ガイド
アカデミーの案内人が登場します。
「さて、それではそろそろ学士院を案内させるかの……」
そう言って、デルバー学長は机のボタンを押していた。
誰かを呼んでいるのだろう。
待つ間、私は部屋の中をあらためて見まわした。
魔法の力にあふれている。
本当にすごい部屋だった。
しばらくして、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「よいぞ、はいってよいぞ」
デルバー学長はドアを見ずに入室を許可している。
一体どうやって人を認識するのだろう?
魔法が発動した様子もない。
何か仕掛けがないものかと探ったが、それらしきものはなかった。
そもそも、ここは学長が許可しないでドアから入室すると強制転移させられるらしい。
それを知っている人は、必ずそこで待つだろう。
怪しい人間はそう来ないということだろうか?
部屋に仕掛けがないとすると、デルバー学長自身だけが分かるのだろうか……。
嫌なら許可をしなければいいのだ。
しびれを切らしては言った侵入者は、侵入者ではなくなってしまう。
その行先は湖の中ということから、また10階まで上る羽目になる。
それどころか、また門番の前を通らねばならない。
ずぶ濡れの者がくると、さすがに怪しいだろう。
そして、湖にも危険はあるようだった。
自分の許可した者だけが入室できる仕組み。
極めて合理的なものに感じられた。
転移の指輪があるにせよ、普段はしっかりドアから入るべきだろう。
それが教えを乞うものの態度かもしれない。
私は密かに心に決めていた。
*
「失礼します」
「失礼しますよ」
そう言って入室してきたのは、二人の男女だった。
なぜか微妙な距離感で入室した二人は、とても感じのいい人たちだった。
デルバー学長は、私を前に出して二人に紹介した。
「これは、わしの孫のヘリオスじゃ。なかよくしてやってくれの」
デルバー学長は、とんでもないことを言ってきた。
いつからそうなった?
「失礼ですが、学長。ご結婚されていましたか?」
好青年の方が、学長に真面目な顔で質問をしていた。
「なんじゃおもしろーないの……。これ、ヘリオスや。ぼさっとしとらんで、挨拶せい」
デルバー学長は、そっぽを向いていた。
自分の思うとおりに運ばなかったことが不満なようで、まるで子供のようだった。
「初めまして、私はヘリオス=フォン=モーントと申します。私のことはヘリオスとお呼びください」
初対面、しかも年上だ。
礼儀正しく挨拶をした。
「英雄の……」
好青年がそっとつぶやいた。
その言葉は、私の胸の奥に小さなとげとなって突き刺さる。
そうだ。
私はどこに行っても、それからは逃れられない。
しかし、それがあるからここにいることができる。
「初めまして、私はカルツ=ツー=バーン。3回生になります。よろしく。私もカルツでいいよ」
平均的な体つき。
そこからは貴公子のような気品を漂わせていた。
しかし、私が近づくと、一歩下がっていた。
「ボクはメレナ=ツー=インだ。これでも女の子さ。同じく3回生になったばかりだよ。ボクのこともメレナでいいからね」
カルツ先輩を横目で見ながら、メレナ先輩はにこやかに、握手を求めてきた。
日に焼けたその体は、健康美そのものだった。
ヴィーヌス姉さまとは違う美しさが、そこにあった。
「あーいっとくがな、ヘリオスは男の子じゃぞ」
意地悪そうな顔で、デルバー学長は告げてきた。
しかし、その声は楽しそうだった。
瞬間、何を言っているのかわからない顔のメレナ先輩とカルツ先輩。
「はい、これでも性別は男になってます」
言われてみれば、その誤解を訂正してなかった。
いつもの調子で訂正する。
「!?」
メレナ先輩は伸ばした手をあわててひっこめていた。
そして、一歩遠ざかる。
「デルバー学長。私、なにかしたのでしょうか?」
あまりの状況の変化、学長の方を振り返った。
「ほっほっほ。なに。メレナは男嫌いじゃて。ついでにそこのカルツは女性恐怖症じゃ。二人ともかわいそうにのー……」
とんでもないことを知ってしまった。
「学長!?」
「学長!!」
二人は一斉に抗議していた。
それもそうだろう。
そんなことが知れ渡れば、何かと不利になるに決まっている。
「ん?おーおー、すまん。すまん。これヘリオスや。このことは内緒じゃったわ。忘れとくれ」
とんでもないことを聞いてしまった。
というか、完全に私に責任をなすりつけている……。
ゆっくりと二人を見るため振り返った。
「絶対に秘密ですから」
カルツ先輩の血走った目は怖かった。
しかし、やはり私には近づけないでいた。
「しゃべったらしょうちしないよ」
メレナ先輩の全身から立ち上る、ただならない気配。
正直生きた心地がしなかった。
しかし、こちらもまた私には近づけないでいた。
「えっと……。すみません。わすれました!」
とりあえず、ごめんなさいとばかりに頭を下げた。
突然の態度に、二人は顔を見合わせる。
「ほっほっほ、心配ないぞ、二人とも。ヘリオスはわしの孫じゃからの」
そういって楽しそうに笑う学長は、やはり食えない老人だった。
*
「それで、我々を呼んだのはどういうご用件でしょうか?」
気を取り直してカルツ先輩が用件を聞いていた。
その顔は何となくわかっている様子だった。
「お主もわかっておろう?案内じゃよ、ヘリオスの。わしの孫は大切にせいよ」
そう言ってデルバー学長は何やら紙を渡していた。
「本当によろしいので?ここにヘリオスが住むのですか?」
カルツ先輩は、その紙をみて学長に確認する。
その顔は唖然としたものだった。
「よい。この子はかわっとるんでの、そこでちょうど良い。ほれ、いかんか。時間は有限じゃぞ」
意味ありげにカルツ先輩に言うと、追い立てるようなしぐさをしていた。
「懐かしい言葉……」
母上から言われていたことは、もともとこの人から始まっているかもしれない。
最近では言われなくなったが、あの時はそう言われるたびに体が委縮したものだ。
私の成長に伴い、魔法もできるようになった。
母上も以前のようではなくなったが、時折見せる憂いの表情がなぜか今蘇ってきた。
その時は決まって、私ではない私を見ているような、そんな視線を感じていた。
しかし、今はそのことを考えている場合ではなかった。
これから学士院を案内してもらわなければいけない。
自らの思考を中断して、私は今すべきことをしていた。
「それではデルバー先生、今後ともよろしくお願いします」
学長に挨拶して二人に向き直る。
「カルツ先輩、メレナ先輩。ご指導よろしくお願いします」
頭を下げてお願いした。
「ほれほれ、わしの孫がまっとるで、さっさと案内せい」
学長は相変わらず孫に甘い爺さんになっていた。
「はい」
「まかせてよ」
それぞれ、学長に返事をする。
そして私についてくるように指示して、二人は学長室を後にしていた。
あらためて、デルバー学長に挨拶をして、私はその後を追った。
もちろん、微妙な距離感を感じていた。
***
「それでは、大まかに説明するね」
一旦正面玄関まで移動したあと、先輩たちはそこから説明をしだしていた。
カルツ先輩は男とわかっていても、私の顔を見るたびに遠ざかっていた。
説明しているうちに近づくものの、顔を向けると遠ざかる。
そんなことが繰り返されていた。
「この玄関から右回りに外壁塔があるよね、それぞれ順に、学生塔、練武塔、魔術塔、そして今いた教員塔だ。そしてこの中央にあるのが国立魔導図書館だ」
カルツ先輩は続けてそれぞれの外壁塔を説明していった。
「大体は名前からわかると思うけど、学生塔は学士院の生活の中心になる。最初の頃は、ほぼここで過ごすことになるとおもうよ。学年ごとに階が違って、1階は共有。2階と3階が1回生。4、5階が2回生。6、7階が3回生。8,9階が4回生となっている。ちなみに9階は特待生の教室にもなっているよ。そして10階は特別空間になっていて、実習とか演習とかに使われる。使用できる空間は全部で10個あり、予約制だ。教員塔の受付で申請すればいい。あと、成績上位には部屋があてがわれる」
これが学生塔だった。
回生制度は単位を取得すると次に進め、飛び級試験に合格すれば一気に駆け上がることも可能のようだ。
各階には規定を満たさないと登れないようで、10階だけは専用魔導具により転移可能だった。
「1階部分には食堂、医務室、礼拝堂、娯楽室、談話室、自習室があるよ」
メレナ先輩が補足して説明してくれた。
「次に、練武塔だ。ヘリオス。君はみたところ古代語魔法使いだよね。失礼だけど、直接戦闘はできるのかい?」
カルツ先輩は少し申し訳なさそうに尋ねてきた。
「いえ、私は父の才能はほとんど受け継いでいないようです。直接戦闘は全くダメでした」
事実をそのまま話した。
英雄マルスの息子なのに……。
「そうか……」
カルツ先輩は余計なことを何も言わなかった。
その配慮が痛いほどわかる。
ただ、同情のようなものは感じなかった。
単に、確認しただけのようだ。
この人はそういう人のようだ。
「じゃあ、ボクが鍛えてあげよう」
右のこぶしと左の掌を打ち合わせて、小気味よい音を立てる。
そこには得意顔のメレナ先輩がいた。
「……いえ。……おてやわらかに……」
有無を言わさぬ目だった。
拒否権はないんですね。
あきらめるしかないんですね。
ふと、ウラヌス兄様のことが頭に浮かぶ。
しかし、メレナ先輩からはそんなそぶりは見えなかった。
単純に、私をしごこうとしているように感じた。
「まあ、メレナもほどほどにね。そして、あそこは武術の鍛錬場だね。各階にマスターがいて、鍛錬を手伝ってくれる。ちなみにわたしは剣と盾の騎士スタイルなので、1階にいることが多い」
カルツ先輩はそう説明した。
メレナ先輩のことについては、もう確定のようだった。
「ボクは体術だよ、5階にいる。覚悟するんだね」
そう言ってメレナ先輩は、その親しみやすい笑顔を向けてきた。
その笑顔に思わず半歩退いてしまった。
初めて私の方から遠ざかった瞬間だった。
「そしてその隣が魔術塔だ。ヘリオスはここに用があると思うけどね。ちなみに、2,3,4階が信仰系魔法だよ。私とメレナは回復魔法をつかうから、そこにいることもある」
カルツ先輩はそう説明した。
騎士であり、信仰系魔法ということは聖騎士というわけだった。
「すごいですね。聖騎士ですか」
本当にすごい。この年齢で聖騎士なんて、よほどの才能だと思われた。
羨ましいと思う。
古代語魔法は好きだが、もし、仮に私に父上の素養を少しでも受け継いでいたならば、迷わず私はその道に進んだだろう。
私にとって、古代語魔法はそれしかなかったというものでもあった。
あらためて、尊敬の目でカルツ先輩を見つめなおす。
なぜかカルツ先輩は少し距離を取っていた。
微妙にメレナ先輩が笑っていた。
咳払いをしたカルツ先輩がその先を続けてきた。
「彼女は体術と信仰系魔法なので、修道僧という特別な人だよ。」
こういうやり取りは何度も行っているのかもしれない。
すこし投げやりなカルツ先輩に対して、メレナ先輩はこれでもかというくらいに胸を張っていた。
「すごいですね。修道僧の方とお会いしたのは初めてです」
単に、戦える神官だとおもっていた。
まさか、修道僧だなんて……。
なんて言っていいかわからない。
言葉を失うとはこのことだった。
更に珍しい修道僧。自らを癒しながら戦闘することができる戦闘好きが多いと聞く。
憧れのまなざしでメレナ先輩を見てしまう。
やはり得意そうなメレナ先輩。
いや、まてよ?
そんな人に教わる体術って……。
言い知れない悪い予感。
必死に外れるように祈った。
「そして、5678階が古代語魔法。それぞれ系統と属性でわかれるから、つく師匠によって階がきめられるかな……。詳しくは知らないけどね。そして9,10は実技空間らしい。私は使ったことがないよ」
「ボクもだよ」
この人たちは基本練武塔にいるらしい。
「最後は教員塔だけど、ここはさっきいったからいいよね。1階以外はたぶん用事はないよ。ああ、学長の部屋には注意してね、しっているかな?」
私は黙ってうなずいた。
「よし、これで外壁塔の説明はおわり。次に魔導図書館。ここはこの学生ならだれでも入れる。しかし、禁書室は許可がないと入れないよ。許可は魔術認証だから、偽造はまず無理だろうね。そして上位者専用の部屋もある。頑張るとそれなりの特典がつくものさ」
「学士院の中はこんなもんだよ。普段は学生塔にいるか、慣れてくると、練武、魔術どこかにいることが多いね」
自分は練武塔にいることが多いと、カルツ先輩は付け加えていた。
「カリキュラムは自分で申請するんだよ。1年で所得する単位というものがあるから、それを取っていけばいい。授業を受けて、試験を受ける。それを通ると単位がもらえて、それを集めていくと次の回にあがれるというわけ。わかる?」
大まかな単位制度と言うのは理解していた。
「つまりはスタンプ集めというわけですね」
私なりの理解を示しておく。
「あはは、そうそう、そんな感じだね」
カルツ先輩は楽しそうに笑っていた。
どうやら私の判断に間違いはなかったようだった。
「君、案外おもしろいね」
メレナ先輩の目が怪しく光る。
その目の力に一瞬だが体が硬直した。
まさしく、獲物として認識されたような感じだった。
身の危険を感じた。
何か、ないか?
必死に考えを巡らして、私は一つの解答を見つけた。
「メレナ先輩。私も男です。覚悟を決めました!」
男らしく宣言した。
メレナ先輩はその事実を思い出したようで、先ほどの視線は感じなくなった。
その言葉は思ったよりも効果があった。
その後、二人とも私とは微妙な距離を保つ。
はたから見ると正三角形のような位置取りだった。
「あはははは」
自分で言った一言だったが、わらうしかなかった。
*
「じゃあ、今度は学士院の外に出て、宿舎の案内をしよう」
カルツ先輩がそう切り出してきた。
そのしきり方はさすがだと思った。
ここは貴族の子弟が通うので、家格により宿舎も違っているようだった。
学士院に一番近いのは王族や公爵、侯爵、辺境伯、伯爵までの建物で、すべて広い個室があてがわれていた。
次の建物が、子爵、男爵、準男爵となっていた。
通常ならば、私は一番近いところに部屋が用意されているはずだった。
しかし、学長が用意したのは、教員塔の真下にある今は使われていないという一軒家だった。
その前には複数のゴーレムがたち、無断侵入者を排除する役目を持っているようだった。
ここに入る前に見た、あれだった。
「あのー。ここですか?」
あまりと言えばあまりな仕打ち。家と言うよりは小屋。しかも、物置小屋。
向こうに見えるグリフォンの飼育小屋の方が立派だった。
ちょっと涙がでてきた。
カルツ先輩は律儀にも、もう一度学長から渡された地図を私に見せてくれた。
ここで間違いないとその目が告げる。
小屋の方はあきらめよう。
しかし、問題はその前に立つ存在。
ゴーレムたち。
明らかに、なぜかこんな小屋を守っている。
「……私、ここに入れるんでしょうか?」
二人を見たが、二人とも目を合わさないようにしていた。
「……よし、はいるか……」
一体のゴーレムの前に進んでいくと、一瞬にして、ゴーレムたちは起動した。
しかし、私の何かを認証したようで、特にすぐに元の姿勢になっていた。
よかった……。
そう思って二人を見ると、二人とも同じ顔をしていた。
しかし、カルツ先輩は何かを思ったようで、自身もゴーレムに向かって歩いていた。
すかさず、ゴーレムたちは警告を出してきた。
「立ち去れ」
短くそう言うと、攻撃の態勢になっていたので、あわてて距離を取っていた。
先輩が離れると、ゴーレムたちは元の態勢に戻っていた。
「どうやら壊れてはいないようだね。そして、私たちはここまでのようだ」
カルツ先輩はそう言って、私の手を振った。
私の顔を見ないようにして……。
「またな、ヘリオス!」
メレナ先輩はさわやかに、手を振っている。
「お二人ともありがとうございました」
頭をもう一度下げて、扉を開けて中に入る。
一瞬光があふれだし、思わず目を瞑っていた。
まばゆい光を避けるように、扉を向き、ゆっくりそれを閉めていく。
閉めるに従い光が和らぐのが感じられた。
***
「ここってあれだよね……」
「ああ、そうだよ」
後に残された二人は、しばらく無言でその家を見ていた。
しばらくたっても出てこないことを確認したのか、学士院へと帰って行った。
もう一度改めて、俺はその場所を眺めていた。
二人が見ていたその先には、小さな小屋、それを守るように配置されているゴーレムたちがいた。
正面に立つゴーレムの横に、小さな看板が立ってあった。
(デルバーの秘密基地)
そこにはそう書かれていた。
女性恐怖症のカルツさんと男嫌いのメレナさん実は二人は利害の一致から一緒にいることが多いんです。もちろんパーティメンバーでもあるのです。
これからヘリオス君はどうなっていくのでしょう?




