王都にて
無事に家に入れたヘリオス君は、家の中を探検し、必要なものを王都でお買い物という話です。
光に目が慣れ、あたりを見回す。
そこは、まさに別世界だった。
確か、外から見るとみすばらしい家だった。
いや、小屋だ。
その中に入ったはずだ。
しかし、その中には広々とした空間がひろがっていた。
不思議な感じのする空間だった。
明らかに魔法が働いている。
そして、いくつもの扉が目についた。
建物はない。
ただ扉だけが、まるでそこにあるのが当然なように、等間隔に並んでいた。
奥の方にはひときわ目につく大きな扉が見える。
その扉は中央にあり、左右に扉たちが並んでいる。
まるで、その大きな扉が、ここの扉たちを従えているように思えた。
そして、私と大きな扉の間には、しっかりと水を吐き出している噴水があった。
扉はともかく、まるで公園の中にいるように思えた。
私は小屋の中に入ったはずだった。
しかし、ここには空があり、太陽があった。
じんわりと温かさまで感じることができる。
暑くもなく、寒くもない。
心地いい空間だった。
驚きのまま、視線はさまよう。
何時からそこにいたのかわからないが、噴水のベンチに腰かけている老人がいた。
私が見たことに気付いたのか、にこやかに声をかけてきた。
「おそかったの、ヘリオスや」
デルバー学長は待ちくたびれたかのように、伸びをして立ち上がっていた。
そして、窮屈そうに腰を伸ばす。
「デルバー学長。これは?」
言いたいことはいろいろあったが、とりあえずこの状況を説明してもらいたかった。
「ヘリオス……。お主はせっかちじゃの、もっと年寄りの遊びに付き合わんかい」
なぜか、ノリが悪いと怒られた。
そんな精神的な余裕はあるわけがなかった。
「そう言われましても、こんなに驚かされると、余裕なんてありません」
なぜだろう、反論していた。
こんな自分がいたとは、驚きだった。
「これだから若いもんはいかんの。どんなことが起きようとも、驚く部分のほかにちゃんと余裕を残さんとの。そもそも……」
いきなり、大人の何たるかを語り始めた。
こういう場合、話を逸らすに限る。
母上からの注意事項だった。
「いえ、デルバー学長。ここは私が使ってもいいんですか?」
話を逸らすにしても、その方法が分からない。
そもそも、私は人と話すことに慣れていない。
こんな時に、どういえばいいのかわからなかった。
とりあえず、強引に用件と結びつけた。
「ん?なんじゃ、聞いとらんのか?」
とても意外そうにして、私の話の方に注意を向けてくれた。
とても残念そうな顔に、少し心が痛んだ。
「ここはの、わしの秘密基地じゃよ。じゃから基本的にわししかおらんのじゃ。表にも書いといたはずじゃが?」
しかし次の瞬間には、自慢そうに胸を張っていた。
「しかしの、わしも忙しゅうての。最近はここに来れんじゃったわ。じゃからちょうどヘリオスを住まわそうと思っての。なにせほれ、ここには部屋があまっとっての……」
たくさんある扉を順に指し示す。
その見てくれと言わんばかりの態度は、本当に見せたいのだと思った。
「気が向いたら、ヘリオスの望むように作り変えてやろう。いや、そうじゃ……」
そういうと何やら専用空間から取出し、私に渡してきた。
「それは、この空間の制御盤じゃよ。外のゴーレムの制御もそれでするんじゃ。一度認証させると、ゴーレムは襲ってこん。それと、ここを作り替えるのは、それがないとできん。わしの部屋、ああ、あの一番大きな扉じゃよ。そこだけは、それでは作り変えれんが、そのほかはそれで作りかえることができる。それを使って、おぬしの思う通りにつくってみせい。わしを楽しませるものをつくれるかの?ほっほっほ」
豊かなひげを揺らして笑う顔は、本当に楽しそうだった。
「ただし、ゴーレムの認証は慎重にの。ヘリオスと共に入るだけなら認証しなくてもよいのでな。あれはおぬしを守る最後の砦じゃ」
真剣な学長の顔で私を見つめていた。
しかし、すぐさま楽しそうに変わった。
本当に表情豊かな人だ。
私はそんなことはできない。
学長は人生を楽しそうに生きているんだ。
私にはとてもまねできそうになかった……。
「さて、どんなものができあがるかの?」
とても、とても難しく感じた。
はたして、私はこの人を楽しませることができるのだろうか?
不安は緊張につながってきた。
失敗しても、許されるのだろうか?
落胆させて、追い出されないだろうか?
そうした緊張が私を追い込んでいた。
誰か変わってくれないだろうか……。
できもしないことを望んでいた。
私は、目の前の現実から目をそむけるように、デルバー学長から視線をそらして歩き出した。
***
「ここにしよう」
いろいろ迷ってはいたが、入ってすぐの扉を開けて、自分の部屋にした。
後ろからついてきたデルバー学長が、扉の開け方を教えてくれた。
扉に手を当て、魔力を通す。
それで私の部屋になったようだ。
中は広々とした空間で、入ってすぐに、広い応接間になっていた。
左側にはキッチンがあり、左側の壁には順にドレスルーム、書斎、寝室の扉が付いていた。
その向かいの壁には、トイレ、浴室という並びで扉がついている。
思いの外、浴室は広く作られていた。
家具は備え付けられており、そのまま生活ができそうだった。
「すばらしいですね」
順番にドアを開けた後、自然と感嘆の声を上げていた。
よほど興奮していたのだろう。
次々と扉を開いて行ったために、すべて開けっ放しになっていた。
マナーがなってない。
あまりはしゃいでは、子供のように思われるかもしれない。
そう思って、閉めて回ろうとしたら、すべて自動で閉まっていった。
「閉め忘れ防止じゃよ。便利じゃろう?」
妙なところで便利機能がついていた。
自慢そうな顔を見て、自分が子供のようにはしゃいでいたことに気が付いた。
もう、おとなしくしていよう。
あまり子供っぽくみられるのも、落胆させてしまうかもしれない。
「これは生活必需品を買い揃えなくていいですね」
努めて平静に話をする。
立派に何でもできるということを、認めてもらわなくてはいけない。
失望されることだけは避けたかった。
そして、それを買うために用意していたお金を使わなくてもよさそうなことに、安心した。
私は支度金として預かっているお金を無駄にはできない。
父上の手紙からは、それ以上は渡さないということが書いてあった。
「ん。それは無理じゃよ。雑貨類はないからの」
食器棚を魔法で開けたデルバー学長は、当然だという顔だった。
たしかに、中には何も入っていなかった。
そのほかの棚を開けてみたが、中身は空っぽだった。
それもそうだ。
雑貨は好みがある。そこまではされる方も困るだろう。
しかし、誰かがここに住むことを想定して作ったのだろうか?
相変わらず、何かを期待している学長の意図が分からなかった。
こんな時に、なんていえばいいのだろう……。
人と接しなかったことが、これほど問題になるなんて思わなかった。
そういえば、同年代の人と過ごすことも初めてだった。
私にとって何もかもが初めての事。
慎重にしないといけない。
失敗するわけにはいかないのだ。
とりあえず、あの視線から逃げたかった。
何かを期待するあの視線からは……。
対応方法が分からない以上、対策を練るしかない。
そのためには、一度外に出ないと……。
「雑貨をかわないと……」
話の流れから、それが一番いい方法のはずだ。
失敗はしていないはず。
「デルバー先生。王都で雑貨屋とかありますよね……?」
恐る恐る確認してみた。
「もちろんじゃ、わしのおすすめはハンナの店じゃ。どれ、地図を書いてやろう」
デルバー学長は雑貨店の場所を示した地図を渡してくれた。
案外近そうだった。
そっとその顔を覗き見る。
特に不満そうな表情はしていなかった。
よかった……。
これで、少し考えることもできる。
さっそく、外出しよう。
「ありがとうございます。さっそくいってみます」
さっそく部屋を後にしようとした。
「ヘリオスや、専用空間は使こうてはいかんぞ」
デルバー学長は、またもくぎを刺してきた。
やはり、心配されている。
でも、落胆はさせていないはずだ。
「もちろんです!」
初めての雑貨購入に早くも心躍らせている……。ふりをした……。
人の顔色を見るのは慣れている。
人を避けることも慣れている。
でも、人とどう接すれば正解なのか、それが分からない。
「いってきまーす。」
とりあえず、一刻も早くここから逃げたかった。
その想いを受けて、私はここを、走って出て行った。
***
「やれやれせっかちなことじゃわ。おや……わし、留守番かの……」
残されたデルバー先生は、少しさびしそうだった。
ヘリオス。
難しく考えすぎなんだと思うよ。
あの爺さんは、お前に喜んでもらいたかったんだ。
お前が緊張することは無い。
お前の好きにしていい。
そういう気持ちなんだと思うよ。
ここにしても、お前のために用意したんだろう。
ゴーレムがお前を守ると言ってたんだ。
ただ、お前のために、喜ぶお前が見たかったんだろう。
たしかに、お前は人の好意に慣れてないから仕方がないのかもしれないが、少なくとも笑顔を向けられているんだ。
信じてみようじゃないか。
あの爺さんは、お前の味方になってくれると俺は信じるよ。
少なくとも、俺はあの爺さんを気に入ったよ。
魔術師デルバー。
直接会って話をしてみたい。
俺はまた、楽しみが増えていることの気が付いた。
お前がうらやましいよ、ヘリオス。
たぶん、お前が一歩踏み出せば、世界が変わるはずだ。
たぶん、お前が爺さんの自慢に同じように喜んでいれば、走りださなくてもよかったともうよ。
これからの生活が思いやられるが、お前がしんどくなったら、俺が代わりに演じてやる。
お前がここで楽しく暮らせるように……。
***
学士院アカデミーの島から出て、王都内にはいる。
基本的に、ここの出入りは何も言われない。
門兵も私の顔をおぼえてくれたようで、軽い挨拶に応じてくれた。
もらった地図を頼りに雑貨店を探す。
さっき考えたよりも、かなり近くにあるようだった。
まあ、毎年学生が来るから、近くにないと不便なのかな?
貴族のすべてが裕福な暮らしをしているわけではない。
特に、ここに来るのは、長男以外と聞く。
そう考えると、貴族といっても、お手頃なものを購入する必要があるわけだ。
納得のいく答えに満足する。
解答の見えない問題ばかりじゃない。
そう思うことにした。
*
「すみません」
緊張する……。
考えてみれば、自分一人で、こういった買い物をしたことがなかった。
店のドアを開けたとき、店の中は、いい匂いであふれていた。
何かこう、気分を和らげてくれるような感じだ。
一体なんの臭いだろう?
その正体を探る前に、向こうからかわいい声で挨拶してくる姉弟がやってきた。
「いらっしゃいませ」
赤髪でツインテールと呼ばれる髪型をした少女が、かわいらしく接客してきた。
「いらっしゃい……」
その少年は恥ずかしそうに後ろにいる。
少年を横に出して、少女はきつくにらんでいた。
そして、私に向けて、はちきれんばかりの笑顔で挨拶してきた。
「ハンナの店にようこそ。私は娘のアネットといいます。この子は弟のコネリーです。何か御入り用ですか?」
人懐っこい笑顔。
アネットは店を体全体で紹介していた。
その動きは役者のように大げさだった。
「ほら、コネリー!」
アネットはコネリーに何か指示した。
コネリーは恥ずかしくてそれができないようだった。
「お姉ちゃん……」
どうしても恥ずかしいのだろう、すがるような視線だった。
「もう、あんたは。そんなんじゃ一人前の店員になれないよ……」
大げさにため息をついていた。
本当に残念そうに思っているに違いなかった。
「ぼく、いいよ……。できないもん……」
それに反応するかのように、半ば投げやりな態度を見せていた。
何となく、その光景に見覚えがある。
コネリーを見ると、私自身を感じてしまう。
きっとこういう風にみられていたんだ。
そして、ヴィーヌス姉さまは、こういう風に思ってたんだろうな。
アネットは、口では厳しいものの、その目は優しかった。
「こら、コネリー。お客様の前ですよ。おほほ。お客様、何なりとお申し付けくださいね」
言いたいことは、山ほどあるようだが、今は接客とばかりに私に向けて笑顔を向けていた。
「とりあえず、食器のセットとかある?派手なものでなく」
手ごろなものを訪ねてみた。
自分で何かを作るのは難しい。
だから、まずは紅茶を飲むものが欲しかった。
「それでしたら、こちらはいかがでしょう」
白い陶器に金色の縁取りのある食器セットを指していた。
そこには、いかにも子供の字で金貨2枚と書かれていた。
「金貨2枚か……。高くない?」
来るときにベルンで見た食器の値段を考えてみた。
荷物になるわけではない。
購入しようか迷ったが、どうせなら、王都で買いたいと思ったから買わなかった。
でも、金額は覚えている。
同じようなものが金貨1枚だった気がする。
「ほう、お客さん。物の価値がわかるのですな」
芝居がかった様子のアネットだった。
しかし、その姿は幼く、子供の遊びにしか見えなかった。
そう言って値札を取り換える。
そこには金貨1枚と書いてあった。
元ものおいてあった値札とデザインが違うことから、どうやらそれは正規のものではないらしい。
唖然とする私に、アネットは嫌味なく告げてきた。
「物の値段なんて、その人がどう思うかですよ。高いと思えば、そう言えばいいんです」
さらりとすごいことを言ってきた。
その顔は、自分の信念を言っているのだろう。
正直、すごいと思った。
自分の意見をこれほどまでにいえる。
しかも、年上の私に対しても堂々と言えていた。
それも、貴族の私に対して。
コネリーは後ろでおろおろしている。
ふと、視線を下げると、アネットも両手でエプロンをしっかり持っていた。
強気なことを言っても、子どもは子どもだ。
なんだか少し安心した。
この子は必死に背伸びをしている。
なんだか親近感がわいてきた。
「そうだね。でも、うらまれないかい?」
ただ、心配なのはそこだった。
何かをすれば、注目されればされるほど、それを快く思わないものもいると聞く。
まして、客商売ではどうだろう。
言い方を変えると、だまされる客は面白くないだろう。
ここは学士院からそう遠くないところにある。
そうすると、この時期には貴族の子弟も買い物に来るかもしれない。
私もその一人なのだが……。
それは置いておくとしても、貴族の不満を買うとどうなるか、わかったもんじゃなかった。
「……。ないわけではないですね……」
私から目をそらすと、そう言って口を閉ざしていた。
「……大丈夫かい?あまり無茶しないようにね……」
この姉弟、特に姉の方が危なっかしいようだ。
同じ姉と言っても、ヴィーヌス姉さまとはずいぶん違うのだ。
でも、私が何か出来るわけでもなく、ただ、そう言うしかなかった。
「それはそうと、いつも二人で店番をしているの?」
話題を変えよう。
また、解決できないことが増えてしまった。
人と接すれば接するほど、こういう事は増えるのだろうか?
自分でもどうしてこの姉弟に、これだけ話すのかわからない。
ただ、まだ帰るべきではないと、なんとなく思っていた。
「いえ、いつもは母がいます。今ちょうど買い出しに行っているんで、二人で留守番してたんです」
自分たちは単なる留守番で、いつもお母さんの手伝いしかしていないことを話していた。
やり取りは見て覚えたようだった。
それもで、まずまずの対応と思えた。
「でも、まあ様になっていたよ」
素直に彼女たちをほめていた。
それは私の正直な感想だ。
「えへへ」
素直に喜ぶアネットは、やはり年相応の感じだった。
私の方が年上なのだ。
心配しても、何かできるわけでもないが、そう思うことはわるいことじゃないはずだ。
*
順番に、それ以外のものも見せてもらっていた。
ほのぼのとした時間が過ぎていく。
こういう時間も悪くないと思っていた時、それは突然やってきた。
乱暴に開かれた扉が、悲鳴を上げている。
突如沸き起こった不快感。
でも、それはすぐに自分のわがままだと感じた。
反省のため、あらためて扉の方をみる。
そこには3人の少年たちがいた。
少年たちは店の中を見渡し、私のために探し物をするアネットを見つけると、乱暴な目つきになって近づいていった。
「おい、おまえ。ここで買ったティセット。それなりのいいものだといってたが、とんでもなく価値がないみたいじゃないか。どういうことだ?」
どうやら、少年たちは見る目がなかったようだ。
「お客様。それはお客様も同意されたと思います……。私といたしましては、私どもの価格にお客様がご納得されて購入されたと思っております」
エプロンをしっかりと握って、さっき言ったように精一杯返答していた。
心なしか、声が震えている。
それもそうだろう。
自分よりも年上の少年3人に囲まれて、恐れない方がおかしい。
しかも、相手はその恰好から貴族だ。
アネットのその姿に、勇気を感じていた。
「するとなにか、おまえはこのモンターク=フォン=フリューリンクの友人は見る目がないといいたいのか?」
後ろにいた、体つきの大きい少年が前に出て、少女を威嚇しながら話しかけてきた。
フリューリンク家といえばアウグスト王国において4大貴族とされる家柄。
その家のモンタークと名乗る少年は、貴族といっても別格の家格となる子供だろう。
そして、その取り巻きが二人いる。
話の流れからは、その取り巻きの一人が、ティセットをアネット作の表示価格で購入した。
しかし、購入したあとに価値の分かる人がその適正価格を見抜いたということだろう。
そして、そのことで店に文句を言いに来た。
そんなところだろう。
アネットのいたずら――そう言ったら怒られるかもしれないが――が、災いした。
通常ならそういう場合は返品できるようだ。
ひょっとすると、ここの店主はアネットのやっていることを知ってるのかもしれない。
店にもしっかりと表示してある。
無難に切り抜けるのならば、返品してもらえばいい。
私なら、そうする。
まあ、最初から、そんなことはしないが……。
「お気に召さないのであれば、返品していただければ……」
予想通りのアネットの対応。
それでいい。
私はその対応に満足していた。
「バカをいうな!僕をコケにしておきながら、それで済むと思うな!」
しかし、その申し出は、4大貴族家の関係者というプライドがじゃまをしたようだった。
価値が分からなかったということが問題だった。
彼らにとって、もはや騙されたということにしなければならなかった。
そして、その報復をするためにここに来たのだ。
いきなり、もう一人の少年がアネットの髪を引っ張っていた。
「いたい!」
アネットは髪を引っ張られた痛みとその力によって大きくバランスを崩し、床に倒れていた。
髪を引っ張った少年は、自分の手に何本か抜けたアネットの髪の毛を、うっとうしそうに振り払う。
「お姉ちゃんをいじめるな!」
声がかすれている。
精一杯の勇気を振り絞っているんだ。
コネリーは、その少年の足にしがみついた。
何という勇気。
あれだけいろんなことを恥ずかしがって、決して姉の後ろから姿を現さなかったコネリーが、勇敢に立ち向かっていた。
姉を守りたい一心で。
「ガキが、鬱陶しい!」
少年はそのまま足を大きくうごかし、コネリーを振りほどこうとしていた。
しかし、コネリーは目を閉じて、必死にしがみついている。
なかなか振りほどけない少年は、あいている手で、コネリーを殴った。
たまらず手を放すコネリー。
少年はすかさずコネリーを蹴とばしていた。
コネリーは、痛みと恐怖で動けなかったのだろう、少年の蹴りをまともに受けていた。
「コネリー!」
たまらずアネットが叫ぶ。
コネリーは大きく弾き飛ばされて、店の棚で頭を打っていた。
「うあーん。いたいよー、いたいよー。おねーちゃーん」
大泣きするコネリーを見て、アネットはその少年に向かっていく。
アネットの気迫に少し気圧されつつも、少年はアネットと対峙した。
「こんな小さな子に暴力をふるって、恥ずかしくないの!」
精一杯の文句。その目は今にも泣きそうだった。
「平民が貴族にたてつくからだ。身の程をしれ!」
モンタークが前に出て、アネットを平手打ちにした。
たまらず崩れるアネット。
そこに駆け寄るコネリー。
笑う少年たち……。
ゾワリ……。
這いずるような、妙な感覚が私の中で生まれていた。
心の奥から、頭のようなものを起こしながら、這いずりだしてくる感覚がした。
そう、私はすべてをみていた。
アネットの髪を引っ張った。
何もしていないのに。
コネリーが殴られて、蹴とばされた。
ただ、しがみついただけなのに。
ただ、姉を守ろうとしただけなのに!
アネットが叩かれた。
ただ、弟を守ろうとしただけなのに!!
そのたびに私の中の何かが騒ぎ立てていた。
そして最後の笑い声。
その何かが、私の中で私を突き動かしていた。
なんだ?
私の中でうごめいているもの。それが何か分からなかった。
「きみたち、いい加減にしたらどうだ。同じ貴族として恥ずかしい!」
私の中で渦巻いていた感覚が、凶暴な力となって私を突き動かしていた。
何かが私の中で大きくなっていくのが分かる。
その凶暴さに、私は必死で抗っていた。
私の意志とは別に、私の口は動いていく。
私の意志とは別に、凶暴なまなざしを向ける。
私にはない威圧感を放ちながら、私は少年たちに話していた。
「フリューリンク家のご子息。私はヘリオス=フォン=モーント。この場でのやり取りは私がこの目で見ているが、その行いはフリューリンク家の行いとして恥じないものでしょうか?平民とはいえ、相手は成人もしていない無抵抗な子供。それに3人の貴族が暴行を働いたことはこの目で見届けておりますぞ」
その心地よさに酔いしれそうになる。
このままその意志に従って暴れだしたいという感覚にとらわれていた。
睨みながら、少年たちににじり寄った。
今まで感じたことのない感覚。
こんなものが私の中にあったなんて……。
この感じに身を任せるのもいいのかもしれない。
そう思ったその時、頭の中で、何かが叫んでいる気がした。
(ダメー!)
そう聞こえた。
何かが叫んでいた。
誰かの声が私を呼んでいる。
誰だ?
私を呼んでいるのか?
しかし、その声は、私をなぜか落ち着いた気分にさせてくれていた。
*
「英雄の……」
少年たちは私がモーント家の人間であることから、この威圧感に納得していたようだった。
そしてそれに対して自分たちが不利であることを認識した様子だった。
「ふん……」
憎しみを込めたまなざしを向けて、3人たちは店を出て行った。
アネットとコネリー呆然と私を眺めていた。
「アネット、コネリー大丈夫かい?」
そこにはいつもの私がいた。
一体あれは何だったのだろう?
私を突き動かしたものが分からない。
私を穏やかにしたものが分からない。
わからないことだらけだ。
誰か、代わりに答えてくれないかな……。
うんざりした気分の中、二人の無事を確認する。
幸い大きなけがはなかった。
「ありがとうございます。ヘリオス様」
アネットは深々と礼をいい、コネリーもそれをまねていた。
本当によかった。
その姿を見てそう思えた。
この店は、私の中で大切な場所になりつつある。
ただ、だから守りたいのだと思うことにした。
「大したことなくてよかったね。これにこりたら、ああしたことはもうやめといたほうがいいよ。貴族はプライドが高いからね、特に貴族の子どもは何するかわからないしね。」
アネットへの注意を忘れなかった。
その時、また扉が開いて、女の人が一人入ってきた。
「アネット、コネリー。どうしたんだい!?」
女の人は店の様子と子供たちの様子に動揺しているようだった。
恐らくあの三人とすれ違ったに違いない。
私のことは一瞥し、様子を聞きに二人に駆け寄る。
普通なら客に見えると思うが、それよりも二人が心配だったのだろう。
たぶん、この人がハンナさんだ。
自然とそう思えていた。
思ったよりも大したことはないことが分かったのか、女の人はほっと胸をなでおろしていた。
そして、二人からわけを聞いた女の人は、私に向かって深々と頭を下げていた。
「助けていただき、ありがとうございます。お嬢様。私はハンナ。この店の主人です」
そしてハンナは勘違いをしていたようだ。
この店を守ったのは、間違いなく二人だ。私は見ていただけだ。
何もしなかった。
それを言っても仕方がない。
最後に手を貸したことだけは事実だから、それに対して言われたのだと思うことにした。
私は見ていた。
しかし、何もしなかったから、アネットもコネリーも怪我をしている。
感謝されることは何もしてない……。
私は見ていただけに過ぎない……。
しかし、もう一つの方だけは訂正しておこう。
「すみません、私はヘリオス=フォン=モーントといいます。そして、これでも男です」
それは、もはやなれた紹介だった。
三人とも息をのむ。
信じられないという感じが伝わってきた。
それも、初対面の人がする対応。
そして、それ以外では、私は興味を持ってもらえない人間だ。
沈みゆく気分を、ハンナが両手をたたいて振り払ってくれた。
「ヘリオス様!ちょうどいいのがあるのです。そんなあなた様にお似合いだと思いますよ!」
何かわからないが、おすすめなのだろう。
アネットもコネリーも笑顔だ。
それからいろいろハンナに教えてもらいながら、生活に必要なものを買い揃えていく。
ちょっとした娘自慢、息子自慢を聞きながら、私はこの場所を気に入っていた。
またこよう。
買い物が終わるころ、この場所は、王都で初めて私が大切に思えるところになっていた。
無事に買い物ができたヘリオス君はいよいよ入学式?となるようです。
まだまだ月野君の出番はなさそうです。




