ルナの決意
屋敷に無事に変えてたルナ、そこに新たな問題が・・・
「ルナ、よかった!」
屋敷の玄関でまっていたヴィーヌスが駆け寄り、ルナにそう話す。
その顔は、心配で疲れきっていた。
「ごめんなさい、お姉さま……」
俺の背中であやまるルナ。
その瞳は涙をたたえているのだろう、声が震えていた。
「ヴィーヌス姉さま、どうやらルナは足をけがしたようです。魔法をお願いします」
ヴィーヌスに簡単に状態を報告する。
「ええ、ヘリオス。ありがとう」
そう言ってヴィーヌスはルナに魔法をかけていく。
一瞬ののち、ルナの足の痛みは引いたようだった。
ルナは回復魔法のすごさに改めて驚いていた。
俺も同感だ。
屋敷の外から複数の男の気配がしてきた。
「ヴィーヌス姉さま、早くルナを連れて行ってください……。それと、こんなこと押し付けて申し訳ございません。」
押し付けるわがままを、願いと共に謝罪する。
とたん、悲しげな表情となる、ヴィーヌス。
その顔に、俺は改めて、この姉とヘリオスのためにすべきことを考える。
原因が何かわからないが、この姉弟に安らげる日々を送ってほしかった。
「姉さま、僕なら心配ありません。それと……。くれぐれもお願いしますね」
ヴィーヌスの目を見ながら、あとのことはお任せする。
きっとうまくフォローしてくれるに違いない。
男たちは、すぐそこまでやってきていた。
俺の気持ちを感じてくれたのか、ヴィーヌスはルナの手を引いて、一刻も早くこの場を立ち去ろうとしてくれた。
これでいい。
真実は必ずしも人を幸せにするとは限らない。
そんな真実ならば、隠してしまえばよかった。
これから起きることは予想できる。
屋敷にいたヴィーヌスならば、そのことは知っているはずだ。
だから、あとは任せよう。
心の中で、嫌な役目を任せるヴィーヌスに、再び謝罪する。
その扉が閉まるのを待って、俺はこれから起こる現実を、受け入れようと心に決めていた。
すまないな、ヘリオス。
また、肩身の狭い思いをさせるかもしれないが、俺とお前の仲だ。
許してくれとは言わない。
ただ、わかってくれ。
伝えるべき相手に、伝わらないのは心苦しいが、それでも俺はヘリオスに謝っておきたかった。
***
「あ。姉さま……」
何が何だかわからなかった。
玄関で立ち尽くす、ヘリオス兄様。
こちらを向いて、微笑んでいる。
そして、外からやってくる男たち。
怒気をあげて、ヘリオス兄様の名前を叫んでいた。
奥へと続く廊下の扉を開き、私を先にいれたヴィーヌス姉さまは、その背で扉を閉めていた。
その時、扉の向こうから、ひときわ大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「ヘリオス!お前のせいで、この俺までこんな事につれだしやがって!」
ウラヌス兄様の声だ。
あの人も探してくれたんだ。
軽い驚きがやってきた。
「お前がルナをそそのかして、森へ連れていった挙句、その行方が分からないからと言って屋敷の人間総出で探させたのだな!それが、自分が連れて帰っただと!?」
何かが割れる音がした。
なんのこと?
そそのかした?
全く意味が分からなかった。
「何の芝居だ!それは!そんなに自分が役立たずでないことを見せたいのか!魔法が少し使えるようになっても、役立たずに変わりはない!一生変わらん!」
何か鈍い音が聞こえた。
誰かが小さく、悲鳴を上げた。
「ルナはお前と違って大切な身だ。それをおまえごときが!おもいしれ!」
ひときわ大きな怒鳴り声の後、打ち付けられる大きな音が聞こえた。
「ああ、これは芝居だったな!ほらお前たちわらってやれ、この道化を!」
あちこちから笑い声がする。
いったい今、なにが起こっているの?
想像もしていなかった事態になっているようだった。
大きく目を見開き、何か言おうと口を動かすも、何も言えない。
目の前には、扉を背に顔を伏せて、必死に耐える姉さまがいた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
必死に、必死にそのつぶやきを繰り返している。
涙を流すその姉さまを見て、ヘリオス兄さまがさっき言ったことを思い出していた。
「ヴィーヌス姉さま、早くルナを連れて行ってください……」
「姉さま、僕なら心配ありません。それと、くれぐれもお願いしますね。」
ヘリオス兄様はこの後に起こることを知っていた。
私が考えなし起こした行動から、人々が誤解したそのことまで、すべてを一身に背負って、その身に受けていた。
「ああ、だめだ。わたしはダメな子だ……。また、なにもできない……」
目の前が真っ暗になり、立っていられなくなっていた。
私の耳には、いつまでもあざ笑う人々の声がこだましていた。
*
「……」
意識を取り戻したとき、ヴィーヌス姉さまがすぐに気が付いてくれた。
「どう、ルナ」
最悪な気分。
しかし、姉さまはあの場でも必死に耐えて、そして自分も看病してくれている。
なんとか、笑顔を作ってみる。
胸を締め付けるような思いが、私の中で渦巻いていた。
「ねえさま……わたし……」
ヴィーヌス姉さまは優しく微笑んでいる。
その瞳は、言っても大丈夫だと告げている。
しかし、聞けるわけがない。
聞きたくても勇気がない。
やさしいヘリオス兄様。
その兄様がどうしているのかなんて聞けるはずがなかった。
全ての原因が私にあるのに……。
自然と涙が零れ落ちた。
「ヘリオスは無事よ。ルナ」
そう言って、私の頭に手を当てていた。
「あの子はとても優しくて、とても強い子です。そして心の大きな子です。あなたの苦しみも悲しみも、きっと理解しているわ」
そう言って優しく頭をなでてくれた。
不思議と私の心に安らぎが訪れた。
ヘリオス兄様は、そういう人だ。
「ただね、あの子もまだ10歳の子供なの、その精神はもろく、時に崩れてしまうわ……」
ヴィーヌス姉さまは今とんでもないことを言っていた気がする。
言いようのない不安感に襲われていた。
「だからね、ルナ。あなたにはあの子が傷ついた時に守れるように、そしてあの子が安らげるように、あなたには、そんな子になってくれたらうれしいわ」
遠くを見つめる視線は、いったい何を見ているのだろうか?
憂いの瞳はほのかににじんで見える。
わずかな吐息と共に、視線を下げたお姉さまは、私に肩をしっかりつかんできた。
もう一度軽く吐き出した息と共に、告げられた話。
お姉さまの瞳がその重大さを物語っていた。
「大事なことだからよく聞いてちょうだい。あの子はあなたのことを本当に大切に思っています。だから……。そのことは、たとえあの子からどんなことを言われたとしても、それは忘れないであげてね」
何を言っているのかわからなかった。
私の顔を見たお姉さまは、悲しそうに告げてきた。
「じきにわかります。ただ、さっき言ったことは決して忘れないで上げてね」
乾いた笑顔は何を意味しているのだろう?
その意味に、私は戸惑いを禁じ得なかった。
「そして、これは言わなくてもいいのかもしれませんが、ヘリオスのために知っておいてください。ヘリオスは、あなたには隠しておきたかったかもしれませんが、それはルナのためにはならないと私は思います」
珍しく、前置きを持った話だった。
ヘリオス兄さまが隠したかったこと?
これ以上なにがあるというの?
少し恐怖に身を固める。
「たしかに、あなたの不在を一番に気が付いたのもあの子。そして最初に探しだしたのもあの子。そして村人が一直線に森に向かったということもすでにひろまっている。屋敷の使用人も村人の一人も、あなたたちが連れだって屋敷を出たのも目撃しているの」
お姉さまの瞳は、まっすぐ私を捉えて離さなかった。
それは大きな誤解だが、いまさら何を言っても始まらないだろう。
まだ続きがあるようなので、私は聞ける意思を示す。
「そのことで、あなたたちがふしだらな関係ではないかというものもいます」
悲しそうな顔で、見つめなおしていた。
全く信じられない。
なんてことを言うのだろう。
「ヘリオスはこの屋敷では、そういう風にみられるのです。特にあなたたちは血がつながっていないから……」
ここまでヘリオス兄様が、この屋敷で肩身の狭い思いをしているとは考えてもみなかった。涙がとめどなくあふれてくる。
「こんなところでヘリオスは10年間も耐え続けているのです。私がいなくなったら……。誰がヘリオスのことを心配してくれると思う?」
やはり珍しく、強い調子でヴィーヌス姉さまは私の肩を揺さぶっていた。
「あなたはあなたでいろいろあると思います。けれど、何よりも強くなりなさい。そして、ヘリオスと力を合わせてお互いを助け合いなさい」
ヴィーヌス姉さまは、涙を流して私を抱きしめてきた。
強くなる。
泣くのは今日でおしまい。
今できることだけではない。
明日のわたしのために、私は強くならないといけない。
不意にあの背中を思い出す。
あの暖かな場所が恋しい。
いいえ。
私は私の中の、甘えた私を否定した。
私のせいで、お兄さまを不幸にした。これ以上は不幸にさせない。
私は、ヘリオス兄様に守られるのではなく、守れるようになる。
そう心に誓っていた。
ルナの中で新しいルナが生まれました。




