなかった。


はずかしい。

顔が真っ赤になるのを自覚した。


自分はどれだけ品がなかったのか、思考の渦にとらわれて、身に着けていた所作まで崩していたとは思わなかった。


「ええ、ありがたくいただくわ」

冷静さを発揮し、落ち着きを取り戻そうとした。


話題を変えよう。

聞きたいことがあるのでちょうどよかった。


「カール。あなたの目から見て、ヘリオスはどうなの」

言動はともかくとして、この友人は大切だ。


そして、彼の能力は賞賛に値すべきものだった。

すでに信仰系魔法も習得しつつあるようで、名実ともに一流になりつつあった。

この短期間で聖騎士パラディンとなっていた。

一応見習いはついているが……。

それでも、実力は同期で群を抜いている。上級生と戦っても、負けてないようだった。



「フロイライン・ユノ。僕はね、彼を大切な友人だと思っているよ。ただ、彼の方はつれないけどね……」


それは仕方ないだろう。

何と言っても聞かないだろうが、そこを求めるのは難しい。

紅茶を一口飲み、そのあとの言葉を待った。


「そして、たとえ君が彼に敵対したとしても、僕は彼の味方でいると思うよ」


真顔でいったその言葉に、私はかなり驚いていた。


あっけにとられた顔をしていたのだろう。

カールは少し笑いながら話を続けた。


「まあ、全く打算的なものがないとは言わないよ。もちろんそれ以外の方が大きいけどね。僕は君と敵対してもなんとかできる自信はあるのさ。でもね、彼とは正直敵対したいとも思わないのさ」

そうして優雅に紅茶を飲むカールは、自分の判断を微塵も疑っていなかった。


私を目の前にしてそう言ってのける、カールにあきれていた。

しかし、彼のいう事は十分に納得できた。


「そうね。でも、それはわたくしも同じくてよ。ほほ」

挑戦的な瞳をカールに向ける。

言われっぱなしでは、正直気分が悪かった。


「こわい、こわい。フロイライン・ユノ。レディーにそんな目で見つめられると僕としては困ってしまいます」

カールはお手上げというばかりに両手を挙げていた。


「で、あなたはこの状況をどうにかするのかしら?」

期待を込めて、今の事態をどうするのかを聞いてみた。

彼の考えを聞くことで、私の行動も見えてくる。

私は正直どうしたものかと困っていた。



「なにもしないさ。雑魚がいくら群れても、竜にはかなわないさ。ヘリオスはたぶん今の状況はそれなりに都合がいいはずだよ。彼は実力を隠したがっているからね」

そう言って紅茶のおかわりを作るべくカールは席を立った。


「そうなのかしら……」

カールの言葉に半分は同意できる。

しかし、もう半分は不安に思う。


しかし、カールはそう言った以上、何もしないだろう。

むしろ何かした方が、都合が悪いという考えだろう。


「なにをむきになっているのかしら……」

これほどまで、相手をどうにかしたいと思ったことはなかった。


王女として暮らしていた時、私は何かされるのみだった。

魔法を覚えてからは、それに研鑽する毎日。

だから、他人に興味はもてなかった。

まして、他人のために何かしようと思うことは初めてだった。


「なんなんだろう……」

自分の中で生じた感覚に戸惑っていた。


***


正直、辟易していた。

一日に十回以上、それこそ人に会うたびに身の程をわきまえろと言われてきた。


もはや、モーント辺境伯の息子という肩書はすっかり消えていた。

それ故に貴族の社会では最下級におとしこまれていた。

露骨な嫌がらせや陰口などは当たり前。

中には事故を装って、攻撃を仕掛ける愚か者もいた。


「正直、しんどい……」

ずっと一人だった。

何するにしても、そうだった。

ここにきて、いろんな人とのかかわりが増えた。

面白いこともあった。

しかし、これほどしんどいとは思わなかった。

私が何をしたというのか。

もう、一人にしておいてほしかった。


そんな時に訪れた最高の場所。

魔導図書館上位者専用ブース。


その存在は、私にとって癒しの場所だった。


「ここなら、好きなだけ本が読める。幸いこの場所で私の邪魔をする人は、一人しかいない」


その存在を思い出し、苦笑いを浮かべた。

しかし、今はその人はいない。

今なら十分に本を読むことができそうだった。


高揚する気分を抑えながら、昨日の続きを読み始めた。


ここの書物は上位者専用ブースに保管されているだけあって、持ち出しができない。

部屋に帰って読むことができないので、この場所で読むしかなかった。

しかし、私にとってはそのこと自体は不都合なかった。


不都合といえば、部屋の中であれば、他人は関与できないのだが、この場所は上位者であればだれでも入れるということだけだ。


中には私が上位者でないのに、上位者のパーティにいるだけでこの場所にいられるのはおかしいとまでケチをつける者までいた。

言いがかりもいいところだ。

まあ、そんなのを相手にしていたら体がいくつあっても足りない。

そういう手合いは無視してきた。

しかし、その言葉自体は、私の心に影を落とす。


「カールとユノにパーティ解消されたら、ここに入れなくなるのか……」

信じているが、そう思わずにいられないほど、私の周りはうるさかった。



極力彼らとはパーティ単位で行動するとき以外は距離を取っていた。


絶えず人の輪の中にいる彼らは、私にとっては別世界の住人だった。

自分が近くにいることで、彼らの邪魔になるかもしれない。

そう思ってしまっていた。


まあ、正直彼らとのかかわりも、この時間を削ってまで得ようとも思わなかったが……。

いま、この瞬間が私にとって、幸せな時間だった。


「まあ、その時はその時で考えよう」

今の私は、目の前の知識を増やすことで頭がいっぱいだった。



三系統魔法行使に関する条件考察。


その本ははるか以前に存在したとされる伝説の賢者に関して書かれたものだった。

三系統魔法とは古代語魔法、精霊魔法、信仰系魔法の三系統を指していた。

現在、その同時使用は伝説となっており、デルバー学長ですら古代語魔法だけだった。


人間にとってそれはかなり困難な条件で、伝説の賢者はエルフであったとされている。

現在精霊魔法については、先天的な条件をクリアすれば古代語魔法を学習することで二系統まではできることが実証されている。


現在も少数ながら、その人たちは確認されているようだった。

しかし、その力は絶大なため、秘匿される情報だった。

それほど、系統の違う魔法が合わさった威力は、大きいということだ。



最後の信仰系魔法については、さらに難関だった。

それは、古代語魔法と信仰系魔法における考え方が矛盾していることが大きな原因だった。


信仰系魔法は唯一神や他の信仰における神の存在を知覚することにより行使できる魔法とされている。


魔力マナを行使するが、その源泉として神という存在概念が必要になっていた。


しかし、古代語魔法は純粋に魔力マナを使用することを目的としており、そこに神の存在が有るか無いかに関して、言及していない。


しかし、万物に存在する魔力マナを使うという性質は、そのまま神を知覚するという行為ができないものであった。

信仰する対象を持たないものに対して、信仰系魔法はつかえないのが通説だった。


この論文では、魔力マナそのものを信仰する方法に関して言及されていたが、それも理論的なもので、実践できたものはいないようだった。


結局、信仰対象が何かわからないのでは、信仰系魔法はつかえない。

信仰対象から力を使わせてもらっていると考えると魔力マナ事体を扱えない。


私の中である程度納得のいく答えが生まれていた。


「じゃあ、この人はどうやって信仰系魔法と古代語魔法を使っていたのだろう?」


おのずと漏れたその疑問は、万人が思うことだったが、私は何となく漠然としたものを感じていた。


それは、自分の中にあるのではないか?


しかし、それがなんなのかはわからない。

幼い自分を助けてくれていた姉を思い出す。


あのように誰かを助けることが自分にはできるのだろうか。


その手段として回復魔法に興味を持ったが、なかなか私には難しいことだった。

具体的なことが何も書かれていない。

やはり難しいのだろう。

じゃあ、どうすれば?

疑問を解決する手段は、ここになかった。



「ふう、やっぱり難問だな……」

そう言ってため息をつき本と閉じた。

ふと視線をあげると、目の前に一人の女性が仁王立ちしていた。


その姿は見覚えがある。

背中に冷たい汗を感じた。


「やあ、ヘリオス。そろそろ体を動かしたくなっただろう?こんな辛気臭いところにいつまでも閉じこもっていたら、思考まで辛気臭くなってしまうぞ。さっ。ボクと稽古の時間だよ」

笑顔で私の腕を取るメレナ先輩だ

この場所で、唯一私を……。


「先輩。痛いですって……わかりました。今日は逃げませんから……」

涙目で訴えた。


それにしても、一体いつからいたのだろう?

ひょっとすると待ってくれてたのかもしれない。

妙なところで律儀な人だった。


三日に一回はこの先輩に体術を仕込まれていた。

最初、男嫌いのこの先輩も私の相手をするには少し抵抗があったのだろう。

鍛えてやるとの言葉も、社交辞令として受け取っていた。

だから、しばらくは関わり合いがなくても特に気にしてはいなかった。


しかし、私がこの図書館にこもりだしたころから、何かと世話を焼きに来ていた。


「よし、いい度胸だ。今日はまた、組手でもやってみようか!」

その笑顔に気圧される。


「いえ、先輩と師範の相手だけは勘弁してください……」

自ずと以前の組手の出来事を思い出していた……。



メレナ先輩の修行する体術の師範は、先輩と同じく修道僧モンクだった。


その気迫はすさまじく、その衝撃で吹き飛ばされたこともある。

二度と味わいたくなかった。


しかし、師範はなぜか私を気に入っており、メレナ先輩にしつこく修行に連れてくるよう命令していた。

その成果もあってか、私は自分なりの肉体強化術も手に入れていた。

師範に教えられたわけではないが、体内の魔力マナを微量に体中を巡らせることで肉体強化が可能になっていた。

師範がしていることを自分流でやってみたら、案外うまくいっていた。


メレナ先輩ほど十分にはできないが、私の筋力や体力は格段に向上していた。


師範は、これが寝ていてもできるようになることが、私の課題としていた。

しかし、まだその域には達しそうになかった。

いや、望んでもいなかった。


「それができるようになると、後が怖いので……」

メレナ先輩にそっと言ったことは、師範にそのまま告げられていた。

当然、後日きつい組手をさせられた。


「さあヘリオスよ。えらべ。できるようになって高みを目指すか、できなくてここで終わるか」

師範は修行の鬼だった。

というか、私は別にそこまで求めていないのに……。


半ば強制的にさせられる修行だったが、この修行を少し気に入っていた。

実はこの訓練はできる自信があった。

目的はともかく、魔力マナコントロールに通じるものだと言える。


体の内側にのみ意識的にめぐらせるのは、体の中の魔力マナをコントロールすることと本質的には同じだった。


その経路を無意識化で展開するのかしないのかは表現上の問題であって、魔力マナは不変に存在している。

ただ、それを流れとして感覚するだけのことだった。


いつしか私は、いつもの魔力マナコントロール修行に、その体術の極意たる修行を追加したところ、身体能力は格段に進化していた。


そのことで、この場所に通う人たちに認められたのはうれしいことだった。


「それで攻撃できればよかったのにな」

師範はそう言って嘆いていた。

私の場合、攻撃に転じると途端に効果が弱くなってしまう、奇妙な現象が起きていた。

何かがおかしかった。


ここでの修行により、体術において肉体強化のみを習得したが、攻撃は習得できなかった。


「まあ、魔術師がメインだから、防御だけでもよいかな。今でも並みの人間に囲まれたとしても、大丈夫だが、さらなる高みはあるからな」

そう言って師範は、さらになる受けの極意を伝授すべく、しごきに力を入れていった。



***



「ヘリオス、ここにいたのね」

講義室に入ってきたユノは、私に声をかけてきた。


私以外にこの場に誰もいなかったので、ヘリオスに声をかけやすかったのだろう。

大勢の前では、私は聞こえなかったふりをしている。


ユノと講義が同じになることは実はあまりなかった。

私が故意的にそうしていたわけだが、なぜか今回偶然同じになったようだった。


「そうだね、ユノ。ところで、この講義って終わったんじゃなかったけ?」

ユノの履修単位は偶然知っていた。


つい先日中庭で話されていた内容がユノの噂だったからだが、ユノはそれを知るはずがない。

うわさは、本人の知らないところで広まっていく。

私の場合と違って……。


「ヘリオスって、実は私を見張ってるの?」

真顔で警戒するユノに、その情報源を話した。

私がそんなことするはずないじゃないか。


まさか自分の情報がそんな風に出回っていることなど知らなかったので、ユノはあっけにとられていた。


「ところで、いまさらこの講義に何の用があるんだい?あっ、そう言えば名前を聞いてなかった」


私はユノの足元にいる黒猫をあらためて見た。


それはユノの使い魔として契約している黒猫だった。

黒猫は私の座っている席のすぐ横の机に飛び乗ると、私の顔をじっと見つめていた。


「はじめまして、私はヘリオス=フォン=モーントといいます。君のご主人とはパーティが一緒なんだ。よろしくね。それと何と呼べばいいのか教えてくれるとうれしいな」

礼儀正しく、黒猫に挨拶した。


通常使い魔と挨拶する魔術師はいない。

それだけに、使い魔は少し戸惑ったようだった。


「ニケよ。かわいいでしょ」

ユノは自分の使い魔の名前を誇らしげに教えてくれた。


「はじめまして、ニケ。これからよろしくね。できれば、私の使い魔とも仲良くしてくれるとうれしいよ……。まあ、仲良くできなくてもいいから、食べないでね……」

自分の胸ポケットにいるハムスターを指さす。

ミミルは顔だけ覗かしていた。


奇妙な目で見つめるニケ。

それはユノも同じだった。


「それが気になったからここに来たのよ、あなた、本当にその子を使い魔にする気なの?」

ユノは私の使い魔を確かめに来たようだった。

その顔は信じられないという感じだった。


まあ、わかるけどね。


「このことはもう長い付き合いですからね。私としては信頼できる間柄ですので、この子以外は考えられないですね」

ミミルを頭に乗せる。

そこに乗ると、いつも偉そうにするミミルは、本当に面白かった。


早く話してみたい。

私はそう思っていた。


「まあ、あなたがいいのならいいんだけど、またいろいろ言われるわよ?」

ユノの心配はそこにあるようだった。


通常使い魔はある程度情報収集や、お使いなどに使われることが多い。

それゆえある程度の戦闘力が要求されていた。

聞けば、ニケはユノが王国から連れてきた黒猫で、王城のボス的存在の猫らしい。

それに引き替え私のハムスターは小さく、とてもかわいらしかった。


「まあ、僕はこの子に戦闘とか望んでませんので」

私としては意思の疎通ができるということが重要だった。


何となく、この子と会話することが今後どうしても必要。

それは、私の疑問を確証に導くためでもあった。

これで、小さなころから抱いていた違和感が明らかになる。

そう確信していた。


ユノと会話しいていると、先生が入ってきて講義が始まろうとしていた。

しかし、すでにこの講義内容は熟知している。

この日のために、私はいろいろ学んできた。


ユノの用件は終わったようだが、いまさら出ていくのははばかれたのだろう。

そのままいることにしたようだった。


「今日はヘリオスくんだけですね。他の人は終わったから当然ですが……。ユノ君。君も終わってますよね」

講義の前に先生はそう告げていた。


「では、今日の生徒はヘリオス君だけですし……。そうですね、まあ、ユノ君がいても差し支えはないでしょう」

そう言って先生はもう終わる雰囲気をみせていた。


「では、ヘリオス君。君はもうこの講義のことは知っているでしょうから、さっさと儀式を済ませましょう」


ユノはまだ講義が始まってもいないうちから終わったことにあっけにとられていたようだった。


「わかりました」

特に不思議に思うわけでもなく、中央の魔法陣の方に歩いて行った。

ミミルを魔法陣の上において、儀式を展開していく。


「われ、汝が名を告げる。汝の名は、ミミル」

最後にそういうと儀式を終了した。


瞬間あたりを光が覆い尽くす。


「なに?何が起きてるの?」

ユノの叫びが聞こえてきた。

ユノは何事が起ったのか理解できないようだった。


まあ、仕方がない。事情は後で説明しよう。

先生も、すでに自分の魔導書をみている。

儀式自体は問題ないようだ。


「さあ、ミミル。初めましてを言いに来たよ……」

目の前で光るハムスターに、私はそう告げていた。



***



そこは意識の空間だった。

何もない空間に私と妖精が浮かんでいた。


通常この空間が形成されて、主人と使い魔が契約する。

それが使い魔契約だった。

しかし、目の前にはハムスターではなく、妖精がいた。

しかし、その姿こそがミミルなのだとわかっていた。


「初めましてというべきなのかな?ミミル」

少し照れる。

色々考えてたけど、そう挨拶していた。


ミミルはにこやかな笑みを浮かべて私を見つめていた。


「んーミミル的には、はじめましてじゃないけどね。でもいいじゃん。初めまして、こっちのヘリオス」

ミミルはそう言って挨拶してきた。


やっぱりそうだ。


「そうか、私の中の僕とはもう知り合いなんだね。私は僕がうらやましいよ」

苦笑いするしかない。

私がこれまで抱えていたことが、すぐ前に答えがある。

そして、もう一人の私はそのことまで知っている。


「そうね、あなたは私たちをしっかりと感じれないからね。でもミミル的には驚きだよ。もう君はもう一人の君の存在を感知できるようになったんだね」

ミミルの顔は驚きでいっぱいだった。


「昔から不思議だったんだよ。私が知らないところで、私に起きている出来事についてね。それは、私が僕という存在を、私の中に見つけたときに納得したよ。そして、今では私は時折僕を感じる時があるんだよ。たぶんそれは、私の心が弱くなったときに特に感じる気がするね。けど、実は以前よりも近くに感じている。そして力をくれている気がするんだ」

そう告げる私を見て、ミミルは楽しそうに私の周りを飛び回っていた。


「あなたはあなたの中に、自分の居場所を見つけたんだよ。だからあなたはこんなにも強くなれたんだとミミルは思うけどね。あなたたちは二人でヘリオスなんだよ。空間と時間を超えてね」

ミミルはそう宣言していた。

すごく曖昧な言い方だ。

しかし、何となく言いたいことはわかっていた。



「そうか……」

言葉としては、それ以上でなかった。



「じゃあミミル。そろそろこの空間の効果も消える。とりあえず、契約してくれるかな?」

一応ミミルに承諾を求めた。


「もちろんだよ」

ミミルは即答する。


私は魔法の力で私たちを結びつける。

魂の回廊と呼ばれる道だ。


ふと、ミミルの驚きと喜びが手に取るようにわかった。

しかし、次の瞬間には、それはなくなっていた。

いや、なんだろう。

とても弱くだが、感じることはできた。


こんなものなのか?

期待していたようなものでないことに私は驚いていた。


そしてミミルもまた、同じような感じだった。

いや、やや焦っているようだ。


「ん?どうしたんだい?ミミル」

何か不都合があったのかも知れない。

しかし、ミミルのはちきれんばかりの笑顔を見てそうでないことが分かった。

何かうれしいことがあったのだろう。

そう思うことにした。


「じゃあ、契約成立で。あと、この契約儀式に一つ追加しておいたよ。ハムスターの状態でも人の言葉を話せるようにしておいたので、話そうと思えば話せるよ。でも、あまりしゃべらないでね」

大事なことは注意しないといけない。

この人語付与は、授業では習わないものだ。


「えーミミル的には困るんだけどーーーー」

困った感じで叫んでいた。


ミミルがおしゃべりなことは知っている。

私との会話なら思念なので問題ないと思う。

しかし、人語をしゃべっていることを聞かれると困る。

うっかりとしゃべれない。

そう思っての事だろう。


「ごめん。ごめん。でもまあ、がんばってね」

なんだか楽しくなっていた。


ミミルはミミルで、すでに状況を受け入れた感じだった。

ハムスターと全く変わらない。


何となく繋がりが薄い感じもするが、それも些細な出来事に変わっていた。

ミミルの宣言によって。


「オッケー。気を付けるわ!」


元気よくそう言った時には、空間はきえており、ミミルはハムスター姿の状態であった。右前足を天に掲げ、二足立ちしながらそう宣言していた。


ミミルの視界の先には、あっけにとられたユノとニケがいた。


「しまった……」

ハムスターは汗を流しながら、口笛を吹く真似をしていた。


それ自体が不自然なんだよ……。


「ミミル。ごめん。もう何しても手遅れだよ。ユノ。申し訳ないけど、一応このことは秘密にしておいてね」

うん、やっぱりミミルはミミルだ。

これからのことを思うと、なんだか疲れた気分になるが、それでもミミルと話せるようになったことは大きかった。


「わたしからもおねがいしますね」

なぜか先生はユノにそう言って秘密を強要していた。


ユノは唖然としたまま頷いていた。



無事ミミルと使い魔契約を果たしたヘリオス。その感覚はヘリオスには理解できなかったが、ミミルには劇的な変化が生じていた。

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