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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
アカデミー入学
27/161

初のパーティ戦

成り行きでパーティ戦を始めることになったヘリオスたち、まだ結成してお互いよくわからない間のことです。意外にもヘリオス君は前向きに取り組んでいました。

「で、僕ははからずも戦うわけになったわけだが……。フロイライン・ユノ。あなたは古代語魔法を使う認識であってますか?」

カールは前髪を手で払いのけ、真剣なまなざしでユノを見つめていた。


昨日の争いから、始終過剰なふるまいが目立つカールに、ユノは距離を置いている。


「ええ、あってましてよ、カール=フォン=シュミットさん。あなたはシュミット辺境伯のご子息という認識でよろしくて?それと、結構な騒ぎにしてくださって、ありがとうございます」

明らかにカールを非難していたが、カールには通じていなかった。


「はっはっー。その通りだよ。フロイライン・ユノ。僕はシュミットの三男で、王国騎士見習いだ。カールと呼んでくれたまえ。それに、礼には及ばないよ、フロイライン」

カールはこの年齢で異例にもアウグスト王国騎士団に属しているようだ。

正式にはこの学士院アカデミー卒業を持って騎士叙勲を受けるようだが、実力的にはすでに騎士のようだった。

しかし何をするにしても、演出過剰なのは彼の個性なのだろう。


色んな人がいる……。

理解することはできないが、慣れることはできるかもしれない。


「ところで、一応自己紹介した方がいいですよね。わたしはヘリオス=フォン=モーントといいます。私のことはヘリオスとお呼びください」

丁寧にお辞儀した。

そう言えば、まだ正式に、挨拶はしていなかった。



「これはご丁寧に、フロイライン・ヘリオス。では僕のことはカールと呼んでくれたまえ。このような素晴らしいフロイラインたちに出会えて、僕は幸福だ」


カールの後ろから花束が出ているような錯覚を覚えた。

しかし、さすがに間違いは訂正しておかなければならない。

私がそう思うよりも先に、ユノが訂正していた。


「カールさん、あなたも勘違いなさっていますわよ。この人は男の子です」

ユノは意地悪くカールに話していた。

どうやら、カールのことは苦手のようだった。


「なんと!なんと!なんと?なんと!」

カールはヘリオスに近づき、目と鼻の先まで顔を近づけてきた。

あまりの失礼さに、思わず手が出たが、それは空を切っていた。


なおも、観察するように私を見ている。

その視線に思わず鳥肌が立っていた。



「申し訳ないが、信じられない。フロイライン・ユノ。フロイライン・ヘリオスはどう見ても可憐で、そして清楚だ。彼女を男だというのであれば、世の中の大半の女性を僕は偏見の目で見ていかなければいけない。それはとても残念なことだよ」

カールはそう言って、ユノに訂正を求めていた。


「くううう!」

ユノの顔が真っ赤に染まる。

悔しいのだろう。

とんだお姫様だった。

そして、私に向き直ると、腰に手を当てて、有無を言わさぬ迫力で命令してきた。


「もうこうなったら、ヘリオス。あなたが男だということをこの分からず屋に教えなさい」

そして、無茶なことを言う人だった。

さっきからそう言ってるのに、どうやって教えるのだろう?


しかし、誤解されたままではあとあと都合が悪い。

なにか、差しさわりのない範囲で証明することはできないだろうか……。


「では、上半身をぬぎますね。それで納得してください」

仕方がない、あるものがなければ、納得もするだろう。

私の提案は、ユノは黙って頷いている。

どうやら私は選択を間違わなかったようだ。



「やめたまえ!まちたまえ!」

必死なカールは、そう言って私に背を向けていた。

上半身を裸になって、カールの背中に話しかける。

自分でも何をしてるのかわからなかった。



「カールさん、私は別にかまいませんので、こちらを向いて確認してください」

何とかこの不毛な会話を終えたい。

早く帰って、魔道具をいろいろ見ていたかった。



「いいや、騎士として、それはできない相談だ!」

かたくなに固辞するカール。

ユノがしびれを切らして、カールに詰め寄っていた。


「あなたから信じられないと言っておいて、証拠を見ないとは騎士の名をおとす行いではありませんこと?見れば、あなたが間違っていることが分かります。ひょっとして、間違いを認めることができないから見ないのですか?もしそうだとしたらとんだ騎士がいたものです」

明らかにユノはカールを挑発している。

うっすら笑みが見えることから、自分の正しさに絶対の自信を持っている感じだった。


まあ、私がそう言ってるのですから……。

上半身裸でただ、待っている。

私はこの不毛な時間を早く終わらせたかった。


「これは聞き捨てなりませんな、フロイライン・ユノ。そうまで言われて、見ないのは騎士の名折れ。よろしい。このカール。一時の冒涜に身をやつしても、騎士の名誉は守って見せます」

もはや何が何だかわからない会話だ。

いい加減にしてほしかった。


「なんとー!!!」

私の上半身裸の姿を見て、唐突にくるくる回って遠ざかり、その後近づいてまじまじと顔と体を確認していた。

そして、肩を落とし、ユノに向かって、頭を下げた。


「申し訳ありません。フロイライン・ユノ。私が間違っておりました」

明らかに気落ちしたカール。

明らかに勝利したという表情のユノ。

二人の関係がこの瞬間に決定したようだった。


「それでは、納得していただけたことだし、本題に入りましょう。そもそも、私が男であっても、女であってもそう変わりはないですしね。我々はこれから仲間として行動していきますので」

上着を着ながら、ため息交じりに二人に話していた。

いったいどれだけ無駄な時間を過ごしたことか……。


「そうね……」

ユノも先ほどの高揚感はなくなっていた。

どうでもいいことにどれだけ真剣になっていたことかと気付いたのだろう。

私とユノはお互いの顔を見て力なく笑うしかなかった。


「いや、これは大事なことだったのだ!」

幾分立ち直ったカールが、両手を広げ、天を仰ぎそう宣言していた。


「それで、何が大事だったのですか?」

このままでは、先に進みそうにない。

一応言い分を聞かないといけないのだろう。

ここにもめんどくさい人がいたと思い直していた。


「僕は今非常に感動しているんだ。男だ、女だとかそんなちっぽけなことにとらわれずに、仲間として接していこうというヘリオス君の態度に猛烈に感動したよ!」

カールはまたも片膝をつきながら私に両手を広げていた。

その顔はまさに感無量といった感じだった。


「もう……そのへんで終わりしにませんか?」

王都で出会った人たちは、みんな変な人たちばかりだ。

ユノを見ると、同感という顔で頷いている。


いや、ユノ、君もそこに含まれるからね……。



「とにかく、今の課題は、パーティ戦ですよ。どうするというよりも、お互いの役割について考えなくてはなりません。そして、そのためには、何が得意で何が苦手かを知らないといけないですね」

とりあえず先を進めよう。

やっと話が前に進みそうなことに安心感をおぼえた。



「まず私は、古代語魔法使いです。剣はほとんど使えません。役割的には後衛となるでしょう。特に苦手な魔法はありません」

実力に関しては秘匿しないといけないので、今はこの程度の情報で様子を見ることにした。


仲が進展していけば、そのうち打ち明けることもあるだろうが、いまはまだその時ではなかった。


「わたくしも、古代語魔法よ。得意な系統というものはありませんが、一通りの上級魔法は使えます。しかし、幻術系は少々苦手です」

素直に感心した。


この年で、自分もそうだが、上級魔法を一通りというのはかなり特異な存在といえた。

それはここに来るまではわからなかったが、今はそれがよくわかる。

上級生でも、私の使える魔法を習得していない人もいた。



「すごいですね。その年で上級魔法ですか……」

少し意地が悪いのかもしれない……。

しかし、その実力については素直に賞賛していた。


「第三王女なんてすることがないですから。ここに来たのも、伝説のデルバー老師の教えを受けたいからなんですのよ」

デルバー学長はさすがに偉大な人だった。


偉大な人だったと思ってしまうのは、すでにめんどくさい人の認識の方が強くなっているからだろう。

そう思うと何も知らないユノがうらやましく思えてきた。


「私もデルバー学長に教えてもらいに来ています」

めんどくさい老人でない、立派な魔導師であるデルバー学長に教えてもらえる日が来るといいな……。



「ええ、一緒にがんばりましょう。こんなにも早く、同じ価値観の人と出会えるとは思いませんでした。」

ユノの笑顔はとてもまぶしかった。



「そろそろ僕のようだね!僕は騎士見習いといったけど、ほぼ騎士でもあるんだよ。そして、僕は攻撃よりも防御を重視したスタイルをとっている。これは僕の騎士としての信条だが、か弱き者を守るのは僕の役目さ」

そう言ってカールは親指を立って、とびっきりの笑顔を作っていた。

この顔を要所、要所でしていることを何となく私は感じていた。


これはいわば彼を印象付ける技として命名しておこう。そうだな……。

じっくり考えて、その名前を思いついた。


カールスマイル。

そう呼ぶことにした。


そして、ゆっくりと私とユノの間を歩き、その所々でポーズを決めていた。

その姿は僕が守ってあげると言っているのだろう。


本当に変な人だった。

しかし、嫌な感じはしない。

だから、理解する努力をしようと思った。


そして、これでこのパーティの役割がはっきりした。


いわゆるワントップのフォーメーションしかできない。


「あちらの戦力はどうだろうね。見たところ全員戦士系だったね」

相手のパーティは服装を見る限り、魔法使いそうなキャラがいなかった。

使っても補助系統だろう。

そうなると、カールただ一人で3人を相手にしなければならなかった。


「僕なら大丈夫だよ。騎士でもない人間に後れは取らないさ」

カールは自身がありそうだった。


小刻みに動き回る姿は目障りだったが、彼の言いたいことはよくわかっていた。

相手の力量はカールに比べると、大したことないと思えてくる。

それほどカールの実力は抜き出ているように思えた。


「いずれにせよ、この6日の間に相手のことを知ってからだね」

そう結論付けていた。


しかし、私には秘策があった。

いつの間にか考えたのかわからない。

たぶんデルバー学長がこっそりと教えてくれたものだろう。


私の部屋に残されていた作戦概要。

さすがは、デルバー学長だった。

お礼を言ったら知らんと言われたが、たぶん照れ隠しだろう。

そこに書かれていたことを、私は実践していくのみだ。


そのためにも彼らのことをもっと知ろうと思うのであった。


その日はそれで解散となった。


その次からは講義でも行動ができていた。

パーティ単位で行動していたので、お互いのことが割とわかってきた。


カールは言動に問題があるが、それに目をつぶれば、本当に優秀だった。

カルツ先輩と模擬戦をしてもらっても、決着がつかず、カルツ先輩が本当に驚いていた。


はた目には防戦一方に思えたが、隙を見せると的確な反撃があった。


「いやいや、うわさは聞いていたけど、本当にやるね。確かにもう騎士になってもおかしくはないよね」

カルツ先輩は褒めまくっていた。

メレナ先輩も闘争心に火がついたようで、模擬戦に参加して、いい人物を見つけたと喜んでいた。


これで安心して前衛が任せられる。


学士院アカデミーで、私がほとんどの魔法を使うことができないという事実。

この段階で使えるのはごくごく初歩の魔法だった。


中級の幻術なら問題ないと書かれていたので、そこまでが限界だった。


攻撃魔法などとんでもないことがよくわかった。


これで勝つにはいろいろ考えなければならない。


幸いなことに作戦概要は、割と細かく更新されていた。


デルバー学長も律儀な人だった。

どこかで私たちを見ているのかもしれない。

その日のわたしたちの課題まで記されている日もあった。


そして、驚いたのはユノの実力。

その高い実力をユノはいかんなく披露していた。

本人の宣言通り。各属性に偏りはなく、幻術は苦手のようだった。


「やっぱりこの手しかないか……」

私の実力を出さずに相手を倒す作戦。

数ある作戦概要のうち、最も私に適したものを選んでいた。


お互いの長所と短所をうまく組み合わせること。

程度の低い魔法でも、重ねると効果は十分に拡大できること。

そして初級、中級であれば、私は同時展開できる魔法が多かった。

そういったもので、私は勝てると判断していた。


そして、そのことをユノとカールに告げて、ユノの魔法発動のタイミングを丁寧にはかっていた。


そして、あっという間に7日の期日がすぎていった。



「さて、今日は超満員の観客だよ。今年は初日からパーティ戦が宣言され、本日その戦いが始まろうとしております。みな、今か今かと待ち遠しいようです。実況はボク、三回生のメレナ=ツー=インがお知らせするよ。そして解説は我らがデルバー学長先生です」

そう言って、メレナ先輩はデルバー学長に魔導拡声器マイクを渡していた。


「ほっほっほ。楽しみじゃの」

魔導拡声器マイクを受け取ったデルバー学長はそれだけ言って返していた。


「あまりコメントがなかったけど、楽しみみたいでよかったです。では、気を取り直していきたいと思います」

メレナ先輩は本当に上手にまとめていた。


「それでは、各チームの紹介からいくよ。まずはパーティ戦のきっかけを作った人物、カール=フォン=シュミット見習い騎士が率いるパーティ名エーデルバイツ。そして彼を支えるように咲く花のごとき少女が二人、ヘリオス=フォン=モーントとユノ=マリア=ウル=ジュアン。二人とも古代語魔法の使い手だぞ。しかも、ユノ=マイア=ウル=ジュアンの実力は相当高いみたいで、ボクもびっくりしたよ」


なんだかわざと間違えている気がした。

こっちを向いて笑っている。

これだけの人数を訂正して回るのか……。

うんざりしたが、今はそれ以上に気にかかることがあった。


まず、この場所。

ここはいろいろと規格外だった。


学生塔の最上階。

実技場だったが、そこはコロシアムになっていた。


観客席にあらゆる学生と先生が座っていた。

皆この勝負を楽しみしていたようだった。

そしてそれらの観客席との間には、魔法の障壁が張られている。

安全に見ることのできる配慮だった。

しかし、それは危険なものがここで行われることを示している。

今更ながら、この学士院アカデミーの実力を思い知った。

そんな私の意識を強制的に引き戻していたのは、観客の歓声だった。


割れんばかりの歓声。

みんな楽しみにしているようだった。


そう言えば、朝、家を出る前にもデルバー学長が、すごくウキウキしていたことを思い出す。

そして、その時に言った、くれぐれもという言葉も、同時に思い出していた。


「大丈夫ですよ」

私には自信があった。

ユノがド派手に決めてくれるだろう。

私はむしろ何もしていないように見えるだろう。


知らない間に、相手の紹介が終わっていた。


「ごめん、ユノ。聞いてなかった……」

隣のユノをみる。

その顔は緊張したものだった。

そんな私を見て、ため息交じりに教えてくれた。


「……。余裕ね。大丈夫。事前情報の通りよ」

そういった後のユノは、いつもの自信あふれるユノだった。



***


これだけの大歓声の中で、魔法を使うのは初めてだった。

だからそのことで頭がいっぱいだった。

隣のヘリオスを見ると、どこか上の空にしていたので、なんだか緊張している自分が馬鹿らしくなった。

そのあとはいろんなことが耳に入るようになっていた。


本当に感心するわ……。


これまでのことを振り返る。


ヘリオスは最初頼りないと思っていた。

古代語にしても自分の方がうまく扱っている。

というよりもヘリオスはめったに魔法を使わなかった。


そして、何もしていなかったかと思うと、いつのまにか上級生をつれてきたりした。

そして、練習相手としてカールを戦わせていた。


パーティ戦の想定訓練をしたり、私に魔法を使わせて、その効果を見ていたりした。


そして、相手の情報もどこからともなく仕入れていた。


その行動は魔術師というよりも軍師といった方がいいのではないかと思える。

正直そこまでしなくても、私の魔法で黙らせるぐらいの自信はあった。


だから素直に質問した。

なぜそこまでしているのか。

その質問をした時に、彼の口から出てきた言葉に驚かされた。


「勝利というのは意外に難しいんですよ」

そう言ってヘリオスは意味ありげに笑っていた。


正直よくわからなかった。

素直にどういうことかを尋ねてみたら、さびしそうな顔でその意味を語ってくれた。

それは私にとって思っていないことだった。


「ただ、勝つならだれでもできます。でも、勝利というからには利益がいりますから……。この場合の利益は二度と因縁つけられないようにすることだと僕は考えます。そのためには、相手の心を折る必要があるんですよ。二度とこのパーティに手を出すという発想をもたさないことです」


ヘリオスはそこまで考えて、このパーティ戦を計画していた。

そしてそのための作戦も彼の中から出てきていた。


不思議な人だ。

その時のことを後でもう一度聞いても、あいまいな返事しかしなかった。

忘れているようにも思えたが、そんなこと考えられなかった。


準備のこの間、ほんの少しヘリオスが別人に思える時があった。

そんなヘリオスが大丈夫という時は、本当にそう思えていた。


細かい指示。

想定される対応。

まるで、その場にはいなくてもできるようにという感じだった。


そして、目の前には想定内の相手がいた。

武器まで、ヘリオスの予想通り。

今ならんでいる位置取りが、そのまま展開されるのであれば、動きも予想できる。

まるで負ける気がしなかった。


「ヘリオス、やっぱりあなたすごいわね」

心からそう思っていた。

魔法じゃない。

そう、安心感だ。


「何のことかわかりませんが、それは、成功してからにしましょう。獲物を狩る前から、その調理方法を検討しても始まらないですからね」

そういうとヘリオスは相手の行動を観察しているようだった。


これ以上は邪魔になるわね。私も集中しよう。

この作戦のカギは私の魔法が握っている。


集中、集中。

静かに、呼吸を整えていた。


不思議と心が落ち着いている。

あの安心感はなかったが、これまでのことで、それは自信となっていた。



***



「それでは、両チームいいですかー。開始の合図はデルバー学長にお願いしています。合図があれば戦闘開始だよ!」


メレナは静かに待っている姿勢になっていた。

その意図することを理解した観客たちも静まっていく。


そしてあたりに静寂が訪れていた。


「ほい」

デルバー先生は両方のパーティの中央に小さな火球を爆発させた。

その規模はとても小さくあっという間になくなった。


それが合図となった。


まず、カールが雄叫びを上げた。

開始と同時に飛び出したモンタークたちは、奇妙な動きをしたのち、その雄叫びに思わず意識をもっていった。


その時、ヘリオスの閃光魔法がカールとモンタークたちの間でさく裂した。


思わず目を閉じてひるむ3人。

カールは最初から目を閉じていた。


そこにユノの魔法が完成した。


上から見下ろすようになっている観客の目には、彼らのあと一歩前の距離に、巨大な空洞ができているように見えていた。


俺の目にもそう見える。

完璧な魔法だった。


それは大きな落とし穴だ。


「誰が落ちるんだ?」


観客のだれもがそう思っているに違いない。

それほど、落とし穴は露骨にその口を開けていた。


「こんな魔法にひるむ腰抜けが!」

用意されていたセリフを、得意の大げさな動作で相手に叩き込むカール。

その動きは馬鹿にした感じが強くでていた。


予定通り、挑発に乗った三人は、それぞれに叫びながら、突進しようとした。


「ばかにーーいいぃーー」

最後まで言うこともできず、見事に穴に落ちる三人。

そして、彼らの言葉の代わりに、大きな水音が聞こえてきた。


ユノが魔法を唱えて、穴の中に水を張ったようだった。

このままでは鎧でおぼれてしまうが、そのおかげで落下によるけがはないようだった。

ユノはすぐに水を解除していた。


三人は穴の底で、しりもちをついた形ですわっていた。

その顔は何が起こったのかわかっていないようだった。


「…………」

観客のだれもがあっけない事態にただ、口をあけていた。


「いまから、また水を流し込めば、貴様らは一巻の終わりだが、どうする?」

カールが自分の仕事はこれまでだという風に、三人に告げていた。


「…………」

もはや自分たちが自力で上がることもできない高さの穴に落とされて、その生死は相手に握られている。

その現実をわからないわけではなかった。


「わかった、降参する」

モンタークはそう言って唇をかんでいた。


なすすべもなく、打ちのめされたが、大してけがもしていない。

それは実力差が開きすぎていたからだ。

それが分かればいいのだが……。


「……勝者エーデルバイツ!」

なんとなく、投げやりな雰囲気でメレナは勝利者宣言をしていた。

その態度。

頬杖をつきながら勝利宣言をしているあたり、面白くなかったのだろう。


観客のだれもがあっけなく、そして面白みのない戦いに興味が失せたようだった。


ごく一部は、熱狂的に拍手をしていた。

それはさすがにしすぎだと思えた。


モンタークたちは、ユノの魔法で引き上げられて、その場所で座っていた。


「我々の実力が分かっただろう。これに懲りて、二度と変に絡まないと言え」

カールは、モンタークたちにそう宣言した。


唇をかみしめ、悔しそうな表情をするモンターク。

そして、縦に首を振り、それを了承したことを告げていた。


「わかった……」

その言葉に安堵したユノは、ヘリオスに振り返っていた。


そのヘリオスはまだ、何事かを考えるようにモンタークを見ていた。


「けど、お前は別だ!ヘリオス。おまえはこの二人に助けられただけだ。やっぱりここでもお前は役立たずだよ。そうさ、ヘリオス。お前のことは十分調べさせてもらったよ。親にも認めてもらえない、ヘリオス坊ちゃん!」

そういってヘリオスに侮蔑の視線を送るモンタークは、散々悪態をつきながら、仲間と共に去って行った。


「ここでも……」

ヘリオスは小さくつぶやいていた。

状況が変化しなかったことにヘリオスは落胆しているのだろう。



それはわかる。

俺もため息しかつけなかった。

あの姉弟を守る決定的な手段にはならなかった。


そんなヘリオスの両肩をカールとユノが支えていた。


「気にするな、ともよ」

カールは親指を立てて、あのカールスマイルをしていた。


「ヘリオスのおかげよ」

ユノは本当に感心していた。


ユノはわかっているのだろう。

ヘリオスの効果的な魔法運用とその効果を。

ユノの落とし穴は、本当は観客の目にもバレバレなほど小さく無骨だった。


それぞれの位置に合わせて深さもある程度作らなければいけないので、コントロールが難しかった。

動く相手に悟らせないように、効果的に落とし穴を作るのは、かなり難しい。

一人でも先に落ちれば、その他がかからないかもしれない。


それを2重の策で巧妙に隠ぺいしていた。


人間の瞳孔の動きと平衡感覚。


光と闇をうまく使っていた。

実は、あれが決め手だった。


あれにより、この場所にいる全員が攪乱され、幻術にかかっている。

ユノはモンタークたちが一度の落ちるぎりぎりのところに穴を掘っていた。


いくらユノといえども、走ってくる相手が複数の場合、それぞれにちょうどの位置に穴を掘るのは難しかった。

そこでヘリオスがいったん相手を止めたのだ。


そして、目がくらんだ相手は、まさか自分の足元に穴が開いているとは思わない。

光の明滅は、体の平衡感覚も奪っている。

落ちやすい状況が出来上がっていた。


その後に、カールの挑発をうけて落ちた。

結果的にみるとあっけない幕切れ。

しかし、そこには高度な連携と、魔法の組み合わせがあった。


ユノの魔法が完成する直前。

そのタイミングでなければ、穴の存在はあれほど隠蔽できなかっただろう。

観客を含めて、ヘリオスの幻術は完ぺきだった。


一部違うが、シナリオ通りの展開に、俺は満足していた。

そして、それを見事に成し遂げたヘリオスたちに、惜しみない賞賛をおくっていた。

本当にヘリオスの魔法は見事だった。


「……。ありがとうございます」

ヘリオスは、一時失いかけたものを、この二人のおかげで取り戻すことができていたようだった。


そうだ。

あきらめなければ、まだ何とかできる。

ヘリオスはそう思ったに違いなかった。


そして、ヘリオス一人に敵対心が向かってきたのは、俺の想定内とはいえ、ヘリオスには申し訳なかった。


ヘリオスにそのことが伝えられないのがもどかしかった。


ヘリオスに意識が向けば向くほど、その対象は狭められる。

ユノとカールは除外された。

あとは、アネットとコネリーに注意しておけば、今のところいいはずだ。

それにも準備はできている。




「これからもよろしくお願いします。」

そう言ってヘリオスはにこやかに笑っていた。


「もちろんだとも」

「もちろんよ」

二人の返事を聞いたヘリオスは笑顔だった。



俺は、エーデルバイツの結束が、また一段と強くなったように感じていた。



***


「デルバー学長」

その男は興奮した声で、デルバー先生を追いかけていた。


熱狂的に手をたたいていた人だ……。

その顔は忘れることができなかった。


「なにかの?メルツエンビア先生。」

デルバー先生はそう言って、意地悪そうな顔を向けていた。


「またそういう顔になって。そういう時は面白いことがあった証拠ですよ。そういう私もそうですが、みましたよね?いまの。見ましたよね?」

メルツエンビアはまだ興奮冷めやらぬ声で、デルバー先生につめよった。


「なんですかあれは、あの子は。いや、あの子が学長のお気に入りなのも分かりました。というかなんなんですか?」

メルツエンビアはもはや自分でも何を言っているかわからないほど興奮しているようだった。


「メルツエンビア先生、ほどほどにの……」

デルバー先生は真剣な表情をメルツエンビアに向けていた。

その顔には迫力があった。


さすがにその顔をむけられては、黙るしかなかったようだ。

しかし、メルツエンビアは、自分の興奮だけは伝えたかったようだった。


「……わかりました。でも、学長も見たでしょ。あの幻術!あれは幻術の何たるかを知っている魔法です!」

徐々に興奮を取り戻してきたメルツエンビアはさらにまくしたてる。


「まず、最初の閃光魔法。大きな閃光のあとに3度小さな閃光をはなってました。あれにより、瞳孔機能が一瞬混乱してましたね。そして3人に対してはバランスを崩した際に暗闇の魔法をつかってますね。あれでは平衡感覚がなくなったでしょう。そして観客に対しては、穴を大きく見せてましたね。あれも閃光魔法により観客が幻術にかかりやすくなっていた状態なので、ほぼかかったんではないですかね。あれはあの三人に対しての配慮なのでしょうね。いやはや、恐れ入る。そしてあの地面。あれほど境界なく作るには相当のコントロールが必要です。あの子は何者ですか!!」

誰なのかも知っているメルツエンビアが思わずそう言わずにはいられないほど、ヘリオスの幻術に興奮しているようだった。



「だからの、そういうことは内密にじゃな……。せっかくのヘリオスの努力が台無しじゃの……」

ここには誰もいなかったからいいものの、せっかくヘリオスが隠ぺいしたことがバレバレだった。


「頼むぞい、わしの孫弟子じゃからの」

そう言って興奮冷めやらぬメルツエンビアを半ば追い返す形で別れたデルバー先生だった。


「メルツエンビアもまだまだよな……」

小さくそうつぶやくデルバー先生だった。


「ほっほっほ。全くどれほどの範囲縮小までおこなえるのやら……おそろしいわい」

さすがに先生は気付いているようだ。


実はメルツエンビアも気が付いていないことが一つあった。


それは、デルバー先生が放った火球もまた光源として機能していたのだ。

ヘリオスはそれさえも暗闇で一瞬遮断した。

そのため一気に瞳孔が拡大しただろう。

そうしておいてからの閃光魔法は受けたものにはたまったものではないはずだ。


しかも、それは彼らの目の前だけにおこった事象のため。目につかない。

範囲縮小の効果だった。


「いやいや、愉快、愉快。ほっほっほ」

そう言って小さくつぶやくと楽しそうに学長室に向かっていた。



無事パーティ戦は勝つことはできましたが、ヘリオス君にとっては微妙な結果になってしまいました。この因縁が次の因縁に結びついていきそうです。

そして月野君、ようやく少しだけ登場しました。

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